110 / 199
110 挫かれた仕事の出鼻
しおりを挟む
また……懐かしい夢を見ていると、睦月は制御できない記憶の流れに、そのまま身を委ねた。
――カラン、カラン……
『ああ、疲れた……』
『おう! お疲れ~』
まだ、『走り屋』を引退して一月も経ってなかった頃だと思う。当時の睦月は、秀吉から『運び屋』としての知識や経験……仕事での稼ぎ方について、教わっている最中だった。
『……で、どうだったよ?』
『どうも、こうも……』
場所は和音の経営する輸入雑貨店。その中にある椅子にどさりと腰掛けた睦月は、背もたれに体重を掛けながらぼやいた。
『依頼の為とはいえ……金を掛け過ぎた』
そして目の前にあるテーブルの上へと、懐から取り出した請求書をばら撒いていく。
『まともに戦い合うのも面倒だったから、適当な廃ビルに誘い込んで爆破解体かました。おかげで爆薬代やら、『掃除屋』や『偽造屋』に頼んで隠蔽工作やら、無駄に経費が嵩んで取り分が……何笑ってんだよ?』
人が反省点を並べ立てていたというのに、睦月を見る秀吉と和音は視線を合わせ、楽し気に口元を歪めていた。
『いやぁ~……しっかり反省してるな、って思ってよ』
『てっきり後悔してるんじゃないかと話してたんだけど……杞憂だったみたいだね』
『……余計なお世話だ』
後悔は物事に対して悔やみ、後ろに下がることを指すのであれば、反省は失敗を反復しつつ省みて、前へと進む為の行為だ。
いまさら……微塵の後悔も抱けない。『運び屋』という生き方を選んだのは自分自身だ。
だから睦月は、秀吉からの依頼――正確には依頼中の囮を引き受け、目的を達成させてきたのだ。
『ちゃんと絶対条件は達成してるんだから、大丈夫だよ。後は業務改善するだけだ。やり方自体は、これから増やしていけば良いさ』
『出来が良くなったら、秀吉宛ての依頼も紹介してあげるよ』
『『人生は一生勉強』、か……やっぱり、お札に載る人間の言葉は違うな』
とはいえ、経験の浅さについては睦月もこの件で身に染みた。その時は勉強代として、取り分から余計な経費を清算し、足りなければ自腹を切ることにしたのだった。
『ところで……邪魔してきたのは、どんな奴だったんだ?』
『あ~……女だったよ。多分、俺と同年代の』
スマホにある電卓機能を用いて計算しながら、近寄ってきた秀吉からの問いに、睦月はそう答えた。
『顔は遠目越しにしか見ていないけど……垂れ目気味のサイドテール。おまけに、結構発育の良い姉ちゃんだったな』
『おいおい、戦う前に口説かなかったのかよ? それでも俺の息子か?』
『……下手に近付けなかったんだよ』
少し手を止めて一度、秀吉と視線を合わせる。そして、睦月は疲労を吐き出すようにして、溜息を漏らしながら顔を背けた。
『見ただけでも、師匠と同じ眼や雰囲気を醸し出していたんだぞ? 多分殺しに慣れているか、生命そのものに興味のない手合い……俺の苦手なタイプだ』
『それで、さっさと片付けたのか。まあ、結果的には良かったんじゃないか?』
『良くねえよ。毎回経費掛けてたら、働く度に赤字決済じゃねえか』
そんな奴ばかり相手にしていれば、稼げるものも稼げない。
『というか……爆薬なんて持ち歩いてたのかよお前、おっかねえな』
『この前、留学帰りの弥生から生活費の支援として、仕方なく買ってやった。試作品の小型爆弾で、威力も値段も馬鹿高』
しかも今回、睦月は相手の生死までは確認できていなかった。さらに保険料を掛けなければ、将来どんな厄災が降り掛かるか、分かったものじゃない。
『婆さん、もし相手が生きてたら、すぐに教えてくれ。代金はこの前の報酬から引いといてくれればいいから』
『……はいよ』
フゥ、と煙管から吸い込んだ煙を吐き出しながら、和音はそう返してきた。
その後も、秀吉からの質問攻めに遭い、睦月は内心辟易しつつ答えていく。
『そういや……遠目で見ただけで、すぐに切り替えたのか?』
『得物も相性悪そうだったからな』
『何だ、.50(12.7mm)口径の銃でも持ってたのか?』
『いや…………槍、だったよ』
相手の力量を測るには情報が少な過ぎたが、接近戦では厄介だと判断するには、それで十分だった。
『斧槍、だったかな? 先端に斧っぽいのがついてる槍。まあ、何にせよ……わざわざ目の前に姿を現して貫かれるのはごめんだから、手を出すのは諦めた』
計算が終わり、請求書とスマホを片付けた睦月は立ち上がると、秀吉と共に和音の店を後にしようとした。
『しっかし、もっと手段増やさないとな……』
扉を開けようとする睦月だったが、秀吉がついて来ていないことに気付き、その場で振り返った。
『……親父?』
しかし、当人は何か考え込んでいるのか腕を組み、視線を天井へと向けた後にゆっくりと降ろし、そして睦月の方を向いてきた。
『睦月……ちょっと婆さんと話があるから、そこらで飯食っててくれ』
『? まあ……いいけど』
その時は気にならなかったが、夢の光景を思い出していた睦月はふと、嫌な予感を覚えた。
何故なら……その時の秀吉の顔が、何か面白いことを思い付いたかのように口角が持ち上がって、
――パシン! パシン!
「っ痛ぅ~……んだよ、いったい」
ベッドの上で寝ていた睦月だったが、同じく寝ていた姫香に頭でも引っ叩かれたのか……何にせよ、文字通り叩き起こされてしまった。
夢の内容を反芻する間もなく、何事かと振り返ってみれば、彼女の手には睦月のスマホが握られていた。
「お前、自分の(スマホ)は触らせない癖に俺のは……、って」
未だに剥き出しになっている乳房を目の当たりにしても、睦月は落ち着いて着信中のスマホを受け取り、通知されている番号を確認した。
「毎回思うが……俺の個人情報、どうなってるんだよ?」
登録されていない番号からの着信に応答し、睦月は通話状態のスマホを耳に当てた。
「はい……」
『む~つっきく~ん。あっそび~ま、』
――ピッ
「何だ。間違い電話か、……チッ」
間髪入れずに鳴る呼び出し音に、睦月は仕方なくベッドから降りると部屋を出て、再度通話に応じた。
「……先に聞く。名前は?」
『郁哉だよ。ふざけたのは悪かったから、ちょっと話を聞け』
「お前な、仕事邪魔してくる件も謝罪しろよ。いいかげん……」
何にせよ、全裸のまま長話をしても仕方がない。睦月は姫香を残したまま部屋の戸を閉め、ソファの背を跨いでから腰掛けた。
「で、何の用だ?」
『ちょっと話せるか? 今お前のマンションの前に居るんだけど……』
「……手短に済ませろよ。今日は夜から仕事だからな」
腰掛けたばかりのソファから離れ、軽く身体を拭いてから服を着始める睦月。ふと、あることが気になり、ズボンを穿きながら当てていたスマホ越しに、郁哉に問い掛けた。
「ところで……お前、俺の個人情報、どこで手に入れた?」
『え……弥生の婆さんから格安で買えたぞ? 『昔馴染み同士の身内価格』だとかで』
「……あの婆さん、いつか痛い目に合わせてやる」
月偉や英治の時も同様なのであれば、これはさすがに見過ごせないと、睦月は内心怒りに燃えていた。
『というか……聞こうと思えば他の奴の連絡先も聞けるぞ? 聞いてなかったのか?』
「……特に用事がなかったからな」
元から交流のあった弥生や朔夜と、『走り屋』時代につるんでいた勇太や創、そして『医者』である有里位しかこれまで用事がなかったので……自分から調べようとしていなかったことに、ようやく気付いた睦月だった。
『睦月……お前、他人に興味なさ過ぎ』
「ほっとけ!」
その言葉を皮切りに、睦月は一度通話を切った。
居住区内にある為か、マンションの近くには自動販売機が多数設置されている。
その内の一つ、マンションの前にある自動販売機で麦茶(ノンカフェイン)のペットボトルを買いながら睦月は、横でスポーツドリンクを飲んでいる郁哉に声を掛けた。
「……で、話って何だよ?」
「その前に、聞いてもいいか?」
「何を?」
自分のペットボトルの中身を一口分呷ってから、郁哉は睦月に問い掛けてきた。
「お前…………槍使いの女に心当たりはないか?」
――ボン!
蓋を開ける前だったので、ペットボトルの中身が地面に飛び散ることはなかった。けれども、手よりも口が滑らなかったことの方に、睦月は内心で安堵していたが。
「やっぱり知ってたのか……どういう関係だ? 元恋人?」
「なわけねえだろ……」
郁哉の若干失礼な物言いを聞き流しつつ、落としたペットボトルを拾って砂を払った睦月は、その蓋を開けながら簡単に説明した。
「もし俺の知ってる奴なら、昔、親父の依頼を邪魔しにきた奴だよ。それを俺が潰したんだが……やっぱり生きてやがったか」
「確認が雑だな。どうやって潰したんだよ?」
「廃ビル内に誘い込んで、爆破解体かました」
「……本当にやり方えぐいな、お前」
飲み干し、空になったペットボトルのラベルを剥がして回収用のゴミ箱にまとめて放り込んだ郁哉に、今度は睦月が、麦茶を口に含んでから問い掛けた。
「で、そいつがどうした?」
「この間、首都に行った時に会ったんだよ」
「…………は?」
郁哉が勇太に付き合って中華街に寄った話は、電話ですでに聞いている。
元々首都の方に用事があったとかで、そのついでだとか言っていたが……いったいどこで出会ったというのだろうか。
「そいつも裏格闘技の大会に出てたんだよ。俺が出る前の日の、『女子格闘技』の『武器有』部門で優勝してた。しかも、雨谷に勝った上でだ」
「……有里が中華街に付き合わなかったのは、あいつの治療の為か?」
本当は有里も中華街に付き合う予定だったが、急な仕事でドタキャンされたとは聞いていた。まさか、美里の治療の為だとは思わなかったが。
「致命傷になる前に降参してたけど、結構な深手らしい。足やられて、しばらく歩けないんだとさ」
死なないだけましとはいえ……ついこの前、生活費の為に麻薬組織狩りに付き合っていた彼女に、治療費等を賄えるだけの貯金があればいいのだが。
そう言ったところで結局は他人事だと、睦月は郁哉に、話の続きを促した。
「お前は戦ったのかよ?」
「まさか……俺が優勝した後に待ち伏せくらってな。『運び屋』のこと聞かれたから、気になって来たんだよ」
「そうかよ……」
生存を確認したらその時点で、和音から連絡が入る手筈にしておいた。それなのに、裏とはいえ格闘技の大会に堂々と出場し、優勝できる程の実力を持って再び現れたのだ。何か、裏があるとしか思えない。
和音をも欺く隠蔽工作を行ったのか、あるいは……
「……で、そいつは今度どうするって?」
「ああ……『お前の仕事中に襲う』って言ってたな。競合依頼がなかったから今夜のかは知らねえけど、『借りは返す』ってさ」
「傍迷惑なこと、この上ないな……」
だが少なくとも、知っていると知らないとでは、心構えを含めて備えられる内容に差が出てくる。タダ働きだろうと来るかまでは未知数だが、備えておいて損はない。
「……じゃ、俺は帰るから。負けんなよ~」
そう言い残し、立ち去ろうとする郁哉の背中に、睦月は言葉を吐き捨てた。
「どうでもいい……」
勝つだの負けるだのは、考慮する必要はない。
「俺はただ……『仕事をこなす』だけだ」
さっさと寝直そうと睦月もまた、剥がしたラベルごと空にしたペットボトルをゴミ箱に放り込み、マンションのエントランスへと歩き出した。
「姫香。今夜の依頼……邪魔が入る可能性が出たから、お前も備えておいてくれ」
また寝る前に性交でもしようかと考えながら睦月は服を脱ぎつつ、ベッドの上で上半身だけ起こしている姫香に、そう話した。
「相手は裏格闘技の大会で優勝したんだと。部門は『女子格闘技』の『武器有』……最悪、派手に暴れてもいいから、無理しない程度に妨害よろしく」
その言葉に、姫香の視線は一度、部屋の端に置いてあるジュラルミンのケースに向けられた。先日買ってきた代物らしいが、今の反応を見る限り、どうやら武器らしい。
「俺はいつも通り、仕事をする……ああ、そうだ」
未だに裸体を晒している姫香に、ベッドに身体を載せた睦月は圧し掛かりながら、最後に一言だけ付け加えた。
「『依頼達成』、『自己生存』が守られている範囲で可能だったら……ちょっと面倒事、頼まれてくれないか?」
その言葉に姫香は押し倒されながら、親指を立てた左手の背を叩いて押し出し、叩いた右手の掌を上に、小指側を自身に向けながら手前へと引き戻していた。
「【見返り】」
「分かってるよ。でも、それは……」
一度言葉を切り、睦月は姫香の額に口付けした。
「……ちゃんと生き残っていれば、な?」
その言葉に満足したのか、姫香は手話に用いていた手を伸ばし……新しい避妊具を手元に引き寄せていた。
――カラン、カラン……
『ああ、疲れた……』
『おう! お疲れ~』
まだ、『走り屋』を引退して一月も経ってなかった頃だと思う。当時の睦月は、秀吉から『運び屋』としての知識や経験……仕事での稼ぎ方について、教わっている最中だった。
『……で、どうだったよ?』
『どうも、こうも……』
場所は和音の経営する輸入雑貨店。その中にある椅子にどさりと腰掛けた睦月は、背もたれに体重を掛けながらぼやいた。
『依頼の為とはいえ……金を掛け過ぎた』
そして目の前にあるテーブルの上へと、懐から取り出した請求書をばら撒いていく。
『まともに戦い合うのも面倒だったから、適当な廃ビルに誘い込んで爆破解体かました。おかげで爆薬代やら、『掃除屋』や『偽造屋』に頼んで隠蔽工作やら、無駄に経費が嵩んで取り分が……何笑ってんだよ?』
人が反省点を並べ立てていたというのに、睦月を見る秀吉と和音は視線を合わせ、楽し気に口元を歪めていた。
『いやぁ~……しっかり反省してるな、って思ってよ』
『てっきり後悔してるんじゃないかと話してたんだけど……杞憂だったみたいだね』
『……余計なお世話だ』
後悔は物事に対して悔やみ、後ろに下がることを指すのであれば、反省は失敗を反復しつつ省みて、前へと進む為の行為だ。
いまさら……微塵の後悔も抱けない。『運び屋』という生き方を選んだのは自分自身だ。
だから睦月は、秀吉からの依頼――正確には依頼中の囮を引き受け、目的を達成させてきたのだ。
『ちゃんと絶対条件は達成してるんだから、大丈夫だよ。後は業務改善するだけだ。やり方自体は、これから増やしていけば良いさ』
『出来が良くなったら、秀吉宛ての依頼も紹介してあげるよ』
『『人生は一生勉強』、か……やっぱり、お札に載る人間の言葉は違うな』
とはいえ、経験の浅さについては睦月もこの件で身に染みた。その時は勉強代として、取り分から余計な経費を清算し、足りなければ自腹を切ることにしたのだった。
『ところで……邪魔してきたのは、どんな奴だったんだ?』
『あ~……女だったよ。多分、俺と同年代の』
スマホにある電卓機能を用いて計算しながら、近寄ってきた秀吉からの問いに、睦月はそう答えた。
『顔は遠目越しにしか見ていないけど……垂れ目気味のサイドテール。おまけに、結構発育の良い姉ちゃんだったな』
『おいおい、戦う前に口説かなかったのかよ? それでも俺の息子か?』
『……下手に近付けなかったんだよ』
少し手を止めて一度、秀吉と視線を合わせる。そして、睦月は疲労を吐き出すようにして、溜息を漏らしながら顔を背けた。
『見ただけでも、師匠と同じ眼や雰囲気を醸し出していたんだぞ? 多分殺しに慣れているか、生命そのものに興味のない手合い……俺の苦手なタイプだ』
『それで、さっさと片付けたのか。まあ、結果的には良かったんじゃないか?』
『良くねえよ。毎回経費掛けてたら、働く度に赤字決済じゃねえか』
そんな奴ばかり相手にしていれば、稼げるものも稼げない。
『というか……爆薬なんて持ち歩いてたのかよお前、おっかねえな』
『この前、留学帰りの弥生から生活費の支援として、仕方なく買ってやった。試作品の小型爆弾で、威力も値段も馬鹿高』
しかも今回、睦月は相手の生死までは確認できていなかった。さらに保険料を掛けなければ、将来どんな厄災が降り掛かるか、分かったものじゃない。
『婆さん、もし相手が生きてたら、すぐに教えてくれ。代金はこの前の報酬から引いといてくれればいいから』
『……はいよ』
フゥ、と煙管から吸い込んだ煙を吐き出しながら、和音はそう返してきた。
その後も、秀吉からの質問攻めに遭い、睦月は内心辟易しつつ答えていく。
『そういや……遠目で見ただけで、すぐに切り替えたのか?』
『得物も相性悪そうだったからな』
『何だ、.50(12.7mm)口径の銃でも持ってたのか?』
『いや…………槍、だったよ』
相手の力量を測るには情報が少な過ぎたが、接近戦では厄介だと判断するには、それで十分だった。
『斧槍、だったかな? 先端に斧っぽいのがついてる槍。まあ、何にせよ……わざわざ目の前に姿を現して貫かれるのはごめんだから、手を出すのは諦めた』
計算が終わり、請求書とスマホを片付けた睦月は立ち上がると、秀吉と共に和音の店を後にしようとした。
『しっかし、もっと手段増やさないとな……』
扉を開けようとする睦月だったが、秀吉がついて来ていないことに気付き、その場で振り返った。
『……親父?』
しかし、当人は何か考え込んでいるのか腕を組み、視線を天井へと向けた後にゆっくりと降ろし、そして睦月の方を向いてきた。
『睦月……ちょっと婆さんと話があるから、そこらで飯食っててくれ』
『? まあ……いいけど』
その時は気にならなかったが、夢の光景を思い出していた睦月はふと、嫌な予感を覚えた。
何故なら……その時の秀吉の顔が、何か面白いことを思い付いたかのように口角が持ち上がって、
――パシン! パシン!
「っ痛ぅ~……んだよ、いったい」
ベッドの上で寝ていた睦月だったが、同じく寝ていた姫香に頭でも引っ叩かれたのか……何にせよ、文字通り叩き起こされてしまった。
夢の内容を反芻する間もなく、何事かと振り返ってみれば、彼女の手には睦月のスマホが握られていた。
「お前、自分の(スマホ)は触らせない癖に俺のは……、って」
未だに剥き出しになっている乳房を目の当たりにしても、睦月は落ち着いて着信中のスマホを受け取り、通知されている番号を確認した。
「毎回思うが……俺の個人情報、どうなってるんだよ?」
登録されていない番号からの着信に応答し、睦月は通話状態のスマホを耳に当てた。
「はい……」
『む~つっきく~ん。あっそび~ま、』
――ピッ
「何だ。間違い電話か、……チッ」
間髪入れずに鳴る呼び出し音に、睦月は仕方なくベッドから降りると部屋を出て、再度通話に応じた。
「……先に聞く。名前は?」
『郁哉だよ。ふざけたのは悪かったから、ちょっと話を聞け』
「お前な、仕事邪魔してくる件も謝罪しろよ。いいかげん……」
何にせよ、全裸のまま長話をしても仕方がない。睦月は姫香を残したまま部屋の戸を閉め、ソファの背を跨いでから腰掛けた。
「で、何の用だ?」
『ちょっと話せるか? 今お前のマンションの前に居るんだけど……』
「……手短に済ませろよ。今日は夜から仕事だからな」
腰掛けたばかりのソファから離れ、軽く身体を拭いてから服を着始める睦月。ふと、あることが気になり、ズボンを穿きながら当てていたスマホ越しに、郁哉に問い掛けた。
「ところで……お前、俺の個人情報、どこで手に入れた?」
『え……弥生の婆さんから格安で買えたぞ? 『昔馴染み同士の身内価格』だとかで』
「……あの婆さん、いつか痛い目に合わせてやる」
月偉や英治の時も同様なのであれば、これはさすがに見過ごせないと、睦月は内心怒りに燃えていた。
『というか……聞こうと思えば他の奴の連絡先も聞けるぞ? 聞いてなかったのか?』
「……特に用事がなかったからな」
元から交流のあった弥生や朔夜と、『走り屋』時代につるんでいた勇太や創、そして『医者』である有里位しかこれまで用事がなかったので……自分から調べようとしていなかったことに、ようやく気付いた睦月だった。
『睦月……お前、他人に興味なさ過ぎ』
「ほっとけ!」
その言葉を皮切りに、睦月は一度通話を切った。
居住区内にある為か、マンションの近くには自動販売機が多数設置されている。
その内の一つ、マンションの前にある自動販売機で麦茶(ノンカフェイン)のペットボトルを買いながら睦月は、横でスポーツドリンクを飲んでいる郁哉に声を掛けた。
「……で、話って何だよ?」
「その前に、聞いてもいいか?」
「何を?」
自分のペットボトルの中身を一口分呷ってから、郁哉は睦月に問い掛けてきた。
「お前…………槍使いの女に心当たりはないか?」
――ボン!
蓋を開ける前だったので、ペットボトルの中身が地面に飛び散ることはなかった。けれども、手よりも口が滑らなかったことの方に、睦月は内心で安堵していたが。
「やっぱり知ってたのか……どういう関係だ? 元恋人?」
「なわけねえだろ……」
郁哉の若干失礼な物言いを聞き流しつつ、落としたペットボトルを拾って砂を払った睦月は、その蓋を開けながら簡単に説明した。
「もし俺の知ってる奴なら、昔、親父の依頼を邪魔しにきた奴だよ。それを俺が潰したんだが……やっぱり生きてやがったか」
「確認が雑だな。どうやって潰したんだよ?」
「廃ビル内に誘い込んで、爆破解体かました」
「……本当にやり方えぐいな、お前」
飲み干し、空になったペットボトルのラベルを剥がして回収用のゴミ箱にまとめて放り込んだ郁哉に、今度は睦月が、麦茶を口に含んでから問い掛けた。
「で、そいつがどうした?」
「この間、首都に行った時に会ったんだよ」
「…………は?」
郁哉が勇太に付き合って中華街に寄った話は、電話ですでに聞いている。
元々首都の方に用事があったとかで、そのついでだとか言っていたが……いったいどこで出会ったというのだろうか。
「そいつも裏格闘技の大会に出てたんだよ。俺が出る前の日の、『女子格闘技』の『武器有』部門で優勝してた。しかも、雨谷に勝った上でだ」
「……有里が中華街に付き合わなかったのは、あいつの治療の為か?」
本当は有里も中華街に付き合う予定だったが、急な仕事でドタキャンされたとは聞いていた。まさか、美里の治療の為だとは思わなかったが。
「致命傷になる前に降参してたけど、結構な深手らしい。足やられて、しばらく歩けないんだとさ」
死なないだけましとはいえ……ついこの前、生活費の為に麻薬組織狩りに付き合っていた彼女に、治療費等を賄えるだけの貯金があればいいのだが。
そう言ったところで結局は他人事だと、睦月は郁哉に、話の続きを促した。
「お前は戦ったのかよ?」
「まさか……俺が優勝した後に待ち伏せくらってな。『運び屋』のこと聞かれたから、気になって来たんだよ」
「そうかよ……」
生存を確認したらその時点で、和音から連絡が入る手筈にしておいた。それなのに、裏とはいえ格闘技の大会に堂々と出場し、優勝できる程の実力を持って再び現れたのだ。何か、裏があるとしか思えない。
和音をも欺く隠蔽工作を行ったのか、あるいは……
「……で、そいつは今度どうするって?」
「ああ……『お前の仕事中に襲う』って言ってたな。競合依頼がなかったから今夜のかは知らねえけど、『借りは返す』ってさ」
「傍迷惑なこと、この上ないな……」
だが少なくとも、知っていると知らないとでは、心構えを含めて備えられる内容に差が出てくる。タダ働きだろうと来るかまでは未知数だが、備えておいて損はない。
「……じゃ、俺は帰るから。負けんなよ~」
そう言い残し、立ち去ろうとする郁哉の背中に、睦月は言葉を吐き捨てた。
「どうでもいい……」
勝つだの負けるだのは、考慮する必要はない。
「俺はただ……『仕事をこなす』だけだ」
さっさと寝直そうと睦月もまた、剥がしたラベルごと空にしたペットボトルをゴミ箱に放り込み、マンションのエントランスへと歩き出した。
「姫香。今夜の依頼……邪魔が入る可能性が出たから、お前も備えておいてくれ」
また寝る前に性交でもしようかと考えながら睦月は服を脱ぎつつ、ベッドの上で上半身だけ起こしている姫香に、そう話した。
「相手は裏格闘技の大会で優勝したんだと。部門は『女子格闘技』の『武器有』……最悪、派手に暴れてもいいから、無理しない程度に妨害よろしく」
その言葉に、姫香の視線は一度、部屋の端に置いてあるジュラルミンのケースに向けられた。先日買ってきた代物らしいが、今の反応を見る限り、どうやら武器らしい。
「俺はいつも通り、仕事をする……ああ、そうだ」
未だに裸体を晒している姫香に、ベッドに身体を載せた睦月は圧し掛かりながら、最後に一言だけ付け加えた。
「『依頼達成』、『自己生存』が守られている範囲で可能だったら……ちょっと面倒事、頼まれてくれないか?」
その言葉に姫香は押し倒されながら、親指を立てた左手の背を叩いて押し出し、叩いた右手の掌を上に、小指側を自身に向けながら手前へと引き戻していた。
「【見返り】」
「分かってるよ。でも、それは……」
一度言葉を切り、睦月は姫香の額に口付けした。
「……ちゃんと生き残っていれば、な?」
その言葉に満足したのか、姫香は手話に用いていた手を伸ばし……新しい避妊具を手元に引き寄せていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件
沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」
高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。
そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。
見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。
意外な共通点から意気投合する二人。
だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは――
> 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」
一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。
……翌日、学校で再会するまでは。
実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!?
オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!
石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。
クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に!
だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編7が完結しました!(2026.1.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる