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093 案件No.006_旅行バスの運転代行(その7)
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――ドガァ、ン!
こんな山奥にまで響いてくる、一発の銃声が合図となった。
――ギィン!
「なっ!?」
銃声に一瞬意識を逸らした雅人の視界が、細長い物体で覆われてしまう。向けていた銃口を上げ、銃身を盾にして防いだまでは良かったが、その間に逃げられてしまった。
――ガシャ、ア……ン!
「待てっ!」
立て続けに二回、破られたドアに銃口を向け直してから、引き金を引いた。
だがすでに、睦月はそこに居なかった。発砲してから慌ててバスを降りた雅人だが、周囲に人影はない。人気もなく、拓けた場所ではあるが、植樹された防風林や無暗に散らかっている岩雪崩の跡が多く、陰にして身を隠せる障害物が多過ぎたからだ。
「どこだっ!?」
投げつけられた、おそらくは護身用らしき高打撃警棒を蹴り飛ばし、雅人は慌ててバスの外へと出た。
最初の威嚇に一発、先程の二発と合わせて計三発。残り四発で、まだ半分残ってはいるが、雅人は懐から予備の銃弾を取り出した。
「どこに隠れた……?」
警戒心を解かないまま、いつでも残弾全てを発砲して再装填できるよう、雅人は備えた。
その様子を見て、睦月は確信を得た。
(やっぱり素人か……)
昔隠れる為に掘った岩陰の下にある穴に半身を隠しつつ、睦月は未だバスの近くに居る雅人を観察した。その間も手は懐から取り出したタクティカルペンに伸び、捻じ込み式になっている本体を半分に分けていた。中は空洞になっており、片側はインクの替え芯が、もう片方には小型の爆薬が仕込まれている。
ただ、緩衝材に覆われている関係で、仕込める量が少なすぎた。だから人を傷付けられる程の威力はなく、非常用の小道具に使うのが精々だった。
(にしても、さっきの銃声は……)
離れた場所からなので弱まってはいたが、睦月の耳に届いた音は間違いなく、対物狙撃銃の銃声だ。
(雅人が言ってた、後続の連中だろうが……別の場所で撃ってるのか?)
乗客達を降ろした際、一緒に降りた菜水に『電話をする』よう念押しし、一緒に自身の名刺を指しておいた。意図が上手く伝わっていれば姫香に連絡して貰えるはずだが、こればかりは睦月も自信がない。
それにもし、うまく伝わって追い駆けて来ていたとしても……先程の銃声の主と戦っている可能性の方が高かった。
(……状況を整理しよう)
普段なら時間を掛けられるが、今はそれどころではない。
いつもの癖で両手の指を重ね合わせながらも、簡略して思考を纏めていく。
(前提条件――今はただ、生き残ることだけを考えろっ!)
制限時間も、戦場状況も、急いで考える必要はない。先にこちらへ有利な場所を指定してきたのは向こうなのだ。生き残る為に必要な時間を稼ぎつつ、残る条件を満たすことだけを考えていく。
(敵対勢力――話が本当なら、回転式拳銃と身体に巻き付けた爆薬。後は他の武器や、対物狙撃銃を持っている仲間が最低でも一人、後の人数は分からないから今は保留っ!)
それでも、焦りはある。
特に、自らの命が懸かっているのだ。降り掛かる危機に冷静さを欠きそうになりつつも、睦月は脳内で強引に演算処理を働かせていく。
(所持戦力はないと考えろ。都合良く姫香が来るとは限らない。後は戦闘手段――手持ちの武器はタクティカルペンと小型爆薬のみ。旅行会社から支給された高打撃警棒は使い捨ててもうない。他に何か……)
『傭兵』のように指弾が使えれば、足元にも落ちている小石を拾って打ち出すのだが、睦月にそのような技術はない。精々が投げつける位だろう。
とはいえ、じっとしていても好転するわけではない。ならば、自らの足を信じてみるのもまた、一興だ。
(……以上を踏まえて、)
ゆっくりと手を降ろした睦月は、爆薬を抜いた状態で、タクティカルペンを元の状態に組み直した。
(生き残る為の絶対条件――銃器に対抗できる得物を手に入れる)
少なくとも、丸腰で敵を相手取る必要はない。その向かってきている仲間から、武器を奪えれば十分だ。同じく身体に爆薬を巻いている可能性も否定できないが、不意討ちする側に回った方が、まだ勝算はある。
(対物狙撃銃を使いこなせる自信はないが……最悪、棍棒にでもすれば、まだ戦いやすい)
それに、予備の武器として拳銃の一丁でも持っていれば、十分対等に渡り合える。
(後は距離、か……)
そこでようやく、睦月は先程の思考から外した要素の一つ、戦場状況について考え始めた。
(さっきから、複数の銃声が鳴り響いてくる。7.62mmの狙撃銃の弾も混じってる、ってことは姫香の可能性もあるが……どっちにしろ、一人で足止め喰らってたら、ここへ来るには時間が掛かるか)
やるべきことは、はっきりした。
とにかく、こことは別に銃声のした方へと向かい、相手から武器を奪い取る。まともに使えるかは分からないが、少なくとも銃口を突き付け合い、拮抗状態を生み出すことは可能だろう。
(それに、上手くいけば……姫香とも合流して、所持戦力的にも有利になれる!)
とにかく今は地の利を活かし、脱出に専念すべきだ。思考を切り替え、睦月は気配を消しつつ、雅人の視界に入らないよう身を動かした。
――ダァン!
「っむ、っ!?」
「そこに居るのかっ!?」
思わず掌で口を塞ぎ、出そうになる声を抑えた睦月だが、雅人に気付かれる方が早かった。いや、足元のすぐ近くに着弾した時点で、おおよその位置はすでに掴まれていたとみていいだろう。
(気配は殺していたはず……五感のどれかか?)
人によって五感が優れていることも、その逆も有り得ることは睦月自身、理解している。それ自体は体質の問題なので、普段は気にならないのだが……それにより、命が懸かってくるのであれば、話は別だ。
(視界に入ってないから眼、じゃないな。植物の空気が濃い山で匂いを識別するなんて、動物並じゃないと無理だ。と、なると……怪しいのは耳か)
それなら爆薬で攪乱できるが、問題は一度しか使えないということだ。タクティカルペンやそこらの石ころを適当に投げてもいいが、もし先程の睦月と同様、銃声だけで口径を識別するのに近い芸当ができるのであれば、あまり意味を成さない。
(楽観論で考えてると、相手の思う壺だ。素人相手に過大評価かもしれないが……少なくとも索敵能力は、多少は上に見積もっておいた方がいいな)
手に持っていたタクティカルペンを口に咥え、いつでも爆薬が使えるようにしてから、駆け出す為に膝をゆっくりと曲げた。
(爆発を囮にして距離を取る。向こうの足の速さは分からないが、射線にさえ出なければ……)
ただそこで、新たな問題が生じた。
(音源は二ヶ所、一番近いのは……)
「そこかっ!?」
銃口を向け、手近な方を発砲する雅人。
自分以外が発したであろう、銃声のした方を向いてようやく、睦月の位置を補足することができた。しかも、さらに離れた場所から、誰かが走ってくる音まで聞こえてくる。
仲間の可能性もあるので念の為、一番近い音に対して発砲したが、どうやらそこが当たりだったようだ。睦月の居場所も分かり、まずはと銃口を構え直す雅人。
(こっちに向かって来る足音は無視して正解、後はそれが、敵か味方か……)
残弾数は三発。相手は隠れている標的と、もしかしたら向かってきている人間で計二人。一撃で絶命に至らなくとも、動きを止めるだけなら十分余裕がある。
後は、こちらに向かってくる人物次第で対応を決めればいい。
雅人は銃口を睦月に、視線を駆けて来る者に向けた。果たして、誰が来るのか……
……その人物が視界に入った途端、思わず目を見開いた。
(え、女の子っ!? 仲間は全員男だって、聞いていたの、にっ!?)
同時に、相手も動き出していた。
――ギィン!
(しまったっ!)
向けていた銃口をずらし、先程の高打撃警棒と同様に銃身を盾にすることで、睦月から放たれたタクティカルペンを弾く。そしてすぐ、雅人は自らの選択を後悔した。
「くっ!」
再び銃口を向け、残る銃弾を全て叩き込もうとしたが、
――バンッ!
「うわっ!?」
……耳の良さが、仇になってしまった。
思考中の脳裏に、聴覚を通して飛び込んできた爆音に、雅人は思わず身を竦めてしまう。そして手放しそうになってしまう回転式拳銃も、掌の上で掴み切れずに弄んでしまった。
再び掴む為に手を伸ばし、躍起になっている間に、物陰から睦月が飛び出していた。
「こっちだ!」
「きゃっ!?」
こちらへと近付いてきていた少女の身柄を攫った後もまた駆け出し、別の障害物へと隠れられてしまう。
「やられた……」
自らの、経験不足が祟った結果だった。いくら凶器を持とうとも、結局は道具を持つことと大して変わらないのだと、自覚せざるを得ない。
……先程の攻撃は、高打撃警棒の時と同じように銃で防御せず、身体ごと回避するべきだった。銃口を向けたまま身を躱しておけば、爆発音で攪乱される前に引き金を引けたかもしれないと思うと、どうしても引き摺ってしまう。
「……くそ」
どうにか落とさずに済んだ回転式拳銃の回転式弾倉をスイングアウトし、未使用も含めた全ての銃弾を排莢しながら、雅人は睦月達が駆け込んだ方へと視線を向けた。
……本来なら、銃器を持つだけですでに、優位に立てているはずだった。だが実際は、投擲と音の攪乱だけで銃撃を未然に防ぎ、おそらくは向こうの味方であろう少女と合流させてしまった。
冷静さを取り戻そうとしつつも、込めようとした銃弾を持つ手が、無意識に震え出してしまう。
ただ銃を持っただけの自分と、手持ちの道具を駆使して対処してみせた相手。
(…………る)
震えを止めようと、手近な岩に拳を叩き付けた。
(…………てる、)
銃弾を握ったままの拳で、徐々に、徐々に力をつけて、雅人は岩にぶつけ続けた。
(絶対…………勝てるっ!)
でなければ……ここに居る意味が、ないのだから。
「……で、どうしてここに?」
「居ても立っても、居られなく、て……」
息を荒げる由希奈を抱えたまま、睦月は物陰から耳を澄ませて、雅人の様子を伺った。
(何かを打ち鳴らしているみたいだが……今はそれよりも、)
未だに呼吸が乱れている由希奈だったが、言葉を発するよりも先に、睦月自身の鞄を差し出してきた。
「一先ずは分かった……ありがとう。助かったよ」
詳しい話は後だ。
今はただ、由希奈が運んできてくれた鞄を開け、中から自動拳銃を取り出す。手早く動作確認を済ませた睦月は装弾済みの弾倉を銃床に差し込み、すぐに銃身を引いた。
(まずは一丁…………?)
立ち上がろうとする由希奈を制しつつ、一丁目の自動拳銃を一度、睦月は地面の上に置いた。
「睦月さ、」
「しっ」
仕方なく座ったまま、屈伸やストレッチでクールダウンを図っていた由希奈は、ようやく落ち着いてきたのか、様子のおかしい睦月を呼ぼうとしてきた。
しかし睦月は、そんな由希奈の言葉を強引に遮った。それどころではない、と考えて。
「おかしい……」
まだ二丁、それに他にも武器はある。だが鞄から取り出すのを止めて、銃弾を込め終えた自動拳銃の代わりに地面へと置いた。
「何だ? この音……」
バン、バンと何か、硬さの違うものが勢い良くぶつかり合う音が響いてくる。しかも、聞こえてくるのは雅人の居る方だ。
両手で自動拳銃を構えた睦月はそっと、僅かに顔を覗かせて、雅人の様子を見る。
……そしてすぐ、後悔した。
「……由希奈、ここへは誰と来た?」
「私と、姫香さんだけです。姫香さんは多分、あの人の、仲間の人と戦っていると思うんですけれど……そういえば、今も撃ち続けているみたいですね」
(正確には仲間の人達……だけどな)
あの男の言葉と響いてくる銃声の種類を考えると、姫香はしばらく、こちらに来ることは難しいだろう。引き返させるにはかえって危ないと考え、あえて口を噤んだ睦月は由希奈の方を向き、片方だけ空けた手で下を指差した。
「ちょっとまずいことになった。絶対にここから動くなよ」
「一体、何が……」
その答えは、隠れていた障害物、年季の入った樹木の反対側からの叫び声だけで十分に分かる。
「僕は勝てるっ! だから……」
叩き続けて、血塗れになった手を厭わず、雅人は叫んだ。
「だからっ、……『全員殺してやる』!」
武器と共に託された、自身の限界を超える『鍵』を。
「やっぱりか……」
「一体、何が……?」
自身で押さえたこともあるが、顔を出せない由希奈に代わって、睦月は何が起きているのかを伝えた。
「たしか……元運動部だったよな?」
「あ、はい」
「だったら、聞いたこと位はあるんじゃないか?」
徐々に目を見開き、歯を食いしばっているのとは逆に緩み出す口元。その二つを表情に浮かべる雅人を見て、睦月はその状態について答えた。
「あいつ…………過集中状態に入ったんだよ」
こんな山奥にまで響いてくる、一発の銃声が合図となった。
――ギィン!
「なっ!?」
銃声に一瞬意識を逸らした雅人の視界が、細長い物体で覆われてしまう。向けていた銃口を上げ、銃身を盾にして防いだまでは良かったが、その間に逃げられてしまった。
――ガシャ、ア……ン!
「待てっ!」
立て続けに二回、破られたドアに銃口を向け直してから、引き金を引いた。
だがすでに、睦月はそこに居なかった。発砲してから慌ててバスを降りた雅人だが、周囲に人影はない。人気もなく、拓けた場所ではあるが、植樹された防風林や無暗に散らかっている岩雪崩の跡が多く、陰にして身を隠せる障害物が多過ぎたからだ。
「どこだっ!?」
投げつけられた、おそらくは護身用らしき高打撃警棒を蹴り飛ばし、雅人は慌ててバスの外へと出た。
最初の威嚇に一発、先程の二発と合わせて計三発。残り四発で、まだ半分残ってはいるが、雅人は懐から予備の銃弾を取り出した。
「どこに隠れた……?」
警戒心を解かないまま、いつでも残弾全てを発砲して再装填できるよう、雅人は備えた。
その様子を見て、睦月は確信を得た。
(やっぱり素人か……)
昔隠れる為に掘った岩陰の下にある穴に半身を隠しつつ、睦月は未だバスの近くに居る雅人を観察した。その間も手は懐から取り出したタクティカルペンに伸び、捻じ込み式になっている本体を半分に分けていた。中は空洞になっており、片側はインクの替え芯が、もう片方には小型の爆薬が仕込まれている。
ただ、緩衝材に覆われている関係で、仕込める量が少なすぎた。だから人を傷付けられる程の威力はなく、非常用の小道具に使うのが精々だった。
(にしても、さっきの銃声は……)
離れた場所からなので弱まってはいたが、睦月の耳に届いた音は間違いなく、対物狙撃銃の銃声だ。
(雅人が言ってた、後続の連中だろうが……別の場所で撃ってるのか?)
乗客達を降ろした際、一緒に降りた菜水に『電話をする』よう念押しし、一緒に自身の名刺を指しておいた。意図が上手く伝わっていれば姫香に連絡して貰えるはずだが、こればかりは睦月も自信がない。
それにもし、うまく伝わって追い駆けて来ていたとしても……先程の銃声の主と戦っている可能性の方が高かった。
(……状況を整理しよう)
普段なら時間を掛けられるが、今はそれどころではない。
いつもの癖で両手の指を重ね合わせながらも、簡略して思考を纏めていく。
(前提条件――今はただ、生き残ることだけを考えろっ!)
制限時間も、戦場状況も、急いで考える必要はない。先にこちらへ有利な場所を指定してきたのは向こうなのだ。生き残る為に必要な時間を稼ぎつつ、残る条件を満たすことだけを考えていく。
(敵対勢力――話が本当なら、回転式拳銃と身体に巻き付けた爆薬。後は他の武器や、対物狙撃銃を持っている仲間が最低でも一人、後の人数は分からないから今は保留っ!)
それでも、焦りはある。
特に、自らの命が懸かっているのだ。降り掛かる危機に冷静さを欠きそうになりつつも、睦月は脳内で強引に演算処理を働かせていく。
(所持戦力はないと考えろ。都合良く姫香が来るとは限らない。後は戦闘手段――手持ちの武器はタクティカルペンと小型爆薬のみ。旅行会社から支給された高打撃警棒は使い捨ててもうない。他に何か……)
『傭兵』のように指弾が使えれば、足元にも落ちている小石を拾って打ち出すのだが、睦月にそのような技術はない。精々が投げつける位だろう。
とはいえ、じっとしていても好転するわけではない。ならば、自らの足を信じてみるのもまた、一興だ。
(……以上を踏まえて、)
ゆっくりと手を降ろした睦月は、爆薬を抜いた状態で、タクティカルペンを元の状態に組み直した。
(生き残る為の絶対条件――銃器に対抗できる得物を手に入れる)
少なくとも、丸腰で敵を相手取る必要はない。その向かってきている仲間から、武器を奪えれば十分だ。同じく身体に爆薬を巻いている可能性も否定できないが、不意討ちする側に回った方が、まだ勝算はある。
(対物狙撃銃を使いこなせる自信はないが……最悪、棍棒にでもすれば、まだ戦いやすい)
それに、予備の武器として拳銃の一丁でも持っていれば、十分対等に渡り合える。
(後は距離、か……)
そこでようやく、睦月は先程の思考から外した要素の一つ、戦場状況について考え始めた。
(さっきから、複数の銃声が鳴り響いてくる。7.62mmの狙撃銃の弾も混じってる、ってことは姫香の可能性もあるが……どっちにしろ、一人で足止め喰らってたら、ここへ来るには時間が掛かるか)
やるべきことは、はっきりした。
とにかく、こことは別に銃声のした方へと向かい、相手から武器を奪い取る。まともに使えるかは分からないが、少なくとも銃口を突き付け合い、拮抗状態を生み出すことは可能だろう。
(それに、上手くいけば……姫香とも合流して、所持戦力的にも有利になれる!)
とにかく今は地の利を活かし、脱出に専念すべきだ。思考を切り替え、睦月は気配を消しつつ、雅人の視界に入らないよう身を動かした。
――ダァン!
「っむ、っ!?」
「そこに居るのかっ!?」
思わず掌で口を塞ぎ、出そうになる声を抑えた睦月だが、雅人に気付かれる方が早かった。いや、足元のすぐ近くに着弾した時点で、おおよその位置はすでに掴まれていたとみていいだろう。
(気配は殺していたはず……五感のどれかか?)
人によって五感が優れていることも、その逆も有り得ることは睦月自身、理解している。それ自体は体質の問題なので、普段は気にならないのだが……それにより、命が懸かってくるのであれば、話は別だ。
(視界に入ってないから眼、じゃないな。植物の空気が濃い山で匂いを識別するなんて、動物並じゃないと無理だ。と、なると……怪しいのは耳か)
それなら爆薬で攪乱できるが、問題は一度しか使えないということだ。タクティカルペンやそこらの石ころを適当に投げてもいいが、もし先程の睦月と同様、銃声だけで口径を識別するのに近い芸当ができるのであれば、あまり意味を成さない。
(楽観論で考えてると、相手の思う壺だ。素人相手に過大評価かもしれないが……少なくとも索敵能力は、多少は上に見積もっておいた方がいいな)
手に持っていたタクティカルペンを口に咥え、いつでも爆薬が使えるようにしてから、駆け出す為に膝をゆっくりと曲げた。
(爆発を囮にして距離を取る。向こうの足の速さは分からないが、射線にさえ出なければ……)
ただそこで、新たな問題が生じた。
(音源は二ヶ所、一番近いのは……)
「そこかっ!?」
銃口を向け、手近な方を発砲する雅人。
自分以外が発したであろう、銃声のした方を向いてようやく、睦月の位置を補足することができた。しかも、さらに離れた場所から、誰かが走ってくる音まで聞こえてくる。
仲間の可能性もあるので念の為、一番近い音に対して発砲したが、どうやらそこが当たりだったようだ。睦月の居場所も分かり、まずはと銃口を構え直す雅人。
(こっちに向かって来る足音は無視して正解、後はそれが、敵か味方か……)
残弾数は三発。相手は隠れている標的と、もしかしたら向かってきている人間で計二人。一撃で絶命に至らなくとも、動きを止めるだけなら十分余裕がある。
後は、こちらに向かってくる人物次第で対応を決めればいい。
雅人は銃口を睦月に、視線を駆けて来る者に向けた。果たして、誰が来るのか……
……その人物が視界に入った途端、思わず目を見開いた。
(え、女の子っ!? 仲間は全員男だって、聞いていたの、にっ!?)
同時に、相手も動き出していた。
――ギィン!
(しまったっ!)
向けていた銃口をずらし、先程の高打撃警棒と同様に銃身を盾にすることで、睦月から放たれたタクティカルペンを弾く。そしてすぐ、雅人は自らの選択を後悔した。
「くっ!」
再び銃口を向け、残る銃弾を全て叩き込もうとしたが、
――バンッ!
「うわっ!?」
……耳の良さが、仇になってしまった。
思考中の脳裏に、聴覚を通して飛び込んできた爆音に、雅人は思わず身を竦めてしまう。そして手放しそうになってしまう回転式拳銃も、掌の上で掴み切れずに弄んでしまった。
再び掴む為に手を伸ばし、躍起になっている間に、物陰から睦月が飛び出していた。
「こっちだ!」
「きゃっ!?」
こちらへと近付いてきていた少女の身柄を攫った後もまた駆け出し、別の障害物へと隠れられてしまう。
「やられた……」
自らの、経験不足が祟った結果だった。いくら凶器を持とうとも、結局は道具を持つことと大して変わらないのだと、自覚せざるを得ない。
……先程の攻撃は、高打撃警棒の時と同じように銃で防御せず、身体ごと回避するべきだった。銃口を向けたまま身を躱しておけば、爆発音で攪乱される前に引き金を引けたかもしれないと思うと、どうしても引き摺ってしまう。
「……くそ」
どうにか落とさずに済んだ回転式拳銃の回転式弾倉をスイングアウトし、未使用も含めた全ての銃弾を排莢しながら、雅人は睦月達が駆け込んだ方へと視線を向けた。
……本来なら、銃器を持つだけですでに、優位に立てているはずだった。だが実際は、投擲と音の攪乱だけで銃撃を未然に防ぎ、おそらくは向こうの味方であろう少女と合流させてしまった。
冷静さを取り戻そうとしつつも、込めようとした銃弾を持つ手が、無意識に震え出してしまう。
ただ銃を持っただけの自分と、手持ちの道具を駆使して対処してみせた相手。
(…………る)
震えを止めようと、手近な岩に拳を叩き付けた。
(…………てる、)
銃弾を握ったままの拳で、徐々に、徐々に力をつけて、雅人は岩にぶつけ続けた。
(絶対…………勝てるっ!)
でなければ……ここに居る意味が、ないのだから。
「……で、どうしてここに?」
「居ても立っても、居られなく、て……」
息を荒げる由希奈を抱えたまま、睦月は物陰から耳を澄ませて、雅人の様子を伺った。
(何かを打ち鳴らしているみたいだが……今はそれよりも、)
未だに呼吸が乱れている由希奈だったが、言葉を発するよりも先に、睦月自身の鞄を差し出してきた。
「一先ずは分かった……ありがとう。助かったよ」
詳しい話は後だ。
今はただ、由希奈が運んできてくれた鞄を開け、中から自動拳銃を取り出す。手早く動作確認を済ませた睦月は装弾済みの弾倉を銃床に差し込み、すぐに銃身を引いた。
(まずは一丁…………?)
立ち上がろうとする由希奈を制しつつ、一丁目の自動拳銃を一度、睦月は地面の上に置いた。
「睦月さ、」
「しっ」
仕方なく座ったまま、屈伸やストレッチでクールダウンを図っていた由希奈は、ようやく落ち着いてきたのか、様子のおかしい睦月を呼ぼうとしてきた。
しかし睦月は、そんな由希奈の言葉を強引に遮った。それどころではない、と考えて。
「おかしい……」
まだ二丁、それに他にも武器はある。だが鞄から取り出すのを止めて、銃弾を込め終えた自動拳銃の代わりに地面へと置いた。
「何だ? この音……」
バン、バンと何か、硬さの違うものが勢い良くぶつかり合う音が響いてくる。しかも、聞こえてくるのは雅人の居る方だ。
両手で自動拳銃を構えた睦月はそっと、僅かに顔を覗かせて、雅人の様子を見る。
……そしてすぐ、後悔した。
「……由希奈、ここへは誰と来た?」
「私と、姫香さんだけです。姫香さんは多分、あの人の、仲間の人と戦っていると思うんですけれど……そういえば、今も撃ち続けているみたいですね」
(正確には仲間の人達……だけどな)
あの男の言葉と響いてくる銃声の種類を考えると、姫香はしばらく、こちらに来ることは難しいだろう。引き返させるにはかえって危ないと考え、あえて口を噤んだ睦月は由希奈の方を向き、片方だけ空けた手で下を指差した。
「ちょっとまずいことになった。絶対にここから動くなよ」
「一体、何が……」
その答えは、隠れていた障害物、年季の入った樹木の反対側からの叫び声だけで十分に分かる。
「僕は勝てるっ! だから……」
叩き続けて、血塗れになった手を厭わず、雅人は叫んだ。
「だからっ、……『全員殺してやる』!」
武器と共に託された、自身の限界を超える『鍵』を。
「やっぱりか……」
「一体、何が……?」
自身で押さえたこともあるが、顔を出せない由希奈に代わって、睦月は何が起きているのかを伝えた。
「たしか……元運動部だったよな?」
「あ、はい」
「だったら、聞いたこと位はあるんじゃないか?」
徐々に目を見開き、歯を食いしばっているのとは逆に緩み出す口元。その二つを表情に浮かべる雅人を見て、睦月はその状態について答えた。
「あいつ…………過集中状態に入ったんだよ」
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