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141 慌ただしくも変わらない日常(その4)
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「……ん?」
動作確認も兼ねて、再整備した回転式拳銃の中から数丁を用いて、射撃訓練をしている時だった。懐のスマホが急に鳴動した為、睦月は持っていた銃から残弾を抜いて一度、台の上へと置く。
そしてスマホを取り出し、画面に表示された通知を見て……盛大に溜息を吐いた。
「…………はぁ~」
「どうかしたの?」
撃ち切った自前の自動拳銃から弾倉を抜いた彩未が振り返って声を掛けてきたが、睦月は振り返ることなく、面倒臭げに答えた。
「どっかの馬鹿が、勝手に罠に掛かったんだよ。ったく、また金だけ掛かるな……」
要するに、敵意ある第三者が事前に仕掛けていた罠に引っ掛かったのだ。けれども、睦月が気にしているのは何者かの襲撃ではなく……むしろ、自身の懐事情の方だった。
「私、調べようか?」
「相手が分からなかったら、もしかしたら頼むかもな」
通知を切った睦月は射撃練習していた場所から少し距離を開けると、画面のロックを解除したスマホを操作し、登録した連絡先の一つに電話を掛けた。
『……何だい?』
電話した相手、『情報屋』の和音に対して、睦月は手短に用件を伝える。
「婆さんか? 今、何かが網に掛かった」
『そりゃ、保険の範疇だね……』
和音には最低限しか言わないものの、相手は慣れた調子ですぐに対応しようと、店内にいる智春へと声を飛ばしているのがスマホ越しに聞こえてきた。
次いで、和音は睦月に事情を聞く為に、話を促してくる。
『……続けな』
「役所に届けた方の住所だ。調べられるか?」
『ちょっと待ちな……ああ。この間の胴元に雇われてた、準暴力団の生き残りだね。随分、装備の羽振りが良さそうだけど』
「誰か、金の有る奴に雇われたか……首謀者が分かり次第、誰か暇な奴けしかけといてくれ。家の後始末も、一緒に頼む」
『後始末はいいけどね……急ぎで人を寄越すとなると、さらに料金が増すよ?』
「保険の範疇超えたら、ちゃんと払うっての……請求内容が真っ当ならな」
その後も二、三話してから、睦月は和音との電話を切ると、スマホを持ったままの手を腰に当て、再度溜息を吐いた。
「どこの馬鹿だよ。まったく……」
どうせ和音から正当な理由を突き付けられて追加請求されると思うと、今から憂鬱になってくる睦月だった。
――Prrr……Prrr…………Pi
「繋がらない……おい、どういうことだ!?」
「ああ、手遅れか……」
そう声を荒げてくる秀樹だが、勇太は手で顔を覆うと、そのまま天井を見上げた。
この後の展開に巻き込まれることが確定した今、勇太は生き残る為に足掻しかないと諦め、ゆっくりと顔を降ろした。
「お前……あいつ等の住所、どうやって調べた?」
「あん!? そんなもん、公務員になった大学の同期に調べさせたに決まって、」
「…………だからだよ、馬鹿」
よりにもよって、もっとも愚かな調べ方をしていたことを知った勇太は今すぐ帰りたくなってきたが、そうも言ってられないと秀樹に現実を突き付ける。
「学歴云々以前に……相手が自分と同じことを考えてる可能性に、少しでも気付けなかったのか? そうすりゃ向こうも警戒してることくらい、すぐ分かるだろ」
よく、『相手の気持ちを考えろ』と言う人間は居るが、読心術の類でもなければ、そんなことは不可能だ。だが、『相手の立場になって考えろ』となれば、話は別だ。
要は、自分が相手と同じ状況に陥っていると仮定して考えれば、どのような手段を取られるかを推測することは、決して難しい話ではないのだ。
「安易に個人情報登録すれば、それを誰かに調べられて襲撃されるなんて当たり前だろうが。少なくとも、俺達の地元じゃ義務教育レベルの常識だぞ?」
市役所に住所を届ける義務があろうとも、必ずそこへ住まなければならないわけではない。肝心なのは、そこに居住していないことで、公的機関との諍いに繋げなければいいのだ。現に、勇太が今住んでいるタワーマンションの部屋以外にも、公民問わずに個人情報を登録する為だけの物件を押さえてある。
それだけ、裏社会では常識の範疇なのだ。
「しかも、よりにもよって『運び屋』の家とか……あいつ、絶対に致死量の罠仕掛けてるぞ」
大方、秀樹の言っていた連中は、睦月が現在寝床にしているのとは別に用意した物件に押し入ったのだろう。その結果、『技術屋』辺りが仕掛けた対侵入者用の罠の餌食となって全滅したと考えて、まず間違いない。
ある程度、腕の立つ『裏社会の住人』ならまず引っ掛からないとはいえ、それで手を抜くようなことをしないのが、あの『運び屋』が『何ものにも縛られない蝙蝠』たる所以だ。
たとえ考えの足りない雑魚しか来ないかもしれないとしても、決して安くはない予算を注ぎ込んで、対処不能な罠を仕掛けることに一切の躊躇をしない。最初から、喧嘩を売ってきた相手に対して容赦せず断罪する。
それが分かってるからこそ、勇太は内心焦っていた。
「おまけに、この後の展開が一番面倒臭いんだよな……」
「……この後?」
少しだけ落ち着いたのか、いまさら疑問符を浮かべてくる秀樹に、勇太はこの貸し倉庫の出入口に一度視線を向けてから、忌々し気に答えた。
「『運び屋』の性格上……罠が作動した時点で、すぐに動ける刺客を手配してくる」
このままここに残れば、絶対に巻き込まれる。相手が『傭兵』のように余計な被害を望まない手合いや、『喧嘩屋』のように拳だけで一人ずつ沈めてくる手合いならまだいい。即座に殺されることもなく、場合によっては、話し合いで見逃される可能性もあるからだ。
けれども、もし……『爆弾魔』のような『周囲への被害を一切考慮しない』手合いに当たり、敵味方を確認しない、もしくはする前に爆撃等されてしまえば、生存確率は格段に下がってしまう。
だから勇太は、面子は二の次にして、生き残る為に足掻いているのだ。
「商談は完全に破談だよな? だったら……死にたくないから、もう帰っていいか?」
「随分と、臆病な話だな……」
「お前が世間知らずなだけだっての」
『走り屋』時代ですら、睦月の仕掛けた罠の後始末だけですでに、恐怖と苦労は味わい尽くしているのだ。これ以上は御免だと、勇太は出口に身体を向けようとする。
……が、それよりも早く、周囲を取り囲んでいた突撃用自動小銃に距離を詰められた為、仕方なく足を止めた。
「いや、本気で早く帰りたいんだけど? 送りつけてくる刺客次第じゃ、俺まで巻き込まれかねないし」
「……その前に、俺が殺してやるよ」
秀樹の表情に、若干の焦りが見えていた。どうやら勇太が急いで立ち去ろうとしている為に、ようやく反撃される可能性があることに思い至ったらしい。それでも余裕を保てているのは、周囲を取り囲む突撃用自動小銃の数による優位性の為だろう。
ただ……所詮はそれだけだった。
「あんまり、動きたくはなかったんだけどな……」
これ以上時間を割くわけにはいかないと、勇太は仕方なく覚悟を決めた。
懐からサングラスを取り出し、軽く手を振って蔓を広げた勇太は、それを自身に掛けると静かに呟く。
「…………『全部踏み消してやるよ』」
その言葉を合図に、銃声が鳴り響いた。
「な、な……」
もし、これが映画ならどれだけ良かったか。
そう思う秀樹だったが、これは明らかに現実である。
――ドゴッ!
「ぁ、ぁ……」
その証拠に、手勢の一人が這う這うの体で、足元に転がされてきたのだから。
「……ああ、疲れる。普段使わないと、本当にキツイなこれ」
眼前の『掃除屋』は、突撃用自動小銃の銃口を握った後に持ち直し、再び安全装置を掛けると、そのまま肩へと担いできた。
(に、しても……過集中状態使ったの、いつ振りだ? 下手したら、年単位で使ってないんじゃないか?)
仕組みとしては簡単だ。
勇太は過集中状態に入るや右足を後ろに二度引いて、『回れ右』の要領で横に一回転しながら銃口に手を伸ばし、発砲される瞬間に放たれる銃弾の狙いを逸らした。
そもそも、相手が未熟過ぎるのが悪い。
集団で対象を囲うようにして銃口を向ける基本は、射線上に仲間が居ないことが前提条件である。しかし、相手はただ突撃用自動小銃を向ければ、それだけで決着が着くと思い込んでいるだけの素人だった。
過集中状態に入ったことにより身体能力を向上させ、感覚までも鋭敏化させた勇太にとっては、足を軸にして回転しながら銃口を逸らし、友軍相撃させること等、児戯に等しい。
「お、お前……突撃銃相手に何で、」
「使い方が下手過ぎるんだよ。こんな至近距離で撃とうとするとかアホだろ」
突撃用自動小銃はたしかに、強力な武器だ。けれども、それは決して万能を意味する言葉ではない。本来は近~中距離に展開している敵に対して、広範囲に応戦できる用途で製造されている。
相手が複数居るならまだしも、狭い室内でたった一人の人間に、しかも射程距離を詰めてしまえば、突撃用自動小銃の優位性は完全に死んでしまう。
つい先程までの状況で言うのなら、勇太を取り囲む際は少し距離を開け、射線を被らせないよう配置に気を付けた上で、取り回しの利く拳銃や広範囲に攻撃できる散弾銃を持ち出しすのが正解だった。
威力や貫通性、はたまた連射して弾幕を張れるかどうかは関係ない。ただ性能を求めるのではなく、状況に応じて適した道具を用意できるかが、仕事の明暗を分かつ。
特に……裏社会ではなおさら、気を付けなければ死に直結してしまう。
「というか……お前、本当に自分が有能だと思ってるのか?」
「な、何を言って……」
急がなければ、睦月が寄越してくるであろう刺客が乗り込んでくる。かといって下手に全滅させたり、逆に放置して逃げようものなら……確実に勇太も追い回されてしまう。
そうなる前に、事前情報を元に相手勢力を半壊させ、首魁の秀樹に武器を突き付けて取り押さえる状況に持ち込みたかった。
この機を逃すわけにはいかないと、勇太は未だに動けそうな秀樹の仲間の顎を蹴りつけ、脳震盪により起き上がれなくさせて回りながら説明をした。
「うちの秘書からの伝言だ。『賄賂を渡すなら、一部でも前払いが基本です。後、相場が二桁足りない』ってさ」
要するに……今回の商談について秘書が調べていた時点で、大まかな概要はすでに把握され、勇太の耳に入っていたのだ。裏社会に流れていた噂話や、そこで手に入れたであろう武器の系統に至るまで。
別動隊が睦月に手を出そうとしていたことまでは、さすがに調べ切れていなかったが……秘書が秀樹に誤った助言を吹き込んでおいてくれたのは、素直に助かった。
(さすがにまともに使われてたら、俺一人じゃきつかったしな……)
ここで秀樹達が秘書の言葉に一切耳を貸さず、自分達の手で有効な手段を模索していれば、勇太も危なかったかもしれない。けれども結果は、相手の無能さによって、事なきを得た。
それもこれも……勇太にはもったいなさ過ぎる有能さを持つ、あの秘書のおかげだった。
「ちゃんと給料払ってて良かった……あ、ちなみにお前が払おうとしていた賄賂の金額、あの秘書の今期の賞与以下だったぞ? 口約束でももうちょっと桁張っとけよ。言うだけならタダなんだからさ」
「ぁ、……」
まともな返答が返ってこない。どうやらあまりの状況の変化に、脳が思考を停止してしまったのだろう。
その機を逃さず秀樹を拘束しようとした勇太だったが……とうとう、恐れていた瞬間が訪れようとしていた。
「……チッ」
(もう、来たか……)
やはり即応性が高いと、勇太は急いで秀樹の背後に回り、容赦なく肉壁にした。これで少しでも時間を稼ぎつつ、刺客を介して睦月を説得しようと考えて待ち構える。
「オラァ! ……って、何故義兄がここに?」
やはり人生、真面目に働くのが一番である。ここに来て訪れた思わぬ僥倖に、勇太は秀樹の背後から躍り出て、サングラスを外しながら高らかに叫んだ。
「普段から真面目に働いてて良かったっ!」
等と裏社会の住人らしからぬ、というか言わない方がいいのではないかと思える言葉が出る程に、その日の勇太はツイていた。
動作確認も兼ねて、再整備した回転式拳銃の中から数丁を用いて、射撃訓練をしている時だった。懐のスマホが急に鳴動した為、睦月は持っていた銃から残弾を抜いて一度、台の上へと置く。
そしてスマホを取り出し、画面に表示された通知を見て……盛大に溜息を吐いた。
「…………はぁ~」
「どうかしたの?」
撃ち切った自前の自動拳銃から弾倉を抜いた彩未が振り返って声を掛けてきたが、睦月は振り返ることなく、面倒臭げに答えた。
「どっかの馬鹿が、勝手に罠に掛かったんだよ。ったく、また金だけ掛かるな……」
要するに、敵意ある第三者が事前に仕掛けていた罠に引っ掛かったのだ。けれども、睦月が気にしているのは何者かの襲撃ではなく……むしろ、自身の懐事情の方だった。
「私、調べようか?」
「相手が分からなかったら、もしかしたら頼むかもな」
通知を切った睦月は射撃練習していた場所から少し距離を開けると、画面のロックを解除したスマホを操作し、登録した連絡先の一つに電話を掛けた。
『……何だい?』
電話した相手、『情報屋』の和音に対して、睦月は手短に用件を伝える。
「婆さんか? 今、何かが網に掛かった」
『そりゃ、保険の範疇だね……』
和音には最低限しか言わないものの、相手は慣れた調子ですぐに対応しようと、店内にいる智春へと声を飛ばしているのがスマホ越しに聞こえてきた。
次いで、和音は睦月に事情を聞く為に、話を促してくる。
『……続けな』
「役所に届けた方の住所だ。調べられるか?」
『ちょっと待ちな……ああ。この間の胴元に雇われてた、準暴力団の生き残りだね。随分、装備の羽振りが良さそうだけど』
「誰か、金の有る奴に雇われたか……首謀者が分かり次第、誰か暇な奴けしかけといてくれ。家の後始末も、一緒に頼む」
『後始末はいいけどね……急ぎで人を寄越すとなると、さらに料金が増すよ?』
「保険の範疇超えたら、ちゃんと払うっての……請求内容が真っ当ならな」
その後も二、三話してから、睦月は和音との電話を切ると、スマホを持ったままの手を腰に当て、再度溜息を吐いた。
「どこの馬鹿だよ。まったく……」
どうせ和音から正当な理由を突き付けられて追加請求されると思うと、今から憂鬱になってくる睦月だった。
――Prrr……Prrr…………Pi
「繋がらない……おい、どういうことだ!?」
「ああ、手遅れか……」
そう声を荒げてくる秀樹だが、勇太は手で顔を覆うと、そのまま天井を見上げた。
この後の展開に巻き込まれることが確定した今、勇太は生き残る為に足掻しかないと諦め、ゆっくりと顔を降ろした。
「お前……あいつ等の住所、どうやって調べた?」
「あん!? そんなもん、公務員になった大学の同期に調べさせたに決まって、」
「…………だからだよ、馬鹿」
よりにもよって、もっとも愚かな調べ方をしていたことを知った勇太は今すぐ帰りたくなってきたが、そうも言ってられないと秀樹に現実を突き付ける。
「学歴云々以前に……相手が自分と同じことを考えてる可能性に、少しでも気付けなかったのか? そうすりゃ向こうも警戒してることくらい、すぐ分かるだろ」
よく、『相手の気持ちを考えろ』と言う人間は居るが、読心術の類でもなければ、そんなことは不可能だ。だが、『相手の立場になって考えろ』となれば、話は別だ。
要は、自分が相手と同じ状況に陥っていると仮定して考えれば、どのような手段を取られるかを推測することは、決して難しい話ではないのだ。
「安易に個人情報登録すれば、それを誰かに調べられて襲撃されるなんて当たり前だろうが。少なくとも、俺達の地元じゃ義務教育レベルの常識だぞ?」
市役所に住所を届ける義務があろうとも、必ずそこへ住まなければならないわけではない。肝心なのは、そこに居住していないことで、公的機関との諍いに繋げなければいいのだ。現に、勇太が今住んでいるタワーマンションの部屋以外にも、公民問わずに個人情報を登録する為だけの物件を押さえてある。
それだけ、裏社会では常識の範疇なのだ。
「しかも、よりにもよって『運び屋』の家とか……あいつ、絶対に致死量の罠仕掛けてるぞ」
大方、秀樹の言っていた連中は、睦月が現在寝床にしているのとは別に用意した物件に押し入ったのだろう。その結果、『技術屋』辺りが仕掛けた対侵入者用の罠の餌食となって全滅したと考えて、まず間違いない。
ある程度、腕の立つ『裏社会の住人』ならまず引っ掛からないとはいえ、それで手を抜くようなことをしないのが、あの『運び屋』が『何ものにも縛られない蝙蝠』たる所以だ。
たとえ考えの足りない雑魚しか来ないかもしれないとしても、決して安くはない予算を注ぎ込んで、対処不能な罠を仕掛けることに一切の躊躇をしない。最初から、喧嘩を売ってきた相手に対して容赦せず断罪する。
それが分かってるからこそ、勇太は内心焦っていた。
「おまけに、この後の展開が一番面倒臭いんだよな……」
「……この後?」
少しだけ落ち着いたのか、いまさら疑問符を浮かべてくる秀樹に、勇太はこの貸し倉庫の出入口に一度視線を向けてから、忌々し気に答えた。
「『運び屋』の性格上……罠が作動した時点で、すぐに動ける刺客を手配してくる」
このままここに残れば、絶対に巻き込まれる。相手が『傭兵』のように余計な被害を望まない手合いや、『喧嘩屋』のように拳だけで一人ずつ沈めてくる手合いならまだいい。即座に殺されることもなく、場合によっては、話し合いで見逃される可能性もあるからだ。
けれども、もし……『爆弾魔』のような『周囲への被害を一切考慮しない』手合いに当たり、敵味方を確認しない、もしくはする前に爆撃等されてしまえば、生存確率は格段に下がってしまう。
だから勇太は、面子は二の次にして、生き残る為に足掻いているのだ。
「商談は完全に破談だよな? だったら……死にたくないから、もう帰っていいか?」
「随分と、臆病な話だな……」
「お前が世間知らずなだけだっての」
『走り屋』時代ですら、睦月の仕掛けた罠の後始末だけですでに、恐怖と苦労は味わい尽くしているのだ。これ以上は御免だと、勇太は出口に身体を向けようとする。
……が、それよりも早く、周囲を取り囲んでいた突撃用自動小銃に距離を詰められた為、仕方なく足を止めた。
「いや、本気で早く帰りたいんだけど? 送りつけてくる刺客次第じゃ、俺まで巻き込まれかねないし」
「……その前に、俺が殺してやるよ」
秀樹の表情に、若干の焦りが見えていた。どうやら勇太が急いで立ち去ろうとしている為に、ようやく反撃される可能性があることに思い至ったらしい。それでも余裕を保てているのは、周囲を取り囲む突撃用自動小銃の数による優位性の為だろう。
ただ……所詮はそれだけだった。
「あんまり、動きたくはなかったんだけどな……」
これ以上時間を割くわけにはいかないと、勇太は仕方なく覚悟を決めた。
懐からサングラスを取り出し、軽く手を振って蔓を広げた勇太は、それを自身に掛けると静かに呟く。
「…………『全部踏み消してやるよ』」
その言葉を合図に、銃声が鳴り響いた。
「な、な……」
もし、これが映画ならどれだけ良かったか。
そう思う秀樹だったが、これは明らかに現実である。
――ドゴッ!
「ぁ、ぁ……」
その証拠に、手勢の一人が這う這うの体で、足元に転がされてきたのだから。
「……ああ、疲れる。普段使わないと、本当にキツイなこれ」
眼前の『掃除屋』は、突撃用自動小銃の銃口を握った後に持ち直し、再び安全装置を掛けると、そのまま肩へと担いできた。
(に、しても……過集中状態使ったの、いつ振りだ? 下手したら、年単位で使ってないんじゃないか?)
仕組みとしては簡単だ。
勇太は過集中状態に入るや右足を後ろに二度引いて、『回れ右』の要領で横に一回転しながら銃口に手を伸ばし、発砲される瞬間に放たれる銃弾の狙いを逸らした。
そもそも、相手が未熟過ぎるのが悪い。
集団で対象を囲うようにして銃口を向ける基本は、射線上に仲間が居ないことが前提条件である。しかし、相手はただ突撃用自動小銃を向ければ、それだけで決着が着くと思い込んでいるだけの素人だった。
過集中状態に入ったことにより身体能力を向上させ、感覚までも鋭敏化させた勇太にとっては、足を軸にして回転しながら銃口を逸らし、友軍相撃させること等、児戯に等しい。
「お、お前……突撃銃相手に何で、」
「使い方が下手過ぎるんだよ。こんな至近距離で撃とうとするとかアホだろ」
突撃用自動小銃はたしかに、強力な武器だ。けれども、それは決して万能を意味する言葉ではない。本来は近~中距離に展開している敵に対して、広範囲に応戦できる用途で製造されている。
相手が複数居るならまだしも、狭い室内でたった一人の人間に、しかも射程距離を詰めてしまえば、突撃用自動小銃の優位性は完全に死んでしまう。
つい先程までの状況で言うのなら、勇太を取り囲む際は少し距離を開け、射線を被らせないよう配置に気を付けた上で、取り回しの利く拳銃や広範囲に攻撃できる散弾銃を持ち出しすのが正解だった。
威力や貫通性、はたまた連射して弾幕を張れるかどうかは関係ない。ただ性能を求めるのではなく、状況に応じて適した道具を用意できるかが、仕事の明暗を分かつ。
特に……裏社会ではなおさら、気を付けなければ死に直結してしまう。
「というか……お前、本当に自分が有能だと思ってるのか?」
「な、何を言って……」
急がなければ、睦月が寄越してくるであろう刺客が乗り込んでくる。かといって下手に全滅させたり、逆に放置して逃げようものなら……確実に勇太も追い回されてしまう。
そうなる前に、事前情報を元に相手勢力を半壊させ、首魁の秀樹に武器を突き付けて取り押さえる状況に持ち込みたかった。
この機を逃すわけにはいかないと、勇太は未だに動けそうな秀樹の仲間の顎を蹴りつけ、脳震盪により起き上がれなくさせて回りながら説明をした。
「うちの秘書からの伝言だ。『賄賂を渡すなら、一部でも前払いが基本です。後、相場が二桁足りない』ってさ」
要するに……今回の商談について秘書が調べていた時点で、大まかな概要はすでに把握され、勇太の耳に入っていたのだ。裏社会に流れていた噂話や、そこで手に入れたであろう武器の系統に至るまで。
別動隊が睦月に手を出そうとしていたことまでは、さすがに調べ切れていなかったが……秘書が秀樹に誤った助言を吹き込んでおいてくれたのは、素直に助かった。
(さすがにまともに使われてたら、俺一人じゃきつかったしな……)
ここで秀樹達が秘書の言葉に一切耳を貸さず、自分達の手で有効な手段を模索していれば、勇太も危なかったかもしれない。けれども結果は、相手の無能さによって、事なきを得た。
それもこれも……勇太にはもったいなさ過ぎる有能さを持つ、あの秘書のおかげだった。
「ちゃんと給料払ってて良かった……あ、ちなみにお前が払おうとしていた賄賂の金額、あの秘書の今期の賞与以下だったぞ? 口約束でももうちょっと桁張っとけよ。言うだけならタダなんだからさ」
「ぁ、……」
まともな返答が返ってこない。どうやらあまりの状況の変化に、脳が思考を停止してしまったのだろう。
その機を逃さず秀樹を拘束しようとした勇太だったが……とうとう、恐れていた瞬間が訪れようとしていた。
「……チッ」
(もう、来たか……)
やはり即応性が高いと、勇太は急いで秀樹の背後に回り、容赦なく肉壁にした。これで少しでも時間を稼ぎつつ、刺客を介して睦月を説得しようと考えて待ち構える。
「オラァ! ……って、何故義兄がここに?」
やはり人生、真面目に働くのが一番である。ここに来て訪れた思わぬ僥倖に、勇太は秀樹の背後から躍り出て、サングラスを外しながら高らかに叫んだ。
「普段から真面目に働いてて良かったっ!」
等と裏社会の住人らしからぬ、というか言わない方がいいのではないかと思える言葉が出る程に、その日の勇太はツイていた。
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