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119 生命(いのち)の価値(その2)
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「…………見つけたぞっ!」
『ん?』
その場に居た全員が声のした方を向くと、そこには足元を泥塗れにしてでも歩いてきたのか、肩で息をする青年が立っていた。きらびやかなスーツも別の要因が加わってか、完全に色褪せてしまっている。
「嘗めやがって……っ!?」
握っていたスマホを投げ捨てた秀樹に対して、睦月はようやく動けるようになった身体を慣らしながら、先駆けて前に出た。
「代わろうか? 多分、私が無理矢理荻野君を追わせた件だと思、」
睦月の背後で、郁哉に担がれた状態の佳奈がそう声を掛けてくるが……
「よくも、よくもやってくれたな……『運び屋』っ!?」
……返された叫びの矛先は、何故か睦月に向けられていた。
「…………え、俺?」
むしろ今回、睦月は秀樹に対して、何もしていなかった。その為、思わず自分を指差しながら、首を傾げてしまう。
邪魔が入るのはよくある上に、今回は名児耶と組んだ時以上に素人感が丸出しだった。だからわざわざ相手にする理由もなく、振り切った方が手っ取り早いと考えた睦月は、時速100km越えで車を疾走させたのだ。
だから、恨むとすれば無理矢理尾行させようとした佳奈のはずなのだが……秀樹の怒りは真っ直ぐに、睦月へと向けられていた。
「俺、普通に仕事しただけなんだけど……お前等、何かしたか?」
一度、秀樹から外した視線を姫香と佳奈の方へと向ける。その睦月の視線に、二人は逸らしたり嗤ったりと、異なる反応を返してきた。
「大したことはしてないよ? 久芳ちゃんと一緒に、取り囲んできたお仲間を皆殺しにしただけで、」
「全然大したことしてんじゃねえか! こいつその原因、何だかんだで俺だと思ってんじゃねえの!?」
「うるせぇっ!」
秀樹側が雇った『殺し屋』はともかく、姫香の方は睦月と無関係を通すわけにはいかない。いや、過去の遺恨も含めれば、大元の原因がそうだと否定するには、少し無理があった。
けれども、秀樹は睦月が発言する前に、その考えごと真っ向から否定してきた。
「何でお前が上手くいって! 俺が仕事に失敗しなきゃなんねえんだよっ!?」
「あ~、……そっち?」
ここにきてようやく、秀樹の言いたいことが睦月達にも理解できた。
要するに、秀樹は仲間の敵討ちによる義憤ではなく……睦月が仕事をこなしたことに対しての嫉妬で、ここまで来てしまったらしい。
「随分自分勝手な奴だな……」
「お仲間も似たような感じだったよ? 学歴笠に着てるような印象~」
郁哉や佳奈も、そのあまりな発言に呆れてしまっている。それを聞いてか、秀樹も感情的になって割り込んできた。
「裏切った奴がほざくなっ!」
それを聞き、思わず睦月は口を挟んだ。
「……いや、人間が裏切るのは当たり前だろうが」
くだらない、とばかりに睦月は、秀樹に対して吐き捨てた。
「誰だって利用し、利用されて生きてるのがこの社会だ。だから騙されないように努力するし、裏切られないように地位も能力も、人間性も高めている」
言いつつも、これ以上は問答にすらならないと睦月は考えた。だから一度、自身の車に戻ってから自動拳銃を二丁取り出し、また同じ位置に戻ってくる。
「個人の感情なんて、誰も推し量れやしないんだ。だから裏切られないように……誰もが納得する生き様を見せ続けるしかないんだよ」
好餌や畏怖もまた有効だろうが、結局は周囲を惹きつける素質が重要となってくる。どれも無限に湧き出てくるものではないが……少なくとも生き様だけは、己が精神が歪まない限り、死ぬまで身に纏えるのだから。
「……現に、姫香が『殺し屋』みたいなのと戦わせようとするのだって、俺を見限るかどうかも見る為だと思うぞ?」
「本当、昔から極端に考え過ぎるよな。お前……」
「極論でも正論だろうが。じゃなきゃ誰も信用できなくて、他人と関わるなんて土台無理だろ?」
横から聞こえてくる昔馴染みの苦言を聞き流し、睦月は秀樹に見えるようにして、自動拳銃を掲げて見せた。
「それでも、お前の気が済まないって言うのなら……相手してやるよ」
どこかで、ストレスが溜まっていたのかもしれない。本来なら(戦闘面で)一般人をいじめるような趣味は持ち合わせていない睦月だったが、今日だけはと秀樹に対して、ある提案をした。
「素手と銃、何なら小太刀もあるぞ……どれで戦りたい?」
どう転んだとしても、睦月の選択肢は変わらない。
だからせめて、秀樹に選ばせたのだった。
睦月が用意した選択肢の中で、秀樹が選んだのは銃だった。
(俺が銃を使えないとでも、思ってるんだろうが……嘗めやがって)
銃弾は一発ずつ。それぞれ弾倉を介し、銃身を引いて薬室に込めていく。
ルールは単純、『殺し屋』を担いだ青年が投げた硬貨が地面に落ちた瞬間、それぞれ発砲するだけ。今回は睦月からの提案で、最初から一定の距離を置いた状態で向かい合っている。
その為、睦月もまた秀樹の前で、自動拳銃を片手に持ったままだらんと、銃口ごと地面に向けて提げていた。
「俺はいつでもいいぞ。準備できたらあいつに言え」
そう言い、睦月は空いた左手を腰に当てた状態で直立していた。
未だに苛立つ振りをしながらも、秀樹の脳裏では冷静に勝算を図り、演技も交えながら答える。
「俺もだ……硬貨を投げろっ!」
そして弾かれ、宙を舞う硬貨。
(だが、これは予想できないだろ……っ!)
弾かれた硬貨が地面に落ちるどころか、自由落下を始めるよりもはるか前に、秀樹は自動拳銃を構えた。その様子を目の当たりにして、睦月も反射的に銃を持ち上げているが、こちらが引き金を引く方が早い。
「ざまぁみろっ!」
不慣れながらも、秀樹は銃把を両手で固定して構え、狙いを定めた瞬間に引き金を引いた。
「……ねえ」
「どうした?」
秀樹が合図を出す前、睦月達が自動拳銃をそれぞれ持ち、距離を取ろうとしている時だった。担がれたままの佳奈は、何となく抱えている郁哉にこう問い掛けた。
「どっちが勝つか、賭けない?」
「賭けにならないだろ。というか、こっちも仕事だから逃がす気ないっての」
「まあ、そりゃそっか……」
「俺はいつでもいいぞ。準備できたらあいつに言え」
そんなことを話している内に、睦月の方は準備ができたらしい。
「俺もだ……硬貨を投げろっ!」
次いで、秀樹の方も声を張り上げてくる。
左肩だけで佳奈を担いだまま、郁哉は上着から取り出した硬貨を右手で器用に操り、上空へと弾いた。
そしてその瞬間、秀樹が自動拳銃を構えだした。明らかに合図前だが、よくあることなので、郁哉が止めに入ることはない。
「ざまぁみろっ!」
睦月もまた、自動拳銃を構えようとしていたがわずかに間に合っていない。秀樹が引き金を引き切る方が早かった。
――カチン……
ただし、銃声は鳴り響かなかったが。
「…………は?」
間抜けな声が漏れ聞こえる中、睦月もまた銃を構え終えたが、その指は引き金ではなく、弾倉の固定具の解除ボタンに伸びている。そして排出された弾倉は、自重で足元へと落ちていく。
「あ、やべ! ……まあ、いっか」
そして、地面に着く直前に合わせて足を後ろに引き、秀樹へと向けて空の弾倉を蹴り飛ばした。
「ぁぶっ!?」
睦月が独り言を言い切った瞬間、弾倉は秀樹の顔面に直撃し、青年を吹き飛ばしていた。
「ほら……賭けにならなかっただろ?」
「まあ、たしかに……ところで荻野君」
「何だ?」
再度銃身を引き、銃弾を薬室から排出しながら、睦月は佳奈達の方へと振り返ってくる。
「さっきはどうしたの? 蹴る前に何か、独り言言ってたけど」
「ああ……わざわざ弾倉出さずに、銃ごと蹴れば良かったな、って思っただけだよ」
万が一に備えて、空の弾倉を用いたのだろうが、どうやら睦月は、銃ごと蹴った方が良かったと考えているらしい。たしかに、一度蹴り込んでしまえば耐久性に問題が出ることもあるので、今後の使用を控えるべきだとは思うが……
「どうせこれ訓練用で……最初から撃鉄外してあるから、暴発すること自体ないのに」
……その言葉に、決闘をした二人以外は呆れた眼差しを向けるのだった。
緊急事態を除けば、銃をはじめとした敵の武装を奪おうと考えるのは、非正規軍か素人だけだろう。
武器が手元にない時等の緊急事態は言わずもがな、他所から支援を受けることが難しい非正規軍もまた、物資調達の名目で武器を奪うこともある。けれども、素人は決して、敵の用意した武器を使用してはならない。
使用する為に必要な知識を持ち合わせている保証がないのはもちろんのこと……奪った武器自体が、まともに使えるとは限らないのだから。
「試し撃ち位、すりゃあ良かったのに……結構馬鹿だろ、こいつ」
「いや、良い大学には出てるらしいぞ? 単に、経験値の差がモロに出たんじゃないか?」
気絶している秀樹に渡していた訓練用の自動拳銃を取り上げ、銃弾と弾倉を取り外しながら、睦月は郁哉にそう話した。
「というか荻野君、随分用意が良いね。私にもその手、使う気だったの?」
「……いや、訓練用の方は単なる片付け忘れ。しばらく使ってた上に、小太刀用意することに気が行ってたから車にそのまま置き忘れて、っ!? 待て姫香っ! 忘れてたのは反省するから蹴るの止めろっ!」
不意に距離を詰め、蹴り足を繰り出した姫香は両手の握り拳を掲げてくる。そして、その甲を睦月の方に向けてから、小指同士を胸の前で二回打ち合わせてきた。
「【しつけ】」
「分かった反省するから待てっ!?」
普段より酷い、蛆虫を見るような目を向けてくる姫香に蹴られるものの、睦月は防御姿勢を取るしかなかった。
「そんな反省すること?」
「どうせまた、何日も放置してたんだろう……睦月、昔っから片付け下手だったし」
発達障害、特にASDはその拘りの強さから片付けが得意な面もあるが、逆に物を捨てられずに、抱え込んでしまうことがある。その為、他人からは『片付けられない』と思われてしまうことも多い。しかも、一度別の物事に集中してしまえば、そのまま忘れてしまうこともしばしばだった。
通常であれば自己責任の範疇だが、今回忘れたのは仕事道具であり、しかも訓練用とはいえ銃器だ。たとえ社長であっても、許される過ちではない。
だから社長は大人しく、社員の折檻を受けるのであった。
「……あ、終わったみたいだよ?」
「少しは助けろよ、お前な……」
「いちいち痴話喧嘩に付き合ってられっかよ。馬鹿らしい……」
とはいえ、郁哉もただぼさっとしているわけではなかった。
気絶したままの秀樹を拘束したり、抱えたままだった佳奈を一度降ろして、地面の上で○×ゲームをしたりと、睦月達が揉め事を終えるまでずっと待っていたのだ。
「とりあえず……○×ゲームは止めろっ!」
「いや、暇だったし……」
下手に拘束を解いて逃げられても困るからと、地面に俯せにされていた佳奈しか郁哉の話し相手になりそうな者が居ないので、仕方がない。とはいえ、ほぼ初対面の状態で共通の話題なんてあるはずもなく、ただゲームで時間を潰すしかなかったのだ。
「偶には『剣客』以外の女でも、口説いたらどうだ? 意外と上手くいくかもよ?」
「……遠慮しとく。これでも一途な方なんでね」
再び拘束状態の佳奈を担ぎ直した郁哉は、睦月に促されるまま、車の方へと歩いて行く。
「で……結局、依頼人は誰だよ?」
「弥生の婆さん」
「完全に仲介人じゃねえか。確証ないけど大元の依頼人、十中八九廣田の関係者だろ。おい!」
とはいえ、無暗に情報を仕入れても百害あって一利なし。必要最低限しか聞いていないので、郁哉はそのまま睦月の言葉を流した。
「まあ、その大元の依頼人も来てるみたいだし……一先ず婆さんの店まで頼むわ」
「ったく……姫香!」
睦月への折檻を終えた後、乗ってきた側車付二輪車を持って戻ってきた姫香に行き先を告げてから、郁哉達に乗車を促してきた。
「とりあえず、後部座席で……そこの『殺し屋』の拘束は解くんじゃないぞ。いいな?」
「分かってるって……フリだろ?」
「ゼロ距離で銃撃っ放すぞ、こら」
軽口を叩き合いながら乗り込み、後部座席に座らせた佳奈をシートベルトで固定した郁哉は、ふと運転席に居る睦月に問い掛けた。
「そういえば……秀樹、どうする?」
「……あ、忘れてた。ちょっと待ってろ」
そう言い、一度車から降りていった睦月は、おそらく秀樹の物であろうスマホを拾って戻ってきた。
「位置情報が漏れてるな。発信機でも仕込まれてるんじゃ……」
開けたままのドアから、一本の手が差し出された。相手は姫香で、指の間にはその発信機が握られている。
「……どこにあった? 発信機」
「あ、ごめん」
郁哉の前で睦月と姫香が話していると、突然、佳奈が割り込んできた。
「私が死んじゃった時は嫌がらせになるかと思って……槍袋に仕込まれた後、放置してたのすっかり忘れてた」
ハンドルにゴン、と一度額をぶつけた睦月はすぐ起き上がり、改めてスマホを弄り出していた。
「峰岸さんにメッセージアプリで連絡入れて、放置しとくぞ……姫香、発信機も秀樹の近くに捨てとけ」
連絡を済ませ、睦月がスマホを投げ捨てると同時に、姫香も秀樹の方へと発信機を放っていた。
「なんか、どっと疲れたな……」
そうぶつぶつ漏らしながら車を動かす睦月に対して、郁哉は内心抜け出そうかと思わず考えてしまう。
「安全運転で頼むぞ。本気で」
「分かってるって……フリだよな?」
「後部座席から後頭部に拳撃かますぞ、こら」
気絶した秀樹を放置し、郁哉と佳奈を乗せた睦月の車と、片付けられた斧槍を側車側に固定して載せた姫香の側車付二輪車は、同時に走り出した。
『ん?』
その場に居た全員が声のした方を向くと、そこには足元を泥塗れにしてでも歩いてきたのか、肩で息をする青年が立っていた。きらびやかなスーツも別の要因が加わってか、完全に色褪せてしまっている。
「嘗めやがって……っ!?」
握っていたスマホを投げ捨てた秀樹に対して、睦月はようやく動けるようになった身体を慣らしながら、先駆けて前に出た。
「代わろうか? 多分、私が無理矢理荻野君を追わせた件だと思、」
睦月の背後で、郁哉に担がれた状態の佳奈がそう声を掛けてくるが……
「よくも、よくもやってくれたな……『運び屋』っ!?」
……返された叫びの矛先は、何故か睦月に向けられていた。
「…………え、俺?」
むしろ今回、睦月は秀樹に対して、何もしていなかった。その為、思わず自分を指差しながら、首を傾げてしまう。
邪魔が入るのはよくある上に、今回は名児耶と組んだ時以上に素人感が丸出しだった。だからわざわざ相手にする理由もなく、振り切った方が手っ取り早いと考えた睦月は、時速100km越えで車を疾走させたのだ。
だから、恨むとすれば無理矢理尾行させようとした佳奈のはずなのだが……秀樹の怒りは真っ直ぐに、睦月へと向けられていた。
「俺、普通に仕事しただけなんだけど……お前等、何かしたか?」
一度、秀樹から外した視線を姫香と佳奈の方へと向ける。その睦月の視線に、二人は逸らしたり嗤ったりと、異なる反応を返してきた。
「大したことはしてないよ? 久芳ちゃんと一緒に、取り囲んできたお仲間を皆殺しにしただけで、」
「全然大したことしてんじゃねえか! こいつその原因、何だかんだで俺だと思ってんじゃねえの!?」
「うるせぇっ!」
秀樹側が雇った『殺し屋』はともかく、姫香の方は睦月と無関係を通すわけにはいかない。いや、過去の遺恨も含めれば、大元の原因がそうだと否定するには、少し無理があった。
けれども、秀樹は睦月が発言する前に、その考えごと真っ向から否定してきた。
「何でお前が上手くいって! 俺が仕事に失敗しなきゃなんねえんだよっ!?」
「あ~、……そっち?」
ここにきてようやく、秀樹の言いたいことが睦月達にも理解できた。
要するに、秀樹は仲間の敵討ちによる義憤ではなく……睦月が仕事をこなしたことに対しての嫉妬で、ここまで来てしまったらしい。
「随分自分勝手な奴だな……」
「お仲間も似たような感じだったよ? 学歴笠に着てるような印象~」
郁哉や佳奈も、そのあまりな発言に呆れてしまっている。それを聞いてか、秀樹も感情的になって割り込んできた。
「裏切った奴がほざくなっ!」
それを聞き、思わず睦月は口を挟んだ。
「……いや、人間が裏切るのは当たり前だろうが」
くだらない、とばかりに睦月は、秀樹に対して吐き捨てた。
「誰だって利用し、利用されて生きてるのがこの社会だ。だから騙されないように努力するし、裏切られないように地位も能力も、人間性も高めている」
言いつつも、これ以上は問答にすらならないと睦月は考えた。だから一度、自身の車に戻ってから自動拳銃を二丁取り出し、また同じ位置に戻ってくる。
「個人の感情なんて、誰も推し量れやしないんだ。だから裏切られないように……誰もが納得する生き様を見せ続けるしかないんだよ」
好餌や畏怖もまた有効だろうが、結局は周囲を惹きつける素質が重要となってくる。どれも無限に湧き出てくるものではないが……少なくとも生き様だけは、己が精神が歪まない限り、死ぬまで身に纏えるのだから。
「……現に、姫香が『殺し屋』みたいなのと戦わせようとするのだって、俺を見限るかどうかも見る為だと思うぞ?」
「本当、昔から極端に考え過ぎるよな。お前……」
「極論でも正論だろうが。じゃなきゃ誰も信用できなくて、他人と関わるなんて土台無理だろ?」
横から聞こえてくる昔馴染みの苦言を聞き流し、睦月は秀樹に見えるようにして、自動拳銃を掲げて見せた。
「それでも、お前の気が済まないって言うのなら……相手してやるよ」
どこかで、ストレスが溜まっていたのかもしれない。本来なら(戦闘面で)一般人をいじめるような趣味は持ち合わせていない睦月だったが、今日だけはと秀樹に対して、ある提案をした。
「素手と銃、何なら小太刀もあるぞ……どれで戦りたい?」
どう転んだとしても、睦月の選択肢は変わらない。
だからせめて、秀樹に選ばせたのだった。
睦月が用意した選択肢の中で、秀樹が選んだのは銃だった。
(俺が銃を使えないとでも、思ってるんだろうが……嘗めやがって)
銃弾は一発ずつ。それぞれ弾倉を介し、銃身を引いて薬室に込めていく。
ルールは単純、『殺し屋』を担いだ青年が投げた硬貨が地面に落ちた瞬間、それぞれ発砲するだけ。今回は睦月からの提案で、最初から一定の距離を置いた状態で向かい合っている。
その為、睦月もまた秀樹の前で、自動拳銃を片手に持ったままだらんと、銃口ごと地面に向けて提げていた。
「俺はいつでもいいぞ。準備できたらあいつに言え」
そう言い、睦月は空いた左手を腰に当てた状態で直立していた。
未だに苛立つ振りをしながらも、秀樹の脳裏では冷静に勝算を図り、演技も交えながら答える。
「俺もだ……硬貨を投げろっ!」
そして弾かれ、宙を舞う硬貨。
(だが、これは予想できないだろ……っ!)
弾かれた硬貨が地面に落ちるどころか、自由落下を始めるよりもはるか前に、秀樹は自動拳銃を構えた。その様子を目の当たりにして、睦月も反射的に銃を持ち上げているが、こちらが引き金を引く方が早い。
「ざまぁみろっ!」
不慣れながらも、秀樹は銃把を両手で固定して構え、狙いを定めた瞬間に引き金を引いた。
「……ねえ」
「どうした?」
秀樹が合図を出す前、睦月達が自動拳銃をそれぞれ持ち、距離を取ろうとしている時だった。担がれたままの佳奈は、何となく抱えている郁哉にこう問い掛けた。
「どっちが勝つか、賭けない?」
「賭けにならないだろ。というか、こっちも仕事だから逃がす気ないっての」
「まあ、そりゃそっか……」
「俺はいつでもいいぞ。準備できたらあいつに言え」
そんなことを話している内に、睦月の方は準備ができたらしい。
「俺もだ……硬貨を投げろっ!」
次いで、秀樹の方も声を張り上げてくる。
左肩だけで佳奈を担いだまま、郁哉は上着から取り出した硬貨を右手で器用に操り、上空へと弾いた。
そしてその瞬間、秀樹が自動拳銃を構えだした。明らかに合図前だが、よくあることなので、郁哉が止めに入ることはない。
「ざまぁみろっ!」
睦月もまた、自動拳銃を構えようとしていたがわずかに間に合っていない。秀樹が引き金を引き切る方が早かった。
――カチン……
ただし、銃声は鳴り響かなかったが。
「…………は?」
間抜けな声が漏れ聞こえる中、睦月もまた銃を構え終えたが、その指は引き金ではなく、弾倉の固定具の解除ボタンに伸びている。そして排出された弾倉は、自重で足元へと落ちていく。
「あ、やべ! ……まあ、いっか」
そして、地面に着く直前に合わせて足を後ろに引き、秀樹へと向けて空の弾倉を蹴り飛ばした。
「ぁぶっ!?」
睦月が独り言を言い切った瞬間、弾倉は秀樹の顔面に直撃し、青年を吹き飛ばしていた。
「ほら……賭けにならなかっただろ?」
「まあ、たしかに……ところで荻野君」
「何だ?」
再度銃身を引き、銃弾を薬室から排出しながら、睦月は佳奈達の方へと振り返ってくる。
「さっきはどうしたの? 蹴る前に何か、独り言言ってたけど」
「ああ……わざわざ弾倉出さずに、銃ごと蹴れば良かったな、って思っただけだよ」
万が一に備えて、空の弾倉を用いたのだろうが、どうやら睦月は、銃ごと蹴った方が良かったと考えているらしい。たしかに、一度蹴り込んでしまえば耐久性に問題が出ることもあるので、今後の使用を控えるべきだとは思うが……
「どうせこれ訓練用で……最初から撃鉄外してあるから、暴発すること自体ないのに」
……その言葉に、決闘をした二人以外は呆れた眼差しを向けるのだった。
緊急事態を除けば、銃をはじめとした敵の武装を奪おうと考えるのは、非正規軍か素人だけだろう。
武器が手元にない時等の緊急事態は言わずもがな、他所から支援を受けることが難しい非正規軍もまた、物資調達の名目で武器を奪うこともある。けれども、素人は決して、敵の用意した武器を使用してはならない。
使用する為に必要な知識を持ち合わせている保証がないのはもちろんのこと……奪った武器自体が、まともに使えるとは限らないのだから。
「試し撃ち位、すりゃあ良かったのに……結構馬鹿だろ、こいつ」
「いや、良い大学には出てるらしいぞ? 単に、経験値の差がモロに出たんじゃないか?」
気絶している秀樹に渡していた訓練用の自動拳銃を取り上げ、銃弾と弾倉を取り外しながら、睦月は郁哉にそう話した。
「というか荻野君、随分用意が良いね。私にもその手、使う気だったの?」
「……いや、訓練用の方は単なる片付け忘れ。しばらく使ってた上に、小太刀用意することに気が行ってたから車にそのまま置き忘れて、っ!? 待て姫香っ! 忘れてたのは反省するから蹴るの止めろっ!」
不意に距離を詰め、蹴り足を繰り出した姫香は両手の握り拳を掲げてくる。そして、その甲を睦月の方に向けてから、小指同士を胸の前で二回打ち合わせてきた。
「【しつけ】」
「分かった反省するから待てっ!?」
普段より酷い、蛆虫を見るような目を向けてくる姫香に蹴られるものの、睦月は防御姿勢を取るしかなかった。
「そんな反省すること?」
「どうせまた、何日も放置してたんだろう……睦月、昔っから片付け下手だったし」
発達障害、特にASDはその拘りの強さから片付けが得意な面もあるが、逆に物を捨てられずに、抱え込んでしまうことがある。その為、他人からは『片付けられない』と思われてしまうことも多い。しかも、一度別の物事に集中してしまえば、そのまま忘れてしまうこともしばしばだった。
通常であれば自己責任の範疇だが、今回忘れたのは仕事道具であり、しかも訓練用とはいえ銃器だ。たとえ社長であっても、許される過ちではない。
だから社長は大人しく、社員の折檻を受けるのであった。
「……あ、終わったみたいだよ?」
「少しは助けろよ、お前な……」
「いちいち痴話喧嘩に付き合ってられっかよ。馬鹿らしい……」
とはいえ、郁哉もただぼさっとしているわけではなかった。
気絶したままの秀樹を拘束したり、抱えたままだった佳奈を一度降ろして、地面の上で○×ゲームをしたりと、睦月達が揉め事を終えるまでずっと待っていたのだ。
「とりあえず……○×ゲームは止めろっ!」
「いや、暇だったし……」
下手に拘束を解いて逃げられても困るからと、地面に俯せにされていた佳奈しか郁哉の話し相手になりそうな者が居ないので、仕方がない。とはいえ、ほぼ初対面の状態で共通の話題なんてあるはずもなく、ただゲームで時間を潰すしかなかったのだ。
「偶には『剣客』以外の女でも、口説いたらどうだ? 意外と上手くいくかもよ?」
「……遠慮しとく。これでも一途な方なんでね」
再び拘束状態の佳奈を担ぎ直した郁哉は、睦月に促されるまま、車の方へと歩いて行く。
「で……結局、依頼人は誰だよ?」
「弥生の婆さん」
「完全に仲介人じゃねえか。確証ないけど大元の依頼人、十中八九廣田の関係者だろ。おい!」
とはいえ、無暗に情報を仕入れても百害あって一利なし。必要最低限しか聞いていないので、郁哉はそのまま睦月の言葉を流した。
「まあ、その大元の依頼人も来てるみたいだし……一先ず婆さんの店まで頼むわ」
「ったく……姫香!」
睦月への折檻を終えた後、乗ってきた側車付二輪車を持って戻ってきた姫香に行き先を告げてから、郁哉達に乗車を促してきた。
「とりあえず、後部座席で……そこの『殺し屋』の拘束は解くんじゃないぞ。いいな?」
「分かってるって……フリだろ?」
「ゼロ距離で銃撃っ放すぞ、こら」
軽口を叩き合いながら乗り込み、後部座席に座らせた佳奈をシートベルトで固定した郁哉は、ふと運転席に居る睦月に問い掛けた。
「そういえば……秀樹、どうする?」
「……あ、忘れてた。ちょっと待ってろ」
そう言い、一度車から降りていった睦月は、おそらく秀樹の物であろうスマホを拾って戻ってきた。
「位置情報が漏れてるな。発信機でも仕込まれてるんじゃ……」
開けたままのドアから、一本の手が差し出された。相手は姫香で、指の間にはその発信機が握られている。
「……どこにあった? 発信機」
「あ、ごめん」
郁哉の前で睦月と姫香が話していると、突然、佳奈が割り込んできた。
「私が死んじゃった時は嫌がらせになるかと思って……槍袋に仕込まれた後、放置してたのすっかり忘れてた」
ハンドルにゴン、と一度額をぶつけた睦月はすぐ起き上がり、改めてスマホを弄り出していた。
「峰岸さんにメッセージアプリで連絡入れて、放置しとくぞ……姫香、発信機も秀樹の近くに捨てとけ」
連絡を済ませ、睦月がスマホを投げ捨てると同時に、姫香も秀樹の方へと発信機を放っていた。
「なんか、どっと疲れたな……」
そうぶつぶつ漏らしながら車を動かす睦月に対して、郁哉は内心抜け出そうかと思わず考えてしまう。
「安全運転で頼むぞ。本気で」
「分かってるって……フリだよな?」
「後部座席から後頭部に拳撃かますぞ、こら」
気絶した秀樹を放置し、郁哉と佳奈を乗せた睦月の車と、片付けられた斧槍を側車側に固定して載せた姫香の側車付二輪車は、同時に走り出した。
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そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
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