35 / 192
035 案件No.003_長距離高速送迎(その8)
しおりを挟む
過去を話し終えた後も、睦月の言葉は続いた。
「その後は、前に高校で話した通りです。中卒で親父の仕事を手伝いながら、『運び屋』として必要な知識や技術を叩き込まれていました。進学するならどっちにせよ地元を出ることになるので、どうせならと廃村寸前まで残ってたんです」
「そう、ですか……」
少なくとも、由希奈自身が同じ立場であれば、まず選ばない進路だった。
「……不安じゃ、なかったですか?」
周囲から、『普通』から外れて生きるのは、それだけでもかなりの労力を要する。事前に整備されていない道を歩く。いや、道そのものを自分で切り拓いていかなければならない。公務員や大企業を就職先に選ぶ人間が多いのも、すでに出来上がっている道だからだろう。
正しいのかどうかも、そもそも正解なのかもわからない。中には『間違っている』と一方的に決めつけてくる者達もいる。それに、自身に抱え込む不安や迷いが、その決意を揺らがせるかもしれない。
たとえ同じ状況だったとしても、由希奈にはとても、睦月のような生き方はできなかっただろう。
ただでさえ『交通事故の被害者』という、一般人から外れた立場に追い込まれただけでも、不安と焦燥で、内向的な性格に歯止めが掛からなくなっていた。精神状態が落ち着かないからと、入院していた病院にあった精神科の診療を受けたのも、それが理由だった。その結果、自身がASDだと知る羽目になったのだが。
入院時にもカウンセリングは受けていたものの、足のリハビリが優先だったので、そこまで本格的な内容ではなかった。それに由希奈自身も、当時は目まぐるしい状況の変化に現実が受け入れられず、しばらくは自分の殻へと閉じ籠ってしまっていた。
けれども、もし……由希奈が睦月と共通する点があるとすれば、
「不安しかないですよ。でも……人生なんて、そんなもんでしょう?」
睦月にとっての秀吉のように、『運び屋』との出会いが、由希奈の殻を砕いたことだった。
「たしかに、普通に生きる以上に生命の危険は増えますし、不安を無くそうといくら保険を掛けても、その分余計に金銭が掛かる現状です。いっそのこと、適当に稼いでからさっさと隠居した方がいいんじゃないかといつも思ってますよ。ただ……それは、俺のやりたいことじゃない」
仕事に、給料以上の見返りを求める者達もたしかにいる。会社の方から、社員にやる気を求めている場合もある。
ただ、金銭以外に求めるものがあるとすれば、それは仕事の内容であり、得られる結果……どう働いて生きるか、だ。
「自分が死ぬその瞬間まで、自分以外の言葉に惑わされず、自分が欲しいものを求め、自分が行きたい場所へと、自分が使える手段を用いて前へと進んでいく。そんな、全てを自分で決められる自由な生き方を求めたからこそ……俺は、『運び屋』になったんです」
おそらくは睦月自身、それが正しいのかどうかは分かっていないのだろう。ただ、それでも由希奈には理解できた。
(『その生き様に憧れた』、か…………)
正しさなんて関係ない。ただ自分の意思で、前に進みたいと。
その、揺るがない想いを目の当たりにしたからこそ、
(…………分かる、気がする)
由希奈は……睦月を異性として意識していることを、自覚できたのだ。
(私も、そう生きたい……この人と共に)
……そろそろ、高速道路の出口が近付いてくる。
「もうすぐ着きますね。慌てて出てきたから、言い訳どうするかな……」
「……あ、あのっ」
速度を落としつつ、ギアを落としていく睦月の運転の邪魔をしないよう、それでも終わりそうな会話をどうにか続けようと、由希奈は口を開いていた。それに反比例して、掴んでいた杖を強く握り込んでいることに気付かないまま。
「も、もし、嫌だったら忘れてくれていいんですけれど……」
考えが纏まらない。何を言えばいいのかが分からなくなってくる。
それでも、もう依頼人として『甘える』ことはできなくなるから、言わなければならない。今後、そんな機会が来るとは限らないのだから。
だから、由希奈は言った。
「私と……友達に、なって、いただけませんか?」
今の、睦月との関係はただの知人だ。少なくとも、由希奈はそう思っている。
ただの同級生で、学校か、何かの行事でしか一緒に居ることは叶わない。でも由希奈は、それ以上の関係を睦月に求めた。
自分達で遊びに行く予定を立てたい。一緒に食事をしたり、お茶をしながら他愛もない話をしたい。
……ただ単純に、同じ時間を共有したい。
たとえ相手を異性として見ていても、それが恋愛に発展するか、はたまた友愛で留まるかは分からない。
それでも、由希奈は睦月に、今まで以上の関係を求めた。
その第一歩が……『友達』だった。
「友達、ですか……」
「はい……」
どんな返事が来るかは分からない。相手が勘違いして、とんでもない事態に発展するかもしれない。周囲が余計なことを言って、関係が無暗に拗れてしまうだけかもしれない。
それでも由希奈は、自分の意思で、睦月に自らの望みを伝えた。
後は、睦月がどう答えるかだが……
「異性の友情って、ややこしいですよね……余計なことを考えてしまって」
「そう、ですね……」
おそらくは睦月も、由希奈と同じことを考えたのかもしれない。
「正直言うと、未来がどうなるかは分かりません。俺自身も、何も保証できない立場ですし」
「分かり、ます。分かっている……つもり、です」
他にも、社会の表と裏という、生きている世界が違い過ぎる。
ロミオとジュリエットみたいに、実家が常に争っているような状況でもない。だが、いつそうなってもおかしくないのが、今の二人の関係だ。人質や足枷等、由希奈の存在が睦月にとって重荷になる可能性も、またはその逆に見捨てられる可能性もある。
それは、由希奈自身も理解している……そのつもり、だった。
関係がどう変わるかも分からない内から、近付くこと自体危険かもしれない。けれども、それでも由希奈は、自らを偽ることはしたくなかった。
ゆえに、口を開いた。
「だから……お願い、します」
「…………」
今、誰かの思考が読めるのならば、由希奈は迷わず睦月の考えを読もうとするだろう。
それだけ、由希奈が相手の心情を量ることに苦手意識を抱いているのだ。だから杖を握りしめ、じっと睦月の出方を窺う。
その間にも車は料金所を抜け、高速道路を降りていく。
一般道で変わったばかりの信号に足止めされてしまう。そこで一度停車してから、ようやく、睦月からの返事が来た。
「……一つだけ、」
顔を上げる由希奈に、睦月は財布を取り出しながら告げた。
「一つだけ……約束してくれるなら、いいですよ」
「約束……?」
目的の物はすぐに取り出せたのか、それ以外に用はないと財布を仕舞ってハンドルを握り、信号が変わるのを待つ睦月。しかし由希奈は、思わず視線を落としてしまった。
「……俺も『自閉スペクトラム症』だから、何かあればはっきり言ってくれよ」
突然のタメ口と膝に投げられた障害者手帳、そして突然打ち明けられた事実に、由希奈は顔を上げて返事をした。
「……はいっ!」
無自覚に顔が笑い、声が大きくなってしまう。
「これからもお願いしますね……睦月さんっ!」
抑えるのに苦労しつつも、相手が自分との共通点があるというだけで、嬉しくなってしまう気持ちに不謹慎さや罪悪感を抱きながら、
(そっか……)
由希奈の心は、静かに踊り出していた。
(私と睦月さん、同じなんだ……)
周囲の人達を見て、内心羨ましく思っていた……名前呼びに変えてしまう位に。
(問題は、姫香だよなぁ……)
別に由希奈と友人になること自体、睦月は何とも思っていなかった。
元々周囲にいるのが、自分以上にふざけた人種ばかりなのだ。いまさら同じASDの人間が友人になろうとも、友好的な関係が築けるならば特に問題はない。そもそも、馬の合わない相手ならばさっさと縁を切るのが、睦月のやり方なのだ。由希奈と上手くいかなければ、その時点で止めてしまえばいい。
なので問題は……姫香の方だった。
(彩未を蹴飛ばしたことを怒って、弾倉型の煙幕手榴弾持たせてくれたことを褒めて、由希奈と友達になったことを伝えて……十中八九、後で揉めるよな?)
さすがに仕事用の国産スポーツカーで、県境にあるバーベキュー場に戻るわけにはいかない。一度自宅マンションの駐車場に二人を降ろした睦月は、隠れ家である整備工場へと車を戻しに行く。
「早めに戻らないと……また姫香が、何かやらかしかねん」
「少しは信じてあげたら?」
「信じてるよ……逆の意味でな」
後部座席から声を掛けてくる彩未に、睦月は溜息を吐きながらそう返した。現在、車内に姫香と由希奈はいない。
銃器類の片付けは後で行うつもりなので、車ごとまとめて置いて戻れば、それでいいと考えていたのだが……何故か姫香は、車の中に彩未を残した状態でドアを閉めてしまったのだ。
「行き掛けも含めて、お前散々姫香にいじめられてんだろうが……むしろ何で、お前等友達付き合いできてんの? 正直不思議でならないんだけど」
「友達、って言っていいのかな? 私は友達だって思ってるんだけど……」
足を組んで首を傾げている彩未だが、すぐに解かれた。
「姫香ちゃん……顔を合わせる度に、大体嫌そうな目を向けてくるからなぁ~」
自宅マンションから整備工場はそこまで離れていないので、すぐに到着してしまう。
リモコンでシャッターを上げ、車を中へと乗り入れさせてからエンジンを停める睦月。
それを合図にして、二人は揃って降車した。
「じゃあ行こっか、」
「……ああ、ちょっと待ってくれ」
どうせ後で姫香にも伝えることだが、彩未には伝える暇もなく解散する可能性もある。だから今の内に伝えようと、睦月は戻る前に話し掛けた。
「ん? どうかした? 言っとくけど、エッチなことなら今度に、」
「……仕事の話だ、『ブギーマン』」
彩未の発言を遮った睦月は、『ブギーマン』への依頼を手短に済ませようとした。
「ちょっと、調べて欲しいことがあってな……」
「お待たせ……姫香、由希奈をいじめてないよなっ!?」
「睦月さんっ!?」
……返事は下段蹴りだった。
「ご、ぁ…………」
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない? いつものことだし」
睦月の傍にしゃがみ込んで、心配そうな眼差しを向ける由希奈に、彩未は『大丈夫』だと声を掛けてから、姫香の元へと歩み寄った。
「ほら、急いで戻らないと……先行ってるからね~」
「行く、って、すぐ……そこじゃねぇか」
ざっと見た限り、特に痛めつけられた様子のない由希奈に安堵した彩未は姫香と共に、先にワゴン車の傍へと向かった。
(……ま、立ち位置的には一応、先輩だしね)
もしかしたら、彩未に呼び出されることも見越しての下段蹴りだったかもしれないが、恐らくは考え過ぎだろう。
ワゴン車の陰に入った彩未は、姫香の方を向きながら、腕を組んだ。
「姫香ちゃん、あんまりいじめないであげてね? 由希奈ちゃん、ただでさえ人付き合いが苦手なんだから……」
異常な環境下で育った睦月達とは違い、由希奈は一般的な生活を送っていたのだ。そのせいか、少し自分に対して自信がなく……精神的に甘さが残っているようにも思える。
今回の件が由希奈にとっていいきっかけになったのかもしれないが、どう影響するかまでは分からない。かつて、似たような甘さを持っていた彩未だからこそ、少し心配になっているのだ。
そんな状況で、姫香が余計なことをしないようにと、釘を刺そうと思っていた彩未だったが……
「アタッ!?」
……目にも留まらぬ早さで、デコピンを返されてしまった。
「っう~……」
若干涙目になりながら額を抑えてしゃがみ込む彩未に、今度は姫香が腕を組んで見下ろしてくる。溜息を吐くように口を開け、
「……いちいち下らないこと気にしてんじゃないわよ、彩未」
そう言い捨てた緘黙症の少女は、睦月達の方へと意識を向けたらしく、もう用がないとばかりに、彩未から視線を外していた……
「まったく、二人して……人を何だと思ってるのよ」
日頃の行いが、とツッコみたくなる彩未だったが、足音が近付いてくるので、仕方なく口を噤むことにした。
――Case No.003 has completed.
「その後は、前に高校で話した通りです。中卒で親父の仕事を手伝いながら、『運び屋』として必要な知識や技術を叩き込まれていました。進学するならどっちにせよ地元を出ることになるので、どうせならと廃村寸前まで残ってたんです」
「そう、ですか……」
少なくとも、由希奈自身が同じ立場であれば、まず選ばない進路だった。
「……不安じゃ、なかったですか?」
周囲から、『普通』から外れて生きるのは、それだけでもかなりの労力を要する。事前に整備されていない道を歩く。いや、道そのものを自分で切り拓いていかなければならない。公務員や大企業を就職先に選ぶ人間が多いのも、すでに出来上がっている道だからだろう。
正しいのかどうかも、そもそも正解なのかもわからない。中には『間違っている』と一方的に決めつけてくる者達もいる。それに、自身に抱え込む不安や迷いが、その決意を揺らがせるかもしれない。
たとえ同じ状況だったとしても、由希奈にはとても、睦月のような生き方はできなかっただろう。
ただでさえ『交通事故の被害者』という、一般人から外れた立場に追い込まれただけでも、不安と焦燥で、内向的な性格に歯止めが掛からなくなっていた。精神状態が落ち着かないからと、入院していた病院にあった精神科の診療を受けたのも、それが理由だった。その結果、自身がASDだと知る羽目になったのだが。
入院時にもカウンセリングは受けていたものの、足のリハビリが優先だったので、そこまで本格的な内容ではなかった。それに由希奈自身も、当時は目まぐるしい状況の変化に現実が受け入れられず、しばらくは自分の殻へと閉じ籠ってしまっていた。
けれども、もし……由希奈が睦月と共通する点があるとすれば、
「不安しかないですよ。でも……人生なんて、そんなもんでしょう?」
睦月にとっての秀吉のように、『運び屋』との出会いが、由希奈の殻を砕いたことだった。
「たしかに、普通に生きる以上に生命の危険は増えますし、不安を無くそうといくら保険を掛けても、その分余計に金銭が掛かる現状です。いっそのこと、適当に稼いでからさっさと隠居した方がいいんじゃないかといつも思ってますよ。ただ……それは、俺のやりたいことじゃない」
仕事に、給料以上の見返りを求める者達もたしかにいる。会社の方から、社員にやる気を求めている場合もある。
ただ、金銭以外に求めるものがあるとすれば、それは仕事の内容であり、得られる結果……どう働いて生きるか、だ。
「自分が死ぬその瞬間まで、自分以外の言葉に惑わされず、自分が欲しいものを求め、自分が行きたい場所へと、自分が使える手段を用いて前へと進んでいく。そんな、全てを自分で決められる自由な生き方を求めたからこそ……俺は、『運び屋』になったんです」
おそらくは睦月自身、それが正しいのかどうかは分かっていないのだろう。ただ、それでも由希奈には理解できた。
(『その生き様に憧れた』、か…………)
正しさなんて関係ない。ただ自分の意思で、前に進みたいと。
その、揺るがない想いを目の当たりにしたからこそ、
(…………分かる、気がする)
由希奈は……睦月を異性として意識していることを、自覚できたのだ。
(私も、そう生きたい……この人と共に)
……そろそろ、高速道路の出口が近付いてくる。
「もうすぐ着きますね。慌てて出てきたから、言い訳どうするかな……」
「……あ、あのっ」
速度を落としつつ、ギアを落としていく睦月の運転の邪魔をしないよう、それでも終わりそうな会話をどうにか続けようと、由希奈は口を開いていた。それに反比例して、掴んでいた杖を強く握り込んでいることに気付かないまま。
「も、もし、嫌だったら忘れてくれていいんですけれど……」
考えが纏まらない。何を言えばいいのかが分からなくなってくる。
それでも、もう依頼人として『甘える』ことはできなくなるから、言わなければならない。今後、そんな機会が来るとは限らないのだから。
だから、由希奈は言った。
「私と……友達に、なって、いただけませんか?」
今の、睦月との関係はただの知人だ。少なくとも、由希奈はそう思っている。
ただの同級生で、学校か、何かの行事でしか一緒に居ることは叶わない。でも由希奈は、それ以上の関係を睦月に求めた。
自分達で遊びに行く予定を立てたい。一緒に食事をしたり、お茶をしながら他愛もない話をしたい。
……ただ単純に、同じ時間を共有したい。
たとえ相手を異性として見ていても、それが恋愛に発展するか、はたまた友愛で留まるかは分からない。
それでも、由希奈は睦月に、今まで以上の関係を求めた。
その第一歩が……『友達』だった。
「友達、ですか……」
「はい……」
どんな返事が来るかは分からない。相手が勘違いして、とんでもない事態に発展するかもしれない。周囲が余計なことを言って、関係が無暗に拗れてしまうだけかもしれない。
それでも由希奈は、自分の意思で、睦月に自らの望みを伝えた。
後は、睦月がどう答えるかだが……
「異性の友情って、ややこしいですよね……余計なことを考えてしまって」
「そう、ですね……」
おそらくは睦月も、由希奈と同じことを考えたのかもしれない。
「正直言うと、未来がどうなるかは分かりません。俺自身も、何も保証できない立場ですし」
「分かり、ます。分かっている……つもり、です」
他にも、社会の表と裏という、生きている世界が違い過ぎる。
ロミオとジュリエットみたいに、実家が常に争っているような状況でもない。だが、いつそうなってもおかしくないのが、今の二人の関係だ。人質や足枷等、由希奈の存在が睦月にとって重荷になる可能性も、またはその逆に見捨てられる可能性もある。
それは、由希奈自身も理解している……そのつもり、だった。
関係がどう変わるかも分からない内から、近付くこと自体危険かもしれない。けれども、それでも由希奈は、自らを偽ることはしたくなかった。
ゆえに、口を開いた。
「だから……お願い、します」
「…………」
今、誰かの思考が読めるのならば、由希奈は迷わず睦月の考えを読もうとするだろう。
それだけ、由希奈が相手の心情を量ることに苦手意識を抱いているのだ。だから杖を握りしめ、じっと睦月の出方を窺う。
その間にも車は料金所を抜け、高速道路を降りていく。
一般道で変わったばかりの信号に足止めされてしまう。そこで一度停車してから、ようやく、睦月からの返事が来た。
「……一つだけ、」
顔を上げる由希奈に、睦月は財布を取り出しながら告げた。
「一つだけ……約束してくれるなら、いいですよ」
「約束……?」
目的の物はすぐに取り出せたのか、それ以外に用はないと財布を仕舞ってハンドルを握り、信号が変わるのを待つ睦月。しかし由希奈は、思わず視線を落としてしまった。
「……俺も『自閉スペクトラム症』だから、何かあればはっきり言ってくれよ」
突然のタメ口と膝に投げられた障害者手帳、そして突然打ち明けられた事実に、由希奈は顔を上げて返事をした。
「……はいっ!」
無自覚に顔が笑い、声が大きくなってしまう。
「これからもお願いしますね……睦月さんっ!」
抑えるのに苦労しつつも、相手が自分との共通点があるというだけで、嬉しくなってしまう気持ちに不謹慎さや罪悪感を抱きながら、
(そっか……)
由希奈の心は、静かに踊り出していた。
(私と睦月さん、同じなんだ……)
周囲の人達を見て、内心羨ましく思っていた……名前呼びに変えてしまう位に。
(問題は、姫香だよなぁ……)
別に由希奈と友人になること自体、睦月は何とも思っていなかった。
元々周囲にいるのが、自分以上にふざけた人種ばかりなのだ。いまさら同じASDの人間が友人になろうとも、友好的な関係が築けるならば特に問題はない。そもそも、馬の合わない相手ならばさっさと縁を切るのが、睦月のやり方なのだ。由希奈と上手くいかなければ、その時点で止めてしまえばいい。
なので問題は……姫香の方だった。
(彩未を蹴飛ばしたことを怒って、弾倉型の煙幕手榴弾持たせてくれたことを褒めて、由希奈と友達になったことを伝えて……十中八九、後で揉めるよな?)
さすがに仕事用の国産スポーツカーで、県境にあるバーベキュー場に戻るわけにはいかない。一度自宅マンションの駐車場に二人を降ろした睦月は、隠れ家である整備工場へと車を戻しに行く。
「早めに戻らないと……また姫香が、何かやらかしかねん」
「少しは信じてあげたら?」
「信じてるよ……逆の意味でな」
後部座席から声を掛けてくる彩未に、睦月は溜息を吐きながらそう返した。現在、車内に姫香と由希奈はいない。
銃器類の片付けは後で行うつもりなので、車ごとまとめて置いて戻れば、それでいいと考えていたのだが……何故か姫香は、車の中に彩未を残した状態でドアを閉めてしまったのだ。
「行き掛けも含めて、お前散々姫香にいじめられてんだろうが……むしろ何で、お前等友達付き合いできてんの? 正直不思議でならないんだけど」
「友達、って言っていいのかな? 私は友達だって思ってるんだけど……」
足を組んで首を傾げている彩未だが、すぐに解かれた。
「姫香ちゃん……顔を合わせる度に、大体嫌そうな目を向けてくるからなぁ~」
自宅マンションから整備工場はそこまで離れていないので、すぐに到着してしまう。
リモコンでシャッターを上げ、車を中へと乗り入れさせてからエンジンを停める睦月。
それを合図にして、二人は揃って降車した。
「じゃあ行こっか、」
「……ああ、ちょっと待ってくれ」
どうせ後で姫香にも伝えることだが、彩未には伝える暇もなく解散する可能性もある。だから今の内に伝えようと、睦月は戻る前に話し掛けた。
「ん? どうかした? 言っとくけど、エッチなことなら今度に、」
「……仕事の話だ、『ブギーマン』」
彩未の発言を遮った睦月は、『ブギーマン』への依頼を手短に済ませようとした。
「ちょっと、調べて欲しいことがあってな……」
「お待たせ……姫香、由希奈をいじめてないよなっ!?」
「睦月さんっ!?」
……返事は下段蹴りだった。
「ご、ぁ…………」
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない? いつものことだし」
睦月の傍にしゃがみ込んで、心配そうな眼差しを向ける由希奈に、彩未は『大丈夫』だと声を掛けてから、姫香の元へと歩み寄った。
「ほら、急いで戻らないと……先行ってるからね~」
「行く、って、すぐ……そこじゃねぇか」
ざっと見た限り、特に痛めつけられた様子のない由希奈に安堵した彩未は姫香と共に、先にワゴン車の傍へと向かった。
(……ま、立ち位置的には一応、先輩だしね)
もしかしたら、彩未に呼び出されることも見越しての下段蹴りだったかもしれないが、恐らくは考え過ぎだろう。
ワゴン車の陰に入った彩未は、姫香の方を向きながら、腕を組んだ。
「姫香ちゃん、あんまりいじめないであげてね? 由希奈ちゃん、ただでさえ人付き合いが苦手なんだから……」
異常な環境下で育った睦月達とは違い、由希奈は一般的な生活を送っていたのだ。そのせいか、少し自分に対して自信がなく……精神的に甘さが残っているようにも思える。
今回の件が由希奈にとっていいきっかけになったのかもしれないが、どう影響するかまでは分からない。かつて、似たような甘さを持っていた彩未だからこそ、少し心配になっているのだ。
そんな状況で、姫香が余計なことをしないようにと、釘を刺そうと思っていた彩未だったが……
「アタッ!?」
……目にも留まらぬ早さで、デコピンを返されてしまった。
「っう~……」
若干涙目になりながら額を抑えてしゃがみ込む彩未に、今度は姫香が腕を組んで見下ろしてくる。溜息を吐くように口を開け、
「……いちいち下らないこと気にしてんじゃないわよ、彩未」
そう言い捨てた緘黙症の少女は、睦月達の方へと意識を向けたらしく、もう用がないとばかりに、彩未から視線を外していた……
「まったく、二人して……人を何だと思ってるのよ」
日頃の行いが、とツッコみたくなる彩未だったが、足音が近付いてくるので、仕方なく口を噤むことにした。
――Case No.003 has completed.
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる