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147 案件No.008_商品輸送及び購入代行(個人取引含む)(その2)
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やがて、4Tトラックと国産スポーツカーの二台は、睦月が所有する係船所へと到着した。個人所有の為か、小型船舶一隻を停泊させるのが精々の小さな建物だが、一度シャッターを開ければ、眼前の日本海へと即座に出航できるようになっている。
屋内にあるのは貨物運搬用の小型クレーンとフォークリフト。そして、今回のメインとなる、一艘の船。
その船を見て、英治の口から感想が漏れ出した。
「……漁船?」
「係船所含めて、周囲への偽装も兼ねた中古だよ」
そう言うと、睦月は先に船へと乗り込み、操舵に問題ないかを見回り始めた。
「偽造した身分で買ったから最悪、沈めちまえば荻野睦月には辿り着けない、って寸法だ」
その間に、スポーツカーから取り出した荷物を持った姫香は、係船所の二階部分、事務作業用の部屋がある場所へと向かっていった。しかし、今の英治にはそちらを気にしている余裕はない。
「これ……普段、整備してるのか?」
英治からのもっともな疑問に対し、睦月は声だけで返した。
「半年に一回位だが、問題ないって。引っ越し前に整備したばかりだ」
「お前が地元出たのって……たしか、半年位前だろ?」
正確には、三月頃の話である。そして現在、すでに八月に入っている。ほぼ半年と言っても、差し支えないだろう。
「だから大丈夫なんだよ。そもそも、船舶の定期点検自体、基本的に年単位だぞ?」
「……燃料は?」
ただし、燃料等の消耗品は、その限りではない。そもそも、補給されているかも怪しかった。
「だから、それも大丈夫だっての」
言うや、船から飛び降りた睦月は、係船所の陸側の入り口、自分達が入ってきた方へと歩き出す。そして乗ってきた4Tトラックの荷台を開け放ち、厳重に固定された、工場等でよく見るような円筒形の燃料缶を見せつけた。
「ちゃんとこうやって、積んできたから、って!? 何だよっ!?」
「んな危ないもん積んでるなら最初から言っとけ!」
あわや銃を抜きかねない程に怒気を発する英治に、睦月は慌てて手を振り、落ち着くように促す。
「知識も関連資格もあるから大丈夫だって!? 落ち着け馬鹿っ!」
「何で移動式給油車両で運んで来ないんだ、って言ってんだよ馬鹿っ!」
睦月の行為自体が危険である以上、英治が手加減してくれる理由は一切なかった。
「ったく……そもそも、船の給油自体目立つだろうが。自前でこなせる程度、できなくてどうすんだよ」
適当に殴り合った後、睦月は英治、カリーナを給油した漁船に乗せると、エンジンを始動させて日本海を北上し始めた。
目的地は海上だが、船舶用位置情報機器にて相手から指定された座標の為、目印がなくとも合流することができる。
問題は、海上保安庁から密入国船だと勘違いされるかもしれない点だけだが、目的地は係船所から1kmも離れていない場所である。たとえ見つかったとしても、夜間の漁業だと思われることを願うしかない。
「にしても……相手は日本人か? 日本の領海近くで商売するとか、目立ち過ぎだろ」
「……いや、日本人じゃない」
愛銃の回転式拳銃に.38口径の低威力の銃弾を装填している英治に、剥き出しの操縦席に腰掛けた睦月はテレグラフハンドルでエンジンの回転数を調整しながら、掌よりも少し大きい位の舵を操りつつ答えた。
「正確な国籍は分からないが、多分ロシアかその近隣出身のはずだ。元々は、親父がロシア経由での武器密輸を引き請けてからの付き合いだしな」
「それでお前、ロシア語を覚えてるのか」
「……あまり、使う機会はないけどな」
以前、電話で話した時のことを覚えていたのだろう。感心したかのように首を振ってくる英治に対して、睦月は操縦する手を休めないまま、肩を竦めた。
「おまけに……今はロシア経由、潰れてて使えないし」
けれども、ロシア経由での密輸が難しくなったとはいえ、取引相手である武器商人は未だに健在である。もっとも、世界を股に掛ける移動手段の都合で、日本へと滅多に来ることはないが。
「そうなると、言葉どうすっかな~……俺もカリーナも、ロシア語話せないし」
「あ~……その辺は大丈夫だ」
少し気だるげに、睦月は肩を落としながら答えた。
「その武器商人…………『詐欺師』以上の多言語話者。普通に日本語ペラペラな上に、雇ってる連中も全員国籍バラバラ」
それを聞き、英治はつまんでいた銃弾を一つ、船上へと落としてしまっていた。
「月偉って……たしか、十ヶ国語位話せたよな? 『詐欺師』の都合で」
「日本で仕事してたくせにな。完全に能力の持ち腐れだろ、あの馬鹿」
そんなことを話していると、一艘の船が近付いてきていた。
以前見た暁連邦共和国の工作船のような、黒塗りの小型船舶ではない。個人で所有してもおかしくない規模の、小型の輸送船である。しかも、背後にはさらに一回り小さい、同じく小型の高速艇が追随していた。
その二艘の船の不釣り合いさが、『護衛を連れてきている』とあえてアピールしているようだった。
「ところで……思ったこと、聞いていいか?」
「相手、もうすぐ来るから早く言え。何だよ?」
睦月達の乗る漁船から少し離れた場所で停船した武器商人一行が顔を出す前にと、英治は質問を投げかけた。
「話せる言語数……ガキ大将と、どっちが上なんだ?」
「……正直分からん。どっちも、底を見たことないしな」
「随分久し振りだね、『運び屋』の息子君」
「相変わらず、日本語が達者ですね……ミス・レジ」
白髪の、出会った頃と変わらずに若々しい女性が船上に立ち、隣で停船した睦月達を見つめてくる。
流暢な日本語で話し掛けてくる武器商人、キアラ・レジにそう返してから、睦月は一本の棒を立てた。
本来であれば旗ポールと言う、旗を掲げる為の物だが、今は何故か、一枚の鉄板がぶら下げられている。
しかも、その奇行を行っているのは睦月だけではない。レジもまた、同じように鉄板のぶら下がった旗ポールを立てていた。
「じゃあ、いつも通り」
「ええ……」
次いで、掲げられるのは互いの右腕。それが降ろされた途端、潮風を突き破る物体が飛んできた。
――ダ、ダンっ!
立て続けに放たれた二発の銃弾によって、各々の掲げた鉄板が、着弾の衝撃により数度、揺れた。
「よし! どちらも命中! お互い良い腕を持った狙撃手を持ったもんだな~」
「前から思ってたんですけど……狙撃、何とかなりません?」
睦月の鉄板を撃ち抜いたのは高速艇ではなく、彼女が乗ってきた、1km以上離れた場所で停船している、貨物船に残っていた武器商人側の護衛だが、レジの鉄板を撃ち抜いたのは、航行中に調整作業を済ませてくれている姫香である。
毎回、波や潮風等で弾道が逸れはしないかとひやひやしてしまう睦月だが、眼前の武器商人は気にすることなく、むしろテンション高く、笑顔を浮かべたままだった。
「互いに狙撃手が見張っていることを証明する上では、手っ取り早いんだけどなぁ……そもそも、このやり方は君の父上が考えたものだよ?」
「……他に合理的な方法が思い付いたら、ちゃんと変えて下さいよ」
とはいえ、未だに代替案が浮かばない以上、しばらくはこのままにするしかない。その為、睦月は早々に諦めることにした。
商談に問題が発生すれば、即銃撃戦になることをお互いに牽制し終えた二人は、改めて本日の要件へと話題を変えた。
「さて……まずは、うちの荷物を頼めるかな? 指定通り、4Tトラックに詰め込めるサイズのコンテナで用意してあるよ」
「分かりました。で、荷物はどちらに?」
「ん? あれ~」
レジに指し示されたのは、人間大の高さを持つ正方形の、鉄製のコンテナだった。鍵は電子ロックと表面に複数のくぼみがあるキーの二重仕様で、たとえ『鍵師』であろうと、全ての解除は容易ではないだろう。
つまり、時間内かつ無事な状態で運べなければ、即座に『運び屋』は無能の烙印を押されるか、業務上横領罪もしくは窃盗罪として、眼前の武器商人を敵に回さなければならなくなる。
もっとも、別に依頼を反故にする理由も、仕事に手を抜く気持ちも一切なかったが。
「じゃあ、載せるよ~。その前に何か、注意とかある?」
「指定した重量以内なら、問題ないですよ。海に落とさないようにだけ、気を付けてください」
見かけこそ漁船だが、生け簀として使われていた部分を改造し、貨物機能を持たせてある。従来通りの積載量さえ守られていれば、中身が漁獲したものでなくとも問題ない。
牽引用のワイヤーを搭載してあるクレーンに引っ掛けてから持ち上げ、睦月達の乗る漁船へと移動させていく中、レジは後ろにいた英治達を指差して聞いてくる。
「で、彼等かい? 『銃器製造用の工具を見たい』、って言ってたのは」
「そうです。正確には『銃器職人』の彼女ですけど……ドイツ語は話せましたよね」
「余裕、余裕~」
それだけとはいえ、カリーナも相手がドイツ語を話せることに気を良くしたのか、すぐ距離を詰めて、レジの乗る船へと飛び移っている。しかしレジが指差さしたのは、隣で停船している高速艇の方だった。
「ごめん、高速艇の方に乗ってくれる? こっちはまだ、仕事があるから」
そして飛び移っていくカリーナを追い駆けようとして、その前に一瞥をくれる英治に向けて、睦月は手を振って促した。
「こっちは問題ない、ついてってやれ。ただ……余計な問題だけは起こすなよ?」
「分かってるって、大人しくしてるよ」
相手が違うとはいえ、英治もまた、武器商人と取引をしていたことはある。それに、他にも案件を抱えている睦月は、レジとの取引を続けなければならない。
今はただ、英治達が余計な問題を起こさないことを祈るしかなかった。
「さて、次はどれから取り掛かる?」
「まずは……注文した品が一通り揃っているか、確認させて下さい」
そして、注文品をまとめた目録が数枚挟まった用箋挟を持った睦月は、レジの護衛が船内から出てくるのに合わせて、英治達に遅れて飛び移った。
レジは先代から受け継いだ大型の輸送船に乗り、世界中で武器を売買している。
輸送船内にも信頼できる護衛を置いているからこそ、英治達が乗り込むのを許可したのだろう。
けれども、そこで待っていた護衛が……英治の知っている人物だとまでは、思いもよらなかったが。
「げっ」
「よう、英治。元気だったか?」
「何で親父が居るんだよ……」
落胆する英治と、久し振りの再会に軽く挨拶をするカリーナに手を振って返しながら、『傭兵』の水無瀬和輝は使い込まれた突撃用自動小銃を手に持ち、船内へと促してくる。
「まあ、まずは移動しよう。いろいろと、積もる話もあるしな」
「そうだな……あまり、長居もできないし」
睦月達が商談している間、という条件で乗船を許可されたのだ。ならば先に、目的の商品を見なければ、ここまで来た意味がなくなってしまう。
「それにしても……心的外傷後ストレス障害の一種とうまく、折り合いをつけられたんだな」
「もう、無駄な殺しは止めただけだよ……だから害獣駆除でしか、手を掛けるつもりはない」
「それでいいんじゃないか」
『傭兵』らしからぬ、いやもっともらしい英治の発言にも、和輝は一切気にしなかった。ただ輸送船の廊下を先導しつつ、肯定の意を返してきただけである。
「どこだろうと……直前に殺すかどうかで迷う奴は、その間に反撃されて、すぐに死ぬ。それなら最初から、殺さないことを選ぶのは間違っちゃいないさ」
「なら、いいけど……」
搬入の都合か、もしくは輸送船の内部まで入れさせない為に考慮したからだろう。目的地である、銃器製造用の工具が並べられた部屋にはすぐに到着した。
「細かいのは入り口近くに固めてあるから、奥には大型の工具しか置いてない。船上で危ないから試運転は無理だが、この部屋に俺以外の見張りはいないから、好きに回ってきてくれていいぞ」
「じゃあ……遠慮なくっ!」
久し振りの工具類に浮かれ調子で駆け出すカリーナを体よく追い払った和輝に、英治はあえて、右手を回転式拳銃の銃把に載せてから声を掛けた。
「で、何で親父がここに居るんだよ?」
「武器商人の護衛の増員募集があったから、試しに応募してみたんだよ。良さそうだったら、母さん達も誘おうかと思ってる。お前もどうだ?」
「遠慮しとくよ……」
精神的外傷を植え付けられた件を除いても、一度一人立ちした以上、いまさら親元で暮らそうとは思えなかった。それ以前に、今後も『傭兵』稼業が続けられる保証がないのだから、いっそのこと田舎町で働き続けた方が有益だとすら考えている。
だからこそ、和輝の提案に英治が乗ることはなかった。
それ以前に……向こうも本気で提案していないことは、その態度を見ていればすぐに気付けたが。
「……で、本題は?」
「親としての忠告だ……」
纏う空気に重々しさを持たせてから、和輝はようやく本題を口にした。
「今すぐ『運び屋』と手を切れ…………最悪、死ぬだけじゃ済まないぞ」
屋内にあるのは貨物運搬用の小型クレーンとフォークリフト。そして、今回のメインとなる、一艘の船。
その船を見て、英治の口から感想が漏れ出した。
「……漁船?」
「係船所含めて、周囲への偽装も兼ねた中古だよ」
そう言うと、睦月は先に船へと乗り込み、操舵に問題ないかを見回り始めた。
「偽造した身分で買ったから最悪、沈めちまえば荻野睦月には辿り着けない、って寸法だ」
その間に、スポーツカーから取り出した荷物を持った姫香は、係船所の二階部分、事務作業用の部屋がある場所へと向かっていった。しかし、今の英治にはそちらを気にしている余裕はない。
「これ……普段、整備してるのか?」
英治からのもっともな疑問に対し、睦月は声だけで返した。
「半年に一回位だが、問題ないって。引っ越し前に整備したばかりだ」
「お前が地元出たのって……たしか、半年位前だろ?」
正確には、三月頃の話である。そして現在、すでに八月に入っている。ほぼ半年と言っても、差し支えないだろう。
「だから大丈夫なんだよ。そもそも、船舶の定期点検自体、基本的に年単位だぞ?」
「……燃料は?」
ただし、燃料等の消耗品は、その限りではない。そもそも、補給されているかも怪しかった。
「だから、それも大丈夫だっての」
言うや、船から飛び降りた睦月は、係船所の陸側の入り口、自分達が入ってきた方へと歩き出す。そして乗ってきた4Tトラックの荷台を開け放ち、厳重に固定された、工場等でよく見るような円筒形の燃料缶を見せつけた。
「ちゃんとこうやって、積んできたから、って!? 何だよっ!?」
「んな危ないもん積んでるなら最初から言っとけ!」
あわや銃を抜きかねない程に怒気を発する英治に、睦月は慌てて手を振り、落ち着くように促す。
「知識も関連資格もあるから大丈夫だって!? 落ち着け馬鹿っ!」
「何で移動式給油車両で運んで来ないんだ、って言ってんだよ馬鹿っ!」
睦月の行為自体が危険である以上、英治が手加減してくれる理由は一切なかった。
「ったく……そもそも、船の給油自体目立つだろうが。自前でこなせる程度、できなくてどうすんだよ」
適当に殴り合った後、睦月は英治、カリーナを給油した漁船に乗せると、エンジンを始動させて日本海を北上し始めた。
目的地は海上だが、船舶用位置情報機器にて相手から指定された座標の為、目印がなくとも合流することができる。
問題は、海上保安庁から密入国船だと勘違いされるかもしれない点だけだが、目的地は係船所から1kmも離れていない場所である。たとえ見つかったとしても、夜間の漁業だと思われることを願うしかない。
「にしても……相手は日本人か? 日本の領海近くで商売するとか、目立ち過ぎだろ」
「……いや、日本人じゃない」
愛銃の回転式拳銃に.38口径の低威力の銃弾を装填している英治に、剥き出しの操縦席に腰掛けた睦月はテレグラフハンドルでエンジンの回転数を調整しながら、掌よりも少し大きい位の舵を操りつつ答えた。
「正確な国籍は分からないが、多分ロシアかその近隣出身のはずだ。元々は、親父がロシア経由での武器密輸を引き請けてからの付き合いだしな」
「それでお前、ロシア語を覚えてるのか」
「……あまり、使う機会はないけどな」
以前、電話で話した時のことを覚えていたのだろう。感心したかのように首を振ってくる英治に対して、睦月は操縦する手を休めないまま、肩を竦めた。
「おまけに……今はロシア経由、潰れてて使えないし」
けれども、ロシア経由での密輸が難しくなったとはいえ、取引相手である武器商人は未だに健在である。もっとも、世界を股に掛ける移動手段の都合で、日本へと滅多に来ることはないが。
「そうなると、言葉どうすっかな~……俺もカリーナも、ロシア語話せないし」
「あ~……その辺は大丈夫だ」
少し気だるげに、睦月は肩を落としながら答えた。
「その武器商人…………『詐欺師』以上の多言語話者。普通に日本語ペラペラな上に、雇ってる連中も全員国籍バラバラ」
それを聞き、英治はつまんでいた銃弾を一つ、船上へと落としてしまっていた。
「月偉って……たしか、十ヶ国語位話せたよな? 『詐欺師』の都合で」
「日本で仕事してたくせにな。完全に能力の持ち腐れだろ、あの馬鹿」
そんなことを話していると、一艘の船が近付いてきていた。
以前見た暁連邦共和国の工作船のような、黒塗りの小型船舶ではない。個人で所有してもおかしくない規模の、小型の輸送船である。しかも、背後にはさらに一回り小さい、同じく小型の高速艇が追随していた。
その二艘の船の不釣り合いさが、『護衛を連れてきている』とあえてアピールしているようだった。
「ところで……思ったこと、聞いていいか?」
「相手、もうすぐ来るから早く言え。何だよ?」
睦月達の乗る漁船から少し離れた場所で停船した武器商人一行が顔を出す前にと、英治は質問を投げかけた。
「話せる言語数……ガキ大将と、どっちが上なんだ?」
「……正直分からん。どっちも、底を見たことないしな」
「随分久し振りだね、『運び屋』の息子君」
「相変わらず、日本語が達者ですね……ミス・レジ」
白髪の、出会った頃と変わらずに若々しい女性が船上に立ち、隣で停船した睦月達を見つめてくる。
流暢な日本語で話し掛けてくる武器商人、キアラ・レジにそう返してから、睦月は一本の棒を立てた。
本来であれば旗ポールと言う、旗を掲げる為の物だが、今は何故か、一枚の鉄板がぶら下げられている。
しかも、その奇行を行っているのは睦月だけではない。レジもまた、同じように鉄板のぶら下がった旗ポールを立てていた。
「じゃあ、いつも通り」
「ええ……」
次いで、掲げられるのは互いの右腕。それが降ろされた途端、潮風を突き破る物体が飛んできた。
――ダ、ダンっ!
立て続けに放たれた二発の銃弾によって、各々の掲げた鉄板が、着弾の衝撃により数度、揺れた。
「よし! どちらも命中! お互い良い腕を持った狙撃手を持ったもんだな~」
「前から思ってたんですけど……狙撃、何とかなりません?」
睦月の鉄板を撃ち抜いたのは高速艇ではなく、彼女が乗ってきた、1km以上離れた場所で停船している、貨物船に残っていた武器商人側の護衛だが、レジの鉄板を撃ち抜いたのは、航行中に調整作業を済ませてくれている姫香である。
毎回、波や潮風等で弾道が逸れはしないかとひやひやしてしまう睦月だが、眼前の武器商人は気にすることなく、むしろテンション高く、笑顔を浮かべたままだった。
「互いに狙撃手が見張っていることを証明する上では、手っ取り早いんだけどなぁ……そもそも、このやり方は君の父上が考えたものだよ?」
「……他に合理的な方法が思い付いたら、ちゃんと変えて下さいよ」
とはいえ、未だに代替案が浮かばない以上、しばらくはこのままにするしかない。その為、睦月は早々に諦めることにした。
商談に問題が発生すれば、即銃撃戦になることをお互いに牽制し終えた二人は、改めて本日の要件へと話題を変えた。
「さて……まずは、うちの荷物を頼めるかな? 指定通り、4Tトラックに詰め込めるサイズのコンテナで用意してあるよ」
「分かりました。で、荷物はどちらに?」
「ん? あれ~」
レジに指し示されたのは、人間大の高さを持つ正方形の、鉄製のコンテナだった。鍵は電子ロックと表面に複数のくぼみがあるキーの二重仕様で、たとえ『鍵師』であろうと、全ての解除は容易ではないだろう。
つまり、時間内かつ無事な状態で運べなければ、即座に『運び屋』は無能の烙印を押されるか、業務上横領罪もしくは窃盗罪として、眼前の武器商人を敵に回さなければならなくなる。
もっとも、別に依頼を反故にする理由も、仕事に手を抜く気持ちも一切なかったが。
「じゃあ、載せるよ~。その前に何か、注意とかある?」
「指定した重量以内なら、問題ないですよ。海に落とさないようにだけ、気を付けてください」
見かけこそ漁船だが、生け簀として使われていた部分を改造し、貨物機能を持たせてある。従来通りの積載量さえ守られていれば、中身が漁獲したものでなくとも問題ない。
牽引用のワイヤーを搭載してあるクレーンに引っ掛けてから持ち上げ、睦月達の乗る漁船へと移動させていく中、レジは後ろにいた英治達を指差して聞いてくる。
「で、彼等かい? 『銃器製造用の工具を見たい』、って言ってたのは」
「そうです。正確には『銃器職人』の彼女ですけど……ドイツ語は話せましたよね」
「余裕、余裕~」
それだけとはいえ、カリーナも相手がドイツ語を話せることに気を良くしたのか、すぐ距離を詰めて、レジの乗る船へと飛び移っている。しかしレジが指差さしたのは、隣で停船している高速艇の方だった。
「ごめん、高速艇の方に乗ってくれる? こっちはまだ、仕事があるから」
そして飛び移っていくカリーナを追い駆けようとして、その前に一瞥をくれる英治に向けて、睦月は手を振って促した。
「こっちは問題ない、ついてってやれ。ただ……余計な問題だけは起こすなよ?」
「分かってるって、大人しくしてるよ」
相手が違うとはいえ、英治もまた、武器商人と取引をしていたことはある。それに、他にも案件を抱えている睦月は、レジとの取引を続けなければならない。
今はただ、英治達が余計な問題を起こさないことを祈るしかなかった。
「さて、次はどれから取り掛かる?」
「まずは……注文した品が一通り揃っているか、確認させて下さい」
そして、注文品をまとめた目録が数枚挟まった用箋挟を持った睦月は、レジの護衛が船内から出てくるのに合わせて、英治達に遅れて飛び移った。
レジは先代から受け継いだ大型の輸送船に乗り、世界中で武器を売買している。
輸送船内にも信頼できる護衛を置いているからこそ、英治達が乗り込むのを許可したのだろう。
けれども、そこで待っていた護衛が……英治の知っている人物だとまでは、思いもよらなかったが。
「げっ」
「よう、英治。元気だったか?」
「何で親父が居るんだよ……」
落胆する英治と、久し振りの再会に軽く挨拶をするカリーナに手を振って返しながら、『傭兵』の水無瀬和輝は使い込まれた突撃用自動小銃を手に持ち、船内へと促してくる。
「まあ、まずは移動しよう。いろいろと、積もる話もあるしな」
「そうだな……あまり、長居もできないし」
睦月達が商談している間、という条件で乗船を許可されたのだ。ならば先に、目的の商品を見なければ、ここまで来た意味がなくなってしまう。
「それにしても……心的外傷後ストレス障害の一種とうまく、折り合いをつけられたんだな」
「もう、無駄な殺しは止めただけだよ……だから害獣駆除でしか、手を掛けるつもりはない」
「それでいいんじゃないか」
『傭兵』らしからぬ、いやもっともらしい英治の発言にも、和輝は一切気にしなかった。ただ輸送船の廊下を先導しつつ、肯定の意を返してきただけである。
「どこだろうと……直前に殺すかどうかで迷う奴は、その間に反撃されて、すぐに死ぬ。それなら最初から、殺さないことを選ぶのは間違っちゃいないさ」
「なら、いいけど……」
搬入の都合か、もしくは輸送船の内部まで入れさせない為に考慮したからだろう。目的地である、銃器製造用の工具が並べられた部屋にはすぐに到着した。
「細かいのは入り口近くに固めてあるから、奥には大型の工具しか置いてない。船上で危ないから試運転は無理だが、この部屋に俺以外の見張りはいないから、好きに回ってきてくれていいぞ」
「じゃあ……遠慮なくっ!」
久し振りの工具類に浮かれ調子で駆け出すカリーナを体よく追い払った和輝に、英治はあえて、右手を回転式拳銃の銃把に載せてから声を掛けた。
「で、何で親父がここに居るんだよ?」
「武器商人の護衛の増員募集があったから、試しに応募してみたんだよ。良さそうだったら、母さん達も誘おうかと思ってる。お前もどうだ?」
「遠慮しとくよ……」
精神的外傷を植え付けられた件を除いても、一度一人立ちした以上、いまさら親元で暮らそうとは思えなかった。それ以前に、今後も『傭兵』稼業が続けられる保証がないのだから、いっそのこと田舎町で働き続けた方が有益だとすら考えている。
だからこそ、和輝の提案に英治が乗ることはなかった。
それ以前に……向こうも本気で提案していないことは、その態度を見ていればすぐに気付けたが。
「……で、本題は?」
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