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046 物資調達とそのついで
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「さて、と……今日の予定を確認するか」
通信制高校に通う最大の利点は『仕事と学生が両立できる』ことだった。睦月と姫香は平日の朝から、整備工場に停めてある仕事用の国産スポーツカーに乗り込んでいく。
……より正確に言えば、半分徹夜して依頼の精査と在庫の確認を片付け、残り時間で二人よろしくやってから仮眠した結果、完全なる寝不足となってしまっていただけなのだが。おまけに、未だに眠気が払えていないので、そのままマンションに帰りたくなってきている。
しかし、そこは悲しきかな仕事人。納期を守って成果を出せなければ、明日の食事も満足に摂ることができない。
ゆえに、睦月は休憩室兼仮眠室に残っていたガムを齧りながら、同じく助手席で寝ぼけ眼のまま、スマホを操作している姫香との打ち合わせを始めた。
「まず始めに、いつもの商人を通して武器類の発注をする。注文票は?」
運転席にあるハンドルの前に、一枚の紙が差し出される。注文票を受け取った睦月は、姫香の作成した内容を確認し、問題ないと判断してから返した。
「よし。姫香、途中で降ろすから注文してきてくれ。俺はその間に……」
英治に会う。
その言葉を続けるよりも早く、姫香から自動拳銃を含めた武器類が入っている鞄を差し出された。
「本当、俺の小物感も筋金入りだよな……」
ポンポン、と姫香に肩を叩かれながら、睦月は口の中に入れていたガムを吐き出した。
……唯一かもしれない救いは、雨が止んだことだけだった。
依頼内容は単純な、荷物の一時預かりとその配送だった。おまけの注文もあったとはいえ、ただの荷物であれば、わざわざ昔馴染みに声を掛ける必要なんてない。公私混同して、友人割りなんて期待する方が社会人として間違っている。裏社会の住人ならばなおさらだ。
つまり、内容は……確実に非合法な品だった。
「麻薬じゃねえだろうな……」
昨日、二度の電話をした限りでは、中学卒業の頃から大きく変わった様子はなかった。
だから依頼通りであれば、睦月が英治から預かるのは武器の入ったケースのはずだ。そうだと思いたい気持ちはあるものの、内心の不安が完全に拭えることはない。
「……なんて、ぼやいていても仕方ないか」
姫香を降ろし、車を走らせて三十分もしない場所で一度、睦月は車を停めた。
英治との待ち合わせ場所は、ここからあまり離れていない。
それでも一息に向かわなかったのは……鞄から、自動拳銃を取り出す為だった。
「英治の奴、変わってないといいけど……」
程度は違えど、人は簡単に変わる。
たしかに変わらない部分もあるだろうが、目的の為であれば、人はいくらでも仮面を被れる。現に、切っ掛け一つで分厚い仮面を覆う羽目になった人間が、睦月の身近に一人いた。
今のところ、睦月が英治に狙われる理由はない。だが、利用されない理由もなかった。
だからこそ、常に最悪の事態を想定しなければならない。たとえ英治から直接的な敵意を抱かれていなくても……睦月を恨む人間は、必ずしもゼロではないのだから。
「……こんなもんか」
銃弾を詰め終えた弾倉を自動拳銃に装填し、肩掛けのホルスターに差し込んだ。残りの銃にも弾を込め、姫香の温もりも消えた助手席の上に、ウエストホルスターごと載せる。
最悪の場合に陥っても、銃弾をばら撒きながら逃げ出す準備はできた。
「よし、行くか」
再びエンジンを掛け、睦月は英治との待ち合わせ場所に向けて、車を走らせていく。
目的地は皮肉にも、以前姫香が彩未を連行してきた、工場地帯と海岸線に挟まれた場所にある公園だった。
平日の朝方でほんの数時間前まで、雨が降っていた。おまけに普段から人の出入りのない静かな公園なので、密会には程よく適している。目的の人物は駐車場の端に、ジュラルミンのケースの一つに腰を降ろした状態で、すでに待っていた。
睦月もまた車を停め、運転席から降りて手を上げる。
「……英治か?」
「ああ、そうだよ……久し振りだな」
睦月にそう返した英治は立ち上がり、腰掛けにしていたケースともう一つ小さいものをそれぞれ手に持つと、ゆっくりと近寄って来た。
しかし、完全には近付かず、その少し手前で足を止めてしまう。
睦月と英治の間には、未だに明確な距離がある。
……銃を抜いて発砲する上で遠くも近くもない、有効射程距離内を挟み、二人は向かい合った。
「とりあえず聞きたいんだが……お前一人か?」
「ああ……連れの方がついてきたがってたんだが、無理矢理向こうに置いてきた」
本当に手が掛かったとばかりに、その場にケースを置いた英治は身体を起こし、同時に呆れた表情を浮かべていた。彼が羽織っている薄手の黒いコートも、その動きに合わせて揺らめいている。
「じゃ、預ける荷物の確認といきますか……この辺カメラとかは?」
「敷地内なら問題ない。人の気配も……今なら大丈夫そうだな」
「ああ。先に見て回ったが、今の内なら問題ない……そっちは銃、抜いとくか?」
「……もういい、大丈夫だ」
信頼半分、睦月の気付かない範囲に狙撃手がいる可能性への疑い半分、という具合で、銃を抜く選択肢を外した。
狙撃手がいるのなら、銃なんて抜く暇はない。最悪の場合は諦めて死ぬか、そのまま車に逃げ込めばいいと考えた上で。
「……開けてくれ」
「分かった。お前に預かって欲しいのはこのケース二つで、中身は……見ての通りだ」
不揃いの細長い、ジュラルミンのケースがそれぞれ開けられる。英治が睦月に見せつけてきたのは全て、依頼通りの銃器類だった。
一つ目のケースの中には狙撃銃が一丁と大小一丁ずつの自動拳銃。そしてもう一つの小さい方には見たこともない、おそらくは自動拳銃と同じ特注品だろう、回転式拳銃が一丁仕舞われている。他に見えるのは弾倉や発射音抑制器、狙撃用スコープをはじめとした銃の付属品のみ。
「銃弾はないんだな……」
「だからお前に頼んだんだよ。にしても……」
二つのケースの蓋を閉じた英治は、再び鍵を掛けながらぼやく。
「やっぱり反銃社会だな。できれば日本に来る前に、補充しときたかったんだけどさ……」
「当たり前だろう」
一先ず、危険はなさそうだと判断した睦月は自身の車にもたれかかってから、呆れたように腕を組んだ。
「……で、どんな理由で反銃社会の故郷に出戻ってきたんだよ。言っとくが地元は、とっくに廃村になってるぞ?」
「ああ、とうとう廃村になったのか……」
いずれ廃村になる上に、どうせ引っ越すならと日本を出た英治ではあったものの、それでも訪れた結果に対しては、思うところがあったらしい。ケースに錠を掛けて鍵を懐に仕舞う間も、その眼は微かに細められている様子が、睦月の目にも見えた。
「……ま、その話は今度だ」
少し名残惜し気に、英治はケースの傍から一歩下がった。
「大きいのは電話で話した通り、連れの方に届けてくれ。鍵は俺が持っているから、壊さない限りは大丈夫だ」
「その連れは、予備の鍵を持っていないのか?」
「あったけどすりかえた。今はこっちのケースに仕込んでる」
車から起き上がり、睦月は二つのケースへと近付いた。それに合わせて同じ歩数分、英治も遠ざかっていく。
「それで、小さい方と銃弾を、指定の時間と場所に届ければいいんだな?」
「ああ、それでいい」
ケースを一瞥する睦月。見かけの材質はアルミニウム合金だが、おそらくは一般に流通しているものよりも頑強なはずだ。そこらの安物に大切な銃器を預けられる程、日本の警察も甘くはない。
「詳しい指定はまた連絡する。他には?」
「他には? そうだな……」
そこでようやく、睦月の手が持ちあがり……肩掛けのホルスターに差し込んだ自動拳銃の銃把を握り込んだ。
「…………弥生に何を頼んだ?」
二人の間から、静けさが消えていく。
たとえ武器を預けてこようとも、それで相手に武装がないという証明にはならない。
「やっぱり心配か? お兄ちゃ、」
一瞬、英治の言葉が途切れる。
「……悪い。茶化し過ぎた」
間髪入れず、睦月はホルスターから自動拳銃を抜き、その銃口を英治へと向けていた。
引き金に指は掛かっていないものの、それも次の言葉次第だ。
「簡潔に話せ。細かい部分は都度聞く」
「分かってるよ……話は単純だ」
すでに、ケースは睦月の足元にある。英治が服の内側に防弾用の装備を身に着けていたとしても、狙っているのは自動拳銃が蓄えている5.7mmの小口径高速弾。郁哉の時と同様に回避される可能性もあるが、この距離で自動連射で発砲すれば、確実に致命傷へとつなげられる。
だからかどうかは分からないが、英治は銃口を向けられたまま、話を続けた。
「ある殺し屋が弥生を狙っている……俺の目的はそいつだ」
「っ!?」
無意識に、指が引き金へと近付こうとしていた。
それ程までに、英治の放つ気配が鋭くなったからだ。もし殺気というものが可視化できるのであれば、銃口が自身に向けられている幻覚を見ていたかもしれない。
少し、睦月の中で焦りが生まれようとしている。
(ふぅ…………落ち着け)
生まれかけた焦りを振り払いつつ、ゆっくりと指を元の位置に戻しながら、睦月は顎を振って続きを促した。
「俺の連れの家族が、そいつに殺された。で、足取りを追っていたら……何故か、次の標的が弥生だったんだよ」
「ああ……」
英治の話に、睦月はどこか、納得してしまっていた。今の弥生であれば、どこでどんな恨みを買っているか分かりはしない。
ただ……今の英治の話を聞き、睦月の中で何かが引っ掛かっている。
「その殺し屋の依頼人は?」
「そっちは弥生の婆さんが片付けてくれるってさ。俺は偽装した位置情報を相手に掴ませて……誘き寄せる」
それを聞いて、睦月は気付かれないように安堵する。
(少なくとも、弥生に危険はなさそうだな……)
一緒に銃口を降ろした睦月は軽く首を鳴らしながら、自動拳銃をホルスターに戻した。
「まあ、弥生だったら放っといても大丈夫だろうが……むしろ普通に、囮とかやりそうだよな」
「そっちは婆さんが止めてくれたよ。依頼人の件もあるから、一緒に当たるんだと。ただ……」
そして今度は英治が、軽く身体を解しながら聞いてくる。
「……何で弥生の奴、あんなに変わっちまってるんだ?」
英治がそういうのにも、理由がある。
「今じゃ頭のおかしい『爆弾魔』やってるとか、昔のあいつからは、全然想像できないんだけどさ……」
「ああ……お前が日本出てってから、色々あったんだよ」
本当に、色々なことが起きた。
「ここ最近だけでも……俺が親父から勘当喰らったり、月偉が楽ばっかりしてとっ捕まったり、どっかの馬鹿が暁連邦共和国に喧嘩売ってたり……」
「……ちょっと待ってくれ。色々とツッコミどころが多すぎる」
指折り数えながら、これまで起きたことを思い出していく睦月に、英治は掌を向けてストップをかけた。さすがに情報が多すぎて、脳の許容量を超えかけたらしい。
「帰りの時間もあるし、今はこれだけ教えてくれないか……なんであいつ、あそこまで人が変わったんだよ?」
「まあ、教えるのはいいんだけど……今それ重要か?」
「場合によってはな……」
もう腰掛けられる物がないので、英治はその場に腰を降ろしてしまった。話が長くなるとでも思っているのだろうか。
だから睦月は、軽く溜息を吐いてから提案した。
「……ケース片付けて、向こうのベンチに行かないか? ちょっと長いぞ」
「そうしてくれると非常に助かる……地面がまだ湿ってやがった」
もう警戒する必要もないだろう。さすがに武装を解く理由にはならないが、銃を抜かなくても良さそうだと、睦月は判断した。
持ち上げたケースを二つとも車の荷室に仕舞ってから、睦月は英治を伴って、公園の方へと歩き出した。
「ところで……車の中じゃ駄目なのか?」
「尻濡らした奴座らせたくないし……飲み物抜きで話したいか?」
「……それもそうだな」
途中にある自販機で飲み物を買ってから、二人はベンチへと向かうことにした。
「あれ? 奢ってくれるの?」
「昔、別れ際に賭けたろ? 『俺達の中で最初に死ぬか捕まるかするのは男か女か』って」
「相変わらず細かいな、お前……」
投げ渡された五百円玉を弄びながら、英治は昔馴染みが変わらずにいることを、どこか嬉しく感じていた。
「たく、月偉の奴め……」
ちなみに……睦月が女に賭けた理由は、『女性陣にガキ大将と泣き虫がいたから』だったりする。
通信制高校に通う最大の利点は『仕事と学生が両立できる』ことだった。睦月と姫香は平日の朝から、整備工場に停めてある仕事用の国産スポーツカーに乗り込んでいく。
……より正確に言えば、半分徹夜して依頼の精査と在庫の確認を片付け、残り時間で二人よろしくやってから仮眠した結果、完全なる寝不足となってしまっていただけなのだが。おまけに、未だに眠気が払えていないので、そのままマンションに帰りたくなってきている。
しかし、そこは悲しきかな仕事人。納期を守って成果を出せなければ、明日の食事も満足に摂ることができない。
ゆえに、睦月は休憩室兼仮眠室に残っていたガムを齧りながら、同じく助手席で寝ぼけ眼のまま、スマホを操作している姫香との打ち合わせを始めた。
「まず始めに、いつもの商人を通して武器類の発注をする。注文票は?」
運転席にあるハンドルの前に、一枚の紙が差し出される。注文票を受け取った睦月は、姫香の作成した内容を確認し、問題ないと判断してから返した。
「よし。姫香、途中で降ろすから注文してきてくれ。俺はその間に……」
英治に会う。
その言葉を続けるよりも早く、姫香から自動拳銃を含めた武器類が入っている鞄を差し出された。
「本当、俺の小物感も筋金入りだよな……」
ポンポン、と姫香に肩を叩かれながら、睦月は口の中に入れていたガムを吐き出した。
……唯一かもしれない救いは、雨が止んだことだけだった。
依頼内容は単純な、荷物の一時預かりとその配送だった。おまけの注文もあったとはいえ、ただの荷物であれば、わざわざ昔馴染みに声を掛ける必要なんてない。公私混同して、友人割りなんて期待する方が社会人として間違っている。裏社会の住人ならばなおさらだ。
つまり、内容は……確実に非合法な品だった。
「麻薬じゃねえだろうな……」
昨日、二度の電話をした限りでは、中学卒業の頃から大きく変わった様子はなかった。
だから依頼通りであれば、睦月が英治から預かるのは武器の入ったケースのはずだ。そうだと思いたい気持ちはあるものの、内心の不安が完全に拭えることはない。
「……なんて、ぼやいていても仕方ないか」
姫香を降ろし、車を走らせて三十分もしない場所で一度、睦月は車を停めた。
英治との待ち合わせ場所は、ここからあまり離れていない。
それでも一息に向かわなかったのは……鞄から、自動拳銃を取り出す為だった。
「英治の奴、変わってないといいけど……」
程度は違えど、人は簡単に変わる。
たしかに変わらない部分もあるだろうが、目的の為であれば、人はいくらでも仮面を被れる。現に、切っ掛け一つで分厚い仮面を覆う羽目になった人間が、睦月の身近に一人いた。
今のところ、睦月が英治に狙われる理由はない。だが、利用されない理由もなかった。
だからこそ、常に最悪の事態を想定しなければならない。たとえ英治から直接的な敵意を抱かれていなくても……睦月を恨む人間は、必ずしもゼロではないのだから。
「……こんなもんか」
銃弾を詰め終えた弾倉を自動拳銃に装填し、肩掛けのホルスターに差し込んだ。残りの銃にも弾を込め、姫香の温もりも消えた助手席の上に、ウエストホルスターごと載せる。
最悪の場合に陥っても、銃弾をばら撒きながら逃げ出す準備はできた。
「よし、行くか」
再びエンジンを掛け、睦月は英治との待ち合わせ場所に向けて、車を走らせていく。
目的地は皮肉にも、以前姫香が彩未を連行してきた、工場地帯と海岸線に挟まれた場所にある公園だった。
平日の朝方でほんの数時間前まで、雨が降っていた。おまけに普段から人の出入りのない静かな公園なので、密会には程よく適している。目的の人物は駐車場の端に、ジュラルミンのケースの一つに腰を降ろした状態で、すでに待っていた。
睦月もまた車を停め、運転席から降りて手を上げる。
「……英治か?」
「ああ、そうだよ……久し振りだな」
睦月にそう返した英治は立ち上がり、腰掛けにしていたケースともう一つ小さいものをそれぞれ手に持つと、ゆっくりと近寄って来た。
しかし、完全には近付かず、その少し手前で足を止めてしまう。
睦月と英治の間には、未だに明確な距離がある。
……銃を抜いて発砲する上で遠くも近くもない、有効射程距離内を挟み、二人は向かい合った。
「とりあえず聞きたいんだが……お前一人か?」
「ああ……連れの方がついてきたがってたんだが、無理矢理向こうに置いてきた」
本当に手が掛かったとばかりに、その場にケースを置いた英治は身体を起こし、同時に呆れた表情を浮かべていた。彼が羽織っている薄手の黒いコートも、その動きに合わせて揺らめいている。
「じゃ、預ける荷物の確認といきますか……この辺カメラとかは?」
「敷地内なら問題ない。人の気配も……今なら大丈夫そうだな」
「ああ。先に見て回ったが、今の内なら問題ない……そっちは銃、抜いとくか?」
「……もういい、大丈夫だ」
信頼半分、睦月の気付かない範囲に狙撃手がいる可能性への疑い半分、という具合で、銃を抜く選択肢を外した。
狙撃手がいるのなら、銃なんて抜く暇はない。最悪の場合は諦めて死ぬか、そのまま車に逃げ込めばいいと考えた上で。
「……開けてくれ」
「分かった。お前に預かって欲しいのはこのケース二つで、中身は……見ての通りだ」
不揃いの細長い、ジュラルミンのケースがそれぞれ開けられる。英治が睦月に見せつけてきたのは全て、依頼通りの銃器類だった。
一つ目のケースの中には狙撃銃が一丁と大小一丁ずつの自動拳銃。そしてもう一つの小さい方には見たこともない、おそらくは自動拳銃と同じ特注品だろう、回転式拳銃が一丁仕舞われている。他に見えるのは弾倉や発射音抑制器、狙撃用スコープをはじめとした銃の付属品のみ。
「銃弾はないんだな……」
「だからお前に頼んだんだよ。にしても……」
二つのケースの蓋を閉じた英治は、再び鍵を掛けながらぼやく。
「やっぱり反銃社会だな。できれば日本に来る前に、補充しときたかったんだけどさ……」
「当たり前だろう」
一先ず、危険はなさそうだと判断した睦月は自身の車にもたれかかってから、呆れたように腕を組んだ。
「……で、どんな理由で反銃社会の故郷に出戻ってきたんだよ。言っとくが地元は、とっくに廃村になってるぞ?」
「ああ、とうとう廃村になったのか……」
いずれ廃村になる上に、どうせ引っ越すならと日本を出た英治ではあったものの、それでも訪れた結果に対しては、思うところがあったらしい。ケースに錠を掛けて鍵を懐に仕舞う間も、その眼は微かに細められている様子が、睦月の目にも見えた。
「……ま、その話は今度だ」
少し名残惜し気に、英治はケースの傍から一歩下がった。
「大きいのは電話で話した通り、連れの方に届けてくれ。鍵は俺が持っているから、壊さない限りは大丈夫だ」
「その連れは、予備の鍵を持っていないのか?」
「あったけどすりかえた。今はこっちのケースに仕込んでる」
車から起き上がり、睦月は二つのケースへと近付いた。それに合わせて同じ歩数分、英治も遠ざかっていく。
「それで、小さい方と銃弾を、指定の時間と場所に届ければいいんだな?」
「ああ、それでいい」
ケースを一瞥する睦月。見かけの材質はアルミニウム合金だが、おそらくは一般に流通しているものよりも頑強なはずだ。そこらの安物に大切な銃器を預けられる程、日本の警察も甘くはない。
「詳しい指定はまた連絡する。他には?」
「他には? そうだな……」
そこでようやく、睦月の手が持ちあがり……肩掛けのホルスターに差し込んだ自動拳銃の銃把を握り込んだ。
「…………弥生に何を頼んだ?」
二人の間から、静けさが消えていく。
たとえ武器を預けてこようとも、それで相手に武装がないという証明にはならない。
「やっぱり心配か? お兄ちゃ、」
一瞬、英治の言葉が途切れる。
「……悪い。茶化し過ぎた」
間髪入れず、睦月はホルスターから自動拳銃を抜き、その銃口を英治へと向けていた。
引き金に指は掛かっていないものの、それも次の言葉次第だ。
「簡潔に話せ。細かい部分は都度聞く」
「分かってるよ……話は単純だ」
すでに、ケースは睦月の足元にある。英治が服の内側に防弾用の装備を身に着けていたとしても、狙っているのは自動拳銃が蓄えている5.7mmの小口径高速弾。郁哉の時と同様に回避される可能性もあるが、この距離で自動連射で発砲すれば、確実に致命傷へとつなげられる。
だからかどうかは分からないが、英治は銃口を向けられたまま、話を続けた。
「ある殺し屋が弥生を狙っている……俺の目的はそいつだ」
「っ!?」
無意識に、指が引き金へと近付こうとしていた。
それ程までに、英治の放つ気配が鋭くなったからだ。もし殺気というものが可視化できるのであれば、銃口が自身に向けられている幻覚を見ていたかもしれない。
少し、睦月の中で焦りが生まれようとしている。
(ふぅ…………落ち着け)
生まれかけた焦りを振り払いつつ、ゆっくりと指を元の位置に戻しながら、睦月は顎を振って続きを促した。
「俺の連れの家族が、そいつに殺された。で、足取りを追っていたら……何故か、次の標的が弥生だったんだよ」
「ああ……」
英治の話に、睦月はどこか、納得してしまっていた。今の弥生であれば、どこでどんな恨みを買っているか分かりはしない。
ただ……今の英治の話を聞き、睦月の中で何かが引っ掛かっている。
「その殺し屋の依頼人は?」
「そっちは弥生の婆さんが片付けてくれるってさ。俺は偽装した位置情報を相手に掴ませて……誘き寄せる」
それを聞いて、睦月は気付かれないように安堵する。
(少なくとも、弥生に危険はなさそうだな……)
一緒に銃口を降ろした睦月は軽く首を鳴らしながら、自動拳銃をホルスターに戻した。
「まあ、弥生だったら放っといても大丈夫だろうが……むしろ普通に、囮とかやりそうだよな」
「そっちは婆さんが止めてくれたよ。依頼人の件もあるから、一緒に当たるんだと。ただ……」
そして今度は英治が、軽く身体を解しながら聞いてくる。
「……何で弥生の奴、あんなに変わっちまってるんだ?」
英治がそういうのにも、理由がある。
「今じゃ頭のおかしい『爆弾魔』やってるとか、昔のあいつからは、全然想像できないんだけどさ……」
「ああ……お前が日本出てってから、色々あったんだよ」
本当に、色々なことが起きた。
「ここ最近だけでも……俺が親父から勘当喰らったり、月偉が楽ばっかりしてとっ捕まったり、どっかの馬鹿が暁連邦共和国に喧嘩売ってたり……」
「……ちょっと待ってくれ。色々とツッコミどころが多すぎる」
指折り数えながら、これまで起きたことを思い出していく睦月に、英治は掌を向けてストップをかけた。さすがに情報が多すぎて、脳の許容量を超えかけたらしい。
「帰りの時間もあるし、今はこれだけ教えてくれないか……なんであいつ、あそこまで人が変わったんだよ?」
「まあ、教えるのはいいんだけど……今それ重要か?」
「場合によってはな……」
もう腰掛けられる物がないので、英治はその場に腰を降ろしてしまった。話が長くなるとでも思っているのだろうか。
だから睦月は、軽く溜息を吐いてから提案した。
「……ケース片付けて、向こうのベンチに行かないか? ちょっと長いぞ」
「そうしてくれると非常に助かる……地面がまだ湿ってやがった」
もう警戒する必要もないだろう。さすがに武装を解く理由にはならないが、銃を抜かなくても良さそうだと、睦月は判断した。
持ち上げたケースを二つとも車の荷室に仕舞ってから、睦月は英治を伴って、公園の方へと歩き出した。
「ところで……車の中じゃ駄目なのか?」
「尻濡らした奴座らせたくないし……飲み物抜きで話したいか?」
「……それもそうだな」
途中にある自販機で飲み物を買ってから、二人はベンチへと向かうことにした。
「あれ? 奢ってくれるの?」
「昔、別れ際に賭けたろ? 『俺達の中で最初に死ぬか捕まるかするのは男か女か』って」
「相変わらず細かいな、お前……」
投げ渡された五百円玉を弄びながら、英治は昔馴染みが変わらずにいることを、どこか嬉しく感じていた。
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