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045 アルバイト・コンサルティング
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長期休暇が明けてから、そろそろ一ヶ月が経とうとしている。
睦月はいつも通りに姫香と暮らし、彩未や弥生が家に(アポなし)訪問する日々を過ごしていた。そして今日は梅雨の時期に差し掛かっているからか、朝から雨が降っている。
そんな日に限って高校の登校日であり、放課後に至ってはさらに雨足が強くなっていた。だからというわけでもないが、急いで帰る理由のない睦月は、『話がある』と由希奈に誘われるまま、以前二人で来た喫茶店に再び来店していた。
そして、その理由が……
「…………バイト?」
「はい……」
……アルバイトの相談だった。
睦月はコーヒーカップを傾けながら、向かいの席に腰掛ける由希奈から聞いた話を、脳内で纏めていく。
(バイト、ね……)
まだ体幹が安定しきれていないとはいえ、もう十分に常人と同等の運動能力を発揮できるようにはなっているらしい。今日も教室内でほとんど動かなかったとはいえ、移動に杖を活用する様子はなかった程だ。
「ちょっとしたポジティブシンキング、ってわけじゃないですけれど……一度も働いたことがないので、今の内に自分の力でお金を稼ごうと思ったんです」
「ふぅん。そうか……長期か?」
「あ、いえ……まずは短期からで」
「短期か……」
比較対象がなければ、自分の職場が好条件か悪条件かも、分からない。そのまま長く働いてしまえば、それだけ時間を無駄にすることも、あり得ない話ではなかった。
だから、初めてのアルバイトで短期を選ぶのは、睦月も賛成だった。長期で最初に外れを引いてしまえば、自分が『悪条件で働いている』と気付くのに遅れることもあるのだから。
「短期でのバイトなら探せばあるだろうし……人間関係拗れやすい縁故採用でも、長期じゃないなら、特に問題ないな。何か、希望とかはあるか?」
「希望、ですか……?」
睦月からの問い掛けに、由希奈は少しだけ首を傾げた。どうやら、そこまで深くは考えていなかったらしい。
「……いえ、特には考えていませんでした」
「特になし、か……」
どうしたものかと、睦月は頭を悩ませた。
ほんの数日程度の短期バイトであれば、睦月のコネだけでも、いくつかは紹介できる。しかし、その紹介できるもの全てか、簡単なものだけとは限らない。
特に睦月の場合、紹介できるとすれば必然的に運送系、もしくはその系列の職場環境だけとなってくる。
物流センターでの仕分けとかであれば、まだ簡単な方だ。というより……それ以外のほとんどが、特殊免許が必要なものか、単純な体力仕事で占められている。無論、その残りは『裏社会』の仕事であることは言うまでもないが。
「ちなみに……特技や資格は?」
「元運動部で、体力には自信があります」
「杖取れたばかりで、無茶言うなよ……」
思わずツッコむものの、こればかりは仕方がないかと、睦月は天井を仰いだ。
(何かないものか……)
物流センター関連で流れ作業のバイトがないか探してみて、なければ他の人間、たとえば顔の広い洋一とかに頼れば何とかなる。商店街内でのバイトで和音を頼るという手もあるが、それで情報料をせしめられては意味がない。
仰いでいた顔を降ろした睦月は、再び由希奈を見つめた。纏めた考えを伝え、今後の方針を提案しようと……
「……あ、悪い」
「いえ、大丈夫です」
……したが、一台のスマホが突如、着信を告げてきた。
それが睦月のスマホだったので、立ち上がってから一度由希奈に向けて拝み手を作り、そのまま席を外した。
「にしても、誰だ……?」
電話番号は表示されているが、登録されたものではない。
以前月偉が電話してきたように、睦月が知らない内に連絡先を押さえられた可能性もある。知り合いならまだいいが、もし赤の他人だとすれば、番号を変えた方がいいかもしれない。
店先に出た睦月は、スマホを通話状態にした。
「…………」
様子見として一言も発さず、ただ相手からの応答を待つ。
『Hallo!』
そして聞こえてきた言葉は、日本語ではなかった。英語に近いが、発音が完全に異なっている。別の言語と考えるべきだろう。
『……Guten Tag?』
続いて聞こえてきた言葉で、ようやく相手がドイツ語を話していることを理解した睦月は……そのまま日本語で返した。
「悪いが、ドイツ語は話せないんだ。日本語が駄目なら、せめて英語か、中国語か、ロシア語で話してくれ」
社会の表裏を問わず、日本人以外を相手にして仕事をする機会は多い。なので睦月もまた、英語をはじめとした四ヶ国語を巧みに使いこなすことができた。会話だけでいいのなら、韓国語も話すことができる。
ただ……あまり関わりを持つことのない欧州連合方面の言語を習得していないので、ドイツ語には明るくなかったが。
だからこその返答だが、もしドイツ語が続くようであれば電話を切ろうと、睦月は相手の出方を待った。が、その心配は杞憂に終わる。
『Ja? ……ああ、悪い悪い。普段ドイツ語だから、日本語忘れかけてた』
「切る前に思い出してくれて良かったよ……というか、電話してくる前に思い出せよな」
そこで睦月はようやく、電話の相手が誰なのかを思い出すことができた。
『俺だよ、俺……英治だ』
「やっぱりお前か……」
相手は睦月の昔馴染みの一人、水無瀬英治だった。
『久し振りだな、睦月』
「……ああ、そうだな」
中学卒業と同時に、親戚の伝手を辿ってドイツに渡ったと聞いていたので、こうして声を聴くのは久し振りになる。それこそ、月偉よりも期間が空いてしまっていた。
「急にどうしたんだよ? というか……日本に帰って来てたのか?」
国際電話からの通話は、電話番号が表示されない場合がある。しかし、ドイツに住んでいるはずの昔馴染みからの着信には、見覚えのない番号が表示されていた。
だから日本に戻ってきたと、睦月は考えたのだが……
『ああ、そうだ。と言っても……また一度、向こうに戻るけどな』
「それはどういう……って、ちょっと待て。もしかして長話か?」
用事もなく家に居るのならともかく、今は由希奈と一緒に喫茶店に居るのだ。あまり長い時間、電話に費やすわけにはいかない。
『ああ、そうだな……今が無理なら、後で時間作ってくれないか? 今日中だったら、いつでも大丈夫だから』
「分かった。他に急ぎの用事はあるか?」
ただ電話をするだけであれば、それでいい。だが相手は、今まで音信不通だった面倒臭い地元の昔馴染み、しかも前触れなしの電話とくれば……ほぼ確実に、用件は厄介事だ。
『ああ……先に何人か、人員を見繕っといてくれないか?』
しかし、英治から返されたのは、少し暢気な要求だった。
『俺が仕事している間、連れに首都観光させてやりたくてな。睦月の方で観光案内と護衛、できればドイツ語の通訳も用意してくれれば助かる』
「護衛と通訳なら、当てはあるが……」
うろ覚えではあるものの、たしか姫香はドイツ語を話せたはずだ。何より、護衛としては申し分ない。ただ観光に関しては、睦月共々、首都に向かうこと自体がほとんどなかった。
その辺りは少し、考えなければならないが……
「……いや、ちょっと待て」
そこでふと、睦月は背後の店内を……未だに席で待つ、相談相手のことを思い出した。
「最低限には、何とかなりそうだ。他にも声を掛けておくよ」
それに、と言葉を続ける睦月。
「護衛がいるってことは……面倒事なんだろう?」
確認の為の問い掛け、それに電話の向こうにいる英治は『ああ』と、睦月に答えた。
「俺の方は、な。あ、それと―――――」
そして言い終えると一言、『じゃあ、折り返し待ってるから』と残した後で、電話は途切れてしまった。
「……何してるの?」
「お仕事」
帰宅直後。部屋に入った菜水の目に映り込んできたのは、仕事用も兼ねて買い揃えていた旅行雑誌を何冊も取り出し、真剣に読み進めている妹の姿だった。
「お仕事、って……」
「今日、睦月さんにアルバイトの相談をしたの」
視線を雑誌から離さないまま、由希奈は事情を説明してくる。
「そうしたら今日、『首都の案内を頼まれたから、観光計画を立ててくれないか?』って頼まれたの。睦月さんのお友達の、お連れの人が観光するからって」
「睦月君のお友達、ねぇ……」
部屋着に着替えながら、菜水は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
「また、卯都木月偉みたいな人なの?」
「睦月さんは『違う』、って言ってたよ」
とはいえ、由希奈自身も直接知っているわけではないのだろう。ようやく上げた顔には、困惑の表情が浮かんでいた。
「中学を卒業してすぐ、ドイツに引っ越した人なんだって。昔馴染みの中では『まだ馬が合う方』だって言ってたから、多分大丈夫だと思う、け、ど……」
そしてその根拠のない自信に対して、菜水は視線を鋭くして戒めた。
「もっと、人を疑うことを覚えなさい……騙されるのは私だけで十分でしょう?」
「……はい」
その件で睦月達と揉めてから、まだ一月程しか経っていない。
妹の友達付き合いを認めているとはいえ……できれば、あまり深く関わって欲しくないのが、姉心だった。
「それで、仕事は計画を立てるだけなの?」
「うん……『それだけでいい』、って言ってたよ」
(本当にそうなら、いいけど……)
少なくとも、犯罪に加担させるどころか、直接仕事に関わらせるようなことはしていないので、菜水は目を瞑ることにした。一人立ちも兼ねて、妹が人生初のアルバイトに挑もうとしているのだ。ならば今回は、由希奈の好きにさせてあげようと心の中で決める。
……しかし、仕事の出来栄えに関しては、話が別だ。
「ところで由希奈、一つ聞いてもいい?」
「何?」
着替え終え、近くに歩み寄ってきた菜水を、由希奈は静かに見上げてくる。そんな、少し空回りしかけている妹に対して、姉は積み重なっている雑誌の山を指差して問い掛けた。
「一体首都のどこをいくつ、案内する気なの?」
「え…………あっ!?」
そこでようやく、気付いたらしい。
由希奈の行動は、ただ闇雲に観光名所をリスト化しているだけで……纏まりがまったくないことに。
「ああ……それなら、日本文化が分かりやすい場所を中心に頼む。相手は日本が初めての外国人らしいからな。他に希望があるかは、後で聞いてみるよ」
また連絡する、と言った後で、睦月は由希奈からの通話を切った。
今は自宅のマンションではなく、仕事道具の詰まった整備工場に居た。
久し振りに電話してきた英治からの依頼について、状況を整理する意味もあるが……もう一つ、やるべきことがあったからだ。
スマホを置くと、丁度姫香が事務室から出てきた。
「どうだった?」
睦月からの問い掛けに、姫香は左手の指で筒を作り出す。
そして右掌を上に向けてから、そのまま蓋をするように、左手の筒に被せてきた。
「【補充】」
「やっぱりか……」
普段から、睦月達は銃に頼る方ではない。それでも、使う時は必ず銃弾を消費する。それに銃器もまた、予備の部品を用意する必要があるだろう。
「郁哉との戦闘で使ったばかりだっていうのに……出費が痛い」
今回もまた、自動拳銃に頼らざるを得ない可能性がある。
しかしあの機関拳銃は、使えば必ず銃弾を大量に消費する。しかも小口径高速弾はかなりの値が張り、通常使われることの多い9mm口径の自動拳銃弾の二、三倍は掛かってしまう。
「……ま、仕方ないか」
それでも、経費を惜しんで命を失くしてしまうよりはましだ。
「姫香、発注するから注文票作っておいてくれ。特に小口径高速弾は多めに頼む」
姫香は頷くと再び事務室に、銃器類をはじめとした武器が納められている床下の隠し扉に向かっていった。少女が銃弾の在庫を確認している間に、睦月は再びスマホを手に取り、そのままリダイヤルを掛ける。
『……よう、遅かったな』
「悪い。こっちも在庫の確認とか、やることがあってな……」
手元にメモ用紙を挟んだバインダーを用意して、睦月は早速用件へと入った。
「じゃあ、根本的な質問だ……依頼内容は?」
最悪、詳細を理解する為に、途中で電話を切ってメッセージアプリを活用することも、睦月は辞さないつもりだった。
帰宅と同時に確認した限り、姫香がドイツ語も話せることが分かり、内心で思わず安堵した。良くも悪くも、施設で仕込まれていたのだろう。これで当てが外れていたら、余計な手間暇が掛かってしまうところだった。
そして観光案内の計画も、由希奈に頼んであるので問題ない。
護衛と通訳は姫香が、観光計画は由希奈が担当するとして……残るは他に、どれだけの人員が必要になるのか、だ。
(特に厄介なのが……)
英治からの電話で、最後に言い残した言葉が一番の問題だった。
『それと、昔馴染み達には声を掛けるなよ。弥生にはもう声掛けてるけど、そっちには別件頼む予定だし』
(本当……何考えてんだか)
久し振りに連絡を寄越してきた昔馴染みに呆れつつも、彼が告げる依頼内容に、睦月はじっ、と耳を傾けた。
睦月はいつも通りに姫香と暮らし、彩未や弥生が家に(アポなし)訪問する日々を過ごしていた。そして今日は梅雨の時期に差し掛かっているからか、朝から雨が降っている。
そんな日に限って高校の登校日であり、放課後に至ってはさらに雨足が強くなっていた。だからというわけでもないが、急いで帰る理由のない睦月は、『話がある』と由希奈に誘われるまま、以前二人で来た喫茶店に再び来店していた。
そして、その理由が……
「…………バイト?」
「はい……」
……アルバイトの相談だった。
睦月はコーヒーカップを傾けながら、向かいの席に腰掛ける由希奈から聞いた話を、脳内で纏めていく。
(バイト、ね……)
まだ体幹が安定しきれていないとはいえ、もう十分に常人と同等の運動能力を発揮できるようにはなっているらしい。今日も教室内でほとんど動かなかったとはいえ、移動に杖を活用する様子はなかった程だ。
「ちょっとしたポジティブシンキング、ってわけじゃないですけれど……一度も働いたことがないので、今の内に自分の力でお金を稼ごうと思ったんです」
「ふぅん。そうか……長期か?」
「あ、いえ……まずは短期からで」
「短期か……」
比較対象がなければ、自分の職場が好条件か悪条件かも、分からない。そのまま長く働いてしまえば、それだけ時間を無駄にすることも、あり得ない話ではなかった。
だから、初めてのアルバイトで短期を選ぶのは、睦月も賛成だった。長期で最初に外れを引いてしまえば、自分が『悪条件で働いている』と気付くのに遅れることもあるのだから。
「短期でのバイトなら探せばあるだろうし……人間関係拗れやすい縁故採用でも、長期じゃないなら、特に問題ないな。何か、希望とかはあるか?」
「希望、ですか……?」
睦月からの問い掛けに、由希奈は少しだけ首を傾げた。どうやら、そこまで深くは考えていなかったらしい。
「……いえ、特には考えていませんでした」
「特になし、か……」
どうしたものかと、睦月は頭を悩ませた。
ほんの数日程度の短期バイトであれば、睦月のコネだけでも、いくつかは紹介できる。しかし、その紹介できるもの全てか、簡単なものだけとは限らない。
特に睦月の場合、紹介できるとすれば必然的に運送系、もしくはその系列の職場環境だけとなってくる。
物流センターでの仕分けとかであれば、まだ簡単な方だ。というより……それ以外のほとんどが、特殊免許が必要なものか、単純な体力仕事で占められている。無論、その残りは『裏社会』の仕事であることは言うまでもないが。
「ちなみに……特技や資格は?」
「元運動部で、体力には自信があります」
「杖取れたばかりで、無茶言うなよ……」
思わずツッコむものの、こればかりは仕方がないかと、睦月は天井を仰いだ。
(何かないものか……)
物流センター関連で流れ作業のバイトがないか探してみて、なければ他の人間、たとえば顔の広い洋一とかに頼れば何とかなる。商店街内でのバイトで和音を頼るという手もあるが、それで情報料をせしめられては意味がない。
仰いでいた顔を降ろした睦月は、再び由希奈を見つめた。纏めた考えを伝え、今後の方針を提案しようと……
「……あ、悪い」
「いえ、大丈夫です」
……したが、一台のスマホが突如、着信を告げてきた。
それが睦月のスマホだったので、立ち上がってから一度由希奈に向けて拝み手を作り、そのまま席を外した。
「にしても、誰だ……?」
電話番号は表示されているが、登録されたものではない。
以前月偉が電話してきたように、睦月が知らない内に連絡先を押さえられた可能性もある。知り合いならまだいいが、もし赤の他人だとすれば、番号を変えた方がいいかもしれない。
店先に出た睦月は、スマホを通話状態にした。
「…………」
様子見として一言も発さず、ただ相手からの応答を待つ。
『Hallo!』
そして聞こえてきた言葉は、日本語ではなかった。英語に近いが、発音が完全に異なっている。別の言語と考えるべきだろう。
『……Guten Tag?』
続いて聞こえてきた言葉で、ようやく相手がドイツ語を話していることを理解した睦月は……そのまま日本語で返した。
「悪いが、ドイツ語は話せないんだ。日本語が駄目なら、せめて英語か、中国語か、ロシア語で話してくれ」
社会の表裏を問わず、日本人以外を相手にして仕事をする機会は多い。なので睦月もまた、英語をはじめとした四ヶ国語を巧みに使いこなすことができた。会話だけでいいのなら、韓国語も話すことができる。
ただ……あまり関わりを持つことのない欧州連合方面の言語を習得していないので、ドイツ語には明るくなかったが。
だからこその返答だが、もしドイツ語が続くようであれば電話を切ろうと、睦月は相手の出方を待った。が、その心配は杞憂に終わる。
『Ja? ……ああ、悪い悪い。普段ドイツ語だから、日本語忘れかけてた』
「切る前に思い出してくれて良かったよ……というか、電話してくる前に思い出せよな」
そこで睦月はようやく、電話の相手が誰なのかを思い出すことができた。
『俺だよ、俺……英治だ』
「やっぱりお前か……」
相手は睦月の昔馴染みの一人、水無瀬英治だった。
『久し振りだな、睦月』
「……ああ、そうだな」
中学卒業と同時に、親戚の伝手を辿ってドイツに渡ったと聞いていたので、こうして声を聴くのは久し振りになる。それこそ、月偉よりも期間が空いてしまっていた。
「急にどうしたんだよ? というか……日本に帰って来てたのか?」
国際電話からの通話は、電話番号が表示されない場合がある。しかし、ドイツに住んでいるはずの昔馴染みからの着信には、見覚えのない番号が表示されていた。
だから日本に戻ってきたと、睦月は考えたのだが……
『ああ、そうだ。と言っても……また一度、向こうに戻るけどな』
「それはどういう……って、ちょっと待て。もしかして長話か?」
用事もなく家に居るのならともかく、今は由希奈と一緒に喫茶店に居るのだ。あまり長い時間、電話に費やすわけにはいかない。
『ああ、そうだな……今が無理なら、後で時間作ってくれないか? 今日中だったら、いつでも大丈夫だから』
「分かった。他に急ぎの用事はあるか?」
ただ電話をするだけであれば、それでいい。だが相手は、今まで音信不通だった面倒臭い地元の昔馴染み、しかも前触れなしの電話とくれば……ほぼ確実に、用件は厄介事だ。
『ああ……先に何人か、人員を見繕っといてくれないか?』
しかし、英治から返されたのは、少し暢気な要求だった。
『俺が仕事している間、連れに首都観光させてやりたくてな。睦月の方で観光案内と護衛、できればドイツ語の通訳も用意してくれれば助かる』
「護衛と通訳なら、当てはあるが……」
うろ覚えではあるものの、たしか姫香はドイツ語を話せたはずだ。何より、護衛としては申し分ない。ただ観光に関しては、睦月共々、首都に向かうこと自体がほとんどなかった。
その辺りは少し、考えなければならないが……
「……いや、ちょっと待て」
そこでふと、睦月は背後の店内を……未だに席で待つ、相談相手のことを思い出した。
「最低限には、何とかなりそうだ。他にも声を掛けておくよ」
それに、と言葉を続ける睦月。
「護衛がいるってことは……面倒事なんだろう?」
確認の為の問い掛け、それに電話の向こうにいる英治は『ああ』と、睦月に答えた。
「俺の方は、な。あ、それと―――――」
そして言い終えると一言、『じゃあ、折り返し待ってるから』と残した後で、電話は途切れてしまった。
「……何してるの?」
「お仕事」
帰宅直後。部屋に入った菜水の目に映り込んできたのは、仕事用も兼ねて買い揃えていた旅行雑誌を何冊も取り出し、真剣に読み進めている妹の姿だった。
「お仕事、って……」
「今日、睦月さんにアルバイトの相談をしたの」
視線を雑誌から離さないまま、由希奈は事情を説明してくる。
「そうしたら今日、『首都の案内を頼まれたから、観光計画を立ててくれないか?』って頼まれたの。睦月さんのお友達の、お連れの人が観光するからって」
「睦月君のお友達、ねぇ……」
部屋着に着替えながら、菜水は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
「また、卯都木月偉みたいな人なの?」
「睦月さんは『違う』、って言ってたよ」
とはいえ、由希奈自身も直接知っているわけではないのだろう。ようやく上げた顔には、困惑の表情が浮かんでいた。
「中学を卒業してすぐ、ドイツに引っ越した人なんだって。昔馴染みの中では『まだ馬が合う方』だって言ってたから、多分大丈夫だと思う、け、ど……」
そしてその根拠のない自信に対して、菜水は視線を鋭くして戒めた。
「もっと、人を疑うことを覚えなさい……騙されるのは私だけで十分でしょう?」
「……はい」
その件で睦月達と揉めてから、まだ一月程しか経っていない。
妹の友達付き合いを認めているとはいえ……できれば、あまり深く関わって欲しくないのが、姉心だった。
「それで、仕事は計画を立てるだけなの?」
「うん……『それだけでいい』、って言ってたよ」
(本当にそうなら、いいけど……)
少なくとも、犯罪に加担させるどころか、直接仕事に関わらせるようなことはしていないので、菜水は目を瞑ることにした。一人立ちも兼ねて、妹が人生初のアルバイトに挑もうとしているのだ。ならば今回は、由希奈の好きにさせてあげようと心の中で決める。
……しかし、仕事の出来栄えに関しては、話が別だ。
「ところで由希奈、一つ聞いてもいい?」
「何?」
着替え終え、近くに歩み寄ってきた菜水を、由希奈は静かに見上げてくる。そんな、少し空回りしかけている妹に対して、姉は積み重なっている雑誌の山を指差して問い掛けた。
「一体首都のどこをいくつ、案内する気なの?」
「え…………あっ!?」
そこでようやく、気付いたらしい。
由希奈の行動は、ただ闇雲に観光名所をリスト化しているだけで……纏まりがまったくないことに。
「ああ……それなら、日本文化が分かりやすい場所を中心に頼む。相手は日本が初めての外国人らしいからな。他に希望があるかは、後で聞いてみるよ」
また連絡する、と言った後で、睦月は由希奈からの通話を切った。
今は自宅のマンションではなく、仕事道具の詰まった整備工場に居た。
久し振りに電話してきた英治からの依頼について、状況を整理する意味もあるが……もう一つ、やるべきことがあったからだ。
スマホを置くと、丁度姫香が事務室から出てきた。
「どうだった?」
睦月からの問い掛けに、姫香は左手の指で筒を作り出す。
そして右掌を上に向けてから、そのまま蓋をするように、左手の筒に被せてきた。
「【補充】」
「やっぱりか……」
普段から、睦月達は銃に頼る方ではない。それでも、使う時は必ず銃弾を消費する。それに銃器もまた、予備の部品を用意する必要があるだろう。
「郁哉との戦闘で使ったばかりだっていうのに……出費が痛い」
今回もまた、自動拳銃に頼らざるを得ない可能性がある。
しかしあの機関拳銃は、使えば必ず銃弾を大量に消費する。しかも小口径高速弾はかなりの値が張り、通常使われることの多い9mm口径の自動拳銃弾の二、三倍は掛かってしまう。
「……ま、仕方ないか」
それでも、経費を惜しんで命を失くしてしまうよりはましだ。
「姫香、発注するから注文票作っておいてくれ。特に小口径高速弾は多めに頼む」
姫香は頷くと再び事務室に、銃器類をはじめとした武器が納められている床下の隠し扉に向かっていった。少女が銃弾の在庫を確認している間に、睦月は再びスマホを手に取り、そのままリダイヤルを掛ける。
『……よう、遅かったな』
「悪い。こっちも在庫の確認とか、やることがあってな……」
手元にメモ用紙を挟んだバインダーを用意して、睦月は早速用件へと入った。
「じゃあ、根本的な質問だ……依頼内容は?」
最悪、詳細を理解する為に、途中で電話を切ってメッセージアプリを活用することも、睦月は辞さないつもりだった。
帰宅と同時に確認した限り、姫香がドイツ語も話せることが分かり、内心で思わず安堵した。良くも悪くも、施設で仕込まれていたのだろう。これで当てが外れていたら、余計な手間暇が掛かってしまうところだった。
そして観光案内の計画も、由希奈に頼んであるので問題ない。
護衛と通訳は姫香が、観光計画は由希奈が担当するとして……残るは他に、どれだけの人員が必要になるのか、だ。
(特に厄介なのが……)
英治からの電話で、最後に言い残した言葉が一番の問題だった。
『それと、昔馴染み達には声を掛けるなよ。弥生にはもう声掛けてるけど、そっちには別件頼む予定だし』
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※特別編7が完結しました!(2026.1.29)
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