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154 姉弟組手(喧嘩)
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所用でここまで遠出し、偶々通り掛かった時のことである。駐車してある自動二輪を偶々見た女性は、思わず足を止めて振り返った。
(あれ? この自動二輪って、たしか……)
「あれれ~……お姉さん、自動二輪好きなの?」
そう声を掛けられて再度振り返ると、いかにも『僕達ナンパ大好き』を地で行くような男達が、三人も居た。
「運が良いね~……これ、俺達の自動二輪だよ」
「良かったら乗せてあげようか? 丁度暇してるし、お姉さんもでしょ?」
明らかなナンパ行為だが、大抵の人間であれば、相手の数と体格に押されて、思わず頷いてしまっていたことだろう。
けれども、ナンパされた小柄で童顔な女性……琴音はむしろ、別のことに対して不安を覚えていた。
「あの~……皆さん、悪いことは言いません。変な見得張らずに、早く帰った方がいいですよ」
『……あぁん?』
これでうまくいっていたのかは分からないし、知りたくもないが……少なくとも、このやり方で何度もナンパを成功させていたのだろう。
だからこそ、琴音の前にいる三人組は怯えるでも、存外男慣れした調子であしらってくるでもなく、眼中にもない態度を取られたことに対して、地が出てしまっていた。
どこか侮られていると感じた三人組の心中に、若干の怒気が孕み出しているのが見て取れる。とはいえ、先程とは一変して厳つい表情を浮かべてくるものの……琴音はむしろ、その後ろに現れた者達の一挙手一投足の方が気になっていた。
「だって、この自動二輪……本当は、後ろの人達のものですよね?」
『…………後ろ?』
そして振り返る三人組……のうち一人はその途中で、遠くへと蹴り飛ばされていた。
「……がはっ!?」
「琴音……お前、こんなところで何やってんだ?」
持ち上げた足を降ろしながら、睦月は偶然遭遇した元恋人に対して、そう聞いてきたのだった。
帰宅途中、睦月達は小休止にと、公道上に見かけた駐車場付きの公園に来ていた。新しくできたのか、比較的小綺麗だと思いながら軽く散歩してきたのだが……戻ってくると何故か、変な連中が自動二輪の前に屯していたのだ。
普段であれば取り合わずに、さっさと自動二輪に跨って帰るところだが……その中に見知った顔が居たので、仕方なく話に耳を傾けていた。
その結果、持ち主の振りをした三人組にナンパされていたことを察した為、睦月はあえて先手を取ったのだ。
「やろ……ごふっ!?」
残る二人の片方が、仲間の一人が蹴られたことに対して、反射的に殴り掛かろうとしてきた。けれども、睦月が鳩尾付近に突き出したタクティカルペンの先端に突っ込む結果となり、逆に仰け反ってしまっている。
「ひ、ひぃっ!?」
最後の一人は倒れ込んだ仲間を見捨て、眼前の自動二輪に跨ってカバー部分を強引に剥がしだした。しかも、恐怖による一時的な過集中状態に入ってしまったらしく、非常に手際良く配線を直結させてしまう。
即座にエンジンを回してアクセルを捻った男は、睦月達の前を横切るようにして、走り出してしまった。
「……いや何で俺の自動二輪っ!?」
「大きさ的に、一番丁度良かったんじゃない?」
自身の自動二輪が選ばれたことに睦月は思わず叫ぶが、弥生は他人事のように返してきた。
「姉ちゃんのは大型だし、ボクのは小型じゃん。睦月の普通位のが汎用性高いからでしょ? あと、松竹梅の法則とかもあったりして」
ちなみに松竹梅の法則、もしくはゴルディロックス効果とは、選択肢が三つある場合、多くの者が真ん中を選んでしまうという心理効果のことである。閑話休題。
「ああ、ついてねぇ……」
「災難だったな……というか、盗難対策位しとけよ。『運び屋』」
「いや、細工はしてたんだけどさ……」
もう奪われてしまった以上、睦月は諦めてタクティカルペンを懐に仕舞い、代わりにスマホを取り出した。
「……まあ、いいか。どうせ買い替えも検討してたし」
緊急通話の画面に切り替えた睦月は、緊急連絡先とは全然関係ない数字を打ち込んでいく。
「あ、丁度良いな……琴音、金用意しとけ」
そして、通話ボタンを押して数秒もしない内に……離れた場所から何らかの衝突と爆発が入り混じった轟音が響いてくる。
――ドォオオ……ン!
「近い内に、自動二輪買い替えるから」
どうやらあの三人組は、この近辺ではそこそこ悪目立ちしていた強姦魔集団だったらしい。
「『適当な検挙数稼ぎに協力して欲しい』って、前に言いましたけど……まさか、こんなに早く返してくれるとは」
「ほとんど、偶然だけどな……」
今回は自動二輪の窃盗と暴行の件で逮捕されるが、今後は別件でも被害届が集まるかもしれない。通報した際に偶々近くに居たので、すぐに駆け付けてきた顔馴染みの警察官から、睦月はそう聞かされた。
「……俺達の方は匿名で頼めるか?」
「そしたら多分、賠償金入りませんよ?」
そればかりは必要経費だと諦めた睦月は、以前、煽り運転していた小者の情報を流してくれた警察官に『それで良い』と告げた。
「まあ……どうせ持ち主の件で、盗難届でっち上げて誤魔化しますからね。上手くいけば多少なら、連中から返ってくる可能性有りますよ」
「だと、良いけど……」
ただの小者をシバいただけであれば、まだ正当防衛が成り立ったものの……自動二輪の破損事故まで起こしたのだ。持ち主について調べられでもしたら、さすがの睦月も対応せざるを得ない。
だから警察官は適当に誤魔化す為、一度自動二輪が『盗まれた』ことにするしかなかった。その上でさらに、小者から奪われてしまった『架空の窃盗犯』は気付かれない内に逃げ出したと、報告書をでっち上げようとしているらしい。
しかも、睦月にとって厄介なのが、盗まれた自動二輪も車と同様、偽造ナンバーを用いていたことである。だから場合によっては、適当な代理人を立てるか、時間ができた際に自分で対応しなければならない。
「……ま、弁償代は期待しないでおくよ。後は任せた」
「分かりました。じゃあ、また……あ、またレースするなら声掛けて下さいね。非番なら見に行きますから」
「この間のは仕事だ。レース関係は俺じゃなくて、依頼してきた勇太の方に言ってくれ」
その会話を最後に、警察官と別れた睦月は公園の中へと入っていく。そして、適当なベンチで待っていた女三人組の前で足を止めた。
「で……琴音は何で、まだ居るんだよ? 暇なのか?」
「普通に、帰るタイミング逃しただけですよ。丁度寄り道途中だった、ってのもありますけどね……」
三人並んで、自販機の飲み物を適当に買って飲んでいたので、睦月もまた、缶コーヒーを購入して口に付け始めた。
「じゃあ、もう解散でいいな。朔の家も近いし……他にもう、用事はないだろ?」
そう言い、睦月は姫香に連絡を入れて帰ろうとした。
「……いや、まだある」
けれども、連絡中の睦月の足を止めてきたのは、当の朔夜だった。
「丁度公園だし……ちょっと付き合え」
そう言われるがまま、手早く連絡を済ませてからスマホを片付けた睦月は、朔夜と共に奥の広場へと歩いて行く。
そして睦月は、朔夜に殴り掛かられていた。
「おい朔っ! 手は商売道具じゃないのか!?」
「嘗めんな。お前なんぞ掌底で十分だわっ!」
「明らかに拳握ってんじゃねえかっ!?」
格闘技の組手、というよりも喧嘩に近い殴り合いが何故か、人気のない公園の奥で突如行われてしまう。しかし、流されるままについてきてしまった琴音とは違い、弥生はしゃがんだまま、頬杖を突いて眺めているだけだった。
「あの~……これって、」
「ん? ん~……『爪切り』?」
おそらくは、何らかの比喩表現だろう。けれども、事情を把握しきれていない琴音には突然、組手か喧嘩か良く分からないものが始まったようにしか見えなかった。
「いや! 全く分からないんですけどっ!?」
「まあ、簡単に言うと……睦月の出鼻を挫いてる、ってところかな?」
最初からそう説明して欲しかった、と内心思う琴音。しかし弥生は気にすることなく、ペットボトルのジュースに口を付けていた。
「睦月ってさ、相手が傲慢な程、簡単に裏を掻けるでしょ? だからかは分からないけど……そのせいで睦月自身も、足元がおぼつかなくなっちゃってるんだよね」
要するに……傲慢な相手の足元を掬うのは得意だが、自分もまた、足元を掬われ易いということである。
それが何故、喧嘩に繋がるのかが未だに分からない琴音に対して、弥生はその場に座り込みながら振り返ってきた。
「だから定期的に、ああやって慢心した睦月を叩きのめしてるんだよ。適度に過信しているところを削って、過小評価しない程度に自己肯定感を削って調整する為にね」
「……裏社会の住人って、元から頭のおかしい人が多いとは思ってましたけど……これを見ると、なおさらそう思いますね」
「それは否定しないけどさ~……でも、普通に生きてく分にも必要じゃない? 自己肯定と否定のバランス取りって」
慢心しない、と言うだけなら簡単だ。けれども、それを実行できる保証は誰にもない。
何らかの競技を行っているとかであれば、努力に努力を重ねて、さらに己を研鑽することだけを考えればいいだろう。けれども、それすら明確な目標がなければ、継続させることは難しい。
だからこそ……心の天秤は、ちょっとしたことで簡単に傾いてしまう。
「過信しない程度に自己肯定感を高める方法なんて、人それぞれだしね。睦月の場合は、適当に慢心し始めた頃にああやって、格上の存在を思い知らせた方が早いってこと」
「それで……この喧嘩ですか」
睦月と朔夜の組手はもはや、完全に喧嘩としか見られない状況になってきていた。
「何その技っ!?」
「南インドの古武術だよっ!」
「また妙なもん、覚えやがって……っ!?」
あまりにもマニアック過ぎて、もはや何の格闘技かも分からない技を繰り出し始めた朔夜に翻弄されながら、睦月はどうにか態勢を崩さないよう捌いている。
「ほら言ってみろっ! 誰が最強だぁ!?」
「一番興味ない奴が『最強』語るなっ!?」
足払いを掛けようとしていた睦月だったが、動きを読まれていたらしく、朔夜は即座に跳び避けて蹴りに繋げてきた。
「あがっ!?」
蹴り飛ばされ、軽く地面を転がってから、睦月はその場で仰向けに倒れ込んでしまう。
「ほい、一丁上がり……っと」
続いて朔夜が、そう言いながら地面へと降り立った。
「あ~……負けた」
「……そうだな。お前が『自分だけで片付けよう』と、拘り過ぎたせいでな」
睦月の傍に座り込んだ朔夜はそう言い、懐から『Adam's Apple』と書かれた箱を取り出して、
「…………公園内は禁煙だって、忘れてないよな?」
……中身を抜くことなく、また仕舞うのだった。
「じゃあ、先に帰るな。早く煙草吸いて~……」
返事を聞くことなく、朔夜は愛用の大型自動二輪で先に帰っていった。
「ボクも帰るけど……睦月はどうするの?」
「ここで姫香を待ってるよ。どうせ、乗り物がないしな」
幸か不幸か、姫香は今、仕事用のスポーツカーを運転している。すでに用事は終わっていたらしく、『今から向かう』と組手中に返事が来ていた。だから後は、痛めた身体を労わりつつ、ゆっくりと休みながら待てばいい。
それを聞くや、弥生はすぐに自分の小型自動二輪に跨って、走り出してしまった。
今、この場に残っているのは睦月と、また帰るタイミングを逃した琴音の二人だけである。
「結局……また帰り損ねちゃいました」
「要領が良いのか悪いのか、本当に分からないな。お前……」
だから要領良く『運び屋』に近付き、要領悪く借金しようとして失敗し、現在は『金庫番』の役割を押し付けられているのだろう。
「ほら、姫香が来ない内に帰れ。バイク代の件だけ、忘れるなよ」
「分かりました、って……それじゃ、用意できたらまた連絡しますけど、予算はいくらにしますか?」
「とりあえずは、百万円三つもあれば足りるだろ。超えそうになったらまた言うから、その時に追加頼むわ」
その言葉を最後に、琴音は睦月と別れた。
「暇だ~……」
夏場の蒸し暑さに耐えながら、睦月は立ち去る琴音の背中を眺めていた。
「あ~……どっと疲れた」
偶然とはいえ、元恋人とその姉妹の三人組に遭遇してしまったのだ。ただでさえ面倒な負い目があるというのに、さらに濃過ぎる面子を相手にしたせいで、琴音の疲労は倍増してしまっている。
(そりゃ、ナンパから助けてくれたのは感謝してますけど、結局はあの人の自動二輪見かけたのが原因なわけだし……)
偶然、見覚えのある自動二輪の前を通った為に、アホなナンパ共ややばい元恋人達と鉢合わせたことに若干恨めしく思おうとしていると……ふと、ある疑問が浮かんできた。
(…………あれ?)
助けてくれたのはともかく、『ナンパ連中を見下して油断していたから、あっさり自動二輪を盗られてしまった』のが原因で、元恋人の睦月はその姉の朔夜に組手を強いられていた。
そこまではいい。ただ……
(もし、全く同じ戦い方をする格下の相手が出てきたら……あの人、一体どうなるんだろう?)
今日の出来事を経て、琴音の脳裏に浮かんだ疑問に……果たして、睦月達は気付いているのだろうか。
(あれ? この自動二輪って、たしか……)
「あれれ~……お姉さん、自動二輪好きなの?」
そう声を掛けられて再度振り返ると、いかにも『僕達ナンパ大好き』を地で行くような男達が、三人も居た。
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「良かったら乗せてあげようか? 丁度暇してるし、お姉さんもでしょ?」
明らかなナンパ行為だが、大抵の人間であれば、相手の数と体格に押されて、思わず頷いてしまっていたことだろう。
けれども、ナンパされた小柄で童顔な女性……琴音はむしろ、別のことに対して不安を覚えていた。
「あの~……皆さん、悪いことは言いません。変な見得張らずに、早く帰った方がいいですよ」
『……あぁん?』
これでうまくいっていたのかは分からないし、知りたくもないが……少なくとも、このやり方で何度もナンパを成功させていたのだろう。
だからこそ、琴音の前にいる三人組は怯えるでも、存外男慣れした調子であしらってくるでもなく、眼中にもない態度を取られたことに対して、地が出てしまっていた。
どこか侮られていると感じた三人組の心中に、若干の怒気が孕み出しているのが見て取れる。とはいえ、先程とは一変して厳つい表情を浮かべてくるものの……琴音はむしろ、その後ろに現れた者達の一挙手一投足の方が気になっていた。
「だって、この自動二輪……本当は、後ろの人達のものですよね?」
『…………後ろ?』
そして振り返る三人組……のうち一人はその途中で、遠くへと蹴り飛ばされていた。
「……がはっ!?」
「琴音……お前、こんなところで何やってんだ?」
持ち上げた足を降ろしながら、睦月は偶然遭遇した元恋人に対して、そう聞いてきたのだった。
帰宅途中、睦月達は小休止にと、公道上に見かけた駐車場付きの公園に来ていた。新しくできたのか、比較的小綺麗だと思いながら軽く散歩してきたのだが……戻ってくると何故か、変な連中が自動二輪の前に屯していたのだ。
普段であれば取り合わずに、さっさと自動二輪に跨って帰るところだが……その中に見知った顔が居たので、仕方なく話に耳を傾けていた。
その結果、持ち主の振りをした三人組にナンパされていたことを察した為、睦月はあえて先手を取ったのだ。
「やろ……ごふっ!?」
残る二人の片方が、仲間の一人が蹴られたことに対して、反射的に殴り掛かろうとしてきた。けれども、睦月が鳩尾付近に突き出したタクティカルペンの先端に突っ込む結果となり、逆に仰け反ってしまっている。
「ひ、ひぃっ!?」
最後の一人は倒れ込んだ仲間を見捨て、眼前の自動二輪に跨ってカバー部分を強引に剥がしだした。しかも、恐怖による一時的な過集中状態に入ってしまったらしく、非常に手際良く配線を直結させてしまう。
即座にエンジンを回してアクセルを捻った男は、睦月達の前を横切るようにして、走り出してしまった。
「……いや何で俺の自動二輪っ!?」
「大きさ的に、一番丁度良かったんじゃない?」
自身の自動二輪が選ばれたことに睦月は思わず叫ぶが、弥生は他人事のように返してきた。
「姉ちゃんのは大型だし、ボクのは小型じゃん。睦月の普通位のが汎用性高いからでしょ? あと、松竹梅の法則とかもあったりして」
ちなみに松竹梅の法則、もしくはゴルディロックス効果とは、選択肢が三つある場合、多くの者が真ん中を選んでしまうという心理効果のことである。閑話休題。
「ああ、ついてねぇ……」
「災難だったな……というか、盗難対策位しとけよ。『運び屋』」
「いや、細工はしてたんだけどさ……」
もう奪われてしまった以上、睦月は諦めてタクティカルペンを懐に仕舞い、代わりにスマホを取り出した。
「……まあ、いいか。どうせ買い替えも検討してたし」
緊急通話の画面に切り替えた睦月は、緊急連絡先とは全然関係ない数字を打ち込んでいく。
「あ、丁度良いな……琴音、金用意しとけ」
そして、通話ボタンを押して数秒もしない内に……離れた場所から何らかの衝突と爆発が入り混じった轟音が響いてくる。
――ドォオオ……ン!
「近い内に、自動二輪買い替えるから」
どうやらあの三人組は、この近辺ではそこそこ悪目立ちしていた強姦魔集団だったらしい。
「『適当な検挙数稼ぎに協力して欲しい』って、前に言いましたけど……まさか、こんなに早く返してくれるとは」
「ほとんど、偶然だけどな……」
今回は自動二輪の窃盗と暴行の件で逮捕されるが、今後は別件でも被害届が集まるかもしれない。通報した際に偶々近くに居たので、すぐに駆け付けてきた顔馴染みの警察官から、睦月はそう聞かされた。
「……俺達の方は匿名で頼めるか?」
「そしたら多分、賠償金入りませんよ?」
そればかりは必要経費だと諦めた睦月は、以前、煽り運転していた小者の情報を流してくれた警察官に『それで良い』と告げた。
「まあ……どうせ持ち主の件で、盗難届でっち上げて誤魔化しますからね。上手くいけば多少なら、連中から返ってくる可能性有りますよ」
「だと、良いけど……」
ただの小者をシバいただけであれば、まだ正当防衛が成り立ったものの……自動二輪の破損事故まで起こしたのだ。持ち主について調べられでもしたら、さすがの睦月も対応せざるを得ない。
だから警察官は適当に誤魔化す為、一度自動二輪が『盗まれた』ことにするしかなかった。その上でさらに、小者から奪われてしまった『架空の窃盗犯』は気付かれない内に逃げ出したと、報告書をでっち上げようとしているらしい。
しかも、睦月にとって厄介なのが、盗まれた自動二輪も車と同様、偽造ナンバーを用いていたことである。だから場合によっては、適当な代理人を立てるか、時間ができた際に自分で対応しなければならない。
「……ま、弁償代は期待しないでおくよ。後は任せた」
「分かりました。じゃあ、また……あ、またレースするなら声掛けて下さいね。非番なら見に行きますから」
「この間のは仕事だ。レース関係は俺じゃなくて、依頼してきた勇太の方に言ってくれ」
その会話を最後に、警察官と別れた睦月は公園の中へと入っていく。そして、適当なベンチで待っていた女三人組の前で足を止めた。
「で……琴音は何で、まだ居るんだよ? 暇なのか?」
「普通に、帰るタイミング逃しただけですよ。丁度寄り道途中だった、ってのもありますけどね……」
三人並んで、自販機の飲み物を適当に買って飲んでいたので、睦月もまた、缶コーヒーを購入して口に付け始めた。
「じゃあ、もう解散でいいな。朔の家も近いし……他にもう、用事はないだろ?」
そう言い、睦月は姫香に連絡を入れて帰ろうとした。
「……いや、まだある」
けれども、連絡中の睦月の足を止めてきたのは、当の朔夜だった。
「丁度公園だし……ちょっと付き合え」
そう言われるがまま、手早く連絡を済ませてからスマホを片付けた睦月は、朔夜と共に奥の広場へと歩いて行く。
そして睦月は、朔夜に殴り掛かられていた。
「おい朔っ! 手は商売道具じゃないのか!?」
「嘗めんな。お前なんぞ掌底で十分だわっ!」
「明らかに拳握ってんじゃねえかっ!?」
格闘技の組手、というよりも喧嘩に近い殴り合いが何故か、人気のない公園の奥で突如行われてしまう。しかし、流されるままについてきてしまった琴音とは違い、弥生はしゃがんだまま、頬杖を突いて眺めているだけだった。
「あの~……これって、」
「ん? ん~……『爪切り』?」
おそらくは、何らかの比喩表現だろう。けれども、事情を把握しきれていない琴音には突然、組手か喧嘩か良く分からないものが始まったようにしか見えなかった。
「いや! 全く分からないんですけどっ!?」
「まあ、簡単に言うと……睦月の出鼻を挫いてる、ってところかな?」
最初からそう説明して欲しかった、と内心思う琴音。しかし弥生は気にすることなく、ペットボトルのジュースに口を付けていた。
「睦月ってさ、相手が傲慢な程、簡単に裏を掻けるでしょ? だからかは分からないけど……そのせいで睦月自身も、足元がおぼつかなくなっちゃってるんだよね」
要するに……傲慢な相手の足元を掬うのは得意だが、自分もまた、足元を掬われ易いということである。
それが何故、喧嘩に繋がるのかが未だに分からない琴音に対して、弥生はその場に座り込みながら振り返ってきた。
「だから定期的に、ああやって慢心した睦月を叩きのめしてるんだよ。適度に過信しているところを削って、過小評価しない程度に自己肯定感を削って調整する為にね」
「……裏社会の住人って、元から頭のおかしい人が多いとは思ってましたけど……これを見ると、なおさらそう思いますね」
「それは否定しないけどさ~……でも、普通に生きてく分にも必要じゃない? 自己肯定と否定のバランス取りって」
慢心しない、と言うだけなら簡単だ。けれども、それを実行できる保証は誰にもない。
何らかの競技を行っているとかであれば、努力に努力を重ねて、さらに己を研鑽することだけを考えればいいだろう。けれども、それすら明確な目標がなければ、継続させることは難しい。
だからこそ……心の天秤は、ちょっとしたことで簡単に傾いてしまう。
「過信しない程度に自己肯定感を高める方法なんて、人それぞれだしね。睦月の場合は、適当に慢心し始めた頃にああやって、格上の存在を思い知らせた方が早いってこと」
「それで……この喧嘩ですか」
睦月と朔夜の組手はもはや、完全に喧嘩としか見られない状況になってきていた。
「何その技っ!?」
「南インドの古武術だよっ!」
「また妙なもん、覚えやがって……っ!?」
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「ほら言ってみろっ! 誰が最強だぁ!?」
「一番興味ない奴が『最強』語るなっ!?」
足払いを掛けようとしていた睦月だったが、動きを読まれていたらしく、朔夜は即座に跳び避けて蹴りに繋げてきた。
「あがっ!?」
蹴り飛ばされ、軽く地面を転がってから、睦月はその場で仰向けに倒れ込んでしまう。
「ほい、一丁上がり……っと」
続いて朔夜が、そう言いながら地面へと降り立った。
「あ~……負けた」
「……そうだな。お前が『自分だけで片付けよう』と、拘り過ぎたせいでな」
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「…………公園内は禁煙だって、忘れてないよな?」
……中身を抜くことなく、また仕舞うのだった。
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返事を聞くことなく、朔夜は愛用の大型自動二輪で先に帰っていった。
「ボクも帰るけど……睦月はどうするの?」
「ここで姫香を待ってるよ。どうせ、乗り物がないしな」
幸か不幸か、姫香は今、仕事用のスポーツカーを運転している。すでに用事は終わっていたらしく、『今から向かう』と組手中に返事が来ていた。だから後は、痛めた身体を労わりつつ、ゆっくりと休みながら待てばいい。
それを聞くや、弥生はすぐに自分の小型自動二輪に跨って、走り出してしまった。
今、この場に残っているのは睦月と、また帰るタイミングを逃した琴音の二人だけである。
「結局……また帰り損ねちゃいました」
「要領が良いのか悪いのか、本当に分からないな。お前……」
だから要領良く『運び屋』に近付き、要領悪く借金しようとして失敗し、現在は『金庫番』の役割を押し付けられているのだろう。
「ほら、姫香が来ない内に帰れ。バイク代の件だけ、忘れるなよ」
「分かりました、って……それじゃ、用意できたらまた連絡しますけど、予算はいくらにしますか?」
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その言葉を最後に、琴音は睦月と別れた。
「暇だ~……」
夏場の蒸し暑さに耐えながら、睦月は立ち去る琴音の背中を眺めていた。
「あ~……どっと疲れた」
偶然とはいえ、元恋人とその姉妹の三人組に遭遇してしまったのだ。ただでさえ面倒な負い目があるというのに、さらに濃過ぎる面子を相手にしたせいで、琴音の疲労は倍増してしまっている。
(そりゃ、ナンパから助けてくれたのは感謝してますけど、結局はあの人の自動二輪見かけたのが原因なわけだし……)
偶然、見覚えのある自動二輪の前を通った為に、アホなナンパ共ややばい元恋人達と鉢合わせたことに若干恨めしく思おうとしていると……ふと、ある疑問が浮かんできた。
(…………あれ?)
助けてくれたのはともかく、『ナンパ連中を見下して油断していたから、あっさり自動二輪を盗られてしまった』のが原因で、元恋人の睦月はその姉の朔夜に組手を強いられていた。
そこまではいい。ただ……
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