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077 商店街夜遊び道中

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「さて……おっさん、状況は?」
賭けに・・・ならない・・・・、ってところかな」
 話が済み、一階に降りた睦月達はビルの裏手に回った。そこでは予想通り、姫香と理沙を抽冬と愉快な常連達(スピンオフ作品『副業犯罪者達の夜』参照。よろしくお願いします)が取り囲んでいる。
 二人の喧嘩すったもんだを、それぞれ自前の煙草や店から持ち出した飲み物片手に、暢気に見物していたのだ。賭博有りで。
「……あ、降りて来ちゃった」
 そして常連の一人である顔馴染みの田村たむらが睦月達に気付くと、咥えていた煙草の火を消してからパンパンと手を叩き、その場の全員(姫香と理沙含む)を注目させた。

「というわけで、引き分けに賭けた胴元あたしの一人勝ちね~」

『あ~……、くそっ!』
 不満を漏らす一同(抽冬以外)と、互いに舌打ちし合う少女二人。戦う理由がなくなった、というよりも戦わない理由ができてしまった以上、もう拳を握るわけにはいかなかったからだ。
「ほら、帰るぞ姫香……これ以上挑発するな。ステイステイ!」
 未だに構えを解かない姫香の首根っこを引っ張り、どうにか下がらせようとする睦月に、勇太は何かを思い出したかのように話し掛けてきた。
「そういえば睦月……の方はどうする?」
「女? ……ああ、レースの」
 レースを彩るのは、何も車やサーキットだけではない。その周囲にレースクイーンやキャンペーンガールといったコンパニオンが、(スポンサーの)象徴として配置されることはよくある。
 ストリートレースに至っては観客として、雰囲気に当てられて派手な装いをした女性も出て来る。中にはグリッドガールスターターとして、レースに関わってくる者もいる程だ。
 そして、スポンサーではなく警察が寄って来そうなストリートレースに、コンパニオンは本来必要ないのだが……チームに美人を連れてこなければ、何故か周囲から、下に見られることが多くなる。
 大方、F1か何かに影響されたまま、考え無しにその印象イメージを抱いているのだろうが……睦月にしてみれば、いい迷惑だった。
「誰でもいいだろ……姫香こいつは別件で外すけど」
「そう言うと思って、絵美とか昔の仲間に声掛けたんだが……もうちょい人数入れて、箔付けたいんだよな~」
「いや、隠れてるのかもしれないけど、相手一人だろ? 大人数で囲むの嫌だし、観衆ギャラリーに気を遣う義務もないだろうが」
 そこでふと、勇太の口から懐かしい名前が出たことに睦月は反応した。
「……てか、人の元カノ・・・にまで声掛けたのか、お前?」
 その瞬間、素早く動く者が一人。

 ――ドォ、ン……

 しかし勇太は気にせず、話を続けてきた。
「『チームを再開する時は、全員に声掛ける』って、昔言っただろうが。ちなみに絵美奴さんは、『シフトの調整次第』だとさ」
「そうか……ところでこの状況、どう責任取ってくれる?」
 あまりの素早さに、睦月は姫香にされるがままとなっていた。
 背後に密着されたかと思えば即座に両手を交差させた状態で掴まれ、股下に頭を入れられた途端に肩車の要領で持ち上げられる。その姿勢で睦月は、姫香からバックドロップを繰り出されたのだ。
「……『日本海式竜巻固め』、だっけ?」
「正式には『ジャパニーズオーシャンサイクロンスープレックスホールド』だよ。普通別名で言う?」
「というか、日本語か英語かの違いだけじゃん」
 常連の夏堀なつぼりが姫香の繰り出した技の名前を言い、それを同じく常連(にして勇太の個人インストラクター兼使いパシリ)の秋濱あきはまが補足した。そこへさらに田村がツッコミを入れているものの、誰も睦月を助けようとしない。
「こいつ等最悪過ぎる……」
「いや、女泣かせるお前が悪いんだろうが」
 この中では新参者の英治でも、睦月が悪いことだけは理解できたらしい。それゆえのツッコミに返そうとするものの……
元カノ絵美のことを言い出したのは勇太だろうがびゅっ!?」
 ……睦月の言い分も虚しく散り、今度は拘束を解いた姫香に、逆に首根っこを掴まれてしまう。
 立ち上がる間もなく姫香に引き摺られていく睦月に一歩遅れて、英治もその後に続いてきた。
「他にも声掛けてみるけど、お前等も心当たりあったら頼むぞ~」
「その前に助けろよっ! てか勇太はこうなった責任取れっ!」
 勇太の呼び掛けに睦月は中指を立てながら、身体を引き摺ってくる姫香と並んで歩く英治と共に、五階建ての古びたビルから、陽が沈んで街灯に照らされる道へと出て行く。



「さて……俺も少し、飲んでいくか」
 はい撤収~、と抽冬が常連達を先導する中、最後に残った勇太もまた、久し振りに店内へと向かおうとする。
「……なあ、義兄あによ」
「どうした?」
 その背中に、理沙は声を掛けて呼び止めた。

「いつも思うんだが……何故あの『運び屋』に拘る?」

 睦月みたいな『運び屋』でなくとも、似たような運送屋は他にいくらでもある。ましてや、理沙自身のせいとはいえ、一度は関係の拗れた相手だ。それなのに、勇太は未だに拘っている。
 理沙としては、睦月の相棒をしている姫香とは仕事を介してまで関わりたくなかった。それこそ、勇太に迷惑を掛けない形で決着ケリをつけたいと、今でも思っている。
 だが、それ以上に……理沙はもう、あの『運び屋』に関わりたいとは思わなかった。
「私が勝手に敵対したことは、今でも反省している。だが……何故未だに、私とあの『運び屋』の両方に関わろうとするんだ?」
 関係の片方を清算すれば、もう片方とはうまくいく。理屈としては間違っていない。むしろ理沙は、かつて姫香に敵対すると決めた時点で、勇太から見捨てられる・・・・・・覚悟はできていた。

 ……けれども、勇太はどちらも見捨てなかった。

 昔馴染みである『運び屋』も……それよりも付き合いが短いはずの義妹理沙でさえも。
あいつ・・・なら見捨てない……どっちも選ぶ、そう思っただけだよ」
 けれども、あの時と同じ言葉を残して……勇太は店へと入って行った。



『……我儘だな。義兄あには』
『しょうがねえだろ……憧れちまったんだからよ』
 意識が飛びそうになるのを、会話で繋ぎとめようとする理沙。その手には落ちていた鉄パイプが握られ、崩れて勇太に圧し掛かっている瓦礫を、テコの原理でどかそうともがいていた。
『憧れた?』
『ああ、そうだよ……』
 ここに『運び屋睦月』達はいない。勇太を倒して瓦礫に埋もれさせてから、すでにこの場を去っていた。だから今、彼を助けることができる者は理沙しかいない。
他者誰かの用意した選択肢に興味を持たず、常識だの限界だのといった境界ボーダーを気にせず、自分の意志を貫く……その背中にな』
 片腕だけは抜けられたのか、勇太の右手が瓦礫の下から突き出てきた。

『俺は…………あいつ・・・みたいに生きてみたかったんだよ』

 ギュッ、と一度、拳が握られる。
『たとえ茨の道だろうと、自分の意思で前に進む、あの背中を追いかけたかった……だから理沙お前についたんだよ』
 握られた拳は解けた後、そのまま懐に伸ばされていく。スマホを取り出した勇太は、理沙を見つめながら言ってきた。
『なあ、理沙……お前はまだ・・、挑みたいか?』
『…………』
 火の手が回ってきている。この場から時間も酸素も減っていく中、さらに力を込めているということもあるが……理沙は自らの意思で、無言のまま縦に、首を振った。
『ああ……俺も・・だ』
 スマホの画面を操作し、一つの番号を選ぶ。それはもう、繋がらなくなっていてもおかしくないものだった。それでも勇太は、電話を掛けた。

『だから……まだ、あの世・・・には逝けないな』

 ある意味では、奇跡かもしれない。けれども、勇太には分かっていたのだろう。電話の相手が、自分達を絶対に見捨てたりしないと。
 そういう……相手なのだと。
 ――ブーッ、ブーッ……ブッ!
 電話は繋がったものの、声は聞こえない。もし聞いていなければ、ここで死ぬことが確定してしまう。
 だが、まだ助かる可能性があるのならば……義兄勇太は、縋ることを決めたらしい。
 その決意を、理沙もまた受け入れた。

『依頼だ。俺達を安全圏まで運んで・・・くれ…………睦月・・

 何故なら……どちらもまだ、決着が着いていないのだから。



 そして睦月達は、何故か商店街の方へと来ていた。店のいくつかはすでに閉店し、飲み屋やキャバクラがキャッチ未満客寄せの声掛けに精を出している。
「そういや、勇太達とは飲まないのか?」
「気分じゃねえし……そもそも該当者有りあそこじゃ、緘黙症で姫香が口利けないしな」
 それ以前に、該当者睦月が居る時点で口が利けなくなっているのだが、姫香は気にせずついてきていた。
 一先ずとばかりに駅を越えて、商店街にまで足を運んできたのだが……特にやることも見つからず、適当に店を冷かしていく。
「そういう英治こそ、どうしてついて来たんだよ? あいつ等と飲まないのか?」
「単に、帰り道が一緒ってだけだよ。ちなみに下戸」
 英治は現在、商店街の中にある店に住んでいるので、完全に偶然だった。
「となるとやることねえな……解散するか?」
 そんなことを話しながら、英治が禁止区域商店街内でスケボーを乗り回す馬鹿なチンピラに肘の内側ラリアットを喰らわせている時だった。

「……あーっ!? 睦月っ!」

 いきなり、そう呼び止められたのは。
「うわ、顔良いけどすごい派手な姉ちゃん……睦月の知り合いか?」
「ん? ……ああ、夏鈴かりんじゃねえか」
 仲間のチンピラに蹴りを入れながら声のした方を向くと、そこには睦月と顔馴染みのキャバ嬢こと夏鈴がいた。
 ちなみに名前は本名だが、転籍す店を変える度に髪型と名字を変えているので、もう睦月は覚える気すら起きていない。正直、顔を認識できる距離に至るまで全然気付かなかった程だ。
「丁度良かった! あんた金持ってないっ!?」
 ついでに言うと、睦月が夏鈴にとっての一番金払いの良い客エースだったりする。
 最初に肘の内側ラリアットを喰らったチンピラの顔(主に視界)を踏み付け、金髪のサイドポニーを振り回しながら、夏鈴は睦月の腕を掴んて詰め寄って来た。
「今月の売り上げがちょっと怪しいのよっ! だから協力してっ!?」
「いや……こっちも今、節約状態なんだが…………ん?」
 鉄パイプを持ち出してきたチンピラの方を見もせずに、親指だけで目潰しを決めていた姫香が、空いた手で一枚のカードを差し出してきた。よく見るとそれは、(睦月名義の)クレジットカードだった。
「……いいのか?」
 コクン、と蹲っているチンピラの頭を踏み付けてから、姫香はクレジットカードを手渡してきた。
 そして睦月が受け取ったことで両手が空いた途端、姫香は上に向けた左の掌に、右人差し指で×の字を描いてくる。
「【用事を片付ける】」
「まあ、やることあるならいいけどっ!?」
「ありがとう姫香ちゃん!」
 睦月が受け取ったクレジットカードをさらに強奪し、ある意味顔馴染みでもある姫香の両手を握ってブンブンと振り回してから、夏鈴はその肘を抱きしめ、引っ張ってきた。
「……で、そこのあんたはどうする? 全額睦月が払うなら、どっちでもいいけど」
「俺? じゃあ、ちょっとだけ……」
 どうせ酒は飲めないものの、近所に住んでいるので挨拶がてら覗いて行こうかと、英治は睦月達について行くことにした。
「よし! これでNo.1の座は守られたっ!」
「こんな地方都市でお山の大将気取ってんじゃねえよ。もっと都会に行けって」
 しばき倒したチンピラの群れの始末をキャッチ未満客寄せに頼みながら、睦月と英治、そして姫香は二手に分かれていく。
「……あ。ちょっと頼み聞いてくれるなら、勇太にも声掛けるけどどうする?」
「しゃあ勝確っ!」
 思わず空いた手を挙げてガッツポーズを決める夏鈴を眺める男二人。
 そこで英治はようやく、睦月に夏鈴のことを聞いてきた。
「勇太とも知り合いなのか? このキャバ嬢
「ん、ああ……」
 同じく空いた手でスマホを取り出しながら、睦月は言葉を濁しつつ答えた。

「……『走り屋』時代に、ちょっとな」



 睦月達と別れた後、姫香は掃除されて若干小奇麗になった元ミリタリーショップの前へと来ていた。目的の人物が居るかは分からないので、一先ずドンドン、と店の扉を叩く。
「…………Ja?」
 ドイツ語・・・・の返答と共に少女が一人、茶髪のポニーテールを揺らしながら出て来た。
「ああ、あんたか……どうかしたの?」
「ちょっと確認したいことがあって……入っても?」
「まあ、いいけど……」
 ドイツ語で話しながら、姫香はカリーナに勧められながら店内へと入って行く。未だに必要な物を揃えている最中なのか、大きめの箱が梱包されたまま、いくつも放置されていた。
「……で、確認したいことって?」
「あんたの腕前」
 すでに陽が暮れていたこともあってか、カリーナはすぐに用事を聞いてくれたので、姫香も直球で答えた。
「欲しい銃があるんだけど、もう特注品カスタムメイドでしか、手に入らなそうなのよ」
「欲しい銃って……レア物?」
「私専用の一点物」
 だから試しに来た、と姫香は暗に告げた。
「私の注文通りに作ってくれる『銃器職人ガンスミス』を探しているの。請ける気有る?」
 その言葉に、カリーナは少し考えてから告げた。
「私、和食は好きだけど……日本人の閉鎖的な考えが嫌いなのよね」
 いきなり何の話をしているのかと、眉を顰める姫香に構わず、カリーナは話を続けてきた。
「歩く度に一々『外国人ガイジン外国人ガイジン』って、聞いてて嫌になってくるわ……まあ、私も似たような・・・・・ものだから、別にいいけどね」
 近くの箱の上に腰を降ろし、カリーナは姫香に言った。

「ドイツ製の銃でしか・・・特注カスタムの注文は受けない……それでもいいならやるわよ」

 つまり、差別意識について聞いているのだ。しかし、姫香にとっては睦月と同様・・・・・、『自分と他人』以外で差別する理由を持ち合わせていない。
「どうでもいいわよ……」
 だから、答えは決まっていた。

「……注文通りの銃を作ってくれるなら、元がどこの国の銃でもね」



 ちなみに、英治がチンピラに手を出していたのは、引っ越して来た際に和音に頼まれていたからだった。
『夜中に商店街の中で騒ぐ悪童ワルガキ共を見つけたら、適当にしばいといてくれるかい? 片付けは商店街側こっちでやっとくからさ』
 これもまた、英治の立派な収入源(報奨金インセンティブは一人七千七百八十四円)となっている。
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