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121 生命(いのち)の価値(その4)
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――カラン、カラン……
「いらっしゃい……随分とまた、懐かしい顔だね」
「……久し振りだな、『情報屋』」
和音は煙管を振り、雁首から灰を落としてからそのまま、近くの椅子を指した。
「とりあえず座りな。義足のまま、立ってるのは辛いんじゃないかい?」
「ああ……助かる」
椅子を引き寄せ、腰掛ける義足の男の前で、和音は新しい刻み煙草を詰めていく。
「秀吉の小僧の……提案に乗ったんだって?」
「とはいえ、『殺し屋』の将来を選んだのはあいつの意思だ。さすがにリハビリと称して、無理矢理進学させはしたが……結局、秀吉の息子を殺さずにはいられないんだとさ」
「……そうかい」
煙管の先端に火を点けた和音は、静かに煙を吐きながら、かつて『殺し屋』だった男に話し掛けた。
「分からなくもない……って、ところかい?」
「そうだな……」
カーゴパンツ越しに手を乗せ、作り物と化した右足を擦る男を、和音は静かに見つめる。やがて、言葉を纏められたのか、その口から自身の考えが吐き出された。
「……結局、やりたいようにやった奴が、人生の勝ち組なんだろうさ」
職業も経歴も、功罪の有無も関係ない。ただ己のやりたいように生き……後悔しない生涯を歩めれば、人は満足できる。
物事の善悪や生み出した成果の大小ではなく……自らが選び、進んだ過程で、だ。
「そういう意味では……佳奈は最初から、欲望に忠実だったよ。殺しに染まった理由までは、未だに分からないけどな」
「何なら、調べるかい? 名前はそのままなんだろう?」
「……それを決めるのは、あいつ自身だ」
『廣田佳奈』という名前は、彼女自身の本名だ。養子縁組等の細工をする際、養父となった男の方が自らの戸籍を偽装し、親戚の振りをして引き取れるようにしていた。相手の年齢を考え、面倒を避けた可能性もあるが……もしかしたら、本人が望めば、自分で出自を調べられるようにしたかったのかもしれない。
その真意は不明だが……
――カラン、カラン……
「酷くない、酷くない? 姫香ちゃん私と別れてから、そのまま放置してたんだよ酷くないっ!?」
「分かったからもう静かにしてくれっ! さっきから姫香が指で抓るどころか俺の腕を捻じり上げ痛ててっ!?」
「っ! っ……!」
「お前等が一番うるせえよ。近所迷惑考えろよな……」
「…………あ、養父~」
女子高生の制服を着た少女とミディアムヘアの少女、それぞれに挟まれて詰め寄られている好敵手の息子。そして、今回依頼した『喧嘩屋』の青年に担がれた『殺し屋』の養女が、騒がしく入店してきた。
「ごめん、また負けちゃった~」
「……そうか」
無表情を装ってはいるものの、そこは年の功とでもいうべきか、どこか安心している雰囲気が出ているのを感じ取れる。他の誰かが気付く前にと、和音は煙管から口を放し、後ろに声を飛ばした。
「智春。茶ぁ持ってきな!」
裏で事務仕事をしている店員の返事を待つ前に、乗り込んできた次世代達は各々適当な席に着いていった。
「……あれ? 智春ん、眼鏡に替えたの?」
「この前、ようやく気に入った眼鏡の本体見つけたから、つい買っちゃった。元々ドライアイ気味だし、今の内に治しとかないと将来余計にお金が掛かりそうで……」
さすがに部外者寄りの二人には少し離れて貰ってから、睦月は改めて、秀吉の好敵手へと向き合った。
「ええと、初めまして。私は、」
「自己紹介の必要はないし、そこまで行儀良くしなくていい……どうせ引退した身だ。うちの養女を引き取らせてくれれば、多少は目を瞑る」
「じゃあ、遠慮なく……『運び屋』、荻野秀吉の息子、睦月だ」
睦月の手が、ショルダーホルスターに残されていた最後の自動拳銃へと伸びる。円盤型弾倉を撃ち尽くした物でも、秀樹との決闘擬きで使った訓練用でもない、正真正銘最後の手持ちだ。
「うちの馬鹿親父が何考えて、おたくの娘を手助けしたのかは知らないが……何か、大元の原因に心当たりは?」
「悪いが、俺が引退した後の話だからな。秀吉に何があったのかまでは分からん。本人も……『女が一人、死んだ』、としか言わなかったしな」
そこまでは、佳奈と同じ回答だった。けれども、睦月にはさらに踏み込める要素が一つ、残っている。だから次は、それについて問い掛けた。
「その女……『スミレ』って名前じゃないか?」
『…………』
一瞬、店内に不穏な空気が流れたかもしれない。けれども、睦月は気にせず話を続けた。
「いや、女の名前までは聞かなかった。というより……聞けなかったな」
「そうか……」
そう答えるや、何故か男は首を傾げてから、指を立ててくる。
「そこの『情報屋』に聞こうとは、思わなかったのか?」
「口止めされてるのか、料金吹っかけようとしてるのか……俺が確信に至った範囲でしか、親父のやってることを話してくれないんでね」
「……そうなのか? 婆さん」
今度は男自身が、和音の方を向いて問い掛け出した。しかし、『情報屋』はただ煙管を吹かすだけで、何も答えようとはしてこない。
「少しは、答えてやればいいものを……」
しかし男は、和音に対して非難することなく、顔を戻してきた。
「……で、睦月君はどこまで知ってるんだ?」
「親父が拉致事件の関係者で……暁連邦共和国に対して、何かを企んでること位しか」
ふと、睦月は『非合法な手段を用いた、拉致被害者全員の救出』について、あえて伏せて答えてしまった。現状では根拠のない憶測だということもあるが、不意に……妙な勘が働いてしまったからだ。
「そう、か……」
周囲の誰も、睦月の話を蒸し返そうとはしてこない。どこまで理解しているのか、その把握度合いを探られるかとも思っていたのだが……今は誰も、会話に混ざろうとはしてこなかった。
「関わっちまったのか、あいつ……暁連邦共和国に」
「……ちょっと待ってくれ」
だから睦月は、眼前に腰掛ける男の言葉を脳裏で反芻する内に、その裏の妙な違和感に気付くことができた。
「それは……どういう、意味だ?」
「言葉通りだ。あいつ……秀吉は元々、拉致事件の関係者じゃない」
感情的に、右手で自動拳銃を抜き出さなかったのは、我ながら褒めたくなってしまう。理性的に情報を得なければならない場面で、冷静さを欠くわけにはいかないからだ。
「……根拠は?」
「こいつは、俺が引退した理由でもあるんだが……韓国語を話す連中に、嵌められたんだよ」
カーゴパンツの上から、男は右足を摩り出す。次いで、足首にまで伸ばした手で裾を捲り上げ、自らの義足を睦月達に曝け出してきた。
「ある依頼を請けた。秀吉達と競合してる内に、俺の名も売れてきてたんだろうな……仲介人を介さず、直接俺に依頼が来た」
どの業界でも、直接指名した上で仕事を依頼されることは、一種の認められた存在として周知されることと同義だ。無論、それは裏社会でも変わりはない。
睦月もまた、最初こそ代理の側面もあったが……個人的に依頼された時は、自分が認められたと思えて嬉しくなったものだ。もっとも、少ししてすぐに、責任感に押し潰されそうになってしまったが。
「俺はそれを請けて……結果、ただ連中から襲撃されるだけで終わってしまった。この足も、その時逃げ出す為に、自分から斬ったんだ」
「……蜥蜴の尻尾切り?」
口を挟んでくる佳奈の声を聞き流し、睦月は顎を振って続きを促した。
「その依頼人……いや黒幕の連中は、仲間内では韓国語を話していた。俺も少しは知っていたから、すぐに分かったよ。で、韓国語で話す主な国は二つしかない」
「韓国と…………暁連邦共和国」
睦月の回答に、秀吉の好敵手は一度だけ深く、静かに頷いた。
「当時のあいつは、それを聞いても特に取り乱さなかった。それどころか、韓国マフィアの可能性すら視野に入れていた。だけどな……呼び出されたのは、普通じゃ手に入らない大型船の上で、しかも最後にはあっさり沈めたんだぞ? たとえ商売だとしても、あの規模では一介のマフィアじゃ、金を溝に捨てるようなものだ」
つまり、金銭以外の目的があったのだろう。目の前の『殺し屋』も、未だに当時の思惑を掴めていないのか、それ以上仮説を述べるようなことはしてこなかった。
「俺はその時点で『やばい』と思って、そのまま引退した。当時を含めて、秀吉は特に何も言ってこなかったが……俺が引退した後に何かが起きたのは、間違いない」
今……この店に弥生達が居なかったことは、ある意味幸運だったかもしれない。
「『技術屋』と『鍵師』……付き合いはあるか?」
「ああ……あいつ等とも、よく競合してたよ。今も元気でやってるのか?」
二人の結末は、どうやら知らなかったらしい。輸入雑貨店を訪れたのも、佳奈の件とは別に依頼しようとしていたかもしれないが……睦月は、自分の知っている範囲で正直に話した。
「一人は自首して刑務所に居る。後は、話に聞いただけだけど……自殺したらしい」
睦月からの言葉に、義足の男は無意識に天を仰いでいた。父親以外の顔馴染み達に思いを馳せているのだろうが、こちらも脳裏で、時系列を整理することに意識が向いてしまっている。
(また、確率だけが上がってしまったな……)
現時点で分かるのは、『スミレ』という女性と出会った後の秀吉が、何らかの形で暁連邦共和国との接点を持ってしまったことだけだ。けれども、未だに可能性が高まっただけで、明確な根拠には届いていない。
「自殺した方は、『スミレ』って人の件を親父に謝罪していたらしい。自首したもう一人も、何らかの形で関わってると思う。ただ……未だに憶測の域を出ていない」
「……根拠がない、ってことか。憶測で物事を語らないのは、良い心掛けだ」
「苦手なんだよ、昔から……憶測に憶測を重ねかねない考え方をするのは」
一つの物事に集中し過ぎると、それしか目に入らなくなってしまう。もしそれで、憶測を根拠にして考え込んでしまえば、間違った結果に辿り着くおそれがある。
だから睦月は、証拠を楔にして思考する癖を付けるようにした。
もう二度と、決して……目的を見失わない為に。
「で、婆さん……答えは?」
「…………」
未だに、和音から明確な返事は出てこない。おそらくは、報酬の問題ではないのだろう。でなければ、すぐに金額を口にするはずだ。そして言葉の代わりに、煙管から吐き出した紫煙を紡いでいる。
「まあ、いい。後は『情報屋』に聞いてくれ……他にはないか? 俺に聞きたいことは」
「後は……おたくの娘の処遇とかもあるな」
金属音が聞こえてくる。ただし、鳴らしたのは睦月ではない。この場で銃を持っているのは、後は姫香位だろう。
他にも持っている者が居る可能性もあるが……佳奈に銃口を向ける理由があるのは現状、睦月と姫香だけだ。
「正直、いちいち仕事の邪魔をされるのも迷惑なんだよ。それに……毎回見逃せるとは限らない」
実際、睦月は殺すのを可能な限り、最後の手段にしている。それは昔馴染み達に対しても、決して例外ではない。感情的な面があるのもたしかだが、結果的に余計な恨みを買わないようにすることも、この世界で生きていく上では重要だ。
そして今、睦月達が佳奈を殺せば……必ず、目の前の男が動き出す。
「今回の件も含めて、ちょっと落としどころに困っている……どうすれば良いと思う?」
安易な結果を求めれば、逆に多大な対価を支払うことになる。それは人殺しとて、例外ではない。
特に、佳奈の師匠の存在が、今回最大の難点になっている。
「仕事の邪魔をしてくる『喧嘩屋』ですら、状況によっては殺すつもりなんだよ、こっちは。今後も関わってくるつもりなら……悪いが容赦はしない」
「……できない、じゃないのか?」
「余計な口挟むな馬鹿、今度から寸止め止めるぞ」
「死ぬ気はないし、たとえ死んだとしても……そんときゃあの世で雪辱戦だ。少なくとも、何の覚悟もなく『運び屋』に挑んだりしねえよ」
睦月の背後から、郁哉の声が飛んでくる。それに振り返ることなく、手振りだけで答えた。直後、義足の男もまた、自らの弟子の方へと問い掛けていた。
「……おい、馬鹿弟子」
「なぁに~? 養父」
拘束されたまま腰掛け、姫香がいつ自動拳銃の引き金に指を掛けてもおかしくない状況にも関わらず、佳奈は気にすることなく養父に応対し出した。
「次も、生命があるかは分からない。それでも、まだ……続ける気か?」
「うん、続けるよ……『運び屋』達に勝ちたいからね」
もはや、打つ手はない。とでも言わんばかりに、盛大に溜息を吐いてから……佳奈の養父は睦月に向けて、落としどころを提案した。
「船上からは、『剣客』と一緒に逃げた。秀吉はそいつと知り合いだと言っていた。もし俺が関わった件を調べたいなら、そいつからも聞いてみるといい……その情報で、今回だけは見逃してくれないか?」
「……次は、殺すかもしれない。それでもいいのか?」
「俺達だって、普段は酒飲んで騒いでるくせに、仕事でかちあう度に殺し合ってたんだ。子供達が同じことをやってても、文句の言える立場じゃねえよ」
その言葉に、睦月の背後から郁哉の声が漏れ聞こえてくる。
「親の代でも、やってること一緒なのかよ……成長がないな」
「俺も思ったけど、いちいち口にするな。そこらの(人見下すしか能のない)馬鹿思い出して、余計に頭が痛くなってくる……」
郁哉にそうツッコんだ睦月は、もう馬鹿馬鹿しいとばかりに、後ろの姫香達に指示した。
「もういい…………そいつの拘束を解いてやってくれ」
そして佳奈の拘束は、郁哉の手によって解かれ……てすぐに姫香が蹴り飛ばしたので、そのまま男の傍へと転がっていった。
「いらっしゃい……随分とまた、懐かしい顔だね」
「……久し振りだな、『情報屋』」
和音は煙管を振り、雁首から灰を落としてからそのまま、近くの椅子を指した。
「とりあえず座りな。義足のまま、立ってるのは辛いんじゃないかい?」
「ああ……助かる」
椅子を引き寄せ、腰掛ける義足の男の前で、和音は新しい刻み煙草を詰めていく。
「秀吉の小僧の……提案に乗ったんだって?」
「とはいえ、『殺し屋』の将来を選んだのはあいつの意思だ。さすがにリハビリと称して、無理矢理進学させはしたが……結局、秀吉の息子を殺さずにはいられないんだとさ」
「……そうかい」
煙管の先端に火を点けた和音は、静かに煙を吐きながら、かつて『殺し屋』だった男に話し掛けた。
「分からなくもない……って、ところかい?」
「そうだな……」
カーゴパンツ越しに手を乗せ、作り物と化した右足を擦る男を、和音は静かに見つめる。やがて、言葉を纏められたのか、その口から自身の考えが吐き出された。
「……結局、やりたいようにやった奴が、人生の勝ち組なんだろうさ」
職業も経歴も、功罪の有無も関係ない。ただ己のやりたいように生き……後悔しない生涯を歩めれば、人は満足できる。
物事の善悪や生み出した成果の大小ではなく……自らが選び、進んだ過程で、だ。
「そういう意味では……佳奈は最初から、欲望に忠実だったよ。殺しに染まった理由までは、未だに分からないけどな」
「何なら、調べるかい? 名前はそのままなんだろう?」
「……それを決めるのは、あいつ自身だ」
『廣田佳奈』という名前は、彼女自身の本名だ。養子縁組等の細工をする際、養父となった男の方が自らの戸籍を偽装し、親戚の振りをして引き取れるようにしていた。相手の年齢を考え、面倒を避けた可能性もあるが……もしかしたら、本人が望めば、自分で出自を調べられるようにしたかったのかもしれない。
その真意は不明だが……
――カラン、カラン……
「酷くない、酷くない? 姫香ちゃん私と別れてから、そのまま放置してたんだよ酷くないっ!?」
「分かったからもう静かにしてくれっ! さっきから姫香が指で抓るどころか俺の腕を捻じり上げ痛ててっ!?」
「っ! っ……!」
「お前等が一番うるせえよ。近所迷惑考えろよな……」
「…………あ、養父~」
女子高生の制服を着た少女とミディアムヘアの少女、それぞれに挟まれて詰め寄られている好敵手の息子。そして、今回依頼した『喧嘩屋』の青年に担がれた『殺し屋』の養女が、騒がしく入店してきた。
「ごめん、また負けちゃった~」
「……そうか」
無表情を装ってはいるものの、そこは年の功とでもいうべきか、どこか安心している雰囲気が出ているのを感じ取れる。他の誰かが気付く前にと、和音は煙管から口を放し、後ろに声を飛ばした。
「智春。茶ぁ持ってきな!」
裏で事務仕事をしている店員の返事を待つ前に、乗り込んできた次世代達は各々適当な席に着いていった。
「……あれ? 智春ん、眼鏡に替えたの?」
「この前、ようやく気に入った眼鏡の本体見つけたから、つい買っちゃった。元々ドライアイ気味だし、今の内に治しとかないと将来余計にお金が掛かりそうで……」
さすがに部外者寄りの二人には少し離れて貰ってから、睦月は改めて、秀吉の好敵手へと向き合った。
「ええと、初めまして。私は、」
「自己紹介の必要はないし、そこまで行儀良くしなくていい……どうせ引退した身だ。うちの養女を引き取らせてくれれば、多少は目を瞑る」
「じゃあ、遠慮なく……『運び屋』、荻野秀吉の息子、睦月だ」
睦月の手が、ショルダーホルスターに残されていた最後の自動拳銃へと伸びる。円盤型弾倉を撃ち尽くした物でも、秀樹との決闘擬きで使った訓練用でもない、正真正銘最後の手持ちだ。
「うちの馬鹿親父が何考えて、おたくの娘を手助けしたのかは知らないが……何か、大元の原因に心当たりは?」
「悪いが、俺が引退した後の話だからな。秀吉に何があったのかまでは分からん。本人も……『女が一人、死んだ』、としか言わなかったしな」
そこまでは、佳奈と同じ回答だった。けれども、睦月にはさらに踏み込める要素が一つ、残っている。だから次は、それについて問い掛けた。
「その女……『スミレ』って名前じゃないか?」
『…………』
一瞬、店内に不穏な空気が流れたかもしれない。けれども、睦月は気にせず話を続けた。
「いや、女の名前までは聞かなかった。というより……聞けなかったな」
「そうか……」
そう答えるや、何故か男は首を傾げてから、指を立ててくる。
「そこの『情報屋』に聞こうとは、思わなかったのか?」
「口止めされてるのか、料金吹っかけようとしてるのか……俺が確信に至った範囲でしか、親父のやってることを話してくれないんでね」
「……そうなのか? 婆さん」
今度は男自身が、和音の方を向いて問い掛け出した。しかし、『情報屋』はただ煙管を吹かすだけで、何も答えようとはしてこない。
「少しは、答えてやればいいものを……」
しかし男は、和音に対して非難することなく、顔を戻してきた。
「……で、睦月君はどこまで知ってるんだ?」
「親父が拉致事件の関係者で……暁連邦共和国に対して、何かを企んでること位しか」
ふと、睦月は『非合法な手段を用いた、拉致被害者全員の救出』について、あえて伏せて答えてしまった。現状では根拠のない憶測だということもあるが、不意に……妙な勘が働いてしまったからだ。
「そう、か……」
周囲の誰も、睦月の話を蒸し返そうとはしてこない。どこまで理解しているのか、その把握度合いを探られるかとも思っていたのだが……今は誰も、会話に混ざろうとはしてこなかった。
「関わっちまったのか、あいつ……暁連邦共和国に」
「……ちょっと待ってくれ」
だから睦月は、眼前に腰掛ける男の言葉を脳裏で反芻する内に、その裏の妙な違和感に気付くことができた。
「それは……どういう、意味だ?」
「言葉通りだ。あいつ……秀吉は元々、拉致事件の関係者じゃない」
感情的に、右手で自動拳銃を抜き出さなかったのは、我ながら褒めたくなってしまう。理性的に情報を得なければならない場面で、冷静さを欠くわけにはいかないからだ。
「……根拠は?」
「こいつは、俺が引退した理由でもあるんだが……韓国語を話す連中に、嵌められたんだよ」
カーゴパンツの上から、男は右足を摩り出す。次いで、足首にまで伸ばした手で裾を捲り上げ、自らの義足を睦月達に曝け出してきた。
「ある依頼を請けた。秀吉達と競合してる内に、俺の名も売れてきてたんだろうな……仲介人を介さず、直接俺に依頼が来た」
どの業界でも、直接指名した上で仕事を依頼されることは、一種の認められた存在として周知されることと同義だ。無論、それは裏社会でも変わりはない。
睦月もまた、最初こそ代理の側面もあったが……個人的に依頼された時は、自分が認められたと思えて嬉しくなったものだ。もっとも、少ししてすぐに、責任感に押し潰されそうになってしまったが。
「俺はそれを請けて……結果、ただ連中から襲撃されるだけで終わってしまった。この足も、その時逃げ出す為に、自分から斬ったんだ」
「……蜥蜴の尻尾切り?」
口を挟んでくる佳奈の声を聞き流し、睦月は顎を振って続きを促した。
「その依頼人……いや黒幕の連中は、仲間内では韓国語を話していた。俺も少しは知っていたから、すぐに分かったよ。で、韓国語で話す主な国は二つしかない」
「韓国と…………暁連邦共和国」
睦月の回答に、秀吉の好敵手は一度だけ深く、静かに頷いた。
「当時のあいつは、それを聞いても特に取り乱さなかった。それどころか、韓国マフィアの可能性すら視野に入れていた。だけどな……呼び出されたのは、普通じゃ手に入らない大型船の上で、しかも最後にはあっさり沈めたんだぞ? たとえ商売だとしても、あの規模では一介のマフィアじゃ、金を溝に捨てるようなものだ」
つまり、金銭以外の目的があったのだろう。目の前の『殺し屋』も、未だに当時の思惑を掴めていないのか、それ以上仮説を述べるようなことはしてこなかった。
「俺はその時点で『やばい』と思って、そのまま引退した。当時を含めて、秀吉は特に何も言ってこなかったが……俺が引退した後に何かが起きたのは、間違いない」
今……この店に弥生達が居なかったことは、ある意味幸運だったかもしれない。
「『技術屋』と『鍵師』……付き合いはあるか?」
「ああ……あいつ等とも、よく競合してたよ。今も元気でやってるのか?」
二人の結末は、どうやら知らなかったらしい。輸入雑貨店を訪れたのも、佳奈の件とは別に依頼しようとしていたかもしれないが……睦月は、自分の知っている範囲で正直に話した。
「一人は自首して刑務所に居る。後は、話に聞いただけだけど……自殺したらしい」
睦月からの言葉に、義足の男は無意識に天を仰いでいた。父親以外の顔馴染み達に思いを馳せているのだろうが、こちらも脳裏で、時系列を整理することに意識が向いてしまっている。
(また、確率だけが上がってしまったな……)
現時点で分かるのは、『スミレ』という女性と出会った後の秀吉が、何らかの形で暁連邦共和国との接点を持ってしまったことだけだ。けれども、未だに可能性が高まっただけで、明確な根拠には届いていない。
「自殺した方は、『スミレ』って人の件を親父に謝罪していたらしい。自首したもう一人も、何らかの形で関わってると思う。ただ……未だに憶測の域を出ていない」
「……根拠がない、ってことか。憶測で物事を語らないのは、良い心掛けだ」
「苦手なんだよ、昔から……憶測に憶測を重ねかねない考え方をするのは」
一つの物事に集中し過ぎると、それしか目に入らなくなってしまう。もしそれで、憶測を根拠にして考え込んでしまえば、間違った結果に辿り着くおそれがある。
だから睦月は、証拠を楔にして思考する癖を付けるようにした。
もう二度と、決して……目的を見失わない為に。
「で、婆さん……答えは?」
「…………」
未だに、和音から明確な返事は出てこない。おそらくは、報酬の問題ではないのだろう。でなければ、すぐに金額を口にするはずだ。そして言葉の代わりに、煙管から吐き出した紫煙を紡いでいる。
「まあ、いい。後は『情報屋』に聞いてくれ……他にはないか? 俺に聞きたいことは」
「後は……おたくの娘の処遇とかもあるな」
金属音が聞こえてくる。ただし、鳴らしたのは睦月ではない。この場で銃を持っているのは、後は姫香位だろう。
他にも持っている者が居る可能性もあるが……佳奈に銃口を向ける理由があるのは現状、睦月と姫香だけだ。
「正直、いちいち仕事の邪魔をされるのも迷惑なんだよ。それに……毎回見逃せるとは限らない」
実際、睦月は殺すのを可能な限り、最後の手段にしている。それは昔馴染み達に対しても、決して例外ではない。感情的な面があるのもたしかだが、結果的に余計な恨みを買わないようにすることも、この世界で生きていく上では重要だ。
そして今、睦月達が佳奈を殺せば……必ず、目の前の男が動き出す。
「今回の件も含めて、ちょっと落としどころに困っている……どうすれば良いと思う?」
安易な結果を求めれば、逆に多大な対価を支払うことになる。それは人殺しとて、例外ではない。
特に、佳奈の師匠の存在が、今回最大の難点になっている。
「仕事の邪魔をしてくる『喧嘩屋』ですら、状況によっては殺すつもりなんだよ、こっちは。今後も関わってくるつもりなら……悪いが容赦はしない」
「……できない、じゃないのか?」
「余計な口挟むな馬鹿、今度から寸止め止めるぞ」
「死ぬ気はないし、たとえ死んだとしても……そんときゃあの世で雪辱戦だ。少なくとも、何の覚悟もなく『運び屋』に挑んだりしねえよ」
睦月の背後から、郁哉の声が飛んでくる。それに振り返ることなく、手振りだけで答えた。直後、義足の男もまた、自らの弟子の方へと問い掛けていた。
「……おい、馬鹿弟子」
「なぁに~? 養父」
拘束されたまま腰掛け、姫香がいつ自動拳銃の引き金に指を掛けてもおかしくない状況にも関わらず、佳奈は気にすることなく養父に応対し出した。
「次も、生命があるかは分からない。それでも、まだ……続ける気か?」
「うん、続けるよ……『運び屋』達に勝ちたいからね」
もはや、打つ手はない。とでも言わんばかりに、盛大に溜息を吐いてから……佳奈の養父は睦月に向けて、落としどころを提案した。
「船上からは、『剣客』と一緒に逃げた。秀吉はそいつと知り合いだと言っていた。もし俺が関わった件を調べたいなら、そいつからも聞いてみるといい……その情報で、今回だけは見逃してくれないか?」
「……次は、殺すかもしれない。それでもいいのか?」
「俺達だって、普段は酒飲んで騒いでるくせに、仕事でかちあう度に殺し合ってたんだ。子供達が同じことをやってても、文句の言える立場じゃねえよ」
その言葉に、睦月の背後から郁哉の声が漏れ聞こえてくる。
「親の代でも、やってること一緒なのかよ……成長がないな」
「俺も思ったけど、いちいち口にするな。そこらの(人見下すしか能のない)馬鹿思い出して、余計に頭が痛くなってくる……」
郁哉にそうツッコんだ睦月は、もう馬鹿馬鹿しいとばかりに、後ろの姫香達に指示した。
「もういい…………そいつの拘束を解いてやってくれ」
そして佳奈の拘束は、郁哉の手によって解かれ……てすぐに姫香が蹴り飛ばしたので、そのまま男の傍へと転がっていった。
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「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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