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192 物事には必ず、始める動機がある
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――あなたが犯行に及んだ動機は?
千釜京子の場合。
『どう取り繕ったとしても、良くも悪くも『必要悪』だよ。だから……最期は責任を持って、裏社会の住人達全員に足を洗うよう、促すつもりだ』
下平彩未の場合。
『復讐の為の手段。だから死ぬまで、それで食べて行こうとは思わないし……適当なところで、さっさと引退するつもり』
鳥塚弥生の場合。
『実のところを言うと……やりたいことがことごとく、法に触れちゃってるだけなんだよね。まあ、自分含めて人の生命なんて何とも思ってないから、簡単にできるんだけどさ~』
葉月朔夜の場合。
『ぶっちゃけ……『考古学者』なんて発見した成果の使い道が違うだけで、やってることは墓泥棒と大差ないんだよな。そのせいで、善悪の境界が結構曖昧になってる位だし』
廣田佳奈の場合。
『え? 私? まあ、何となくしっくりきちゃったんだよね。得物を振り回すのも……それで人を殺すのも』
鵜飼理沙の場合。
『他に生き方を知らないだけだ。いや、正確には……気に入った生き方がまだ見つかっていない、ってところだな』
久芳姫香の場合。
『選んだ男が偶々裏社会の住人だった。それ以外に何か、理由要る?』
そして、馬込由希奈の場合は……何も、なかった。
「そりゃ世間的には犯罪なんてしないし、むしろ止めるように説得するからじゃない? 『ブギーマン』が言うのもなんだけどさ……」
睦月達と別れ、自宅で一人昼食を摂る気になれなかった由希奈は、早速彩未に連絡を入れていた。学科試験に合格したばかりで次の予定が決まっていなかった為か、電話を掛けたら『すぐに行く』と返してくれた。
一緒にランチをする分には、由希奈には何の問題もない。ただ、彩未が指定してきたのは最寄り駅近くのチェーンの喫茶店……皮肉にも以前、睦月と来たことがある場所だった。
「平穏無事な人生なら、そもそも犯行動機なんて生まれないでしょう? 感情的になって、衝動で誰かを傷付けるとかならまだあるかもしれないけど……意識して犯罪に手を染めようとするのって、新しいことを始めるのと一緒で、切っ掛けが何かが必要だと思うし」
ランチセットのサンドイッチを食べ終え、アイスカフェラテ片手に頬杖を突きながら、隅の席の向かいに座る彩未はそう告げてくる。
「裏社会の住人ですら、犯罪そのものを肯定しているわけじゃないしね~……」
「……それでも、裏社会の住人で在り続ける理由が、分からないんです」
同じく、アイスカフェラテの入ったグラスを両手で握ったまま、由希奈はグラスにずっと視線を落としている。
「私は……人を撃ちました」
「……うん」
彩未はただ静かに、由希奈の纏まりのない発言を受け止めてくれた。
「その時は、何とも思わなかったんですけれど……後から、恐怖と罪悪感が込み上げてきました」
「そっか……」
肯定も、否定もない。彩未が周囲に視線を配り、話を聞かれないよう見渡しているのにも気づかないまま、由希奈は自分の中から言葉を引き摺り出していく。
「自分が死ぬかもしれない、という恐怖と……相手を殺してしまうかもしれない恐怖が、込み上げてきました」
「……それが普通だよ」
自分のグラスに口を付けないまま、彩未は由希奈の後へと続くように話し始めた。
「私が普段、銃を使わない理由の一つもそう。手口の問題じゃなくて……直接、相手を傷付けるのが怖いから」
推理小説とかのように、殺人事件を起こして平然としていられる人間等、本来であれば存在しない。感情を持つ以上、たとえ未遂で終わろうとも、多少の動揺が見られるはずだ。
探偵役が大仰に犯行の小細工を暴かなくとも、挙動不審な相手を問い詰めるだけで事件が解決することもある。警察が容疑者を追い込むのも、実際に検挙できた実績があるからに過ぎない
……もっとも、中には誤認逮捕や不用意な決めつけだけで相手を追い詰め、無実の容疑者に自分を殺させてしまう事例もあるのだが。
「今だから話すけどさ……最初は卯都木月偉を殺そうと思ってたし、周囲の大多数も賛成してたんだよ」
それでも、『ブギーマン』達は『詐欺師』を殺さず、刑務所送りの道を選んでいた。
「別に情けをかけたからでも、殺すのを躊躇ったからでもないよ。ただね……月偉を殺したって、私達の過去は何も変わらない。むしろ人殺しの罪悪感を抱いたまま、生きていけないってだけ」
そして彩未は、以前『運び屋』から言われたことを、そのまま由希奈に伝えてきた。
『綺麗事を守ることが案外、一番合理的だったりする』
それは決して、善行を肯定することでも、悪行を否定することでもない。
単に面倒事を避けたいから、皆規則を守って、平穏に過ごしましょうというだけの言葉だ。
「でも……人間は成長し続ける生き物だから、完璧になることは絶対にできない」
どんな理由があっても、価値観が完全に一致することはなく、たとえ同じだとしてもわずかな切っ掛け一つで諍いが起きてしまう。だというのに……人類は未だに、科学文明の発展という『成長』を止める気配は、一切なかった。
「人は成長を続けるか、同じことを繰り返して生きることしかできないから……完璧な生き物じゃないから、完璧な答えなんて出せないんだよ」
昔は許されていたことが禁じられ、また、その逆もある。
時が進み、科学や文明が発展していく限り、人類は過程を永遠に歩み続け、世界が滅びるその間際まで結果を得ることはない。いくら法律の改定等、社会規範を調整し続けても……人の成長には追い付けず、悪意が割り込んでくる余地は多分にある。
「正直、何が正解かなんて誰にも分からないよ。できることなんて、精々が自分に合った正解を、自分で探さなきゃいけないってことだけ。だからさ、」
頬杖を外し、アイスカフェラテの入ったグラスを横に退けた彩未は、由希奈に向けてまっすぐ、一本の指を立ててきた。
「もう一度聞くけどさ……由希奈ちゃんは、睦月君とどうなりたいわけ?」
……その答えが出せないからこそ、由希奈はここに居る。いまさら、それを分かっていない彩未ではないだろう。
「もし、選択肢があるとしたら……簡単にまとめて、三つかな?」
その証拠とばかりに、考えの整理に必要な助言、もしくは自身で導き出しただろう選択肢を並べてきた。
「一つ、自分も裏社会の住人になって、一緒について行く。二つ、説得なりして、睦月君に犯罪行為を辞めさせる。そして三つ……これまでのことはすっぱり忘れて、彼から離れる」
彩未の答えは、もう出ていた。自身の引退と同時に、睦月達の前から姿を消す。
――全ての犯罪行為から、手を引く。
それが実行可能かどうかは関係ない。ただ、彩未は自分の人生をどうするかは、もう定めていた。道半ばで路傍の石のように死なない限り、その選択が揺らぐことはない。
「由希奈ちゃんがどうしたいかは、自分で好きに決めてもいいんじゃないかな? ……ただ、恋愛も犯罪も一緒だよ」
由希奈に言葉を離せず、ただ助言だけを伝えてくる。
「絶対に後悔する。きっと……何を選んでも」
食事を終え、残るはグラスのカフェラテだけ。
「彩未さんは……」
その残りを彩未が飲み干そうとしている中、由希奈は聞く。
「彩未さんは……後悔、していますか?」
「……後悔もしている」
その由希奈からの問い掛けに、彩未は特に考えることなく答えてきた。
「それでも……この現状は結構気に入っている、かな?」
そう言い残して、彩未は席を立つとそのまま帰っていった。
『次のニュースです。日本政府高官の核保有発言に対して、暁連邦共和国は『きわめて挑発的な発言だ』と反発した見解を発表し――』
(ふ~ん……)
由希奈と別れた後、何となく一人になりたいと思い立った彩未は気紛れに、その足で駅前にあるショッピングモールへと来ていた。その中にある家電量販店で情報機器を物色しようとする途中、偶々テレビの展示コーナーを通った時に、そのニュースが耳に飛び込んできた。
(まあ、非核三原則掲げてる日本の政治家が、核武装なんて言い出したら世も末なのは分かるけどさ……)
核を持たず、作らず、持ち込ませず。
研究開発等による被爆を除けば、日本だけが世界で唯一、実際の戦争で核攻撃の被害を受けていた。その為に、この国は非核三原則を掲げ、保有国に対して全面的な撤廃を訴え続けている。
そんな中での軽率な『核武装』発言とあっては、他国が黙っていないのは自明の理だ。けれども……たとえ素人考えだとしても、彩未から見た暁連邦共和国の本音は、明らかに自己保身からくるものだった。
(これでますます、拉致問題は泥沼化するんじゃないかな~……人質が居なくなった途端、核武装した日本から真っ先に攻撃されるかもしれないんだし)
核兵器の有無を問わず、戦争というものは簡単に起きてしまう。現に、某国で起きている戦争も一方しか核を保有していないとはいえ、未だに争っていた。たとえ暁連邦共和国の兵力が加わろうとも、終戦の結果どころか争う過程が変わる気配すら、微塵も感じられない。
核兵器がなくとも、人間は簡単に争いの火種を生み、戦を起こしてしまう。
そして現在、日本が戦争を始めるとするならば……まず真っ先に狙うのは、『拉致された国民を救う』という大義名分がある暁連邦共和国に対して、だ。
現状、暁連邦共和国が他国から侵略されていないのは、自身が拉致してきた人質達が居るからに他ならない。それがなければ、所詮はただの小さな犯罪国家だ。世界は確実に拒絶し、むしろ手を汚したくないからと、陰ながら日本に手を貸してくる可能性だってある。
(睦月君だったら……『人質に縋ってるだけの国営』とか、言うのかな?)
それに、あの『運び屋』ならば、核兵器なんてものがなくても国の一つや二つ、簡単に滅ぼしてしまうかもしれない。たとえ身一つだとしても……徹頭徹尾、『やる、やらない』でしか考えないのが、荻野睦月という男の恐ろしさだった。
『また、暁連邦共和国は『日本の核武装はいかなる手段を用いてでも阻止しなければならない。でなければいずれ、世界が滅びてしまうだろう』という主旨の声明を発表し――』
(馬鹿らしい……)
聞けば聞く程、呆れてものも言えなくなるニュースが流れてくるテレビ群から、彩未は背を向けた。
(結局、大事なのは核の武装云々じゃなくて、どう生きるかだと思うんだけどな……)
どこまでも他人事でしか考えられない彩未は、対岸の火事を気にせず、当初の目的通りに陳列された情報機器を漁り出した。
(……本当、羨ましいな)
商品を手に取っては戻すのを繰り返してはいるが、彩未の目には何も映っていない。ただ心の内側で、睦月達を羨ましがっていた。
報復を終えた後の彩未には、たとえ加害者の『詐欺師』が死んでいなくとも……次に生きて何をしたいかが、はっきりしていなかった。未だに『ブギーマン』を続けている理由も、目的を果たそうとした過程を積み重ねるうちに、抜け出せないしがらみができてしまっていたからに他ならない。
けれども、もし、同じ立場だとしても……『運び屋』達であればそんなしがらみ等、『必要ない』と判断した時点で迷わず切り捨ててしまうだろう。
彼等彼女等が、裏社会の住人だからじゃない。すでに、自分達の中で生き様を……『揺るがない魂』を抱いているからだ。
(由希奈ちゃんは気付くかな? いや、必要だと思っていても、それが何かすら分かっていないってところか……)
ただ生きていくだけでも、『自分がどうしたいのかがはっきりしている』人間は強く、『周囲に流されるまま堕落していく』人間は弱い。社会の表側だけでも、その強弱で成功や失敗がはっきりと分かれてしまう。
それは、犯罪者の世界でも変わらない。むしろ、それがはっきりしていない人間から獲物として見られ、喰い物にされていく。本人の強さは関係なく、少しの油断であの世逝きとなる、過酷な環境……
……睦月達が生きているのは、そういう世界だ。
(やっぱり弱いな~…………私)
商品に伸ばしていた手は何も掴まないまま、ダランとぶら下がる。そして彩未は、その場に数分程立ち尽くしてしまう。
(表だけでも大変なのに……裏側で生きるには、私は弱すぎる)
技能の問題ではない。原因は心情……自分に犯罪者を続ける程の信念がないことだ。
(生きる指針がはっきりしている人間は、たとえ迷ったとしてもすぐに戻ってくる。単に、達成する為の手段が分からなくなっているだけだから……だから、目的のない私とは、全然違う)
人間に必要なのは、誰もが幸福になれる完璧な生き方じゃない。どんな小さなものだろうと、自分を知り、歩き出す原動力となる魂だ。
(……ま、就活しながら考えよ。何なら睦月君達みたいに、『ブギーマン・ネットワーク』を構築した実績活かして、会社作ってみてもいいし)
いずれにせよ……今の彩未は弱い。
孤高だろうが人気者だろうが個人主義だろうが対人依存症だろうが関係ない……周囲に染まってしまう程に、自分の掲げる存在理由が曖昧過ぎるから。
(本当、由希奈ちゃんに見られたくない位に弱いな~……私って)
店の外に出て、共用スペースにある休憩用のベンチに腰掛けた彩未は、力なく天井を見上げた。
……そうすることしか、できなかった。
千釜京子の場合。
『どう取り繕ったとしても、良くも悪くも『必要悪』だよ。だから……最期は責任を持って、裏社会の住人達全員に足を洗うよう、促すつもりだ』
下平彩未の場合。
『復讐の為の手段。だから死ぬまで、それで食べて行こうとは思わないし……適当なところで、さっさと引退するつもり』
鳥塚弥生の場合。
『実のところを言うと……やりたいことがことごとく、法に触れちゃってるだけなんだよね。まあ、自分含めて人の生命なんて何とも思ってないから、簡単にできるんだけどさ~』
葉月朔夜の場合。
『ぶっちゃけ……『考古学者』なんて発見した成果の使い道が違うだけで、やってることは墓泥棒と大差ないんだよな。そのせいで、善悪の境界が結構曖昧になってる位だし』
廣田佳奈の場合。
『え? 私? まあ、何となくしっくりきちゃったんだよね。得物を振り回すのも……それで人を殺すのも』
鵜飼理沙の場合。
『他に生き方を知らないだけだ。いや、正確には……気に入った生き方がまだ見つかっていない、ってところだな』
久芳姫香の場合。
『選んだ男が偶々裏社会の住人だった。それ以外に何か、理由要る?』
そして、馬込由希奈の場合は……何も、なかった。
「そりゃ世間的には犯罪なんてしないし、むしろ止めるように説得するからじゃない? 『ブギーマン』が言うのもなんだけどさ……」
睦月達と別れ、自宅で一人昼食を摂る気になれなかった由希奈は、早速彩未に連絡を入れていた。学科試験に合格したばかりで次の予定が決まっていなかった為か、電話を掛けたら『すぐに行く』と返してくれた。
一緒にランチをする分には、由希奈には何の問題もない。ただ、彩未が指定してきたのは最寄り駅近くのチェーンの喫茶店……皮肉にも以前、睦月と来たことがある場所だった。
「平穏無事な人生なら、そもそも犯行動機なんて生まれないでしょう? 感情的になって、衝動で誰かを傷付けるとかならまだあるかもしれないけど……意識して犯罪に手を染めようとするのって、新しいことを始めるのと一緒で、切っ掛けが何かが必要だと思うし」
ランチセットのサンドイッチを食べ終え、アイスカフェラテ片手に頬杖を突きながら、隅の席の向かいに座る彩未はそう告げてくる。
「裏社会の住人ですら、犯罪そのものを肯定しているわけじゃないしね~……」
「……それでも、裏社会の住人で在り続ける理由が、分からないんです」
同じく、アイスカフェラテの入ったグラスを両手で握ったまま、由希奈はグラスにずっと視線を落としている。
「私は……人を撃ちました」
「……うん」
彩未はただ静かに、由希奈の纏まりのない発言を受け止めてくれた。
「その時は、何とも思わなかったんですけれど……後から、恐怖と罪悪感が込み上げてきました」
「そっか……」
肯定も、否定もない。彩未が周囲に視線を配り、話を聞かれないよう見渡しているのにも気づかないまま、由希奈は自分の中から言葉を引き摺り出していく。
「自分が死ぬかもしれない、という恐怖と……相手を殺してしまうかもしれない恐怖が、込み上げてきました」
「……それが普通だよ」
自分のグラスに口を付けないまま、彩未は由希奈の後へと続くように話し始めた。
「私が普段、銃を使わない理由の一つもそう。手口の問題じゃなくて……直接、相手を傷付けるのが怖いから」
推理小説とかのように、殺人事件を起こして平然としていられる人間等、本来であれば存在しない。感情を持つ以上、たとえ未遂で終わろうとも、多少の動揺が見られるはずだ。
探偵役が大仰に犯行の小細工を暴かなくとも、挙動不審な相手を問い詰めるだけで事件が解決することもある。警察が容疑者を追い込むのも、実際に検挙できた実績があるからに過ぎない
……もっとも、中には誤認逮捕や不用意な決めつけだけで相手を追い詰め、無実の容疑者に自分を殺させてしまう事例もあるのだが。
「今だから話すけどさ……最初は卯都木月偉を殺そうと思ってたし、周囲の大多数も賛成してたんだよ」
それでも、『ブギーマン』達は『詐欺師』を殺さず、刑務所送りの道を選んでいた。
「別に情けをかけたからでも、殺すのを躊躇ったからでもないよ。ただね……月偉を殺したって、私達の過去は何も変わらない。むしろ人殺しの罪悪感を抱いたまま、生きていけないってだけ」
そして彩未は、以前『運び屋』から言われたことを、そのまま由希奈に伝えてきた。
『綺麗事を守ることが案外、一番合理的だったりする』
それは決して、善行を肯定することでも、悪行を否定することでもない。
単に面倒事を避けたいから、皆規則を守って、平穏に過ごしましょうというだけの言葉だ。
「でも……人間は成長し続ける生き物だから、完璧になることは絶対にできない」
どんな理由があっても、価値観が完全に一致することはなく、たとえ同じだとしてもわずかな切っ掛け一つで諍いが起きてしまう。だというのに……人類は未だに、科学文明の発展という『成長』を止める気配は、一切なかった。
「人は成長を続けるか、同じことを繰り返して生きることしかできないから……完璧な生き物じゃないから、完璧な答えなんて出せないんだよ」
昔は許されていたことが禁じられ、また、その逆もある。
時が進み、科学や文明が発展していく限り、人類は過程を永遠に歩み続け、世界が滅びるその間際まで結果を得ることはない。いくら法律の改定等、社会規範を調整し続けても……人の成長には追い付けず、悪意が割り込んでくる余地は多分にある。
「正直、何が正解かなんて誰にも分からないよ。できることなんて、精々が自分に合った正解を、自分で探さなきゃいけないってことだけ。だからさ、」
頬杖を外し、アイスカフェラテの入ったグラスを横に退けた彩未は、由希奈に向けてまっすぐ、一本の指を立ててきた。
「もう一度聞くけどさ……由希奈ちゃんは、睦月君とどうなりたいわけ?」
……その答えが出せないからこそ、由希奈はここに居る。いまさら、それを分かっていない彩未ではないだろう。
「もし、選択肢があるとしたら……簡単にまとめて、三つかな?」
その証拠とばかりに、考えの整理に必要な助言、もしくは自身で導き出しただろう選択肢を並べてきた。
「一つ、自分も裏社会の住人になって、一緒について行く。二つ、説得なりして、睦月君に犯罪行為を辞めさせる。そして三つ……これまでのことはすっぱり忘れて、彼から離れる」
彩未の答えは、もう出ていた。自身の引退と同時に、睦月達の前から姿を消す。
――全ての犯罪行為から、手を引く。
それが実行可能かどうかは関係ない。ただ、彩未は自分の人生をどうするかは、もう定めていた。道半ばで路傍の石のように死なない限り、その選択が揺らぐことはない。
「由希奈ちゃんがどうしたいかは、自分で好きに決めてもいいんじゃないかな? ……ただ、恋愛も犯罪も一緒だよ」
由希奈に言葉を離せず、ただ助言だけを伝えてくる。
「絶対に後悔する。きっと……何を選んでも」
食事を終え、残るはグラスのカフェラテだけ。
「彩未さんは……」
その残りを彩未が飲み干そうとしている中、由希奈は聞く。
「彩未さんは……後悔、していますか?」
「……後悔もしている」
その由希奈からの問い掛けに、彩未は特に考えることなく答えてきた。
「それでも……この現状は結構気に入っている、かな?」
そう言い残して、彩未は席を立つとそのまま帰っていった。
『次のニュースです。日本政府高官の核保有発言に対して、暁連邦共和国は『きわめて挑発的な発言だ』と反発した見解を発表し――』
(ふ~ん……)
由希奈と別れた後、何となく一人になりたいと思い立った彩未は気紛れに、その足で駅前にあるショッピングモールへと来ていた。その中にある家電量販店で情報機器を物色しようとする途中、偶々テレビの展示コーナーを通った時に、そのニュースが耳に飛び込んできた。
(まあ、非核三原則掲げてる日本の政治家が、核武装なんて言い出したら世も末なのは分かるけどさ……)
核を持たず、作らず、持ち込ませず。
研究開発等による被爆を除けば、日本だけが世界で唯一、実際の戦争で核攻撃の被害を受けていた。その為に、この国は非核三原則を掲げ、保有国に対して全面的な撤廃を訴え続けている。
そんな中での軽率な『核武装』発言とあっては、他国が黙っていないのは自明の理だ。けれども……たとえ素人考えだとしても、彩未から見た暁連邦共和国の本音は、明らかに自己保身からくるものだった。
(これでますます、拉致問題は泥沼化するんじゃないかな~……人質が居なくなった途端、核武装した日本から真っ先に攻撃されるかもしれないんだし)
核兵器の有無を問わず、戦争というものは簡単に起きてしまう。現に、某国で起きている戦争も一方しか核を保有していないとはいえ、未だに争っていた。たとえ暁連邦共和国の兵力が加わろうとも、終戦の結果どころか争う過程が変わる気配すら、微塵も感じられない。
核兵器がなくとも、人間は簡単に争いの火種を生み、戦を起こしてしまう。
そして現在、日本が戦争を始めるとするならば……まず真っ先に狙うのは、『拉致された国民を救う』という大義名分がある暁連邦共和国に対して、だ。
現状、暁連邦共和国が他国から侵略されていないのは、自身が拉致してきた人質達が居るからに他ならない。それがなければ、所詮はただの小さな犯罪国家だ。世界は確実に拒絶し、むしろ手を汚したくないからと、陰ながら日本に手を貸してくる可能性だってある。
(睦月君だったら……『人質に縋ってるだけの国営』とか、言うのかな?)
それに、あの『運び屋』ならば、核兵器なんてものがなくても国の一つや二つ、簡単に滅ぼしてしまうかもしれない。たとえ身一つだとしても……徹頭徹尾、『やる、やらない』でしか考えないのが、荻野睦月という男の恐ろしさだった。
『また、暁連邦共和国は『日本の核武装はいかなる手段を用いてでも阻止しなければならない。でなければいずれ、世界が滅びてしまうだろう』という主旨の声明を発表し――』
(馬鹿らしい……)
聞けば聞く程、呆れてものも言えなくなるニュースが流れてくるテレビ群から、彩未は背を向けた。
(結局、大事なのは核の武装云々じゃなくて、どう生きるかだと思うんだけどな……)
どこまでも他人事でしか考えられない彩未は、対岸の火事を気にせず、当初の目的通りに陳列された情報機器を漁り出した。
(……本当、羨ましいな)
商品を手に取っては戻すのを繰り返してはいるが、彩未の目には何も映っていない。ただ心の内側で、睦月達を羨ましがっていた。
報復を終えた後の彩未には、たとえ加害者の『詐欺師』が死んでいなくとも……次に生きて何をしたいかが、はっきりしていなかった。未だに『ブギーマン』を続けている理由も、目的を果たそうとした過程を積み重ねるうちに、抜け出せないしがらみができてしまっていたからに他ならない。
けれども、もし、同じ立場だとしても……『運び屋』達であればそんなしがらみ等、『必要ない』と判断した時点で迷わず切り捨ててしまうだろう。
彼等彼女等が、裏社会の住人だからじゃない。すでに、自分達の中で生き様を……『揺るがない魂』を抱いているからだ。
(由希奈ちゃんは気付くかな? いや、必要だと思っていても、それが何かすら分かっていないってところか……)
ただ生きていくだけでも、『自分がどうしたいのかがはっきりしている』人間は強く、『周囲に流されるまま堕落していく』人間は弱い。社会の表側だけでも、その強弱で成功や失敗がはっきりと分かれてしまう。
それは、犯罪者の世界でも変わらない。むしろ、それがはっきりしていない人間から獲物として見られ、喰い物にされていく。本人の強さは関係なく、少しの油断であの世逝きとなる、過酷な環境……
……睦月達が生きているのは、そういう世界だ。
(やっぱり弱いな~…………私)
商品に伸ばしていた手は何も掴まないまま、ダランとぶら下がる。そして彩未は、その場に数分程立ち尽くしてしまう。
(表だけでも大変なのに……裏側で生きるには、私は弱すぎる)
技能の問題ではない。原因は心情……自分に犯罪者を続ける程の信念がないことだ。
(生きる指針がはっきりしている人間は、たとえ迷ったとしてもすぐに戻ってくる。単に、達成する為の手段が分からなくなっているだけだから……だから、目的のない私とは、全然違う)
人間に必要なのは、誰もが幸福になれる完璧な生き方じゃない。どんな小さなものだろうと、自分を知り、歩き出す原動力となる魂だ。
(……ま、就活しながら考えよ。何なら睦月君達みたいに、『ブギーマン・ネットワーク』を構築した実績活かして、会社作ってみてもいいし)
いずれにせよ……今の彩未は弱い。
孤高だろうが人気者だろうが個人主義だろうが対人依存症だろうが関係ない……周囲に染まってしまう程に、自分の掲げる存在理由が曖昧過ぎるから。
(本当、由希奈ちゃんに見られたくない位に弱いな~……私って)
店の外に出て、共用スペースにある休憩用のベンチに腰掛けた彩未は、力なく天井を見上げた。
……そうすることしか、できなかった。
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