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092 案件No.006_旅行バスの運転代行(その6)

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 ……狙撃銃ライフル調整作業ゼロインは、発で済んだ。
(まったく、面倒臭い……)
 遊底ボルトを引き、薬室チャンバーから発目に発砲した銃弾の空薬莢を排莢し、四発目を装填する。残弾数は計七発だが、残りの・・・敵の数と他の武装を考えれば、十分お釣りがくる。
(二、三……五人か、結構集まってたみたいね)
 由希奈を先に行かせたのは、結果的に正解だったらしい。もし残っていたら足手纏いは確実、良くて盾にしかならなかっただろう。
(むしろ囮も兼ねて、睦月に銃を届けさせたのは最善手だったか……余計な手間・・・・・は掛けさせられたけど)
 肩に狙撃銃ライフルを担いだ姫香は、ゆっくりと後ろを振り返った。
「馬鹿な女だ。発も撃ちゃ、居場所がばれることも分かんねえのかよ」
「おまけに撃った後すぐに移動せず連射とか……素人か?」
(こっちだって、発目でさっさと仕留めたかったわよ……)
 不運にも、先程由希奈に向けて放たれた対物狙撃弾アンチマテリアルは、完全に直撃コースだった。もし姫香が二発目を当てて軌道を・・・逸らさせ・・・・なければ・・・・、確実に死んでいただろう。そうなれば一体、誰が睦月に銃を届けるのだ、という話だ。
(それなのに、殿しんがりとか余計な手間ばっかり……本当嫌になってくる)
 自分が選んだ男を狙っている女を助けたことに、姫香の苛立ちは徐々に高まっていく。
「まあいい。お前、俺のおん、」

 ――ダァン!

「ぐだぐだぐだぐだ……いいからもう、黙っててくれない?」
 次弾を撃つ為には、再度遊底ボルトを引く必要がある。だがそんなことは、姫香にとって些末なことだった。腰だめに構えたまま、狙撃銃ライフルの銃口を持ち上げただけで頭部を吹き飛ばした姫香は、内心溜め込んでいたものを苛立たし気に吐き捨てた。
「こっちはさっさと、先に行きたいのよ……」
 なにせ、追手を食い止める意味も兼ねているとはいえ、恋敵・・を助けたことに対して……

「……やる気がないなら、さっさと視界から消えてくれる? 本気で時間の無駄だから」

 ……手頃な何か・・に怒りをぶつけたくて、仕方がないのだから。



 睦月達が登り入った山の麓を待ち合わせ場所にして、勇太は理沙と合流した。
 居場所を把握してすぐ荒事になると考えたので、秋濱は夏堀の家に置いてきた。そして武器を調達する為に一度、理沙義妹と合流することにしたのだ。
「いつものやつは持ってきてるなっ!?」
「ああ。これでいいか?」
 数台の車と乗れるだけの部下を引き連れた理沙は、荷台からサバイバルゲーム用のガンケースを一つ取り出した。しかし、中身は全て本物の銃器である。
 理沙からケースを受け取った勇太はすぐに開け、中に仕舞われていたショットガンを取り出し、手早く動作確認を始めた。
「しかし社長、派手にやるのはまずいんじゃあ……」
静かにそうしたいのは、山々なんだけどな……」
 理沙が連れて来た部下の一人が、勇太にそう進言してくる。
 実際、その男の言う通りだった。すでに爆弾騒ぎがあったとはいえ、その上銃撃戦まで始めてしまえば、いくら隠蔽しようとも誤魔化しが効かなくなる。せめて発射音抑制器サウンド・サプレッサーを取り付けた自動拳銃オートマティックで統一すれば、多少は人目を避けられたかもしれないが。
 だが勇太は、あえていつも通りの銃器を用意させた。すでに睦月が山奥に向かっていることを把握し、なおかつこれからの荒事に備える為に。
「この山は昔、地元の連中が訓練授業で使っていた人目に付かない場所穴場の一つなんだよ。表向きは私有地な上に、周辺を毒茸や曼殊沙華彼岸花で囲えば誰も近寄って来ない」
 睦月の運転していたバスの痕跡を見つけて、すでに奥へと向かったことは分かっている。しかももう数台、乗用車のものだろう轍が地面に刻まれていた。いつ戦闘が始まってもおかしくはない状況だが未だ、山は静寂に満ちている。
「おまけに防風林だらけで銃声も遮られるから、奥に入っちまえばやりたい放題だ。完全にやる気だって、言ってるようなもんだろうが」
 そう言いつつも、勇太は自らの言葉に疑問を持っていた。
(その、はずなんだけどな……)
 しかし、妙な流れになったものだと、勇太は銃身の下部にあるローディングポートから管状のチューブ弾倉マガジン散弾ショットシェルを押し込みながら、脳裏で思考した。
(この場所を知っているのは地元の連中か、その関係者だけだ。それを分かっててわざと……いや、もしかして睦月が、自分から?)
 そうなるとますます、状況が読めなくなる。
 睦月がこの場所を選んだと考えれば、相手が地元関係の人間でない限りは納得できるが……あの『運び屋』が理由もなく、ここまで移動してくるとは思えない。
(あの睦月が、何の目的もなくこの場所を選ぶとは思えない。『詐欺師月偉』程の話術もない上に、あいつは発達障害ASD持ちだ。わざわざ相手の心情を推し量りつつ誘導するなんて面倒なことをする位なら、最初からその場で殺せる手段を考えるはずだ)
 少なくとも、できないことはできないと判断できる程度には、あの昔馴染みも経験を積んできている。つまり、相手の方から指定されたか……わざと選ばさせられたか、だ。
 この人気のない……銃撃戦も可能となる山奥を。
(相手にあえて、有利な状況を与えるなんて……)
 以前は……いや、今でも勇太は、睦月と戦いやりたいという思いは消えていない。
(まさか……睦月のやり口を知った上で、逆手に取ったのか?)
 その時の為に、わざと睦月に有利な状況を作って、罠に嵌める戦術を考えたこともあった。だが、それには重大な欠点がある。
 あえて自分が不利な状況から、戦わなくてはならないのだ。自らの首を絞めるような行為に手を染める等、通常の感性ではまず選ばない。
(相手の土俵で戦うなんて、そのまま返り討ちに遭うだけだ。それこそ絶対的な実力差か、理沙の時・・・・みたいに手の内を知っていないと……もしかして、何か逆転できる決め手があるのか?)
 どこか、薄ら寒いものを感じた勇太は、急いで睦月達を追い駆けようと全員に、再度乗車を命じた。
「急いで追い駆けるぞ! 間に合うならいいが、下手したら全滅させられて・・・・・いる可能性も、」
義兄あに、もう手遅れかもしれない……」
 常人よりも発達した聴力を持つ理沙は車に乗り込む前に、散弾ショットシェルの装填を終えた勇太に向けて、こう言い残していった。

「……すでに始まっている」



 死中に活を求める、言葉としては単純だが、そう簡単な話ではない。
 たとえ、死の瀬戸際であろうとも、苦境から諦めずに生き残る道を探ることは状況的に苦しく、精神的にも多大な負荷を掛けてくる。その僅かな可能性すら、肉体的な限界で潰えてしまうかもしれない。
 そして時に、人は『逃げる』ことも『負ける』ことも、簡単に許されないことがある。負ければもちろん物理的に死に、逃げれば自己嫌悪によって精神的に死ぬか、信用を無くして社会的に死んでしまうこともある。次の状況へ繋げる為の『撤退』も、僅かに生き残れる可能性を求めて『逃亡』することも、簡単に許されない時がある。
 だから人は、時に自らの命を賭けられるのだ。
 逃げても負けても、等しく死しか待っていないのであれば、生き残る為にあえて前進し、勝利を目指して足掻く。その合理的判断を精神論と綺麗事で塗り固めて広められたのが、かつて『武士道』と呼ばれていた思想の正体だ。
 目的の為に、死の瀬戸際だろうとあえて困難に立ち向かう。中には生命以外の、自らが望むものを得る為に命を賭けることがある。

 かつて、姫香が理沙に追い詰められたのも、それが理由だった。

 怒りの感情で昂らせられ、一番戦いやすい・・・・・やり方を無意識に選ばさせられたからこそ、簡単に追い詰められた。互いの手の内を知っているからこそ、理沙はその攻略法返し方が分かっていたからだろう。
『っ!?』
 しかも、理性の箍が外れているかどうかでも、精神的な差が出てしまった。
 感情的で武器もない状況、そして攻撃的な精神状態しか残っていないのであれば、残るは徒手空拳のみ。そして、同じ内容の訓練を受けていたのであれば技も、歩法も、体捌きや呼吸の仕方も、その全てが手に取るように分かる。
『これでっ!』
 だからこそ、未だに『道具』の感覚が抜け切れていなかった頃の姫香と、すでに『人間感情』を理解していた理沙の実力差が埋まり、拮抗するに至った。
 五分の状況で、最後に天秤が傾いたのは理沙。
『かて……っ!?』
 それで、勝てるはずだった。

 ……止めを刺すその直前に、『最狂の運び屋荻野睦月』が割り込まなければ。



 だからこそ、姫香は急いでいた。
「まっ、待て、」
 ――ダァン!
(これで三人、ようやく半分か……)
 今の発砲で狙撃銃ライフルの弾は尽きた。予備の弾倉マガジンもあるが、いちいち再装填リロードしている暇はない。
 いや、そんな必要はなかった。
「これ以上抵抗する、」
 ――ドゴッ!
「ながっ!?」
 四人目も、狙撃銃ライフルを鈍器に見立てて叩き付け、
 ――ジャガッ! ダダダダッ!
「ごご、ごっ!?」
 左手の袖に仕込んだ手首の仕掛けスリーブガンから小型の回転式拳銃リボルバー、弥生が口径と回転式弾倉シリンダー改造カスタムした小型拳銃、『FIVE-SEVEN POCKET REVOLVER』が火を噴く。装填されていた5.7mmの小口径高速弾を四発全て叩き込み、四人目をそのまま地に伏せさせた。
 叩き付けた勢いのまま手放したので、狙撃銃ライフルは少し離れた場所へと転がっていく。だがそれだけでは、今の姫香が漂わせている『強者の風格』が弱まることはない。
「マジ、かよ……」
(ああ、疲れる……)
 最後の相手を目の前にしても、姫香は左手で口元を覆い、余裕を見せつけた。その表情に、一切の疲労を浮かべることもなく。
 残る一人も男だった。いや、女が一人もいなかったというのが正しいか。最初に狙撃した対物狙撃銃アンチマテリアルライフルの使い手も、結局は男だったことを思い出す。
(大方、食い扶持に困ってた男連中を雇った、ってところか……)
 良くも悪くも、女は犯罪者に堕ちる前に、食い扶持を稼ぐ手段がある。しかし、男がそれを得るには、ほんの一握りの『恵まれた立場』に転がり込まなければならない。だからこそ、野垂れ死ぬか犯罪者になろうとする者が、後を絶たなかった。
 そして今、姫香の目の前に居る男の手には、連発の回転式拳銃リボルバーが握られていた。
(やっぱり、.327口径の回転式拳銃リボルバー……一体誰が?)
 新し過ぎる上、そこまで大きなメリットのない口径を選んで配る理由が未だに分からない。それに、最初の対物狙撃銃アンチマテリアルライフルの男も気になった。
(大丈夫、もうあの時・・・の私じゃない……やれる)
 左手の袖の仕込みスリーブガンの留め具を口だけで外し、軽く手首を振り降ろした姫香。まだ右手の仕込み――小型の回転式拳銃ポケット・リボルバーは残っている。耐久性に難があるので使用済みの方は手放したが、素人相手であれば、むしろお釣りが来る程だ。
「――――」
「?」
 そう……最初は思っていた。
 だが最後の、昔は染めていた名残の残る長髪の男は何かを呟き出した途端、様子が変わった。
(素人じゃない……いや、違う!)
 まるで薬物による増強ドーピングでもしたかのような、身体能力の向上具合だった。ただ、そこには勢いしかない。
 実際、姫香は最小限の体捌きだけで、簡単に躱すことができた。
「一体何なのよ……」
 薬を打った様子はない。事前に歯に仕込んでおき、何かを飲み込んだ気配すらなかった。ただ一言、何かを呟いただけで……いや、違う。
(まさか、睦月達・・・と同じ……っ!?)
 気付いた・・・・瞬間、姫香の身体に異変が走る。
 身体の一部が不調をきたし……やがて、話せなく・・・・なって・・・しまう・・・
(こんな時にっ!?)
 別に、緘黙症が発症したからと言って、急に弱くなるわけではない。だがこの瞬間・・・・だというのがまずかった。
 発症して一部の器官に異変をきたす。その瞬間は、まともに動くことができなくなる。そこを狙われてしまえば、いくら姫香でも反応しきれる保証がない。
 自らの感覚の・・・鋭敏さ・・・を呪いつつ、姫香は膝を突いた。一度慣れてしまえば、またすぐに動けるようになる。それも含めて、あえて脚を曲げたのだ。
 後は、相手が再び襲い掛かる前に動ければ回避もできるし、右手の袖の仕込みスリーブガンもまだ残っている。
 先手を打つ。それが姫香の勝利条件だが……

 ――ダァン!

 ……結局は、後手に回ってしまった。
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