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155 二台と一台(その1)
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睦月が自動二輪を購入しに訪れたのは、秀吉の代からの通い付けである輪業店だった。
睦月達が住む地方都市から南に降りた小さな町。その一角にある巨大な廃車置き場の前に、不釣り合いに小さい店舗で営まれている。
そこから少し離れた駐車場に、睦月は前回の依頼で使用した4Tトラックを停めた。
駐車後、歩いて五分もしない内に、ガレージが開けられているだけで『開店』か『閉店』かも分からない輪業店に辿り着いた睦月は中を覗き込む。そこには秀吉より一回り歳を取った強面の男、名畑駿がツナギ姿で自動二輪を弄っていた。
「おやっさん、ご無沙汰~」
「ん? ……おう、荻野の倅か」
秀吉から紹介されて以来の付き合いの為か、名畑は強面だが単なる職人気質で、悪い人物ではないことは睦月も重々承知している。額縁眼鏡を掛けた顔を上げてくると、近付くのに合わせて腰を伸ばし、ゆっくりと立ち上がってきた。
「随分長いこと、顔を見せなかったな。相変わらず、自動二輪よりも車か?」
「自動二輪が必要になる仕事もなくてね。仕事外でも、ここ最近は乗ってなかったんだけど、さ……一台廃車にしちまった」
「自動二輪扱ってる身としては、ぶん殴りたくなる話だが……」
手に持っていた工具で軽く肩を叩くと、名畑はその横にある工具台に置いてから、睦月を店内へと招き入れた。
「ここ最近、営業利益がなくてな。背に腹は代えられん……予算は?」
「とりあえず三百万円で……二台買いに来た」
「二台?」
廃車にしてしまったのが一台なら、わざわざ二台も購入する必要はない。予備でも求めているのかと不思議そうに見てくる名畑に、睦月は肩を竦めてから答えた。
「一台は前と同じ、側車付きにもできる中型の自動二輪。もちろん新車で、登録手続き諸々も込みで」
「普通二輪で側車付きにできるやつか……まあ、何台かはあるな。で、もう一台は?」
店内に並べられた新車を眺めていた睦月は、名畑からの問い掛けに対して顔を戻すと、指を下に向けてから口を開いた。
「……中古で一台。おやっさんが一から組み上げた最高性能のやつを、首無しで欲しいんだけど」
睦月が名畑の輪業店を訪れている頃、姫香達はある自動車販売店へと入店していた。
「……で、何であんた達も居るわけ?」
「いいじゃん。丁度暇だったんだし」
「お店の内装って、やっぱりメーカーで違うんだなぁ……」
彩未と由希奈を引き連れ、店内へと入った姫香は営業を掛けようとしてきた、どこか妙に自信有り気な態度を見せてくる男に告げる。
「内覧の予約を入れた久芳よ。担当者の齋藤って人を呼んでくれる?」
「……ああ、そうでしたか。すぐお呼びしますので、少々お待ち下さい」
すると少し態度を変え、対応してきた販売員はそそくさと店内の事務所へと向かっていった。
「なんか、急に態度が変わったような……」
「どうせ『自分の成果にならない』とか思って、勝手にやる気失くしたとかでしょ? 気にするだけ無駄」
何かしたんじゃないかと勝手に心配しているのか、不安気な表情を浮かべる由希奈に、姫香はそう吐き捨てた。そして、気にするだけ時間の無駄だと態度で示すかのように、入れ替わりに来た青年、販売員の齋藤からの挨拶を受けた。
「お待たせしました。本日担当させていただきます、齋藤と申します。暁美様より、お話は伺っております。どうぞこちらへ」
この店には、暁美レジデンスの代表取締役社長にして、異母兄である愼治の紹介で来た。
どうやら、大口顧客の紹介で来たことは知らなかったらしく、先程不遜な態度を取ってきた販売員が遠目で、若干悔しそうな目を向けてきていた。
「ねえ、姫香……さっきの人が凄い形相で歯を喰いしばってるみたいなんだけど、」
「どうせ『大きな取引先を取り逃がした』とか思ってるんでしょ? さっきも言ったけど時間の無駄。いちいち気にしてんじゃないわよ、まったく……」
本当に下らない、とばかりに姫香は、齋藤の案内で新車を見て回っていく。
「でも姫香ちゃん。今日買うのって軽自動車だから、結局単価は安くない?」
「大方、私を通して会社の社長に『自分を売り込みたい』とかでしょ? 無駄なのに……」
「え? ……あ~、そっか」
元恋人かつ友人でもある為か、彩未はすぐに、姫香が言いたいことを察して頷いてきた。
「愼治君……社長業が忙し過ぎて、完全に免許を持っていても運転しない人だもんね」
「あれでも、昔は運転してたらしいけど……『箔を付ける為』とかで専属運転手雇わさせられた途端に、人任せになったのよ。だから、期待しても仕方がないのに」
とはいえ、愼治から人伝に(主に高給取りの者達に)高い評価を広げて貰えさえすれば、今後の成果にも繋がってくる。それがいつになるかは分からないが、やるだけ損ではない行動だった。
もっとも、常に好印象を抱かれるような営業を心掛けていれば良かっただけなので、姫香達には一切関係のない話である。
さっさと忘れようと目的の車を探す為、大人しく齋藤の案内について行くのだった。
一方、睦月の方は名畑と共に、店の地下へと降りてきていた。
「最高性能なんて、簡単に言ってくれるが……」
裏の仕事、というよりも完全に趣味なのだが、名畑は廃車の部品から使えそうな物を取り出し、それらを組み合わせて中古の車体をよく組み立てていた。
ニコイチという、二台以上の機械をまとめてにして修理するよくある手法だが、名畑の場合は少し違う。廃車の中から使えそうな部品を掻き集めた上で、一台の車体を組み上げては販売まで行っていた。それも、首の有無を問わずに。
「……一体、どんなのが欲しいんだ?」
「荒地での走行は前提で、軽量かつ大型自動二輪とも張り合える馬力のエンジン搭載は必須。長距離は度外視でもいいけど、最低一時間は走行できる耐久力で」
「なるほど……つまり、どんな環境でも乗れる戦闘用の自動二輪が欲しい、ってところか」
名畑の言う通り、睦月が求めているのは戦闘時に乗車する為の自動二輪だった。普段使いでも戦えなくはないが、専用と割り切れる車体だからこそ、後のことを気にせず乗り回すことができる。
物を粗末に扱えばしっぺ返しを喰らうのが世の常だが、こちらは生命と違って修理できる範囲が違う。道具とは本来、そう使うべきだった。
「それで、所有者登録無しの自動二輪か……」
「条件に合いそうなのは?」
「まあ、何台かはあるが……随分、物騒な話題が流行ってるんだな」
そう言って、奥の方へと歩き出す名畑の後を追う睦月だったが、ふとその発言に何かが引っ掛かり、つい聞き返してしまう。
「…………物騒な話題が流行ってる?」
試乗を終え、最新式の燃費が良い軽自動車の購入を決めた姫香は、担当の齋藤が手続きに必要な書類等を取りに行き、入店早々にふざけた態度を取ってきた販売員の高尾(勝手に名乗ってきた)のマウント気味の営業を『運び屋』仕込みの知識量で論破し、お詫びとして店長らしき人物が手配した有機栽培サンドイッチと高級な銘柄の紅茶を味わって飲んでいた。
「あの人、何しに来たんだろうね……あんな半端な知識量で」
何の知識もない素人ならまだしも、整備士にも引けを取らない『運び屋』に仕込まれた姫香を相手にするには、文字通り実力不足だった。
そんな高尾のような人物を相手にするのは時間の無駄だからと、最初から車の知識が豊富な人間に担当して貰う為に、姫香は愼治の伝手で予約を入れていたのだが……今回は完全に目論見が外れてしまった。
「それに……『別の店では一日で追い出される程、厳しい場所に居た自負がある』とか、完全に的外れなこと言ってましたよね。『自分は何の努力もせず、全然成長していません』って自白する必要、ありました?」
「最後は完全にテンパってただけだと思うよ? 『一日で追い出された』なんて、普通は恥ずかしくて言えないしね」
俯きながら店内を移動する高尾の背中を眺めていた彩未と由希奈がそう話している中、姫香は『馬鹿馬鹿しい』と空いた手にスマホを握りながら、紅茶片手に弄り出す。
「こっちは『運び屋』なのよ。生半可な知識で車語ってくるとか、怒り通り越して呆れてくるわね」
「……そういう姫香ちゃんは、紅茶飲みながら何やってるの?」
「ポイ活」
収入が高いくせに、妙に所帯染みたことをやっている姫香を見て、由希奈と彩未の二人は思わず目を合わせてしまっていた。
とはいえ、姫香が行っているのはただのアプリゲームで、スコアに応じてポイントが貰えるだけの完全な暇潰しだったが。
「『最近、営業利益がない』って言っただろ? だから繁忙期とかに、知り合いん所へ手伝いに行ってたんだが……その店に、物騒な商談を持ち込んできだ連中がいたんだよ」
睦月の提示した条件に合う自動二輪の内、一台の傍で足を止める。その車体に手を乗せながら、名畑はその時のことを話し始めた。
「まあ、その知り合いは真っ当に商売してたから、普通に断ってたんだが……所有者登録無しの自動二輪を欲しがるなんて、『運び屋』みたいな犯罪者位だろうが」
「いやいや、たしかに盗まれたら面倒だけど、公道走れなくなる位しか、大きなデメリットないじゃないか。『金持ちの道楽』とか『競技用』って可能性もあるんじゃ……」
そう反論しようとするものの、睦月の弁を名畑は言葉一つで切り捨ててきた。
「そんな連中が、空手形なんて切るかよ」
すごく聞き覚えのある話に、睦月は周囲の自動二輪を見渡す為に動かしていた眼を、まっすぐに名畑の方へと向けた。
「その店……後から襲われたりは?」
「俺がここに戻ってから強盗には入られてたが、幸い死傷者は出てねえよ。まあ、店は酷く荒らされたらしいが……自動二輪は無事だって聞いてる。商品が残ってるだけ、儲けもんだろ」
そう気楽に言ってくる名畑とは裏腹に、睦月の思考は件の強盗で占められていく。
(また、『犯罪組織』が関わってるのか……?)
無難な可能性としては、単なる偶然か、嫌がらせ目的で適当な闇バイトの元締めに情報を売られたとかだろう。少なくとも、誰かが傷付いてないだけでも良かったと思うべきか。
「何にせよ……真っ当に自動二輪を欲しがらない奴なんて、どう考えても犯罪者だろうが。そこらに転がってる車体盗んでる連中と、何が違うんだよ?」
「……そりゃそうだ」
(ただ……)
そう、ただの自動二輪であれば、盗難車で十分なはずだ。それこそ最初から、強盗に見せかけて奪った方が手っ取り早い。
にも関わらず、何故初めは資金がないのを気にせず、堂々と購入しようとしていたのか。
考えられるのは……求めていたのが、ただの自動二輪ではないからだ。
(『走り屋』擬きはツァーカブだけだと思っていたが……他にも、運転する奴がいるのか?)
秀吉や、その関係者ではないだろう。もし必要だとしても、自分から買いに来た方が拗れずに済む上に、大抵の店舗から『嫌がられる』こと等、常識レベルで承知しているはずだ。
そもそもの話、最初から名畑の店を訪れていない時点で、秀吉側と無関係なのは間違いない。
「それより……こいつなんて、どうだ?」
考え込んでいた睦月とは裏腹に、自動二輪を見繕っていた名畑は並べられた中から一台を選んで、強面に反して楽し気に紹介してきた。
「玉突き事故で廃車になったフェ○ーリから取り出した最新型エンジンを載せた、割と自信作の、」
「色々な意味でツッコミが追い付かない車体紹介すんな! よく作ろうとしたな、こんな馬鹿げたの……」
「この前、鳥塚んとこの娘が自動二輪新調しに来てな。その時に話してて思い付いた傑作なんだけどな……特に、エンジンの小型化とか」
余談ではあるが、名畑は『技術屋』とも交流がある。むしろ、技術的な話題で言えば、睦月よりもはるかに馬が合っていた。
「やっぱり、弥生の入れ知恵か……今度会ったら絶対にシバく」
技術力は優秀なのに、偶に運転手度外視の怪物を組み立ててしまう名畑の方が、今後『犯罪組織』に目を付けられるのではないか?
(『情報屋』に、目を光らせとくよう言っとかないとな……いろんな意味で)
それが護衛目的なのか、はたまた『犯罪組織』への牽制が狙いなのかは、もはや睦月自身にすら分からなかった。
睦月達が住む地方都市から南に降りた小さな町。その一角にある巨大な廃車置き場の前に、不釣り合いに小さい店舗で営まれている。
そこから少し離れた駐車場に、睦月は前回の依頼で使用した4Tトラックを停めた。
駐車後、歩いて五分もしない内に、ガレージが開けられているだけで『開店』か『閉店』かも分からない輪業店に辿り着いた睦月は中を覗き込む。そこには秀吉より一回り歳を取った強面の男、名畑駿がツナギ姿で自動二輪を弄っていた。
「おやっさん、ご無沙汰~」
「ん? ……おう、荻野の倅か」
秀吉から紹介されて以来の付き合いの為か、名畑は強面だが単なる職人気質で、悪い人物ではないことは睦月も重々承知している。額縁眼鏡を掛けた顔を上げてくると、近付くのに合わせて腰を伸ばし、ゆっくりと立ち上がってきた。
「随分長いこと、顔を見せなかったな。相変わらず、自動二輪よりも車か?」
「自動二輪が必要になる仕事もなくてね。仕事外でも、ここ最近は乗ってなかったんだけど、さ……一台廃車にしちまった」
「自動二輪扱ってる身としては、ぶん殴りたくなる話だが……」
手に持っていた工具で軽く肩を叩くと、名畑はその横にある工具台に置いてから、睦月を店内へと招き入れた。
「ここ最近、営業利益がなくてな。背に腹は代えられん……予算は?」
「とりあえず三百万円で……二台買いに来た」
「二台?」
廃車にしてしまったのが一台なら、わざわざ二台も購入する必要はない。予備でも求めているのかと不思議そうに見てくる名畑に、睦月は肩を竦めてから答えた。
「一台は前と同じ、側車付きにもできる中型の自動二輪。もちろん新車で、登録手続き諸々も込みで」
「普通二輪で側車付きにできるやつか……まあ、何台かはあるな。で、もう一台は?」
店内に並べられた新車を眺めていた睦月は、名畑からの問い掛けに対して顔を戻すと、指を下に向けてから口を開いた。
「……中古で一台。おやっさんが一から組み上げた最高性能のやつを、首無しで欲しいんだけど」
睦月が名畑の輪業店を訪れている頃、姫香達はある自動車販売店へと入店していた。
「……で、何であんた達も居るわけ?」
「いいじゃん。丁度暇だったんだし」
「お店の内装って、やっぱりメーカーで違うんだなぁ……」
彩未と由希奈を引き連れ、店内へと入った姫香は営業を掛けようとしてきた、どこか妙に自信有り気な態度を見せてくる男に告げる。
「内覧の予約を入れた久芳よ。担当者の齋藤って人を呼んでくれる?」
「……ああ、そうでしたか。すぐお呼びしますので、少々お待ち下さい」
すると少し態度を変え、対応してきた販売員はそそくさと店内の事務所へと向かっていった。
「なんか、急に態度が変わったような……」
「どうせ『自分の成果にならない』とか思って、勝手にやる気失くしたとかでしょ? 気にするだけ無駄」
何かしたんじゃないかと勝手に心配しているのか、不安気な表情を浮かべる由希奈に、姫香はそう吐き捨てた。そして、気にするだけ時間の無駄だと態度で示すかのように、入れ替わりに来た青年、販売員の齋藤からの挨拶を受けた。
「お待たせしました。本日担当させていただきます、齋藤と申します。暁美様より、お話は伺っております。どうぞこちらへ」
この店には、暁美レジデンスの代表取締役社長にして、異母兄である愼治の紹介で来た。
どうやら、大口顧客の紹介で来たことは知らなかったらしく、先程不遜な態度を取ってきた販売員が遠目で、若干悔しそうな目を向けてきていた。
「ねえ、姫香……さっきの人が凄い形相で歯を喰いしばってるみたいなんだけど、」
「どうせ『大きな取引先を取り逃がした』とか思ってるんでしょ? さっきも言ったけど時間の無駄。いちいち気にしてんじゃないわよ、まったく……」
本当に下らない、とばかりに姫香は、齋藤の案内で新車を見て回っていく。
「でも姫香ちゃん。今日買うのって軽自動車だから、結局単価は安くない?」
「大方、私を通して会社の社長に『自分を売り込みたい』とかでしょ? 無駄なのに……」
「え? ……あ~、そっか」
元恋人かつ友人でもある為か、彩未はすぐに、姫香が言いたいことを察して頷いてきた。
「愼治君……社長業が忙し過ぎて、完全に免許を持っていても運転しない人だもんね」
「あれでも、昔は運転してたらしいけど……『箔を付ける為』とかで専属運転手雇わさせられた途端に、人任せになったのよ。だから、期待しても仕方がないのに」
とはいえ、愼治から人伝に(主に高給取りの者達に)高い評価を広げて貰えさえすれば、今後の成果にも繋がってくる。それがいつになるかは分からないが、やるだけ損ではない行動だった。
もっとも、常に好印象を抱かれるような営業を心掛けていれば良かっただけなので、姫香達には一切関係のない話である。
さっさと忘れようと目的の車を探す為、大人しく齋藤の案内について行くのだった。
一方、睦月の方は名畑と共に、店の地下へと降りてきていた。
「最高性能なんて、簡単に言ってくれるが……」
裏の仕事、というよりも完全に趣味なのだが、名畑は廃車の部品から使えそうな物を取り出し、それらを組み合わせて中古の車体をよく組み立てていた。
ニコイチという、二台以上の機械をまとめてにして修理するよくある手法だが、名畑の場合は少し違う。廃車の中から使えそうな部品を掻き集めた上で、一台の車体を組み上げては販売まで行っていた。それも、首の有無を問わずに。
「……一体、どんなのが欲しいんだ?」
「荒地での走行は前提で、軽量かつ大型自動二輪とも張り合える馬力のエンジン搭載は必須。長距離は度外視でもいいけど、最低一時間は走行できる耐久力で」
「なるほど……つまり、どんな環境でも乗れる戦闘用の自動二輪が欲しい、ってところか」
名畑の言う通り、睦月が求めているのは戦闘時に乗車する為の自動二輪だった。普段使いでも戦えなくはないが、専用と割り切れる車体だからこそ、後のことを気にせず乗り回すことができる。
物を粗末に扱えばしっぺ返しを喰らうのが世の常だが、こちらは生命と違って修理できる範囲が違う。道具とは本来、そう使うべきだった。
「それで、所有者登録無しの自動二輪か……」
「条件に合いそうなのは?」
「まあ、何台かはあるが……随分、物騒な話題が流行ってるんだな」
そう言って、奥の方へと歩き出す名畑の後を追う睦月だったが、ふとその発言に何かが引っ掛かり、つい聞き返してしまう。
「…………物騒な話題が流行ってる?」
試乗を終え、最新式の燃費が良い軽自動車の購入を決めた姫香は、担当の齋藤が手続きに必要な書類等を取りに行き、入店早々にふざけた態度を取ってきた販売員の高尾(勝手に名乗ってきた)のマウント気味の営業を『運び屋』仕込みの知識量で論破し、お詫びとして店長らしき人物が手配した有機栽培サンドイッチと高級な銘柄の紅茶を味わって飲んでいた。
「あの人、何しに来たんだろうね……あんな半端な知識量で」
何の知識もない素人ならまだしも、整備士にも引けを取らない『運び屋』に仕込まれた姫香を相手にするには、文字通り実力不足だった。
そんな高尾のような人物を相手にするのは時間の無駄だからと、最初から車の知識が豊富な人間に担当して貰う為に、姫香は愼治の伝手で予約を入れていたのだが……今回は完全に目論見が外れてしまった。
「それに……『別の店では一日で追い出される程、厳しい場所に居た自負がある』とか、完全に的外れなこと言ってましたよね。『自分は何の努力もせず、全然成長していません』って自白する必要、ありました?」
「最後は完全にテンパってただけだと思うよ? 『一日で追い出された』なんて、普通は恥ずかしくて言えないしね」
俯きながら店内を移動する高尾の背中を眺めていた彩未と由希奈がそう話している中、姫香は『馬鹿馬鹿しい』と空いた手にスマホを握りながら、紅茶片手に弄り出す。
「こっちは『運び屋』なのよ。生半可な知識で車語ってくるとか、怒り通り越して呆れてくるわね」
「……そういう姫香ちゃんは、紅茶飲みながら何やってるの?」
「ポイ活」
収入が高いくせに、妙に所帯染みたことをやっている姫香を見て、由希奈と彩未の二人は思わず目を合わせてしまっていた。
とはいえ、姫香が行っているのはただのアプリゲームで、スコアに応じてポイントが貰えるだけの完全な暇潰しだったが。
「『最近、営業利益がない』って言っただろ? だから繁忙期とかに、知り合いん所へ手伝いに行ってたんだが……その店に、物騒な商談を持ち込んできだ連中がいたんだよ」
睦月の提示した条件に合う自動二輪の内、一台の傍で足を止める。その車体に手を乗せながら、名畑はその時のことを話し始めた。
「まあ、その知り合いは真っ当に商売してたから、普通に断ってたんだが……所有者登録無しの自動二輪を欲しがるなんて、『運び屋』みたいな犯罪者位だろうが」
「いやいや、たしかに盗まれたら面倒だけど、公道走れなくなる位しか、大きなデメリットないじゃないか。『金持ちの道楽』とか『競技用』って可能性もあるんじゃ……」
そう反論しようとするものの、睦月の弁を名畑は言葉一つで切り捨ててきた。
「そんな連中が、空手形なんて切るかよ」
すごく聞き覚えのある話に、睦月は周囲の自動二輪を見渡す為に動かしていた眼を、まっすぐに名畑の方へと向けた。
「その店……後から襲われたりは?」
「俺がここに戻ってから強盗には入られてたが、幸い死傷者は出てねえよ。まあ、店は酷く荒らされたらしいが……自動二輪は無事だって聞いてる。商品が残ってるだけ、儲けもんだろ」
そう気楽に言ってくる名畑とは裏腹に、睦月の思考は件の強盗で占められていく。
(また、『犯罪組織』が関わってるのか……?)
無難な可能性としては、単なる偶然か、嫌がらせ目的で適当な闇バイトの元締めに情報を売られたとかだろう。少なくとも、誰かが傷付いてないだけでも良かったと思うべきか。
「何にせよ……真っ当に自動二輪を欲しがらない奴なんて、どう考えても犯罪者だろうが。そこらに転がってる車体盗んでる連中と、何が違うんだよ?」
「……そりゃそうだ」
(ただ……)
そう、ただの自動二輪であれば、盗難車で十分なはずだ。それこそ最初から、強盗に見せかけて奪った方が手っ取り早い。
にも関わらず、何故初めは資金がないのを気にせず、堂々と購入しようとしていたのか。
考えられるのは……求めていたのが、ただの自動二輪ではないからだ。
(『走り屋』擬きはツァーカブだけだと思っていたが……他にも、運転する奴がいるのか?)
秀吉や、その関係者ではないだろう。もし必要だとしても、自分から買いに来た方が拗れずに済む上に、大抵の店舗から『嫌がられる』こと等、常識レベルで承知しているはずだ。
そもそもの話、最初から名畑の店を訪れていない時点で、秀吉側と無関係なのは間違いない。
「それより……こいつなんて、どうだ?」
考え込んでいた睦月とは裏腹に、自動二輪を見繕っていた名畑は並べられた中から一台を選んで、強面に反して楽し気に紹介してきた。
「玉突き事故で廃車になったフェ○ーリから取り出した最新型エンジンを載せた、割と自信作の、」
「色々な意味でツッコミが追い付かない車体紹介すんな! よく作ろうとしたな、こんな馬鹿げたの……」
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余談ではあるが、名畑は『技術屋』とも交流がある。むしろ、技術的な話題で言えば、睦月よりもはるかに馬が合っていた。
「やっぱり、弥生の入れ知恵か……今度会ったら絶対にシバく」
技術力は優秀なのに、偶に運転手度外視の怪物を組み立ててしまう名畑の方が、今後『犯罪組織』に目を付けられるのではないか?
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