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185 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その23)
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睦月が斜面を駆け上がり、姫香達の居る場所へと向かう時にはもう、ほぼ決着はついていた。それ以前に、ワイヤーによる機動力を得た火力重視の『爆弾魔』を相手にして、生き残れる人間がこの世界に一体何人いるのか。
「がっ!」
「とりあえず……これで全部か?」
逃げ出そうとしていた別動隊の一人を蹴り倒してから、睦月は枯れた大木の上から洋画の蜘蛛男よろしく、ワイヤーで逆さにぶら下がってきた『爆弾魔』に問い掛ける。
『いや、まだ何人か……姫香ちゃん達の方に行ったと思うけど、別に平気じゃない? あれ位なら」
愛用のペストマスクを外し、機械越しではなく元の声でそう返す弥生を一瞥する睦月。そして自動拳銃を構えると、未だに姫香達が隠れているだろう岩陰の方を向いた。
「残りを片付けながら、姫香達と合流する。お前は先に、朔の方に行ってくれ」
弥生が伸ばしていたワイヤーを空いた手で指差しつつ、睦月はそう指示した。
「捕虜の生け捕り用にワイヤーを取りに行くところなんだが、それ使った方が手っ取り早いしな」
「いや、それは良いんだけど……これ、丈夫な上に結構細いから、下手したら手足千切れ飛ぶよ?」
「……まあ、そん時はそん時だ」
蹴り倒されたまま自動拳銃を構えようとする敵兵の腕と頭部に銃弾を撃ち込んだ後、睦月は弥生の方を向いて肩を竦めた。
「こいつ等の都合なんざ知るか。目的さえ果たせりゃ、敵がどうなろうが、別にどうでもいいだろ?」
実際、情報さえ引き出せれば十分だった。その為、生死は無論のこと、相手が五体満足である必要は一切ない。
「とりあえず……姫香達連れて戻るから、朔と向こうで待っててくれ」
「りょうか~い……よ、っと!」
そう言い残すと、弥生は使ってない方の手からワイヤーを射出し、朔夜の下へと文字通り飛んでいった。その背中を見送った睦月は姫香達の居る方を向き、足を進めていく。
(とはいえ……さすがに、無理をし過ぎたな)
多少は間隔を空けつつ出力を調整したものの、過集中状態の連続使用は睦月の体内にダメージとして、着実に蓄積されていた。この程度で済んだのも、相手が元狙撃手で、撃術の練度が足りていない内に接近戦に持ち込めたからに過ぎない。
カイツールが持っていた盾もおそらくは、狙撃時に自身を守る為に用意した囲いの一部だろう。集中時に狭まる視野と無防備になる身体を守る時に使うことを考えれば、たしかに合理的だ。けれども、それを武器にまで転用してくるとは思ってもみなかったが。
(弥生との合流の為に一回、あの盾に向けて一発かましてから、全体と部分の同時解放……正直、『二速』になる前に貼山靠で倒せたのは奇跡だな)
カイツールとの戦闘時は、頑健な盾を剥がす為とはいえ自動二輪だけでなく、いくつもの得物を失う羽目になった。それに、よほど有利な状況か、相手との能力差が極端でない限りはできるだけ避けてきた接近戦を強いられてしまったのも、睦月にとっては痛い事実だ。
(まさか……実戦で初めて、貼山靠を使うまで追い詰められるとはな)
接近戦自体、睦月は事前に避けるようにしてきた。
優先すべきは『戦闘』ではなく、『依頼の達成』だからだけではない。戦闘職とは戦い方が、身体のつくりや思想等といった価値観が違い過ぎるのだ。これまではその差異を利用し、目的を完遂してきたに過ぎなかった。
短所を残したままにしてきた結果ではない。必要な長所を伸ばすことに専念し過ぎた弊害が、今の睦月の戦い方なのだ。
現に、貼山靠どころか過集中状態での戦闘すら今年に、今の家に引っ越してきてから多用するようになってきたし、今後もそうなる可能性は高い。
(もし、俺の推測が当たっているのなら、原因は……)
わずかにだが、徐々に回復する身体に合わせて、睦月は歩調を早めていく。地面に転がる、狙撃銃の弾で脳天を撃ち抜かれた死体の中に拳銃弾を受けた者が増えてきた時にようやく、姫香と由希奈の隠れていた岩陰へと到着することができた。
「悪い、待たせた。大丈夫だったか?」
「は、っ!?」
手話で返そうとする横で、声を出そうとした由希奈の顔を押し退けだす姫香。やがて二人は、姦しく乱闘しだしている。その際に落とした狙撃銃や自動拳銃を拾い上げながら、溜息を吐いた睦月は精神的な疲労と共に、その場でしゃがみ込んでしまった。
「とりあえず……俺が一休みしている間に終わらせろよ」
ショルダーホルスターに自動拳銃を仕舞い、腕に狙撃銃を抱えながら、睦月は一息吐く。そして、後方で暴れている二人の代わりに周囲を警戒しつつ、自動拳銃の弾倉を抜いて残弾を確認した。
(全弾撃ち尽くした後、か……)
手元と視界の端に転がっている由希奈の自動拳銃の弾倉を見比べて……どうしたものかと、睦月は頭を抱えるのだった。
完全、とまではいかないものの、ある程度は動ける位に体力を回復させた睦月は両手に狙撃銃と自動拳銃を持ったまま、未だに暴れる姫香と由希奈を強引に担ぎ上げて来た道を戻り、無事に朔夜達と合流した。
「……何で尻二つ、抱えてるんだ?」
「気にするな。忘れろ。見るな」
火を点けた煙草を咥えながら、眼鏡のレンズ部分に巻いたハンカチ越しにガラスを平らに並べ直そうとしている朔夜にそう返した睦月は、掴んでいた武器ごと姫香と由希奈を降ろし、その後周囲を見渡した。
「弥生は? 先に合流させたよな?」
「残りの部隊を片付けさせてる。下っ端だけなら、弥生一人で十分だろ?」
その証拠とばかりに、吸い終えた煙草を携帯灰皿に押し付けた朔夜は、ワイヤーで手足を拘束されている狙撃手の師弟を指差してきた。
「それより……この廃鉱山にあった兵器について、こいつ等から何か聞いたか?」
「誰かさんがそこの狙撃手どつこうと、暢気に横になっている間にな。まさか、本当に原爆が関わってるとは思わなかったが……」
睦月がそう考えるのも、致し方ないだろう。
何せ、原子爆弾による被害が発生したのは三四半世紀以上前の話なのだ。当時の生存者どころか戦前の人間が少なくなっている現代においては、もはや伝聞だけの……『本当にあったかどうかが曖昧な話』に成りかけている。
このままでは、当時の悲惨な現状を語れる者はこの世を去り……再び原子爆弾の、核の脅威がこの世界に降り注ぐかもしれない。
そして、真に恐るべきは……原子爆弾の肝となる原子核分裂の連鎖反応は、ある民間の科学者が研究した末に発見されたということにある。
つまり……条件さえ揃えば、たとえ誰であったとしても、悪魔の兵器は容易く製造されてしまうということだ。
「二個目の原爆が落ちた近くだから、予想はしていたが……まさか、当たるとはな。『運び屋』の先祖も、面倒な仕事に関わってくれたもんだよ」
「その、睦月さんの家の……『運び屋』のご先祖様達も、原爆を利用しようとしていたんですか?」
カイツールとの会話を端的に伝えてからそう告げた睦月に、近くの地面の上に座り込んでいた由希奈が疑問を挟んできた。
その疑問自体、一度は同じことを考えた睦月だったが、別の可能性の方が高いと判断していたので、即座に否定する。
「多分……違うだろうな」
そう言い、睦月が振り向いたのは東北東に近い方角……一個目の原子爆弾が落ちた場所だった。
「大方、一個目の原爆の落下地点を調査しようとした連中に依頼された、とかだろうな。普通なら近付きたくもない場所までほぼ即日で連れてってくれる運転手なんて、それこそ『運び屋』のごく一部のいかれた連中位だ」
そう考えれば、わずか三日で落ちてきた二個目の原子爆弾に即応し、『原爆の欠片』を回収できた専門家が都合良く存在した理由にも納得がいく。
「で、被災現場を調査している途中で、二個目が落ちてきたんだ。そんな時に都合良く、当時基準だろうと被爆対策がしっかりしている連中が近くに居たのなら……考えることは一つしかない」
爆発が落ち着けばすぐに駆け付けられる。しかも、運転手にとっては故郷の方角なのだ。調査団と共に移動すること自体が想像に容易い。
「……だとしたら、少しおかしくないか?」
睦月の話を脳内で整理していたのか、黙って新しい煙草を一本吹かし終えた朔夜は、咥えていた吸殻を外してすぐに口を開いてくる。
「こいつ等がこの廃鉱山を占拠した時には、もう放射能の影響は無くなってたんだろ? だが、拉致問題が起きたのは、原爆が落ちてから大体四半世紀後の話だぞ。その前から活動していたとしても……『原爆の欠片』が持ち出されたのは、どう考えても終戦のほぼ直後だ」
朔夜が受け継いだ宝の地図は、元々は睦月の先祖の遺産だ。誰かが先に持ち出していても不思議ではないが……戦後の惨状を目の当たりにしてかつ、封印したばかりの『原爆の欠片』に手を出そうと考える人間なんて、本当に居るのだろうか。
「ざっくりにはなるが、時系列的に矛盾がないとはいえ……そんなすぐに、持ち出そうと考える奴なんて居ると思うか?」
伝聞だけでも、たとえ他人事だろうと、戦争の悲惨さは少しばかりでも理解できてしまう。
人間は常に、死と隣り合わせで生きている。それでも戦争が起きてしまうのは、本当の意味での絶命を知るどころか、想像したいと思える者すら少ないからに過ぎない。
何故なら……死とは、生へ引き返せない地点の先にある存在だからだ。
そう言ってくる朔夜の問いに対し、睦月は自身の答えを返した。
「一番可能性が高いのは……落とされた原爆を調査していた依頼人か、その関係者だろうな」
そもそも、一個目と二個目の原子爆弾が投下された日時は、ほぼ三日位しか開きがない。それなのに近くに、最初の被爆現場から次の爆発を目撃できたということは……その依頼人も、危険を顧みずに動ける、規格外の思想の持ち主だということになる。
「元々、『運び屋』の先祖も何人か出兵してたんだ。偶々戻ってきていた戦争帰りに依頼したとしても、不思議じゃない。ただ……その依頼人である、おそらく核物理学者だと思うが、そいつがちょっと気になるな」
ただの研究者が裏社会の住人、それも『運び屋』にそう都合良く依頼できるとは思えない。表向きはともかく、同じ穴の狢だと言われた方がまだしっくりくる。
だが、法律に背を向けた者達と付き合えているということは……
「推測にはなるが、そいつもおそらく裏社会の住人だ。そうなると、問題は……」
「どんな悪事に手を染めていたか? そして何故、核物理学を研究していたか、か?」
「後は……『原爆の欠片』なんて面倒な代物を、持ち出した理由だな」
朔夜と同じ結論に至り、睦月がそう会話を締めくくった。
「お~い!」
丁度その時、弥生が枯れ木の間を突き抜けて、睦月達の前へと飛び降りてきた。
「残りの連中片付けてきたけどさ~……その時にちょっと、面白いの見つけたよ~」
『面白いの?』
弥生の言葉に、睦月は朔夜と視線を交わしてから、少し離れた場所に腰掛けていた姫香と由希奈に向けて指を振り、一緒に来るよう促した。
弥生に連れられて睦月達が来たのは、少し離れた場所にある岩山だった。その山肌は不自然に抉られていたので、『人の手で掘られた』位しか、目立つ要素はない。
しかし、先程までの話と、入り口近くに転がっているいくつもの鉛の欠片が、ここにある物が眠っていたことを教えてくれた。
「なるほど……たしかにあった、みたいだな」
移動しながら、これまでのことも含めて情報共有を済ませていたからだろう。案内を終えた弥生はその場にしゃがみ込むとすぐに、手持ちの放射線測定器で放射能を測定し始めていた。
「……放射能自体は、もうないみたいだよ。やっぱり、戦後すぐに持ち出されたからかな?」
「多分、な……」
適当な鉛の欠片を蹴り転がし、堆積していた土埃の量で放置期間を確認した朔夜は、すぐにその場から離れるよう手を振ってくる。
「……よし、もう用はないな。帰るぞ」
「随分あっさりだな……中、見てかなくていいのか?」
一応、という態で確認する睦月だったが、朔夜は気にせずしゃがみ込んでいた弥生の裾を掴むと、そのままズルズルと引き摺りながら歩き出していた。
「空振りなのはいつものことだしな。それに……NBC防護服もないのに、下手に奥まで入れないだろうが」
「まあ、依頼人が良いなら、こっちは問題ないが……」
いずれにせよ、依頼目的の宝探しは達成できたのだ。紆余曲折があった上に現物はなかったものの……この場に居残る理由はたしかに、もうない。
「そんじゃ、帰るか……」
「……え、もういいのか?」
「ああ。弥生が車で来てるし、そっちで帰るわ」
下山して麓に残っていた残党を片付けた後、朔夜は罅が酷過ぎて使い物にならなくなった眼鏡を懐に仕舞うと、睦月と共に車から荷物を降ろし始めた。
「ボクはいいけど……また、お金で喧嘩したりしない?」
しかし、弥生の何気ない一言に、朔夜達の手が止まってしまう。
『…………』
金銭問題は争う理由の中でも、最たるものの一つである。特に麻薬組織狩りとかでは、取り分で揉めることはしょっちゅうだった。
しかも、今回の依頼は事前に一週間を見積もっていた。それを半分以下で済ませ、帰りの車もキャンセルするとなれば、報酬額に関して揉めるのは必然である。
とはいえ……そこは朔夜が、大人の対応を示すことで場を収めた。
「まあ、睦月には火器取締局への報告も頼むわけだし……弥生に支払う分の経費はこっち持ちにして、短縮した期間で一度清算し直してくれ。今回はそれでいいわ」
「了解。自動二輪の件も含めて、改めて見積もり出しとくよ」
そう言い残した睦月は(また喧嘩になる為、強引に)姫香と由希奈を後部座席に乗せてから、その場を去っていった。
「睦月も大概しつこいな……よし、帰るぞ」
「え~……」
(まったく……余計な手間、取らせやがって)
できれば今回、弥生には声を掛けたくなかった。
場所が場所なだけに面倒事になると判断し、あえて伏せていたのだが……事前に睦月の方を止めていなかったのは、完全に自分の落ち度である。
(仕方がない……九州の北西部しか伝えてなかった私が悪いと思って、割り切るか)
頭の後ろを軽く掻いてから、朔夜は弥生に向けて手を伸ばした。
「あ~あ…………残ってたら良かったのに」
弥生が欲しがる可能性も考慮して、耳に入らないよう動き切れなかったのは朔夜自身の責任だ。
だから朔夜は荷物を担ぎ、空いた手で(文字通り)弥生を引き摺りながら、廃鉱山を後にするのだった。
――Case No.009 has completed.
「がっ!」
「とりあえず……これで全部か?」
逃げ出そうとしていた別動隊の一人を蹴り倒してから、睦月は枯れた大木の上から洋画の蜘蛛男よろしく、ワイヤーで逆さにぶら下がってきた『爆弾魔』に問い掛ける。
『いや、まだ何人か……姫香ちゃん達の方に行ったと思うけど、別に平気じゃない? あれ位なら」
愛用のペストマスクを外し、機械越しではなく元の声でそう返す弥生を一瞥する睦月。そして自動拳銃を構えると、未だに姫香達が隠れているだろう岩陰の方を向いた。
「残りを片付けながら、姫香達と合流する。お前は先に、朔の方に行ってくれ」
弥生が伸ばしていたワイヤーを空いた手で指差しつつ、睦月はそう指示した。
「捕虜の生け捕り用にワイヤーを取りに行くところなんだが、それ使った方が手っ取り早いしな」
「いや、それは良いんだけど……これ、丈夫な上に結構細いから、下手したら手足千切れ飛ぶよ?」
「……まあ、そん時はそん時だ」
蹴り倒されたまま自動拳銃を構えようとする敵兵の腕と頭部に銃弾を撃ち込んだ後、睦月は弥生の方を向いて肩を竦めた。
「こいつ等の都合なんざ知るか。目的さえ果たせりゃ、敵がどうなろうが、別にどうでもいいだろ?」
実際、情報さえ引き出せれば十分だった。その為、生死は無論のこと、相手が五体満足である必要は一切ない。
「とりあえず……姫香達連れて戻るから、朔と向こうで待っててくれ」
「りょうか~い……よ、っと!」
そう言い残すと、弥生は使ってない方の手からワイヤーを射出し、朔夜の下へと文字通り飛んでいった。その背中を見送った睦月は姫香達の居る方を向き、足を進めていく。
(とはいえ……さすがに、無理をし過ぎたな)
多少は間隔を空けつつ出力を調整したものの、過集中状態の連続使用は睦月の体内にダメージとして、着実に蓄積されていた。この程度で済んだのも、相手が元狙撃手で、撃術の練度が足りていない内に接近戦に持ち込めたからに過ぎない。
カイツールが持っていた盾もおそらくは、狙撃時に自身を守る為に用意した囲いの一部だろう。集中時に狭まる視野と無防備になる身体を守る時に使うことを考えれば、たしかに合理的だ。けれども、それを武器にまで転用してくるとは思ってもみなかったが。
(弥生との合流の為に一回、あの盾に向けて一発かましてから、全体と部分の同時解放……正直、『二速』になる前に貼山靠で倒せたのは奇跡だな)
カイツールとの戦闘時は、頑健な盾を剥がす為とはいえ自動二輪だけでなく、いくつもの得物を失う羽目になった。それに、よほど有利な状況か、相手との能力差が極端でない限りはできるだけ避けてきた接近戦を強いられてしまったのも、睦月にとっては痛い事実だ。
(まさか……実戦で初めて、貼山靠を使うまで追い詰められるとはな)
接近戦自体、睦月は事前に避けるようにしてきた。
優先すべきは『戦闘』ではなく、『依頼の達成』だからだけではない。戦闘職とは戦い方が、身体のつくりや思想等といった価値観が違い過ぎるのだ。これまではその差異を利用し、目的を完遂してきたに過ぎなかった。
短所を残したままにしてきた結果ではない。必要な長所を伸ばすことに専念し過ぎた弊害が、今の睦月の戦い方なのだ。
現に、貼山靠どころか過集中状態での戦闘すら今年に、今の家に引っ越してきてから多用するようになってきたし、今後もそうなる可能性は高い。
(もし、俺の推測が当たっているのなら、原因は……)
わずかにだが、徐々に回復する身体に合わせて、睦月は歩調を早めていく。地面に転がる、狙撃銃の弾で脳天を撃ち抜かれた死体の中に拳銃弾を受けた者が増えてきた時にようやく、姫香と由希奈の隠れていた岩陰へと到着することができた。
「悪い、待たせた。大丈夫だったか?」
「は、っ!?」
手話で返そうとする横で、声を出そうとした由希奈の顔を押し退けだす姫香。やがて二人は、姦しく乱闘しだしている。その際に落とした狙撃銃や自動拳銃を拾い上げながら、溜息を吐いた睦月は精神的な疲労と共に、その場でしゃがみ込んでしまった。
「とりあえず……俺が一休みしている間に終わらせろよ」
ショルダーホルスターに自動拳銃を仕舞い、腕に狙撃銃を抱えながら、睦月は一息吐く。そして、後方で暴れている二人の代わりに周囲を警戒しつつ、自動拳銃の弾倉を抜いて残弾を確認した。
(全弾撃ち尽くした後、か……)
手元と視界の端に転がっている由希奈の自動拳銃の弾倉を見比べて……どうしたものかと、睦月は頭を抱えるのだった。
完全、とまではいかないものの、ある程度は動ける位に体力を回復させた睦月は両手に狙撃銃と自動拳銃を持ったまま、未だに暴れる姫香と由希奈を強引に担ぎ上げて来た道を戻り、無事に朔夜達と合流した。
「……何で尻二つ、抱えてるんだ?」
「気にするな。忘れろ。見るな」
火を点けた煙草を咥えながら、眼鏡のレンズ部分に巻いたハンカチ越しにガラスを平らに並べ直そうとしている朔夜にそう返した睦月は、掴んでいた武器ごと姫香と由希奈を降ろし、その後周囲を見渡した。
「弥生は? 先に合流させたよな?」
「残りの部隊を片付けさせてる。下っ端だけなら、弥生一人で十分だろ?」
その証拠とばかりに、吸い終えた煙草を携帯灰皿に押し付けた朔夜は、ワイヤーで手足を拘束されている狙撃手の師弟を指差してきた。
「それより……この廃鉱山にあった兵器について、こいつ等から何か聞いたか?」
「誰かさんがそこの狙撃手どつこうと、暢気に横になっている間にな。まさか、本当に原爆が関わってるとは思わなかったが……」
睦月がそう考えるのも、致し方ないだろう。
何せ、原子爆弾による被害が発生したのは三四半世紀以上前の話なのだ。当時の生存者どころか戦前の人間が少なくなっている現代においては、もはや伝聞だけの……『本当にあったかどうかが曖昧な話』に成りかけている。
このままでは、当時の悲惨な現状を語れる者はこの世を去り……再び原子爆弾の、核の脅威がこの世界に降り注ぐかもしれない。
そして、真に恐るべきは……原子爆弾の肝となる原子核分裂の連鎖反応は、ある民間の科学者が研究した末に発見されたということにある。
つまり……条件さえ揃えば、たとえ誰であったとしても、悪魔の兵器は容易く製造されてしまうということだ。
「二個目の原爆が落ちた近くだから、予想はしていたが……まさか、当たるとはな。『運び屋』の先祖も、面倒な仕事に関わってくれたもんだよ」
「その、睦月さんの家の……『運び屋』のご先祖様達も、原爆を利用しようとしていたんですか?」
カイツールとの会話を端的に伝えてからそう告げた睦月に、近くの地面の上に座り込んでいた由希奈が疑問を挟んできた。
その疑問自体、一度は同じことを考えた睦月だったが、別の可能性の方が高いと判断していたので、即座に否定する。
「多分……違うだろうな」
そう言い、睦月が振り向いたのは東北東に近い方角……一個目の原子爆弾が落ちた場所だった。
「大方、一個目の原爆の落下地点を調査しようとした連中に依頼された、とかだろうな。普通なら近付きたくもない場所までほぼ即日で連れてってくれる運転手なんて、それこそ『運び屋』のごく一部のいかれた連中位だ」
そう考えれば、わずか三日で落ちてきた二個目の原子爆弾に即応し、『原爆の欠片』を回収できた専門家が都合良く存在した理由にも納得がいく。
「で、被災現場を調査している途中で、二個目が落ちてきたんだ。そんな時に都合良く、当時基準だろうと被爆対策がしっかりしている連中が近くに居たのなら……考えることは一つしかない」
爆発が落ち着けばすぐに駆け付けられる。しかも、運転手にとっては故郷の方角なのだ。調査団と共に移動すること自体が想像に容易い。
「……だとしたら、少しおかしくないか?」
睦月の話を脳内で整理していたのか、黙って新しい煙草を一本吹かし終えた朔夜は、咥えていた吸殻を外してすぐに口を開いてくる。
「こいつ等がこの廃鉱山を占拠した時には、もう放射能の影響は無くなってたんだろ? だが、拉致問題が起きたのは、原爆が落ちてから大体四半世紀後の話だぞ。その前から活動していたとしても……『原爆の欠片』が持ち出されたのは、どう考えても終戦のほぼ直後だ」
朔夜が受け継いだ宝の地図は、元々は睦月の先祖の遺産だ。誰かが先に持ち出していても不思議ではないが……戦後の惨状を目の当たりにしてかつ、封印したばかりの『原爆の欠片』に手を出そうと考える人間なんて、本当に居るのだろうか。
「ざっくりにはなるが、時系列的に矛盾がないとはいえ……そんなすぐに、持ち出そうと考える奴なんて居ると思うか?」
伝聞だけでも、たとえ他人事だろうと、戦争の悲惨さは少しばかりでも理解できてしまう。
人間は常に、死と隣り合わせで生きている。それでも戦争が起きてしまうのは、本当の意味での絶命を知るどころか、想像したいと思える者すら少ないからに過ぎない。
何故なら……死とは、生へ引き返せない地点の先にある存在だからだ。
そう言ってくる朔夜の問いに対し、睦月は自身の答えを返した。
「一番可能性が高いのは……落とされた原爆を調査していた依頼人か、その関係者だろうな」
そもそも、一個目と二個目の原子爆弾が投下された日時は、ほぼ三日位しか開きがない。それなのに近くに、最初の被爆現場から次の爆発を目撃できたということは……その依頼人も、危険を顧みずに動ける、規格外の思想の持ち主だということになる。
「元々、『運び屋』の先祖も何人か出兵してたんだ。偶々戻ってきていた戦争帰りに依頼したとしても、不思議じゃない。ただ……その依頼人である、おそらく核物理学者だと思うが、そいつがちょっと気になるな」
ただの研究者が裏社会の住人、それも『運び屋』にそう都合良く依頼できるとは思えない。表向きはともかく、同じ穴の狢だと言われた方がまだしっくりくる。
だが、法律に背を向けた者達と付き合えているということは……
「推測にはなるが、そいつもおそらく裏社会の住人だ。そうなると、問題は……」
「どんな悪事に手を染めていたか? そして何故、核物理学を研究していたか、か?」
「後は……『原爆の欠片』なんて面倒な代物を、持ち出した理由だな」
朔夜と同じ結論に至り、睦月がそう会話を締めくくった。
「お~い!」
丁度その時、弥生が枯れ木の間を突き抜けて、睦月達の前へと飛び降りてきた。
「残りの連中片付けてきたけどさ~……その時にちょっと、面白いの見つけたよ~」
『面白いの?』
弥生の言葉に、睦月は朔夜と視線を交わしてから、少し離れた場所に腰掛けていた姫香と由希奈に向けて指を振り、一緒に来るよう促した。
弥生に連れられて睦月達が来たのは、少し離れた場所にある岩山だった。その山肌は不自然に抉られていたので、『人の手で掘られた』位しか、目立つ要素はない。
しかし、先程までの話と、入り口近くに転がっているいくつもの鉛の欠片が、ここにある物が眠っていたことを教えてくれた。
「なるほど……たしかにあった、みたいだな」
移動しながら、これまでのことも含めて情報共有を済ませていたからだろう。案内を終えた弥生はその場にしゃがみ込むとすぐに、手持ちの放射線測定器で放射能を測定し始めていた。
「……放射能自体は、もうないみたいだよ。やっぱり、戦後すぐに持ち出されたからかな?」
「多分、な……」
適当な鉛の欠片を蹴り転がし、堆積していた土埃の量で放置期間を確認した朔夜は、すぐにその場から離れるよう手を振ってくる。
「……よし、もう用はないな。帰るぞ」
「随分あっさりだな……中、見てかなくていいのか?」
一応、という態で確認する睦月だったが、朔夜は気にせずしゃがみ込んでいた弥生の裾を掴むと、そのままズルズルと引き摺りながら歩き出していた。
「空振りなのはいつものことだしな。それに……NBC防護服もないのに、下手に奥まで入れないだろうが」
「まあ、依頼人が良いなら、こっちは問題ないが……」
いずれにせよ、依頼目的の宝探しは達成できたのだ。紆余曲折があった上に現物はなかったものの……この場に居残る理由はたしかに、もうない。
「そんじゃ、帰るか……」
「……え、もういいのか?」
「ああ。弥生が車で来てるし、そっちで帰るわ」
下山して麓に残っていた残党を片付けた後、朔夜は罅が酷過ぎて使い物にならなくなった眼鏡を懐に仕舞うと、睦月と共に車から荷物を降ろし始めた。
「ボクはいいけど……また、お金で喧嘩したりしない?」
しかし、弥生の何気ない一言に、朔夜達の手が止まってしまう。
『…………』
金銭問題は争う理由の中でも、最たるものの一つである。特に麻薬組織狩りとかでは、取り分で揉めることはしょっちゅうだった。
しかも、今回の依頼は事前に一週間を見積もっていた。それを半分以下で済ませ、帰りの車もキャンセルするとなれば、報酬額に関して揉めるのは必然である。
とはいえ……そこは朔夜が、大人の対応を示すことで場を収めた。
「まあ、睦月には火器取締局への報告も頼むわけだし……弥生に支払う分の経費はこっち持ちにして、短縮した期間で一度清算し直してくれ。今回はそれでいいわ」
「了解。自動二輪の件も含めて、改めて見積もり出しとくよ」
そう言い残した睦月は(また喧嘩になる為、強引に)姫香と由希奈を後部座席に乗せてから、その場を去っていった。
「睦月も大概しつこいな……よし、帰るぞ」
「え~……」
(まったく……余計な手間、取らせやがって)
できれば今回、弥生には声を掛けたくなかった。
場所が場所なだけに面倒事になると判断し、あえて伏せていたのだが……事前に睦月の方を止めていなかったのは、完全に自分の落ち度である。
(仕方がない……九州の北西部しか伝えてなかった私が悪いと思って、割り切るか)
頭の後ろを軽く掻いてから、朔夜は弥生に向けて手を伸ばした。
「あ~あ…………残ってたら良かったのに」
弥生が欲しがる可能性も考慮して、耳に入らないよう動き切れなかったのは朔夜自身の責任だ。
だから朔夜は荷物を担ぎ、空いた手で(文字通り)弥生を引き摺りながら、廃鉱山を後にするのだった。
――Case No.009 has completed.
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