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120 生命(いのち)の価値(その3)
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駅から数分もしない内に、かつては贔屓にしていた商店街へと、足を踏み入れていた。
義足ではあるものの、丈の長いカーゴパンツを履いていた為か、上手く周囲に溶け込めているらしい。もっとも、対面した上でならまだしも、通りすがりの人間の足元を見るような真似をするのは暇人を除けば、後ろ暗い生涯かそれを追う者達だけだ。
周囲には興味を持たれず、気付かれてすらいない。むしろ、善悪を問わず無意味に関わってこられない分、かえって過ごしやすかった。
(にしても……俺の知っている店は、ほとんどなくなっちまってるな)
引退して以来、二十年以上も距離を置いていたこともあるが、それでも商店街の変わり様はすごかった。店舗の入れ替えや改装はもちろんのこと、都市開発や近所にできたショッピングモールの影響もあってか、地理の変動が激し過ぎた。
(まったく、またこの地方都市に来るとはな……ん?)
「ヴァッハハハ……!」
耳障りな叫び声と走行音が響いてくる。やっていることはただのスケボーだが、周囲の迷惑を考えずに騒いでいる若者達を見ていると、つい昔のことを思い出し……口元が緩んでしまう。
(風景は変わっても…………様相はそのままか)
『……あれ? お前生きてたの?』
『死ぬ程じゃなかっただけだ。勝手に殺すな』
ある仕事の後、憂さ晴らしに適当な居酒屋で飲んでいた時に、その『運び屋』と出会った。初対面ではない。仕事中に衝突し、相手が勝って自分が負けた。
もし個人的な事情であれば、感情的になって暴れていたかもしれない。けれども、衝突したのはあくまで仕事中の出来事だ。こちらが失敗で終わってしまった以上、そこから先を責めるのは、ただの八つ当たりでしかない。
『工事現場に誘い込んで鉄骨流し込むとか、酷い真似しやがって。どうにか捌ききれたから、良かったようなものの……』
『生き残れたんだから、お前も中々の手練れだよ。俺が知ってる限り、似たようなことができるのは……ほんの数人位だな』
『現実で数人もいる時点で、おかしな話だけどな……』
注文したてで、まだ料理どころかグラスも届いていない。まさか先に、『運び屋』が顔を出すとは思ってもみなかった。
『どうせならそいつ等のこと、飲みながら話すか? 連れが今日、都合悪くてな……こっちも退屈してたんだよ』
『……ただで手に入る情報程、ろくなものはない』
まだ開店したばかりで、人が少ない。今腰掛けているカウンターからテーブル席に移れるか、丁度ビールジョッキを運んできた店員に確認を取る。
店員から了承を得た『殺し屋』は『運び屋』に指を振り、テーブルを挟んで腰掛けた。
『飲み比べだ。付き合えよ』
勝てば情報、負ければ何を支払わせられるのかは分からない。それでも、ただ酒を酌み交わすだけで済ませるには、仕事でできた憂さを晴らしきるのは困難だった。
だからテーブル席に移動し、『運び屋』の提案に乗ることにしたのだ。
『……乗った』
もう一つ、運ばれてきたビールジョッキを持った『運び屋』に向けて、黙って自らのものをぶつけた。
結果二人して、酔った勢いで喧嘩してしまった。だが何故か、相手は近くで迷惑行為に励んでいたチンピラ集団だったが。
『……なあ』
『何だよ?』
自動販売機でミネラルウォーターを二本買い、片方を投げ渡してきた『運び屋』は、どこか不思議そうに首を傾げてきた。
『俺達……何やってたんだ?』
『知るか。こっちも驚いてんだよ』
互いに素手、相手はナイフや鉄パイプを持っていた。おまけに酒が入っている状態だったが……相手が弱すぎて、話にならなかった。
得物を持ち合わせていなかった自分もそうだが、『運び屋』もまた裏社会の住人に恥じない実力を見せてきた。
『『運び屋』、お前……いったい何者だ? どう見ても我流じゃねえだろ?』
『これでも『運び屋』を継いだ身だ。それなりの知識や経験は継承されてるんだよ。むしろ、一代でそこまで鍛えられる方がすごいけどな』
『……どこまで知ってる?』
偶々手に入れた武器でここまで成り上がってきたことも、文献等を読み漁ってどうにか使い方を掴んできたことも……異国の地で戦災孤児となり、放浪していたことも。自らの出自は、誰にも話してこなかった。
それこそ……仕事の仲介を請け負ってくれた『情報屋』にも、だ。
『あの『情報屋』、無駄に伝手があってな。初見相手でも、小学校時代の素行まで調べ出すんだぜ。質悪いよな……』
『……やっぱり、偶然じゃなかったんだな』
『偶々近くに居た、ってのは本当だ。俺もあの『情報屋』には、世話になってるからな』
互いに酔い覚ましも兼ねてか、水を体内に流し込む。けれども、その『運び屋』はどこかがおかしかった。
理性で持ち堪えているこちらとは違い、あまりにも……酒に溺れている印象がなさ過ぎたからだ。
『酒に強い、だけじゃないよな?』
『言ったろ? 家業を継いだって。まあ、継ぐかどうかは別にしても……肝臓や三半規管とかの内臓部分は時間が掛かるから、子供の頃から先に鍛えさせられたんだよ』
『その辺り、やっぱり家柄だな……歳喰ってから鍛えても、追いつけるかどうか、分かったもんじゃない』
相手の持っていた鉄パイプを杖代わりにして、残ったアルコールでふらつく足を支えてどうにか立ち上がる。その後、壁にもたれてペットボトルを傾けている『運び屋』に向き直った。
『運び屋』もまた、飲み口を放してからこちらを見返してくる。
『……で、お前は何がしたいんだよ?』
『何も。強いて挙げれば……面白そうだからだな』
正直、当時はどういう意味なのか、分からなかった。
その言葉の意味を完全に理解できたのは、『運び屋』やその連れ達との付き合いが長くなり……右足を失った後のことだった。
『いったい、何があったよ? 足を無くす程の相手だったのか?』
『どちらかと言うと……運がなかっただけだ』
裏社会で用いられる診療所の病室に、不意の来客があった。
退屈なこともあって通してみれば、すでに顔馴染みとなっていた『運び屋』が、何故か果物片手に訪問してきたのだ。
『コンテナに押し潰された後での追撃だぞ? 足を斬り捨てなきゃ、とっくにくたばってたよ』
『らしいな……『剣客』から聞いた時は、さすがに驚いた』
『……どんだけ顔が広いんだよ、お前は』
『と言っても、知り合いの範疇だけどな。ここの『医者』と一緒で』
依頼料につられて、直接指名の仕事を請けたのが間違いだった。
相当数の裏社会の住人が呼び出されていたものの、依頼の内容どころか目的すら明かされないまま……襲撃された。
一人逃げ隠れする者、知り合い同士で組んで危機を脱しようとした者、直接依頼人を叩こうとして返り討ちに遭う者もいれば、取り入ろうとして甘言を叫ぶ者もいた。
結果として、右足を失いながらも……偶々利害が一致した『剣客』と組んで、招集された謎の大型船からはどうにか脱出できたのだ。
『お前、何に巻き込まれたんだよ? お前等が乗ったとかいう船、調べた時にはもう沈められてたぞ』
『分からない。ただ……依頼人の中に、韓国語を話している奴がいたのは間違いない』
『韓国語、ね……』
手近な椅子を引き寄せて腰掛ける『運び屋』に合わせて、腕だけで身体を起こして振り向いた。
『となると、韓国マフィア辺りか……また暁連邦共和国が、何かやらかそうとしてるのかね』
『依頼人が何を考えているのかはもう、どうでもいいさ……俺はもう、引退するよ』
さすがに足を失えば、もう仕事を続けることはできない。幸いにも蓄えはあるので、義足代と老後までの生活資金は十分にある。続けていたのだって、他にやることが思いつかなかったからに過ぎない。
『……依頼人連中に、報復しないのか?』
『規模が分からない上に、相手にするのも面倒だ。依頼人連中も表立って、俺を探したりはしないだろう』
少なくとも、こちらが動けば何かしらの反応を示すだろうが、目立たず生きる分には問題ないはずだ。それに、一個人で敵に回すには……相手が強大過ぎた。
『田舎で適当な土地でも買って、のんびり暮らすよ。しばらく女遊びはできないだろうが……どうせ足を調達しないとならないしな。それ位我慢するさ』
『まあ、お前がそれでいいなら……いいんじゃねえか』
ここまで長い付き合いになると本当の意味で、『運び屋』がそう思っているのが分かるようになってきた。
普段であれば薄情だと思われるようなセリフだが、実際は、相手の気持ちを尊重した上で言っているのだと、理解できる程に。
『じゃあ、俺もそろそろ帰るか。退院するまでに暇だったら、あいつ等連れてまた来るよ』
そう言って立ち上がり、『運び屋』は病室の外へと歩き出した。
『それにしても……』
そして扉の前で立ち止まると、何故か顔だけをこちらに向け、一言だけ残していった。
『やっぱりお前……『殺し屋』ってより、『傭兵』の方が向いてたんじゃないか?』
……また、理解するのに時間の掛かりそうな言葉を残されたと、当時は思ったものだ。
きっかけ自体は、些細なものだった。
義足生活にもようやく慣れ、現役の時よりは劣るが、斧槍も振り回せるようになってきた。それからはよく、外を出歩くようになった。最初こそ購入した土地の中だったが、徐々にその周辺、そして公道へと足を伸ばしていく。
その時に、偶然出会ったのだ……
『…………何やってんだ、お前?』
……後に、弟子となる少女に。
しかし徐々に……その少女が、周囲の他者どころか自分とも合わないことに、すぐ気付いた。
『熊が出るようになった、とは聞いていたが……』
大方、山中に食べられる物が無くなってしまい、餌を求めて人里へと降りてきたのだろう。下手に小賢しい人間よりは、力任せの動物の方が御しやすい時もある。通じる手段さえあれば、『殺し屋』にとっては依頼された人間と大差がない。
問題なのは……養子として引き取った少女が、訓練用の木槍を構えていたことだ。
『……お前、逃げなかったのか?』
『何で?』
普通なら、恐怖に対して逃げ出していただろう。多少の心得があれば、無意識に普段、訓練した動作を繰り返していたかもしれない。
だが、その少女は木槍の先端を構え、石突の部分を地面に突き立てていた。まだ基礎の段階で、応用についてはまだ、教えてすらいないのに。
『生きたいから、相手を殺そうとしただけだよ。じゃなきゃ、最初から諦めてるって』
『みたい、だな……』
生き残る手段を模索し、すぐに選んで実行する。本来であれば、経験則でしか身に付かないそれができるのは、一種の才能だ。
けれども……その中で、即座に『命を奪う』手段を選べるのは、一種の狂気でもあった。
(そういう、ことかよ……)
熊を殺すのに用いた、斧槍の刃に纏わり付く血を振り払ってから、槍衾のように訓練用の木槍を構えている少女、佳奈の手を取って引き起こした。
(たしかに……こいつは、生粋の『殺し屋』だな)
以前、酒の席で『運び屋』から、『情報屋』の受け売りを聞いたことがある。
『『殺し屋』には、三種類の人間がいる』
目の前にいる少女は、合理性を越えて……『人殺しの為に目的を選ばない』人種の類だった。
(どう生き足掻いても、未知を知ることの連続だな……)
かつて、『運び屋』に言われた言葉の意味を、ここにきてようやく理解した。
(俺ならまず、適当に追っ払う。命を奪うのは、その後だ……いちいち殺してたら、後始末が面倒だからな)
自分が『殺し屋』ではなく、本当は『傭兵』のような生き方をしていたのだと、ようやく気付いた瞬間だった。
「ったく、うるさいな……っ!」
「…………ん?」
少し、過去に思いを馳せている間に、誰かがスケボー集団の間に割り込んでいた。
人目を避ける為か、顔を隠してはいるものの……その動きは間違いなく、人を殺す為の手段だった。
「……ああ、疲れた」
正確な目的までは分からなかったが……少なくとも、周囲を騒がせている者達を殺さずに制圧する為に動いていたことは、まず間違いない。
(殺せただろうに……殺していない、か)
おそらくは、前に聞いた『運び屋』の息子と同年代だろう。しかも、ただの青年ではない。
そして、この場から去ろうとする青年と、たまたま目が合ってしまった。
「あれ……?」
「……早く行け。ここにもう、用はないだろ」
動きを追っていたこちらに目を向ける青年にそう言い、軽く手を振った。
「聞きたかったら商店街の輸入雑貨店に行け。意味は分かるだろ?」
「……ああ。後で、聞きに行かせて貰うよ」
お互い、裏社会の住人だとは理解しても……無暗に敵対したりはしない。
(『傭兵』、だな……お互いに)
そして再び足を動かし、人だかりができて騒がしくなっている惨状を背に……目的の店へと向かった。
(やっ、べえな……ありゃ)
仕事用に着ている薄手の黒いコートを脱ぎ、覆面代わりに巻いていたスカーフを外しながら……少し離れたビル群の隙間道に入り込んでいた『傭兵』は、安堵で息を吐いた。
(義足無かったら……多分、『殺し屋』級だぞ。あのおっさん)
自らの動きを追ってきた視線もそうだが、状況に応じて微調整されていた体幹や不自由な足……おそらくは、義足か何かを装着した上で、である。
そんな細かい動きができるのは、元が格闘技の有段者か凄腕の軍人……もしくは、戦闘経験の厚い裏社会の住人だけだ。
(後で聞きに行かないとな……予算、足りればいいけど)
また麻薬組織狩りでもして稼ぐしかないか、と英治は心中でぼやきながら、再び買い出しへと向かい始めた。
(また、面倒事か? ……『最期の世代』の内、誰かが関わってなきゃいいけど)
「ハァ……」
英治はコート類の入った鞄を担ぐと、厄介事は御免だとばかりに、盛大に溜息を吐くのだった。
義足ではあるものの、丈の長いカーゴパンツを履いていた為か、上手く周囲に溶け込めているらしい。もっとも、対面した上でならまだしも、通りすがりの人間の足元を見るような真似をするのは暇人を除けば、後ろ暗い生涯かそれを追う者達だけだ。
周囲には興味を持たれず、気付かれてすらいない。むしろ、善悪を問わず無意味に関わってこられない分、かえって過ごしやすかった。
(にしても……俺の知っている店は、ほとんどなくなっちまってるな)
引退して以来、二十年以上も距離を置いていたこともあるが、それでも商店街の変わり様はすごかった。店舗の入れ替えや改装はもちろんのこと、都市開発や近所にできたショッピングモールの影響もあってか、地理の変動が激し過ぎた。
(まったく、またこの地方都市に来るとはな……ん?)
「ヴァッハハハ……!」
耳障りな叫び声と走行音が響いてくる。やっていることはただのスケボーだが、周囲の迷惑を考えずに騒いでいる若者達を見ていると、つい昔のことを思い出し……口元が緩んでしまう。
(風景は変わっても…………様相はそのままか)
『……あれ? お前生きてたの?』
『死ぬ程じゃなかっただけだ。勝手に殺すな』
ある仕事の後、憂さ晴らしに適当な居酒屋で飲んでいた時に、その『運び屋』と出会った。初対面ではない。仕事中に衝突し、相手が勝って自分が負けた。
もし個人的な事情であれば、感情的になって暴れていたかもしれない。けれども、衝突したのはあくまで仕事中の出来事だ。こちらが失敗で終わってしまった以上、そこから先を責めるのは、ただの八つ当たりでしかない。
『工事現場に誘い込んで鉄骨流し込むとか、酷い真似しやがって。どうにか捌ききれたから、良かったようなものの……』
『生き残れたんだから、お前も中々の手練れだよ。俺が知ってる限り、似たようなことができるのは……ほんの数人位だな』
『現実で数人もいる時点で、おかしな話だけどな……』
注文したてで、まだ料理どころかグラスも届いていない。まさか先に、『運び屋』が顔を出すとは思ってもみなかった。
『どうせならそいつ等のこと、飲みながら話すか? 連れが今日、都合悪くてな……こっちも退屈してたんだよ』
『……ただで手に入る情報程、ろくなものはない』
まだ開店したばかりで、人が少ない。今腰掛けているカウンターからテーブル席に移れるか、丁度ビールジョッキを運んできた店員に確認を取る。
店員から了承を得た『殺し屋』は『運び屋』に指を振り、テーブルを挟んで腰掛けた。
『飲み比べだ。付き合えよ』
勝てば情報、負ければ何を支払わせられるのかは分からない。それでも、ただ酒を酌み交わすだけで済ませるには、仕事でできた憂さを晴らしきるのは困難だった。
だからテーブル席に移動し、『運び屋』の提案に乗ることにしたのだ。
『……乗った』
もう一つ、運ばれてきたビールジョッキを持った『運び屋』に向けて、黙って自らのものをぶつけた。
結果二人して、酔った勢いで喧嘩してしまった。だが何故か、相手は近くで迷惑行為に励んでいたチンピラ集団だったが。
『……なあ』
『何だよ?』
自動販売機でミネラルウォーターを二本買い、片方を投げ渡してきた『運び屋』は、どこか不思議そうに首を傾げてきた。
『俺達……何やってたんだ?』
『知るか。こっちも驚いてんだよ』
互いに素手、相手はナイフや鉄パイプを持っていた。おまけに酒が入っている状態だったが……相手が弱すぎて、話にならなかった。
得物を持ち合わせていなかった自分もそうだが、『運び屋』もまた裏社会の住人に恥じない実力を見せてきた。
『『運び屋』、お前……いったい何者だ? どう見ても我流じゃねえだろ?』
『これでも『運び屋』を継いだ身だ。それなりの知識や経験は継承されてるんだよ。むしろ、一代でそこまで鍛えられる方がすごいけどな』
『……どこまで知ってる?』
偶々手に入れた武器でここまで成り上がってきたことも、文献等を読み漁ってどうにか使い方を掴んできたことも……異国の地で戦災孤児となり、放浪していたことも。自らの出自は、誰にも話してこなかった。
それこそ……仕事の仲介を請け負ってくれた『情報屋』にも、だ。
『あの『情報屋』、無駄に伝手があってな。初見相手でも、小学校時代の素行まで調べ出すんだぜ。質悪いよな……』
『……やっぱり、偶然じゃなかったんだな』
『偶々近くに居た、ってのは本当だ。俺もあの『情報屋』には、世話になってるからな』
互いに酔い覚ましも兼ねてか、水を体内に流し込む。けれども、その『運び屋』はどこかがおかしかった。
理性で持ち堪えているこちらとは違い、あまりにも……酒に溺れている印象がなさ過ぎたからだ。
『酒に強い、だけじゃないよな?』
『言ったろ? 家業を継いだって。まあ、継ぐかどうかは別にしても……肝臓や三半規管とかの内臓部分は時間が掛かるから、子供の頃から先に鍛えさせられたんだよ』
『その辺り、やっぱり家柄だな……歳喰ってから鍛えても、追いつけるかどうか、分かったもんじゃない』
相手の持っていた鉄パイプを杖代わりにして、残ったアルコールでふらつく足を支えてどうにか立ち上がる。その後、壁にもたれてペットボトルを傾けている『運び屋』に向き直った。
『運び屋』もまた、飲み口を放してからこちらを見返してくる。
『……で、お前は何がしたいんだよ?』
『何も。強いて挙げれば……面白そうだからだな』
正直、当時はどういう意味なのか、分からなかった。
その言葉の意味を完全に理解できたのは、『運び屋』やその連れ達との付き合いが長くなり……右足を失った後のことだった。
『いったい、何があったよ? 足を無くす程の相手だったのか?』
『どちらかと言うと……運がなかっただけだ』
裏社会で用いられる診療所の病室に、不意の来客があった。
退屈なこともあって通してみれば、すでに顔馴染みとなっていた『運び屋』が、何故か果物片手に訪問してきたのだ。
『コンテナに押し潰された後での追撃だぞ? 足を斬り捨てなきゃ、とっくにくたばってたよ』
『らしいな……『剣客』から聞いた時は、さすがに驚いた』
『……どんだけ顔が広いんだよ、お前は』
『と言っても、知り合いの範疇だけどな。ここの『医者』と一緒で』
依頼料につられて、直接指名の仕事を請けたのが間違いだった。
相当数の裏社会の住人が呼び出されていたものの、依頼の内容どころか目的すら明かされないまま……襲撃された。
一人逃げ隠れする者、知り合い同士で組んで危機を脱しようとした者、直接依頼人を叩こうとして返り討ちに遭う者もいれば、取り入ろうとして甘言を叫ぶ者もいた。
結果として、右足を失いながらも……偶々利害が一致した『剣客』と組んで、招集された謎の大型船からはどうにか脱出できたのだ。
『お前、何に巻き込まれたんだよ? お前等が乗ったとかいう船、調べた時にはもう沈められてたぞ』
『分からない。ただ……依頼人の中に、韓国語を話している奴がいたのは間違いない』
『韓国語、ね……』
手近な椅子を引き寄せて腰掛ける『運び屋』に合わせて、腕だけで身体を起こして振り向いた。
『となると、韓国マフィア辺りか……また暁連邦共和国が、何かやらかそうとしてるのかね』
『依頼人が何を考えているのかはもう、どうでもいいさ……俺はもう、引退するよ』
さすがに足を失えば、もう仕事を続けることはできない。幸いにも蓄えはあるので、義足代と老後までの生活資金は十分にある。続けていたのだって、他にやることが思いつかなかったからに過ぎない。
『……依頼人連中に、報復しないのか?』
『規模が分からない上に、相手にするのも面倒だ。依頼人連中も表立って、俺を探したりはしないだろう』
少なくとも、こちらが動けば何かしらの反応を示すだろうが、目立たず生きる分には問題ないはずだ。それに、一個人で敵に回すには……相手が強大過ぎた。
『田舎で適当な土地でも買って、のんびり暮らすよ。しばらく女遊びはできないだろうが……どうせ足を調達しないとならないしな。それ位我慢するさ』
『まあ、お前がそれでいいなら……いいんじゃねえか』
ここまで長い付き合いになると本当の意味で、『運び屋』がそう思っているのが分かるようになってきた。
普段であれば薄情だと思われるようなセリフだが、実際は、相手の気持ちを尊重した上で言っているのだと、理解できる程に。
『じゃあ、俺もそろそろ帰るか。退院するまでに暇だったら、あいつ等連れてまた来るよ』
そう言って立ち上がり、『運び屋』は病室の外へと歩き出した。
『それにしても……』
そして扉の前で立ち止まると、何故か顔だけをこちらに向け、一言だけ残していった。
『やっぱりお前……『殺し屋』ってより、『傭兵』の方が向いてたんじゃないか?』
……また、理解するのに時間の掛かりそうな言葉を残されたと、当時は思ったものだ。
きっかけ自体は、些細なものだった。
義足生活にもようやく慣れ、現役の時よりは劣るが、斧槍も振り回せるようになってきた。それからはよく、外を出歩くようになった。最初こそ購入した土地の中だったが、徐々にその周辺、そして公道へと足を伸ばしていく。
その時に、偶然出会ったのだ……
『…………何やってんだ、お前?』
……後に、弟子となる少女に。
しかし徐々に……その少女が、周囲の他者どころか自分とも合わないことに、すぐ気付いた。
『熊が出るようになった、とは聞いていたが……』
大方、山中に食べられる物が無くなってしまい、餌を求めて人里へと降りてきたのだろう。下手に小賢しい人間よりは、力任せの動物の方が御しやすい時もある。通じる手段さえあれば、『殺し屋』にとっては依頼された人間と大差がない。
問題なのは……養子として引き取った少女が、訓練用の木槍を構えていたことだ。
『……お前、逃げなかったのか?』
『何で?』
普通なら、恐怖に対して逃げ出していただろう。多少の心得があれば、無意識に普段、訓練した動作を繰り返していたかもしれない。
だが、その少女は木槍の先端を構え、石突の部分を地面に突き立てていた。まだ基礎の段階で、応用についてはまだ、教えてすらいないのに。
『生きたいから、相手を殺そうとしただけだよ。じゃなきゃ、最初から諦めてるって』
『みたい、だな……』
生き残る手段を模索し、すぐに選んで実行する。本来であれば、経験則でしか身に付かないそれができるのは、一種の才能だ。
けれども……その中で、即座に『命を奪う』手段を選べるのは、一種の狂気でもあった。
(そういう、ことかよ……)
熊を殺すのに用いた、斧槍の刃に纏わり付く血を振り払ってから、槍衾のように訓練用の木槍を構えている少女、佳奈の手を取って引き起こした。
(たしかに……こいつは、生粋の『殺し屋』だな)
以前、酒の席で『運び屋』から、『情報屋』の受け売りを聞いたことがある。
『『殺し屋』には、三種類の人間がいる』
目の前にいる少女は、合理性を越えて……『人殺しの為に目的を選ばない』人種の類だった。
(どう生き足掻いても、未知を知ることの連続だな……)
かつて、『運び屋』に言われた言葉の意味を、ここにきてようやく理解した。
(俺ならまず、適当に追っ払う。命を奪うのは、その後だ……いちいち殺してたら、後始末が面倒だからな)
自分が『殺し屋』ではなく、本当は『傭兵』のような生き方をしていたのだと、ようやく気付いた瞬間だった。
「ったく、うるさいな……っ!」
「…………ん?」
少し、過去に思いを馳せている間に、誰かがスケボー集団の間に割り込んでいた。
人目を避ける為か、顔を隠してはいるものの……その動きは間違いなく、人を殺す為の手段だった。
「……ああ、疲れた」
正確な目的までは分からなかったが……少なくとも、周囲を騒がせている者達を殺さずに制圧する為に動いていたことは、まず間違いない。
(殺せただろうに……殺していない、か)
おそらくは、前に聞いた『運び屋』の息子と同年代だろう。しかも、ただの青年ではない。
そして、この場から去ろうとする青年と、たまたま目が合ってしまった。
「あれ……?」
「……早く行け。ここにもう、用はないだろ」
動きを追っていたこちらに目を向ける青年にそう言い、軽く手を振った。
「聞きたかったら商店街の輸入雑貨店に行け。意味は分かるだろ?」
「……ああ。後で、聞きに行かせて貰うよ」
お互い、裏社会の住人だとは理解しても……無暗に敵対したりはしない。
(『傭兵』、だな……お互いに)
そして再び足を動かし、人だかりができて騒がしくなっている惨状を背に……目的の店へと向かった。
(やっ、べえな……ありゃ)
仕事用に着ている薄手の黒いコートを脱ぎ、覆面代わりに巻いていたスカーフを外しながら……少し離れたビル群の隙間道に入り込んでいた『傭兵』は、安堵で息を吐いた。
(義足無かったら……多分、『殺し屋』級だぞ。あのおっさん)
自らの動きを追ってきた視線もそうだが、状況に応じて微調整されていた体幹や不自由な足……おそらくは、義足か何かを装着した上で、である。
そんな細かい動きができるのは、元が格闘技の有段者か凄腕の軍人……もしくは、戦闘経験の厚い裏社会の住人だけだ。
(後で聞きに行かないとな……予算、足りればいいけど)
また麻薬組織狩りでもして稼ぐしかないか、と英治は心中でぼやきながら、再び買い出しへと向かい始めた。
(また、面倒事か? ……『最期の世代』の内、誰かが関わってなきゃいいけど)
「ハァ……」
英治はコート類の入った鞄を担ぐと、厄介事は御免だとばかりに、盛大に溜息を吐くのだった。
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