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167 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その5)
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「『運び屋』の先祖は元々、九州の武士だったんだよ」
由希奈と朔夜の顔合わせを済ませた睦月達は隠れ家を後にし、国産スポーツカーへと乗り込んで走り出した。
夜明けを待つ余裕もなく、深夜の行軍となってしまった為、睦月の眠気覚ましも兼ねて一度、由希奈に『運び屋』の……荻野家の起源について、車内で説明することにした。
「もう何の記録も残ってないから、詳しいことはまったく分からないが……どこぞの武家に生まれた次男か三男か、まあ長子以外だな。その中に一人、変わり者が居たんだよ。やたら馬だの荷車だの、何かに乗って走り飛ばしたり、どれだけ早く多くの荷物を町や拠点に運べるかを競いたがる奴がな」
自分で話してみて改めて、現在の『運び屋』に近い生き方をしていたのだと睦月は思った。いまさら後継者だのについて論議するつもりはないが、自分がその血筋を引いているのは、まず間違いなさそうだった。
「それで多分、後継者争いの時だと思うけど、当時の当主が『家を出て、運送問屋を興してみないか?』って、その変わり者に提案したらしい。武士としての腕は分からないから何とも言えないが、騎乗や運搬とかに関してだけは、確実に他の連中より秀でていたんだろうな。それで後継者争いから外しつつも、運搬役の人間を強引に残したみたいだ。で、その外された奴が『運び屋』の開祖……俺のご先祖様に当たる人物だ」
秀吉からは詳しい話を聞いたことがない。そもそも本人ですら、『運び屋』の歴史について、あまり知らされていないようだった。現に祖父からも、大まかな流れと曾祖父についてしか教えられていない。
「それが先祖代々続いた運送問屋、つまり『運び屋』の家系なんだが……どっかの馬鹿なお偉いさんが欲掻いて戦争なんて始めたばっかりに、その歴史は一度途絶えた。本当、国民からしたら傍迷惑な話だよ」
もしかしたら、歴史上のもっと古い事件にも関わっていたかもしれない。けれども、それを証明する手段がほぼ全て灰と化した以上、調べても徒労に終わるのがオチだ。
「九州に構えていたのも災いして、あっさり戦争に巻き込まれてな。その結果、本家は潰れたんだよ。まあ不幸中の幸いか、戦線が近かったからな。戦火に飲まれるのを予想して、事前に金目の物を隠せてたんだよ。ただ……家屋や買い込んでた乗り物の類はさすがに全滅した。それを見て気でも触れたのか、『家名は物ではなく理念である。ゆえに……各々好きに生きろ! 以上、解散!』とか当時の当主がほざいたせいで、一族は即離散。見事、『運送問屋』は散り散りになりましたとさ。めでたしめでたし」
「全然めでたくないだろうが……毎回聞いてて思うが、先祖の扱いが軽いんだよ荻野親子」
「俺から見れば完全な他人事で、今は『運び屋』の四代目でしかないんだよ。それに、先祖の昔話は好きだけどさ……現実を知れば知る程、聞く度に恐怖の方が勝ってくるんだよ、本気で」
静かに話を聞いていた由希奈と、交代で運転する為に仮眠を取っている姫香に代わり、依頼人のくせに何故か後部座席ではなく助手席に腰掛けている朔夜がツッコミを入れてきた。
「そもそもの話、睦月の曽爺さんがそのどさくさに紛れて、『運送問屋』の財産かっぱらって本州に逃げたのが始まりだろうが。今回の目的も、その財産の一つだぞ」
「それも、当てにならないんだよな……『伝統なんざクソ喰らえ(禍根と負債を残さない場合に限る)』が伝統のふざけた一族だったんだぞ。禍根や負債はともかく、財産なんて上等な物、まともに貯め込めてたと思うか?」
実際、社会の裏側で報酬目当てのヤバい仕事に手を出していた話は何度も聞くが、逆に言えば、まともに貯金する概念が存在していないことを示唆している。そんな一族相手に遺産を得ようとする位なら、適当に麻薬組織狩りでもした方がまだ稼げるかもしれない。
正直に言って睦月自身も、現在では『運び屋』としての技術以外、何の未練も執着も持ち合わせていなかった。
「しかも、中身が兵器なんだろ? そんなもん、後生大事に取っておくとはどうしても思えないんだが……」
「だから、じゃないか。金品や宝石とかと一緒で、兵器も売ろうと思えば売れるだろ? 戦争なんざ二の次で、適当なタイミングで売っ払おうとしてても不思議じゃないだろうが」
「……それこそ、ますます当てにならないけどな」
自分の父親達のことを思うと、睦月はハンドルを握ったまま、溜息を吐かざるを得なかった。物流会社のものらしき運送用トラックが横を通り過ぎる中、周囲の速度に合わせてシフトレバーを操作し、クラッチから足を離していく。
「さて……由希奈。ここまでで何か、質問とかあるか?」
「……え? えっと…………」
眠気を堪えながらも集中して聞いていた中、いきなり話を振られた為に戸惑った様子を見せてくる由希奈。それでも、とにかく何か質問しようとしてか喉を鳴らし、ゆっくりと口を開いてきた。
「ということは……本当は、『荻野』って名字じゃないんですか?」
「先祖の方はな。『荻野』に成ったのはさっき言った通り、曽爺さんの代からだ」
より正確には、曾祖父の代の半ばから、『荻野』の名字に成ったと言える。
「戦後のどさくさに紛れて戸籍を弄ったか、『荻野』って名字の家に婿入りしたか……死人に成り代わったとかじゃない、とは思うんだけどな。誰かが祟られた、なんて話は聞いたことないしな」
曾祖父の死因について聞いたことはないが、どうせ女に後ろから刺されたとかだろうと、睦月は考えていた。
「元の名字はもう分からないが……『漢字はともかく、読む時の音の響きが近い』とは、聞いたことがあるな。多分呼ばれた時に、周囲にできるだけ違和感を持たれないのを選んだんじゃないか?」
もし養子縁組とかであれば偶々だろうが、実際に家名をどうしたのかは当人である曾祖父にしか分からない。もしかしたら、息子に当たる祖父なら何かを知っているかもしれないが……どこに居るのかが分からない以上、真相を聞くことは叶わなかった。
「そうなると……誰が睦月さんの親戚なのか、分からないんですね」
「……そこなんだよな~」
そこが一番の懸念点だとばかりに、睦月の頭に重い何かが圧し掛かってきた。
「さすがに半世紀以上経ってるから、もう誰も知らないし気付かないと思うんだけどな。それでも、曽爺さんのやらかしを未だに恨んでそうで、さ……正直今すぐ引き返したい」
「だから、どうせ忘れてるって。いちいち気にすんなよな……」
そう言い、煙草を取り出して咥えようとする朔夜。
「言っておくが、車内禁煙だ。火ぃ点けたら即追い出して引き返すからな」
「…………チッ!」
続けてライターを取り出すことなく、煙草を口に咥えたまま、朔夜は背もたれに体重を深く預けだしていた。
「でも……朔夜さんの言う通りですよね」
車内の上部中央ミラーに映った由希奈を一瞥し、睦月は話の続きに耳を傾けた。
「私にとっての戦争は、外国か歴史上の出来事ですから。直接関わった人ももう、残ってないんじゃないですか?」
「ああ……直接なら多分、な」
由希奈の言いたいことも分かる。何であろうと当事者でなければ、分からないことの方が多い。実際、戦争の歴史を授業だけでなく、当時の被災者に語り手になって貰うのも、資料よりも実体験の方が説得力があるからだ。
だから、幼少期の環境要因によって信仰自体が普通だと思い込まされている宗教二世のように、自身の価値観を洗脳染みたやり方で植え付けなければ、子孫に無念を伝えることは難しいだろう。
「だけどな……数代程度なら、下手したら平気で恨みを抱え続けかねないんだよ。元の『運び屋』の本家」
…………通常であれば、だが。
「あの、それは一体……?」
「今は手元にないけどな……かっぱらった宝の中に十字紋、俗に言う『島津十字』の家紋が刻まれてる物があったんだよ」
歴史に詳しくない為か、すぐにはピンと来ていない由希奈だが無理もない。睦月もどちらかと言えば、漫画での雑知識が持ち合わせの大半を占めている。それを元から見抜いていてか、朔夜は咥えていた煙草を指で摘まんで外すと、その開いた口から簡単に説明してきた。
「関ヶ原の戦いは分かるか? 豊臣秀吉が死んだ後、徳川家康側の勢力が勝って権力を握り、後に江戸幕府を開いた有名な話」
「えっと……名前、だけなら……」
映画や漫画知識しかない睦月は声を挟まず、無言で朔夜の説明に耳を傾ける。
「その時に反徳川の軍勢に少数だけで参加していたのが、その『島津十字』の人間達なんだが……なんやかんやで四面楚歌ったにも関わらず、『捨て奸』なんてトンデモ戦法で敵中突破した逸話が有るんだよ」
指先で煙草を弄んでいた朔夜は、流れる夜景を眺めながら話を続けていく。
「その時の大将は九州に帰った後、和平交渉しつつも軍備を整えだした。しかも、関ヶ原と違って地元だからな。『捨て奸』かませるのと同等の連中が、文字通り桁違いに揃ってたんだよ。おかげで幕府の連中も、最初は討伐しようとしてたんだが……結局戦わないことを選ばざるを得なかった」
「そうなん、ですね……ちなみに、『捨て奸』というのは?」
そもそもの戦法を理解していない為か、その凄さが分からないままでいる由希奈に、今度は睦月が話し始めた。
「簡単に言うと……大将を逃がす為に少しずつ殿を残して、後続の敵軍を喰い止めたんだよ。しかも、世界大戦で日本が特攻させた時とは違って、同調圧力抜きでも志願者が多かったらしい」
元々の家訓や武士としての理念、当時の世論等もあっただろうが……それでも、自らの生命を懸けさせる程の忠義を集めたのは、素直に驚嘆に値した。
「ところで、今思ったんだが……日本の自爆特攻って、『捨て奸』のパクリじゃないか?」
「止めろ馬鹿。結果的にはどっちも、決死の覚悟で挑んでたんだぞ」
咥えていた煙草片手に頬杖を突きながら、睦月の発言に朔夜がツッコんできた。
「命令した人間や戦略目標に差はあれど、懸けられた生命はどう足掻いても、人間一人につき一個なんだよ。侮辱するなら戦争の元凶だけにしとけ」
「元凶はいいんですね……」
後部座席から届く由希奈の声に、睦月と朔夜は一度視線を交わしてから、すっと遠くへと視線を向けた。
「というか……そろそろ休憩にしないか?」
「そんなに煙草吸いたいのか? 仕方ないな……」
依頼人の希望により、適当なサービスエリアで休もうと睦月は、カーナビを操作して近隣の地図情報を表示させた。
『自分の仕事を成功させること以外に興味を持たず、知恵と力を駆使して状況の外から邪魔をする全てに襲い掛かる卑怯者。依頼の為ならば最悪、自分の尊厳や立場すらどうでもいいとすら思い、達成条件を守ることしか意識しない生粋のプロフェッショナル』
(…………あれ?)
睦月がカーナビを操作し、立ち寄るサービスエリアを探していた時だった。
『『何ものにも縛られない蝙蝠』、それが荻野睦月という……私が知る限り、最狂の運び屋だよ』
ふと、由希奈の脳裏にかつて、彩未と交わした会話の内容が浮かんできたのは。
「睦月さん、ふと思ったんですけど……」
「どうした?」
自らのスマホで営業時間や設備等を確認する朔夜の指示に従い、向かうサービスエリアを選んでハンドルを切る睦月に、由希奈は彩未との会話をかいつまんで伝えた後、そのまま思ったことを口にしていた。
「結果の、依頼達成の為にそれ以外全てを捧げるのが……まるで、仕事中の『運び屋』みたいだな、って思って」
『…………』
一瞬、車内を沈黙が覆った。
「……いやいや生命は大事だぞっ!」
自分は違うとばかりに睦月は言葉で否定してくるが、運転中なので強引に堪えたような、苦い表情を顔に浮かべていた。
「ほら、生命を懸けることと、相手を道連れにするのは違うだろ。俺絶対に前者しかやらないからっ! むさい敵と一緒にくたばる位なら、ヤバい橋をいくらでも渡ってやるって覚悟を決めているだけだからっ!?」
「睦月、それ以上しゃべるな。『自分は自他問わずに生命を軽く見ています』って考えがボロボロ出てるぞ……神経か細いくせに」
早く吸いたくてうずいている朔夜が由希奈の方を振り返ると、睦月を指差しながら応えてきた。
「ちなみに……睦月のテンションが無駄に高い時は大抵、面倒事を察して誤魔化そうとしてるんだよ。まあ癖みたいなもんだから、気にすんな」
「は、はあ……」
「いや、俺の話を聞けよっ!?」
由希奈と朔夜が話し込む横でそう叫ぶ睦月だが、その運転が淀むことは一切なかった。
――バシッ!
「あぎゃっ!?」
車から降りた直後、姫香は仮眠中に騒いでいた睦月に容赦なく蹴りを叩き込んでいた。
由希奈と朔夜の顔合わせを済ませた睦月達は隠れ家を後にし、国産スポーツカーへと乗り込んで走り出した。
夜明けを待つ余裕もなく、深夜の行軍となってしまった為、睦月の眠気覚ましも兼ねて一度、由希奈に『運び屋』の……荻野家の起源について、車内で説明することにした。
「もう何の記録も残ってないから、詳しいことはまったく分からないが……どこぞの武家に生まれた次男か三男か、まあ長子以外だな。その中に一人、変わり者が居たんだよ。やたら馬だの荷車だの、何かに乗って走り飛ばしたり、どれだけ早く多くの荷物を町や拠点に運べるかを競いたがる奴がな」
自分で話してみて改めて、現在の『運び屋』に近い生き方をしていたのだと睦月は思った。いまさら後継者だのについて論議するつもりはないが、自分がその血筋を引いているのは、まず間違いなさそうだった。
「それで多分、後継者争いの時だと思うけど、当時の当主が『家を出て、運送問屋を興してみないか?』って、その変わり者に提案したらしい。武士としての腕は分からないから何とも言えないが、騎乗や運搬とかに関してだけは、確実に他の連中より秀でていたんだろうな。それで後継者争いから外しつつも、運搬役の人間を強引に残したみたいだ。で、その外された奴が『運び屋』の開祖……俺のご先祖様に当たる人物だ」
秀吉からは詳しい話を聞いたことがない。そもそも本人ですら、『運び屋』の歴史について、あまり知らされていないようだった。現に祖父からも、大まかな流れと曾祖父についてしか教えられていない。
「それが先祖代々続いた運送問屋、つまり『運び屋』の家系なんだが……どっかの馬鹿なお偉いさんが欲掻いて戦争なんて始めたばっかりに、その歴史は一度途絶えた。本当、国民からしたら傍迷惑な話だよ」
もしかしたら、歴史上のもっと古い事件にも関わっていたかもしれない。けれども、それを証明する手段がほぼ全て灰と化した以上、調べても徒労に終わるのがオチだ。
「九州に構えていたのも災いして、あっさり戦争に巻き込まれてな。その結果、本家は潰れたんだよ。まあ不幸中の幸いか、戦線が近かったからな。戦火に飲まれるのを予想して、事前に金目の物を隠せてたんだよ。ただ……家屋や買い込んでた乗り物の類はさすがに全滅した。それを見て気でも触れたのか、『家名は物ではなく理念である。ゆえに……各々好きに生きろ! 以上、解散!』とか当時の当主がほざいたせいで、一族は即離散。見事、『運送問屋』は散り散りになりましたとさ。めでたしめでたし」
「全然めでたくないだろうが……毎回聞いてて思うが、先祖の扱いが軽いんだよ荻野親子」
「俺から見れば完全な他人事で、今は『運び屋』の四代目でしかないんだよ。それに、先祖の昔話は好きだけどさ……現実を知れば知る程、聞く度に恐怖の方が勝ってくるんだよ、本気で」
静かに話を聞いていた由希奈と、交代で運転する為に仮眠を取っている姫香に代わり、依頼人のくせに何故か後部座席ではなく助手席に腰掛けている朔夜がツッコミを入れてきた。
「そもそもの話、睦月の曽爺さんがそのどさくさに紛れて、『運送問屋』の財産かっぱらって本州に逃げたのが始まりだろうが。今回の目的も、その財産の一つだぞ」
「それも、当てにならないんだよな……『伝統なんざクソ喰らえ(禍根と負債を残さない場合に限る)』が伝統のふざけた一族だったんだぞ。禍根や負債はともかく、財産なんて上等な物、まともに貯め込めてたと思うか?」
実際、社会の裏側で報酬目当てのヤバい仕事に手を出していた話は何度も聞くが、逆に言えば、まともに貯金する概念が存在していないことを示唆している。そんな一族相手に遺産を得ようとする位なら、適当に麻薬組織狩りでもした方がまだ稼げるかもしれない。
正直に言って睦月自身も、現在では『運び屋』としての技術以外、何の未練も執着も持ち合わせていなかった。
「しかも、中身が兵器なんだろ? そんなもん、後生大事に取っておくとはどうしても思えないんだが……」
「だから、じゃないか。金品や宝石とかと一緒で、兵器も売ろうと思えば売れるだろ? 戦争なんざ二の次で、適当なタイミングで売っ払おうとしてても不思議じゃないだろうが」
「……それこそ、ますます当てにならないけどな」
自分の父親達のことを思うと、睦月はハンドルを握ったまま、溜息を吐かざるを得なかった。物流会社のものらしき運送用トラックが横を通り過ぎる中、周囲の速度に合わせてシフトレバーを操作し、クラッチから足を離していく。
「さて……由希奈。ここまでで何か、質問とかあるか?」
「……え? えっと…………」
眠気を堪えながらも集中して聞いていた中、いきなり話を振られた為に戸惑った様子を見せてくる由希奈。それでも、とにかく何か質問しようとしてか喉を鳴らし、ゆっくりと口を開いてきた。
「ということは……本当は、『荻野』って名字じゃないんですか?」
「先祖の方はな。『荻野』に成ったのはさっき言った通り、曽爺さんの代からだ」
より正確には、曾祖父の代の半ばから、『荻野』の名字に成ったと言える。
「戦後のどさくさに紛れて戸籍を弄ったか、『荻野』って名字の家に婿入りしたか……死人に成り代わったとかじゃない、とは思うんだけどな。誰かが祟られた、なんて話は聞いたことないしな」
曾祖父の死因について聞いたことはないが、どうせ女に後ろから刺されたとかだろうと、睦月は考えていた。
「元の名字はもう分からないが……『漢字はともかく、読む時の音の響きが近い』とは、聞いたことがあるな。多分呼ばれた時に、周囲にできるだけ違和感を持たれないのを選んだんじゃないか?」
もし養子縁組とかであれば偶々だろうが、実際に家名をどうしたのかは当人である曾祖父にしか分からない。もしかしたら、息子に当たる祖父なら何かを知っているかもしれないが……どこに居るのかが分からない以上、真相を聞くことは叶わなかった。
「そうなると……誰が睦月さんの親戚なのか、分からないんですね」
「……そこなんだよな~」
そこが一番の懸念点だとばかりに、睦月の頭に重い何かが圧し掛かってきた。
「さすがに半世紀以上経ってるから、もう誰も知らないし気付かないと思うんだけどな。それでも、曽爺さんのやらかしを未だに恨んでそうで、さ……正直今すぐ引き返したい」
「だから、どうせ忘れてるって。いちいち気にすんなよな……」
そう言い、煙草を取り出して咥えようとする朔夜。
「言っておくが、車内禁煙だ。火ぃ点けたら即追い出して引き返すからな」
「…………チッ!」
続けてライターを取り出すことなく、煙草を口に咥えたまま、朔夜は背もたれに体重を深く預けだしていた。
「でも……朔夜さんの言う通りですよね」
車内の上部中央ミラーに映った由希奈を一瞥し、睦月は話の続きに耳を傾けた。
「私にとっての戦争は、外国か歴史上の出来事ですから。直接関わった人ももう、残ってないんじゃないですか?」
「ああ……直接なら多分、な」
由希奈の言いたいことも分かる。何であろうと当事者でなければ、分からないことの方が多い。実際、戦争の歴史を授業だけでなく、当時の被災者に語り手になって貰うのも、資料よりも実体験の方が説得力があるからだ。
だから、幼少期の環境要因によって信仰自体が普通だと思い込まされている宗教二世のように、自身の価値観を洗脳染みたやり方で植え付けなければ、子孫に無念を伝えることは難しいだろう。
「だけどな……数代程度なら、下手したら平気で恨みを抱え続けかねないんだよ。元の『運び屋』の本家」
…………通常であれば、だが。
「あの、それは一体……?」
「今は手元にないけどな……かっぱらった宝の中に十字紋、俗に言う『島津十字』の家紋が刻まれてる物があったんだよ」
歴史に詳しくない為か、すぐにはピンと来ていない由希奈だが無理もない。睦月もどちらかと言えば、漫画での雑知識が持ち合わせの大半を占めている。それを元から見抜いていてか、朔夜は咥えていた煙草を指で摘まんで外すと、その開いた口から簡単に説明してきた。
「関ヶ原の戦いは分かるか? 豊臣秀吉が死んだ後、徳川家康側の勢力が勝って権力を握り、後に江戸幕府を開いた有名な話」
「えっと……名前、だけなら……」
映画や漫画知識しかない睦月は声を挟まず、無言で朔夜の説明に耳を傾ける。
「その時に反徳川の軍勢に少数だけで参加していたのが、その『島津十字』の人間達なんだが……なんやかんやで四面楚歌ったにも関わらず、『捨て奸』なんてトンデモ戦法で敵中突破した逸話が有るんだよ」
指先で煙草を弄んでいた朔夜は、流れる夜景を眺めながら話を続けていく。
「その時の大将は九州に帰った後、和平交渉しつつも軍備を整えだした。しかも、関ヶ原と違って地元だからな。『捨て奸』かませるのと同等の連中が、文字通り桁違いに揃ってたんだよ。おかげで幕府の連中も、最初は討伐しようとしてたんだが……結局戦わないことを選ばざるを得なかった」
「そうなん、ですね……ちなみに、『捨て奸』というのは?」
そもそもの戦法を理解していない為か、その凄さが分からないままでいる由希奈に、今度は睦月が話し始めた。
「簡単に言うと……大将を逃がす為に少しずつ殿を残して、後続の敵軍を喰い止めたんだよ。しかも、世界大戦で日本が特攻させた時とは違って、同調圧力抜きでも志願者が多かったらしい」
元々の家訓や武士としての理念、当時の世論等もあっただろうが……それでも、自らの生命を懸けさせる程の忠義を集めたのは、素直に驚嘆に値した。
「ところで、今思ったんだが……日本の自爆特攻って、『捨て奸』のパクリじゃないか?」
「止めろ馬鹿。結果的にはどっちも、決死の覚悟で挑んでたんだぞ」
咥えていた煙草片手に頬杖を突きながら、睦月の発言に朔夜がツッコんできた。
「命令した人間や戦略目標に差はあれど、懸けられた生命はどう足掻いても、人間一人につき一個なんだよ。侮辱するなら戦争の元凶だけにしとけ」
「元凶はいいんですね……」
後部座席から届く由希奈の声に、睦月と朔夜は一度視線を交わしてから、すっと遠くへと視線を向けた。
「というか……そろそろ休憩にしないか?」
「そんなに煙草吸いたいのか? 仕方ないな……」
依頼人の希望により、適当なサービスエリアで休もうと睦月は、カーナビを操作して近隣の地図情報を表示させた。
『自分の仕事を成功させること以外に興味を持たず、知恵と力を駆使して状況の外から邪魔をする全てに襲い掛かる卑怯者。依頼の為ならば最悪、自分の尊厳や立場すらどうでもいいとすら思い、達成条件を守ることしか意識しない生粋のプロフェッショナル』
(…………あれ?)
睦月がカーナビを操作し、立ち寄るサービスエリアを探していた時だった。
『『何ものにも縛られない蝙蝠』、それが荻野睦月という……私が知る限り、最狂の運び屋だよ』
ふと、由希奈の脳裏にかつて、彩未と交わした会話の内容が浮かんできたのは。
「睦月さん、ふと思ったんですけど……」
「どうした?」
自らのスマホで営業時間や設備等を確認する朔夜の指示に従い、向かうサービスエリアを選んでハンドルを切る睦月に、由希奈は彩未との会話をかいつまんで伝えた後、そのまま思ったことを口にしていた。
「結果の、依頼達成の為にそれ以外全てを捧げるのが……まるで、仕事中の『運び屋』みたいだな、って思って」
『…………』
一瞬、車内を沈黙が覆った。
「……いやいや生命は大事だぞっ!」
自分は違うとばかりに睦月は言葉で否定してくるが、運転中なので強引に堪えたような、苦い表情を顔に浮かべていた。
「ほら、生命を懸けることと、相手を道連れにするのは違うだろ。俺絶対に前者しかやらないからっ! むさい敵と一緒にくたばる位なら、ヤバい橋をいくらでも渡ってやるって覚悟を決めているだけだからっ!?」
「睦月、それ以上しゃべるな。『自分は自他問わずに生命を軽く見ています』って考えがボロボロ出てるぞ……神経か細いくせに」
早く吸いたくてうずいている朔夜が由希奈の方を振り返ると、睦月を指差しながら応えてきた。
「ちなみに……睦月のテンションが無駄に高い時は大抵、面倒事を察して誤魔化そうとしてるんだよ。まあ癖みたいなもんだから、気にすんな」
「は、はあ……」
「いや、俺の話を聞けよっ!?」
由希奈と朔夜が話し込む横でそう叫ぶ睦月だが、その運転が淀むことは一切なかった。
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