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140 慌ただしくも変わらない日常(その3)
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未来を予想できるのであれば、望まない限り茨の道を進むことはなくなる。けれども、先が分からないからこそ、生きていく楽しみもまた存在しているのだ。現に、大企業が携わるような大型案件ですら、社員一人の行動で台無しになることもあり得た。
にも関わらず、月偉の母親はいくつもの犯罪計画を成功させていた。噂で聞いただけでも、人間一生分の生活費どころか、下手な小国の国家予算相当の額を優に稼げているはずだ。
現に、月偉を置いて行った際は、十年は遊んで暮らせるだけの金額を残していったと聞いている。中学入学前だと考えれば、大卒で就職することを前提とした生活費として、置いて行ったのだろう。
もっとも……月偉もまた、『詐欺師』の道を選んでしまったのだが。
「肝心の計画性を、月偉は母親から教わらなかったんだと。だから腕前の割に、しょぼい結婚詐欺しかやってこなかったんじゃないか?」
「それで『ブギーマン』が生まれるなんて、皮肉な話だよね……」
……そればかりは、睦月も同情せざるを得なかった。
「だからもう、引退しろって……」
「……じゃあさ。睦月君が『詐欺師』を何とかしてくれない?」
そう返されてしまうと、即答できないのが辛いところだった。
「それも……ちょっとは考えたことがある」
とはいえ、安易に他人の人生に関われる程、睦月は有能ではない。
「悪い。今回の面会で確信したが……無理だ。『目的がない』とは言っていたが、それは『確定していない』ってだけだ。現にあの馬鹿、未だに死んでないだろ?」
もし今後の人生を諦めているのであれば、長生き自体無意味な抵抗だ。それでもなお、月偉が生き続けるというのなら……脱獄の可能性は、決してゼロじゃない。
「せめて、まともな目的であることを祈るしかないな」
こればかりは未来の話だ。そして睦月は、超能力者でも何でもない。
所詮はただの人間であり……一介の、『運び屋』でしかないのだから。
「……ちょっと、皆への報告を纏めてくる」
「ああ、分かった」
さすがに空気を読んでか、彩未が近くに腰掛けても、姫香は気にせず作業に没頭している。タブレットPCを操作し始めたのを確認した後、睦月はこの場所まで来るのに乗ってきた車から、練習用の銃弾を取り出そうとバックドアを開けようとした。
しかしその前にと、扉を解放したままの車内で回転式拳銃の分解整備に悪戦苦闘している由希奈の様子を見た。
「……で、調子はどうだ?」
「結構、難しっ……ですね」
「最初はそんなもんだ。だが、しっかり覚えないと……絶対に撃たせないからな」
分解した際に発条を飛ばしてしまい、慌てて探し出す由希奈をそっとしておこうと改めて弾薬箱に手を伸ばした時、睦月の脳裏にふと、月偉の母親の顔が過ぎった。
(そういえば、月偉の母親の噂……『走り屋』辞めた辺りから、全然聞かなくなったな)
商談が最悪の形で終わったとしても、今後の取引には影響のない結果となった為、また同じことが起きる可能性がある。なまじ実力と営業力があるだけに、実績以外の理由で関係を打ち切れないのが、ある意味一番痛いところだった。
「ああ、疲れた……」
「お疲れ様です。社長」
差し出されたコーヒーの入ったカップをありがたく傾けていると、秘書から次いで渡された書類を勇太は受け取り、まずはざっと目を通した。
「……なるほど」
書類の内容は先程メールで届いた、突発的な商談の件についてだった。
「帰りにジム寄ろうと思ってたから、その前に行ってくるか」
「わざわざ、社長自らが出向く案件ではないと思いますが……」
「……偶にはいいだろ。これくらい」
普段なら他に任せるところだが、都合が付くのであれば率先して動くべきだ。少なくとも、他社の社長の中には、そうして人望を得ている者も居る。だから勇太もまた、同じく自分の仕事へとしたのだった。
「……それでこの前、休日出勤な上に残業となったのをもう忘れたのですか?」
「あれは仕事量を見誤っただけだ。今度は大丈夫だっての」
もう拘束時間帯は過ぎた為、帰宅準備に取り掛かる勇太に、秘書は腰に手を当てて嘆息した。
「それならお任せしますが……後で文句言わないで下さいよ」
「分かってるって。お疲れ~」
管理ソフトに手早く『商談終了後に直帰』と、自身のスケジュールを打ち込んだ勇太は、秘書に見送られながらオフィスを後にした。
「本当に……文句を言わないで下さいよ」
その愚痴のような独り言も、聞こえないままに。
昼食後、睦月達が訪れたのは、以前バスジャックを受けた際にも利用したような、地元の人間しか知らない人目に付かない場所の一つだった。自宅から距離は開いている上に、わざわざ月偉の収監されている刑務所を経由したものの、『運び屋』にとっては些細な手間でしかない。
問題があるとすれば、銃器の再整備も兼ねて射撃練習に赴いたので、本来ならついてくる必要のない彩未と……由希奈の二人が同行してきたことだろうか。
「しかし、『銃を撃ってみたい』とか……ゲーセンのガンシューティングじゃ、満足できなかったのか?」
「遊びで撃ちたいわけじゃない……って、睦月さんなら分かりますよね?」
鋭い眼差しを返してくる由希奈に、睦月は『分かっている』とばかりに頷き、手元で分解されている回転式拳銃を指差した。
「だから先に、回転式拳銃の分解整備から教えてるんだよ。その本気に、応える為にな」
「でも……これって、必要なんですか?」
「人生で関わらない。もしくは、ほんの数回使う程度なら、別に良い。だけどな……一生向き合うつもりなら、絶対に必要だ」
そもそもの話、とばかりに睦月は弾薬箱を取り出し、由希奈の近くで開けて中身を確認しながら、言葉を続けた。
「強引な手段だが……裏社会から遠ざける為に、わざと暴発する銃を撃たせるって方法も有るんだぞ?」
生きていく上で不便にはなるが……それでも、いつ死んでもおかしくない裏社会に身をやつすよりは、数段マシだった。
……生きるだけが『幸福』だと言い切れるのなら、だが。
「本気なら続けられるし、無理なら銃を手放せばいい。義務じゃなくて権利なら、言葉よりも実際にやった方が、納得できるだろ?」
「その理屈は分かります。でも……せめて、もう少しやり方を教えてくれませんか?」
「教えるのは良い。ただし……」
再び飛び散った部品を拾い上げて手渡し、口頭のみで手順を説明した後、睦月は由希奈からすぐに離れた。
「……教えるだけ、だけどな」
結論として、一日で分解整備ができるようになった由希奈だったが……その頃にはすでに、日が沈みかけていた。
(ちょっと、面倒だな……)
簡単な護身具であろうとも、下手に携帯して職質を受けてしまえば、即座に罪に問われてしまうおそれがある。一見武器に見えない道具を用いるという手もあるが、無駄に持ち歩かなければならない程、危険な状況に遭うこと自体少ない。
その代わりというわけではないが、自身には鍛え抜いた肉体と、幼少期を過ごした隠れ里で身に着けた戦闘技術がある。さすがに鉄パイプとかを振り回されると厄介だが、肉弾戦であれば『喧嘩屋』クラスでも出てこない限り、心配することはない。
「はぁ……」
とは言うものの……周囲の様子を見て、勇太は思わず溜息を吐いてしまった。
「商談、だと聞いてたんだけどな……」
「……だから、これが商談だよ」
相手は以前、現場で出会った峰岸という『運び屋』の孫、だったはずだ。無論、商談相手として、勇太が聞いていた名前とは全然違う。
大方、適当な身分を用いて架空の商談をでっち上げたとかだろう。だとしても、勇太のやること自体は変わらないが。
「……で、俺に何の用だ?」
事前に聞いていた商談内容は『新しい清掃用具の営業』だったが、勇太の周囲を取り巻いているのはたしかに、掃除道具だった。
……『人の生命を奪い去る』という意味では、だが。
「決まってるだろ…………あの『運び屋』のことだっ!」
秀樹の言葉を合図に、全員が装備している突撃用自動小銃の安全装置を解除し始めた。
「あれから俺が、どんな目に遭ったと、」
「説教に反発して峰岸さんやご両親と大喧嘩。そんで何故か、『『運び屋』を殺す!』って啖呵切って家出したんだろ?」
「何でそこまで知ってんだよっ!?」
どう説明したものかと悩んだものの、結局勇太は沈黙を貫いた。
(派手に武器を集めている時点で、完全な間抜け話として裏社会の噂話に挙がってたとか……言わない方がいいよな)
事前に噂を聞いていたとはいえ、まさか睦月ではなく自分に矛先が向くとは思っていなかったので、完全に油断していた勇太。席どころか、まともな商談の場を設けられることなく、案内人に連れてこられた人気のない貸し倉庫に入った途端、複数の銃口に取り囲まれているのが現状だ。
「……もういい」
どうしたものかと内心で考えていると、勇太の都合を無視して、秀樹の方から強引に意識を向けさせられた。
「とにかく、お前は人質だ。ここから動くんじゃないぞ?」
「俺にそこまでの価値は……ああ、他に捕まらなかったのか」
「うるさいっ!?」
急な商談も、おそらくは他に人質の当てが見つからなかったからだと、勇太はようやく気付いた。
あの時の関係者で勇太以外には、依頼人の関係者や理沙をはじめとした自社の社員を除くと、あまり表立って活動している者は少ない。それに、睦月達に直接商談を取り付けようにも、依頼の精査の時点で弾かれてしまうのは明白だ。
そもそもの話、事前準備の重要性を理解できていない時点で、この計画が上手くいかないのは考えるまでもないだろう。
「何にせよ……あいつなら多分、俺を人質にしたって来ないぞ? 適当な誰かを代理に寄こせば、まだ上等な方だろ」
「お前等……仲、悪いのか?」
「……昔問題を起こしただけだ。よくある話だからほっとけ」
仕事で競合するよりも、相手の信頼を裏切る行為の方が積み上げてきた信用を崩しやすい。弥生が睦月を『兄』と呼ばなくなったように、過去の件で勇太もまた、『背中を預けられる仲』だとは簡単に思われなくなってしまった。
とはいえ、この場で話すことではないと、勇太は肩を竦めてから口を開く。
「で、今度は突撃銃で一掃する気か? ちゃんと撃鉄は確認したんだよな?」
「うるさいっ!?」
秀樹の声につられて、周囲の者達も引き金に指を掛け始めた。
さすがに、郁哉伝手で聞いた話を使って煽ったのはやり過ぎたかと思った勇太だが、どうせすでに、武器を向けられているのだ。いまさら気にする必要はないと考え直す。
「それに……俺達が用意したのが突撃銃だけだと、本気で思ってるのか?」
挑発するように、指で自らの頭を叩きながら、秀樹は勇太に告げてきた。
「この俺の頭をもってすれば、お前等の住所なんてすぐ調べられるんだよ。丁度今、『運び屋』に恨みのある連中が、奴の家に襲撃を掛ける予定だからな」
「…………」
その言葉を聞き……勇太の額に一滴、冷汗が零れた。
「おい、悪いことは言わない。今すぐ引き揚げさせろ」
「何だ、ようやく俺達の本気が、」
「違う……」
勇太にとって、それは突撃用自動小銃の銃口を向けられるよりも恐ろしい事態だった。
「…………そいつ等、全滅するぞ」
何故なら、目の前の秀樹達は……怒らせてはいけない『蝙蝠』に手を出そうとしているのだから。
「ここだな……」
あるマンションの一室の前に、散弾銃を持った一人を先頭にして、突撃用自動小銃を持つ二人が後に続いた。さすがに手榴弾の類は持ち合わせていないが、この人数での不意打ちだ。殺せずとも、無傷で負ける道理はない。
「にしても……あの学歴厨の話、本当に信じるのか?」
「どっちにしろ、その『運び屋』が敵の一人なのは間違いないだろうが。それに……武器も向こう持ちで用意してくれたんだ。依頼料として貰っても、十分お釣りがくるだろ」
二人が安全装置を解除する中、まとめ役は持ち手部分を引いて散弾を薬室へと込めた。
「菅茂の敵討ちだ……派手にやるぞ」
『おうっ!』
ここまで来れば、もう静かにする必要もない。散弾銃で扉の蝶番を撃ち抜き、一気に攻め込む。もし留守だとしても、居座れば向こうだってそのうち帰ってくる。その瞬間に銃弾の雨を叩き込んで逃げれば、目的は達成だ。
同じ準暴力団の仲間と言うだけだが、それでも仁義がないわけではない。
というより……リーダーがやられて黙っているなんて、周囲に『仇討ちもできないのか』と舐められてしまう。完全実力主義の裏社会で『下に見られる』こと程、屈辱的な行為はない。
「よし……突撃っ!」
ダン! ダン! ダンっ! と三連射で扉を破壊し、一気に雪崩れ込む三人。ここまで派手に動いても出てこなかった時点で、留守なのは分かっていたが……それよりもまず、テーブルの上に置かれた紙の方に目がいってしまう。
「何だ、これ……」
散弾銃を持つ一人が紙を持ち、そこに書かれた文字を読み上げる。
そこにはこう、書かれていた。
「…………『間抜け』?」
瞬間、扉があった場所に何故か、鋼鉄の壁が突き出してきて退路を塞ぎ……室内に放たれた無数の鉄球が、侵入者の肉体を穿ち砕いていく。
にも関わらず、月偉の母親はいくつもの犯罪計画を成功させていた。噂で聞いただけでも、人間一生分の生活費どころか、下手な小国の国家予算相当の額を優に稼げているはずだ。
現に、月偉を置いて行った際は、十年は遊んで暮らせるだけの金額を残していったと聞いている。中学入学前だと考えれば、大卒で就職することを前提とした生活費として、置いて行ったのだろう。
もっとも……月偉もまた、『詐欺師』の道を選んでしまったのだが。
「肝心の計画性を、月偉は母親から教わらなかったんだと。だから腕前の割に、しょぼい結婚詐欺しかやってこなかったんじゃないか?」
「それで『ブギーマン』が生まれるなんて、皮肉な話だよね……」
……そればかりは、睦月も同情せざるを得なかった。
「だからもう、引退しろって……」
「……じゃあさ。睦月君が『詐欺師』を何とかしてくれない?」
そう返されてしまうと、即答できないのが辛いところだった。
「それも……ちょっとは考えたことがある」
とはいえ、安易に他人の人生に関われる程、睦月は有能ではない。
「悪い。今回の面会で確信したが……無理だ。『目的がない』とは言っていたが、それは『確定していない』ってだけだ。現にあの馬鹿、未だに死んでないだろ?」
もし今後の人生を諦めているのであれば、長生き自体無意味な抵抗だ。それでもなお、月偉が生き続けるというのなら……脱獄の可能性は、決してゼロじゃない。
「せめて、まともな目的であることを祈るしかないな」
こればかりは未来の話だ。そして睦月は、超能力者でも何でもない。
所詮はただの人間であり……一介の、『運び屋』でしかないのだから。
「……ちょっと、皆への報告を纏めてくる」
「ああ、分かった」
さすがに空気を読んでか、彩未が近くに腰掛けても、姫香は気にせず作業に没頭している。タブレットPCを操作し始めたのを確認した後、睦月はこの場所まで来るのに乗ってきた車から、練習用の銃弾を取り出そうとバックドアを開けようとした。
しかしその前にと、扉を解放したままの車内で回転式拳銃の分解整備に悪戦苦闘している由希奈の様子を見た。
「……で、調子はどうだ?」
「結構、難しっ……ですね」
「最初はそんなもんだ。だが、しっかり覚えないと……絶対に撃たせないからな」
分解した際に発条を飛ばしてしまい、慌てて探し出す由希奈をそっとしておこうと改めて弾薬箱に手を伸ばした時、睦月の脳裏にふと、月偉の母親の顔が過ぎった。
(そういえば、月偉の母親の噂……『走り屋』辞めた辺りから、全然聞かなくなったな)
商談が最悪の形で終わったとしても、今後の取引には影響のない結果となった為、また同じことが起きる可能性がある。なまじ実力と営業力があるだけに、実績以外の理由で関係を打ち切れないのが、ある意味一番痛いところだった。
「ああ、疲れた……」
「お疲れ様です。社長」
差し出されたコーヒーの入ったカップをありがたく傾けていると、秘書から次いで渡された書類を勇太は受け取り、まずはざっと目を通した。
「……なるほど」
書類の内容は先程メールで届いた、突発的な商談の件についてだった。
「帰りにジム寄ろうと思ってたから、その前に行ってくるか」
「わざわざ、社長自らが出向く案件ではないと思いますが……」
「……偶にはいいだろ。これくらい」
普段なら他に任せるところだが、都合が付くのであれば率先して動くべきだ。少なくとも、他社の社長の中には、そうして人望を得ている者も居る。だから勇太もまた、同じく自分の仕事へとしたのだった。
「……それでこの前、休日出勤な上に残業となったのをもう忘れたのですか?」
「あれは仕事量を見誤っただけだ。今度は大丈夫だっての」
もう拘束時間帯は過ぎた為、帰宅準備に取り掛かる勇太に、秘書は腰に手を当てて嘆息した。
「それならお任せしますが……後で文句言わないで下さいよ」
「分かってるって。お疲れ~」
管理ソフトに手早く『商談終了後に直帰』と、自身のスケジュールを打ち込んだ勇太は、秘書に見送られながらオフィスを後にした。
「本当に……文句を言わないで下さいよ」
その愚痴のような独り言も、聞こえないままに。
昼食後、睦月達が訪れたのは、以前バスジャックを受けた際にも利用したような、地元の人間しか知らない人目に付かない場所の一つだった。自宅から距離は開いている上に、わざわざ月偉の収監されている刑務所を経由したものの、『運び屋』にとっては些細な手間でしかない。
問題があるとすれば、銃器の再整備も兼ねて射撃練習に赴いたので、本来ならついてくる必要のない彩未と……由希奈の二人が同行してきたことだろうか。
「しかし、『銃を撃ってみたい』とか……ゲーセンのガンシューティングじゃ、満足できなかったのか?」
「遊びで撃ちたいわけじゃない……って、睦月さんなら分かりますよね?」
鋭い眼差しを返してくる由希奈に、睦月は『分かっている』とばかりに頷き、手元で分解されている回転式拳銃を指差した。
「だから先に、回転式拳銃の分解整備から教えてるんだよ。その本気に、応える為にな」
「でも……これって、必要なんですか?」
「人生で関わらない。もしくは、ほんの数回使う程度なら、別に良い。だけどな……一生向き合うつもりなら、絶対に必要だ」
そもそもの話、とばかりに睦月は弾薬箱を取り出し、由希奈の近くで開けて中身を確認しながら、言葉を続けた。
「強引な手段だが……裏社会から遠ざける為に、わざと暴発する銃を撃たせるって方法も有るんだぞ?」
生きていく上で不便にはなるが……それでも、いつ死んでもおかしくない裏社会に身をやつすよりは、数段マシだった。
……生きるだけが『幸福』だと言い切れるのなら、だが。
「本気なら続けられるし、無理なら銃を手放せばいい。義務じゃなくて権利なら、言葉よりも実際にやった方が、納得できるだろ?」
「その理屈は分かります。でも……せめて、もう少しやり方を教えてくれませんか?」
「教えるのは良い。ただし……」
再び飛び散った部品を拾い上げて手渡し、口頭のみで手順を説明した後、睦月は由希奈からすぐに離れた。
「……教えるだけ、だけどな」
結論として、一日で分解整備ができるようになった由希奈だったが……その頃にはすでに、日が沈みかけていた。
(ちょっと、面倒だな……)
簡単な護身具であろうとも、下手に携帯して職質を受けてしまえば、即座に罪に問われてしまうおそれがある。一見武器に見えない道具を用いるという手もあるが、無駄に持ち歩かなければならない程、危険な状況に遭うこと自体少ない。
その代わりというわけではないが、自身には鍛え抜いた肉体と、幼少期を過ごした隠れ里で身に着けた戦闘技術がある。さすがに鉄パイプとかを振り回されると厄介だが、肉弾戦であれば『喧嘩屋』クラスでも出てこない限り、心配することはない。
「はぁ……」
とは言うものの……周囲の様子を見て、勇太は思わず溜息を吐いてしまった。
「商談、だと聞いてたんだけどな……」
「……だから、これが商談だよ」
相手は以前、現場で出会った峰岸という『運び屋』の孫、だったはずだ。無論、商談相手として、勇太が聞いていた名前とは全然違う。
大方、適当な身分を用いて架空の商談をでっち上げたとかだろう。だとしても、勇太のやること自体は変わらないが。
「……で、俺に何の用だ?」
事前に聞いていた商談内容は『新しい清掃用具の営業』だったが、勇太の周囲を取り巻いているのはたしかに、掃除道具だった。
……『人の生命を奪い去る』という意味では、だが。
「決まってるだろ…………あの『運び屋』のことだっ!」
秀樹の言葉を合図に、全員が装備している突撃用自動小銃の安全装置を解除し始めた。
「あれから俺が、どんな目に遭ったと、」
「説教に反発して峰岸さんやご両親と大喧嘩。そんで何故か、『『運び屋』を殺す!』って啖呵切って家出したんだろ?」
「何でそこまで知ってんだよっ!?」
どう説明したものかと悩んだものの、結局勇太は沈黙を貫いた。
(派手に武器を集めている時点で、完全な間抜け話として裏社会の噂話に挙がってたとか……言わない方がいいよな)
事前に噂を聞いていたとはいえ、まさか睦月ではなく自分に矛先が向くとは思っていなかったので、完全に油断していた勇太。席どころか、まともな商談の場を設けられることなく、案内人に連れてこられた人気のない貸し倉庫に入った途端、複数の銃口に取り囲まれているのが現状だ。
「……もういい」
どうしたものかと内心で考えていると、勇太の都合を無視して、秀樹の方から強引に意識を向けさせられた。
「とにかく、お前は人質だ。ここから動くんじゃないぞ?」
「俺にそこまでの価値は……ああ、他に捕まらなかったのか」
「うるさいっ!?」
急な商談も、おそらくは他に人質の当てが見つからなかったからだと、勇太はようやく気付いた。
あの時の関係者で勇太以外には、依頼人の関係者や理沙をはじめとした自社の社員を除くと、あまり表立って活動している者は少ない。それに、睦月達に直接商談を取り付けようにも、依頼の精査の時点で弾かれてしまうのは明白だ。
そもそもの話、事前準備の重要性を理解できていない時点で、この計画が上手くいかないのは考えるまでもないだろう。
「何にせよ……あいつなら多分、俺を人質にしたって来ないぞ? 適当な誰かを代理に寄こせば、まだ上等な方だろ」
「お前等……仲、悪いのか?」
「……昔問題を起こしただけだ。よくある話だからほっとけ」
仕事で競合するよりも、相手の信頼を裏切る行為の方が積み上げてきた信用を崩しやすい。弥生が睦月を『兄』と呼ばなくなったように、過去の件で勇太もまた、『背中を預けられる仲』だとは簡単に思われなくなってしまった。
とはいえ、この場で話すことではないと、勇太は肩を竦めてから口を開く。
「で、今度は突撃銃で一掃する気か? ちゃんと撃鉄は確認したんだよな?」
「うるさいっ!?」
秀樹の声につられて、周囲の者達も引き金に指を掛け始めた。
さすがに、郁哉伝手で聞いた話を使って煽ったのはやり過ぎたかと思った勇太だが、どうせすでに、武器を向けられているのだ。いまさら気にする必要はないと考え直す。
「それに……俺達が用意したのが突撃銃だけだと、本気で思ってるのか?」
挑発するように、指で自らの頭を叩きながら、秀樹は勇太に告げてきた。
「この俺の頭をもってすれば、お前等の住所なんてすぐ調べられるんだよ。丁度今、『運び屋』に恨みのある連中が、奴の家に襲撃を掛ける予定だからな」
「…………」
その言葉を聞き……勇太の額に一滴、冷汗が零れた。
「おい、悪いことは言わない。今すぐ引き揚げさせろ」
「何だ、ようやく俺達の本気が、」
「違う……」
勇太にとって、それは突撃用自動小銃の銃口を向けられるよりも恐ろしい事態だった。
「…………そいつ等、全滅するぞ」
何故なら、目の前の秀樹達は……怒らせてはいけない『蝙蝠』に手を出そうとしているのだから。
「ここだな……」
あるマンションの一室の前に、散弾銃を持った一人を先頭にして、突撃用自動小銃を持つ二人が後に続いた。さすがに手榴弾の類は持ち合わせていないが、この人数での不意打ちだ。殺せずとも、無傷で負ける道理はない。
「にしても……あの学歴厨の話、本当に信じるのか?」
「どっちにしろ、その『運び屋』が敵の一人なのは間違いないだろうが。それに……武器も向こう持ちで用意してくれたんだ。依頼料として貰っても、十分お釣りがくるだろ」
二人が安全装置を解除する中、まとめ役は持ち手部分を引いて散弾を薬室へと込めた。
「菅茂の敵討ちだ……派手にやるぞ」
『おうっ!』
ここまで来れば、もう静かにする必要もない。散弾銃で扉の蝶番を撃ち抜き、一気に攻め込む。もし留守だとしても、居座れば向こうだってそのうち帰ってくる。その瞬間に銃弾の雨を叩き込んで逃げれば、目的は達成だ。
同じ準暴力団の仲間と言うだけだが、それでも仁義がないわけではない。
というより……リーダーがやられて黙っているなんて、周囲に『仇討ちもできないのか』と舐められてしまう。完全実力主義の裏社会で『下に見られる』こと程、屈辱的な行為はない。
「よし……突撃っ!」
ダン! ダン! ダンっ! と三連射で扉を破壊し、一気に雪崩れ込む三人。ここまで派手に動いても出てこなかった時点で、留守なのは分かっていたが……それよりもまず、テーブルの上に置かれた紙の方に目がいってしまう。
「何だ、これ……」
散弾銃を持つ一人が紙を持ち、そこに書かれた文字を読み上げる。
そこにはこう、書かれていた。
「…………『間抜け』?」
瞬間、扉があった場所に何故か、鋼鉄の壁が突き出してきて退路を塞ぎ……室内に放たれた無数の鉄球が、侵入者の肉体を穿ち砕いていく。
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