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104 由希奈とのデート(その1)
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とある決戦前夜のこと。由希奈は自室にて、ある物を手に葛藤していた。
(こ、これは……)
梅雨も明け、夜にも熱が帯びてきたので、多少の薄着でも問題なく過ごせる。現に、今は入浴前のストレッチも兼ねて、陸上部時代の練習用ユニフォームを着ていた。
動きやすさを重視した為に、セパレート型となったトップスとショーツという格好だ。ボトムスもまたズボンと同様なのだが、競技とは無縁の人間からすれば、明らかにきわどいと言える衣装だろう。
そんな、露出の多い格好で競技に励み、現在も室内だけとはいえ練習着に用いている由希奈ですら、目の前の下着は扇情的過ぎた。
(やっぱり……通販で買うんじゃなかった、かな?)
以前、彩未と買い物に出た際に購入した下着は二種類。
自分好みの青と、相手の苦手な紫の二種類で、夏の肩出しにも耐えられるストラップレスブラ。体型維持に問題はないので、サイズずれは起きていない。
しかし、それでもと言うべきか……少し妄想を滾らせてしまった由希奈は、通販に以前のバイト代の残りをつぎ込み、さらに新しい下着を購入してしまっていた。
そして今日荷物が届き、実物を確認してようやく……由希奈の頭は冷静さを取り戻していた。いや、届くまでは普通に生活していたので、現実を見て夢が覚めたとでも言うべきだろうか。
ワイヤーが組み込まれてはいるものの、本来カップで覆われているはずの部分が剥き出しになった、紐のみであしらわれたかのようなデザイン。全体が見えるよう広げて確認した結果、自分で選んで購入したはずの由希奈自身、引いてしまっていた。
「やり過ぎた……」
一度、『睦月の銃を持って走り届ける』という生命のやりとりを経験して以来、由希奈の理性はどうも緩んでしまったらしい。少なくとも、これまでの自分では恥ずかし過ぎて、注文どころか専門に取り扱っている通販サイトの検索すら、しようともしなかっただろう。
そもそもサイズが合わなさ過ぎて、市販品では極端な物しか取り扱われることが無くなってきたのが原因だと、若干八つ当たり気味に首を数度振り、苛立ちを振り払う。
ヌーブラという、胸に貼り付けるタイプの下着を使えばあまりサイズを気にしなくてもいいのだが……感触的にもデザイン的にも、由希奈の食指は動かなかった。
しかも、ブラだけじゃない。セットで売られていたショーツも大胆過ぎた。必要最低限は覆いつつもそれ以外は、いやその部分を吊り上げるような紐状の下着なのだ。実際に身に着けるとなると、陸上のユニフォームを初めて纏った時以上の羞恥心が襲ってくるだろう。
現に……手に取ってみただけで、躊躇してしまうような下着だった。処女どころか恋愛未経験者の由希奈にとってそれは、RPGゲームで言うところの『レベルが足りなくて装備できない』代物だった。
「いや、でもっ! これはこれで……」
「……いや、駄目でしょう」
「ひゃうっ!?」
突然話し掛けられて、慌てて声が飛んできた方を向く由希奈。
いつの間に入ってきたのか、そこには部屋着姿で頭にタオルを巻いている菜水が居た。
「ノックしても返事がないから、何かと思って入ってみれば……そんな下着、いつ買ったの?」
「みっ、見ないでっ!?」
慌てて身体に抱えて下着を隠そうとする由希奈に、菜水はタオルで覆われている額に指を当て、軽く溜息を吐いてくる。
「あのね、この前のバスジャックの件で私、もう由希奈が誰と付き合っていても、気にしないことにしたの。ちゃんと考えて、相手を見極めた上で向き合うなら、もう止めたりしないから。だからこれは、お姉ちゃんとして妹にしてあげる助言として、聞いて欲しいんだけど……」
そう言い、菜水は身体を丸めている由希奈に告げてきた。
「その手の扇情的な下着は……関係を継続させるマンネリ防止の為に使うのが目的で、発展させようと最初から身に着けていたら、『肉食系過ぎ』と思われて、相手によっては引いちゃうわよ?」
「う、ぅぅ……」
「実際今も、自分自身引いていたでしょう?」
最初から飛ばし過ぎた感は否めなかったものの、姉とはいえ第三者から告げられた由希奈は改めて、自身に後悔からなる黒歴史を積み重ねるのだった。
「そもそもの話……由希奈って、キスもまだじゃなかった? 付き合う前から最後までいっちゃう覚悟をするのはお姉ちゃん、正直どうかと思うんだけ、」
「もう分かったからほっといてよっ!」
一方その頃、睦月の方はといえば……
「……何だ、泊まってかないのか?」
「明日はデートなんでね。このままホテルに泊まるわ」
姉とはいえ、血が繋がっているわけではない。ゆえに、異性の匂いを纏う可能性もなくはないのだ。しかも……朔夜の家はある意味、女の園だった。
「にしても……また増えてないか?」
「お前と似たようなもんだよ。まったく……いいかげん、彼氏作ろうかな?」
朔夜の住むマンションの一室。その玄関先だけでも室内からの、女性特有の芳香が漂ってくる。
原因はただ一つ……朔夜が両性愛者な上、求める異性への要望が高過ぎたからだ。
「朔、好きな男とか、いないのかよ?」
「ん~……いないな」
少し悩んだ後、朔夜は視線を伏せた状態で、首を横に振った。
「一応アプローチ、っていうのか? 似たようなちょっかいは掛けられてるけど……飛び級の天才少年か無駄にプライドの高い若手の教授だけだな。歳と話が合いそうな同期は、性欲が完全に死んでるし」
「だからって、女に走るかね……」
外見も中身もモテやすいのか、老若男女問わずに囲まれているのが睦月の姉だった。しかも朔夜は、同性相手でも性欲を解消できるのが災いしてか、口説き口説かれた女を何人か、部屋に囲い込んでいる。
ある意味朔夜は、睦月のハーレムの師匠だった。
「せめて睦月位の男がいれば良かったんだけどな……下位互換すら存在しないとか、もうやってらんね。しばらく女だけでいいわ」
「ご愁傷様……」
もし朔夜が男に生まれていれば、兄弟揃って風俗通いや女漁りに余念がなかっただろう。ついでに弥生の膣内で穴兄弟やってた可能性もある。
……ただ、穴兄弟の件は、すでに玩具で経験済みだったりするが。
「どうせ大学も忙しいしな……ところで高校はどうだ? 楽しんでるか?」
「なんだかんだ、慣れると楽しいもんだよ……」
その結果、同級生とデートすることになるのだから、ある意味充実してるとも言えた。
「だから……今日は帰るよ。女の匂いを付けてくと、後々面倒だしな」
「言っておくけどな……人の女摘まみ喰いしてるのは、とっくに知ってるからな」
「いや、それは姉貴の女が軽いせいもあるからな」
とはいえ、朔夜の家に居るのは非処女だけだ。いまさら睦月に手を出されても、合意の上であれば特に文句はないのだろう。
現に、諸々の理由で怒鳴られていないのが良い証拠だ。
「問題は、相手が初めてのタイプ、ってことなんだよな……」
「初めて?」
「一般人の恋愛未経験者、多分処女でキスすら怪しい」
デート相手である由希奈の情報をいくつか羅列し、改めて初めての女を相手にするのだと、睦月は対応に悩んでしまった。
「……いや、お前の元カノにも一般人いただろ。普通に」
「さすがに、そこまで揃ってるのはいなかったよ。一番近くても……人のカードで、勝手に借金しようとした馬鹿だったし」
一般人の恋愛未経験者で処女。しかも……睦月に敵意や悪意を向けてこない人物。
由希奈はある意味、睦月が初めて対峙する異性だった。
「昔馴染み達以外だと、姫香や絵美が、一番付き合いが長いのか……」
「……その絵美も、今はどうしているか知らないけどな」
一応、ホテルの部屋は取ってあるので時間の心配はいらないが、もう夜も更けてきた。これ以上長居するなら部屋に入るべきだが、今日は寄らないと決めているので、睦月はお暇することにした。
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
「おう。気を付けて帰れよ……」
玄関口近くの柱にもたれる朔夜に見送られながら、睦月は背を向けて数歩、前へと進む。
「……あ、そうだ」
だが睦月は、立ち去る前に一度立ち止まり、振り返って朔夜に問い掛けた。
「例の中華街の件、結局どうなったんだ?」
「ああ……勇太が出張ついでに寄って来てくれる、ってさ」
「了解。じゃあ、また……」
最後の確認も終え、睦月は今度こそ、ホテルへと向けて歩き出した。
『立案者』の一件で、睦月は由希奈に、大きな借りができた。
以前、映画デートに行く話をしたこともあるが、それ以外にも、要望があれば可能な限り叶えようと、今日の睦月は決めていた。
「車は青で、良かったんだよな?」
「はい、ありがとうございます」
一夜明けて、デートの当日。睦月は由希奈を仕事用の車で迎えに行った。しかも車体の色を、彼女の希望通りに変えた上で。
元々、本来の黒以外の色に変える際は、周囲の要望かその時の気分で決めていたので、そこまで拘りはなかった。だから睦月も、由希奈の要望に応えてきたのだ。
「今日、姫香はどうしているんですか?」
「昨日女子会に行って……その後は聞いてないな。泊まり掛けだから、まだ続いててもおかしくはないけど」
仕事用の車を個人的で使うことに躊躇はない。惜しむとすれば燃料代位だろうが、高価とはいえ、生命よりは値段が安く済む。その為、睦月に迷う理由はなかった。
「じゃあ……行こうか」
「はい、お願いします」
初めて会った時よりも可憐系なスカートと肩を出したトップスで決めてきた由希奈は、手に持っているショルダーバッグを膝上に置きながら、助手席に着いた。
(どうなることやら……)
ある意味初めての経験ということもあり、若干とはいえ内心、睦月は緊張していた。そのことを由希奈に悟られないよう小さく息を吐いてから、クラッチペダルを持ち上げてエンジンへと直結させるのだった。
「……よし、追い駆けるわよ」
「姫香ちゃ~ん、止めようよ~……」
睦月の運転する車の後方に仕掛けられたカメラに映らない死角と距離に陣取りながら、姫香は側車付二輪車をゆっくりと発進させた。ただ、側車側に腰掛けた彩未はタブレットPCを操りつつも、やる気なさげにぼやいてきているが。
「別に睦月君が、他の女の子に手を出したって気にしないでしょう、いまさら……後で(性的に)襲うくせに」
「先にあんた、襲ってもいいのよ」
物理的なのか性的なのかはあえて伏せ、姫香は彩未を脅迫してすぐに尾行を開始した。
「ところで姫香ちゃん……今ちょっと思ったこと、言ってもいい?」
「何よ?」
睦月達と同じタイミングで赤信号に引っ掛かる中、彩未がふと、頭に浮かんだ疑問を姫香にぶつけてきた。
「この側車付二輪車ってさ、たしか睦月君のお下がりなんだよね?」
「より正確に言えば借りパクだけど、それがどうしたのよ?」
「もしかしたら、なんだけど……」
いったい何だ、とばかりに見てくる姫香に、彩未はすごく嫌な予感がする、といった感情を顔一面に貼り付けながら言ってきた。
「これにも遮断装置付いてて……遠隔で操作できるとかって、ないよね?」
「…………」
姫香は無言でゆっくりと、路肩に側車付二輪車を駐車させたのだった。
(とりあえず、姫香が追ってくる気配はなさそうだな……ちょっと離れたところに居るのは気になるけど)
「睦月さん、何を見てるんですか?」
「……いや、ただの定期確認」
停車中に操作していたカーナビの電源を切り、信号が変わったのを確認してから、睦月はギアを再び一速に入れ、ゆっくりと車を発進させた。
「姫香とはお互いに、スマホの位置情報を共有しててな。何かあった時の為に、定期的に確認するようにしてるんだよ」
「そうなんですか……」
映画みたいだとでも思っているのか、興味深げに電源の落ちたカーナビの画面に注視する由希奈だったが、睦月は本当の理由を心の中で思い浮かべながら、視線を前方へと泳がせた。
(この間の仕返しとばかりに尾行してくるかと思っていたけど……とりあえずは大丈夫そうだな)
下手に遠隔で遮断装置を操作し、事故や怨恨に繋がるのも面倒だったので、一先ず安心する睦月だった。
「それって、カーナビでしか見られないんですか?」
「いつもはスマホで見てるよ。今のは近距離無線通信で繋げて確認しただけ……運転中だから仕方ないけど、あんまり好きじゃないんだよな、あれ」
変化を嫌う為か、未だに近距離無線通信への苦手意識が拭えずにいる睦月。それとは別に、緊張を誤魔化す為でもあるのか、興味深げに車内を見回している由希奈。
そして睦月が、位置情報の確認を映画鑑賞の後にしようとスマホすら意識の外に追いやってしまった結果……姫香の魔の手(?)が再び迫ってきていることに、気付くのが遅れてしまうのだった。
(こ、これは……)
梅雨も明け、夜にも熱が帯びてきたので、多少の薄着でも問題なく過ごせる。現に、今は入浴前のストレッチも兼ねて、陸上部時代の練習用ユニフォームを着ていた。
動きやすさを重視した為に、セパレート型となったトップスとショーツという格好だ。ボトムスもまたズボンと同様なのだが、競技とは無縁の人間からすれば、明らかにきわどいと言える衣装だろう。
そんな、露出の多い格好で競技に励み、現在も室内だけとはいえ練習着に用いている由希奈ですら、目の前の下着は扇情的過ぎた。
(やっぱり……通販で買うんじゃなかった、かな?)
以前、彩未と買い物に出た際に購入した下着は二種類。
自分好みの青と、相手の苦手な紫の二種類で、夏の肩出しにも耐えられるストラップレスブラ。体型維持に問題はないので、サイズずれは起きていない。
しかし、それでもと言うべきか……少し妄想を滾らせてしまった由希奈は、通販に以前のバイト代の残りをつぎ込み、さらに新しい下着を購入してしまっていた。
そして今日荷物が届き、実物を確認してようやく……由希奈の頭は冷静さを取り戻していた。いや、届くまでは普通に生活していたので、現実を見て夢が覚めたとでも言うべきだろうか。
ワイヤーが組み込まれてはいるものの、本来カップで覆われているはずの部分が剥き出しになった、紐のみであしらわれたかのようなデザイン。全体が見えるよう広げて確認した結果、自分で選んで購入したはずの由希奈自身、引いてしまっていた。
「やり過ぎた……」
一度、『睦月の銃を持って走り届ける』という生命のやりとりを経験して以来、由希奈の理性はどうも緩んでしまったらしい。少なくとも、これまでの自分では恥ずかし過ぎて、注文どころか専門に取り扱っている通販サイトの検索すら、しようともしなかっただろう。
そもそもサイズが合わなさ過ぎて、市販品では極端な物しか取り扱われることが無くなってきたのが原因だと、若干八つ当たり気味に首を数度振り、苛立ちを振り払う。
ヌーブラという、胸に貼り付けるタイプの下着を使えばあまりサイズを気にしなくてもいいのだが……感触的にもデザイン的にも、由希奈の食指は動かなかった。
しかも、ブラだけじゃない。セットで売られていたショーツも大胆過ぎた。必要最低限は覆いつつもそれ以外は、いやその部分を吊り上げるような紐状の下着なのだ。実際に身に着けるとなると、陸上のユニフォームを初めて纏った時以上の羞恥心が襲ってくるだろう。
現に……手に取ってみただけで、躊躇してしまうような下着だった。処女どころか恋愛未経験者の由希奈にとってそれは、RPGゲームで言うところの『レベルが足りなくて装備できない』代物だった。
「いや、でもっ! これはこれで……」
「……いや、駄目でしょう」
「ひゃうっ!?」
突然話し掛けられて、慌てて声が飛んできた方を向く由希奈。
いつの間に入ってきたのか、そこには部屋着姿で頭にタオルを巻いている菜水が居た。
「ノックしても返事がないから、何かと思って入ってみれば……そんな下着、いつ買ったの?」
「みっ、見ないでっ!?」
慌てて身体に抱えて下着を隠そうとする由希奈に、菜水はタオルで覆われている額に指を当て、軽く溜息を吐いてくる。
「あのね、この前のバスジャックの件で私、もう由希奈が誰と付き合っていても、気にしないことにしたの。ちゃんと考えて、相手を見極めた上で向き合うなら、もう止めたりしないから。だからこれは、お姉ちゃんとして妹にしてあげる助言として、聞いて欲しいんだけど……」
そう言い、菜水は身体を丸めている由希奈に告げてきた。
「その手の扇情的な下着は……関係を継続させるマンネリ防止の為に使うのが目的で、発展させようと最初から身に着けていたら、『肉食系過ぎ』と思われて、相手によっては引いちゃうわよ?」
「う、ぅぅ……」
「実際今も、自分自身引いていたでしょう?」
最初から飛ばし過ぎた感は否めなかったものの、姉とはいえ第三者から告げられた由希奈は改めて、自身に後悔からなる黒歴史を積み重ねるのだった。
「そもそもの話……由希奈って、キスもまだじゃなかった? 付き合う前から最後までいっちゃう覚悟をするのはお姉ちゃん、正直どうかと思うんだけ、」
「もう分かったからほっといてよっ!」
一方その頃、睦月の方はといえば……
「……何だ、泊まってかないのか?」
「明日はデートなんでね。このままホテルに泊まるわ」
姉とはいえ、血が繋がっているわけではない。ゆえに、異性の匂いを纏う可能性もなくはないのだ。しかも……朔夜の家はある意味、女の園だった。
「にしても……また増えてないか?」
「お前と似たようなもんだよ。まったく……いいかげん、彼氏作ろうかな?」
朔夜の住むマンションの一室。その玄関先だけでも室内からの、女性特有の芳香が漂ってくる。
原因はただ一つ……朔夜が両性愛者な上、求める異性への要望が高過ぎたからだ。
「朔、好きな男とか、いないのかよ?」
「ん~……いないな」
少し悩んだ後、朔夜は視線を伏せた状態で、首を横に振った。
「一応アプローチ、っていうのか? 似たようなちょっかいは掛けられてるけど……飛び級の天才少年か無駄にプライドの高い若手の教授だけだな。歳と話が合いそうな同期は、性欲が完全に死んでるし」
「だからって、女に走るかね……」
外見も中身もモテやすいのか、老若男女問わずに囲まれているのが睦月の姉だった。しかも朔夜は、同性相手でも性欲を解消できるのが災いしてか、口説き口説かれた女を何人か、部屋に囲い込んでいる。
ある意味朔夜は、睦月のハーレムの師匠だった。
「せめて睦月位の男がいれば良かったんだけどな……下位互換すら存在しないとか、もうやってらんね。しばらく女だけでいいわ」
「ご愁傷様……」
もし朔夜が男に生まれていれば、兄弟揃って風俗通いや女漁りに余念がなかっただろう。ついでに弥生の膣内で穴兄弟やってた可能性もある。
……ただ、穴兄弟の件は、すでに玩具で経験済みだったりするが。
「どうせ大学も忙しいしな……ところで高校はどうだ? 楽しんでるか?」
「なんだかんだ、慣れると楽しいもんだよ……」
その結果、同級生とデートすることになるのだから、ある意味充実してるとも言えた。
「だから……今日は帰るよ。女の匂いを付けてくと、後々面倒だしな」
「言っておくけどな……人の女摘まみ喰いしてるのは、とっくに知ってるからな」
「いや、それは姉貴の女が軽いせいもあるからな」
とはいえ、朔夜の家に居るのは非処女だけだ。いまさら睦月に手を出されても、合意の上であれば特に文句はないのだろう。
現に、諸々の理由で怒鳴られていないのが良い証拠だ。
「問題は、相手が初めてのタイプ、ってことなんだよな……」
「初めて?」
「一般人の恋愛未経験者、多分処女でキスすら怪しい」
デート相手である由希奈の情報をいくつか羅列し、改めて初めての女を相手にするのだと、睦月は対応に悩んでしまった。
「……いや、お前の元カノにも一般人いただろ。普通に」
「さすがに、そこまで揃ってるのはいなかったよ。一番近くても……人のカードで、勝手に借金しようとした馬鹿だったし」
一般人の恋愛未経験者で処女。しかも……睦月に敵意や悪意を向けてこない人物。
由希奈はある意味、睦月が初めて対峙する異性だった。
「昔馴染み達以外だと、姫香や絵美が、一番付き合いが長いのか……」
「……その絵美も、今はどうしているか知らないけどな」
一応、ホテルの部屋は取ってあるので時間の心配はいらないが、もう夜も更けてきた。これ以上長居するなら部屋に入るべきだが、今日は寄らないと決めているので、睦月はお暇することにした。
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
「おう。気を付けて帰れよ……」
玄関口近くの柱にもたれる朔夜に見送られながら、睦月は背を向けて数歩、前へと進む。
「……あ、そうだ」
だが睦月は、立ち去る前に一度立ち止まり、振り返って朔夜に問い掛けた。
「例の中華街の件、結局どうなったんだ?」
「ああ……勇太が出張ついでに寄って来てくれる、ってさ」
「了解。じゃあ、また……」
最後の確認も終え、睦月は今度こそ、ホテルへと向けて歩き出した。
『立案者』の一件で、睦月は由希奈に、大きな借りができた。
以前、映画デートに行く話をしたこともあるが、それ以外にも、要望があれば可能な限り叶えようと、今日の睦月は決めていた。
「車は青で、良かったんだよな?」
「はい、ありがとうございます」
一夜明けて、デートの当日。睦月は由希奈を仕事用の車で迎えに行った。しかも車体の色を、彼女の希望通りに変えた上で。
元々、本来の黒以外の色に変える際は、周囲の要望かその時の気分で決めていたので、そこまで拘りはなかった。だから睦月も、由希奈の要望に応えてきたのだ。
「今日、姫香はどうしているんですか?」
「昨日女子会に行って……その後は聞いてないな。泊まり掛けだから、まだ続いててもおかしくはないけど」
仕事用の車を個人的で使うことに躊躇はない。惜しむとすれば燃料代位だろうが、高価とはいえ、生命よりは値段が安く済む。その為、睦月に迷う理由はなかった。
「じゃあ……行こうか」
「はい、お願いします」
初めて会った時よりも可憐系なスカートと肩を出したトップスで決めてきた由希奈は、手に持っているショルダーバッグを膝上に置きながら、助手席に着いた。
(どうなることやら……)
ある意味初めての経験ということもあり、若干とはいえ内心、睦月は緊張していた。そのことを由希奈に悟られないよう小さく息を吐いてから、クラッチペダルを持ち上げてエンジンへと直結させるのだった。
「……よし、追い駆けるわよ」
「姫香ちゃ~ん、止めようよ~……」
睦月の運転する車の後方に仕掛けられたカメラに映らない死角と距離に陣取りながら、姫香は側車付二輪車をゆっくりと発進させた。ただ、側車側に腰掛けた彩未はタブレットPCを操りつつも、やる気なさげにぼやいてきているが。
「別に睦月君が、他の女の子に手を出したって気にしないでしょう、いまさら……後で(性的に)襲うくせに」
「先にあんた、襲ってもいいのよ」
物理的なのか性的なのかはあえて伏せ、姫香は彩未を脅迫してすぐに尾行を開始した。
「ところで姫香ちゃん……今ちょっと思ったこと、言ってもいい?」
「何よ?」
睦月達と同じタイミングで赤信号に引っ掛かる中、彩未がふと、頭に浮かんだ疑問を姫香にぶつけてきた。
「この側車付二輪車ってさ、たしか睦月君のお下がりなんだよね?」
「より正確に言えば借りパクだけど、それがどうしたのよ?」
「もしかしたら、なんだけど……」
いったい何だ、とばかりに見てくる姫香に、彩未はすごく嫌な予感がする、といった感情を顔一面に貼り付けながら言ってきた。
「これにも遮断装置付いてて……遠隔で操作できるとかって、ないよね?」
「…………」
姫香は無言でゆっくりと、路肩に側車付二輪車を駐車させたのだった。
(とりあえず、姫香が追ってくる気配はなさそうだな……ちょっと離れたところに居るのは気になるけど)
「睦月さん、何を見てるんですか?」
「……いや、ただの定期確認」
停車中に操作していたカーナビの電源を切り、信号が変わったのを確認してから、睦月はギアを再び一速に入れ、ゆっくりと車を発進させた。
「姫香とはお互いに、スマホの位置情報を共有しててな。何かあった時の為に、定期的に確認するようにしてるんだよ」
「そうなんですか……」
映画みたいだとでも思っているのか、興味深げに電源の落ちたカーナビの画面に注視する由希奈だったが、睦月は本当の理由を心の中で思い浮かべながら、視線を前方へと泳がせた。
(この間の仕返しとばかりに尾行してくるかと思っていたけど……とりあえずは大丈夫そうだな)
下手に遠隔で遮断装置を操作し、事故や怨恨に繋がるのも面倒だったので、一先ず安心する睦月だった。
「それって、カーナビでしか見られないんですか?」
「いつもはスマホで見てるよ。今のは近距離無線通信で繋げて確認しただけ……運転中だから仕方ないけど、あんまり好きじゃないんだよな、あれ」
変化を嫌う為か、未だに近距離無線通信への苦手意識が拭えずにいる睦月。それとは別に、緊張を誤魔化す為でもあるのか、興味深げに車内を見回している由希奈。
そして睦月が、位置情報の確認を映画鑑賞の後にしようとスマホすら意識の外に追いやってしまった結果……姫香の魔の手(?)が再び迫ってきていることに、気付くのが遅れてしまうのだった。
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