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112 案件No.007_美術品運送(競合相手有)(その2)
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別に、裏付けがあるわけではないが……学歴で他者を差別するようになってしまった人間は、一種の燃え尽き症候群に掛かってしまったのではないかと考えてしまう。受験戦争に勝ち残り、合格するという目標を達成した結果、それ以上の努力に対するモチベーションの低下に繋がったのかもしれない。
通常であれば仕事に打ち込んだ後の定年退職や、前人未踏の偉業を成し遂げた後に起きやすいはずだが……世間が植え付けた『高学歴=勝ち組』という価値観の為に、受験そのものが燃え尽き症候群を引き起こしかねない程の大きな目標へと変貌させてしまったのだろう。
しかも厄介なことに、学歴は職歴に次いで理解されやすい成果である。努力への意欲が削がれた状態で称賛を聞き、周囲が騒ぎ立ててしまうことで、何かで優劣を決めたがる『傲慢な人間』が出来上がったとしても、仕方がないのかもしれない。
けれども……その『傲慢な人間』全てが、有能であるとは限らない。
端的に言えば、『子供が危ないことに手を出すな』と叱るのと同じ理由だ。
子どもは生きていく上で、必要なことを学びながら大人になっていくが……その中には、決して欠かしてはいけない事柄がある。
――ダァ……ガンッ!
「ひっ!?」
「さっさとそいつ連れて失せろっ!」
本来であれば無縁であるはずの拳銃弾。耳元近くを通り過ぎ、背中を預けていた壁に着弾して怯む中、銃声の次に飛んできた怒号を浴びせられた男は、慌てて相棒の元へと駆け寄っていく。思考が停止した中で命じられ、思わず行動に移してしまったのだ。
短い刃渡りと車内で押し付けられただけだったのが幸いしてか、相棒の切り傷はあまり深くなかった。まだ意識があるようなので脱いだ上着を手渡し、相手に押さえつけるように指示する。そして、無事な方の半身側から肩を担ぎ、どうにか立ち上がることができた。
「おぃ、こんなの俺、聞いてなぃ……」
「……俺だって、そうだよ」
もはや、泣き言にしかなっていないのだが……彼等が気付くことはなかった。
「何なんだよ、これは……」
子供の内に何をどうすることで危険な事態になるのかを学び、対処法の習得を重ねていくことで大人になる。しかし、彼等に襲い掛かった脅威は、一般家庭どころか学校ですら教えて貰えないものだった。
だから、本来であれば虚構の産物であり、精々妄想で楽しむ代物だったはずの……
「余所見してないで相手してよっ!」
「うるせえ!」
……本物の殺し合いを前にして、ただ背を向けて逃げることしかできずにいた。
少し前のこと、秀樹が声を掛けた面々は睦月が運転する黒のスポーツカーを見つけ、追い駆けようとしていた。
「う、嘘だろ……」
しかし、相手は加速しただけで、こちらを振り切ろうとしていた。
高速道路での運転ができない人間も存在する通り、人体ではまず成し得ない速度の世界で、正常な判断ができない者も居る。法定速度が設けられた理由の一部には、『自身で速さを制御しきれない』という側面もあるだろう。
免許を取れたとしても、全員がプロのレーシングドライバーになれるわけではない。単に最低限の運転技術を有していると判断されたからこそ、取得を許されるのだ。実力の高さについて証明できるのは、その先の話である。
だから制限以上の速度を出したとしても、わずかに超えた程度で恐怖心が芽生えてしまい……『運び屋』の本気の運転に付いて行けなくなってきていた。
「おい、今何キロ出してる?」
「もう……100㎞超えてる」
一般道であるにも関わらず、睦月の車の速さは、時速100kmなんて簡単に超えていた。それこそ、日本の公道では『逃走車両と交通機動隊』が繰り広げるような……違法者とそれに立ち向かう者達の領域である。
「どっ、どうする……?」
「どうするって、このまま何もしない気かよ!? 早く追い駆けろって!」
「だったらお前が運転しろよっ! 免許もないくせにっ!」
実際、追い付けなくなったのか諦めたのか……他の仲間の車は、視界の端から徐々に消えている。
もう数台しか残っていない段階で、運転手はもう諦めることにした。
「もう駄目だ。せめて……警察に通報して、速度違反でとっ捕まえて貰うしか、」
――ザッ!
「ガッ!」
「駄目だよ~……ちゃんと、追い駆けてね」
通報の為に取り出されたスマホが、手から零れ落ちていく。けれども、助手席に座っていた男は肩に刺さった、柄の短い斧のような刃物に視線を奪われてしまい、身体が竦んでしまっていた。
「おい、どうし、」
「いいから飛ばして」
「ぁ!? ぅ……っ」
助手席から聞こえてくる、痛みに悶える声の方をチラと見た運転手は、あまりの出来事に思わず、アクセルを踏み込んでしまう。
カーブには差し掛かっていないので、ハンドルを固定すれば事故には繋がらないものの……高速運転に慣れていない者からすれば、視界に広がっているのは未知なる恐怖だった。
「それとも今死ぬ? 殺す理由なら、偽の札束と麻薬擬きで依頼料誤魔化そうとしただけで十分だし」
「ぁ、ぇ……」
依頼料の偽装は、本来であれば『殺し屋』にばれてはいけないはずだった。なのに、あっさりと見抜かれていたことに、さらなる恐怖を禁じ得ない運転手の男。
しかし、『殺し屋』は逃げることを許さず、斧槍の穂先を短剣のようにして構えると、助手席側の男に斧部の刃を突き立て、運転手を急かしてきた。
「ほら早く、追い駆けてってば」
「ひぃっ!?」
受験でも文面上でしか学ばない、本物の殺人の恐怖に……運転手は股座を濡らしながらも、アクセルを踏み込むことしかできずにいた。
「ん…………?」
昔から見慣れた高速の世界に入り、適当に追手を撒こうとしていた時だった。
スマホが鳴動していたので、ハンズフリー用のイヤホンマイクを耳に取り付けた睦月は、余所見をせずに通話状態にする。
「はい」
『あ、睦月君?』
「……彩未か。お前、また姫香に駆り出されたのか?」
『そんなところだけどごめん。ちょっと緊急』
新居へ引っ越す少し前位の頃からか、彩未が姫香と組むことが増えてきていた。実際、(彼氏の有無を問わず、)『ブギーマン』として仕事を依頼することも有ったので、ある意味必然だったのだろう。
とはいえ、余程のことがない限り、彩未から睦月の仕事の邪魔をすることはない。そうすればどうなるか等、出会った時に散々思い知らされているはずだ。
だからこそ、必要な事態だと判断した睦月は運転しつつ、彩未の話に耳を傾けた。
『姫香ちゃんから聞いたけど、武器使いの女の子が邪魔しに来てるんでしょう? 今追い駆けて来ている最後の車に乗ってるみたい』
「……本当か?」
尾行に気付いてからずっと、睦月はカーナビを点けて後方の様子を窺っていた。
たしかに一台、未だに諦めず追い駆けて来ている車が居る。しかし、後方カメラからでは夜闇とライトの逆光の為、車内の様子を把握することはできなかった。
「状況は?」
『自動取締装置のカメラにハッキングして覗いているんだけど……睦月君追い駆ける為に助手席の人を刺して、運転手を脅しているみたい』
「また、面倒な……」
ただでさえ道路交通法違反を犯しているのだ。その上刃傷沙汰など起こされてしまえば、後処理が面倒になってしまう。おまけに、生命の危機に瀕し辛い運送依頼で死人が出ようものなら……
(この前は依頼人の関係者が『ペスト』を送り付けたから、警備会社が処理してくれたけど……今回はどうなる?)
依頼人の正体が分からなければ、後処理の責任を背負わされる可能性もある。ならば、余計な火種は、事前に揉み消しておくに越したことはない。
「……姫香は居るか?」
『隣で弾込めながらスタンバってるけど?』
「じゃあ『出番だ』って伝えてくれ。後、この近くで人気のない場所はあるか?」
『もう見つけてあるよ。皆帰った後の総合運動公園』
大方、姫香が彩未に先駆けて指示していたのだろう。だが今回は、その手際の良さに助けられた。
『住所言うからカーナビに入力して。速度を落としながらでも十分以内に着くから』
「了解。姫香の方はいつ着く?」
『今側車付二輪車飛ばして行ったから……遅くとも三十分位、かな?』
「……十分だ」
カーナビに指示された住所を入力し、一言礼を述べてから通話を切る睦月。そして、徐々に速度を落としながら、目的の場所へと車を向けた。
相手も迷うことなく、特に速度を落としてからはしっかりと、睦月の後を追い駆けて来ている。
(…………状況を整理しよう)
しかし、睦月の行動に迷いはなかった。
(前提条件――時間内に無事、荷物を届ける。それ以上の条件は求められていない)
目標を明確にし、依頼達成に必要な条件を確認していく。
(制限時間――まだ余裕はあるが、あまり集中し過ぎて目的を忘れても面倒だ。倒せそうになければ、時間を稼いで姫香と交代するしかない)
勝てる、勝てないは関係ない。依頼達成までの足止めだけでも十分にお釣りがくるのだ。それ以上の結果を求めても仕方がない。
(敵対勢力――脅されて、ってことは脅してる奴に集中すればいいな。残りは他の連中みたいに、さっさと消えてくれればいいけど……)
いざとなれば、適当に脅迫して追っ払えばいい。下手をすれば逆恨みされるかもしれないが、余計な命を背負うよりはマシだ。
(所持戦力――自動拳銃や槍対策の近接武器は持ってきている。後は姫香次第だが……あいつ、戦闘面では俺以上に容赦ないからな。ほっといても大丈夫だろう)
実際、仕事の前に新装備を持ち込んでいたのは確認している。中身までは見ていないが、あの姫香が半端な武器を用意するはずがない。それに、事前に武器使いの実力者だとは伝えてあるので、油断することはないだろう。
(戦場状況――この辺りの総合運動公園に何があるのかは知らないけど、最悪陸上競技場のエリアなら、障害物無しで暴れられる)
障害物があれば身を隠して行動しやすいが、事前に把握していなければ、かえって追い込まれる結果に繋がりかねない。ならば最初から、拓けた場所だと割り切ってしまった方が戦いやすかった。それに最悪、観客席が有ればそこに紛れ込む手もある。
何より……互いに地の利がない条件に揃えられる可能性が高かった。
(戦闘手段――依頼前に準備できたのは大きい。本来なら真正面から、ってのはあまりやらないんだが……時間稼ぎに切り替えられるなら、今さら気にしても仕方がないか)
わざわざ相手に戦い方を合わせる義務はないが、その辺りは臨機応変に対応すればいい。最悪、相手の車を破壊して逃げる手もある。依頼の達成条件に『『殺し屋』に勝利する』が含まれていない以上、睦月が直接手を下す必要はないのだ。
(以上を踏まえて、依頼を達成させる為の絶対条件――依頼品に被害が及ばないように、『殺し屋』を対処する。倒すか車を奪うかは、状況と相手との実力差で決めればいい)
思考が纏まる頃には、総合運動公園が見えてきていた。
いちいち駐車する暇もない為、敷地内に強引に割り込んでいく。向こうも同じく、速度は落としてきているものの、追跡が止む気配は未だにない。
(さて…………)
軽く首を動かして観客席の裏側を見つけ、そこに向けて迷わずハンドルを切る。障害物はあるものの、無理矢理車で乗り上げて中へと入った。
(…………やるかっ!)
予想通り、視界に広がる陸上競技場へと出た睦月はエンストさせない範囲で急減速させ、端の方で停車させた。相手の車も乗り上げてきているが、座して待つのは性に合わない。
(まずはタイヤっ!)
最初から円盤型弾倉を装填した自動拳銃の引き金を引き、5.7mm小口径高速弾の雨を叩き込む睦月。一般販売されている国産車のタイヤどころか、エンジンすら撃ち貫くこともできる。
――カチッ、ダラララ……!
自動連射で全弾発砲し、尾行車の足回りを完全に破壊した睦月だが、油断することなく弾倉を手早く差し替えた。
現に、減速しつつも破損したタイヤにハンドルを取られて、近くの壁に衝突して止まった途端、中から誰かが飛び出してきていた。
「やっぱり……あの時のあいつかっ!」
助手席の上に置いていた手持ちの装備を全て身体に巻き付け、睦月は弾倉を差し替えたばかりの自動拳銃を発砲しながら、依頼品に被害が及ばないよう、一度愛車から降りて距離を取った。それに合わせて、飛び出してきた垂れ目でサイドテールの女が携えていた槍袋を剥ぐようにして開け、取り出した中身を手に駆け寄ってくる。
「ようやく初めましてだね……『運び屋』君っ!」
「こっちは会いたくなかったよっ!」
手早く組み上げられた斧槍に対抗するよう、睦月は右手で自動拳銃を、左手で二尺(約60㎝)程の肉厚で刃が潰れている小太刀を鞘から引き抜いて構えた。
通常であれば仕事に打ち込んだ後の定年退職や、前人未踏の偉業を成し遂げた後に起きやすいはずだが……世間が植え付けた『高学歴=勝ち組』という価値観の為に、受験そのものが燃え尽き症候群を引き起こしかねない程の大きな目標へと変貌させてしまったのだろう。
しかも厄介なことに、学歴は職歴に次いで理解されやすい成果である。努力への意欲が削がれた状態で称賛を聞き、周囲が騒ぎ立ててしまうことで、何かで優劣を決めたがる『傲慢な人間』が出来上がったとしても、仕方がないのかもしれない。
けれども……その『傲慢な人間』全てが、有能であるとは限らない。
端的に言えば、『子供が危ないことに手を出すな』と叱るのと同じ理由だ。
子どもは生きていく上で、必要なことを学びながら大人になっていくが……その中には、決して欠かしてはいけない事柄がある。
――ダァ……ガンッ!
「ひっ!?」
「さっさとそいつ連れて失せろっ!」
本来であれば無縁であるはずの拳銃弾。耳元近くを通り過ぎ、背中を預けていた壁に着弾して怯む中、銃声の次に飛んできた怒号を浴びせられた男は、慌てて相棒の元へと駆け寄っていく。思考が停止した中で命じられ、思わず行動に移してしまったのだ。
短い刃渡りと車内で押し付けられただけだったのが幸いしてか、相棒の切り傷はあまり深くなかった。まだ意識があるようなので脱いだ上着を手渡し、相手に押さえつけるように指示する。そして、無事な方の半身側から肩を担ぎ、どうにか立ち上がることができた。
「おぃ、こんなの俺、聞いてなぃ……」
「……俺だって、そうだよ」
もはや、泣き言にしかなっていないのだが……彼等が気付くことはなかった。
「何なんだよ、これは……」
子供の内に何をどうすることで危険な事態になるのかを学び、対処法の習得を重ねていくことで大人になる。しかし、彼等に襲い掛かった脅威は、一般家庭どころか学校ですら教えて貰えないものだった。
だから、本来であれば虚構の産物であり、精々妄想で楽しむ代物だったはずの……
「余所見してないで相手してよっ!」
「うるせえ!」
……本物の殺し合いを前にして、ただ背を向けて逃げることしかできずにいた。
少し前のこと、秀樹が声を掛けた面々は睦月が運転する黒のスポーツカーを見つけ、追い駆けようとしていた。
「う、嘘だろ……」
しかし、相手は加速しただけで、こちらを振り切ろうとしていた。
高速道路での運転ができない人間も存在する通り、人体ではまず成し得ない速度の世界で、正常な判断ができない者も居る。法定速度が設けられた理由の一部には、『自身で速さを制御しきれない』という側面もあるだろう。
免許を取れたとしても、全員がプロのレーシングドライバーになれるわけではない。単に最低限の運転技術を有していると判断されたからこそ、取得を許されるのだ。実力の高さについて証明できるのは、その先の話である。
だから制限以上の速度を出したとしても、わずかに超えた程度で恐怖心が芽生えてしまい……『運び屋』の本気の運転に付いて行けなくなってきていた。
「おい、今何キロ出してる?」
「もう……100㎞超えてる」
一般道であるにも関わらず、睦月の車の速さは、時速100kmなんて簡単に超えていた。それこそ、日本の公道では『逃走車両と交通機動隊』が繰り広げるような……違法者とそれに立ち向かう者達の領域である。
「どっ、どうする……?」
「どうするって、このまま何もしない気かよ!? 早く追い駆けろって!」
「だったらお前が運転しろよっ! 免許もないくせにっ!」
実際、追い付けなくなったのか諦めたのか……他の仲間の車は、視界の端から徐々に消えている。
もう数台しか残っていない段階で、運転手はもう諦めることにした。
「もう駄目だ。せめて……警察に通報して、速度違反でとっ捕まえて貰うしか、」
――ザッ!
「ガッ!」
「駄目だよ~……ちゃんと、追い駆けてね」
通報の為に取り出されたスマホが、手から零れ落ちていく。けれども、助手席に座っていた男は肩に刺さった、柄の短い斧のような刃物に視線を奪われてしまい、身体が竦んでしまっていた。
「おい、どうし、」
「いいから飛ばして」
「ぁ!? ぅ……っ」
助手席から聞こえてくる、痛みに悶える声の方をチラと見た運転手は、あまりの出来事に思わず、アクセルを踏み込んでしまう。
カーブには差し掛かっていないので、ハンドルを固定すれば事故には繋がらないものの……高速運転に慣れていない者からすれば、視界に広がっているのは未知なる恐怖だった。
「それとも今死ぬ? 殺す理由なら、偽の札束と麻薬擬きで依頼料誤魔化そうとしただけで十分だし」
「ぁ、ぇ……」
依頼料の偽装は、本来であれば『殺し屋』にばれてはいけないはずだった。なのに、あっさりと見抜かれていたことに、さらなる恐怖を禁じ得ない運転手の男。
しかし、『殺し屋』は逃げることを許さず、斧槍の穂先を短剣のようにして構えると、助手席側の男に斧部の刃を突き立て、運転手を急かしてきた。
「ほら早く、追い駆けてってば」
「ひぃっ!?」
受験でも文面上でしか学ばない、本物の殺人の恐怖に……運転手は股座を濡らしながらも、アクセルを踏み込むことしかできずにいた。
「ん…………?」
昔から見慣れた高速の世界に入り、適当に追手を撒こうとしていた時だった。
スマホが鳴動していたので、ハンズフリー用のイヤホンマイクを耳に取り付けた睦月は、余所見をせずに通話状態にする。
「はい」
『あ、睦月君?』
「……彩未か。お前、また姫香に駆り出されたのか?」
『そんなところだけどごめん。ちょっと緊急』
新居へ引っ越す少し前位の頃からか、彩未が姫香と組むことが増えてきていた。実際、(彼氏の有無を問わず、)『ブギーマン』として仕事を依頼することも有ったので、ある意味必然だったのだろう。
とはいえ、余程のことがない限り、彩未から睦月の仕事の邪魔をすることはない。そうすればどうなるか等、出会った時に散々思い知らされているはずだ。
だからこそ、必要な事態だと判断した睦月は運転しつつ、彩未の話に耳を傾けた。
『姫香ちゃんから聞いたけど、武器使いの女の子が邪魔しに来てるんでしょう? 今追い駆けて来ている最後の車に乗ってるみたい』
「……本当か?」
尾行に気付いてからずっと、睦月はカーナビを点けて後方の様子を窺っていた。
たしかに一台、未だに諦めず追い駆けて来ている車が居る。しかし、後方カメラからでは夜闇とライトの逆光の為、車内の様子を把握することはできなかった。
「状況は?」
『自動取締装置のカメラにハッキングして覗いているんだけど……睦月君追い駆ける為に助手席の人を刺して、運転手を脅しているみたい』
「また、面倒な……」
ただでさえ道路交通法違反を犯しているのだ。その上刃傷沙汰など起こされてしまえば、後処理が面倒になってしまう。おまけに、生命の危機に瀕し辛い運送依頼で死人が出ようものなら……
(この前は依頼人の関係者が『ペスト』を送り付けたから、警備会社が処理してくれたけど……今回はどうなる?)
依頼人の正体が分からなければ、後処理の責任を背負わされる可能性もある。ならば、余計な火種は、事前に揉み消しておくに越したことはない。
「……姫香は居るか?」
『隣で弾込めながらスタンバってるけど?』
「じゃあ『出番だ』って伝えてくれ。後、この近くで人気のない場所はあるか?」
『もう見つけてあるよ。皆帰った後の総合運動公園』
大方、姫香が彩未に先駆けて指示していたのだろう。だが今回は、その手際の良さに助けられた。
『住所言うからカーナビに入力して。速度を落としながらでも十分以内に着くから』
「了解。姫香の方はいつ着く?」
『今側車付二輪車飛ばして行ったから……遅くとも三十分位、かな?』
「……十分だ」
カーナビに指示された住所を入力し、一言礼を述べてから通話を切る睦月。そして、徐々に速度を落としながら、目的の場所へと車を向けた。
相手も迷うことなく、特に速度を落としてからはしっかりと、睦月の後を追い駆けて来ている。
(…………状況を整理しよう)
しかし、睦月の行動に迷いはなかった。
(前提条件――時間内に無事、荷物を届ける。それ以上の条件は求められていない)
目標を明確にし、依頼達成に必要な条件を確認していく。
(制限時間――まだ余裕はあるが、あまり集中し過ぎて目的を忘れても面倒だ。倒せそうになければ、時間を稼いで姫香と交代するしかない)
勝てる、勝てないは関係ない。依頼達成までの足止めだけでも十分にお釣りがくるのだ。それ以上の結果を求めても仕方がない。
(敵対勢力――脅されて、ってことは脅してる奴に集中すればいいな。残りは他の連中みたいに、さっさと消えてくれればいいけど……)
いざとなれば、適当に脅迫して追っ払えばいい。下手をすれば逆恨みされるかもしれないが、余計な命を背負うよりはマシだ。
(所持戦力――自動拳銃や槍対策の近接武器は持ってきている。後は姫香次第だが……あいつ、戦闘面では俺以上に容赦ないからな。ほっといても大丈夫だろう)
実際、仕事の前に新装備を持ち込んでいたのは確認している。中身までは見ていないが、あの姫香が半端な武器を用意するはずがない。それに、事前に武器使いの実力者だとは伝えてあるので、油断することはないだろう。
(戦場状況――この辺りの総合運動公園に何があるのかは知らないけど、最悪陸上競技場のエリアなら、障害物無しで暴れられる)
障害物があれば身を隠して行動しやすいが、事前に把握していなければ、かえって追い込まれる結果に繋がりかねない。ならば最初から、拓けた場所だと割り切ってしまった方が戦いやすかった。それに最悪、観客席が有ればそこに紛れ込む手もある。
何より……互いに地の利がない条件に揃えられる可能性が高かった。
(戦闘手段――依頼前に準備できたのは大きい。本来なら真正面から、ってのはあまりやらないんだが……時間稼ぎに切り替えられるなら、今さら気にしても仕方がないか)
わざわざ相手に戦い方を合わせる義務はないが、その辺りは臨機応変に対応すればいい。最悪、相手の車を破壊して逃げる手もある。依頼の達成条件に『『殺し屋』に勝利する』が含まれていない以上、睦月が直接手を下す必要はないのだ。
(以上を踏まえて、依頼を達成させる為の絶対条件――依頼品に被害が及ばないように、『殺し屋』を対処する。倒すか車を奪うかは、状況と相手との実力差で決めればいい)
思考が纏まる頃には、総合運動公園が見えてきていた。
いちいち駐車する暇もない為、敷地内に強引に割り込んでいく。向こうも同じく、速度は落としてきているものの、追跡が止む気配は未だにない。
(さて…………)
軽く首を動かして観客席の裏側を見つけ、そこに向けて迷わずハンドルを切る。障害物はあるものの、無理矢理車で乗り上げて中へと入った。
(…………やるかっ!)
予想通り、視界に広がる陸上競技場へと出た睦月はエンストさせない範囲で急減速させ、端の方で停車させた。相手の車も乗り上げてきているが、座して待つのは性に合わない。
(まずはタイヤっ!)
最初から円盤型弾倉を装填した自動拳銃の引き金を引き、5.7mm小口径高速弾の雨を叩き込む睦月。一般販売されている国産車のタイヤどころか、エンジンすら撃ち貫くこともできる。
――カチッ、ダラララ……!
自動連射で全弾発砲し、尾行車の足回りを完全に破壊した睦月だが、油断することなく弾倉を手早く差し替えた。
現に、減速しつつも破損したタイヤにハンドルを取られて、近くの壁に衝突して止まった途端、中から誰かが飛び出してきていた。
「やっぱり……あの時のあいつかっ!」
助手席の上に置いていた手持ちの装備を全て身体に巻き付け、睦月は弾倉を差し替えたばかりの自動拳銃を発砲しながら、依頼品に被害が及ばないよう、一度愛車から降りて距離を取った。それに合わせて、飛び出してきた垂れ目でサイドテールの女が携えていた槍袋を剥ぐようにして開け、取り出した中身を手に駆け寄ってくる。
「ようやく初めましてだね……『運び屋』君っ!」
「こっちは会いたくなかったよっ!」
手早く組み上げられた斧槍に対抗するよう、睦月は右手で自動拳銃を、左手で二尺(約60㎝)程の肉厚で刃が潰れている小太刀を鞘から引き抜いて構えた。
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