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190 案件No.009の後始末(その5)
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翌朝、フェリーが港に入ってすぐに車ごと上陸した睦月達は、そのまま帰路へと就いた。
「まずは由希奈の家に行くか。馬込さんには、昨夜の消灯前に連絡したんだよな?」
「あ、はい。でも仕事で、帰ってくるのは明日、みたいですけ、ど……」
ハンドルを回しつつ、睦月は由希奈の返事を聞いた後、少し考えてから話を続けた。
「もし暇だったら……彩未にでも電話してみたらどうだ? あいつが学科の再試験受かってれば、同じ仮免持ちになるわけだし」
嘘ではないが、それだけが真意でもない。
いくら一人で居ることを好みやすい傾向にある発達障害者だろうと、今回の仕事では由希奈に精神的外傷級の負担を掛けてしまった。本当ならその手前で留めるつもりだったが、『犯罪組織』との衝突という予定外の出来事が起きてしまった以上、割り切るしかない。
だから対人依存症の彩未を由希奈に宛がえば、多少はマシになるだろうという打算も含めて、睦月はそう提案したのだ。
「分かりました。そうして、みます……」
どうやら由希奈は、睦月の言葉をそのまま受け取ったらしい。彩未の試験結果次第では迷惑がられるだろうが、その場合はどちらであっても当人の問題だ。後は用事でもない限り、あの対人依存症が自分から声を掛けてきた獲物を放置するわけがない。
そんなことを考えている内に、車は高速道路へと入った。後は二時間もせずに、由希奈の家へと到着するだろう。
(この様子なら、渋滞に引っ掛からずに済みそうだな……)
睦月と由希奈を除けば、車内には絶賛緘黙症でずっとスマホを弄っている姫香しかいないので、道中の会話は一切なかった。
特に大きな問題もなく、睦月達は予定通りに昼頃、由希奈の家の前に到着した。
「フェリーに乗る前にも説明したけど、旅館の荷物は宅配で届けてくれるよう手配した。ただ、形跡を残さない為に個人配送とかも挟んで遠回りさせてるから、届くまでには数日掛かる。これも安全を考えてのことだから、悪いが理解してくれ」
「……はい、大丈夫です」
手荷物だけの由希奈と共に停めた車から降りた睦月は、アパートの前まで彼女を送り届けた。
「じゃ、俺達はこれで、」
「あの……睦月さんっ!」
このまま背を向けようとした睦月だったが、由希奈から声を掛けられたので、思わず足を止めてしまう。
「……どうした?」
「一つ……聞いてもいい、ですか?」
何かと思って足を戻した睦月に、由希奈は強く手を握りながら、意を決して口を開いてくる。
「姫香は、今の睦月さんの状況について……何か、伝えてきましたか?」
姫香が緘黙症の為に、『言う』ではなく『伝える』と言ったのだろうな……なんてことも考えた睦月だが、由希奈が聞きたがっているのとは関係ないので忘れ、素直に現実を受け入れることにした。
「……姫香に、何か言われたのか?」
「いえ。ただ……『何を言われても、自分はついて行くって決めた』とだけ」
「そうか……」
姫香の性格を考えれば、『後は頼んだ』と言っただけでは、由希奈に何か助言なりして手助けしたりはしないだろう。それ以前に面倒臭がって、(自慢以外で)睦月との会話を言いふらさない可能性の方が高い。
「由希奈には話してなかったが、別の仕事二件や今回の依頼以外に一つ、切っ掛けがあってな……それで前に、姫香とも話したんだよ。正直、俺の面倒事に巻き込んで死なれても目覚めが悪いから、拒絶の言葉を強めにぶつけたんだが……」
「……それでも、姫香は『ついて行く』って聞かなかったんですね」
とはいえ、下手な対抗心で身を滅ぼさせるわけにはいかないからと、睦月は由希奈に釘を刺すことにした。
「先に言っておくが、姫香自身の気持ちはともかくとして……由希奈とはこれまでの人生が違うんだからな。そこだけは履き違えるなよ」
クラスメイトになってからこれまで付き合ってきた結果、どうも由希奈は、昔の睦月のように夢見がちになっているきらいがあった。だから……今回の仕事で改めて、『運び屋』の実際の仕事を伝えたくて同行を許可したのだ。
……その仕事も、最後には『犯罪組織』との衝突という、行き過ぎた現実を見せつける羽目になってしまったが。
「ちなみに……何て言ったんですか?」
「……何て、って?」
一瞬、何のことか分からずに首を傾げる睦月に、緊張しているのか、由希奈は震えた声で尋ねてきた。
「姫香にぶつけたという……拒絶の言葉、です」
これまでの人生が違う、と先に伝えたというのに、由希奈は姫香と同じ言葉を睦月に求めてきた。
(まあ……言ってやった方が、本人の為か)
どちらにせよ、由希奈の人生に責任を取れるのは彼女自身だ。睦月のせいで悪影響を与えてしまったが……半端に巻き込むよりは一度、はっきりと拒絶した方が良い。所詮は偽善だが、それでもしないよりはマシだろう。
だから睦月は、姫香と同じ言葉を由希奈にもぶつけた。
「『もし、自分の生命が惜しいのなら……失せろ。最悪、お前に構っている余裕がない』」
そう言い残し、睦月は由希奈に背を向けて去った。
本当はもっと言い残したかったが、これ以上は冗長でしかない。下手に未練を残させないよう、睦月は由希奈を……拒絶した。
由希奈が今どうしているかは、背を向けて立ち去った睦月には分からない。とはいえ、早足にはなってしまったものの、伝えたいことは伝えてきた。後は自分の中で、気持ちを整理して貰うしかないだろう。
「はあ、疲れた……」
自宅近くの整備工場に乗り入れて駐車し、ドアを開けて降りた睦月と姫香は軽く身体を解してから、互いに顔を合わせた。
「俺は荷物を片付けてから帰る。先に家入っててくれ」
そう言うと、姫香はお椀の形にした左手から、箸に見立てた右手の指を二本立てて、口元へと持っていく。そして流れるように、両手で包丁を使う仕草を見せてきた。
「【食事】、【料理する】」
「……ああ、頼んだ」
そして姫香は昼食を作る為、先に家へと帰っていった。整備工場で一人になった睦月は、車内に残された武器類を取り出し……由希奈から返された上着に隠れるよう、身に着けだした。
武装した睦月が一人で向かったのは、自宅のあるマンションの一室ではなく、最寄り駅の先にある商店街だった。そして真っ直ぐに、通い慣れた輸入雑貨店へと入っていく。
「いらっしゃい……って、あんたかい」
何度も通えば、同じ言葉が返ってくることもある。
以前にも、同じようなことを言われたなと思い出す睦月だったが……あの時とは違うとばかりに、手を腰へと回した。
「昔はよく、本とか読んでたんだけどさ……どうもある時を境に、一部の漫画や小説の続編を読まなくなっちまったんだよ。何でか分かるか?」
いきなりの小話にも関わらず、和音は睦月の話を聞いてから間を置かずに、思っただろうことをそのまま返してきた。
「大方、その作者が人気に胡坐を掻き過ぎて、執筆の手を抜いたとかじゃないのかい? 私も経験あるよ……まあ、病気やら何やらの理由で、打ち切りや未完で終わった作品の方が多いけどね」
そう答えてくる『情報屋』に対し、『それもある』と告げてから、本命の理由を告げた。
「…………現実離れし過ぎたご都合展開に、呆れて頭がついていけなくなったからだよ」
物語の世界はあくまでも、虚構でしかない。
だからどんな媒体であろうと、一定の時間やページ数の中で物語を完結させなければならない。むしろ、『話の要点だけを表現している』と言ってもいいだろう。冗長化してしまう場合があるのも、シリーズ化による延長や人気の高さによる営利目的が背景にある為だ。
中には、そういった裏事情のせいで失敗してしまう作品もある。それが現実というものだ。
それだけなら、睦月も文句はない。昔はそれでも追いかけていたが、ある日ふと話を読むのを止めてしまった時、自分を含めた誰もが責めなかった。だから『そういうものか』と、割り切ることができたのだ。
しかしそれ以来、ある程度の買い置きや気になった時に大人買いをして、暇な機会にまとめて読むことの方が多くなってしまった。
そのこと自体は誰にも責められないし、別に構わない。続編が出てくるまで、どうしても期間が空いてしまうのが世の常である。それに、仕事に影響しない範囲であれば、姫香のスマホ中毒のように特段気にする必要はないからだ。
だから、都合良く物語が進む分には、睦月もある程度は流して楽しむことにしている。
「これが物語の世界の話なら、俺も別に気にしなかったさ」
……けれども、今日の本題は違う。
「だけどな……いくら何でも、現実でここまでご都合展開が続くと、つい疑っちまうんだよ」
右手でウエストホルスターから自動拳銃を抜いた睦月は、その状態でぶら提げたまま、一方的に話し続けた。
「卵が先か、鶏が先か……宝探しに行った先に『犯罪組織』が待ち構えていたなんて偶然、そう都合良くあるかよ。本当は逆なんだろ?」
以前は向こうが先走ったせいで、『ブギーマン』が押さえられる結果で終わってしまった。和音が火器取締局に対して話を通したのも、それが一因としてあったからだろう。しかし今回、そこは気にするべきところではない。
「宝探しの依頼が出たそもそもの原因……栗川星来が都合良く日本に帰省し、『スミレ』という女について聞く聞かないを問わずに、手掛かりになるかもしれない話を持ち出してくる。そんな都合の良いことが、普通あるか?」
睦月の話に和音は何も言わず、煙管から紫煙を燻らせている。それすらも挑発行為に思えてしまうが……明らかに陽動だと分かる仕草なので、あまり感情を昂らせずに済んだ。
「終戦前にお蔵入りした兵器――『原爆の欠片』について疑われて、取り調べを受ける羽目になった原因として考えられる推測は三つ」
一歩、睦月は和音に近付く。
「一つ、アメリカ航空宇宙局が栗川星来の入局前に、身辺調査を行っていなかった。ありえなくはないが、これだと本当にご都合展開だな」
二歩、同時に睦月は、右手の自動拳銃をゆっくりと持ち上げていく。
「二つ、調べた上で損失よりも利益を取った。犯罪者との付き合いを取ってでも、栗川星来の仕事振りを求めた可能性もあるが……当時の実績だけで判断するには、確証が薄い」
三歩、店の内外に隠れていただろう者達がとうとう、気配を露にしてきた。
「そして三つ……偽造された経歴で入局した彼女の正体を、誰かが情報提供した。その時点で実績は十分以上にあったから、他の組織も聴取だけで済ませて放置したんだろ? ……あえて、監視を付けた上で」
それだけでもう、睦月達に言葉は十分過ぎた。
「婆さん…………栗川星来の情報、アメリカ側にばら撒いたのはあんた等だろっ!」
睦月が自動拳銃の銃口を和音に向けた瞬間、店の奥や天井、果ては背後の入り口から、次々と護衛として雇われた者達が押し入ってきた。
「元々は、親父の持っていた情報だ。それを都合の良いタイミングで情報提供し……俺達と『犯罪組織』をぶつけたんだ。違うかっ!?」
迷わず動く左手はもう一丁の自動拳銃を抜き放ち、背後で回転式拳銃の銃口を向けてくる『傭兵』に対して構えた。『掃除屋』や『殺し屋』も居るが、長物と.45口径で弾速の遅い二丁一対型の自動拳銃よりも脅威になると、瞬時に判断しての対応である。
この状況を全員が理解したからだろう。数的優位を保持したにも関わらず、睦月の行動に対して、気を抜く者は誰一人としていなかった。
「親父か婆さんのどっちが言い出したのかは知らねえが……今回のはさすがに、許容範囲を超えてきてるぞ」
仕草だけで上着を捲り、周囲に自らの腹部を……そこに巻き付けたいくつもの手榴弾の存在を見せつける睦月。下手に攻撃すれば、逃げ場のない店内で生き残れる可能性は周囲の商品に懸かっている。
おまけに、睦月には相手の一人を寝返らせる推測が一つあった。
「それに英治……お前も都合良く、日本に来たよな? 『情報屋』達が『傭兵』を日本に引っ張り出そうと画策した可能性、少しは考えたか?」
発端こそ『銃器職人』の家族が惨殺されたからだが、元を辿れば、誰かが情報を流した為に『殺し屋』が動いた可能性だってある。
それこそ、少し頭が回る程度の睦月ですら気付いたのだ。それ以上に明晰な頭脳を持つ連中が、同様の結末を想定できないなんてことはありえない……あるわけがない。
でなければ世の中、口先だけの馬鹿の方が多いことになってしまう。それが世界だというのなら、むしろ滅びるべきだと睦月は唾棄したくなってきた。
「で……答えは?」
返答次第では、迷わず引き金を引く。その覚悟の元、睦月は明確な敵意を和音にぶつけた。
「そうさね……」
しかし、銃口を向けられた当人は気にすることなく……一度煙管を吹かしてから、ゆっくりと口を開いてきた。
「…………まあ、その通りだよ。秀吉の小僧の指示で、私が流した」
「まずは由希奈の家に行くか。馬込さんには、昨夜の消灯前に連絡したんだよな?」
「あ、はい。でも仕事で、帰ってくるのは明日、みたいですけ、ど……」
ハンドルを回しつつ、睦月は由希奈の返事を聞いた後、少し考えてから話を続けた。
「もし暇だったら……彩未にでも電話してみたらどうだ? あいつが学科の再試験受かってれば、同じ仮免持ちになるわけだし」
嘘ではないが、それだけが真意でもない。
いくら一人で居ることを好みやすい傾向にある発達障害者だろうと、今回の仕事では由希奈に精神的外傷級の負担を掛けてしまった。本当ならその手前で留めるつもりだったが、『犯罪組織』との衝突という予定外の出来事が起きてしまった以上、割り切るしかない。
だから対人依存症の彩未を由希奈に宛がえば、多少はマシになるだろうという打算も含めて、睦月はそう提案したのだ。
「分かりました。そうして、みます……」
どうやら由希奈は、睦月の言葉をそのまま受け取ったらしい。彩未の試験結果次第では迷惑がられるだろうが、その場合はどちらであっても当人の問題だ。後は用事でもない限り、あの対人依存症が自分から声を掛けてきた獲物を放置するわけがない。
そんなことを考えている内に、車は高速道路へと入った。後は二時間もせずに、由希奈の家へと到着するだろう。
(この様子なら、渋滞に引っ掛からずに済みそうだな……)
睦月と由希奈を除けば、車内には絶賛緘黙症でずっとスマホを弄っている姫香しかいないので、道中の会話は一切なかった。
特に大きな問題もなく、睦月達は予定通りに昼頃、由希奈の家の前に到着した。
「フェリーに乗る前にも説明したけど、旅館の荷物は宅配で届けてくれるよう手配した。ただ、形跡を残さない為に個人配送とかも挟んで遠回りさせてるから、届くまでには数日掛かる。これも安全を考えてのことだから、悪いが理解してくれ」
「……はい、大丈夫です」
手荷物だけの由希奈と共に停めた車から降りた睦月は、アパートの前まで彼女を送り届けた。
「じゃ、俺達はこれで、」
「あの……睦月さんっ!」
このまま背を向けようとした睦月だったが、由希奈から声を掛けられたので、思わず足を止めてしまう。
「……どうした?」
「一つ……聞いてもいい、ですか?」
何かと思って足を戻した睦月に、由希奈は強く手を握りながら、意を決して口を開いてくる。
「姫香は、今の睦月さんの状況について……何か、伝えてきましたか?」
姫香が緘黙症の為に、『言う』ではなく『伝える』と言ったのだろうな……なんてことも考えた睦月だが、由希奈が聞きたがっているのとは関係ないので忘れ、素直に現実を受け入れることにした。
「……姫香に、何か言われたのか?」
「いえ。ただ……『何を言われても、自分はついて行くって決めた』とだけ」
「そうか……」
姫香の性格を考えれば、『後は頼んだ』と言っただけでは、由希奈に何か助言なりして手助けしたりはしないだろう。それ以前に面倒臭がって、(自慢以外で)睦月との会話を言いふらさない可能性の方が高い。
「由希奈には話してなかったが、別の仕事二件や今回の依頼以外に一つ、切っ掛けがあってな……それで前に、姫香とも話したんだよ。正直、俺の面倒事に巻き込んで死なれても目覚めが悪いから、拒絶の言葉を強めにぶつけたんだが……」
「……それでも、姫香は『ついて行く』って聞かなかったんですね」
とはいえ、下手な対抗心で身を滅ぼさせるわけにはいかないからと、睦月は由希奈に釘を刺すことにした。
「先に言っておくが、姫香自身の気持ちはともかくとして……由希奈とはこれまでの人生が違うんだからな。そこだけは履き違えるなよ」
クラスメイトになってからこれまで付き合ってきた結果、どうも由希奈は、昔の睦月のように夢見がちになっているきらいがあった。だから……今回の仕事で改めて、『運び屋』の実際の仕事を伝えたくて同行を許可したのだ。
……その仕事も、最後には『犯罪組織』との衝突という、行き過ぎた現実を見せつける羽目になってしまったが。
「ちなみに……何て言ったんですか?」
「……何て、って?」
一瞬、何のことか分からずに首を傾げる睦月に、緊張しているのか、由希奈は震えた声で尋ねてきた。
「姫香にぶつけたという……拒絶の言葉、です」
これまでの人生が違う、と先に伝えたというのに、由希奈は姫香と同じ言葉を睦月に求めてきた。
(まあ……言ってやった方が、本人の為か)
どちらにせよ、由希奈の人生に責任を取れるのは彼女自身だ。睦月のせいで悪影響を与えてしまったが……半端に巻き込むよりは一度、はっきりと拒絶した方が良い。所詮は偽善だが、それでもしないよりはマシだろう。
だから睦月は、姫香と同じ言葉を由希奈にもぶつけた。
「『もし、自分の生命が惜しいのなら……失せろ。最悪、お前に構っている余裕がない』」
そう言い残し、睦月は由希奈に背を向けて去った。
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「俺は荷物を片付けてから帰る。先に家入っててくれ」
そう言うと、姫香はお椀の形にした左手から、箸に見立てた右手の指を二本立てて、口元へと持っていく。そして流れるように、両手で包丁を使う仕草を見せてきた。
「【食事】、【料理する】」
「……ああ、頼んだ」
そして姫香は昼食を作る為、先に家へと帰っていった。整備工場で一人になった睦月は、車内に残された武器類を取り出し……由希奈から返された上着に隠れるよう、身に着けだした。
武装した睦月が一人で向かったのは、自宅のあるマンションの一室ではなく、最寄り駅の先にある商店街だった。そして真っ直ぐに、通い慣れた輸入雑貨店へと入っていく。
「いらっしゃい……って、あんたかい」
何度も通えば、同じ言葉が返ってくることもある。
以前にも、同じようなことを言われたなと思い出す睦月だったが……あの時とは違うとばかりに、手を腰へと回した。
「昔はよく、本とか読んでたんだけどさ……どうもある時を境に、一部の漫画や小説の続編を読まなくなっちまったんだよ。何でか分かるか?」
いきなりの小話にも関わらず、和音は睦月の話を聞いてから間を置かずに、思っただろうことをそのまま返してきた。
「大方、その作者が人気に胡坐を掻き過ぎて、執筆の手を抜いたとかじゃないのかい? 私も経験あるよ……まあ、病気やら何やらの理由で、打ち切りや未完で終わった作品の方が多いけどね」
そう答えてくる『情報屋』に対し、『それもある』と告げてから、本命の理由を告げた。
「…………現実離れし過ぎたご都合展開に、呆れて頭がついていけなくなったからだよ」
物語の世界はあくまでも、虚構でしかない。
だからどんな媒体であろうと、一定の時間やページ数の中で物語を完結させなければならない。むしろ、『話の要点だけを表現している』と言ってもいいだろう。冗長化してしまう場合があるのも、シリーズ化による延長や人気の高さによる営利目的が背景にある為だ。
中には、そういった裏事情のせいで失敗してしまう作品もある。それが現実というものだ。
それだけなら、睦月も文句はない。昔はそれでも追いかけていたが、ある日ふと話を読むのを止めてしまった時、自分を含めた誰もが責めなかった。だから『そういうものか』と、割り切ることができたのだ。
しかしそれ以来、ある程度の買い置きや気になった時に大人買いをして、暇な機会にまとめて読むことの方が多くなってしまった。
そのこと自体は誰にも責められないし、別に構わない。続編が出てくるまで、どうしても期間が空いてしまうのが世の常である。それに、仕事に影響しない範囲であれば、姫香のスマホ中毒のように特段気にする必要はないからだ。
だから、都合良く物語が進む分には、睦月もある程度は流して楽しむことにしている。
「これが物語の世界の話なら、俺も別に気にしなかったさ」
……けれども、今日の本題は違う。
「だけどな……いくら何でも、現実でここまでご都合展開が続くと、つい疑っちまうんだよ」
右手でウエストホルスターから自動拳銃を抜いた睦月は、その状態でぶら提げたまま、一方的に話し続けた。
「卵が先か、鶏が先か……宝探しに行った先に『犯罪組織』が待ち構えていたなんて偶然、そう都合良くあるかよ。本当は逆なんだろ?」
以前は向こうが先走ったせいで、『ブギーマン』が押さえられる結果で終わってしまった。和音が火器取締局に対して話を通したのも、それが一因としてあったからだろう。しかし今回、そこは気にするべきところではない。
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睦月の話に和音は何も言わず、煙管から紫煙を燻らせている。それすらも挑発行為に思えてしまうが……明らかに陽動だと分かる仕草なので、あまり感情を昂らせずに済んだ。
「終戦前にお蔵入りした兵器――『原爆の欠片』について疑われて、取り調べを受ける羽目になった原因として考えられる推測は三つ」
一歩、睦月は和音に近付く。
「一つ、アメリカ航空宇宙局が栗川星来の入局前に、身辺調査を行っていなかった。ありえなくはないが、これだと本当にご都合展開だな」
二歩、同時に睦月は、右手の自動拳銃をゆっくりと持ち上げていく。
「二つ、調べた上で損失よりも利益を取った。犯罪者との付き合いを取ってでも、栗川星来の仕事振りを求めた可能性もあるが……当時の実績だけで判断するには、確証が薄い」
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それだけでもう、睦月達に言葉は十分過ぎた。
「婆さん…………栗川星来の情報、アメリカ側にばら撒いたのはあんた等だろっ!」
睦月が自動拳銃の銃口を和音に向けた瞬間、店の奥や天井、果ては背後の入り口から、次々と護衛として雇われた者達が押し入ってきた。
「元々は、親父の持っていた情報だ。それを都合の良いタイミングで情報提供し……俺達と『犯罪組織』をぶつけたんだ。違うかっ!?」
迷わず動く左手はもう一丁の自動拳銃を抜き放ち、背後で回転式拳銃の銃口を向けてくる『傭兵』に対して構えた。『掃除屋』や『殺し屋』も居るが、長物と.45口径で弾速の遅い二丁一対型の自動拳銃よりも脅威になると、瞬時に判断しての対応である。
この状況を全員が理解したからだろう。数的優位を保持したにも関わらず、睦月の行動に対して、気を抜く者は誰一人としていなかった。
「親父か婆さんのどっちが言い出したのかは知らねえが……今回のはさすがに、許容範囲を超えてきてるぞ」
仕草だけで上着を捲り、周囲に自らの腹部を……そこに巻き付けたいくつもの手榴弾の存在を見せつける睦月。下手に攻撃すれば、逃げ場のない店内で生き残れる可能性は周囲の商品に懸かっている。
おまけに、睦月には相手の一人を寝返らせる推測が一つあった。
「それに英治……お前も都合良く、日本に来たよな? 『情報屋』達が『傭兵』を日本に引っ張り出そうと画策した可能性、少しは考えたか?」
発端こそ『銃器職人』の家族が惨殺されたからだが、元を辿れば、誰かが情報を流した為に『殺し屋』が動いた可能性だってある。
それこそ、少し頭が回る程度の睦月ですら気付いたのだ。それ以上に明晰な頭脳を持つ連中が、同様の結末を想定できないなんてことはありえない……あるわけがない。
でなければ世の中、口先だけの馬鹿の方が多いことになってしまう。それが世界だというのなら、むしろ滅びるべきだと睦月は唾棄したくなってきた。
「で……答えは?」
返答次第では、迷わず引き金を引く。その覚悟の元、睦月は明確な敵意を和音にぶつけた。
「そうさね……」
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