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105 由希奈とのデート(その2)
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――ガパッ!
「……チッ、やっぱり仕掛けてある」
「気付いたの、私だけどね……」
睦月の下で働いていることもあってか、簡易的ではあるものの、姫香にも整備技術が備わっていた。
その技術を用いることで、路上駐車させた側車付二輪車のカバー部分を一部剥がしてすぐに、その仕掛けを見つけられた。もっとも、取り付ける目的を睦月の視点で考えれば、おおよその見当はすぐについたが。
「大方、制御系にも取り付けてあるんでしょうけど……敵に取られた前提でこんな所にまで細工とか、ほんと睦月って、性根がひん曲がってるわね」
「そんな睦月君が大好きなのは、姫香ちゃんでしょ~……」
一応、姫香に言われた通りにタブレットPCで睦月の行方を追いつつも、彩未は彼女の発言に対して、気の抜けたツッコミを入れ続けていた。
しかし、彩未の戯言を無視した姫香は一度カバーを戻し、静かに腕を組んだ。
「乗り物がいるわね……最低でも車が」
「まあ側車付二輪車自体、珍しいもんね……」
いくら対人依存症な彩未でも、環境要因には敵わないらしい。夏に差し掛かっていたこともあってか、今日の日差しは強過ぎたようだ。できれば屋内で日差しを遮りたいのか、姫香の前でこれ見よがしに手を翳してみせてくる。
「私も屋根付きには賛成。これからどうするかはともかく……そろそろ文明の利器に当たりたい」
けれども、姫香は彩未の仕草を無視して、次の行動について思案している。
(予備の車を用意しようにも、個人用のワゴンを取ってくる暇はない。近場に隠れ家もないし……)
緊急用に、睦月は予備の車付きの隠れ家をいくつも隠し持っている上に、場所を散らして用意してある。
けれども、姫香達の居る場所からは、一番近くても徒歩三十分圏内。側車付二輪車をこの場に放置したとしても、今からだと追い駆けるのには時間が掛かり過ぎる。
それに、今度は遮断装置だけでなく、整備不良の可能性も出てきた。普段使いではない分最低限しか点検していないので、仕方がないと言えば、仕方がないのだが……
(こんなことなら、自分用に一台買っとけば良かった。とりあえず、今日のところは……ん?)
彩未が(一人だけ)ペットボトルの飲み物を飲んでいるのを背に、意識を脳裏から視界へと移した姫香の前には一台の、女性に人気の高そうな軽自動車が停車した。
睦月達が住む市の隣にあるショッピングモール内の映画館でも、以前話していた映画は公開されていた。
「わざわざ県、越えなくて済んだのは良かったけど……」
公共交通機関を使う前提であれば、県を越えた方がかえって移動しやすいショッピングモールや映画館はいくらでもある。だから、睦月達のように車で来た者がほとんどなのだろう。
そこそこ広いはずのショッピングモールは休日にも関わらず、人口密度がそこまで高くはなかった。ただ、理由がそれだけではないことは、モール内を一望しただけで容易に想像できたが。
「……リニューアルするんだな、ここ」
「だからか……お店も結構、閉まってますね」
「映画の後は、別の所に行くのも手か……」
生きていく上で、人間はお金を稼がなければならない。
働こうとも金融商品で収益を得ようとも、その元手となる資金がなければ何もできないのが現代社会だ。最古の物々交換をより円滑にする為に用いられている貨幣を集めなければ、野垂れ死んでしまう未来しかやっては来ない。
だから、たとえ店舗がいくつも閉店していたとしても、モール自体の営業は続けなければならないのだろう。あまり手を入れる必要のない場所や、あえて工期をずらして閉めない店舗を用意しつつ、集客を続けようとする営業努力が垣間見えてくる。
「それにしても……上映期間ギリギリに間に合って良かったよ」
睦月の言葉通り、由希奈と観ようとしていた映画『ヴィランに教えを乞うな!』は、あと数日で上映終了となる。それもあってか、観客はそこまで多くなかった。
「スマホ光害の心配もなさそうだし……ある意味ベストタイミングだな」
そう発言する睦月に念の為か、由希奈がこう問い掛けてくる。
「もし……スマホ光害に遭ったら、どうしますか?」
「それはもちろん……」
各々障害者手帳を取り出しながら、障害者割引きで映画を観ようと、受付へと向かう二人。
「……スタッフに『盗撮だ!』って伝える」
「そうしましょう!」
その日、幸か不幸か……盗撮疑惑で突き出された者は一人も居なかった。
同時刻。
「とりあえず、やり過ぎそうなら私の方で回収するから……由希奈に手を出すのは無しで」
「チッ!」
「舌打ちは駄目だって、姫香ちゃん……」
後部座席で舌打ちする姫香を宥めながら、並んで腰掛ける彩未は運転席に居る菜水へと、声を掛けた。
「それにしても……ありがとうございます、菜水さん。乗せて貰って」
「まあ、私も気になってたしね……」
何か思うところでもあるのだろうか、菜水は含みのある物言いで、睦月達の居るショッピングモールへと向かっていた。由希奈から元々行き先を聞いていた為か、ハンドルを握る手に迷いが見られなかった。
「人間、初めてだと加減が分からないから……ましてや、由希奈には発達障害のこともあるし」
自分で考え込んでしまうことの多い発達障害の為、個人の範疇を越えてしまうと妄想や思い込みといった、『架空の思考』が生まれやすくなってしまう。
大方、少し行き過ぎてしまった挙動を見てしまい、心配になったのだろう。妹の身を案じて、ここまで追い駆けてきたらしい。
そして運転中だった菜水は、その途中で偶然にも、彩未達を見つけたので声を掛け、そのまま乗せてくれた。それが現状である。
「それにしても……姫香ちゃん、話せたんだ?」
「……相手にも依るわよ」
少なくとも、ここに地元の人間はいない。しかも、隠す理由がない為か、姫香も簡単に口を開いていた。
とはいえ……見た限り、機嫌は最悪だったが。
「でも姫香ちゃん……もう由希奈ちゃんに手を出す気、ないんでしょう?」
「……今のところは、よ」
その証拠に、姫香が凶器の類を所持していないことは、彩未はすでに知っていた。無論、彼女にとっては百円ショップの商品でも十分、銃を持つ相手だろうが制圧できることも承知の上で、だが。
以前、由希奈には『単に女癖が悪いだけ』とは伝えてある。同時に、睦月にはハーレム願望がないことも言ったはずだが……果たして、どこまで理解できているのか。
(嫉妬の醜さが……本当に分かっているのかしらね)
彩未が運転中の菜水と話しているのを聞き流しながら、姫香はガラス窓越しに、外の景色を眺めていた。
ある宗教では七つの大罪……いや、罪源と呼ばれるものがある。
人間には、罪に至る根源となる感情が存在する。その中でも、嫉妬は二番目に重い罪として、見られることがあった。
ある意味、当然かもしれない。
一番目の傲慢が自分しか見られない利己主義の産物だとすれば……二番目は自分以外の人間と比較しなければ、決して生まれてこない感情なのだから。
他の罪が何であろうとも、『自分』と『他人』は、集団社会で生きていく中で、一番意識しなければならない要素だ。
『えっと、その……何となく姫香も、嫌いになれなくて』
むしろ……女として完封した方が、案外後腐れがないのかもしれない。
(全部手に入るとでも、思ってるのかしら……由希奈の奴)
引導を渡すこともまた、一種の優しさ足り得る。
今の姫香に自覚はないものの、無意識に由希奈の名前が浮かんだ理由は、そこからきているのかもしれない。
(……ま、どうでもいっか)
けれども、姫香は意識を由希奈から、自身のスマホへと移してしまう。
……今はまだ、その程度の認識だった。
映画を観た後、由希奈は睦月に連れられて、未だに営業しているチェーンの喫茶店へと入った。ショッピングモールを出て別の店に向かっても良かったのだが、通りすがりに偶々空いていたのを見かけて、そのまま入店して席に着いたのだ。
「意外と良かったですよね、あの映画」
「続編作る気ないのが、特にな……」
漫画やアニメの実写化でよくあることだが、人気作品である程高を括って、続編前提で物語の最後を締めようとする傾向がある。
実際に続編が出るのであれば、何の問題もないのだろうが……原作の人気に胡坐を掻き過ぎてしまうと、それ自体が駄作の要素足り得ることもある。
今回元となった作品は、実は物語としては、すでに完結していた。けれども、あまりに人気が有り過ぎた為に編集部が作家に無理を言い、今でも連載が続いているらしい。今日観た映画は、その『完結した物語』だけを実写化していたので、かえって名作へと繋がったのだろう。
「そういえば……由希奈もあの漫画、知ってたんだな?」
「少し前に、題目に惹かれて読んでたんですけど……ついハマっちゃって」
その惹かれた理由について、由希奈はあえて隠さずに、話を続けた。
「あの主人公に教えている悪役って、何となく睦月さんに似てるなぁ……って思って読んでたら、止まらなくなっちゃったんです」
「俺に?」
その言葉の割には、睦月はあまり首を傾げてこない。多少の自覚があるのだろうかと、由希奈はカフェオレに口を付けながら、さらに言葉を繋げていく。
「あの悪役も……元々は、そういう環境に生まれたという理由だけで悪の組織に居ましたけど、馴染めなくて抜けた過去があるじゃないですか」
まるで、現在の睦月だと由希奈は思っていた。唯一違うのは、未だに裏社会から抜け出していないところだろうか。
「力の有無じゃなくて、心の拠り所で生き方を決めたところとかが似てるな、って思って……」
「まあ、近いと言えば近い……のか?」
力に溺れて、悲惨な末路を辿る。
それも虚実を問わず、よくある話だが……由希奈から見れば、睦月も映画の悪役も、何かに溺れている様子は全くなかった。
「これは、個人的な考えなんですけれど……心の器、って言うんでしょうか? その器に入りきれないだけの力を急に注がれると溢れて、かえって零しちゃうじゃないですか。でも、睦月さん達はそういうのがないな、と思って……」
今日見た映画やその原作の中でも、悪役が主人公に真っ先に教えたのは……手に入れた力の本質についてだった。
「えっと……今の説明で、分かりますでしょうか?」
「……大体」
分かりやすく言えば、宝くじで高額当選した者が破滅するのと、同様の話だ。
いきなり大金を渡されても、使い道が分からずに変な贅沢をして、かえって身を滅ぼしてしまう例は、腐る程あった。現に、高額当選者に対して、注意喚起を図る冊子が宝くじの運営元から配布されている。それもまた、当選後の悲劇を回避させる目的があってのことだ。
それと同じく、過ぎた力は身を滅ぼしてしまう。
突然銃を持たされて、『憎い奴を殺していい』と言われたとしても……素直に実行できる者が、この世に何人いるだろうか?
「実際、俺の地元にも居たよ……力に溺れて破滅した奴が、何人も」
由希奈には伏せた言い方しかできないが、睦月自身、何度もその光景を目撃した。ついでに言えば、自分で手を下したこともある。
「こいつはたとえ話なんだが……俺達が初めて銃器を握らされた時、目の前に誰かが居る。それは指導者にとっての仇敵だと説明された上で、『銃を構えて撃て』って指示されたとしたら……由希奈はどうする?」
「えっと、目の前に標的となる人が居て……『銃を構えて撃て』って、言われたんですか?」
睦月は黙って、首肯した。
説明自体は簡潔かつ不明瞭にしかできていないが、由希奈はどうにか理解しようとしてくれているらしく、分かったことについて、睦月に確認を取ってきた。
(さて、どう答えるかな……)
その時の出来事はある意味、その指導者が用意した適正検査だった。
従うか、従わないか、もしくは……
「私だったら……『その人は撃たない』、と思います」
……それ以外の回答か。
「そのまま、一発も撃たないのか?」
「撃つかどうかは、その時次第だと思います」
思っていたよりも早く回答されてしまったからか、睦月は由希奈のたどたどしい説明を、内心楽し気に聞いていた。
「実際、ただの的みたいな物があれば、それで練習しようと思うかもしれません。ただ……少なくとも、指導者の仇敵を自分で撃ちたくは、ありません」
しかし、そんな様子の睦月に気付く余裕もないのか……由希奈はただ正直に、自らの気持ちを吐露してきた。
「人殺し自体に抵抗がある、というのもありますけど……私は、強要されてもいないのに、簡単に人を殺めたくはありません」
その言葉に、睦月の口元は無自覚にも、口角が上がっていた。
「…………正解だ」
従えば従順な、従わなければ使い捨ての駒にされていた。そして……自ら考えて行動できる者が力に溺れない、指導する価値のある者だと判断される。現に、指導者の指示には『何を』、もしくは『誰を撃て』という明確な一言が、含まれていなかったのだから。
「人に言われて行動する奴は、別の人間に何かを吹き込まれて裏切ろうとする可能性が高い。誰か何かに利用され続けたとしても、『その結果、平穏に人生を過ごせる』と思えるのならまだいい。だが……『自分の足で歩く』のなら、自分で考えて行動しなければならない。これは指導者が、『相手が物事に流されやすい人間かどうか、見極める為の検査』なんだよ。そして、流されやすい人間は『自分の考え』という支えがない分……力に溺れやすい」
残りのコーヒーを飲み干し、睦月は話を締めた。
「だから……由希奈も十分、『心の器がでかい』よ」
最後の一言が、睦月なりの褒め言葉だと理解するにつれ……由希奈の顔は徐々に赤みを帯び、俯くことになるのだった。
少し離れた場所に、河川敷がある。せっかくだからと、二人は少し、散歩をすることにした。
車を一旦そのままにして、ショッピングモールを出たところでふと、由希奈は睦月に声を掛けた。
「ところで、さっきの話ですけれど……」
「さっきのって……あの、たとえ話のことか?」
その確認に頷いてから、由希奈は睦月に聞いてくる。
「睦月さんはその時、どうしたんですか?」
「迷わず撃ったよ」
即答し、由希奈に誤解されないよう何を的にしたのかを、睦月は立て続けに口にした。
「用意された仇敵じゃなくて……喧嘩売ってきた上級生の方をな」
いくら弥生の陰口を叩かれたとはいえ、それでガキ大将に目を付けられたのだから、人生はままならない。
(そもそも……模擬銃だったとはいえ、入学式にやることか? 適正検査)
子供に何やらせてるんだよ、と内心当時の大人達に文句を言いつつ、睦月は由希奈と並んで、河川敷の方へと向かった。
「……チッ、やっぱり仕掛けてある」
「気付いたの、私だけどね……」
睦月の下で働いていることもあってか、簡易的ではあるものの、姫香にも整備技術が備わっていた。
その技術を用いることで、路上駐車させた側車付二輪車のカバー部分を一部剥がしてすぐに、その仕掛けを見つけられた。もっとも、取り付ける目的を睦月の視点で考えれば、おおよその見当はすぐについたが。
「大方、制御系にも取り付けてあるんでしょうけど……敵に取られた前提でこんな所にまで細工とか、ほんと睦月って、性根がひん曲がってるわね」
「そんな睦月君が大好きなのは、姫香ちゃんでしょ~……」
一応、姫香に言われた通りにタブレットPCで睦月の行方を追いつつも、彩未は彼女の発言に対して、気の抜けたツッコミを入れ続けていた。
しかし、彩未の戯言を無視した姫香は一度カバーを戻し、静かに腕を組んだ。
「乗り物がいるわね……最低でも車が」
「まあ側車付二輪車自体、珍しいもんね……」
いくら対人依存症な彩未でも、環境要因には敵わないらしい。夏に差し掛かっていたこともあってか、今日の日差しは強過ぎたようだ。できれば屋内で日差しを遮りたいのか、姫香の前でこれ見よがしに手を翳してみせてくる。
「私も屋根付きには賛成。これからどうするかはともかく……そろそろ文明の利器に当たりたい」
けれども、姫香は彩未の仕草を無視して、次の行動について思案している。
(予備の車を用意しようにも、個人用のワゴンを取ってくる暇はない。近場に隠れ家もないし……)
緊急用に、睦月は予備の車付きの隠れ家をいくつも隠し持っている上に、場所を散らして用意してある。
けれども、姫香達の居る場所からは、一番近くても徒歩三十分圏内。側車付二輪車をこの場に放置したとしても、今からだと追い駆けるのには時間が掛かり過ぎる。
それに、今度は遮断装置だけでなく、整備不良の可能性も出てきた。普段使いではない分最低限しか点検していないので、仕方がないと言えば、仕方がないのだが……
(こんなことなら、自分用に一台買っとけば良かった。とりあえず、今日のところは……ん?)
彩未が(一人だけ)ペットボトルの飲み物を飲んでいるのを背に、意識を脳裏から視界へと移した姫香の前には一台の、女性に人気の高そうな軽自動車が停車した。
睦月達が住む市の隣にあるショッピングモール内の映画館でも、以前話していた映画は公開されていた。
「わざわざ県、越えなくて済んだのは良かったけど……」
公共交通機関を使う前提であれば、県を越えた方がかえって移動しやすいショッピングモールや映画館はいくらでもある。だから、睦月達のように車で来た者がほとんどなのだろう。
そこそこ広いはずのショッピングモールは休日にも関わらず、人口密度がそこまで高くはなかった。ただ、理由がそれだけではないことは、モール内を一望しただけで容易に想像できたが。
「……リニューアルするんだな、ここ」
「だからか……お店も結構、閉まってますね」
「映画の後は、別の所に行くのも手か……」
生きていく上で、人間はお金を稼がなければならない。
働こうとも金融商品で収益を得ようとも、その元手となる資金がなければ何もできないのが現代社会だ。最古の物々交換をより円滑にする為に用いられている貨幣を集めなければ、野垂れ死んでしまう未来しかやっては来ない。
だから、たとえ店舗がいくつも閉店していたとしても、モール自体の営業は続けなければならないのだろう。あまり手を入れる必要のない場所や、あえて工期をずらして閉めない店舗を用意しつつ、集客を続けようとする営業努力が垣間見えてくる。
「それにしても……上映期間ギリギリに間に合って良かったよ」
睦月の言葉通り、由希奈と観ようとしていた映画『ヴィランに教えを乞うな!』は、あと数日で上映終了となる。それもあってか、観客はそこまで多くなかった。
「スマホ光害の心配もなさそうだし……ある意味ベストタイミングだな」
そう発言する睦月に念の為か、由希奈がこう問い掛けてくる。
「もし……スマホ光害に遭ったら、どうしますか?」
「それはもちろん……」
各々障害者手帳を取り出しながら、障害者割引きで映画を観ようと、受付へと向かう二人。
「……スタッフに『盗撮だ!』って伝える」
「そうしましょう!」
その日、幸か不幸か……盗撮疑惑で突き出された者は一人も居なかった。
同時刻。
「とりあえず、やり過ぎそうなら私の方で回収するから……由希奈に手を出すのは無しで」
「チッ!」
「舌打ちは駄目だって、姫香ちゃん……」
後部座席で舌打ちする姫香を宥めながら、並んで腰掛ける彩未は運転席に居る菜水へと、声を掛けた。
「それにしても……ありがとうございます、菜水さん。乗せて貰って」
「まあ、私も気になってたしね……」
何か思うところでもあるのだろうか、菜水は含みのある物言いで、睦月達の居るショッピングモールへと向かっていた。由希奈から元々行き先を聞いていた為か、ハンドルを握る手に迷いが見られなかった。
「人間、初めてだと加減が分からないから……ましてや、由希奈には発達障害のこともあるし」
自分で考え込んでしまうことの多い発達障害の為、個人の範疇を越えてしまうと妄想や思い込みといった、『架空の思考』が生まれやすくなってしまう。
大方、少し行き過ぎてしまった挙動を見てしまい、心配になったのだろう。妹の身を案じて、ここまで追い駆けてきたらしい。
そして運転中だった菜水は、その途中で偶然にも、彩未達を見つけたので声を掛け、そのまま乗せてくれた。それが現状である。
「それにしても……姫香ちゃん、話せたんだ?」
「……相手にも依るわよ」
少なくとも、ここに地元の人間はいない。しかも、隠す理由がない為か、姫香も簡単に口を開いていた。
とはいえ……見た限り、機嫌は最悪だったが。
「でも姫香ちゃん……もう由希奈ちゃんに手を出す気、ないんでしょう?」
「……今のところは、よ」
その証拠に、姫香が凶器の類を所持していないことは、彩未はすでに知っていた。無論、彼女にとっては百円ショップの商品でも十分、銃を持つ相手だろうが制圧できることも承知の上で、だが。
以前、由希奈には『単に女癖が悪いだけ』とは伝えてある。同時に、睦月にはハーレム願望がないことも言ったはずだが……果たして、どこまで理解できているのか。
(嫉妬の醜さが……本当に分かっているのかしらね)
彩未が運転中の菜水と話しているのを聞き流しながら、姫香はガラス窓越しに、外の景色を眺めていた。
ある宗教では七つの大罪……いや、罪源と呼ばれるものがある。
人間には、罪に至る根源となる感情が存在する。その中でも、嫉妬は二番目に重い罪として、見られることがあった。
ある意味、当然かもしれない。
一番目の傲慢が自分しか見られない利己主義の産物だとすれば……二番目は自分以外の人間と比較しなければ、決して生まれてこない感情なのだから。
他の罪が何であろうとも、『自分』と『他人』は、集団社会で生きていく中で、一番意識しなければならない要素だ。
『えっと、その……何となく姫香も、嫌いになれなくて』
むしろ……女として完封した方が、案外後腐れがないのかもしれない。
(全部手に入るとでも、思ってるのかしら……由希奈の奴)
引導を渡すこともまた、一種の優しさ足り得る。
今の姫香に自覚はないものの、無意識に由希奈の名前が浮かんだ理由は、そこからきているのかもしれない。
(……ま、どうでもいっか)
けれども、姫香は意識を由希奈から、自身のスマホへと移してしまう。
……今はまだ、その程度の認識だった。
映画を観た後、由希奈は睦月に連れられて、未だに営業しているチェーンの喫茶店へと入った。ショッピングモールを出て別の店に向かっても良かったのだが、通りすがりに偶々空いていたのを見かけて、そのまま入店して席に着いたのだ。
「意外と良かったですよね、あの映画」
「続編作る気ないのが、特にな……」
漫画やアニメの実写化でよくあることだが、人気作品である程高を括って、続編前提で物語の最後を締めようとする傾向がある。
実際に続編が出るのであれば、何の問題もないのだろうが……原作の人気に胡坐を掻き過ぎてしまうと、それ自体が駄作の要素足り得ることもある。
今回元となった作品は、実は物語としては、すでに完結していた。けれども、あまりに人気が有り過ぎた為に編集部が作家に無理を言い、今でも連載が続いているらしい。今日観た映画は、その『完結した物語』だけを実写化していたので、かえって名作へと繋がったのだろう。
「そういえば……由希奈もあの漫画、知ってたんだな?」
「少し前に、題目に惹かれて読んでたんですけど……ついハマっちゃって」
その惹かれた理由について、由希奈はあえて隠さずに、話を続けた。
「あの主人公に教えている悪役って、何となく睦月さんに似てるなぁ……って思って読んでたら、止まらなくなっちゃったんです」
「俺に?」
その言葉の割には、睦月はあまり首を傾げてこない。多少の自覚があるのだろうかと、由希奈はカフェオレに口を付けながら、さらに言葉を繋げていく。
「あの悪役も……元々は、そういう環境に生まれたという理由だけで悪の組織に居ましたけど、馴染めなくて抜けた過去があるじゃないですか」
まるで、現在の睦月だと由希奈は思っていた。唯一違うのは、未だに裏社会から抜け出していないところだろうか。
「力の有無じゃなくて、心の拠り所で生き方を決めたところとかが似てるな、って思って……」
「まあ、近いと言えば近い……のか?」
力に溺れて、悲惨な末路を辿る。
それも虚実を問わず、よくある話だが……由希奈から見れば、睦月も映画の悪役も、何かに溺れている様子は全くなかった。
「これは、個人的な考えなんですけれど……心の器、って言うんでしょうか? その器に入りきれないだけの力を急に注がれると溢れて、かえって零しちゃうじゃないですか。でも、睦月さん達はそういうのがないな、と思って……」
今日見た映画やその原作の中でも、悪役が主人公に真っ先に教えたのは……手に入れた力の本質についてだった。
「えっと……今の説明で、分かりますでしょうか?」
「……大体」
分かりやすく言えば、宝くじで高額当選した者が破滅するのと、同様の話だ。
いきなり大金を渡されても、使い道が分からずに変な贅沢をして、かえって身を滅ぼしてしまう例は、腐る程あった。現に、高額当選者に対して、注意喚起を図る冊子が宝くじの運営元から配布されている。それもまた、当選後の悲劇を回避させる目的があってのことだ。
それと同じく、過ぎた力は身を滅ぼしてしまう。
突然銃を持たされて、『憎い奴を殺していい』と言われたとしても……素直に実行できる者が、この世に何人いるだろうか?
「実際、俺の地元にも居たよ……力に溺れて破滅した奴が、何人も」
由希奈には伏せた言い方しかできないが、睦月自身、何度もその光景を目撃した。ついでに言えば、自分で手を下したこともある。
「こいつはたとえ話なんだが……俺達が初めて銃器を握らされた時、目の前に誰かが居る。それは指導者にとっての仇敵だと説明された上で、『銃を構えて撃て』って指示されたとしたら……由希奈はどうする?」
「えっと、目の前に標的となる人が居て……『銃を構えて撃て』って、言われたんですか?」
睦月は黙って、首肯した。
説明自体は簡潔かつ不明瞭にしかできていないが、由希奈はどうにか理解しようとしてくれているらしく、分かったことについて、睦月に確認を取ってきた。
(さて、どう答えるかな……)
その時の出来事はある意味、その指導者が用意した適正検査だった。
従うか、従わないか、もしくは……
「私だったら……『その人は撃たない』、と思います」
……それ以外の回答か。
「そのまま、一発も撃たないのか?」
「撃つかどうかは、その時次第だと思います」
思っていたよりも早く回答されてしまったからか、睦月は由希奈のたどたどしい説明を、内心楽し気に聞いていた。
「実際、ただの的みたいな物があれば、それで練習しようと思うかもしれません。ただ……少なくとも、指導者の仇敵を自分で撃ちたくは、ありません」
しかし、そんな様子の睦月に気付く余裕もないのか……由希奈はただ正直に、自らの気持ちを吐露してきた。
「人殺し自体に抵抗がある、というのもありますけど……私は、強要されてもいないのに、簡単に人を殺めたくはありません」
その言葉に、睦月の口元は無自覚にも、口角が上がっていた。
「…………正解だ」
従えば従順な、従わなければ使い捨ての駒にされていた。そして……自ら考えて行動できる者が力に溺れない、指導する価値のある者だと判断される。現に、指導者の指示には『何を』、もしくは『誰を撃て』という明確な一言が、含まれていなかったのだから。
「人に言われて行動する奴は、別の人間に何かを吹き込まれて裏切ろうとする可能性が高い。誰か何かに利用され続けたとしても、『その結果、平穏に人生を過ごせる』と思えるのならまだいい。だが……『自分の足で歩く』のなら、自分で考えて行動しなければならない。これは指導者が、『相手が物事に流されやすい人間かどうか、見極める為の検査』なんだよ。そして、流されやすい人間は『自分の考え』という支えがない分……力に溺れやすい」
残りのコーヒーを飲み干し、睦月は話を締めた。
「だから……由希奈も十分、『心の器がでかい』よ」
最後の一言が、睦月なりの褒め言葉だと理解するにつれ……由希奈の顔は徐々に赤みを帯び、俯くことになるのだった。
少し離れた場所に、河川敷がある。せっかくだからと、二人は少し、散歩をすることにした。
車を一旦そのままにして、ショッピングモールを出たところでふと、由希奈は睦月に声を掛けた。
「ところで、さっきの話ですけれど……」
「さっきのって……あの、たとえ話のことか?」
その確認に頷いてから、由希奈は睦月に聞いてくる。
「睦月さんはその時、どうしたんですか?」
「迷わず撃ったよ」
即答し、由希奈に誤解されないよう何を的にしたのかを、睦月は立て続けに口にした。
「用意された仇敵じゃなくて……喧嘩売ってきた上級生の方をな」
いくら弥生の陰口を叩かれたとはいえ、それでガキ大将に目を付けられたのだから、人生はままならない。
(そもそも……模擬銃だったとはいえ、入学式にやることか? 適正検査)
子供に何やらせてるんだよ、と内心当時の大人達に文句を言いつつ、睦月は由希奈と並んで、河川敷の方へと向かった。
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そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
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