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193 合縁奇縁からの誘い
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(これから、どうしようかな……)
べたべたとした人付き合いはあまり好きになれないが、誰かが傍にいて欲しい時に一人だと心細くなってしまう。そんな矛盾した考えを抱いたまま、由希奈は彩未に遅れて喫茶店を後にする。その足は駅前のショッピングモールとは反対側……商店街の方へと歩き出していた。
特に目的があるわけではない。ただ、睦月達の住むマンションの方へと、向かいたくなかっただけだ。
(私、友達少ないしな……いや、ほとんどいないか)
相手がどう思おうとも、由希奈にとってはすぐに会って気安く話せる間柄の他者こと、友達はほとんどいなかった。今は睦月達に会いたくなく、通信制高校のクラスメイトで年齢の近い同性はおらず、教師は立場的にかえって相談し辛いので論外。その前の学校で築いていた交遊関係は元々希薄で、今では完全に疎遠となっている。
少なくとも……現在の由希奈には、この場に呼び出すどころか電話で気安く話せる相手が一人もいなかった。
そのまま一人、当て所なく歩いているといつの間にか商店街を突き抜け、市役所や市民会館のある通りの裏側へと出てしまっていた。
障害者手帳関連の手続きで何度か訪れたことがあるな……と考えていると、そこまで大きくない公園が由希奈の目に留まる。
(そういえば……公園には立ち寄ったことがなかったっけ)
公園とは呼称しているものの、結局は市役所の隣にある、ただの広場に過ぎない。現に、そのすぐ傍の大通りでは多くの車が走行音を鳴らし、駐輪場には自転車や、原付をはじめとした自動二輪が無秩序に停められている。さらに遊具の類は一切なく、置かれているのは申し訳程度の木々と経年劣化で丸みを帯びている彫像、そしていくつかのベンチのみ。
周辺の交通量に反してぽっかりと開いた空間、まるで人の輪に入れない自分みたいだと思いながら、由希奈はベンチの一つに腰掛けた。
(別に、いじめられてたとかじゃないんだけどな……)
だが……由希奈が陸上を始めたそもそもの理由は、煩わしい人間関係を避けたかったからだ。その事実が変わることはない。
入院当初こそ、何人かは病院までお見舞いに来てくれていたが、誰もが教師や周囲の大人に言われて、渋々来た雰囲気を醸し出していた。被害妄想なら良かったと何度も考えたが、病室に居る由希奈の目の前で次の予定を話し出す度に、その希望が潰えてしまったのを覚えている。
リハビリの為に転院した時は、行き先を誰にも伝えていない。それでも、学校に届け出ている連絡先にすら一報もなかった、ということはそういうことなのだろう。
(……まあ、私も悪いか)
自分もまた、人間関係を構築、継続する為の努力を怠っていた。『人』という字が人と人が支え合っていようが、一方がもう片方にもたれかかっていようが、どちらかが手を抜けば崩れるのは明白だ。
『自分がまともだと勘違いしている人間よりは、異常だという自覚がある人達の方が、相手の持つ問題への理解が容易な分、まだ付き合いやすいとね』
(そもそも…………まともって、何だろう?)
普通であること? だがその普通が分からない。
正しいことをしているか? けれどもそれを証明できる者はどこに居る。
空気を読んで周囲に合わせている? ……自分を殺すことの、何が楽しいのか。
(一人が良い。でも、一人は嫌だ……)
本当に、矛盾した考えだ。我を通そうとすれば一人になり、周囲に合わせれば『自分』という個性が消えていく。
悶々と悩んでいた由希奈はふと、睦月がその父親に言われたという言葉を思い出した。
『自分が心の底から笑えれば、孤独かどうかなんて関係ないし、どうでもいい。大事なのは周囲と上手く付き合いつつ、一人で生活できる程度には生きられるようになることだけだ。その上で、隣に居て笑えそうな奴が居るなら気が向いた時に、そいつの傍に行ってつるめばいいんだよ』
(…………ああ、だからか)
その時になってようやく、睦月が由希奈を突き放してきた気持ちが理解できた。
(後悔して欲しくないんだ……私が睦月さんの隣にいることを)
そもそも、睦月が誰かに執着しているのを見たことがない。常に傍にいる姫香や、誰彼構わず依存している彩未が際立っていたので気付かなかったが……彼の方から、何の用もなく『来て欲しい』とは、一度も聞いたことがなかった。
たしかに、仕事の手が足りなければ姫香に頼る場面は何度も見てきた。けれども、それ以上を求めている様子がまるでない。最初から、必要であれば『適当な誰かを雇えばいい』と、言わんばかりに。
(本当に、どっちでもいいんだろうな……)
姫香が隣で歩きたいと望んでいるのならば、その通りにする。それは、彩未をはじめとした他の……由希奈を含めた全員に対して思っていることだろう。
(…………私のことも)
傍に居たければ、自分の意思で相応の態度を示し続けなければならない。でなければ、あの『運び屋』は必ず拒絶してくるし、されてもいいとすら思っているはずだ。
『もし、自分の生命が惜しいのなら……失せろ。最悪、お前に構っている余裕がない』
睦月が由希奈にそう言ったのも、自身の意思を尊重して欲しいと想っているのと同時に、拒絶してくれても構わないからだとも取れる。
(私が邪魔なら、ただ『要らない』って言ってくれればいいのに……)
ある意味、拒絶よりも残酷な優しさだった。
個人の意思を尊重してくれるのは、たしかに嬉しい。だからといって、明確に拒絶してこないということは……由希奈の気持ちを完全に否定していないということになる。
(……いや、それすらも『自分で決めろ』って、言いたいのかな?)
この公園に来る前、チェーンの喫茶店内で彩未に言われたばかりだ。
『一つ、自分も裏社会の住人になって、一緒について行く。二つ、説得なりして、睦月君に犯罪行為を辞めさせる。そして三つ……これまでのことはすっぱり忘れて、彼から離れる』
(要するに、『自分で選べないなら、最初から関わらない方が良い』って、遠回しに言いたかったのかな……)
睦月とデートした時にも、本人から直接聞かされていた。
『自分から関わることが怖くて……相手に来て貰うことを、実はこっそり望んでるんだよ。情けないよな?』
その言葉に、嘘がないこと位は由希奈にも分かる。
『一人でいることは、別に苦じゃない。むしろ人付き合いがない分、存分に好きなことができる。それでも……無性に、誰かと関わりたいと思わずにいられない時がある』
だからと言って、相手を無下にしていい理由にはならない。
『常に、誰かに『憧れられるような生き様を見せ続ける』。それが……俺にできる、唯一のことだから』
由希奈自身も、本当は分かってはいる。
たとえ周囲がどう騒ぎ立てようと、たとえ自分自身に植え付けられた価値観やその正誤がどうあろうと、たとえ……他人の言葉通りに従って、その通りに生きてきたとしても。
――最後に自分の人生を決めるのは、いつだって自分自身だ。
睦月が望んでいるのは、自身を含めた誰かに強制されてではなく、自分の意思で決断し、ついて行きたいと思ってくれる人間だということを。
(…………整理しよう)
奇しくも、睦月のように左右の手の指の腹同士を重ね合わせた由希奈は、脳裏で自分の選択肢を思い浮かべた。
(彩未さんの言った通り、三つのうちのどれかを選べばいいだけだ。睦月さん達について行くか、説得して犯罪から足を洗って貰うか……もう、皆のことを忘れてしまうか)
その中から、自分が一番やりたいことを思い浮かべようとして……真っ先に気付いたのは、由希奈が睦月に抱く好意についてだった。
(まずは……自分の気持ちに決着を付けよう)
自分でも、その時に宣言したはずだ。
『私も、恋愛そのものは分かりません。それでも今、私は……睦月さんに恋しています』
『……『お勧めはしない』、そう言ったはずだぞ』
『大丈夫です。もし、愛していないと思った時は……ちゃんと、目の前から消えます』
その決断をする時が、たった今来ただけだ。
(どうあっても睦月さんの……『運び屋』の傍に居たいかどうかを)
犯罪行為から手を引かせるのは、論外だ。本人の生命を考えれば正しいのかもしれないが、それは相手の生き様を否定することに繋がる。足を洗わせてどう変わるかが分からない以上、自分の人生までは賭けられない。
だから……由希奈の答えは、最初から決まっていた。
(『運び屋』について行くか、きっぱり諦めるか……)
気持ちは決まった。後は合理性を考え、どちらがより現実的かを判断すればいい。
そう考えると、由希奈に一つ、重大な問題があった。
(私は弱い…………睦月さん達よりも、はるかに)
身体能力だけで言えば、睦月達に引けは取らないだろう。
やるべきことをやって、一人だけの世界に籠っていた陸上部時代の経験が、今になって役立っている。現に、山登りの時は真っ先に息切れを起こしていた(ヘビースモーカーの)朔夜よりも、体力があるのは間違いない。
問題は、その身体能力を『運び屋』としての生き方に活かす方法……戦い方が分からないことだった。
(今の私じゃ、睦月さん達について行けない。多分、『一緒に居たい』と言っても、『死にたいのか?』って言われるのがオチだ。何より……)
……自分の生命を、睦月に背負わせたくない。
そう考えると、まず疑問に思うことがある。
(私って…………犯罪者の世界だと、どれ位強いんだろう?)
陸上でも、部活という小さな世界の中でさえ玉石混交が激しかった。それが数回関わっただけの、未経験の分野で自分がどれだけ活躍できるのか。
それが分からなければ、睦月の傍に居るどころか、自分の決断に自信が持てなくなる。
(何か、いい手は……)
「……あれ? こんな所で何してるんだ?」
「え…………?」
思考の海に潜っていたので、反応が少し遅れてしまう。
重ねていた手を離し、顔を上げた由希奈の前には、昨日別れたばかりの朔夜が居た。その後ろには弥生や理沙、佳奈が控えている。
「いえ、ちょっと考え事をしてて……皆さんはどうしてここに?」
尋ねながら立ち上がる由希奈に、朔夜は市役所の裏側の、あまり車両が通らない方の道路を指差しながら答えてきた。
「予定を繰り上げた上に、結構金使っちまったからな……暇なうちに、ちょっと稼いどこうと思って」
「それに便乗して、ボク達も出稼ぎ~」
もう一人、由希奈が会ったことはない『殺し屋』が合流するらしい。その待ち合わせ場所が、この人気のない公園だったようだ。
「せっかく地方都市まで来たしな。『情報屋』から直接情報を買い付けて、そのまま行けば手間も少ないだろ? 丁度暇そうな連中も店に居たし」
「予定が空いてるだけで、暇じゃないんだがな……」
「『暇』と『予定が空いてる』って、何が違うの?」
理沙の言葉に佳奈がそうツッコんだ途端、無言で首を絞められていた。
(たしかに……何が違うんだろう?)
心の中で由希奈が首を傾げるうちに、どうやら後から合流する『殺し屋』が、ここまで来たらしい。
「ごめん、お待たせ……って、あの二人は何してるの?」
「知らな~い」
レンズの下部だけがフレームに覆われた眼鏡を掛けたロングヘアの少女、美里が乱闘に発展している理沙と佳奈の二人を指差しながらそう聞いてくるが、弥生は気にせず、暢気に『知らない』と返していた。
「じゃ、あの馬鹿二人が一通り暴れ終わったら行くか。馬込、またな」
朔夜の言葉を最後に、解散する流れとなったが……
「わっ……私も一緒に行っていいですかっ!?」
突発的に決断したからか、思ったよりも大きな声が出てしまっていた。無手で締め技の応酬を繰り返していた理沙と佳奈も手を止め、この場に居た全員が由希奈の方を見てくる。
「いきなりどうした? 金でも必要なのか?」
あまり事情を話していなかった為か、朔夜の目には由希奈が金銭面で困窮しているから、睦月の仕事の時と同様に加わりたいと言い出したと思ったらしい。けれども、九州まで足を運んだ件では経験優先で、ほとんどの金銭を受け取っていなかった。
とはいえ、付き合いでご当地グルメを散々奢って貰っていたが。
「いえ、違います。実は……」
そう言い、由希奈は事情を説明した。
(睦月の奴、面倒事を放り出しやがって……今度会ったら説教だな)
本来であれば美里と合流した後、この近くで理沙が借りている駐車場に全員で向かう予定だったのだが……朔夜だけがこの場に残り、由希奈から事情を聞いていた。
そして、話を聞き終えて最初に浮かんだのが、睦月に対して叱責したい気持ちだった。
「……話は分かった。要するに、自分の力が裏社会で通用するのかを知りたいから、出稼ぎに加わりたいんだな?」
「はい……」
どうしたものか……と朔夜は少し、考え込む。
(睦月には……言わない方が良いな。むしろ、その為に自分から、私達に声を掛けてきたんだろうし)
おそらくは、自分の力を証明したいのだろう。でなければ、睦月に何を言ったところで響かない。だからその前に、実績を作ろうと偶々通り掛かった朔夜達の話に加わりたがっているのだ。
(もう、答えは出ていると思うが……だからこそ、か)
そして、朔夜は結局、由希奈の同行を許可してしまう。
「……得物はあるか?」
「銃が、一丁……」
由希奈は自分の鞄を開け、中身を朔夜に見せてくる。そこには自動拳銃が一丁、ホルスターに納められた状態で残っていた。
「ただ、もう銃弾が無くて……」
「どっちにしたって経費だ。9mm拳銃弾なら予備の中にあるだろうし、他の武器と一緒に渡すよ」
「……それじゃあ、」
顔を明るくする由希奈から目を逸らし、丁度近くに停まったワゴン車へと先に歩き出す。
「ほら、行くぞ……由希奈」
呼び方一つで気持ちがコロコロ変わる由希奈に、朔夜は内心呆れながら、ワゴン車へと乗り込んだ。
(男の為に犯罪に走る時点で、本気だって言ってるようなもんだろうが……)
遅れて乗り込んでくる由希奈に扉を閉めさせてから、朔夜は煙草を取り出して咥え……火を点ける前に、美里から取り上げられてしまった。
「車内禁煙でお願い」
「全面禁煙だっ!」
「…………」
美里の注意に被せて、運転席の理沙が厳しい口調で吐き捨ててくる。それ等を受けた朔夜は忌々し気に、目的地に到着するまで黙って、目を伏せていることにした。
べたべたとした人付き合いはあまり好きになれないが、誰かが傍にいて欲しい時に一人だと心細くなってしまう。そんな矛盾した考えを抱いたまま、由希奈は彩未に遅れて喫茶店を後にする。その足は駅前のショッピングモールとは反対側……商店街の方へと歩き出していた。
特に目的があるわけではない。ただ、睦月達の住むマンションの方へと、向かいたくなかっただけだ。
(私、友達少ないしな……いや、ほとんどいないか)
相手がどう思おうとも、由希奈にとってはすぐに会って気安く話せる間柄の他者こと、友達はほとんどいなかった。今は睦月達に会いたくなく、通信制高校のクラスメイトで年齢の近い同性はおらず、教師は立場的にかえって相談し辛いので論外。その前の学校で築いていた交遊関係は元々希薄で、今では完全に疎遠となっている。
少なくとも……現在の由希奈には、この場に呼び出すどころか電話で気安く話せる相手が一人もいなかった。
そのまま一人、当て所なく歩いているといつの間にか商店街を突き抜け、市役所や市民会館のある通りの裏側へと出てしまっていた。
障害者手帳関連の手続きで何度か訪れたことがあるな……と考えていると、そこまで大きくない公園が由希奈の目に留まる。
(そういえば……公園には立ち寄ったことがなかったっけ)
公園とは呼称しているものの、結局は市役所の隣にある、ただの広場に過ぎない。現に、そのすぐ傍の大通りでは多くの車が走行音を鳴らし、駐輪場には自転車や、原付をはじめとした自動二輪が無秩序に停められている。さらに遊具の類は一切なく、置かれているのは申し訳程度の木々と経年劣化で丸みを帯びている彫像、そしていくつかのベンチのみ。
周辺の交通量に反してぽっかりと開いた空間、まるで人の輪に入れない自分みたいだと思いながら、由希奈はベンチの一つに腰掛けた。
(別に、いじめられてたとかじゃないんだけどな……)
だが……由希奈が陸上を始めたそもそもの理由は、煩わしい人間関係を避けたかったからだ。その事実が変わることはない。
入院当初こそ、何人かは病院までお見舞いに来てくれていたが、誰もが教師や周囲の大人に言われて、渋々来た雰囲気を醸し出していた。被害妄想なら良かったと何度も考えたが、病室に居る由希奈の目の前で次の予定を話し出す度に、その希望が潰えてしまったのを覚えている。
リハビリの為に転院した時は、行き先を誰にも伝えていない。それでも、学校に届け出ている連絡先にすら一報もなかった、ということはそういうことなのだろう。
(……まあ、私も悪いか)
自分もまた、人間関係を構築、継続する為の努力を怠っていた。『人』という字が人と人が支え合っていようが、一方がもう片方にもたれかかっていようが、どちらかが手を抜けば崩れるのは明白だ。
『自分がまともだと勘違いしている人間よりは、異常だという自覚がある人達の方が、相手の持つ問題への理解が容易な分、まだ付き合いやすいとね』
(そもそも…………まともって、何だろう?)
普通であること? だがその普通が分からない。
正しいことをしているか? けれどもそれを証明できる者はどこに居る。
空気を読んで周囲に合わせている? ……自分を殺すことの、何が楽しいのか。
(一人が良い。でも、一人は嫌だ……)
本当に、矛盾した考えだ。我を通そうとすれば一人になり、周囲に合わせれば『自分』という個性が消えていく。
悶々と悩んでいた由希奈はふと、睦月がその父親に言われたという言葉を思い出した。
『自分が心の底から笑えれば、孤独かどうかなんて関係ないし、どうでもいい。大事なのは周囲と上手く付き合いつつ、一人で生活できる程度には生きられるようになることだけだ。その上で、隣に居て笑えそうな奴が居るなら気が向いた時に、そいつの傍に行ってつるめばいいんだよ』
(…………ああ、だからか)
その時になってようやく、睦月が由希奈を突き放してきた気持ちが理解できた。
(後悔して欲しくないんだ……私が睦月さんの隣にいることを)
そもそも、睦月が誰かに執着しているのを見たことがない。常に傍にいる姫香や、誰彼構わず依存している彩未が際立っていたので気付かなかったが……彼の方から、何の用もなく『来て欲しい』とは、一度も聞いたことがなかった。
たしかに、仕事の手が足りなければ姫香に頼る場面は何度も見てきた。けれども、それ以上を求めている様子がまるでない。最初から、必要であれば『適当な誰かを雇えばいい』と、言わんばかりに。
(本当に、どっちでもいいんだろうな……)
姫香が隣で歩きたいと望んでいるのならば、その通りにする。それは、彩未をはじめとした他の……由希奈を含めた全員に対して思っていることだろう。
(…………私のことも)
傍に居たければ、自分の意思で相応の態度を示し続けなければならない。でなければ、あの『運び屋』は必ず拒絶してくるし、されてもいいとすら思っているはずだ。
『もし、自分の生命が惜しいのなら……失せろ。最悪、お前に構っている余裕がない』
睦月が由希奈にそう言ったのも、自身の意思を尊重して欲しいと想っているのと同時に、拒絶してくれても構わないからだとも取れる。
(私が邪魔なら、ただ『要らない』って言ってくれればいいのに……)
ある意味、拒絶よりも残酷な優しさだった。
個人の意思を尊重してくれるのは、たしかに嬉しい。だからといって、明確に拒絶してこないということは……由希奈の気持ちを完全に否定していないということになる。
(……いや、それすらも『自分で決めろ』って、言いたいのかな?)
この公園に来る前、チェーンの喫茶店内で彩未に言われたばかりだ。
『一つ、自分も裏社会の住人になって、一緒について行く。二つ、説得なりして、睦月君に犯罪行為を辞めさせる。そして三つ……これまでのことはすっぱり忘れて、彼から離れる』
(要するに、『自分で選べないなら、最初から関わらない方が良い』って、遠回しに言いたかったのかな……)
睦月とデートした時にも、本人から直接聞かされていた。
『自分から関わることが怖くて……相手に来て貰うことを、実はこっそり望んでるんだよ。情けないよな?』
その言葉に、嘘がないこと位は由希奈にも分かる。
『一人でいることは、別に苦じゃない。むしろ人付き合いがない分、存分に好きなことができる。それでも……無性に、誰かと関わりたいと思わずにいられない時がある』
だからと言って、相手を無下にしていい理由にはならない。
『常に、誰かに『憧れられるような生き様を見せ続ける』。それが……俺にできる、唯一のことだから』
由希奈自身も、本当は分かってはいる。
たとえ周囲がどう騒ぎ立てようと、たとえ自分自身に植え付けられた価値観やその正誤がどうあろうと、たとえ……他人の言葉通りに従って、その通りに生きてきたとしても。
――最後に自分の人生を決めるのは、いつだって自分自身だ。
睦月が望んでいるのは、自身を含めた誰かに強制されてではなく、自分の意思で決断し、ついて行きたいと思ってくれる人間だということを。
(…………整理しよう)
奇しくも、睦月のように左右の手の指の腹同士を重ね合わせた由希奈は、脳裏で自分の選択肢を思い浮かべた。
(彩未さんの言った通り、三つのうちのどれかを選べばいいだけだ。睦月さん達について行くか、説得して犯罪から足を洗って貰うか……もう、皆のことを忘れてしまうか)
その中から、自分が一番やりたいことを思い浮かべようとして……真っ先に気付いたのは、由希奈が睦月に抱く好意についてだった。
(まずは……自分の気持ちに決着を付けよう)
自分でも、その時に宣言したはずだ。
『私も、恋愛そのものは分かりません。それでも今、私は……睦月さんに恋しています』
『……『お勧めはしない』、そう言ったはずだぞ』
『大丈夫です。もし、愛していないと思った時は……ちゃんと、目の前から消えます』
その決断をする時が、たった今来ただけだ。
(どうあっても睦月さんの……『運び屋』の傍に居たいかどうかを)
犯罪行為から手を引かせるのは、論外だ。本人の生命を考えれば正しいのかもしれないが、それは相手の生き様を否定することに繋がる。足を洗わせてどう変わるかが分からない以上、自分の人生までは賭けられない。
だから……由希奈の答えは、最初から決まっていた。
(『運び屋』について行くか、きっぱり諦めるか……)
気持ちは決まった。後は合理性を考え、どちらがより現実的かを判断すればいい。
そう考えると、由希奈に一つ、重大な問題があった。
(私は弱い…………睦月さん達よりも、はるかに)
身体能力だけで言えば、睦月達に引けは取らないだろう。
やるべきことをやって、一人だけの世界に籠っていた陸上部時代の経験が、今になって役立っている。現に、山登りの時は真っ先に息切れを起こしていた(ヘビースモーカーの)朔夜よりも、体力があるのは間違いない。
問題は、その身体能力を『運び屋』としての生き方に活かす方法……戦い方が分からないことだった。
(今の私じゃ、睦月さん達について行けない。多分、『一緒に居たい』と言っても、『死にたいのか?』って言われるのがオチだ。何より……)
……自分の生命を、睦月に背負わせたくない。
そう考えると、まず疑問に思うことがある。
(私って…………犯罪者の世界だと、どれ位強いんだろう?)
陸上でも、部活という小さな世界の中でさえ玉石混交が激しかった。それが数回関わっただけの、未経験の分野で自分がどれだけ活躍できるのか。
それが分からなければ、睦月の傍に居るどころか、自分の決断に自信が持てなくなる。
(何か、いい手は……)
「……あれ? こんな所で何してるんだ?」
「え…………?」
思考の海に潜っていたので、反応が少し遅れてしまう。
重ねていた手を離し、顔を上げた由希奈の前には、昨日別れたばかりの朔夜が居た。その後ろには弥生や理沙、佳奈が控えている。
「いえ、ちょっと考え事をしてて……皆さんはどうしてここに?」
尋ねながら立ち上がる由希奈に、朔夜は市役所の裏側の、あまり車両が通らない方の道路を指差しながら答えてきた。
「予定を繰り上げた上に、結構金使っちまったからな……暇なうちに、ちょっと稼いどこうと思って」
「それに便乗して、ボク達も出稼ぎ~」
もう一人、由希奈が会ったことはない『殺し屋』が合流するらしい。その待ち合わせ場所が、この人気のない公園だったようだ。
「せっかく地方都市まで来たしな。『情報屋』から直接情報を買い付けて、そのまま行けば手間も少ないだろ? 丁度暇そうな連中も店に居たし」
「予定が空いてるだけで、暇じゃないんだがな……」
「『暇』と『予定が空いてる』って、何が違うの?」
理沙の言葉に佳奈がそうツッコんだ途端、無言で首を絞められていた。
(たしかに……何が違うんだろう?)
心の中で由希奈が首を傾げるうちに、どうやら後から合流する『殺し屋』が、ここまで来たらしい。
「ごめん、お待たせ……って、あの二人は何してるの?」
「知らな~い」
レンズの下部だけがフレームに覆われた眼鏡を掛けたロングヘアの少女、美里が乱闘に発展している理沙と佳奈の二人を指差しながらそう聞いてくるが、弥生は気にせず、暢気に『知らない』と返していた。
「じゃ、あの馬鹿二人が一通り暴れ終わったら行くか。馬込、またな」
朔夜の言葉を最後に、解散する流れとなったが……
「わっ……私も一緒に行っていいですかっ!?」
突発的に決断したからか、思ったよりも大きな声が出てしまっていた。無手で締め技の応酬を繰り返していた理沙と佳奈も手を止め、この場に居た全員が由希奈の方を見てくる。
「いきなりどうした? 金でも必要なのか?」
あまり事情を話していなかった為か、朔夜の目には由希奈が金銭面で困窮しているから、睦月の仕事の時と同様に加わりたいと言い出したと思ったらしい。けれども、九州まで足を運んだ件では経験優先で、ほとんどの金銭を受け取っていなかった。
とはいえ、付き合いでご当地グルメを散々奢って貰っていたが。
「いえ、違います。実は……」
そう言い、由希奈は事情を説明した。
(睦月の奴、面倒事を放り出しやがって……今度会ったら説教だな)
本来であれば美里と合流した後、この近くで理沙が借りている駐車場に全員で向かう予定だったのだが……朔夜だけがこの場に残り、由希奈から事情を聞いていた。
そして、話を聞き終えて最初に浮かんだのが、睦月に対して叱責したい気持ちだった。
「……話は分かった。要するに、自分の力が裏社会で通用するのかを知りたいから、出稼ぎに加わりたいんだな?」
「はい……」
どうしたものか……と朔夜は少し、考え込む。
(睦月には……言わない方が良いな。むしろ、その為に自分から、私達に声を掛けてきたんだろうし)
おそらくは、自分の力を証明したいのだろう。でなければ、睦月に何を言ったところで響かない。だからその前に、実績を作ろうと偶々通り掛かった朔夜達の話に加わりたがっているのだ。
(もう、答えは出ていると思うが……だからこそ、か)
そして、朔夜は結局、由希奈の同行を許可してしまう。
「……得物はあるか?」
「銃が、一丁……」
由希奈は自分の鞄を開け、中身を朔夜に見せてくる。そこには自動拳銃が一丁、ホルスターに納められた状態で残っていた。
「ただ、もう銃弾が無くて……」
「どっちにしたって経費だ。9mm拳銃弾なら予備の中にあるだろうし、他の武器と一緒に渡すよ」
「……それじゃあ、」
顔を明るくする由希奈から目を逸らし、丁度近くに停まったワゴン車へと先に歩き出す。
「ほら、行くぞ……由希奈」
呼び方一つで気持ちがコロコロ変わる由希奈に、朔夜は内心呆れながら、ワゴン車へと乗り込んだ。
(男の為に犯罪に走る時点で、本気だって言ってるようなもんだろうが……)
遅れて乗り込んでくる由希奈に扉を閉めさせてから、朔夜は煙草を取り出して咥え……火を点ける前に、美里から取り上げられてしまった。
「車内禁煙でお願い」
「全面禁煙だっ!」
「…………」
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