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158 姫香とのデート2
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『今夜、出掛けないか?』
昼食後、睦月にそう誘われた姫香は、迷わず首を縦に振った。
目的地は人気のない山の中で、よく睦月が拷問用途(相手に銃口を突き付けた状態で、延々と穴を掘らせる)で訪れていたが……何回か前に、とある楽しみを見つけた場所でもあった。
今回は陥れる人間も居ない上に、その楽しみが目的だと言われている。だから期待感が高まった姫香は、洗い物を済ませた後の準備に、思わず力が入ってしまっていた。
ただでさえ、自身の体質の為に外食先は妥協できず、夏祭り等の行事関係は食事が摂れないからと気を遣われてか、睦月の楽しみを半減させてしまっているのではないかと考えていた。だから姫香も、他の女と行く分には多少目を瞑ることにしている。
……もっとも、後で徹底的に吸い上げていたが。
だからこそ姫香は、少しでも気分を出そうと弁当作りに精を出した。
さすがにガスコンロや専用の鉄板類まではやり過ぎたかとも思ったが、睦月は一切の文句を言わず、食材や調理器具の入った鞄を運ぶのを手伝ってくれた。
私用のワゴン車で向かっているところを見られれば後々面倒なので、今回はスポーツカーで行くことになった。
夏真っ盛りの為かまだ日は暮れず、到着しても囲まれた木々の隙間から、夕焼けの明かりが差し込んできていた。楽しみは夜だが、それまでは準備でもして時間を潰せばいいかと、姫香は睦月と共に荷物を降ろし、広げたアウトドア用のテーブルセットの上にガスコンロ等をセットしていく。
材料はすでに準備してあるので、後は焼くだけだ。その前に一休みしようかと、姫香は睦月が用意した、二つ並べられたローチェアの一つに深く腰掛けた。
「似合ってるのはいいとして……なんか赤って、透けそうで透けないよな」
睦月の言葉通り、今宵の姫香の服装は普段着にしているVネックワンピースでもなければ、仕事や通学用のパンツスタイルでもない。色々な意味で、少しでも盛り上げようと出掛ける前に浴衣を纏っていた。自身の好きな赤だが色は濃く、生地も厚手のものにしてあるので、どちらかといえば簡易的な和服に近いだろう。
せっかくの夏だからと、わざわざ自宅から持ってきて良かったと思いながら、姫香は嬉しさで軽く火照る頬を冷まそうと、自身に向けて団扇を仰いだ。
「誉め言葉としては、微妙だと思うんだけどな……姫香が良いならいいけど」
自身の言葉を省みてか、睦月がそんなことを言ってきていたが、姫香には関係ない。どんな言葉だろうと、正直な気持ちで『似合ってる』と返してくれたのだ。これ以上、求める方が間違っている。
蛇足に興味がない姫香は、日が沈み始めて夜の帳が下りてきた頃合いで立ち上がり、ランタンの明かりを点けようとした。
「ちなみに今日、誘った理由なんだが……昨日、シェリダーって女と密会してたからなんだよ」
睦月の口から『女』という単語が漏れ出た途端、姫香は折檻してやろうとほぼ条件反射で振り返った。
「…………悪い、嘘だ。相手は男だよ」
その言葉と……睦月から向けられた自動拳銃の銃口に、姫香は一瞬、思考が飛んでしまった。
(相手の名前よりも、性別に対して反応していた……つまり、姫香は『Sheriruth』のことを知らない)
名畑の輪業店から自動二輪を購入した翌日の今日。丁度お誂え向きな理由もあったので、睦月は姫香をデートに誘うことにした。
デートの場所こそ人気のない山の中だが、その日に見える景色がどういうものかは、一緒に見たことのある姫香も十分理解している。だからこそ、昼食後は準備に余念がなく、わざわざ自宅に一回戻ってまで浴衣を引っ張ってくる徹底振りだった。
欲望に忠実で、非常に人間味が溢れた様子を見せられて、嬉しく思う睦月だが……それでも、だからこそ、姫香に言わなければならないことがあった。
(本当は裏切っていない、とかでなければ……おおよその事情は読めてきたな)
武器を抜くことなく、一瞬でも強張っていた身体から力が抜けていくのを確認した睦月は、姫香に向けていた自動拳銃の銃口を逸らした。
「ちょっと、面倒なことになってな……」
そこで睦月はようやく、昨日の『Sheriruth』という男と電話したことや、その内容について話した。
「――で、母親の仇かもしれない奴と近い将来やり合うことになりそうなんだが……十中八九、いやほぼ確実に、『犯罪組織』と敵対することになる」
冷静さを取り戻した姫香なら、すぐに気付いただろう。昨日、睦月に電話してきた相手は『Sheriruth』……つまり三番目の殻球、『拒絶』の地位に居ることに。
「これまでは幹部級とはいえ、仕事の流れで偶々かち合ってきただけだったが……この件だけは、完全に敵対しなければならなくなる。当然、状況次第では『犯罪組織』そのものとも、だ」
ランタンの明かりを点ける前に、周囲は暗闇に包まれてしまった。とはいえ、幼少時に施された訓練により二人共、夜目は利く方だ。
それでも、相手の顔色を窺うには不十分だったが……睦月には、かえって丁度良かった。
「本当、面倒事ってのは立て続けに起きるもんだな。それとも、親父かことを起こしたせいなのか……ま、いいや。で、本題だが、」
歩き出そうとする姫香を牽制するかのように、睦月はタイミング良く言葉を挟んで、動きを止めていく。
昔、『詐欺師』に教わった手口だ。
とにかく自分の意見を押し通そうと、声量や態度で圧を掛けてくる相手に対して有効だと教えられたが、当時は何となくでしか、理解できていなかった。人付き合いが増え、『自分が正しいと思える価値観を押し付けてくる』自称善人や、自分が中心になって周囲が動くと勘違いしているカリスマ擬き達と関わる機会を重ねてようやく、その有用性が実感できた程だ。
何せ彼等は、相手の気持ちを共感しようとしないどころか話も一切聞かず、自覚の有無を問わずにそれらを行って自身の正当性を証明してきていた為に、敗北を知らない。だからこそ、自分を出す前に機先を制されてしまうことに慣れておらず、突然掛けられた言葉を無抵抗のまま受けてしまい、意識を中断させられてしまうのだ。
そして今、気付いたが……耳に入らない程相手が感情的にさえなってなければ意識だけでなく、無意識な動作も止められるらしい。とはいえ、今はまだ話の途中だ。手口の有用性について検証するのは後日に回すことにして、睦月は姫香へと言葉を続けた。
「こうなってしまった以上……あの時とは別の理由で、お前に言わなきゃならなくなった」
握っていた自動拳銃を手元で軽く弄んでからホルスターに戻した後、睦月は姫香に提案の態で命じた。
「もし、自分の生命が惜しいのなら……失せろ。最悪、お前に構っている余裕がない」
もう……裏切り云々は、どうでもいい。
どれだけ状況証拠が積み重なろうとも、睦月は姫香の、一人の『人間』の意思を尊重することに決めた。『道具』であれば最初から傍に置いたりしないし、どうでもいい相手であれば、こんな面倒なことはせず、さっさと追い出している。
他の誰でもない、久芳姫香だからこそ……荻野睦月は、警告することを選んだ。
「好きに決めてくれていい。ただ……すぐに答えを出せ。時間を掛ければそれだけ、お前がこの件に巻き込まれる可能性が高くなる」
かつては、自分の為に勝手に生命を捧げようとしてきた相手だが、もうしない程度には信用している。今後信頼するかの判断は、返答次第でいいだろう。
場合によっては、他の人間にも別れを告げるべきかもしれないが、今回は相手が悪過ぎた。下手に生活を変えてしまえば、それだけで余計な疑念を生み、周囲の人間を巻き込む可能性が出てくる。それならまだ、いざという時に黙って姿を晦ませた方が安全だろう。
秀吉には縁を切られ、姉兄妹とは別居状態。『情報屋』には居場所を探られるだろうが、それでも、『犯罪組織』より数手先が精々のはずだ。
本気を出せば、誰であろうと『運び屋』の足取りを掴ませない自負がある。ただ一人……常に、傍に居ようとする姫香を除いては。
(とはいえ……俺も姫香を、強く責められないな)
いくら選択肢を与えようとも、答えを急いている時点で、ほぼ強要だ。強引に生命を差し出してくる姫香と一体、どれ程の差があるというのか。
(…………ん?)
そんなことを考えていると、不意に自身のスマホが振動した。それは、ある着信を告げる為のものだった。
眼前の少女が持つ……スマホからの、メッセージを。
『前向け』
送られてきたのは、その一言だけ。
「一体何だっ、て…………」
絡み合う視線が解けないまま、睦月は知らぬ間に近寄ってきていた姫香の手により、されるがままに唇を重ねさせられた。
普段、閨の中で互いを貪り合うような、口の中から伸ばした舌を絡めていく愛撫の類ではない。ただ愛する相手に、自身の気持ちを伝える為の手段として。
『…………』
瞼を降ろさずに見つめ合いながら、それぞれの手にスマホを握ったまま、息が続かなくなる少し前に、少女の顔が離れていく。単に、姫香がキスをする為に伸ばしていた背を降ろしただけなのだが……もしそうしなかったとしても、睦月もまた、彼女を押し退けていただろう。
「後悔するなよ……」
「…………っ」
姫香は肩を竦め、鼻で笑ってくる。完全に、こちらを小馬鹿にしたような態度だが……むしろ睦月には、現在の彼女の方が好みだった。
「さて、話も終わったし、そろそろ作ろうか……っと、」
――ヒュゥルル…………ドォン!
ランタンの明かりを点けるよりも早く、夜闇を切り裂く閃光が頭上に舞い上がった。
「思ったより、話し込んでたみたいだな……」
明かりを点け、調理しながらの慌ただしい状況となってしまったが、睦月達は予定通りに花火を見上げることにした。
ここから少し離れた場所では毎年、花火大会が行われている。
去年訪れた際は、帰りに寄って行こうかとも思っていたのだが……予想以上に時間が掛かってしまい、最初は諦めようとした。けれども、花火の閃光は意外にも、この山の中にまで届いてきたのだ。
だから翌年、特に何もなければここか会場近くで見ようと、その時話していた。元を辿れば物騒極まりないが、裏社会の住人である以上、いまさらだ。むしろ、たった二人だけとはいえ夏祭りの雰囲気を持ち込み、ゆっくりと花火を見上げられたのが一番の僥倖だろう。
(まあ、まだ不安が消えたわけじゃないが……)
すでに仕事でぶつかっている時点で、遅かれ早かれの話だ。だからこそ、姫香の気持ちをはっきりさせておきたかった。所詮は自己満足だし、さっき睦月が話した通りに『構っている余裕がない』せいで、自分が彼女に何をするかは分からない。
(…………また、見に来たいな)
慣れた調子でたこ焼きを作り、皿に並べていく睦月の横では、姫香が鉄板で焼きそばを混ぜ合わせている。それらを盛り付けてから、二人は再び、並べられたローチェアにそれぞれ腰掛けていった。
(花火、か……)
時期が時期だからだろう。睦月達が山の中でささやかな夏祭りを行っている丁度その頃、別の場所でも花火大会が開かれていた。
現代や海外の風習では、花火は祝い事に用いられることが多いが……その起源は、中国の爆竹による『魔除け』とも言われている。
その由来もあってか、慰霊や悪疫の退散を祈念する為に花火が打ち上げられるようになったと、テレビの番組か何かで観たことがあった。本当かどうかは分からないが、故人を供養する時期と重なっている時点で、あながち間違ってはいないだろう。
(…………本当に、偶然だな)
様々な色の花火が、夜空を彩っていく。その景色を、空港の国際線前で眺めていた。
時間があるからと空港内を散策していたのだが、生憎と待ち合わせ場所でもあるこの近くには、喫茶店のようなものはない。大量のベンチがあっても、他の利用客やその関係者に占領されている以上、期待しない方がいいだろう。
だから時間まで、空調の利いた空港の中よりも、蒸し暑さで占められた外側で花火を眺めていることを選んだ。少し離れた場所な上、飛行機の発着陸のせいで音は微かにしか聞こえてこないが、閃光は十分に楽しめる。
その中から昨日、購入した花と同じ紫色を見かけた頃に、手持ちのスマホが鳴動し始めた。通話の着信ではなく、事前にセットしていたアラームだった。
待ち合わせの時間となったので、花火に背を向けて空港内へと入っていく。
少しすると、到着ロビーから二人の男女が出てきた。
男は初老で、杖を突いているように見えるが、実際は足に何の支障もない。女は聞いている限り中年程だったはずだが、年齢を感じさせない程の美貌を振り撒き、他の利用客達の注目を一身に集めている。
しかし、二人は周囲の視線等気にすることなく、すぐにこちらへと近付いてきていた。
「空の旅はどうだった?」
「経費まで削られて、最悪よ。もう……」
女の方はそう答えてきたが、男は寡黙を貫き通している。日本とはいえ、ここは国際空港だ。いくら韓国語で話していても、理解できる人間が近くに居ないとも限らない。
「送迎は手配した。詳しい話はホテルでしよう」
「安宿はやめてよね。こっちはただでさえ、エコノミーのせいで機嫌が悪いのに……」
そして三人は、国際空港を後にしたのだった。
昼食後、睦月にそう誘われた姫香は、迷わず首を縦に振った。
目的地は人気のない山の中で、よく睦月が拷問用途(相手に銃口を突き付けた状態で、延々と穴を掘らせる)で訪れていたが……何回か前に、とある楽しみを見つけた場所でもあった。
今回は陥れる人間も居ない上に、その楽しみが目的だと言われている。だから期待感が高まった姫香は、洗い物を済ませた後の準備に、思わず力が入ってしまっていた。
ただでさえ、自身の体質の為に外食先は妥協できず、夏祭り等の行事関係は食事が摂れないからと気を遣われてか、睦月の楽しみを半減させてしまっているのではないかと考えていた。だから姫香も、他の女と行く分には多少目を瞑ることにしている。
……もっとも、後で徹底的に吸い上げていたが。
だからこそ姫香は、少しでも気分を出そうと弁当作りに精を出した。
さすがにガスコンロや専用の鉄板類まではやり過ぎたかとも思ったが、睦月は一切の文句を言わず、食材や調理器具の入った鞄を運ぶのを手伝ってくれた。
私用のワゴン車で向かっているところを見られれば後々面倒なので、今回はスポーツカーで行くことになった。
夏真っ盛りの為かまだ日は暮れず、到着しても囲まれた木々の隙間から、夕焼けの明かりが差し込んできていた。楽しみは夜だが、それまでは準備でもして時間を潰せばいいかと、姫香は睦月と共に荷物を降ろし、広げたアウトドア用のテーブルセットの上にガスコンロ等をセットしていく。
材料はすでに準備してあるので、後は焼くだけだ。その前に一休みしようかと、姫香は睦月が用意した、二つ並べられたローチェアの一つに深く腰掛けた。
「似合ってるのはいいとして……なんか赤って、透けそうで透けないよな」
睦月の言葉通り、今宵の姫香の服装は普段着にしているVネックワンピースでもなければ、仕事や通学用のパンツスタイルでもない。色々な意味で、少しでも盛り上げようと出掛ける前に浴衣を纏っていた。自身の好きな赤だが色は濃く、生地も厚手のものにしてあるので、どちらかといえば簡易的な和服に近いだろう。
せっかくの夏だからと、わざわざ自宅から持ってきて良かったと思いながら、姫香は嬉しさで軽く火照る頬を冷まそうと、自身に向けて団扇を仰いだ。
「誉め言葉としては、微妙だと思うんだけどな……姫香が良いならいいけど」
自身の言葉を省みてか、睦月がそんなことを言ってきていたが、姫香には関係ない。どんな言葉だろうと、正直な気持ちで『似合ってる』と返してくれたのだ。これ以上、求める方が間違っている。
蛇足に興味がない姫香は、日が沈み始めて夜の帳が下りてきた頃合いで立ち上がり、ランタンの明かりを点けようとした。
「ちなみに今日、誘った理由なんだが……昨日、シェリダーって女と密会してたからなんだよ」
睦月の口から『女』という単語が漏れ出た途端、姫香は折檻してやろうとほぼ条件反射で振り返った。
「…………悪い、嘘だ。相手は男だよ」
その言葉と……睦月から向けられた自動拳銃の銃口に、姫香は一瞬、思考が飛んでしまった。
(相手の名前よりも、性別に対して反応していた……つまり、姫香は『Sheriruth』のことを知らない)
名畑の輪業店から自動二輪を購入した翌日の今日。丁度お誂え向きな理由もあったので、睦月は姫香をデートに誘うことにした。
デートの場所こそ人気のない山の中だが、その日に見える景色がどういうものかは、一緒に見たことのある姫香も十分理解している。だからこそ、昼食後は準備に余念がなく、わざわざ自宅に一回戻ってまで浴衣を引っ張ってくる徹底振りだった。
欲望に忠実で、非常に人間味が溢れた様子を見せられて、嬉しく思う睦月だが……それでも、だからこそ、姫香に言わなければならないことがあった。
(本当は裏切っていない、とかでなければ……おおよその事情は読めてきたな)
武器を抜くことなく、一瞬でも強張っていた身体から力が抜けていくのを確認した睦月は、姫香に向けていた自動拳銃の銃口を逸らした。
「ちょっと、面倒なことになってな……」
そこで睦月はようやく、昨日の『Sheriruth』という男と電話したことや、その内容について話した。
「――で、母親の仇かもしれない奴と近い将来やり合うことになりそうなんだが……十中八九、いやほぼ確実に、『犯罪組織』と敵対することになる」
冷静さを取り戻した姫香なら、すぐに気付いただろう。昨日、睦月に電話してきた相手は『Sheriruth』……つまり三番目の殻球、『拒絶』の地位に居ることに。
「これまでは幹部級とはいえ、仕事の流れで偶々かち合ってきただけだったが……この件だけは、完全に敵対しなければならなくなる。当然、状況次第では『犯罪組織』そのものとも、だ」
ランタンの明かりを点ける前に、周囲は暗闇に包まれてしまった。とはいえ、幼少時に施された訓練により二人共、夜目は利く方だ。
それでも、相手の顔色を窺うには不十分だったが……睦月には、かえって丁度良かった。
「本当、面倒事ってのは立て続けに起きるもんだな。それとも、親父かことを起こしたせいなのか……ま、いいや。で、本題だが、」
歩き出そうとする姫香を牽制するかのように、睦月はタイミング良く言葉を挟んで、動きを止めていく。
昔、『詐欺師』に教わった手口だ。
とにかく自分の意見を押し通そうと、声量や態度で圧を掛けてくる相手に対して有効だと教えられたが、当時は何となくでしか、理解できていなかった。人付き合いが増え、『自分が正しいと思える価値観を押し付けてくる』自称善人や、自分が中心になって周囲が動くと勘違いしているカリスマ擬き達と関わる機会を重ねてようやく、その有用性が実感できた程だ。
何せ彼等は、相手の気持ちを共感しようとしないどころか話も一切聞かず、自覚の有無を問わずにそれらを行って自身の正当性を証明してきていた為に、敗北を知らない。だからこそ、自分を出す前に機先を制されてしまうことに慣れておらず、突然掛けられた言葉を無抵抗のまま受けてしまい、意識を中断させられてしまうのだ。
そして今、気付いたが……耳に入らない程相手が感情的にさえなってなければ意識だけでなく、無意識な動作も止められるらしい。とはいえ、今はまだ話の途中だ。手口の有用性について検証するのは後日に回すことにして、睦月は姫香へと言葉を続けた。
「こうなってしまった以上……あの時とは別の理由で、お前に言わなきゃならなくなった」
握っていた自動拳銃を手元で軽く弄んでからホルスターに戻した後、睦月は姫香に提案の態で命じた。
「もし、自分の生命が惜しいのなら……失せろ。最悪、お前に構っている余裕がない」
もう……裏切り云々は、どうでもいい。
どれだけ状況証拠が積み重なろうとも、睦月は姫香の、一人の『人間』の意思を尊重することに決めた。『道具』であれば最初から傍に置いたりしないし、どうでもいい相手であれば、こんな面倒なことはせず、さっさと追い出している。
他の誰でもない、久芳姫香だからこそ……荻野睦月は、警告することを選んだ。
「好きに決めてくれていい。ただ……すぐに答えを出せ。時間を掛ければそれだけ、お前がこの件に巻き込まれる可能性が高くなる」
かつては、自分の為に勝手に生命を捧げようとしてきた相手だが、もうしない程度には信用している。今後信頼するかの判断は、返答次第でいいだろう。
場合によっては、他の人間にも別れを告げるべきかもしれないが、今回は相手が悪過ぎた。下手に生活を変えてしまえば、それだけで余計な疑念を生み、周囲の人間を巻き込む可能性が出てくる。それならまだ、いざという時に黙って姿を晦ませた方が安全だろう。
秀吉には縁を切られ、姉兄妹とは別居状態。『情報屋』には居場所を探られるだろうが、それでも、『犯罪組織』より数手先が精々のはずだ。
本気を出せば、誰であろうと『運び屋』の足取りを掴ませない自負がある。ただ一人……常に、傍に居ようとする姫香を除いては。
(とはいえ……俺も姫香を、強く責められないな)
いくら選択肢を与えようとも、答えを急いている時点で、ほぼ強要だ。強引に生命を差し出してくる姫香と一体、どれ程の差があるというのか。
(…………ん?)
そんなことを考えていると、不意に自身のスマホが振動した。それは、ある着信を告げる為のものだった。
眼前の少女が持つ……スマホからの、メッセージを。
『前向け』
送られてきたのは、その一言だけ。
「一体何だっ、て…………」
絡み合う視線が解けないまま、睦月は知らぬ間に近寄ってきていた姫香の手により、されるがままに唇を重ねさせられた。
普段、閨の中で互いを貪り合うような、口の中から伸ばした舌を絡めていく愛撫の類ではない。ただ愛する相手に、自身の気持ちを伝える為の手段として。
『…………』
瞼を降ろさずに見つめ合いながら、それぞれの手にスマホを握ったまま、息が続かなくなる少し前に、少女の顔が離れていく。単に、姫香がキスをする為に伸ばしていた背を降ろしただけなのだが……もしそうしなかったとしても、睦月もまた、彼女を押し退けていただろう。
「後悔するなよ……」
「…………っ」
姫香は肩を竦め、鼻で笑ってくる。完全に、こちらを小馬鹿にしたような態度だが……むしろ睦月には、現在の彼女の方が好みだった。
「さて、話も終わったし、そろそろ作ろうか……っと、」
――ヒュゥルル…………ドォン!
ランタンの明かりを点けるよりも早く、夜闇を切り裂く閃光が頭上に舞い上がった。
「思ったより、話し込んでたみたいだな……」
明かりを点け、調理しながらの慌ただしい状況となってしまったが、睦月達は予定通りに花火を見上げることにした。
ここから少し離れた場所では毎年、花火大会が行われている。
去年訪れた際は、帰りに寄って行こうかとも思っていたのだが……予想以上に時間が掛かってしまい、最初は諦めようとした。けれども、花火の閃光は意外にも、この山の中にまで届いてきたのだ。
だから翌年、特に何もなければここか会場近くで見ようと、その時話していた。元を辿れば物騒極まりないが、裏社会の住人である以上、いまさらだ。むしろ、たった二人だけとはいえ夏祭りの雰囲気を持ち込み、ゆっくりと花火を見上げられたのが一番の僥倖だろう。
(まあ、まだ不安が消えたわけじゃないが……)
すでに仕事でぶつかっている時点で、遅かれ早かれの話だ。だからこそ、姫香の気持ちをはっきりさせておきたかった。所詮は自己満足だし、さっき睦月が話した通りに『構っている余裕がない』せいで、自分が彼女に何をするかは分からない。
(…………また、見に来たいな)
慣れた調子でたこ焼きを作り、皿に並べていく睦月の横では、姫香が鉄板で焼きそばを混ぜ合わせている。それらを盛り付けてから、二人は再び、並べられたローチェアにそれぞれ腰掛けていった。
(花火、か……)
時期が時期だからだろう。睦月達が山の中でささやかな夏祭りを行っている丁度その頃、別の場所でも花火大会が開かれていた。
現代や海外の風習では、花火は祝い事に用いられることが多いが……その起源は、中国の爆竹による『魔除け』とも言われている。
その由来もあってか、慰霊や悪疫の退散を祈念する為に花火が打ち上げられるようになったと、テレビの番組か何かで観たことがあった。本当かどうかは分からないが、故人を供養する時期と重なっている時点で、あながち間違ってはいないだろう。
(…………本当に、偶然だな)
様々な色の花火が、夜空を彩っていく。その景色を、空港の国際線前で眺めていた。
時間があるからと空港内を散策していたのだが、生憎と待ち合わせ場所でもあるこの近くには、喫茶店のようなものはない。大量のベンチがあっても、他の利用客やその関係者に占領されている以上、期待しない方がいいだろう。
だから時間まで、空調の利いた空港の中よりも、蒸し暑さで占められた外側で花火を眺めていることを選んだ。少し離れた場所な上、飛行機の発着陸のせいで音は微かにしか聞こえてこないが、閃光は十分に楽しめる。
その中から昨日、購入した花と同じ紫色を見かけた頃に、手持ちのスマホが鳴動し始めた。通話の着信ではなく、事前にセットしていたアラームだった。
待ち合わせの時間となったので、花火に背を向けて空港内へと入っていく。
少しすると、到着ロビーから二人の男女が出てきた。
男は初老で、杖を突いているように見えるが、実際は足に何の支障もない。女は聞いている限り中年程だったはずだが、年齢を感じさせない程の美貌を振り撒き、他の利用客達の注目を一身に集めている。
しかし、二人は周囲の視線等気にすることなく、すぐにこちらへと近付いてきていた。
「空の旅はどうだった?」
「経費まで削られて、最悪よ。もう……」
女の方はそう答えてきたが、男は寡黙を貫き通している。日本とはいえ、ここは国際空港だ。いくら韓国語で話していても、理解できる人間が近くに居ないとも限らない。
「送迎は手配した。詳しい話はホテルでしよう」
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そして三人は、国際空港を後にしたのだった。
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