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103 姉兄妹の晩餐(ファミレス)
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裏社会での弥生の父、鳥塚和則という男は元々、技術系の情報屋という立ち位置に居た。
良く言えば最新技術を紐解く先駆者であり、悪く言えば開発途上の成果を盗み見る産業スパイである。同じ情報屋としても親交があり、その繋がりが切っ掛けで和音の長女と付き合うに至った。
最盛期には弥生の母と親睦を深めながら、同じく知り合った秀吉や義弘と共に、裏稼業に勤めていた過去もある。
「そして、今は刑務所……か」
総点検を済ませ、今はグレーに車体を染めている仕事用の車の運転席にて、睦月は背もたれを倒した状態で天井を見上げていた。
外では車にもたれかかりながら、ボトムスのポケットに手を入れたままの朔夜が、弥生の入って行った刑務所の方を眺めている。最近では歩き煙草どころか駐車場内での喫煙も禁じられている風潮の為か、咥える気配は見せてこない。
もっとも……可燃物だらけの場所で火を点ける度胸を持たない代わりに、引火に対する危機感を持っていて欲しいと思うのは、睦月みたいな『運び屋』だけではないはずだが。
――コン、コン
「……ようやく、戻って来たか」
朔夜が軽く、車体を叩いてくる。それを合図にして、睦月は背もたれごと身体を起こし、一度車から降りた。
「終わったよ~」
粗品で配られてそうなエコバッグ片手に、弥生が手を振ってくる。それに朔夜と共に返してから、睦月が先に口を開いた。
「じゃあ、晩飯にでもするか」
刑務所での面会は公共施設と同様に平日の日勤帯のみ許されているが、受付時間と混み具合によっては、夕方近くまで掛かることもある。少し早いが、夕飯時には丁度良かった。
「そうだな……弥生、何が食べたい?」
「ボクが選んでいいの?」
実際、必要以上に拘束しないと決めている中、無理ではなかったにせよ呼び戻したのだ。それ位は奢っても良いだろうと、睦月と朔夜は、弥生が戻ってくる前に示し合わせていた。
ただ……そもそもの話、弥生が食事代すら持っているか怪しいのも否めないが。
「じゃあ……」
そして弥生が選んだのは、中華系のファミレスだった。
チェーン店ということもあり、メニュー自体色々と融通は利くものの、まさか帰り道にあるファミレスを選ぶとは思っていなかった。
けれども、弥生が和則から聞いてきた話に耳を傾けると、その理由も分かるというものだ。
「中華街の隠れ家、ね……」
ある意味では、絶好の隠れ場所とも言えるだろう。中華街であれば、中国語さえ話せれば中国人として誤魔化しも利きやすい。それに、治安によっては他の犯罪行為が悪目立ちして、見つかることがないともとれる。
目立たない物件に中国人の振りをして入居さえしてしまえば、別の犯罪に巻き込まれて正体がばれない限り、『不運な隣人』役として紛れ込める、というわけだ。
問題は……日本には大きな中華街が三ヶ所あるが、その内二つを見たことのある睦月からすれば、そこまで広いとは思えない範囲だということだけだ。その分別の犯罪にかち合う可能性が跳ね上がってしまう。
だからこそ、同じように考えた月偉は、全ての中華街それぞれに、隠れ家を用意していたのだ。
「目的のものがあるのは、一番東の中華街か……」
「誰か、そこに知り合いのいる奴は?」
さすがに距離的にも、時間が掛かり過ぎてしまう。
最悪、現地に近い場所に住んでいる知り合いに頼めないかと、朔夜も駄目元で聞いてきたのだろう。けれども、睦月も弥生も、首を横に振るだけだった。
「真ん中なら、まだ居たんだけどな……東には敵しかいない」
「……何やらかした? お前」
「親父の仕事のとばっちりだよ」
睦月は『運び屋』の修行の一環として、よく秀吉の仕事を手伝わされていた。
それ自体は別に良かったのだが……時折、『これも修行だ!』と称して面倒事を押し付けられたことも多々ある。中には障害の排除(囮とも言う)も含まれていたので、地域によっては恨まれまくっていること請け合いだ。
「『敵を追っ払え』って言うから、その度に引き受けて撃退する内に……あちこちに恨まれる結果へと」
「少しは容赦しろよな……まったく」
とはいえ、睦月の真似をして、『立案者』相手に爆破解体をかました為か、朔夜も深く追求してくることはなかったが。
「弥生とか、居そうな気がしたんだけどな……電気街繋がりで」
「だから居ないんだよ。基本首都に引き籠っているし」
弥生に至っては、そもそも近付く理由自体がなかった。中華街繋がりで中華料理を食べたがる人間が、同じ分類とはいえファミレスで満足できてしまえる時点で、気付くべきだったのかもしれないが。
「そういう朔はどうなんだよ? 居ないのか?」
「居たら最初から、聞いてねえよ……あ、あいつは?」
自分で当てがないと言っておきながら、ふと一人、心当たりがあるとばかりに手を叩く朔夜に、睦月は冷めた眼差しを向けて否定した。
「昔馴染みの一人も中国系の人脈持ってるけどな……たしか今は潜入捜査中だ。今連絡取ったら確実に殺しに来るぞ、社会的な意味で」
あの田舎町で育っておきながら表社会の、しかも取り締まる側に回ってしまっているのだから、厄介なことこの上なかった。
「じゃあ、適当な奴に頼むしかないか……勇太とかなら、出張ついでに見てこれるだろ?」
「まあ、それで済むなら別にいいけど……」
配膳ロボットが運んできた料理をテーブルの上に載せながら、睦月はずっと引っ掛かっていることを口にした。
「あいつ、妙に気になることを言ってたんだよ……『何で町を残してるんだ?』、って」
「あ~……そう言えば」
「……何でだろう?」
同じ小皿多種類の定食をそれぞれ口にしながら、睦月達は改めて……地元が未だに残っている理由について、考え出した。
「言われて気付いたけど……もうセフィロトの殲滅は果たしてるはずだし、残党狩りをする気配もないのに残している。そもそも放置するなら、わざわざ廃村にして、人払いする理由もないよな?」
「まあ、たしかに……自然に過疎化してたから、もう残ってたのは終の棲家にしてた年寄り連中か、荻野家位しか……ちょっと待て」
餃子に箸を伸ばそうとしていた朔夜が、ふと手を止めて睦月の方を見て来た。
「……逆じゃないのか」
「逆?」
弥生が伸ばしてくる手を払い、その炒飯を掻っ込んでから、睦月は朔夜に視線で続きを促した。
「たしかに、人は居なくなっていたが……お前や年寄り連中は、気にしてなかったよな?」
「その年寄り連中も、家が壊れた上にしばらく生き永らえそうな人間は出てって、施設に入ったりとか、してたらしいけどな」
「……だけど、お前は違った」
「…………あ」
そこでようやく、朔夜の言いたいことに理解が及んだ睦月。
「俺を地元から出す為に……わざわざ廃村にした、ってことか?」
発達障害の症例の一つに、常同行動というものがある。
端的に言えば、同じ行動を繰り返さなければ気が済まないというものだ。こだわり行動とも呼ばれるそれは、物事に対して非常に強い執着を持ち、状況の変化を嫌い、気に入った言動を繰り返したりすることが多い。元々は自閉症の特徴の一つだが、それは発達障害にも当て嵌まる。
だから睦月にとって、元々実家から出る理由はなかった。
車をはじめとした乗り物があればどこにでも行ける上、女を抱きたければ相手の家やホテルに行けばいい。それに実家自体、ただ住んでいただけの理由で、その場に留まり続けていたに過ぎなかった。
だから、廃村という理由が無ければ、睦月は地元どころか実家を離れようとも思わなかっただろう。
たとえ……秀吉や姫香が、別の場所に移り住んでいたとしても。
「たしかに……気紛れでも起こさない限り、常同行動を止めるのは大抵、大きな理由がある時だけだ。だとしても……何故だ?」
「『運び屋』なんて根無し草な商売してるくせに、一つの止まり木に拘り過ぎてたら不都合があった、ってことだろ?」
「というか、それ以前に……おじさん、睦月を地元から出したかったんじゃない?」
「…………」
二十代半ばになっても実家に執着し、物理的に自立して暮らそうとしない睦月を心配してか、単に迷惑だと思ってかは分からない。だが、これまでの話ではっきりしたことがある。
「地元を廃村にするよう手を回したのは……親父だったんだな」
春巻を齧りながら、睦月はそう漏らした。
「『走り屋』なんて馬鹿やってた時も、『運び屋』として自分で生計を立てられるようになっても、睦月は定期的に帰ってた。だから、強引な手段を取ったのは間違いないだろう」
言い終えて、朔夜は卵スープを啜り出している。
「あちこち動き回る『運び屋』のくせに、一つの場所に執着し過ぎたんだよ、お前は……睦月、」
空になった器を置き、軽く息を吐いた朔夜は睦月を真っ直ぐに見つめ、こう言い放って来た。
「多分、これは……お前が『運び屋』になる為の、最後の試練だぞ」
「……だろうな」
世界を見て回りたい。見たこともない景色を目に焼き付けたい。そんな夢を抱いていたこともある。
けれども……睦月は、今まで自分から動いてこなかった。ほとんどが仕事関係で、たまに出掛けたとしても秀吉や姫香、周囲の人間に引っ張られた結果に過ぎない。
場所に拘るかどうかはどうでもいい。ただ、自分の夢を叶える為に行動できない人間は、所詮口だけだと謗られても否定できないだろう。
だから秀吉は、強引に追い出したとも考えられた。
「俺がいつまでも実家に執着してた、その結果がこれなんだろうな……まあ、だからどうした、って感じなんだが」
秀吉と絶縁した件は、すでに二人にも話してある。
「向こうも、お前に構ってらんないんだろうさ」
その時、何て言われたのかも含めて、だ。
その上で……地元を出たからこそ、睦月にも言えることがある。
「新しい環境に飛び込み続けるのは、たしかにしんどいさ。発達障害なんて抱えてたら余計にな……だからこそ」
秀吉が手放してきた。だからこそ、はっきりと言えることがある。
「それ以外に必要なものは、全て手に入れてきた。後は、『帰れるかどうかを恐れずに、旅立てる』ようになれれば……俺は、本当の意味で『運び屋』になれる。そういうことだろ?」
睦月は朔夜にそう返した。堂々と、はっきりと……デザートの杏仁豆腐に手を伸ばそうとする弥生の手を叩き落としながら。
「帰る前に煙草吸ってくる……ついでに電話して聞いてみるから、ちょっと待っててくれ」
会計を済ませ、煙草を吸いにファミレスの外にある喫煙所に向かう朔夜を見送った睦月は、車にもたれかかりながらスマホを弄り出した。その様子を眺めていた弥生は、座席に腰掛けたままふと、睦月に問い掛けてきた。
「ところで睦月、今日は姫香ちゃん良いの?」
「ああ……明日用事があるから、そのまま適当に泊まって帰るって言ったら、あいつも『女子会してくる』ってさ」
「女子会……ボク、呼ばれてないよ?」
「普段ふらついている奴が、何言ってんだよ……」
確認を終えて、スマホを仕舞った睦月は、そのまま運転席に腰掛けて扉を閉めた。後は、煙草から帰ってきた朔夜を助手席に乗せ、送り届ければいいだけだ。
「そもそもの話なんだが……お前、あいつの女友達枠に入ってんのか?」
「う~ん……微妙かな? 姫香ちゃんにとってはボク、お姉ちゃんだし」
「ただの竿姉妹だろ、それ……」
面倒臭そうに背もたれを倒してくる睦月を避けてから、弥生は改めて人間関係を考えているのか、頭を捻っていた。
(本当、人間関係って難しいよな……)
内心で同意しながら……睦月は明日の、由希奈とのデートに思いを馳せるのだった。
「……ところでさ、」
運転中のことである。後部座席に腰掛けていた弥生が、ふと口を開いたかと思えば、妙なことを聞いてきた。
「例の『立案者』が暁連邦共和国側につくこと、ってあると思う?」
「むしろ、何でそんな考えが浮かぶのかが聞きたいね……」
下らない、と断じることは簡単だが、理由があるのであれば、まずそれを聞きたい。運転に集中しながらも、睦月は弥生の推測に耳を傾けた。
「作った武器、暁連邦共和国に売ってるみたいだからさ……それ繋がりで雇われる可能性もあるのかな、って思ったんだけど」
「まあ、暁連邦共和国も人手不足なのは間違いないだろうから……可能性としては、なくはないな。……主に誰かさんのせいで」
「うるさい、馬鹿姉貴……てっ!?」
こればかりは、睦月もツァーカブという新顔の幹部と接触したことがあるだけに、朔夜の横槍を否定することはできなかった。ついでに、伸びてきた朔夜の手を回避することもできなかった。
「とは言っても……商売だけの繋がりだろうな。あっても精々が、踏み台として利用する、ってところじゃねえか?」
「ふぅん……その心は?」
朔夜が面白そうに聞いてくる中、睦月は溜息交じりに答えた。
「暁連邦共和国が存続できている理由、考えてみろよ」
「理由?」
「核があるからじゃないの?」
直感で答えてくる弥生に、睦月は違うとばかりに首を横に振った。
「そんなもん、そこらの大国も持ってるだろうが。あの国で核抑止力なんて暴論、いまさら成り立つわけないだろ?」
そもそも核抑止力とは、端的に言えば、一方的な力の差を利用した平和維持活動の一環のことである。日々を平和に過ごせるのであれば、王がたとえ暴君だとしても、民には何の関係もないことと、同じ理屈だ。
けれども、対等の力があるということは、戦力的に張り合えると考えてしまい……結果、勝てると思い込んで戦争となることも、十分に有り得た。
「あの国が、どこからも攻められずにいる理由はただ一つ……拉致被害者、っていう人質が居るからだ」
誰だって、貧乏くじは引きたくないだろう。
「拉致被害者ごと国を攻め滅ぼしてみろ。国の自他を問わずに『無辜の民を巻き込んだ非人道的国家』の烙印を押されて、政的にも外交的にも袋叩きにされるのがオチだ」
だからこそ……父、秀吉が拉致被害者を救出しようとしている時点で、暁連邦共和国の寿命が長くないことは、容易に想像がついた。
「実際、拉致被害者が全員解放されたらどうなると思う? その瞬間、世界中から袋叩きにされて……最後に行きつくのは、破滅だろうな」
沈むと分かっている泥船に乗りたがる人間なんて、自殺願望があるか……最初から利用して使い潰そうとしているのは、想像に難くない。
「そもそもの話……拉致被害者に縋るだけの防衛力しかない小国なんて、いまさら仕えようなんて考える馬鹿が居たら、逆にお目にかかりたいね」
秀吉の仕事の成功は、そのまま復讐へと繋がる。正攻法こそ確実な手段とはよく言ったものだと、睦月は馬鹿馬鹿し気に話題を打ち切るのだった。
良く言えば最新技術を紐解く先駆者であり、悪く言えば開発途上の成果を盗み見る産業スパイである。同じ情報屋としても親交があり、その繋がりが切っ掛けで和音の長女と付き合うに至った。
最盛期には弥生の母と親睦を深めながら、同じく知り合った秀吉や義弘と共に、裏稼業に勤めていた過去もある。
「そして、今は刑務所……か」
総点検を済ませ、今はグレーに車体を染めている仕事用の車の運転席にて、睦月は背もたれを倒した状態で天井を見上げていた。
外では車にもたれかかりながら、ボトムスのポケットに手を入れたままの朔夜が、弥生の入って行った刑務所の方を眺めている。最近では歩き煙草どころか駐車場内での喫煙も禁じられている風潮の為か、咥える気配は見せてこない。
もっとも……可燃物だらけの場所で火を点ける度胸を持たない代わりに、引火に対する危機感を持っていて欲しいと思うのは、睦月みたいな『運び屋』だけではないはずだが。
――コン、コン
「……ようやく、戻って来たか」
朔夜が軽く、車体を叩いてくる。それを合図にして、睦月は背もたれごと身体を起こし、一度車から降りた。
「終わったよ~」
粗品で配られてそうなエコバッグ片手に、弥生が手を振ってくる。それに朔夜と共に返してから、睦月が先に口を開いた。
「じゃあ、晩飯にでもするか」
刑務所での面会は公共施設と同様に平日の日勤帯のみ許されているが、受付時間と混み具合によっては、夕方近くまで掛かることもある。少し早いが、夕飯時には丁度良かった。
「そうだな……弥生、何が食べたい?」
「ボクが選んでいいの?」
実際、必要以上に拘束しないと決めている中、無理ではなかったにせよ呼び戻したのだ。それ位は奢っても良いだろうと、睦月と朔夜は、弥生が戻ってくる前に示し合わせていた。
ただ……そもそもの話、弥生が食事代すら持っているか怪しいのも否めないが。
「じゃあ……」
そして弥生が選んだのは、中華系のファミレスだった。
チェーン店ということもあり、メニュー自体色々と融通は利くものの、まさか帰り道にあるファミレスを選ぶとは思っていなかった。
けれども、弥生が和則から聞いてきた話に耳を傾けると、その理由も分かるというものだ。
「中華街の隠れ家、ね……」
ある意味では、絶好の隠れ場所とも言えるだろう。中華街であれば、中国語さえ話せれば中国人として誤魔化しも利きやすい。それに、治安によっては他の犯罪行為が悪目立ちして、見つかることがないともとれる。
目立たない物件に中国人の振りをして入居さえしてしまえば、別の犯罪に巻き込まれて正体がばれない限り、『不運な隣人』役として紛れ込める、というわけだ。
問題は……日本には大きな中華街が三ヶ所あるが、その内二つを見たことのある睦月からすれば、そこまで広いとは思えない範囲だということだけだ。その分別の犯罪にかち合う可能性が跳ね上がってしまう。
だからこそ、同じように考えた月偉は、全ての中華街それぞれに、隠れ家を用意していたのだ。
「目的のものがあるのは、一番東の中華街か……」
「誰か、そこに知り合いのいる奴は?」
さすがに距離的にも、時間が掛かり過ぎてしまう。
最悪、現地に近い場所に住んでいる知り合いに頼めないかと、朔夜も駄目元で聞いてきたのだろう。けれども、睦月も弥生も、首を横に振るだけだった。
「真ん中なら、まだ居たんだけどな……東には敵しかいない」
「……何やらかした? お前」
「親父の仕事のとばっちりだよ」
睦月は『運び屋』の修行の一環として、よく秀吉の仕事を手伝わされていた。
それ自体は別に良かったのだが……時折、『これも修行だ!』と称して面倒事を押し付けられたことも多々ある。中には障害の排除(囮とも言う)も含まれていたので、地域によっては恨まれまくっていること請け合いだ。
「『敵を追っ払え』って言うから、その度に引き受けて撃退する内に……あちこちに恨まれる結果へと」
「少しは容赦しろよな……まったく」
とはいえ、睦月の真似をして、『立案者』相手に爆破解体をかました為か、朔夜も深く追求してくることはなかったが。
「弥生とか、居そうな気がしたんだけどな……電気街繋がりで」
「だから居ないんだよ。基本首都に引き籠っているし」
弥生に至っては、そもそも近付く理由自体がなかった。中華街繋がりで中華料理を食べたがる人間が、同じ分類とはいえファミレスで満足できてしまえる時点で、気付くべきだったのかもしれないが。
「そういう朔はどうなんだよ? 居ないのか?」
「居たら最初から、聞いてねえよ……あ、あいつは?」
自分で当てがないと言っておきながら、ふと一人、心当たりがあるとばかりに手を叩く朔夜に、睦月は冷めた眼差しを向けて否定した。
「昔馴染みの一人も中国系の人脈持ってるけどな……たしか今は潜入捜査中だ。今連絡取ったら確実に殺しに来るぞ、社会的な意味で」
あの田舎町で育っておきながら表社会の、しかも取り締まる側に回ってしまっているのだから、厄介なことこの上なかった。
「じゃあ、適当な奴に頼むしかないか……勇太とかなら、出張ついでに見てこれるだろ?」
「まあ、それで済むなら別にいいけど……」
配膳ロボットが運んできた料理をテーブルの上に載せながら、睦月はずっと引っ掛かっていることを口にした。
「あいつ、妙に気になることを言ってたんだよ……『何で町を残してるんだ?』、って」
「あ~……そう言えば」
「……何でだろう?」
同じ小皿多種類の定食をそれぞれ口にしながら、睦月達は改めて……地元が未だに残っている理由について、考え出した。
「言われて気付いたけど……もうセフィロトの殲滅は果たしてるはずだし、残党狩りをする気配もないのに残している。そもそも放置するなら、わざわざ廃村にして、人払いする理由もないよな?」
「まあ、たしかに……自然に過疎化してたから、もう残ってたのは終の棲家にしてた年寄り連中か、荻野家位しか……ちょっと待て」
餃子に箸を伸ばそうとしていた朔夜が、ふと手を止めて睦月の方を見て来た。
「……逆じゃないのか」
「逆?」
弥生が伸ばしてくる手を払い、その炒飯を掻っ込んでから、睦月は朔夜に視線で続きを促した。
「たしかに、人は居なくなっていたが……お前や年寄り連中は、気にしてなかったよな?」
「その年寄り連中も、家が壊れた上にしばらく生き永らえそうな人間は出てって、施設に入ったりとか、してたらしいけどな」
「……だけど、お前は違った」
「…………あ」
そこでようやく、朔夜の言いたいことに理解が及んだ睦月。
「俺を地元から出す為に……わざわざ廃村にした、ってことか?」
発達障害の症例の一つに、常同行動というものがある。
端的に言えば、同じ行動を繰り返さなければ気が済まないというものだ。こだわり行動とも呼ばれるそれは、物事に対して非常に強い執着を持ち、状況の変化を嫌い、気に入った言動を繰り返したりすることが多い。元々は自閉症の特徴の一つだが、それは発達障害にも当て嵌まる。
だから睦月にとって、元々実家から出る理由はなかった。
車をはじめとした乗り物があればどこにでも行ける上、女を抱きたければ相手の家やホテルに行けばいい。それに実家自体、ただ住んでいただけの理由で、その場に留まり続けていたに過ぎなかった。
だから、廃村という理由が無ければ、睦月は地元どころか実家を離れようとも思わなかっただろう。
たとえ……秀吉や姫香が、別の場所に移り住んでいたとしても。
「たしかに……気紛れでも起こさない限り、常同行動を止めるのは大抵、大きな理由がある時だけだ。だとしても……何故だ?」
「『運び屋』なんて根無し草な商売してるくせに、一つの止まり木に拘り過ぎてたら不都合があった、ってことだろ?」
「というか、それ以前に……おじさん、睦月を地元から出したかったんじゃない?」
「…………」
二十代半ばになっても実家に執着し、物理的に自立して暮らそうとしない睦月を心配してか、単に迷惑だと思ってかは分からない。だが、これまでの話ではっきりしたことがある。
「地元を廃村にするよう手を回したのは……親父だったんだな」
春巻を齧りながら、睦月はそう漏らした。
「『走り屋』なんて馬鹿やってた時も、『運び屋』として自分で生計を立てられるようになっても、睦月は定期的に帰ってた。だから、強引な手段を取ったのは間違いないだろう」
言い終えて、朔夜は卵スープを啜り出している。
「あちこち動き回る『運び屋』のくせに、一つの場所に執着し過ぎたんだよ、お前は……睦月、」
空になった器を置き、軽く息を吐いた朔夜は睦月を真っ直ぐに見つめ、こう言い放って来た。
「多分、これは……お前が『運び屋』になる為の、最後の試練だぞ」
「……だろうな」
世界を見て回りたい。見たこともない景色を目に焼き付けたい。そんな夢を抱いていたこともある。
けれども……睦月は、今まで自分から動いてこなかった。ほとんどが仕事関係で、たまに出掛けたとしても秀吉や姫香、周囲の人間に引っ張られた結果に過ぎない。
場所に拘るかどうかはどうでもいい。ただ、自分の夢を叶える為に行動できない人間は、所詮口だけだと謗られても否定できないだろう。
だから秀吉は、強引に追い出したとも考えられた。
「俺がいつまでも実家に執着してた、その結果がこれなんだろうな……まあ、だからどうした、って感じなんだが」
秀吉と絶縁した件は、すでに二人にも話してある。
「向こうも、お前に構ってらんないんだろうさ」
その時、何て言われたのかも含めて、だ。
その上で……地元を出たからこそ、睦月にも言えることがある。
「新しい環境に飛び込み続けるのは、たしかにしんどいさ。発達障害なんて抱えてたら余計にな……だからこそ」
秀吉が手放してきた。だからこそ、はっきりと言えることがある。
「それ以外に必要なものは、全て手に入れてきた。後は、『帰れるかどうかを恐れずに、旅立てる』ようになれれば……俺は、本当の意味で『運び屋』になれる。そういうことだろ?」
睦月は朔夜にそう返した。堂々と、はっきりと……デザートの杏仁豆腐に手を伸ばそうとする弥生の手を叩き落としながら。
「帰る前に煙草吸ってくる……ついでに電話して聞いてみるから、ちょっと待っててくれ」
会計を済ませ、煙草を吸いにファミレスの外にある喫煙所に向かう朔夜を見送った睦月は、車にもたれかかりながらスマホを弄り出した。その様子を眺めていた弥生は、座席に腰掛けたままふと、睦月に問い掛けてきた。
「ところで睦月、今日は姫香ちゃん良いの?」
「ああ……明日用事があるから、そのまま適当に泊まって帰るって言ったら、あいつも『女子会してくる』ってさ」
「女子会……ボク、呼ばれてないよ?」
「普段ふらついている奴が、何言ってんだよ……」
確認を終えて、スマホを仕舞った睦月は、そのまま運転席に腰掛けて扉を閉めた。後は、煙草から帰ってきた朔夜を助手席に乗せ、送り届ければいいだけだ。
「そもそもの話なんだが……お前、あいつの女友達枠に入ってんのか?」
「う~ん……微妙かな? 姫香ちゃんにとってはボク、お姉ちゃんだし」
「ただの竿姉妹だろ、それ……」
面倒臭そうに背もたれを倒してくる睦月を避けてから、弥生は改めて人間関係を考えているのか、頭を捻っていた。
(本当、人間関係って難しいよな……)
内心で同意しながら……睦月は明日の、由希奈とのデートに思いを馳せるのだった。
「……ところでさ、」
運転中のことである。後部座席に腰掛けていた弥生が、ふと口を開いたかと思えば、妙なことを聞いてきた。
「例の『立案者』が暁連邦共和国側につくこと、ってあると思う?」
「むしろ、何でそんな考えが浮かぶのかが聞きたいね……」
下らない、と断じることは簡単だが、理由があるのであれば、まずそれを聞きたい。運転に集中しながらも、睦月は弥生の推測に耳を傾けた。
「作った武器、暁連邦共和国に売ってるみたいだからさ……それ繋がりで雇われる可能性もあるのかな、って思ったんだけど」
「まあ、暁連邦共和国も人手不足なのは間違いないだろうから……可能性としては、なくはないな。……主に誰かさんのせいで」
「うるさい、馬鹿姉貴……てっ!?」
こればかりは、睦月もツァーカブという新顔の幹部と接触したことがあるだけに、朔夜の横槍を否定することはできなかった。ついでに、伸びてきた朔夜の手を回避することもできなかった。
「とは言っても……商売だけの繋がりだろうな。あっても精々が、踏み台として利用する、ってところじゃねえか?」
「ふぅん……その心は?」
朔夜が面白そうに聞いてくる中、睦月は溜息交じりに答えた。
「暁連邦共和国が存続できている理由、考えてみろよ」
「理由?」
「核があるからじゃないの?」
直感で答えてくる弥生に、睦月は違うとばかりに首を横に振った。
「そんなもん、そこらの大国も持ってるだろうが。あの国で核抑止力なんて暴論、いまさら成り立つわけないだろ?」
そもそも核抑止力とは、端的に言えば、一方的な力の差を利用した平和維持活動の一環のことである。日々を平和に過ごせるのであれば、王がたとえ暴君だとしても、民には何の関係もないことと、同じ理屈だ。
けれども、対等の力があるということは、戦力的に張り合えると考えてしまい……結果、勝てると思い込んで戦争となることも、十分に有り得た。
「あの国が、どこからも攻められずにいる理由はただ一つ……拉致被害者、っていう人質が居るからだ」
誰だって、貧乏くじは引きたくないだろう。
「拉致被害者ごと国を攻め滅ぼしてみろ。国の自他を問わずに『無辜の民を巻き込んだ非人道的国家』の烙印を押されて、政的にも外交的にも袋叩きにされるのがオチだ」
だからこそ……父、秀吉が拉致被害者を救出しようとしている時点で、暁連邦共和国の寿命が長くないことは、容易に想像がついた。
「実際、拉致被害者が全員解放されたらどうなると思う? その瞬間、世界中から袋叩きにされて……最後に行きつくのは、破滅だろうな」
沈むと分かっている泥船に乗りたがる人間なんて、自殺願望があるか……最初から利用して使い潰そうとしているのは、想像に難くない。
「そもそもの話……拉致被害者に縋るだけの防衛力しかない小国なんて、いまさら仕えようなんて考える馬鹿が居たら、逆にお目にかかりたいね」
秀吉の仕事の成功は、そのまま復讐へと繋がる。正攻法こそ確実な手段とはよく言ったものだと、睦月は馬鹿馬鹿し気に話題を打ち切るのだった。
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