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113 案件No.007_美術品運送(競合相手有)(その3)
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剣よりも槍の方が、武器として強力な印象が強いものの、あまり使われる印象がないのにはわけがある。
槍衾として、限定的な状況下で用いるのであれば効果的であることは否めないが、それは『武器』ではなく『装置』としての有用性だ。個人で確実な攻撃を繰り出すには、相応の技術が必要となってくる。
つまり……槍は、剣よりも汎用性が低いことになる。
個人の武器として、ただ長物を振り回すのであれば、近くにある棒を振り回せば十分だ。けれども、槍が槍たる所以は、先端に取り付けた穂先にある。
ただ棒を突くよりも鋭く、剣よりも有効範囲を持たせ、刃先の重さで振り下ろす威力を上げられる。そして、多少訓練すれば、持ち手をずらして有効打の位置を調整することもできる。
それなのに何故、槍ではなく剣が普及したのか……それは、素人では一定の実力までしか、その真価を発揮できないからだ。
刀剣類の柄が楕円形になっているのは、握った際に構えやすく、刃を真っ直ぐに振りやすくする為だ。しかし、槍は円柱の棒を用いることが多く、その握りがない。
柄の持ち手を変える、どの位置でも握りやすくする、いざとなれば持ち手自体を回転させて振り払える。その分、槍の穂先への扱いが難しくなってしまうのだ。
ただの刺突であれば問題ないだろうが、直刃を立てて放つ斬撃となれば、話は違ってくる。楕円形の握りを持つ刀剣類でも、真っ直ぐ振り下ろせるようになるには相応の鍛錬が必要だ。それを実戦、しかも円形で滑りやすい槍で行うには、難易度が桁違いに跳ね上がってしまう。
薙刀ですら、刃の形状等を振り下ろしやすいように考慮し、相手に斬撃を与えやすくすることで、その有用性を高めていた。だが、槍の矛先は遠方からの刺突を主な目的にしている為、円錐型や鋭い直刃を用いられることが多い。おまけに、重心が安定しない為に大振りとなってしまうので、素人が使うには待ち構える方が合理的なのだ。
一個人が操る槍の穂先を直撃させる難易度を考えれば、臨機応変に武器を換装する方が手っ取り早い。狙撃手が状況に応じて、狙撃銃と拳銃を使い分けるようなものだ。
ましてや……穂先の一部が斧になっている斧槍を相手に向けて、真っ直ぐに振れる人間が歴史上の人物を含めて、果たして何人いるのか。
――キィン! カキ、キン!
(槍とはいえ、付いてるのは斧刃だぞ? 何でここまで綺麗に刃を立てて振れるんだよ……っ!)
左手で握った小太刀で斧槍の斧の部分を引っ掛け、止まった隙に右手の自動拳銃を撃ち込もうと考えていた睦月だったが、ほんの数回打ち合ってから、その選択肢を外した。
剣道三倍段のように、徒手空拳で太刀に挑むには三倍の段差が必要と言われているが、太刀が薙刀に勝つには二倍の段差が必要となる。つまり、槍使い相手に正面から立ち向かうのであれば、同じく槍を持つ以外の方法は二つ。
飛び道具等を用いた遠距離攻撃による制圧か……懐に入り込んで、槍を振り回させないようにした上での近接戦闘しかない。
「随分熱烈じゃん! そんなに押し倒したいの?」
「なわけあるかっ!」
しかし相手も、伊達に斧槍を携えているわけではなかった。柄の部分だけで睦月の攻撃を捌きつつ、自動拳銃の銃口を自らに向けさせないように牽制してくる。
睦月から見て、少なくとも杖術に通ずる範囲に関しては、姫香並の実力者だった。
「ほらっ!」
「チッ!」
おまけに、見かけによらず腕力も備えているのか、片手で斧槍を構えられる余力も有るらしい。おかげで貫手による牽制も混ぜられてしまい、睦月は度々距離を取らされていた。
「そらそらっ!」
「このっ!」
発砲する間もなく、自動拳銃に斧槍の斧刃が振り下ろされる。防御して壊されるなら、と睦月は躊躇なく手放し、攻撃を躱してから別の銃を引き抜いた。
「思ったよりやるね~……何で最初に鉢合わせた時、真正面から戦ってくれなかったの?」
「……生憎、喧嘩売ってくる馬鹿に戦い方合わせてやる趣味は、持ち合わせてないんだよ」
お世辞に皮肉で返すやり取りを経た後、睦月は斧槍の有効範囲から一歩離れた場所まで下がり、改めて武器を構え直した。
(残る武器は自動拳銃二丁に小太刀一本……こんなことならもう二本、持ってくりゃ良かったな)
一応、車の中には構えている物と同じ小太刀が二本置いてあるが、あまり武装し過ぎると動きが鈍くなる為、対斧槍用に一本しか持ち出さなかった。後は銃撃で牽制なりできると踏んでいたのだが……相手が予想以上に銃器対策の技術を有していたので、あまり意味を成していない。
(遠距離からの射撃に切り替えるか……問題は、)
睦月の手にある自動拳銃に装填されているのは円盤型弾倉ではなく、通常の物だ。ホルスターに一つだけ用意してあるものの、再装填する前に距離を詰められるのは目に見えている。
(思ったより足も速いみたいだし。さて……どうしたものか?)
目的はあくまで、依頼の達成だ。別に、目の前の『殺し屋』を殺す必要はない。
けれども……このまま仕事を邪魔してくるのであれば、話が変わってくる。
そもそも、並の相手であれば車を壊した時点で、すでに決着が着いていた。あのまま降りずに運転して振り切れば、大抵の場合は諦めてくれる。だが、この様子を見る限りでは、通りすがりの車に襲い掛かってでも追い駆けて来たに違いない。
「まったく……俺が何したってんだよ? 仕事の邪魔してきたから爆破解体かましただけだぞ?」
「いやいや、普通に駄目だって。半年位動けなかったんだよ、私」
片手に引っ提げていた斧槍を肩に担ぎながら、『殺し屋』の少女は否定するように首を振ってくる。
「『運び屋』君さぁ……もうちょっと騎士道精神とか持ち合わせないと、友達できないよ」
「元々コミュ障で数は求めてねえんだよ。ほっとけ」
若干負け惜しみに聞こえなくはないが、事実人付き合いに疲れやすい睦月にとっては、最小限の方が良かった。本人にとっては、百人単位の友達付き合いができる人間に尊敬の念を抱くと同時に、『本当に全員と友達付き合いできているのか?』と疑いの目を向けている程だ。
――ブーッ、ブーッ……
そんなことを考えつつ、適当な雑談で時間を稼ごうと画策していた睦月だったが……その必要がなくなったことに、思わず口角を上げてしまう。
「そういえば、まだ名乗ってなかったね……『殺し屋』の廣田佳奈。よろしくね~」
ゆっくりと斧槍を構え直す『殺し屋』、佳奈は睦月に向けて問い掛けてくる。
「それで……君の名前は?」
答えた瞬間、また戦闘が再開される。
そう悟った睦月は……両手を下ろしてから答えた。
「荻野睦月、ただの『運び屋』だ。数少ない自慢の一つは……」
遠くから聞こえてくるバイクの駆動音。それが近付いてくることに気付いたのか、佳奈が振り返ろうとしている。
「…………依頼達成の為なら、何だってできることだな」
そして、姫香が駆る側車付二輪車の衝突から身を躱すことに注力し、睦月から大きく距離を開けてしまった。
「相手は見ての通り斧槍使いで、かなり腕が立つ。杖術の基準だと、姫香並のレベルだ。それに……銃口を向けさせなかったところから見て、おそらく対銃器戦闘の技術を持ち合わせている」
睦月からの引き継ぎに耳を傾けつつ、姫香は側車付二輪車のエンジンを切り、『殺し屋』への警戒を続けながら降車した。
「仕込みの有無は不明だが、斧槍を持ったままでも足が速い。簡単に捌かれてしまうが、最悪接近戦に持ち込んだ方が、相手に逃げられずに済む」
姫香は側車側に置いたジュラルミンのケースに手を伸ばし、持ち手を掴んで持ち上げた。
「他には……『殺し屋』の廣田佳奈って、名前位だな」
垂れ目気味でサイドテールを携えた発育の良い少女。歳は睦月に近い方かと思いながら、姫香は報告した当人から小太刀を奪い取る。
けれども睦月は気にせず、姫香にされるがまま手放してきた。
「後、ついでに自動拳銃も回収しといてくれ。どっちも好きに使ってくれていいから」
睦月が指差す方に一瞬だけ視線を向ける。自動拳銃の位置を把握した姫香は、もう必要ないとばかりに手を振った。
「というわけで……『時間稼ぎの』小細工は済んだ」
ポン、と姫香の肩を叩いた睦月は佳奈に捨て台詞を残し、そのまま背を向けた。
「後は『人任せにする』悪辣さを持って……仕事を片付けるだけだ」
「…………え? あっさり逃げるの? 二人掛かりとかじゃなくて?」
佳奈からの非難に対しても、睦月は気にしてないように振る舞いながら、仕事用のスポーツカーへと向かって行った。
「言っただろ? ただの『運び屋』だって。こっちは戦闘狂じゃねえんだ」
気配だけとはいえ警戒しているとは思うものの、そこは姫香が睨みを利かせていると信頼してくれているのか。睦月は足を止めることなく、佳奈の前から消えて行った。
「何より……仕事を優先させるのは、社会人として当然だろうが」
裏社会の住人とは思えない言葉を最後に、睦月は依頼品を載せた車と共に、この場を去って行った。
(まさか、人を雇うとは思ってなかったな……どうしよう?)
そこまで単価の高い仕事ではないと高を括っていた為に、佳奈は伏兵の可能性について、完全に失念していた。依頼人にしても相場そのものを知らず、ちょっとした小遣い稼ぎに呼ばれた仲間の一人でしかない上に、こちらへの依頼料も誤魔化そうとしていた。なので『運び屋』、荻野睦月も一人で応じると考えていただけに、大きな誤算となってしまう。
(あの娘殺して側車付二輪車奪って……運転できればいいけど)
別の免許なら有るのだが、今度運転免許も取ろうと、内心決意する佳奈。そして姿勢を正し、斧槍の切っ先を向けてから、目の前の少女へと口を開いた。
「で? 結局君は誰なの?」
その言葉に、立ちはだかってくるくせ毛ミディアムの少女は、ジュラルミンのケースを開けてから名乗ってきた。
「……久芳姫香」
端的な名乗りと共に赤く染められた、懐古的なデザインの自動拳銃を抜き取り、同じく取り出した弾倉を装填した。
「『運び屋』……荻野睦月の女よ」
そう名乗る割には、頼られてこの場を任されたというのにどこか、苛立たし気な印象を与えてくる。
「本当……やってくれたわね」
その言葉を合図に銃口を向けられ、佳奈もまた、斧槍を静かに構え直した。
「……よし、時間通り」
その言葉通り、睦月は合流地点である美術館に到着し、荷室から依頼品を取り出した。今回は企画展用に貸し出される美術品の運送が主な目的だが……偽物を用意しなければならない程高価ならば、無暗に持ち出すのもどうかと考えてしまう。
(まあ、それで報酬貰ってるんだから……あまり深く考えても、仕方ないか)
贔屓にして貰っている為、すでに顔馴染みになっている伊藤の同僚に依頼品を渡し、予定通りに依頼料を振り込んで貰う。後は今回も仲介人となった和音から報酬を受け取れば、仕事は完了だ。
(それにしても……やっぱり偽物だったか)
あの秀樹という男が疑り深く入れ替え、もしくは調子に乗って二つ共運ぼうとする可能性も有ったので、必然的に睦月の担当した依頼品が偽物なのは、まず間違いないと考えていた。実際に無事を確認して貰う際にチラと見ても、まったく驚かなかった程だ。
「さて、姫香と合流して…………ん?」
スマホに連絡がないか確認しようとした時だった。視界の端に以前、仕事で組んだことのある警備会社の人間が居たので、先に挨拶しようと軽く手を上げた。
「名児耶さん、だったっけ? お久し振り」
「本当ね。お久し振り」
登山バックを持ち、明らかに山登りの帰りといった風体の女性、名児耶志保が睦月に手を振り返してくる。
「中身はともかく……その格好で運んで来たのか?」
「意外と気付かれないものよ。夜行バスだったから、起きたらもうこの近くだったし」
どうやら名児耶は、夜行バスや電車といった公共交通機関を利用して、ここまで美術品(真贋不明)を運んできたらしい。たしかに、登山帰りだと錯覚させられるのならば、ここまで上手い手段はないだろうが……
「キャンプ帰りは装ったことがあるけど……そうか、物が小さいから個人の登山帰りも有りか」
「元々、趣味の一つなのよ。今度一緒に行く?」
「当分は遠慮しときます……」
もう飽き飽きだと言わんばかりに、睦月は名児耶からの誘いを蹴った。
「…………昔、散々登らされたんで」
子供の頃に『学校行事』として無理矢理登らされた為に、未だに楽しさを理解できずにいる睦月。登山の話はまた今度にしようと、美術館に向かう名児耶に別れを告げてから……姫香からの連絡が来ていたスマホを取り出した。
――Case No.007 has completed.
槍衾として、限定的な状況下で用いるのであれば効果的であることは否めないが、それは『武器』ではなく『装置』としての有用性だ。個人で確実な攻撃を繰り出すには、相応の技術が必要となってくる。
つまり……槍は、剣よりも汎用性が低いことになる。
個人の武器として、ただ長物を振り回すのであれば、近くにある棒を振り回せば十分だ。けれども、槍が槍たる所以は、先端に取り付けた穂先にある。
ただ棒を突くよりも鋭く、剣よりも有効範囲を持たせ、刃先の重さで振り下ろす威力を上げられる。そして、多少訓練すれば、持ち手をずらして有効打の位置を調整することもできる。
それなのに何故、槍ではなく剣が普及したのか……それは、素人では一定の実力までしか、その真価を発揮できないからだ。
刀剣類の柄が楕円形になっているのは、握った際に構えやすく、刃を真っ直ぐに振りやすくする為だ。しかし、槍は円柱の棒を用いることが多く、その握りがない。
柄の持ち手を変える、どの位置でも握りやすくする、いざとなれば持ち手自体を回転させて振り払える。その分、槍の穂先への扱いが難しくなってしまうのだ。
ただの刺突であれば問題ないだろうが、直刃を立てて放つ斬撃となれば、話は違ってくる。楕円形の握りを持つ刀剣類でも、真っ直ぐ振り下ろせるようになるには相応の鍛錬が必要だ。それを実戦、しかも円形で滑りやすい槍で行うには、難易度が桁違いに跳ね上がってしまう。
薙刀ですら、刃の形状等を振り下ろしやすいように考慮し、相手に斬撃を与えやすくすることで、その有用性を高めていた。だが、槍の矛先は遠方からの刺突を主な目的にしている為、円錐型や鋭い直刃を用いられることが多い。おまけに、重心が安定しない為に大振りとなってしまうので、素人が使うには待ち構える方が合理的なのだ。
一個人が操る槍の穂先を直撃させる難易度を考えれば、臨機応変に武器を換装する方が手っ取り早い。狙撃手が状況に応じて、狙撃銃と拳銃を使い分けるようなものだ。
ましてや……穂先の一部が斧になっている斧槍を相手に向けて、真っ直ぐに振れる人間が歴史上の人物を含めて、果たして何人いるのか。
――キィン! カキ、キン!
(槍とはいえ、付いてるのは斧刃だぞ? 何でここまで綺麗に刃を立てて振れるんだよ……っ!)
左手で握った小太刀で斧槍の斧の部分を引っ掛け、止まった隙に右手の自動拳銃を撃ち込もうと考えていた睦月だったが、ほんの数回打ち合ってから、その選択肢を外した。
剣道三倍段のように、徒手空拳で太刀に挑むには三倍の段差が必要と言われているが、太刀が薙刀に勝つには二倍の段差が必要となる。つまり、槍使い相手に正面から立ち向かうのであれば、同じく槍を持つ以外の方法は二つ。
飛び道具等を用いた遠距離攻撃による制圧か……懐に入り込んで、槍を振り回させないようにした上での近接戦闘しかない。
「随分熱烈じゃん! そんなに押し倒したいの?」
「なわけあるかっ!」
しかし相手も、伊達に斧槍を携えているわけではなかった。柄の部分だけで睦月の攻撃を捌きつつ、自動拳銃の銃口を自らに向けさせないように牽制してくる。
睦月から見て、少なくとも杖術に通ずる範囲に関しては、姫香並の実力者だった。
「ほらっ!」
「チッ!」
おまけに、見かけによらず腕力も備えているのか、片手で斧槍を構えられる余力も有るらしい。おかげで貫手による牽制も混ぜられてしまい、睦月は度々距離を取らされていた。
「そらそらっ!」
「このっ!」
発砲する間もなく、自動拳銃に斧槍の斧刃が振り下ろされる。防御して壊されるなら、と睦月は躊躇なく手放し、攻撃を躱してから別の銃を引き抜いた。
「思ったよりやるね~……何で最初に鉢合わせた時、真正面から戦ってくれなかったの?」
「……生憎、喧嘩売ってくる馬鹿に戦い方合わせてやる趣味は、持ち合わせてないんだよ」
お世辞に皮肉で返すやり取りを経た後、睦月は斧槍の有効範囲から一歩離れた場所まで下がり、改めて武器を構え直した。
(残る武器は自動拳銃二丁に小太刀一本……こんなことならもう二本、持ってくりゃ良かったな)
一応、車の中には構えている物と同じ小太刀が二本置いてあるが、あまり武装し過ぎると動きが鈍くなる為、対斧槍用に一本しか持ち出さなかった。後は銃撃で牽制なりできると踏んでいたのだが……相手が予想以上に銃器対策の技術を有していたので、あまり意味を成していない。
(遠距離からの射撃に切り替えるか……問題は、)
睦月の手にある自動拳銃に装填されているのは円盤型弾倉ではなく、通常の物だ。ホルスターに一つだけ用意してあるものの、再装填する前に距離を詰められるのは目に見えている。
(思ったより足も速いみたいだし。さて……どうしたものか?)
目的はあくまで、依頼の達成だ。別に、目の前の『殺し屋』を殺す必要はない。
けれども……このまま仕事を邪魔してくるのであれば、話が変わってくる。
そもそも、並の相手であれば車を壊した時点で、すでに決着が着いていた。あのまま降りずに運転して振り切れば、大抵の場合は諦めてくれる。だが、この様子を見る限りでは、通りすがりの車に襲い掛かってでも追い駆けて来たに違いない。
「まったく……俺が何したってんだよ? 仕事の邪魔してきたから爆破解体かましただけだぞ?」
「いやいや、普通に駄目だって。半年位動けなかったんだよ、私」
片手に引っ提げていた斧槍を肩に担ぎながら、『殺し屋』の少女は否定するように首を振ってくる。
「『運び屋』君さぁ……もうちょっと騎士道精神とか持ち合わせないと、友達できないよ」
「元々コミュ障で数は求めてねえんだよ。ほっとけ」
若干負け惜しみに聞こえなくはないが、事実人付き合いに疲れやすい睦月にとっては、最小限の方が良かった。本人にとっては、百人単位の友達付き合いができる人間に尊敬の念を抱くと同時に、『本当に全員と友達付き合いできているのか?』と疑いの目を向けている程だ。
――ブーッ、ブーッ……
そんなことを考えつつ、適当な雑談で時間を稼ごうと画策していた睦月だったが……その必要がなくなったことに、思わず口角を上げてしまう。
「そういえば、まだ名乗ってなかったね……『殺し屋』の廣田佳奈。よろしくね~」
ゆっくりと斧槍を構え直す『殺し屋』、佳奈は睦月に向けて問い掛けてくる。
「それで……君の名前は?」
答えた瞬間、また戦闘が再開される。
そう悟った睦月は……両手を下ろしてから答えた。
「荻野睦月、ただの『運び屋』だ。数少ない自慢の一つは……」
遠くから聞こえてくるバイクの駆動音。それが近付いてくることに気付いたのか、佳奈が振り返ろうとしている。
「…………依頼達成の為なら、何だってできることだな」
そして、姫香が駆る側車付二輪車の衝突から身を躱すことに注力し、睦月から大きく距離を開けてしまった。
「相手は見ての通り斧槍使いで、かなり腕が立つ。杖術の基準だと、姫香並のレベルだ。それに……銃口を向けさせなかったところから見て、おそらく対銃器戦闘の技術を持ち合わせている」
睦月からの引き継ぎに耳を傾けつつ、姫香は側車付二輪車のエンジンを切り、『殺し屋』への警戒を続けながら降車した。
「仕込みの有無は不明だが、斧槍を持ったままでも足が速い。簡単に捌かれてしまうが、最悪接近戦に持ち込んだ方が、相手に逃げられずに済む」
姫香は側車側に置いたジュラルミンのケースに手を伸ばし、持ち手を掴んで持ち上げた。
「他には……『殺し屋』の廣田佳奈って、名前位だな」
垂れ目気味でサイドテールを携えた発育の良い少女。歳は睦月に近い方かと思いながら、姫香は報告した当人から小太刀を奪い取る。
けれども睦月は気にせず、姫香にされるがまま手放してきた。
「後、ついでに自動拳銃も回収しといてくれ。どっちも好きに使ってくれていいから」
睦月が指差す方に一瞬だけ視線を向ける。自動拳銃の位置を把握した姫香は、もう必要ないとばかりに手を振った。
「というわけで……『時間稼ぎの』小細工は済んだ」
ポン、と姫香の肩を叩いた睦月は佳奈に捨て台詞を残し、そのまま背を向けた。
「後は『人任せにする』悪辣さを持って……仕事を片付けるだけだ」
「…………え? あっさり逃げるの? 二人掛かりとかじゃなくて?」
佳奈からの非難に対しても、睦月は気にしてないように振る舞いながら、仕事用のスポーツカーへと向かって行った。
「言っただろ? ただの『運び屋』だって。こっちは戦闘狂じゃねえんだ」
気配だけとはいえ警戒しているとは思うものの、そこは姫香が睨みを利かせていると信頼してくれているのか。睦月は足を止めることなく、佳奈の前から消えて行った。
「何より……仕事を優先させるのは、社会人として当然だろうが」
裏社会の住人とは思えない言葉を最後に、睦月は依頼品を載せた車と共に、この場を去って行った。
(まさか、人を雇うとは思ってなかったな……どうしよう?)
そこまで単価の高い仕事ではないと高を括っていた為に、佳奈は伏兵の可能性について、完全に失念していた。依頼人にしても相場そのものを知らず、ちょっとした小遣い稼ぎに呼ばれた仲間の一人でしかない上に、こちらへの依頼料も誤魔化そうとしていた。なので『運び屋』、荻野睦月も一人で応じると考えていただけに、大きな誤算となってしまう。
(あの娘殺して側車付二輪車奪って……運転できればいいけど)
別の免許なら有るのだが、今度運転免許も取ろうと、内心決意する佳奈。そして姿勢を正し、斧槍の切っ先を向けてから、目の前の少女へと口を開いた。
「で? 結局君は誰なの?」
その言葉に、立ちはだかってくるくせ毛ミディアムの少女は、ジュラルミンのケースを開けてから名乗ってきた。
「……久芳姫香」
端的な名乗りと共に赤く染められた、懐古的なデザインの自動拳銃を抜き取り、同じく取り出した弾倉を装填した。
「『運び屋』……荻野睦月の女よ」
そう名乗る割には、頼られてこの場を任されたというのにどこか、苛立たし気な印象を与えてくる。
「本当……やってくれたわね」
その言葉を合図に銃口を向けられ、佳奈もまた、斧槍を静かに構え直した。
「……よし、時間通り」
その言葉通り、睦月は合流地点である美術館に到着し、荷室から依頼品を取り出した。今回は企画展用に貸し出される美術品の運送が主な目的だが……偽物を用意しなければならない程高価ならば、無暗に持ち出すのもどうかと考えてしまう。
(まあ、それで報酬貰ってるんだから……あまり深く考えても、仕方ないか)
贔屓にして貰っている為、すでに顔馴染みになっている伊藤の同僚に依頼品を渡し、予定通りに依頼料を振り込んで貰う。後は今回も仲介人となった和音から報酬を受け取れば、仕事は完了だ。
(それにしても……やっぱり偽物だったか)
あの秀樹という男が疑り深く入れ替え、もしくは調子に乗って二つ共運ぼうとする可能性も有ったので、必然的に睦月の担当した依頼品が偽物なのは、まず間違いないと考えていた。実際に無事を確認して貰う際にチラと見ても、まったく驚かなかった程だ。
「さて、姫香と合流して…………ん?」
スマホに連絡がないか確認しようとした時だった。視界の端に以前、仕事で組んだことのある警備会社の人間が居たので、先に挨拶しようと軽く手を上げた。
「名児耶さん、だったっけ? お久し振り」
「本当ね。お久し振り」
登山バックを持ち、明らかに山登りの帰りといった風体の女性、名児耶志保が睦月に手を振り返してくる。
「中身はともかく……その格好で運んで来たのか?」
「意外と気付かれないものよ。夜行バスだったから、起きたらもうこの近くだったし」
どうやら名児耶は、夜行バスや電車といった公共交通機関を利用して、ここまで美術品(真贋不明)を運んできたらしい。たしかに、登山帰りだと錯覚させられるのならば、ここまで上手い手段はないだろうが……
「キャンプ帰りは装ったことがあるけど……そうか、物が小さいから個人の登山帰りも有りか」
「元々、趣味の一つなのよ。今度一緒に行く?」
「当分は遠慮しときます……」
もう飽き飽きだと言わんばかりに、睦月は名児耶からの誘いを蹴った。
「…………昔、散々登らされたんで」
子供の頃に『学校行事』として無理矢理登らされた為に、未だに楽しさを理解できずにいる睦月。登山の話はまた今度にしようと、美術館に向かう名児耶に別れを告げてから……姫香からの連絡が来ていたスマホを取り出した。
――Case No.007 has completed.
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