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166 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その4)
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――ピンポ~ン……
「…………」
鞄に着替えを纏め終えた睦月は、鳴り響いてくる呼び鈴に合わせて、ゆっくりと立ち上がった。インターホンのような機械があれば、そこから返事をするのだろうが……この賃貸にはない。
『長期賃貸であればサービスでお付けしますよ』と、契約時に不動産屋に言われてはいたが、職業上の理由で突発的に引っ越す可能性もあったので、その時点で断っている。
なので本来であれば、部屋の中から外へと声を張り上げるべきなのだろうが……睦月や(おそらく)姫香は、迂闊にそんなことはしない。
姫香の場合は(女性ゆえの)防犯意識や緘黙症等の問題も含まれるだろうが、裏社会の住人である睦月も襲撃者対策として、存在を悟られないように極力気を付けているからだ。応対する時に声を出した方が怪しまれないのは宅配が届く時位だが、必要であればいつも別の住所やコンビニ等での受け取りサービスを利用する為、自宅に直接届られることはまずない。
だから睦月はまず、気配を殺しながら扉へと近付き、ドアスコープ越しに外の相手を確認する。そして、誰が来たかを把握して初めて開錠し、ドアノブに手を掛けて回した。
――ガチャ
「……いいんだな?」
「はい……お願いします」
買ったばかりに見える、真新しい衣服と鞄を携えた由希奈を一瞥した睦月は、そのまま一度、室内へと招き入れた。
陽が陰り始めている為、支度を済ませた後はすぐに出発しなければならない。その証拠に、睦月達の旅支度に合わせて、彩未も荷物を纏めて帰ろうとしていた。
「じゃあ、由希奈ちゃん。頑張ってね~」
由希奈の返事を待つことなく、入れ替わりに上がり框から足を降ろして靴を履くと、彩未はそそくさと帰っていった。
「とりあえず最初は……荷物の確認か。俺は先に整備工場で待ってるから、終わったら姫香と来てくれ」
できれば、自分の目で確認したい睦月だったが……由希奈相手にあまり、強引な手は取りたくない。何より、姫香が居るのであれば(別の意味でも)任せた方が早かった。
(にしても……本当に来るとはな)
荷物を持ち、彩未に続いて部屋を出た睦月だったが、共に出るとも途中まで送るとも言わなかった為か、すでにエレベーターは一階まで降りていた。ボタンを押し、最上階まで戻ってくるのを待ちながら、ふと腕を組んで物思いに耽る。
(由希奈のことは……職業体験とでも言っておけばいいか。まあ、その説明をする前に、朔に話を聞く方が先だけど)
何事もまずは、依頼を確認してからだ。内容次第では、由希奈の覚悟も徒労になりかねない。
(面倒事じゃなければいいけど……十中八九、そうなるよな)
ただの所用や、麻薬組織狩り程度ではまず、『運び屋』としての睦月に依頼を出すことはない。付き合いの長さゆえに予想できるからこそ、朔夜の事情も含めて、本当に請けるべきなのかを見極めなければならなかった。
(本当、考えることが多いよな……)
到着したエレベーターに乗り、一階へと向かわせた睦月は荷物片手に、思わず溜息を吐くのだった。
「余計な物は……ないわね。後は財布から現金だけ抜いて、ここに置いていけば問題なし」
「保険証のコピーとかも、駄目なの?」
「身分がバレそうな物は全部アウト。家族に危害を及ぼしたくなかったら、精々怪我や病気に気を付けることね」
確認した荷物の中身を由希奈に再度詰め直させた姫香は、自分の荷物と共に、彩未から預かっていた自動拳銃一式を持ってきた。
「じゃあ、荷物を纏め終えたところで……銃を渡すわね」
「…………、うん」
一瞬、由希奈の喉が鳴るような音が聞こえた気がする。けれども、姫香は気にすることなく、眼前に彩未の自動拳銃やその付属品を置いた。
「彩未が貸してくれたわよ。銃弾は2ダースもないけど、精々大事に使いなさい」
「分かった。ありが、……?」
荷物を纏め終え、空いた手を伸ばした由希奈だったが、その前に宙で止まってしまう。
「あんた……なんで彩未と同じやり方を選んだの?」
その自動拳銃にはまだ、持ち出してきた姫香の手が載っていた。まるで、明確な回答を示さない限り、渡さないと言わんばかりに。
「いまさら、あんたの気持ちが半端だって疑ったりはしないわよ。ただ……選んだ理由がいいかげんだったら、怒るって話」
たしかに彩未の言う通り、現在の『運び屋』達には情報収集能力が欠けている。『情報屋』や『ブギーマン』等に外注すれば済む話なのだろうが、どちらも今後、健在とは限らない。
それ以前に……どちらも取引があるからと言って、必ずしも味方で在り続ける保証等、どこにもないのだ。
だからこそ、情報収集の分野に精通し、かつ信用できる人間は多いに越したことはない。さらに『運び屋』として引き入れられるのであれば、どれだけ心強いことか。
だが、それはあくまで……本人が望んで手に入れた力であればの話だ。
自分には才能がないからと勝手に見切りをつけ、早々に諦めるのであれば失望程度で済む。けれども、肝心な場面で能力不足を起こしてしまえば、その時点で致命的な問題になりかねない。
教育において、相手を否定することはやる気を下げさせる悪手でもあるが、真剣度合いを把握する上では一番分かりやすい方法でもある。言葉一つで意思が弱まるならそれまでであり、逆に強まるということはそれだけ本気だと、結果的に証明することになるからだ。
だからこそ……由希奈は、揺るがなかった。
「私……結構、欲張りだったみたい」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのかが分からなくなる姫香に、由希奈は先日の、彩未の仕事に付き合った時の話をしてきた。
(あのニュースの元検事正……密告したのは『ブギーマン』だったのね)
つい最近の話な上に、あまりにも馬鹿馬鹿しい内容だった為か、姫香はそのニュースのことを何となく覚えていた。
「実際に勉強してみて分かったけど……理屈はともかく、基礎的な情報技術だけじゃ付け焼き刃にもならなかった。その日のことも、話を聞いただけだったら多分、理解できなかったと思う。だからこそ……まずは、情報技術から勉強してみることにしたの」
姫香にとっては『何故情報技術を選んだのか?』という意図の質問だったのだが……由希奈にはどうやら、『何故、彩未と同じ技能を身に着けることを選んだのか?』と捉えられてしまったらしい。
「まずは私のできること、私のやりたいことを探すことにしたの。前に、睦月さんにも『何の仕事をしたいか?』って、聞かれたことがあるけど……何も答えられなかった。だからまず、丁度知る機会があった『ブギーマン』の仕事を覚えようと思ったの。最初に情報技術を選んだ理由はそれだけ」
「…………」
睦月が由希奈と同じ発達障害だとしても、症状や特性は人によって様々だ。けれども、共通している点はいくつかある。
(これが、本当の発達障害……)
その一つを目の当たりにして、姫香は静かに奥歯を噛み締めた。
質問を言葉通りにしか受け取れず、相手の声音や仕草、態度から得られる情報を理解できず、足りない部分を想像で補おうとする。ある程度の経験が積み上がれば、睦月のようにその特性を多少抑えられるようにもなるが……この手の会話に関しては、由希奈はまだ浅過ぎた。
睦月と共に過ごしていたとはいえ、姫香は発達障害の特性を過小評価していたらしい。表面上の選択肢を聞いただけのつもりだったが、予想以上に彼女の内面に踏み込んでしまい、逆にその覚悟に当てられてしまった。
(本当、厄介なんだから……)
始まりは免許、次に銃の整備手順を覚え、そして彩未からも情報技術を学び出した。しかも、それで慢心するどころか満足すらしていない。
(これで、睦月が死んだりでもしたら……その後は、何を目標に頑張るのかしらね)
ただ、一つ……姫香と同じ問題を抱えていることを除いては。
合流地点は朔夜も利用したことのある、睦月の隠れ家の一つだった。
「ここみたいな場所を、いくつも持ってるんですか……?」
「持ってるだけだ。ここも名義は別人で、当の持ち主は絶賛出稼ぎ中」
ここを使えるのも、持ち主が知り合いの闇金融から借金をし、完済するまでの利子の一部を利用料として支払っていたからだ。隠れ家を手に入れる手段はいくつもあるが、負い目のある人間に貸しを作るのが一番手っ取り早い。
(まあ……何故か漁船暮らしを気に入って、そのまま戻ってこなくなるとは思わなかったけど)
偶々夜逃げの依頼を請けた際、闇金融が知り合いだった上に借金返済の手段を持ち合わせていたので、利子の一部を負担することを条件に隠れ家として使えるよう話をつけたのだが……完済した現在でも、(家賃、光熱費だけで)引き続き利用できるとは思ってもみなかった。
「まずは話をするだけだ。内容次第ではさっさと帰るから、その時は諦めろよ」
「分かっています。えっと……」
賃貸のボロアパート、ワンルームの中を見渡してから、由希奈は睦月に問い掛けてきた。
「……睦月さんの後ろで、話を聞けばいいんですか?」
「いや……」
睦月の目配せを理解した姫香は、由希奈の手を引くと中身のない押し入れへと引き入れだした。
「あいつが敵に回ったり……何かヘマをして誰かが押し入ってくる可能性もある。まずは俺だけで話を聞くから、姫香と一緒に押し入れの中に居ろ」
とはいえ、朔夜が理由もなく睦月の敵になるとは思えない。どちらかと言えば、抱えてる事情で問題に巻き込まれる可能性の方が高かった。
だから姫香共々、由希奈を押し入れの中に隠して様子を見ることにした。
――ピンポ~ン……
「来たか、一旦閉じるぞ。襖ごしでも会話は聞こえると思うが……逆に言えば、声を漏らせば居場所がバレるからな。俺がいいと言うまでは黙ってろよ」
二人が隠れたのを確認し、静かに襖を閉じた睦月は、肩掛けのホルスターから抜いた自動拳銃の銃身を引いて右手に持つと、そっと玄関近くに歩み寄った。
先程由希奈が合流した時とは違い、朔夜が訪れるのは確定事項だ。なので、睦月は扉越しにも聞こえるよう、あえて声を出す。
「…………はい、どちら様ですか?」
ごく普通の挨拶なので、無関係な人間であれば配達だろうが宗教勧誘だろうが訪問販売だろうが、関係なく名乗ってくるはずだ。けれども、夜中どころか深夜近くに訪れてきた時点で、予定のない第三者なら十中八九、ろくな人間ではないだろう。
つまり、今呼び鈴を鳴らしたのは元々の合流予定である朔夜か……睦月達に害を及ぼす誰かだ。
玄関から少し身を捩じらせ、扉越しの銃撃を避けられる位置に立った睦月は静かに、相手の返事を待った。
『毎度~、鍵屋の八番で~す。深夜の緊急依頼で伺いました~』
自分の職業や誕生月を適当に伝えてくる朔夜に呆れながらも、睦月は右手に自動拳銃を握ったまま、空いた左手で扉を開ける。
「もっとまともな建前考えろよ。お前、俺より頭良いだろうが……」
外に居たのは朔夜だけで、周囲に他の人影がないのを確認してから、急いで屋内に招き入れた。
「……で、宝探しの専属運転手だって? 一体何があったんだよ」
「言っておくけどな……お前も無関係じゃないぞ」
睦月に背を向けたまま、朔夜は電源の抜けている冷蔵庫を開けると、中から.45口径の拳銃弾を取り出しながら説明を始めた。
「星来さんに例の件、聞いてみたんだけどな……どうもその時に、今回の宝探しについて話していたらしい」
「あ~……何となく、分かってきた」
そこでようやく、睦月の頭の中に心当たりが浮かび上がってきた。
「要するに……俺の曾爺さんが、実家から盗んできた物の一つか?」
「多分、そうだろうな……少なくとも、出所は『運び屋』の家らしいし」
隠していた予備の拳銃弾を懐に仕舞い終えると、朔夜は閉めた冷蔵庫の扉にそのままもたれかかり、積もっている埃を気にすることなく腰掛けだした。そして、片膝を付いた姿勢を取ると、その状態で睦月の方を見上げてきている。
「詳しいところはまだ分からないが、どうも終戦前にお蔵入りした兵器の在処らしい。元々は半信半疑どころか、ただの噂話でしかなかったはずなんだけ、ど……秀吉がやらかしたせいで、本格的に調査が始まったみたいでな」
話が終わると、朔夜は他人事のように肩を竦めてきた。
「理由は分かったけど……終戦前にお蔵入りした兵器? 日本が瀕死の時にそんな兵器、研究する余裕なんてあったのか?」
おまけに、目的地は北西部とはいえ九州にある。アメリカに占領された沖縄や中韓に近い、ある意味首都以上の最前線で、暢気に兵器を研究している余裕があるとは、睦月にはどうしても思えなかった。
とはいえ、朔夜はまだ学生だが『考古学者』でもある。睦月が考えたこと等、すでに想定済みだろう。
「たしかに、ほぼ前線だったが……逆に言えば、敵の兵器を鹵獲しやすいってことでもあるだろ? 実際、アメリカだけでもすでに、三つの組織が動いているんだ。調べてみて損はない」
「その通り、なんだけどさ……目的地が九州ってのが、どうも気乗りしなくて」
右手に握っていた自動拳銃をホルスターに仕舞い、腕を組んで難しい顔を浮かべる睦月に、朔夜は気にするだけ無駄だとばかりに、ひらひらと片手を振ってきた。
「どうせ向こうも覚えてないって。むしろ、睦月の存在すら知らないんじゃないか?」
「…………分かった、請けるよ」
襖に手を伸ばしつつ、睦月は内心で盛大な溜息を吐いた。
(ま、遅かれ早かれ……か)
これから向かう……『運び屋』所縁の地に、思いを馳せながら。
「…………」
鞄に着替えを纏め終えた睦月は、鳴り響いてくる呼び鈴に合わせて、ゆっくりと立ち上がった。インターホンのような機械があれば、そこから返事をするのだろうが……この賃貸にはない。
『長期賃貸であればサービスでお付けしますよ』と、契約時に不動産屋に言われてはいたが、職業上の理由で突発的に引っ越す可能性もあったので、その時点で断っている。
なので本来であれば、部屋の中から外へと声を張り上げるべきなのだろうが……睦月や(おそらく)姫香は、迂闊にそんなことはしない。
姫香の場合は(女性ゆえの)防犯意識や緘黙症等の問題も含まれるだろうが、裏社会の住人である睦月も襲撃者対策として、存在を悟られないように極力気を付けているからだ。応対する時に声を出した方が怪しまれないのは宅配が届く時位だが、必要であればいつも別の住所やコンビニ等での受け取りサービスを利用する為、自宅に直接届られることはまずない。
だから睦月はまず、気配を殺しながら扉へと近付き、ドアスコープ越しに外の相手を確認する。そして、誰が来たかを把握して初めて開錠し、ドアノブに手を掛けて回した。
――ガチャ
「……いいんだな?」
「はい……お願いします」
買ったばかりに見える、真新しい衣服と鞄を携えた由希奈を一瞥した睦月は、そのまま一度、室内へと招き入れた。
陽が陰り始めている為、支度を済ませた後はすぐに出発しなければならない。その証拠に、睦月達の旅支度に合わせて、彩未も荷物を纏めて帰ろうとしていた。
「じゃあ、由希奈ちゃん。頑張ってね~」
由希奈の返事を待つことなく、入れ替わりに上がり框から足を降ろして靴を履くと、彩未はそそくさと帰っていった。
「とりあえず最初は……荷物の確認か。俺は先に整備工場で待ってるから、終わったら姫香と来てくれ」
できれば、自分の目で確認したい睦月だったが……由希奈相手にあまり、強引な手は取りたくない。何より、姫香が居るのであれば(別の意味でも)任せた方が早かった。
(にしても……本当に来るとはな)
荷物を持ち、彩未に続いて部屋を出た睦月だったが、共に出るとも途中まで送るとも言わなかった為か、すでにエレベーターは一階まで降りていた。ボタンを押し、最上階まで戻ってくるのを待ちながら、ふと腕を組んで物思いに耽る。
(由希奈のことは……職業体験とでも言っておけばいいか。まあ、その説明をする前に、朔に話を聞く方が先だけど)
何事もまずは、依頼を確認してからだ。内容次第では、由希奈の覚悟も徒労になりかねない。
(面倒事じゃなければいいけど……十中八九、そうなるよな)
ただの所用や、麻薬組織狩り程度ではまず、『運び屋』としての睦月に依頼を出すことはない。付き合いの長さゆえに予想できるからこそ、朔夜の事情も含めて、本当に請けるべきなのかを見極めなければならなかった。
(本当、考えることが多いよな……)
到着したエレベーターに乗り、一階へと向かわせた睦月は荷物片手に、思わず溜息を吐くのだった。
「余計な物は……ないわね。後は財布から現金だけ抜いて、ここに置いていけば問題なし」
「保険証のコピーとかも、駄目なの?」
「身分がバレそうな物は全部アウト。家族に危害を及ぼしたくなかったら、精々怪我や病気に気を付けることね」
確認した荷物の中身を由希奈に再度詰め直させた姫香は、自分の荷物と共に、彩未から預かっていた自動拳銃一式を持ってきた。
「じゃあ、荷物を纏め終えたところで……銃を渡すわね」
「…………、うん」
一瞬、由希奈の喉が鳴るような音が聞こえた気がする。けれども、姫香は気にすることなく、眼前に彩未の自動拳銃やその付属品を置いた。
「彩未が貸してくれたわよ。銃弾は2ダースもないけど、精々大事に使いなさい」
「分かった。ありが、……?」
荷物を纏め終え、空いた手を伸ばした由希奈だったが、その前に宙で止まってしまう。
「あんた……なんで彩未と同じやり方を選んだの?」
その自動拳銃にはまだ、持ち出してきた姫香の手が載っていた。まるで、明確な回答を示さない限り、渡さないと言わんばかりに。
「いまさら、あんたの気持ちが半端だって疑ったりはしないわよ。ただ……選んだ理由がいいかげんだったら、怒るって話」
たしかに彩未の言う通り、現在の『運び屋』達には情報収集能力が欠けている。『情報屋』や『ブギーマン』等に外注すれば済む話なのだろうが、どちらも今後、健在とは限らない。
それ以前に……どちらも取引があるからと言って、必ずしも味方で在り続ける保証等、どこにもないのだ。
だからこそ、情報収集の分野に精通し、かつ信用できる人間は多いに越したことはない。さらに『運び屋』として引き入れられるのであれば、どれだけ心強いことか。
だが、それはあくまで……本人が望んで手に入れた力であればの話だ。
自分には才能がないからと勝手に見切りをつけ、早々に諦めるのであれば失望程度で済む。けれども、肝心な場面で能力不足を起こしてしまえば、その時点で致命的な問題になりかねない。
教育において、相手を否定することはやる気を下げさせる悪手でもあるが、真剣度合いを把握する上では一番分かりやすい方法でもある。言葉一つで意思が弱まるならそれまでであり、逆に強まるということはそれだけ本気だと、結果的に証明することになるからだ。
だからこそ……由希奈は、揺るがなかった。
「私……結構、欲張りだったみたい」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのかが分からなくなる姫香に、由希奈は先日の、彩未の仕事に付き合った時の話をしてきた。
(あのニュースの元検事正……密告したのは『ブギーマン』だったのね)
つい最近の話な上に、あまりにも馬鹿馬鹿しい内容だった為か、姫香はそのニュースのことを何となく覚えていた。
「実際に勉強してみて分かったけど……理屈はともかく、基礎的な情報技術だけじゃ付け焼き刃にもならなかった。その日のことも、話を聞いただけだったら多分、理解できなかったと思う。だからこそ……まずは、情報技術から勉強してみることにしたの」
姫香にとっては『何故情報技術を選んだのか?』という意図の質問だったのだが……由希奈にはどうやら、『何故、彩未と同じ技能を身に着けることを選んだのか?』と捉えられてしまったらしい。
「まずは私のできること、私のやりたいことを探すことにしたの。前に、睦月さんにも『何の仕事をしたいか?』って、聞かれたことがあるけど……何も答えられなかった。だからまず、丁度知る機会があった『ブギーマン』の仕事を覚えようと思ったの。最初に情報技術を選んだ理由はそれだけ」
「…………」
睦月が由希奈と同じ発達障害だとしても、症状や特性は人によって様々だ。けれども、共通している点はいくつかある。
(これが、本当の発達障害……)
その一つを目の当たりにして、姫香は静かに奥歯を噛み締めた。
質問を言葉通りにしか受け取れず、相手の声音や仕草、態度から得られる情報を理解できず、足りない部分を想像で補おうとする。ある程度の経験が積み上がれば、睦月のようにその特性を多少抑えられるようにもなるが……この手の会話に関しては、由希奈はまだ浅過ぎた。
睦月と共に過ごしていたとはいえ、姫香は発達障害の特性を過小評価していたらしい。表面上の選択肢を聞いただけのつもりだったが、予想以上に彼女の内面に踏み込んでしまい、逆にその覚悟に当てられてしまった。
(本当、厄介なんだから……)
始まりは免許、次に銃の整備手順を覚え、そして彩未からも情報技術を学び出した。しかも、それで慢心するどころか満足すらしていない。
(これで、睦月が死んだりでもしたら……その後は、何を目標に頑張るのかしらね)
ただ、一つ……姫香と同じ問題を抱えていることを除いては。
合流地点は朔夜も利用したことのある、睦月の隠れ家の一つだった。
「ここみたいな場所を、いくつも持ってるんですか……?」
「持ってるだけだ。ここも名義は別人で、当の持ち主は絶賛出稼ぎ中」
ここを使えるのも、持ち主が知り合いの闇金融から借金をし、完済するまでの利子の一部を利用料として支払っていたからだ。隠れ家を手に入れる手段はいくつもあるが、負い目のある人間に貸しを作るのが一番手っ取り早い。
(まあ……何故か漁船暮らしを気に入って、そのまま戻ってこなくなるとは思わなかったけど)
偶々夜逃げの依頼を請けた際、闇金融が知り合いだった上に借金返済の手段を持ち合わせていたので、利子の一部を負担することを条件に隠れ家として使えるよう話をつけたのだが……完済した現在でも、(家賃、光熱費だけで)引き続き利用できるとは思ってもみなかった。
「まずは話をするだけだ。内容次第ではさっさと帰るから、その時は諦めろよ」
「分かっています。えっと……」
賃貸のボロアパート、ワンルームの中を見渡してから、由希奈は睦月に問い掛けてきた。
「……睦月さんの後ろで、話を聞けばいいんですか?」
「いや……」
睦月の目配せを理解した姫香は、由希奈の手を引くと中身のない押し入れへと引き入れだした。
「あいつが敵に回ったり……何かヘマをして誰かが押し入ってくる可能性もある。まずは俺だけで話を聞くから、姫香と一緒に押し入れの中に居ろ」
とはいえ、朔夜が理由もなく睦月の敵になるとは思えない。どちらかと言えば、抱えてる事情で問題に巻き込まれる可能性の方が高かった。
だから姫香共々、由希奈を押し入れの中に隠して様子を見ることにした。
――ピンポ~ン……
「来たか、一旦閉じるぞ。襖ごしでも会話は聞こえると思うが……逆に言えば、声を漏らせば居場所がバレるからな。俺がいいと言うまでは黙ってろよ」
二人が隠れたのを確認し、静かに襖を閉じた睦月は、肩掛けのホルスターから抜いた自動拳銃の銃身を引いて右手に持つと、そっと玄関近くに歩み寄った。
先程由希奈が合流した時とは違い、朔夜が訪れるのは確定事項だ。なので、睦月は扉越しにも聞こえるよう、あえて声を出す。
「…………はい、どちら様ですか?」
ごく普通の挨拶なので、無関係な人間であれば配達だろうが宗教勧誘だろうが訪問販売だろうが、関係なく名乗ってくるはずだ。けれども、夜中どころか深夜近くに訪れてきた時点で、予定のない第三者なら十中八九、ろくな人間ではないだろう。
つまり、今呼び鈴を鳴らしたのは元々の合流予定である朔夜か……睦月達に害を及ぼす誰かだ。
玄関から少し身を捩じらせ、扉越しの銃撃を避けられる位置に立った睦月は静かに、相手の返事を待った。
『毎度~、鍵屋の八番で~す。深夜の緊急依頼で伺いました~』
自分の職業や誕生月を適当に伝えてくる朔夜に呆れながらも、睦月は右手に自動拳銃を握ったまま、空いた左手で扉を開ける。
「もっとまともな建前考えろよ。お前、俺より頭良いだろうが……」
外に居たのは朔夜だけで、周囲に他の人影がないのを確認してから、急いで屋内に招き入れた。
「……で、宝探しの専属運転手だって? 一体何があったんだよ」
「言っておくけどな……お前も無関係じゃないぞ」
睦月に背を向けたまま、朔夜は電源の抜けている冷蔵庫を開けると、中から.45口径の拳銃弾を取り出しながら説明を始めた。
「星来さんに例の件、聞いてみたんだけどな……どうもその時に、今回の宝探しについて話していたらしい」
「あ~……何となく、分かってきた」
そこでようやく、睦月の頭の中に心当たりが浮かび上がってきた。
「要するに……俺の曾爺さんが、実家から盗んできた物の一つか?」
「多分、そうだろうな……少なくとも、出所は『運び屋』の家らしいし」
隠していた予備の拳銃弾を懐に仕舞い終えると、朔夜は閉めた冷蔵庫の扉にそのままもたれかかり、積もっている埃を気にすることなく腰掛けだした。そして、片膝を付いた姿勢を取ると、その状態で睦月の方を見上げてきている。
「詳しいところはまだ分からないが、どうも終戦前にお蔵入りした兵器の在処らしい。元々は半信半疑どころか、ただの噂話でしかなかったはずなんだけ、ど……秀吉がやらかしたせいで、本格的に調査が始まったみたいでな」
話が終わると、朔夜は他人事のように肩を竦めてきた。
「理由は分かったけど……終戦前にお蔵入りした兵器? 日本が瀕死の時にそんな兵器、研究する余裕なんてあったのか?」
おまけに、目的地は北西部とはいえ九州にある。アメリカに占領された沖縄や中韓に近い、ある意味首都以上の最前線で、暢気に兵器を研究している余裕があるとは、睦月にはどうしても思えなかった。
とはいえ、朔夜はまだ学生だが『考古学者』でもある。睦月が考えたこと等、すでに想定済みだろう。
「たしかに、ほぼ前線だったが……逆に言えば、敵の兵器を鹵獲しやすいってことでもあるだろ? 実際、アメリカだけでもすでに、三つの組織が動いているんだ。調べてみて損はない」
「その通り、なんだけどさ……目的地が九州ってのが、どうも気乗りしなくて」
右手に握っていた自動拳銃をホルスターに仕舞い、腕を組んで難しい顔を浮かべる睦月に、朔夜は気にするだけ無駄だとばかりに、ひらひらと片手を振ってきた。
「どうせ向こうも覚えてないって。むしろ、睦月の存在すら知らないんじゃないか?」
「…………分かった、請けるよ」
襖に手を伸ばしつつ、睦月は内心で盛大な溜息を吐いた。
(ま、遅かれ早かれ……か)
これから向かう……『運び屋』所縁の地に、思いを馳せながら。
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だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。
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