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184 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その22)
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差別というものは、わずかな差異で簡単に起きてしまう。
性別や人種、個々の地位や能力だけではない。傷病や障害一つあるだけで、その周囲にいる者達は『異物』として取り除こうと、躍起になって手を染めてしまう。まるで、自分の視界に多種多様な『害敵』が入り込んだから排除するかのように。
中には、相手に対する配慮として『区別する』という考え方を持つ人間も居るだろう。けれども、それ自体が『自分は上の存在』だと無自覚に誇示していることに気付いていない。
ほんの些細な違いで、人は簡単に『差別』を行う……それが、世界に根深く刻まれた真実の一つだ。
「ま、人間なんて生き物は、ちょっと違う物を……眼鏡一つ着けてるだけでも、簡単に『差別』できちまうんだよ。特に、自分が賢いと思い込んでる視野狭窄な馬鹿ガキ程な」
斜面を一息に滑り降りてきた朔夜は、自身の眼鏡を空いた左手に持ったまま、そう話しつつ歩み寄って来る。
「おかげで弥生も、最初眼鏡掛ける時なんて愚図りまくってな。せめて『一人じゃない』って思わせようと私も掛け始めたんだが……今じゃ、ない方が落ち着かないんだよ」
途中、弟子の青年を蹴り転がしながらも、二人して近付いてくる朔夜は、簡単なネタばらしを披露してきた。
「この…………防弾レンズ入りの伊達眼鏡をな」
その話は結局、杞憂に終わったものの……当時の弥生はお揃いが嬉しかったらしく、朔夜もそのままなし崩し的に、習慣化する程続けてしまっていた。
無論、もう本人には本当の視力がバレてしまっているものの、その時点で慣れ切っていたからと弥生に作らせたのが、朔夜が左手で弄んでいる特注の伊達眼鏡だった。
撃ち込まれた銃弾で小さな罅が入ってしまった為に今は外しているようだが、そのおかげか、掛けていた朔夜本人には傷一つ付いていない。
「さすがに距離が近過ぎたな。最高硬度の強化ガラスなのに薄いからか、拳銃弾でも罅入りやがった」
「わざと撃たれた朔の自業自得だ。その気になれば避けられるくせに……」
隙を作る為だろうが、それでもわざと撃たれるなんて手間の掛かることを平然とやってのける朔夜に呆れつつも、睦月はカイツールへの警戒を解かないまま、転がされてきた青年の方に意識を向ける。
「で、朔……何でさっさと反撃しなかったんだ?」
「最初は近付いてきたら、迷わず小太刀でぶん殴ろうとしてたんだけどな……」
そう言うと、朔夜は空いた手に隠し持っていた小太刀を取り出し、掲げてみせた。
「なのにこいつ……死亡確認しないまま、落とした狙撃銃弄ってたんだよ」
「この、馬鹿弟子が……っ!」
自身が未だに立ち上がれないにも関わらず、カイツールは弟子の不甲斐なさに憤りを感じているのか、湧き上がる怒気を抑えようとする気配がない。
当然だろう。即座に離れなければならないのなら分かるが、その場に残るのであれば、敵の生死を確認するのは必須事項だ。でなければ、万が一生きていた際に反撃されてしまうおそれがある。
現に、弟子の青年は.45口径の拳銃弾で腕を撃ち抜かれ、その着弾の衝撃で斜面を転げ落とされた末に、朔夜の足による追撃を受けている。まさしく、なるべくしてなった結果だろう。
己の慢心でボロボロにされている青年と『自分が賢いと思い込んでる視野狭窄な馬鹿ガキ』に、一体どれ程の差があるというのか。
「おかげで、こいつが取り落とした狙撃銃点検してんのを、ずっと眺めてる羽目になったわ。というか、出血してない時点ですぐに気付くと思ったんだけどな……」
「本当に間抜けなのか、脳震盪でも期待してたんじゃないか? まあ、どっちにしろ……そういうことならさっさと片付けて手ぇ貸せよっ! おかげで買ったばっかの自動二輪、届いて一時間もしない内に使い捨てる羽目になったじゃないか!」
そう憤る睦月だが、朔夜はハイハイ、と軽く手を振って返してくるだけだった。
「絶対に後で、経費として申請してやる……」
「まあ、その辺は後で聞くよ。それより……」
そう言い、青年に向けて旧式の自動拳銃を構える。カイツールの方は睦月が押さえているので、問題ないと考えての行動だろう。
「こいつ等殺すか、生かして『情報屋』に引き渡すか……それが問題だ」
「ハァ……まあ、今はどっちでもいいが、」
チラリと、眼だけで無駄な足掻きが行われているのを目敏く見つけた睦月は、多少の落ち着きを取り戻しつつも、呆れた口調で朔夜に伝えた。
「さっさと拘束するか、手足撃ち抜いとけばいいのに……そいつ、逃げるぞ?」
その言葉のすぐ、いや睦月の指摘を合図に、弟子の青年は身体を引き摺りながらも駆け出していく。
しかし睦月は焦ることなく、同じく冷静な朔夜の右手に握られた自動拳銃をチラリと見ただけで、視線を戻した。
「まったく……さっき言わなかったか? 伊達眼鏡だって」
おそらくは、何となく漏れ出てきた独り言だろう。青年に聞かせたいのであれば、もう少し声を張り上げてもいいはずだ。
「私の本当の視力は…………両目共1.2だ」
睦月がそう思うのも虚しく、朔夜は片手でもしっかりと自動拳銃を構え、何の感慨もなく引き金を引いた。
――ドォン!
「ガッ!?」
ドサッ、という音と共に今度こそ倒れ込み、起き上がれずにいる青年の結末だけを確認してから、睦月は思わず呟いた。
「……ま、自慢じゃないけどな」
「そりゃ自慢にならないだろ。視力1.2って世間じゃ、平均の少し上位……あたっ!?」
睦月が漏らした余計な一言に返されたのは、後頭部目掛けて投げ付けられた自らの小太刀だった。
ようやく返された、地面の上に転がってしまった小太刀を蹴り上げた睦月は左手で掴むと、そのまま肩に載せる。そして自動拳銃を持つ右腕をカイツールに向けたまま、朔夜にこれからのことを相談し始めた。
「『犯罪組織』の幹部とその弟子、場合によっては某国の大統領暗殺計画を未然に阻止した事実。まさしく生死を問わず……売ろうと思えば、どこでも買ってくれそうだな」
「そう考えるのはお前だけ……暗殺?」
「どちらかと言えば、襲撃手段の可能性の一つだけどな」
そういえば、大統領の訪日に合わせて動く者達が居る可能性についてはまだ話してなかったことに気付き、睦月は手短かつ危険な情報は伏せた上で朔夜に説明した。
「……で、『犯罪組織』やその背後にいる暁連邦共和国のお偉いさん方が、日本に来た敵国の大統領に自爆テロぶつけるなりして『僕達有能です』って証明しようとしてんじゃないか、って思ったわけだよ」
「ふぅん……で、実際その辺りどうなんだよ?」
「…………」
まだ危険が及んでいない為か、朔夜は緊張感のない態度で未だに仰向けに転がされているカイツールに聞くものの、返事は来なかった。あくまで『犯罪組織』を、暁連邦共和国を裏切るつもりはないのだろう。
「だんまりか……睦月、どっちになるか賭けるか?」
「賭けるもんないから止めとく。それに……」
地面の上に力なく置かれたままのカイツールの腕を一瞥してから、睦月は『拷問するだけ無駄だ』と朔夜に返した。
「こいつ、本職は狙撃手のくせに撃術を使いやがったんだよ。狙撃銃を特注する前提でもなきゃ、自分から腕を壊すような真似なんてするか?」
真偽は不明だが、暁連邦共和国では撃術の訓練期間中、食事前にコンクリートへ向けて数千回、打ち込みを行わなければならない規則があるらしい。その結果、『食欲を満たすには攻撃しなければならない』という思想を持つ使い手が育つとか。
それが本当であるならば、パブロフの犬と同様に、日々の糧を得る為に条件反射で、敵を躊躇することなく蹂躙できる兵士が完成する。だが、それを一介の兵士ではなく幹部級の、しかもおそらくは凄腕の狙撃手が行うのは合理的ではない。
これは忠誠心云々ではなく、適性の問題だ。それでも狙撃手の命ともいえる腕を壊すような訓練に参加する、もしくはさせるということは……対象者がもう、狙撃できないことを意味している。
それに、自らの意思を持って撃術を身に着けたということは、訓練中に襲い掛かる激痛に耐え抜いたということだ。つまり、過酷な拷問に対しても耐性があることを示唆している。
「なるほど……たしかに、拷問は無駄そうだ」
睦月の話を聞き、先程まで小太刀を持っていた左手で煙草を取り出した朔夜は、同意した後で一本、口に咥えた。
「老化か何かで狙撃が難しくなったから、弟子の育成と並行して、撃術の訓練を始めた、ってところか」
「だろうな。現に……」
先程カイツールに向けて投げ付けてから残されたままの、銃身が曲がってしまった自動拳銃へと、睦月は軽く顎を振る。
「多少は強度が落ちる高分子樹脂製とはいえ、手刀を受けた銃身が曲がっただけで済んでるんだぞ? もし達人相手なら、たとえ鉄製でも完全に砕かれてたわ」
有り得ない話ではなかった。むしろ、鈍器等を受け止めてしまった時の衝撃で、鉄製の銃身よりも、内部に埋め込まれた細かな部品の方が耐え切れずに、結果本体がバラバラになってしまうことは良くある。今回はそれが撃術による一撃で、相手の練度不足でこの程度に収まったに過ぎない。
「硬気功の鍛錬が足りてなくて良かったな。じゃなきゃお前、とっくにあの世逝きだったぞ?」
「まったくだ……」
身体を硬くできたとしても、結局は人体の限界を超えられるわけではない。
筋肉に力が入っているかどうかで相手の攻撃を防げるかが変わるように、人間の肉体は常に、鋼の硬度を保てるわけではないのだ。その上、撃術は土嚢や藁を巻き付けた物ではなく、コンクリートの塊に直接肉体を打ち込んで訓練を行っている。その都合上、体質や健康状態によっては、一生使い物にならないリスクを背負わなくてはならない。
さらに言えば、そのリスクを乗り越えてもなお、実戦で活かせなければ意味がなかった。刀を持った素人が武術の達人に素手で取り押さえられる例もある。それはたとえ、徒手空拳同士での戦いだったとしても例外ではない。
カイツールの場合は元々、ある程度は体術を修めていたからこそ、ここまで戦えたのだろう。でなければ、刃物や銃器をはじめとした対武器戦闘に慣れている睦月が、ここまで苦戦することはなかったはずだ。
「にしても、疲れたな……ただの宝探しが、まさかの近接戦闘だぞ? ここ最近、こんなのばっかじゃないか」
「それもこれも、秀吉がやらかしたせいだろうが。全部『運び屋』ん家が原因だって忘れてないか?」
「そんな卵が先か鶏が先かなんて、原因と結果がごっちゃになった話、今出されても……」
……瞬間、睦月は黙り込む。
「睦月?」
突然口を噤んだ睦月に声を掛けてくる朔夜。
「どうかしたのか……?」
「…………いや、何でもない」
ふと、思い付いた疑問を掻き消すように言葉を濁した睦月は、朔夜の意識を逸らす為に話題を変えた。
「それよりも、あいつ等が心配だ。さっさと戻るぞ」
「まあたしかに。ただ……依頼人は私だって忘れてないよな」
「忘れてないっての。だけど俺だって人間だ。連れの心配位するさ」
どちらかが見張りに残り、後は様子見がてら、手持ちのワイヤーを取りに行くことにした睦月達は、爆発音が止んだ斜面の反対側の方を向いた。
ガッ!
「ぐっ!?」
「にしても……お前よく倒せたな。このおっさん」
「狙撃手の弱点を突いただけだ。結構ギリギリだったけどな」
万一に備えてカイツールの意識を奪う朔夜に、離れた場所で転がっていた弟子の青年を引き摺りながら、睦月はそう答えた。
「元々は背中を守る為の盾を、接近戦用の武器に改造してたみたいだが……肝心の背後からの攻撃は、未然に防ぐ癖が残ったままだったんだろうな。だから体術で捌ける程の鍛錬が足りず、回り込まれた途端にあっさりやられてやがんの」
ゲシッ!
「ぎゃっ!?」
「だから……後ろさえ取ってしまえば、限界手前まで威力を底上げさせた貼山靠一発で倒せた、ってわけだよ」
続いて、弟子の青年を足蹴にして気絶させた睦月の言葉に、朔夜は『お見事』とばかりに数回、手を鳴らしてきた。
「本当お前、昔から相手の弱みを見つけて叩くのが得意だよな……」
「弥生程じゃないが、これでもIQ120台だ。これ位は思い付くっての」
敵の師弟二人を地面に寝転がせてから、睦月は朔夜を置いて、斜面を駆け上がっていく。
「ちなみにIQ120台は、平均少し上だぞ!」
「それ叫ぶ程の指摘かっ!?」
先程の仕返しとばかりにそう叫んでくる朔夜に、睦月は斜面を駆け上がった後に一度だけ振り返り、そう声を張り上げ返した。
性別や人種、個々の地位や能力だけではない。傷病や障害一つあるだけで、その周囲にいる者達は『異物』として取り除こうと、躍起になって手を染めてしまう。まるで、自分の視界に多種多様な『害敵』が入り込んだから排除するかのように。
中には、相手に対する配慮として『区別する』という考え方を持つ人間も居るだろう。けれども、それ自体が『自分は上の存在』だと無自覚に誇示していることに気付いていない。
ほんの些細な違いで、人は簡単に『差別』を行う……それが、世界に根深く刻まれた真実の一つだ。
「ま、人間なんて生き物は、ちょっと違う物を……眼鏡一つ着けてるだけでも、簡単に『差別』できちまうんだよ。特に、自分が賢いと思い込んでる視野狭窄な馬鹿ガキ程な」
斜面を一息に滑り降りてきた朔夜は、自身の眼鏡を空いた左手に持ったまま、そう話しつつ歩み寄って来る。
「おかげで弥生も、最初眼鏡掛ける時なんて愚図りまくってな。せめて『一人じゃない』って思わせようと私も掛け始めたんだが……今じゃ、ない方が落ち着かないんだよ」
途中、弟子の青年を蹴り転がしながらも、二人して近付いてくる朔夜は、簡単なネタばらしを披露してきた。
「この…………防弾レンズ入りの伊達眼鏡をな」
その話は結局、杞憂に終わったものの……当時の弥生はお揃いが嬉しかったらしく、朔夜もそのままなし崩し的に、習慣化する程続けてしまっていた。
無論、もう本人には本当の視力がバレてしまっているものの、その時点で慣れ切っていたからと弥生に作らせたのが、朔夜が左手で弄んでいる特注の伊達眼鏡だった。
撃ち込まれた銃弾で小さな罅が入ってしまった為に今は外しているようだが、そのおかげか、掛けていた朔夜本人には傷一つ付いていない。
「さすがに距離が近過ぎたな。最高硬度の強化ガラスなのに薄いからか、拳銃弾でも罅入りやがった」
「わざと撃たれた朔の自業自得だ。その気になれば避けられるくせに……」
隙を作る為だろうが、それでもわざと撃たれるなんて手間の掛かることを平然とやってのける朔夜に呆れつつも、睦月はカイツールへの警戒を解かないまま、転がされてきた青年の方に意識を向ける。
「で、朔……何でさっさと反撃しなかったんだ?」
「最初は近付いてきたら、迷わず小太刀でぶん殴ろうとしてたんだけどな……」
そう言うと、朔夜は空いた手に隠し持っていた小太刀を取り出し、掲げてみせた。
「なのにこいつ……死亡確認しないまま、落とした狙撃銃弄ってたんだよ」
「この、馬鹿弟子が……っ!」
自身が未だに立ち上がれないにも関わらず、カイツールは弟子の不甲斐なさに憤りを感じているのか、湧き上がる怒気を抑えようとする気配がない。
当然だろう。即座に離れなければならないのなら分かるが、その場に残るのであれば、敵の生死を確認するのは必須事項だ。でなければ、万が一生きていた際に反撃されてしまうおそれがある。
現に、弟子の青年は.45口径の拳銃弾で腕を撃ち抜かれ、その着弾の衝撃で斜面を転げ落とされた末に、朔夜の足による追撃を受けている。まさしく、なるべくしてなった結果だろう。
己の慢心でボロボロにされている青年と『自分が賢いと思い込んでる視野狭窄な馬鹿ガキ』に、一体どれ程の差があるというのか。
「おかげで、こいつが取り落とした狙撃銃点検してんのを、ずっと眺めてる羽目になったわ。というか、出血してない時点ですぐに気付くと思ったんだけどな……」
「本当に間抜けなのか、脳震盪でも期待してたんじゃないか? まあ、どっちにしろ……そういうことならさっさと片付けて手ぇ貸せよっ! おかげで買ったばっかの自動二輪、届いて一時間もしない内に使い捨てる羽目になったじゃないか!」
そう憤る睦月だが、朔夜はハイハイ、と軽く手を振って返してくるだけだった。
「絶対に後で、経費として申請してやる……」
「まあ、その辺は後で聞くよ。それより……」
そう言い、青年に向けて旧式の自動拳銃を構える。カイツールの方は睦月が押さえているので、問題ないと考えての行動だろう。
「こいつ等殺すか、生かして『情報屋』に引き渡すか……それが問題だ」
「ハァ……まあ、今はどっちでもいいが、」
チラリと、眼だけで無駄な足掻きが行われているのを目敏く見つけた睦月は、多少の落ち着きを取り戻しつつも、呆れた口調で朔夜に伝えた。
「さっさと拘束するか、手足撃ち抜いとけばいいのに……そいつ、逃げるぞ?」
その言葉のすぐ、いや睦月の指摘を合図に、弟子の青年は身体を引き摺りながらも駆け出していく。
しかし睦月は焦ることなく、同じく冷静な朔夜の右手に握られた自動拳銃をチラリと見ただけで、視線を戻した。
「まったく……さっき言わなかったか? 伊達眼鏡だって」
おそらくは、何となく漏れ出てきた独り言だろう。青年に聞かせたいのであれば、もう少し声を張り上げてもいいはずだ。
「私の本当の視力は…………両目共1.2だ」
睦月がそう思うのも虚しく、朔夜は片手でもしっかりと自動拳銃を構え、何の感慨もなく引き金を引いた。
――ドォン!
「ガッ!?」
ドサッ、という音と共に今度こそ倒れ込み、起き上がれずにいる青年の結末だけを確認してから、睦月は思わず呟いた。
「……ま、自慢じゃないけどな」
「そりゃ自慢にならないだろ。視力1.2って世間じゃ、平均の少し上位……あたっ!?」
睦月が漏らした余計な一言に返されたのは、後頭部目掛けて投げ付けられた自らの小太刀だった。
ようやく返された、地面の上に転がってしまった小太刀を蹴り上げた睦月は左手で掴むと、そのまま肩に載せる。そして自動拳銃を持つ右腕をカイツールに向けたまま、朔夜にこれからのことを相談し始めた。
「『犯罪組織』の幹部とその弟子、場合によっては某国の大統領暗殺計画を未然に阻止した事実。まさしく生死を問わず……売ろうと思えば、どこでも買ってくれそうだな」
「そう考えるのはお前だけ……暗殺?」
「どちらかと言えば、襲撃手段の可能性の一つだけどな」
そういえば、大統領の訪日に合わせて動く者達が居る可能性についてはまだ話してなかったことに気付き、睦月は手短かつ危険な情報は伏せた上で朔夜に説明した。
「……で、『犯罪組織』やその背後にいる暁連邦共和国のお偉いさん方が、日本に来た敵国の大統領に自爆テロぶつけるなりして『僕達有能です』って証明しようとしてんじゃないか、って思ったわけだよ」
「ふぅん……で、実際その辺りどうなんだよ?」
「…………」
まだ危険が及んでいない為か、朔夜は緊張感のない態度で未だに仰向けに転がされているカイツールに聞くものの、返事は来なかった。あくまで『犯罪組織』を、暁連邦共和国を裏切るつもりはないのだろう。
「だんまりか……睦月、どっちになるか賭けるか?」
「賭けるもんないから止めとく。それに……」
地面の上に力なく置かれたままのカイツールの腕を一瞥してから、睦月は『拷問するだけ無駄だ』と朔夜に返した。
「こいつ、本職は狙撃手のくせに撃術を使いやがったんだよ。狙撃銃を特注する前提でもなきゃ、自分から腕を壊すような真似なんてするか?」
真偽は不明だが、暁連邦共和国では撃術の訓練期間中、食事前にコンクリートへ向けて数千回、打ち込みを行わなければならない規則があるらしい。その結果、『食欲を満たすには攻撃しなければならない』という思想を持つ使い手が育つとか。
それが本当であるならば、パブロフの犬と同様に、日々の糧を得る為に条件反射で、敵を躊躇することなく蹂躙できる兵士が完成する。だが、それを一介の兵士ではなく幹部級の、しかもおそらくは凄腕の狙撃手が行うのは合理的ではない。
これは忠誠心云々ではなく、適性の問題だ。それでも狙撃手の命ともいえる腕を壊すような訓練に参加する、もしくはさせるということは……対象者がもう、狙撃できないことを意味している。
それに、自らの意思を持って撃術を身に着けたということは、訓練中に襲い掛かる激痛に耐え抜いたということだ。つまり、過酷な拷問に対しても耐性があることを示唆している。
「なるほど……たしかに、拷問は無駄そうだ」
睦月の話を聞き、先程まで小太刀を持っていた左手で煙草を取り出した朔夜は、同意した後で一本、口に咥えた。
「老化か何かで狙撃が難しくなったから、弟子の育成と並行して、撃術の訓練を始めた、ってところか」
「だろうな。現に……」
先程カイツールに向けて投げ付けてから残されたままの、銃身が曲がってしまった自動拳銃へと、睦月は軽く顎を振る。
「多少は強度が落ちる高分子樹脂製とはいえ、手刀を受けた銃身が曲がっただけで済んでるんだぞ? もし達人相手なら、たとえ鉄製でも完全に砕かれてたわ」
有り得ない話ではなかった。むしろ、鈍器等を受け止めてしまった時の衝撃で、鉄製の銃身よりも、内部に埋め込まれた細かな部品の方が耐え切れずに、結果本体がバラバラになってしまうことは良くある。今回はそれが撃術による一撃で、相手の練度不足でこの程度に収まったに過ぎない。
「硬気功の鍛錬が足りてなくて良かったな。じゃなきゃお前、とっくにあの世逝きだったぞ?」
「まったくだ……」
身体を硬くできたとしても、結局は人体の限界を超えられるわけではない。
筋肉に力が入っているかどうかで相手の攻撃を防げるかが変わるように、人間の肉体は常に、鋼の硬度を保てるわけではないのだ。その上、撃術は土嚢や藁を巻き付けた物ではなく、コンクリートの塊に直接肉体を打ち込んで訓練を行っている。その都合上、体質や健康状態によっては、一生使い物にならないリスクを背負わなくてはならない。
さらに言えば、そのリスクを乗り越えてもなお、実戦で活かせなければ意味がなかった。刀を持った素人が武術の達人に素手で取り押さえられる例もある。それはたとえ、徒手空拳同士での戦いだったとしても例外ではない。
カイツールの場合は元々、ある程度は体術を修めていたからこそ、ここまで戦えたのだろう。でなければ、刃物や銃器をはじめとした対武器戦闘に慣れている睦月が、ここまで苦戦することはなかったはずだ。
「にしても、疲れたな……ただの宝探しが、まさかの近接戦闘だぞ? ここ最近、こんなのばっかじゃないか」
「それもこれも、秀吉がやらかしたせいだろうが。全部『運び屋』ん家が原因だって忘れてないか?」
「そんな卵が先か鶏が先かなんて、原因と結果がごっちゃになった話、今出されても……」
……瞬間、睦月は黙り込む。
「睦月?」
突然口を噤んだ睦月に声を掛けてくる朔夜。
「どうかしたのか……?」
「…………いや、何でもない」
ふと、思い付いた疑問を掻き消すように言葉を濁した睦月は、朔夜の意識を逸らす為に話題を変えた。
「それよりも、あいつ等が心配だ。さっさと戻るぞ」
「まあたしかに。ただ……依頼人は私だって忘れてないよな」
「忘れてないっての。だけど俺だって人間だ。連れの心配位するさ」
どちらかが見張りに残り、後は様子見がてら、手持ちのワイヤーを取りに行くことにした睦月達は、爆発音が止んだ斜面の反対側の方を向いた。
ガッ!
「ぐっ!?」
「にしても……お前よく倒せたな。このおっさん」
「狙撃手の弱点を突いただけだ。結構ギリギリだったけどな」
万一に備えてカイツールの意識を奪う朔夜に、離れた場所で転がっていた弟子の青年を引き摺りながら、睦月はそう答えた。
「元々は背中を守る為の盾を、接近戦用の武器に改造してたみたいだが……肝心の背後からの攻撃は、未然に防ぐ癖が残ったままだったんだろうな。だから体術で捌ける程の鍛錬が足りず、回り込まれた途端にあっさりやられてやがんの」
ゲシッ!
「ぎゃっ!?」
「だから……後ろさえ取ってしまえば、限界手前まで威力を底上げさせた貼山靠一発で倒せた、ってわけだよ」
続いて、弟子の青年を足蹴にして気絶させた睦月の言葉に、朔夜は『お見事』とばかりに数回、手を鳴らしてきた。
「本当お前、昔から相手の弱みを見つけて叩くのが得意だよな……」
「弥生程じゃないが、これでもIQ120台だ。これ位は思い付くっての」
敵の師弟二人を地面に寝転がせてから、睦月は朔夜を置いて、斜面を駆け上がっていく。
「ちなみにIQ120台は、平均少し上だぞ!」
「それ叫ぶ程の指摘かっ!?」
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