TRANSPORTER-BETA(旧題:進学理由『地元が廃村になりました』)

桐生彩音

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034 案件No.003_長距離高速送迎(その7)

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 ごく単純な、送迎依頼。
 犯罪組織へと襲撃を掛ける昔馴染みを回収し、現場から逃走する。相手は一般人ではなく、自分が直接戦闘するわけではない。だからこそ簡単な仕事だと、中学生の睦月(無免許)は何も考えないまま、依頼を請け負うことにした。
 問題は、初めて一人で請けた仕事の後すぐに……睦月が、家に引き籠ってしまったことだ。



『ぁぁ…………』
『少しは気が晴れたか?』
『肉体労働ばっか、させやがって……』
 初依頼から数日、もうすぐ一週間になりかけた頃だった。
 父秀吉に連れ出されて外に出てみれば、何故か表の・・仕事を手伝わされていた。
 高校生として身分を偽っていても、免許のない睦月にできるのは力仕事や単純作業だけなので、無駄に体力を使う羽目に。
 トラックの荷物を出し入れすることもあれば、流通拠点である倉庫や物流センターで作業員に揉まれたこともあった。事務所の移転作業に加わったこともあれば、引越しを手伝ったこともあった。
 別に運転ができないわけじゃない。年齢的な問題で免許がなく、体格的に高校生としか偽れないからアルバイト以外では働けず、力仕事しかできなかったのだ。
 それでも……秀吉に散々こき使われたせいで、帰宅したばかりの睦月は縁側に寝そべってしまった。全身は筋肉痛で、疲労が蓄積していることもあり、まともに動けない。
 陽が沈む薄闇の中、秀吉は身動き一つ取れない状態の睦月を見下ろしてから、その近くに腰掛けた。
『一体何だってんだよ……無免許で勝手に仕事をした罰か?』
『そんなんで一々説教するかよ。面倒臭ぇ……』
 立てた膝に腕を載せ、無駄に雲一つない夕焼け空を眺める秀吉。それにつられてか、睦月もまた天を仰ぐ。
『子供の自立を促す手っ取り早い方法はな、とにかく『やりたいことをやらせる』ことなんだよ。それで間違ってたら、その時だけ止めりゃあいい……親の仕事教育なんて、それだけで十分だ』
『何だよ、それ……ただの放任主義じゃねえか』
育児放棄ネグレクト』よりましとはいえ、睦月の内心では反抗的な気持ちが渦巻いている。しかし、未発達な精神では理解しきれていない思いが何故か、暴力に訴えようという気概を削いでいた。
『そりゃ俺には、どうでもいいしな~』
 ……この軽い口調が、睦月の精神をいつも逆撫でしていた。
 元々、『運び屋』としての生き方を強制されたことは一度もない。
 睦月が秀吉から『運び屋』のことを学んでいたのは、ただ当人が『躾の仕方』を知らなかっただけだ。
『生兵法は大怪我の基』ということわざにもある通り、付け焼刃の知識や技術に頼ったところで、真っ当な成果を得られることはまずない。それどころか、中途半端な素人知識を披露して赤っ恥を掻く羽目になるのは分かりきっていることだ。特に当人が周囲の蔑んだ視線に気付いていない時等、もはやただの道化師ピエロである。本数冊程度の知識だけでどうにかなるのであれば、人類皆本を手に取っていることだろう。
 そして、そこまで愚かではなかった秀吉の取った選択は彼の父、睦月の祖父に当たる人物と同じ教育方針……家業の、『運び屋』としての技術や知識を継承させようとしてきた。
 代々継がせる為の知識や技術の選別に、時代の積み重ねがなせる学習方法の先鋭化、そして自らをプロフェッショナルだと認識できる人生観。たとえ自立ができずとも、自律さえできれば生きていけるように。
 少なくとも……自分の力で糊口を凌げるように。
『辞めたきゃ辞めてもいいぞ。別に続ける理由もないしな~』
 だからかどうかは不明だが、秀吉はいつもそう言い続けてきた。それもあって睦月は、親への反抗だとばかりに、昔馴染みからの依頼を請けたのだ。
 睦月にとっては恥ずかしい話だが……憧れたのだ。

『運び屋』の仕事、その……自由な生き様に。

 そして、ふざけた地元と父親の教育方針もあり、自分はもう何でもできると思い込んだ。
 ……そう、思い込んでしまった。
 しかし、自分の意思で勝手に・・・請けた仕事の成果に……睦月が満足することはなかった。
『そもそもお前、何で拗ねてんだよ……』
 睦月に向けて、秀吉は手を振る。
『仕事は成功・・した・・くせによ~』
 秀吉から投げられた二つの封筒を確認した睦月は、その一つ……勝手に請けた仕事の成功報酬が入った方を横へと放った。
『…………』
『たく……』
 秀吉の言葉を無視し、睦月は寝そべったまま、強引に働かされて得た報酬の額を数えていく。そんな状態でも、父親は息子への言葉を止めることはない。

一発も・・・撃てずに・・・・ビビってた位で、いちいち拗ねてんじゃねえよ……』

 ――……ッ!
 舌打ちが響くと同時に、睦月は立ち上がった。
『俺達は『運び屋』だぞ? 殺し屋どころか、傭兵ですらない……戦闘行為自体、必須項目じゃねえだろうが』
 秀吉の額に、銃口が突き付けられる。普段射撃訓練ドッジボールで使っている自動拳銃オートマティックだが、銃自体は本物。そして理由がなければ、入っているのはおそらく……仕事で使うつもりだったはずの、実弾だ。
『睦月。お前……うちの家業が格好良いもんだとでも思っていたのか?』
 殺されるかもしれない状況にも関わらず、秀吉は睦月に向けられた銃口を払いのけるような真似はしなかった。
『違うだろ? 俺達の仕事は結局のところ、ただの『運転手』だ。荷物運びも護衛も、そのついでに過ぎない……あれだけ・・・・バイト・・・しても・・・、まだ分からないか?』
『っ…………』
 ただ親として、子に間違った認識を改めさせる。秀吉が睦月にしようとしているのは、その一点だけだった。だから普段の仕事を、強制的に体験させられたのだ。
『お前は対象を受け取り、目的地へと届けた。護衛・・は条件に含まれていない……必要がないから撃たなかった。そこでお前がビビったかどうかは、一切関係ない。それだけの話だろうが』
『……ぁ、……っ』
 言葉が……出て、こなかった。
 たしかに、睦月は仕事を成功させている。依頼人が仕事を終えたタイミングで回収し、脱出するという……目の前の男秀吉ならば、簡単にやってのけることを。
 しかし睦月は、その成果に満足できなかった。
 ……本物の殺意に晒されても銃を握るどころか取り出しもせず、ただ闇雲にアクセルを踏み込み、ハンドルを切ることしかできなかったのだ。それは睦月の想像していた『運び屋』の印象イメージから、格段に離れた所業だった。
 本来ならばもっと格好良く、依頼人の昔馴染みと共に銃を握って引き金を引き、映画みたいに相手をバッタバッタと薙ぎ倒す。それが睦月の望んだ、仕事の結末だった。
 しかし……現実は違う。
 昔馴染みが牽制している中、運転に専念することで逃亡に成功した。話を聞く分には十分すぎる成果だが……睦月は満足していなかった。否、できなかった……
『睦月……』
 普段はおちゃらけている秀吉の目が、睦月に刺さる。

『お前にとって……『運び屋』って何だ?』

 ――ギリ……
『…………』
 睦月は目を伏せ、強く喰い縛った状態で黙り込んだ。
 暴発を防ぐ為に引き金から指を外していなければ、その無意識の握力で、銃弾が飛び出ていたことだろう。実際、睦月が気付かない内に、人差し指が掛かりかけている。
 そんな危険な状況にも関わらず、秀吉は睦月に淡々と……現実・・を叩き付けた。
『こればっかりは幻想ゆめを見せちまった俺にも責任がある。だから実際の仕事現実を教えたんだよ。お前ももう……何が正しいか位、自分で判断できるだろ?』
『…………』
 それは……睦月にももう理解できていた。いや、強引に自覚させられたと言ってもいいだろう。
 秀吉が睦月を連れ回した理由は、一種の職業体験荒療治だ。
 ずっと幻想ゆめを見ていた睦月に『運び屋』の側面を、個人経営の運送業としての自分を見せることで、強引に目を覚まさせたのだ。
『現実を知った上で、『運び屋』を目指すなら俺も止めないさ。だが……これだけは履き違えるな』
 グッ、と銃越しに押し返される感触に、睦月は顔を上げた。
 思わず見返す睦月の目に、額で銃口を押し返してきた秀吉の鋭い眼差しが突き刺さる。

お前に・・・できると思ったからこそ、依頼が来たんだろう? だったらその前提条件依頼内容と優先順位――依頼を達成する為の絶対条件を忘れるな。間違えるな。……依頼人の望んだ結果ことを自分勝手に踏み躙るな』

 そこでようやく、秀吉の手が動いた。
 言い返せない睦月の手から銃を奪い、投げ捨てられた『運び屋』の報酬を代わりに握らせてくる。
『こいつはお前の報酬もんだ。もう、手放すんじゃないぞ』
 それは報酬のことなのか、それとも、仕事に満足した依頼人の気持ちなのかは分からない。
 だが、秀吉の内心に関わらず、睦月は両方の意味だと考えた。
 そう考えて、自分を追い込むことに決めた。
『……少なくとも、』
 卒業後の進路を、睦月はまだ決めていなかった。
『少なくとも……今はまだ、『運び屋』を目指すよ』
 しかし生き方は、生き様はもう決めており、それを曲げるつもりは毛頭なかった。
『自分の人生をどう生きるかは……もう、決めているから』
『そうか……』
 そして、秀吉もまた、それを否定しなかった。
『お前の人生だ、好きにすればいいさ。だけどな……しんどいぞ? 人と違う生き方ってのは』
『そんなもん……とっくに・・・・知ってるよ』
 こんなイカれた・・・・地元環境で育ったからこそ、周囲から特に疑問を持たれていないが……睦月は、自分の認識が、他の人間とずれていることを自覚していた。そして顔の広い秀吉によって、何故そうなっているのかも理解できている。
『それでも、憧れた・・・気持ち・・・は本当だから……目指してみるよ。気が済むまでは』
『……そうか』
 縁側に腰掛けて空を眺め出した秀吉の顔を、報酬の入った封筒を見下ろしている睦月には窺い知ることができない。ただ分かっているのはこの瞬間、『現実を知る』という、二度目の物心が付いたということだけだった。
『忘れるなよ。その気持ちを』
『分かってるよ……ところで、』
 ようやく落ち着いた思考の中、睦月の脳裏にふと、ある疑問が浮かんでいた。

表の・・バイトの・・・・方の・・報酬……相場ってこんなもんか? えらく少なく感じるんだが……』
『ああ……お前が引き籠ってた間の生活費は抜いといたぞぶっ!?』

 縁側から蹴り出され、庭先に転がる秀吉に続いて飛び出した睦月は、そのまま馬乗りになって拳を振り上げた。
『何勝手に報酬ピンハネしてんだよ! せこいぞ!』
『うるさいな! こっちだって親である前に一人の人間だぞ! 若年無業者ニートに縋られて生活費削られてたまるかっ!』
『自分の子供若年無業者ニート呼ばわりしてんじゃねえよ! せめて成人するまで養えやクソ親父っ!』
『舐めんなクソ子供ガキっ! 自分で稼げんならもうてめぇ一人で生きろや!』
『親の義務放棄してんじゃねぇ!』
 これ以上は……ただの親子喧嘩殴り合いだった。
『そもそもお前、人の車勝手に使って仕事してんじゃねえよ! 自分の仕事道具位、自分で用意しろっ!』
『手持ちがないんだからしょうがねぇだろ! 小遣い増やせっ!』
『その前に自分で稼げ! 勝手に依頼受ける前に俺の仕事手伝えやっ!』
『というか簡単に盗めるようにしてたのが悪いんだろうがっ! 予備の鍵スペアキーの置き場も遮断装置キルスイッチの隠し場所も丸分かりだったぞ!』
『そりゃ依頼受けるにしても、俺に話通すと思ってたんだよっ! 一丁前に反抗期拗らせやがって!』
『早速矛盾してんぞこら! 先に『縋るな』って言ったのは親父だろうがっ!』
『誰が『甘えろ』なんて言った!? こっちは『頼れ』って言ってんだろうがっ!』
『物事ははっきり言えやクソ親父ぃ!』
『言葉の裏位読み取れやクソ子供ガキぃ!』
 口汚い言葉を互いにぶつけながら、親子喧嘩殴り合いは日暮れまで続いた……



「……なんて下らない親子喧嘩を、陽が暮れるまでやってました」
「そ、それはまた……」
 運転中に睦月の昔話を聞いた由希奈は思わず、何とも言えない表情を浮かべてしまっていた。
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