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157 二台と一台(その3)
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……元々、睦月は誰かに何かを勧めたりする行為そのものが苦手だった。
障害特性があるせいかは不明だが、睦月の趣味嗜好は他者とズレることがよくあった。市場に流通している以上、一定の需要はあるのだろうが……だからといって、自身の周囲に同好の士が居るとは限らない。
その経験が影響してか、たとえ自分の得意分野であろうとも、『一つの意見』や『個人の好み』でしか、誰かに何かを紹介したことはなかった。現に、姫香が車を買いに行くのに同行しなかったのも、睦月が仕込んだ知識を活かせるまでに成長したからだけではなく、その好みにまで干渉してしまわないかの懸念もあったからだ。
だから睦月は、普段は誰かに何かを勧めず、雑談や聞かれたことに返す程度にしか、物事を紹介しないようにしていた。特に、名畑の輪業店等、『運び屋』の仕事に影響する可能性のある場所を紹介して、万が一弱みを握られてしまえば目も当てられない。
「…………」
名畑の輪業店から少し離れた、海岸線のすぐ傍にある道路。睦月が知る限り、手近で一番人気のない穴場だった。
その道路上に、強引に向きを変えた4Tトラックを駐車した睦月は、開け放った荷台の縁に腰掛け、広がる大海原の方へと視線を向ける。
「…………」
しかし、睦月のその瞳に、揺れる波模様は映っていなかった。
(…………状況を、整理しよう)
一人、ということもあるが……それ以上に、脳裏で繰り広げられる疑念の意図解きに、睦月の意識が割かれてしまっていたからだ。
(前提条件――相手は何故、俺の名を騙ったのか?)
誰かの紹介だと偽り、目的の人物や団体等に近付くのはよくある手だ。しかも、紹介者の訪問頻度が少なければその分、最後まで暴かれる可能性は低くなる。所有者登録無しが目的だと考えれば、普段自動二輪を用いることが多い弥生や朔夜よりも、車に乗っている睦月を選ぶのは十分、理に適っていた。
……名畑の交友関係の中で睦月達、秀吉の関係者に限ればの話だが。
(制限時間――紹介状代わりに使われた名刺は、一つ前のもの……免許の更新前、引っ越す少し前まで使ってたものだった)
名刺の裏に記載された、資格欄の免許更新日を確認すれば、いつ使っていたものかはすぐに分かる。名畑から『睦月が紹介した客』だと言い放たれた途端、平静を装いつつ、『念の為、紹介状を確認したい』と告げられたのは、自身にとっては渾身の演技だったと思っている。
(敵対勢力――……まず間違いなく、おやっさんの知り合いの店を訪れた連中、もしくはその関係者だ)
その者達もまた、所有者登録無しの自動二輪を得ようとする為に、適当な店を選んだわけではないはずだ。ただ闇雲に入店したからと言って、相手が必ずしも、犯罪行為に加担してくれるとは限らない。逆に言えば、判断材料があったからこそ、その店を訪れたとみて、まず間違いないだろう。
その要素とは、相手の弱みを握ることができるか。もしくは……元々、所有者登録無しの自動二輪を扱っている噂等があったか、だ。
つまり、噂の火種である名畑が居たからこそ、その知り合いの店に厄介な連中が訪れ、そして襲われたのだろう。
(所持戦力――渡された箱の中身は…………電話?)
慎重に包装を剥ぎ、中身を確認する。箱に入っていたのは、一台のスマホとメモ書きが一枚だけ。
スマホに入っているのは、おそらく前払いのSIMの類だろう。メモにも、『最大で十分間、通話可能な状況で掛けること。登録してあるのは飛ばしの国際番号、調べても無駄だ』と書かれていた。
それが本当なら、足取りを辿ることは不可能に近い。日本の多重債務者が、借金を盾に用意させられたものならまだしも、たとえ『情報屋』であったとしても、国際電話番号の追跡は困難を極めるだろう。購入者が判明するだけでも御の字だ。
(戦場状況――少なくとも、電話中に攻撃されそうな場所は避けたが……結局はどこまで読まれているか、だな)
幸か不幸か、購入した自動二輪を載せる為に、今日は4Tトラックで名畑の下を訪れていた。もしすぐに襲撃されたとしても、側面や後方からは最大規格の装甲板が防ぐ上に、前方には海が面している。しかも今は、船影は一切見受けられない。
いきなり対戦車誘導弾みたいなものを撃ち込まれてしまえばそれまでだが、余程の威力でなければ耐え凌げる上に、購入したての自動二輪で脱出可能。念の為にと仕込んでいた自動拳銃を持てば誰かに見られるかもしれないが、その前に銃撃戦になればいずれにせよ、だ。
同様に、現状で船舶やヘリコプター等が視界に入らないのであれば、海洋上から狙撃される可能性は低い。それに、いくら腕が良くとも、海中から確実に攻撃できる者は皆無だろう。
もっとも、この状況で睦月に攻撃できるのであれば、すでに行っているに違いない。
つまり……今はまだ、目的が別にあるということだ。
(戦闘手段――誰かを……呼ばない方が、良いだろうな)
すぐ、戦闘になると決まったわけではない。
日を跨ごうと思えばできるかもしれないが、下手に長引かせるのも悪手だ。名畑の意思を問わず、相手に伝わる可能性もある上に……睦月自身が二の足を踏み、電話せずに終わらせてしまえばそれまでだ。
無論、この状況から逃げられないとはいえ、相手の意図を汲む義理はないだろう。
けれども……
(以上を踏まえて――……やっぱり、電話するしかないだろうな)
確信があるわけではない。憶測や、状況証拠ばかりで塗り固められているのが現状だ。
だが、たとえそうだとしても……睦月には、『電話を掛ける』以外の選択肢がなかった。
(さて、と…………鬼が出るか蛇が出るか)
片膝を抱え、いつもの癖で重ねていた両手の指同士を離した睦月は、箱の中からスマホを取り出した。電源を落としてあるとはいえ、充電が残っているとは限らなかったが、睦月の普段使いと同機種なので、手持ちの充電器で対応できる。
(むしろ、知ってて用意した可能性もあるな……)
電源を入れれば、嫌でも電波の送受信が開始されてしまう。あえて届かない場所を用意して点ける手もあるが、飛ばしの番号にまで気の回る相手が、本体にも細工しないとは、どうしても思えない。むしろ、映画でよくあるような起爆装置を警戒した方がまだ健全だろう。
(だとしたら、その情報の出所も一体……)
とはいえ、手持ちの情報はもう纏め終えた。今から『情報屋』に連絡して、下手に調べさせても後手に回るだけだろう。だからこそ、睦月には電話するという選択肢しかなかった。
念の為、奥の方へと移動し、隣に自身のスマホを置いて録音状態にしておく。後は睦月がスピーカーで掛ければ、相手の声を記録することができる。どこまで有用かは分からないが、やらないよりかはまし程度の気休めだ。
「…………ぅし、」
覚悟を決め、受け取ったスマホの電源を入れた。長期間放置していたわけではないらしく、充電は十分にあった。一応、手持ちの充電器は傍に出しておき、いつでも繋げられるようにした為、通話中に電池切れは避けられるだろう。
電源を入れてすぐ通話アプリを開き、登録された番号に電話を掛ける。
番号を確認し、自分のスマホから掛けようとも考えたが、渡された機種のもの以外は着信拒否設定されている可能性が高い。個人情報を知りたいのであれば、それこそメモ書き一枚で事足りるのだ。わざわざこんな、回りくどいことをする必要はない。
普段使いと同機種を用意してきたことも加味して、睦月自身については、ある程度調べられているとみていいだろう。
スピーカーから、通信先への接続を知らせる発信音が響いてくる。やはり電源が入ると同時に、向こうにも状況が伝わる仕掛けが施されていたのだろう。数秒と経たずにその音は止み、男の声が荷台の中に流れてきた。
『…………偶然とは、本当に怖いな』
電話越しの相手は挨拶もなく、いきなり本題に入ってきた。
『お前は荻野睦月で、間違いないな?』
「……ああ。そうだ」
少し、老けた声音が聞こえてくるが、それだけで年齢を当てるのは難しい。ついでに言えば、相手がまだ何者かも、掴めていなかった。とはいえ、向こうがそういう態度を取ってくるのであれば、こちらも相応に返せばいい。
だから睦月は、手に自動拳銃を握ったまま、床板の上に置いたスマホに声を投げつけた。
「色々聞きたいことはあるが……結局は、そっちの目的次第だ。用件があるならさっさと話せ」
『大した話じゃない。ただ……』
一呼吸置き、放たれた言葉に……睦月の警戒心は最大レベルまで、強引に引き上げられてしまう。
『先に少し、話したかっただけだ。直接会った時……俺達は必ず、敵になるからな』
……意外な程、睦月の理性は機能していた。いや、すでに自身の領域へと、無意識に至っているのかもしれない。
だが……少なくとも、睦月は自分の声音がどこまでも冷たくなっていることに、終ぞ気付かなかったが。
「どういう、意味だ?」
『お前の父親……荻野秀吉が今、どうしているかはもう、分かっているな?』
「……暁連邦共和国に喧嘩を吹っ掛けていること位は、な」
『ああ、その通りだ……』
回答としては、それで十分だったらしい。
『なら……その動機ももう、把握しているな?』
「過保護か邪魔させない為か、詳しくは聞かされていない。ただ……あの親父が拉致問題の関係者だってこと位は、もう知っている」
『そうか。ということは……まだ、知らないのか』
ここまで話が進めば、さすがの睦月にも察しがつく。
『お前達家族が、拉致問題に関わった日……俺もその場に居た』
詳細は分からないが……その結果、秀吉は国を敵に回すことを決意し、幼い睦月は『最期の世代』の一人に入れられたことが、嫌でも理解できた。
名だたる犯罪者の子供達を集め、最強の集団を作って『犯罪組織』を殲滅しようとした者達が居たが……あの『運び屋』が、何の考えもなく賛同するわけがなかった。
母親の存在は分からず、父方の親族は一切関わっていないどころか、実の祖父は弥生以上の放浪癖である。『今は南極に居る』と言われても、睦月には驚かない自信があった。
『伝統なんざクソ喰らえ(禍根と負債を残さない場合に限る)』が伝統のふざけた一族なのだ。雇われたとかであればまだ分かるが、そんな面倒事にわざわざ首を突っ込むとは、どうしても思えなかった。
つまり……その拉致問題に関わってしまったからこそ、秀吉は睦月を『最期の世代』に入れたのだろう。
ただ、目的が合致した為に……
「……それで? 結局、お前の目的は何だ?」
『やり残したことがあってな……』
電話越しな上、声色は一切変わっていない。だから、相手がどんな気持ちでその言葉を吐き出したのかは、睦月には分からない。
『その時に殺し損ねた赤子……荻野睦月を殺す為だ』
……本当に、分からなかった。
「じゃあ……何で、今まで手を出さなかった?」
ただ殺すだけならば、未成熟な内に片付けてしまえばいい。なのに、それをしなかったのは一体、何故なのか。
『荻野秀吉に守られていたとは、思わないんだな?』
「子供の頃にはもう、『誰にも邪魔されずに、自分を殺すのは簡単だ』って、とっくに気付いてんだ。いくら周囲に誰が居ようとも……人間が簡単に死ぬ生き物だってのは、どう足掻いても変わらないし、変えられないだろうが」
『随分、達観しているな。いや……それでこそ、か』
何が言いたのかは分からない。だが、はっきりしていることは一つある。
「お前は一体、成長した俺の何に期待している?」
『望み通りに成長してくれて、嬉しく思う。いや……期待以上か、『何ものにも縛られない蝙蝠』』
無意識に、自動拳銃の銃把を握る手の力が強くなっていた。
『雪辱を果たさせて貰うぞ。あの世に勝ち逃げした……お前の母親に代わってな』
その言葉を最後に、通話は一方的に切られてしまう。
「…………っ痛ぇ」
握り過ぎて、軽く痛めた掌から自動拳銃を退けたが、睦月はしばらく、腰を上げなかった。
――バタン!
「…………」
無言で荷台の扉を閉めた睦月は、施錠を確認した後、道路端の海岸線近くに腰掛けた。
電話の後、名乗り忘れたとばかりに、一言だけショートメッセージが送られてきた。やはり遠隔操作アプリでも仕込んでいたのか、渡されたスマホは通話後、メッセージの確認以外ができなくなってしまっている。
もう用済みだと、壊して捨てることも考えたが……『何かに使えるかもしれない』と思い込んでしまい、それ以上は手を出せずにいた。
だからというわけでもないが……一度冷静になろうと、睦月は潮風に身を委ねた。脳裏で考えるのは無論、先程までの電話の内容である。
(目的は、俺を死んだお袋に見立てての雪辱戦……だとしたら、一体何者だよ?)
『昔孕ませた風俗嬢で、とっくに事故死した』と言う秀吉。
『父親が自殺した原因は、睦月の母親を死なせてしまったから』と推察した朔夜。
そして、新たに現れた……母親の仇かもしれない男。
「疲れる……」
思わずそう、睦月は呟いてしまった。
「本当に、疲れる……」
送られてきたのはたった一つの単語だったが、相手の正体を知るには十分過ぎた。
(…………『Sheriruth』、か)
送られてきたメッセージを反芻する度に、睦月はますます、気鬱になっていった。
障害特性があるせいかは不明だが、睦月の趣味嗜好は他者とズレることがよくあった。市場に流通している以上、一定の需要はあるのだろうが……だからといって、自身の周囲に同好の士が居るとは限らない。
その経験が影響してか、たとえ自分の得意分野であろうとも、『一つの意見』や『個人の好み』でしか、誰かに何かを紹介したことはなかった。現に、姫香が車を買いに行くのに同行しなかったのも、睦月が仕込んだ知識を活かせるまでに成長したからだけではなく、その好みにまで干渉してしまわないかの懸念もあったからだ。
だから睦月は、普段は誰かに何かを勧めず、雑談や聞かれたことに返す程度にしか、物事を紹介しないようにしていた。特に、名畑の輪業店等、『運び屋』の仕事に影響する可能性のある場所を紹介して、万が一弱みを握られてしまえば目も当てられない。
「…………」
名畑の輪業店から少し離れた、海岸線のすぐ傍にある道路。睦月が知る限り、手近で一番人気のない穴場だった。
その道路上に、強引に向きを変えた4Tトラックを駐車した睦月は、開け放った荷台の縁に腰掛け、広がる大海原の方へと視線を向ける。
「…………」
しかし、睦月のその瞳に、揺れる波模様は映っていなかった。
(…………状況を、整理しよう)
一人、ということもあるが……それ以上に、脳裏で繰り広げられる疑念の意図解きに、睦月の意識が割かれてしまっていたからだ。
(前提条件――相手は何故、俺の名を騙ったのか?)
誰かの紹介だと偽り、目的の人物や団体等に近付くのはよくある手だ。しかも、紹介者の訪問頻度が少なければその分、最後まで暴かれる可能性は低くなる。所有者登録無しが目的だと考えれば、普段自動二輪を用いることが多い弥生や朔夜よりも、車に乗っている睦月を選ぶのは十分、理に適っていた。
……名畑の交友関係の中で睦月達、秀吉の関係者に限ればの話だが。
(制限時間――紹介状代わりに使われた名刺は、一つ前のもの……免許の更新前、引っ越す少し前まで使ってたものだった)
名刺の裏に記載された、資格欄の免許更新日を確認すれば、いつ使っていたものかはすぐに分かる。名畑から『睦月が紹介した客』だと言い放たれた途端、平静を装いつつ、『念の為、紹介状を確認したい』と告げられたのは、自身にとっては渾身の演技だったと思っている。
(敵対勢力――……まず間違いなく、おやっさんの知り合いの店を訪れた連中、もしくはその関係者だ)
その者達もまた、所有者登録無しの自動二輪を得ようとする為に、適当な店を選んだわけではないはずだ。ただ闇雲に入店したからと言って、相手が必ずしも、犯罪行為に加担してくれるとは限らない。逆に言えば、判断材料があったからこそ、その店を訪れたとみて、まず間違いないだろう。
その要素とは、相手の弱みを握ることができるか。もしくは……元々、所有者登録無しの自動二輪を扱っている噂等があったか、だ。
つまり、噂の火種である名畑が居たからこそ、その知り合いの店に厄介な連中が訪れ、そして襲われたのだろう。
(所持戦力――渡された箱の中身は…………電話?)
慎重に包装を剥ぎ、中身を確認する。箱に入っていたのは、一台のスマホとメモ書きが一枚だけ。
スマホに入っているのは、おそらく前払いのSIMの類だろう。メモにも、『最大で十分間、通話可能な状況で掛けること。登録してあるのは飛ばしの国際番号、調べても無駄だ』と書かれていた。
それが本当なら、足取りを辿ることは不可能に近い。日本の多重債務者が、借金を盾に用意させられたものならまだしも、たとえ『情報屋』であったとしても、国際電話番号の追跡は困難を極めるだろう。購入者が判明するだけでも御の字だ。
(戦場状況――少なくとも、電話中に攻撃されそうな場所は避けたが……結局はどこまで読まれているか、だな)
幸か不幸か、購入した自動二輪を載せる為に、今日は4Tトラックで名畑の下を訪れていた。もしすぐに襲撃されたとしても、側面や後方からは最大規格の装甲板が防ぐ上に、前方には海が面している。しかも今は、船影は一切見受けられない。
いきなり対戦車誘導弾みたいなものを撃ち込まれてしまえばそれまでだが、余程の威力でなければ耐え凌げる上に、購入したての自動二輪で脱出可能。念の為にと仕込んでいた自動拳銃を持てば誰かに見られるかもしれないが、その前に銃撃戦になればいずれにせよ、だ。
同様に、現状で船舶やヘリコプター等が視界に入らないのであれば、海洋上から狙撃される可能性は低い。それに、いくら腕が良くとも、海中から確実に攻撃できる者は皆無だろう。
もっとも、この状況で睦月に攻撃できるのであれば、すでに行っているに違いない。
つまり……今はまだ、目的が別にあるということだ。
(戦闘手段――誰かを……呼ばない方が、良いだろうな)
すぐ、戦闘になると決まったわけではない。
日を跨ごうと思えばできるかもしれないが、下手に長引かせるのも悪手だ。名畑の意思を問わず、相手に伝わる可能性もある上に……睦月自身が二の足を踏み、電話せずに終わらせてしまえばそれまでだ。
無論、この状況から逃げられないとはいえ、相手の意図を汲む義理はないだろう。
けれども……
(以上を踏まえて――……やっぱり、電話するしかないだろうな)
確信があるわけではない。憶測や、状況証拠ばかりで塗り固められているのが現状だ。
だが、たとえそうだとしても……睦月には、『電話を掛ける』以外の選択肢がなかった。
(さて、と…………鬼が出るか蛇が出るか)
片膝を抱え、いつもの癖で重ねていた両手の指同士を離した睦月は、箱の中からスマホを取り出した。電源を落としてあるとはいえ、充電が残っているとは限らなかったが、睦月の普段使いと同機種なので、手持ちの充電器で対応できる。
(むしろ、知ってて用意した可能性もあるな……)
電源を入れれば、嫌でも電波の送受信が開始されてしまう。あえて届かない場所を用意して点ける手もあるが、飛ばしの番号にまで気の回る相手が、本体にも細工しないとは、どうしても思えない。むしろ、映画でよくあるような起爆装置を警戒した方がまだ健全だろう。
(だとしたら、その情報の出所も一体……)
とはいえ、手持ちの情報はもう纏め終えた。今から『情報屋』に連絡して、下手に調べさせても後手に回るだけだろう。だからこそ、睦月には電話するという選択肢しかなかった。
念の為、奥の方へと移動し、隣に自身のスマホを置いて録音状態にしておく。後は睦月がスピーカーで掛ければ、相手の声を記録することができる。どこまで有用かは分からないが、やらないよりかはまし程度の気休めだ。
「…………ぅし、」
覚悟を決め、受け取ったスマホの電源を入れた。長期間放置していたわけではないらしく、充電は十分にあった。一応、手持ちの充電器は傍に出しておき、いつでも繋げられるようにした為、通話中に電池切れは避けられるだろう。
電源を入れてすぐ通話アプリを開き、登録された番号に電話を掛ける。
番号を確認し、自分のスマホから掛けようとも考えたが、渡された機種のもの以外は着信拒否設定されている可能性が高い。個人情報を知りたいのであれば、それこそメモ書き一枚で事足りるのだ。わざわざこんな、回りくどいことをする必要はない。
普段使いと同機種を用意してきたことも加味して、睦月自身については、ある程度調べられているとみていいだろう。
スピーカーから、通信先への接続を知らせる発信音が響いてくる。やはり電源が入ると同時に、向こうにも状況が伝わる仕掛けが施されていたのだろう。数秒と経たずにその音は止み、男の声が荷台の中に流れてきた。
『…………偶然とは、本当に怖いな』
電話越しの相手は挨拶もなく、いきなり本題に入ってきた。
『お前は荻野睦月で、間違いないな?』
「……ああ。そうだ」
少し、老けた声音が聞こえてくるが、それだけで年齢を当てるのは難しい。ついでに言えば、相手がまだ何者かも、掴めていなかった。とはいえ、向こうがそういう態度を取ってくるのであれば、こちらも相応に返せばいい。
だから睦月は、手に自動拳銃を握ったまま、床板の上に置いたスマホに声を投げつけた。
「色々聞きたいことはあるが……結局は、そっちの目的次第だ。用件があるならさっさと話せ」
『大した話じゃない。ただ……』
一呼吸置き、放たれた言葉に……睦月の警戒心は最大レベルまで、強引に引き上げられてしまう。
『先に少し、話したかっただけだ。直接会った時……俺達は必ず、敵になるからな』
……意外な程、睦月の理性は機能していた。いや、すでに自身の領域へと、無意識に至っているのかもしれない。
だが……少なくとも、睦月は自分の声音がどこまでも冷たくなっていることに、終ぞ気付かなかったが。
「どういう、意味だ?」
『お前の父親……荻野秀吉が今、どうしているかはもう、分かっているな?』
「……暁連邦共和国に喧嘩を吹っ掛けていること位は、な」
『ああ、その通りだ……』
回答としては、それで十分だったらしい。
『なら……その動機ももう、把握しているな?』
「過保護か邪魔させない為か、詳しくは聞かされていない。ただ……あの親父が拉致問題の関係者だってこと位は、もう知っている」
『そうか。ということは……まだ、知らないのか』
ここまで話が進めば、さすがの睦月にも察しがつく。
『お前達家族が、拉致問題に関わった日……俺もその場に居た』
詳細は分からないが……その結果、秀吉は国を敵に回すことを決意し、幼い睦月は『最期の世代』の一人に入れられたことが、嫌でも理解できた。
名だたる犯罪者の子供達を集め、最強の集団を作って『犯罪組織』を殲滅しようとした者達が居たが……あの『運び屋』が、何の考えもなく賛同するわけがなかった。
母親の存在は分からず、父方の親族は一切関わっていないどころか、実の祖父は弥生以上の放浪癖である。『今は南極に居る』と言われても、睦月には驚かない自信があった。
『伝統なんざクソ喰らえ(禍根と負債を残さない場合に限る)』が伝統のふざけた一族なのだ。雇われたとかであればまだ分かるが、そんな面倒事にわざわざ首を突っ込むとは、どうしても思えなかった。
つまり……その拉致問題に関わってしまったからこそ、秀吉は睦月を『最期の世代』に入れたのだろう。
ただ、目的が合致した為に……
「……それで? 結局、お前の目的は何だ?」
『やり残したことがあってな……』
電話越しな上、声色は一切変わっていない。だから、相手がどんな気持ちでその言葉を吐き出したのかは、睦月には分からない。
『その時に殺し損ねた赤子……荻野睦月を殺す為だ』
……本当に、分からなかった。
「じゃあ……何で、今まで手を出さなかった?」
ただ殺すだけならば、未成熟な内に片付けてしまえばいい。なのに、それをしなかったのは一体、何故なのか。
『荻野秀吉に守られていたとは、思わないんだな?』
「子供の頃にはもう、『誰にも邪魔されずに、自分を殺すのは簡単だ』って、とっくに気付いてんだ。いくら周囲に誰が居ようとも……人間が簡単に死ぬ生き物だってのは、どう足掻いても変わらないし、変えられないだろうが」
『随分、達観しているな。いや……それでこそ、か』
何が言いたのかは分からない。だが、はっきりしていることは一つある。
「お前は一体、成長した俺の何に期待している?」
『望み通りに成長してくれて、嬉しく思う。いや……期待以上か、『何ものにも縛られない蝙蝠』』
無意識に、自動拳銃の銃把を握る手の力が強くなっていた。
『雪辱を果たさせて貰うぞ。あの世に勝ち逃げした……お前の母親に代わってな』
その言葉を最後に、通話は一方的に切られてしまう。
「…………っ痛ぇ」
握り過ぎて、軽く痛めた掌から自動拳銃を退けたが、睦月はしばらく、腰を上げなかった。
――バタン!
「…………」
無言で荷台の扉を閉めた睦月は、施錠を確認した後、道路端の海岸線近くに腰掛けた。
電話の後、名乗り忘れたとばかりに、一言だけショートメッセージが送られてきた。やはり遠隔操作アプリでも仕込んでいたのか、渡されたスマホは通話後、メッセージの確認以外ができなくなってしまっている。
もう用済みだと、壊して捨てることも考えたが……『何かに使えるかもしれない』と思い込んでしまい、それ以上は手を出せずにいた。
だからというわけでもないが……一度冷静になろうと、睦月は潮風に身を委ねた。脳裏で考えるのは無論、先程までの電話の内容である。
(目的は、俺を死んだお袋に見立てての雪辱戦……だとしたら、一体何者だよ?)
『昔孕ませた風俗嬢で、とっくに事故死した』と言う秀吉。
『父親が自殺した原因は、睦月の母親を死なせてしまったから』と推察した朔夜。
そして、新たに現れた……母親の仇かもしれない男。
「疲れる……」
思わずそう、睦月は呟いてしまった。
「本当に、疲れる……」
送られてきたのはたった一つの単語だったが、相手の正体を知るには十分過ぎた。
(…………『Sheriruth』、か)
送られてきたメッセージを反芻する度に、睦月はますます、気鬱になっていった。
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