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191 案件No.009の後始末(その6)
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……ただの一手で、事態は急転した。
ダラララ……!
「っ!?」
「くそっ!?」
まずは一人、わずかな呻き声と共に絶命する。両手から自動連射で放たれる5.7mm小口径高速弾は、『情報屋』の頭と『傭兵』が居た場所を貫通していく。間髪入れずに右手の自動拳銃を投げ上げると、すぐに手榴弾を引き抜いて『殺し屋』に向け、即座に放った。
「わわっ!?」
本当に手榴弾を投げるとは思っていなかったのか、『殺し屋』は得物の斧槍で打ち返そうと柄を振り被ってきた。だが、安全ピンを抜いていないので安全装置が外れることはなく、衝撃が加わって着火し、爆発するまでにはさらに猶予がある。
安全ピンの存在に『殺し屋』が気付くかどうかは確認しないまま、『掃除屋』の懐へと入って自身ごと反転させた。
「このっ!?」
「……ふっ!」
肉壁にした『掃除屋』が抵抗しようと銃口を強引に向けてくるよりも早く、軸足を一息に踏み込んで貼山靠を放つ。
「がっ!?」
「あばっ!?」
本来であれば、震脚により生み出した運動エネルギーを加えなければ、ただの体当たりにしかならない。現に『掃除屋』も、身体を吹き飛ばされて『殺し屋』にぶつかっただけで済み、大きくダメージを受けた様子はなかった。
だから追撃の為、もう片方の自動拳銃で止めを刺そうと新しい弾倉へと手を伸ばしたが、『傭兵』が体勢を立て直す方が明らかに早かった。
それを認知した時点で弾倉の再装填を諦めると、右手の袖の仕込みで小型の回転式拳銃を取り出し、その銃口を向け返す。
(…………あ、終わった)
たとえ自動拳銃と同じ5.7mm小口径高速弾を放とうとも、小型の回転式拳銃では銃身が短くて弾道が安定せず、有効射程距離もまた狭まっていた。それは屋内であろうとも、同じ地元で銃撃を回避する術を身に着けている戦闘職相手には意味を成さない。さらに言えば、早撃ちの技能も得物の装弾数も『傭兵』の方が上だった。
せめて、残った手榴弾を起爆させようと左手の自動拳銃を手放し、事前に仕込んでいたワイヤーを引き抜く。そうすることで安全ピンを全て引き抜き、安全装置が飛んでいく最後の小細工に、果たしてこの面々はどう対処するのか…………それは、誰にも分からない。
――何故なら、これは現実ではないからだ。
「とっくに気付いてたよ、それ位」
英治の言葉に、自動拳銃を握っていた睦月の手が止まる。
味方にする、まではいかずとも、引き金に掛かった指に少しでも躊躇いが生まれてくれればいい。そう考えて放った推測だったが、英治には通用しなかった。
おかげで睦月は動きを止めてしまい、手榴弾どころか発砲すらできない膠着状態が続いてしまう。それが現実だった。
「それに……カリーナの家族が殺された件と、婆さん達は無関係だ」
「……根拠は?」
当事者でもないのに、未だに食い下がる睦月。それ以外に数的優位を覆せる材料が自動拳銃二丁と手榴弾しかないのでそう問い質したのだが、英治は淡々と事実だけを返してくる。
「婆さん達の元々の計画では、銃弾の価格高騰が起きた原因を調査させる名目で、カリーナの家族ごと俺を帰国させるつもりだったんだよ。自分達がそもそもの元凶のくせに……」
英治や『銃器職人』の一家からすれば、カリーナに『反銃社会での生活で、銃は不要どころか違法となる』異文化を経験させられるので、かえって都合の良い暗躍だった。起きたとしても、突発的な小競り合い程度だろう。
実際……現実となれば、どれだけ良かったか。
「だが、『殺し屋』が偶々『銃器職人』の情報を掴んだせいで、その計画が実行どころか接触してくる前に頓挫したんだよ。そのことは他の『情報屋』で裏を取ったから、まず間違いない」
人を利用しようとするなら、自分もされる可能性を考慮しなければ、足元を掬われてしまう。
日本に来れば、下手に近付けばその分、互いに血を見ることになりかねない。だからこそ、『情報屋』達は『傭兵』側に遺恨を残すことなく、十分に注意して接触しなければならなかった。その為に、『殺し屋』の件では弥生の方に注力していた側面もある。
それでも話を続けるべく、『情報屋』や彼女に関わった者達がへまをして情報を漏らした、という推測を立てようかとも考えたが……これ以上は、睦月自身が話を冗長させかねない。
だから、この辺りが潮時だと睦月は判断し……本題へと移った。
「今回の依頼の前に……『犯罪組織』の『拒絶』から、個人的に連絡を受けた」
両手の自動拳銃と腹部に巻き付けた手榴弾を構えたまま、睦月は心中を吐露した。
「相手の動き方次第では、その時点で姿を消す。そうなる前に、聞いておきたいことがある」
そうすることしか、できなかった。
「シェリダーが……俺の母親の仇なのか?」
「…………」
もう一口、とばかりに煙管を吸った後、煙と共に和音は答えを返した。
「……私が知っていることは、そんなに多くないよ」
まるで、自分は部外者かのような言い方だった。
「秀吉の小僧から聞いている限り……『鍵師』の奴が何かをしくじって、あんた達家族が当時住んでた場所に、拉致の実行部隊を上陸させてしまった。それ以上詳しいことは、私も知らないよ。ただ……その件ばかりは、本当に偶然だと思っているよ」
吸い終わった煙管の中身を灰皿に落とした和音は、そこでようやく、睦月を正面から見据えてきた。
「その時にある国から拉致の実行を指示され、部隊を送り込んできたのが『犯罪組織』…………かつて『最期の世代』が潰し、現在は『犯罪組織』として暗躍している連中やその先代達だよ」
本当に、答えを知らないのだろうか?
それもまた重要な情報だが、和音は未だに、話の本質を語ろうとはしない。焦れ始める睦月の表情を見てようやく、続きが語られた程だ。
「『犯罪組織』の幹部級の中に、当時の実行部隊に所属していた人間が居たことまでは調べ上げた。ただ……その詳細までは、私にも分からない。秀吉の小僧は何か掴んでるくせに、こっちには一言も話してくれないしね」
その事実は、睦月にとっては寝耳に水だった。
「婆さん……親父と組んでたんじゃないのかよ?」
「この件ばかりは、小僧とはあくまで仕事の関係さ。前にも言ったろ? 『あいつの個人的なこと』だって。それと……」
新しい刻み煙草を雁首に詰めることなく、和音は煙管を弄びだす。おそらくは、言葉を発する為にあえて、口を空けているのだろう。
「私が久芳姫香を気に入っている本当の理由はね……どことなく、似ているからなんだよ。荻野菫――あんたの母親にね」
「…………」
睦月は口を閉ざしたまま、ゆっくりと両手の自動拳銃を降ろす。両方ともぶら提げたままだが、同時に上着を戻して、手榴弾を隠し直した。
「そういや……婆さんから、お袋のことは聞いたことがなかったな」
「私も、できれば話したくなかったからね……」
そこで和音は視線を切り、刻み煙草を取り出して雁首に詰め出した。
「裏社会じゃ、一般的な生活よりもよくあることとはいえ、結構きついんだよ。気に入った人間が突然いなくなったりするのは……この年齢になってもね」
周囲が武装を降ろしていく様子を確認し、睦月は持っていた自動拳銃を二丁とも、ホルスターへと戻す。それに対して、誰も止めたり、攻撃の素振りを見せたりすることはなかった。
「悪いけど……こればっかりは、本人達から聞くしかないね」
「……分かった」
話はこれで終わりだと、睦月はポケットに手を入れ、そのまま店外へと向けて歩き出した。
「俺でさえ気付いたんだ。遅かれ早かれ、朔達も気付くぞ? あいつ等がどう動くかは知らないが……主張次第では、向こうにつく。俺の方はそれで手打ちだ」
身振りだけで英治を押し退け、そのまま店を後にしようとする睦月の背中に、和音の返事がぶつかってきた。
「…………はいよ」
ただ、それを受け入れたという意思だけが返された。
「遅かれ早かれ、ね……」
睦月が出て行き、英治達護衛役がカウンターの前へと集まって来ているにも関わらず、和音は店の奥、普段は店員の智春が持ち場にしている方を向いた。
「……だってさ。どうするんだい?」
その言葉と共に、奥から出てきたのは三人。店員の智春と孫の弥生、そして……父親の形見である.45口径の自動拳銃を構えた朔夜だった。
「正直、こっちも悩んでるところだよ……」
朔夜が依頼を早めに切り上げたのは、弥生を引き取る為だけではなかった。先程、睦月が和音にぶつけた疑問に気付いたからこそ、彼女達も急いで帰って来たらしい。
とはいえ、フェリーとは違って渋滞に引っ掛かったり、弥生と交代で運転しつつ休憩も挟んだりして時間を掛け過ぎた為に、睦月に先を越されてしまったようだが。
「星来さんのことは、自分の中ではもうケリを付けちゃいるが……その分、横から茶々を入れられたら、さすがに平静じゃいられねえよ」
弥生は頭の後ろで腕を組んでいるが、別に拘束されている様子はない。完全に他人事として見ている為、かえって手持ち無沙汰になってしまっているだけのようだ。逆に、朔夜は智春に対して旧式の自動拳銃の銃口を向けたまま、腰掛けている和音を見下ろしてきている。
けれども……それを止めさせようとする者は向けられた当人含め、誰も居なかったが。
「まあ、今回は結果は大丈夫だったからいいとしても……もう睦月や私達に、隠してることはないんだよな?」
「隠してる、というよりも……話し切れてない、ってところかね」
店員が人質にされているにも関わらず、和音は煙管に火を入れ、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「秀吉の小僧が公安警察や他の連中とつるんで悪巧みしているのは知ってるけど、その詳しい内容までは分からない。ドイツの件だって、そこの『傭兵』を日本に呼び出す算段を立てている時に起きたからね。こればかりは、誰かが無駄に引っ掻き回しているとしか思え、」
――カラン、カラン……
そこで、和音の言葉が途切れる。
店内にいる全員が注目する中、先程出て行ったはずの睦月が、突然顔を覗かせてきたからだ。
「……あれ? やっぱり朔も気付いてたのか?」
「ああ……裏口から押し入った時に丁度、お前が店内に入ってきたからさ。ちょっと様子見てた」
少し店を出ていた間に出てきた朔夜達に対して気にすることなく、睦月は店内に一歩踏み入ってから、改めて口を開いてきた。
「まあ、かえって丁度良いか……さっき、言い忘れたことがあってさ」
いまさら武器で脅したりするような真似はせず、睦月は言い忘れたことを告げてきた。
「この間の、『立案者』とか名乗ってた奴だけどな……『薬師』の分家が背後についてるんだと。本家生まれの『薬師』から、帰宅途中に直接会って聞いた。調べられるか?」
その問い掛けに、和音よりも先に朔夜が口を挟んできた。
「私からも頼む。こっちもそれで、手打ちにする」
どうやら、朔夜も『丁度良い』と思ったのだろう。自分も無関係ではないからと、手打ちの材料として睦月の頼みごとを利用してくる。今はそれに甘えさせて貰おうと、和音も話に乗ることにした。
「調べるのは構わないよ。ただ、『薬師』の家はあちこちに広がり過ぎているからね……少し、時間を貰うよ」
「……分かった、それでいい」
ただでさえ、睦月が抱えている厄介事は、簡単に解決しないものが複数ある。いまさら時間が掛かろうとも、気にしたりすることはなさそうだった。
「じゃあ帰るわ。家で昼飯の準備してる姫香待たせてるから、急がないとシバかれかねないし……」
そう言い残し、睦月は再び店を出ていった。
店内にいる全員が音を立てて閉まる扉を見つめる中、旧式の自動拳銃を下げた朔夜が無意識にだろう、ただ一言呟いてきた。
「…………いつも女の尻に敷かれてるな。あの愚弟は」
呆れたような口調に、和音や人質にされていた智春を含めた全員が、同意とばかりに頷いたのだった。
帰宅後、用意された昼食を見た睦月は、テーブルの向かいに座る姫香に苦言を呈した。
「なあ、姫香……黙って勝手に出掛けたことは謝るし、食事の準備をしているお前一人待たせてしまったことも、本当に申し訳なく思っているよ。でもな……」
けれども今、睦月が言いたいのはそれではない。
「これ…………かえって手間じゃないか?」
冷やし茶漬け(梅干し付)と茄子の肉味噌炒めを頬張る姫香にそう言うものの……睦月の眼前に差し出されたもやし炒め(調味料のみ)が別の料理に代わることは一切なかった。
「別に俺、残り物でも良かったし、何なら自分で料理したり買ってきても……あだっ!?」
そういうことじゃない、とばかりに姫香は梅干しの種を飛ばしてきた。
ダラララ……!
「っ!?」
「くそっ!?」
まずは一人、わずかな呻き声と共に絶命する。両手から自動連射で放たれる5.7mm小口径高速弾は、『情報屋』の頭と『傭兵』が居た場所を貫通していく。間髪入れずに右手の自動拳銃を投げ上げると、すぐに手榴弾を引き抜いて『殺し屋』に向け、即座に放った。
「わわっ!?」
本当に手榴弾を投げるとは思っていなかったのか、『殺し屋』は得物の斧槍で打ち返そうと柄を振り被ってきた。だが、安全ピンを抜いていないので安全装置が外れることはなく、衝撃が加わって着火し、爆発するまでにはさらに猶予がある。
安全ピンの存在に『殺し屋』が気付くかどうかは確認しないまま、『掃除屋』の懐へと入って自身ごと反転させた。
「このっ!?」
「……ふっ!」
肉壁にした『掃除屋』が抵抗しようと銃口を強引に向けてくるよりも早く、軸足を一息に踏み込んで貼山靠を放つ。
「がっ!?」
「あばっ!?」
本来であれば、震脚により生み出した運動エネルギーを加えなければ、ただの体当たりにしかならない。現に『掃除屋』も、身体を吹き飛ばされて『殺し屋』にぶつかっただけで済み、大きくダメージを受けた様子はなかった。
だから追撃の為、もう片方の自動拳銃で止めを刺そうと新しい弾倉へと手を伸ばしたが、『傭兵』が体勢を立て直す方が明らかに早かった。
それを認知した時点で弾倉の再装填を諦めると、右手の袖の仕込みで小型の回転式拳銃を取り出し、その銃口を向け返す。
(…………あ、終わった)
たとえ自動拳銃と同じ5.7mm小口径高速弾を放とうとも、小型の回転式拳銃では銃身が短くて弾道が安定せず、有効射程距離もまた狭まっていた。それは屋内であろうとも、同じ地元で銃撃を回避する術を身に着けている戦闘職相手には意味を成さない。さらに言えば、早撃ちの技能も得物の装弾数も『傭兵』の方が上だった。
せめて、残った手榴弾を起爆させようと左手の自動拳銃を手放し、事前に仕込んでいたワイヤーを引き抜く。そうすることで安全ピンを全て引き抜き、安全装置が飛んでいく最後の小細工に、果たしてこの面々はどう対処するのか…………それは、誰にも分からない。
――何故なら、これは現実ではないからだ。
「とっくに気付いてたよ、それ位」
英治の言葉に、自動拳銃を握っていた睦月の手が止まる。
味方にする、まではいかずとも、引き金に掛かった指に少しでも躊躇いが生まれてくれればいい。そう考えて放った推測だったが、英治には通用しなかった。
おかげで睦月は動きを止めてしまい、手榴弾どころか発砲すらできない膠着状態が続いてしまう。それが現実だった。
「それに……カリーナの家族が殺された件と、婆さん達は無関係だ」
「……根拠は?」
当事者でもないのに、未だに食い下がる睦月。それ以外に数的優位を覆せる材料が自動拳銃二丁と手榴弾しかないのでそう問い質したのだが、英治は淡々と事実だけを返してくる。
「婆さん達の元々の計画では、銃弾の価格高騰が起きた原因を調査させる名目で、カリーナの家族ごと俺を帰国させるつもりだったんだよ。自分達がそもそもの元凶のくせに……」
英治や『銃器職人』の一家からすれば、カリーナに『反銃社会での生活で、銃は不要どころか違法となる』異文化を経験させられるので、かえって都合の良い暗躍だった。起きたとしても、突発的な小競り合い程度だろう。
実際……現実となれば、どれだけ良かったか。
「だが、『殺し屋』が偶々『銃器職人』の情報を掴んだせいで、その計画が実行どころか接触してくる前に頓挫したんだよ。そのことは他の『情報屋』で裏を取ったから、まず間違いない」
人を利用しようとするなら、自分もされる可能性を考慮しなければ、足元を掬われてしまう。
日本に来れば、下手に近付けばその分、互いに血を見ることになりかねない。だからこそ、『情報屋』達は『傭兵』側に遺恨を残すことなく、十分に注意して接触しなければならなかった。その為に、『殺し屋』の件では弥生の方に注力していた側面もある。
それでも話を続けるべく、『情報屋』や彼女に関わった者達がへまをして情報を漏らした、という推測を立てようかとも考えたが……これ以上は、睦月自身が話を冗長させかねない。
だから、この辺りが潮時だと睦月は判断し……本題へと移った。
「今回の依頼の前に……『犯罪組織』の『拒絶』から、個人的に連絡を受けた」
両手の自動拳銃と腹部に巻き付けた手榴弾を構えたまま、睦月は心中を吐露した。
「相手の動き方次第では、その時点で姿を消す。そうなる前に、聞いておきたいことがある」
そうすることしか、できなかった。
「シェリダーが……俺の母親の仇なのか?」
「…………」
もう一口、とばかりに煙管を吸った後、煙と共に和音は答えを返した。
「……私が知っていることは、そんなに多くないよ」
まるで、自分は部外者かのような言い方だった。
「秀吉の小僧から聞いている限り……『鍵師』の奴が何かをしくじって、あんた達家族が当時住んでた場所に、拉致の実行部隊を上陸させてしまった。それ以上詳しいことは、私も知らないよ。ただ……その件ばかりは、本当に偶然だと思っているよ」
吸い終わった煙管の中身を灰皿に落とした和音は、そこでようやく、睦月を正面から見据えてきた。
「その時にある国から拉致の実行を指示され、部隊を送り込んできたのが『犯罪組織』…………かつて『最期の世代』が潰し、現在は『犯罪組織』として暗躍している連中やその先代達だよ」
本当に、答えを知らないのだろうか?
それもまた重要な情報だが、和音は未だに、話の本質を語ろうとはしない。焦れ始める睦月の表情を見てようやく、続きが語られた程だ。
「『犯罪組織』の幹部級の中に、当時の実行部隊に所属していた人間が居たことまでは調べ上げた。ただ……その詳細までは、私にも分からない。秀吉の小僧は何か掴んでるくせに、こっちには一言も話してくれないしね」
その事実は、睦月にとっては寝耳に水だった。
「婆さん……親父と組んでたんじゃないのかよ?」
「この件ばかりは、小僧とはあくまで仕事の関係さ。前にも言ったろ? 『あいつの個人的なこと』だって。それと……」
新しい刻み煙草を雁首に詰めることなく、和音は煙管を弄びだす。おそらくは、言葉を発する為にあえて、口を空けているのだろう。
「私が久芳姫香を気に入っている本当の理由はね……どことなく、似ているからなんだよ。荻野菫――あんたの母親にね」
「…………」
睦月は口を閉ざしたまま、ゆっくりと両手の自動拳銃を降ろす。両方ともぶら提げたままだが、同時に上着を戻して、手榴弾を隠し直した。
「そういや……婆さんから、お袋のことは聞いたことがなかったな」
「私も、できれば話したくなかったからね……」
そこで和音は視線を切り、刻み煙草を取り出して雁首に詰め出した。
「裏社会じゃ、一般的な生活よりもよくあることとはいえ、結構きついんだよ。気に入った人間が突然いなくなったりするのは……この年齢になってもね」
周囲が武装を降ろしていく様子を確認し、睦月は持っていた自動拳銃を二丁とも、ホルスターへと戻す。それに対して、誰も止めたり、攻撃の素振りを見せたりすることはなかった。
「悪いけど……こればっかりは、本人達から聞くしかないね」
「……分かった」
話はこれで終わりだと、睦月はポケットに手を入れ、そのまま店外へと向けて歩き出した。
「俺でさえ気付いたんだ。遅かれ早かれ、朔達も気付くぞ? あいつ等がどう動くかは知らないが……主張次第では、向こうにつく。俺の方はそれで手打ちだ」
身振りだけで英治を押し退け、そのまま店を後にしようとする睦月の背中に、和音の返事がぶつかってきた。
「…………はいよ」
ただ、それを受け入れたという意思だけが返された。
「遅かれ早かれ、ね……」
睦月が出て行き、英治達護衛役がカウンターの前へと集まって来ているにも関わらず、和音は店の奥、普段は店員の智春が持ち場にしている方を向いた。
「……だってさ。どうするんだい?」
その言葉と共に、奥から出てきたのは三人。店員の智春と孫の弥生、そして……父親の形見である.45口径の自動拳銃を構えた朔夜だった。
「正直、こっちも悩んでるところだよ……」
朔夜が依頼を早めに切り上げたのは、弥生を引き取る為だけではなかった。先程、睦月が和音にぶつけた疑問に気付いたからこそ、彼女達も急いで帰って来たらしい。
とはいえ、フェリーとは違って渋滞に引っ掛かったり、弥生と交代で運転しつつ休憩も挟んだりして時間を掛け過ぎた為に、睦月に先を越されてしまったようだが。
「星来さんのことは、自分の中ではもうケリを付けちゃいるが……その分、横から茶々を入れられたら、さすがに平静じゃいられねえよ」
弥生は頭の後ろで腕を組んでいるが、別に拘束されている様子はない。完全に他人事として見ている為、かえって手持ち無沙汰になってしまっているだけのようだ。逆に、朔夜は智春に対して旧式の自動拳銃の銃口を向けたまま、腰掛けている和音を見下ろしてきている。
けれども……それを止めさせようとする者は向けられた当人含め、誰も居なかったが。
「まあ、今回は結果は大丈夫だったからいいとしても……もう睦月や私達に、隠してることはないんだよな?」
「隠してる、というよりも……話し切れてない、ってところかね」
店員が人質にされているにも関わらず、和音は煙管に火を入れ、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「秀吉の小僧が公安警察や他の連中とつるんで悪巧みしているのは知ってるけど、その詳しい内容までは分からない。ドイツの件だって、そこの『傭兵』を日本に呼び出す算段を立てている時に起きたからね。こればかりは、誰かが無駄に引っ掻き回しているとしか思え、」
――カラン、カラン……
そこで、和音の言葉が途切れる。
店内にいる全員が注目する中、先程出て行ったはずの睦月が、突然顔を覗かせてきたからだ。
「……あれ? やっぱり朔も気付いてたのか?」
「ああ……裏口から押し入った時に丁度、お前が店内に入ってきたからさ。ちょっと様子見てた」
少し店を出ていた間に出てきた朔夜達に対して気にすることなく、睦月は店内に一歩踏み入ってから、改めて口を開いてきた。
「まあ、かえって丁度良いか……さっき、言い忘れたことがあってさ」
いまさら武器で脅したりするような真似はせず、睦月は言い忘れたことを告げてきた。
「この間の、『立案者』とか名乗ってた奴だけどな……『薬師』の分家が背後についてるんだと。本家生まれの『薬師』から、帰宅途中に直接会って聞いた。調べられるか?」
その問い掛けに、和音よりも先に朔夜が口を挟んできた。
「私からも頼む。こっちもそれで、手打ちにする」
どうやら、朔夜も『丁度良い』と思ったのだろう。自分も無関係ではないからと、手打ちの材料として睦月の頼みごとを利用してくる。今はそれに甘えさせて貰おうと、和音も話に乗ることにした。
「調べるのは構わないよ。ただ、『薬師』の家はあちこちに広がり過ぎているからね……少し、時間を貰うよ」
「……分かった、それでいい」
ただでさえ、睦月が抱えている厄介事は、簡単に解決しないものが複数ある。いまさら時間が掛かろうとも、気にしたりすることはなさそうだった。
「じゃあ帰るわ。家で昼飯の準備してる姫香待たせてるから、急がないとシバかれかねないし……」
そう言い残し、睦月は再び店を出ていった。
店内にいる全員が音を立てて閉まる扉を見つめる中、旧式の自動拳銃を下げた朔夜が無意識にだろう、ただ一言呟いてきた。
「…………いつも女の尻に敷かれてるな。あの愚弟は」
呆れたような口調に、和音や人質にされていた智春を含めた全員が、同意とばかりに頷いたのだった。
帰宅後、用意された昼食を見た睦月は、テーブルの向かいに座る姫香に苦言を呈した。
「なあ、姫香……黙って勝手に出掛けたことは謝るし、食事の準備をしているお前一人待たせてしまったことも、本当に申し訳なく思っているよ。でもな……」
けれども今、睦月が言いたいのはそれではない。
「これ…………かえって手間じゃないか?」
冷やし茶漬け(梅干し付)と茄子の肉味噌炒めを頬張る姫香にそう言うものの……睦月の眼前に差し出されたもやし炒め(調味料のみ)が別の料理に代わることは一切なかった。
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