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170 案件No.009_Treasure Hunt Tour(その8)
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睦月達が昼食を終え、一日目の宿泊先へと到着した時のことである。
――ピーッ!
「いらっしゃいませ。お車の返却でよろしいでしょうか?」
「ああ、その通りだ……」
本州の最西端にある、レンタカーの系列店舗に一台の車が停まった。その運転手は端的だが澱みのない日本語と共に降りると、従業員に鍵を渡してから杖と荷物を持ち、ゆっくりと立ち上がった。
「清算を頼む」
「はい。こちらへどうぞ」
別の従業員が代わりに車へと乗り込んで駐車場に向かうのを背に、杖を突いた男は店内へと案内されていく。
「よろしければ、そちらの椅子にお掛け下さい。お支払いはいかがいたしますか?」
「現金払いで頼む。領収書も付けてくれ」
そして清算の為に従業員が立ち去ろうとする中、男は口を開いて足を止めさせた。
「ああ、そうだ。忘れていた……後で、道を聞いてもいいか?」
「かしこまりました。一緒に地図もお持ちしますね」
従業員のその言葉を聞いた後、男は杖に顎を預けたまま、清算が終わるのを静かに待った。
辛うじて沈みゆく太陽の下、杖と荷物を持った男はあるレストランへと来ていた。予約の時間まで少し余裕はあるが、待ち人も反対の道から歩いてくるので、そのまま店の前で合流する。
「歳を取っても、相変わらずでかいな……『醜悪』」
「そういうお前は……変わらず足が悪い振りをしているのか、『無感動』」
「ただ、杖を持って歩いてるだけなんだがな……」
そう言い、アディシェスと呼ばれた男は、カイツールの名を持つ同年代の巨漢と共に、レストランへと入った。
そこは韓国料理を扱うレストランで、表向きは普通に営業しているが、その実態は『犯罪組織』の拠点の一つである。とはいえ、アディシェス自身は来るのが初めてだったが。
「……個室で」
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
韓国語に日本語で返されたが、対応してきたウェイターは何事もなく、アディシェスとカイツールの二人を店の奥にある個室へと案内してきた。
他にも利用客が居る前だが、従業員全体が雰囲気出しと裏方事情の隠蔽も兼ねて韓国語でも話していたからか、周囲の誰もが違和感に気付くことはない。そのまま案内された個室に入り、扉が閉められると共に席へと着く。
「ようやく韓国語で話せるな……」
「この店なら、違和感はなさそうだけどな……それより、注文はどうする?」
「この蒸し暑さだぞ? 冷麺一択だろうが」
ウェイターが二人から請けた注文と共に部屋を辞した後、アディシェスはテーブルを挟んだカイツールに向け、口を開いた。
「さて……どっちから報告を始める?」
「俺は後で良いだろう。だから……先に聞かせろ」
椅子に腰掛けたまま腕を組み、カイツールはアディシェスに話を促してきた。
「結局…………裏切者は居たのか?」
背もたれに体重を預けるカイツールの向かいで、アディシェスは座った状態のまま杖を肩に担ぎつつ、重々し気に告げる。
「裏切りも何も……『犯罪組織』時代から残っている幹部級はもう、俺達だけだろ?」
「……まあ、たしかにな」
アディシェスが言うように、『犯罪組織』から『犯罪組織』へと移れた生き残りは少ない。それどころか、寄る年波に適わず、組織の遷移を機会と捉えて、後継に託した者の方が多かった。かくいうカイツールも、現在は弟子の育成に専念している。
「特に新入り組は、忠誠心よりも利害が一致して入った奴が多いからな。現に『色欲』は、目先の欲に溺れたせいで『運び屋』共の手に堕ちてしまった。生死不明の『残酷』もそうだが、これからどうする気だ?」
「どちらにせよ……まずは、目先の仕事からだろうな」
カイツールの疑問に、アディシェスは溜息を吐くかのように答えた。
「勧誘も兼ねて依頼した『殺し屋』が、結局駄目になってしまった。幹部以外の構成員で昇格できそうなのは現状、お前の弟子だけなんだ。だからこそ、しっかり指導してやってくれ」
「分かってる。だが……もっと、信頼できる奴が欲しいところだな」
アディシェスが訪日したのはカイツール達の様子を窺った上で帰国する為だが、日本に同行してきた女性、『貪欲』は違う。求人票を見て、応募してきた者について調査する仕事があったからだ。
「あの『貪欲』もだろ? 裏切りの候補に挙がっていたのは……大丈夫だったのか?」
「一先ずは、な。『犯罪組織』の結成初期から入ったメンバーだけあって、特に怪しい動きはない。仕事も的確にこなしてくれてるしな」
そのケムダーも、訪日のタイミングですでに別行動している。早ければもう、新しい人材と顔合わせしている頃合いだろうか。
いずれにせよ、人手不足の現状に変わりはない。
だからこそ、カイツールの仕事の重要度は増すばかりだった。
「後継組と新入り達が、幹部の大半を占めてきた。時の流れというのは、残酷だな……」
「こればかりは仕方ない。それだけ俺達も、歳を取ったということだ……それに、『犯罪組織』時代からだと考えれば、俺達だって後継組だろうが」
ノックの後で入ってきたウェイターが冷麺セットを運び入れ、アディシェス達の前へと配膳していく。そして、退室したのを合図に二人は食事を始め、話を再開した。
「やっぱり……単なる、世代間の問題だったのか?」
「……だと、いいがな」
現在、『犯罪組織』内では思想の分裂が起きている。
引退や逝去により、『犯罪組織』の結成された経緯を直接知る者がほとんど居なくなったこともあるが、本来の目的と前身から引き継がれた文化に馴染めず、新参者の大半にはすぐ背を向けられてしまう。現に、アディシェスやカイツールが未だに『犯罪組織』に在籍しているのも、当事者達からの直接的な指導やある者達との因縁があってこそだ。
「いずれにせよ、実績を積まないとな……で、弟子の指導の進捗は?」
「……まずまず、と言ったところか」
先に空にした器を置いたカイツールは、咀嚼するアディシェスの前で再び腕を組みながら話し出した。
「実力だけなら、仕上げは間に合いそうだが……やはり、経験がなさすぎる」
「もう少し、時間があれば良かったんだがな……」
収集した情報通りであれば、カイツールの弟子に割り振る仕事の期限は近い。師匠である眼前の巨漢に任せられれば一番良かったのだが、彼もまた人間である以上、寄る年波には敵わなくなっている。
「やはり決行の日は、俺が補助につく。後は作戦通りで問題ないはずだ」
「そうか……増員は必要か?」
「予定通りなら不要だ。ただ……情報収集だけは欠かさずに頼む。確実性が損なわれる可能性は避けたい」
後、とカイツールは、少し目を細めて呟いた。
「ケムダーでもシェリダーでもいいが……使えそうな敵がいれば寄越すよう、言ってくれ。今の練習相手だけでは、本番も上手くいくか分からん」
「分かった。バチカルにも報告ついでに話しておく」
「バチカル、か……」
声音に少し、不安を混ぜて呟くカイツールに、アディシェスは食べ終えた器を置いてから問い掛ける。
「何か、不満でもあるのか?」
「いや……」
カイツールは声を落として、答えてきた。
「『犯罪組織』を潰した元凶……『最期の世代』を宛がわれるんじゃないかと思ってな」
その返しに、アディシェスはカイツールの不安を理解したのか、溜息混じりに答えた。
「……分かった、できるだけ伏せておく。他の二人には、出国前に連絡しておけばいいか?」
「助かる。負けないまでも、大なり小なり面倒を抱え込みそうだからな」
組織内でも、未だに恨みを抱いている者は多い。ただでさえ、前身である『犯罪組織』を壊滅させた因縁もあるが……事前に仕込まれていたとはいえ、実質十二人の未成年にやられたのだ。
当時を知る者達からすれば、『最期の世代』程忌々しい存在はないと断言できる。
「俺も、獲物を横取りされるのは勘弁して欲しいからな」
「まったくだ。かと言って、こちらから動いてもタダ働きになるのが、一番厄介だな……」
バチカルが聞けば憤るかもしれないし、アディシェスやカイツールも恨みがまったくないと言えば嘘になる。だとしても、『犯罪組織』の存続を優先させるのは当然の義務だ。だとすれば、不要な揉め事は避けるべきだろう。
「じゃあ、そろそろ出るか……ところで、アディシェスは弟子を取らないのか?」
「取ろうとしてたさ……」
改めて握った杖に、力が少し入るのが分かる。
「…………あの小娘に、出会うまではな」
その言葉を最後に、二人は店を後にした。
同じ頃、睦月達はそこまで離れていない場所にある旅館へと来ていた。
ただし、温泉等の見所はなく、ほぼ宿泊施設以外の用途を成していなかったが。
「ここの温泉、地盤沈下の影響で枯れたらしいな……」
「ちともったいないな。まあ、その分安いし、近くに温泉施設もあるからそんなもんだろう。それに……今回は外出禁止だから、元々の大浴場が健在なだけでも御の字だろ?」
「……なあ、朔。目的を忘れてないよな?」
昔から、頭が良いくせに大雑把な思考を持つ姉に呆れつつ、睦月は受付で貰ったパンフレットから目を離した。
チェックインを済ませた睦月達は二手に分かれ、今は朔夜と共に、喫煙可の二人部屋で荷物を解いているところだった。
姫香と由希奈は別の(禁煙)部屋で待機しているが、今は朔夜と同じことをしている頃だろう。
「で、大丈夫そうか?」
「一先ずは、な。直前に部屋を取ったからたとえ知られてても、さすがに準備する暇はなかっただろうし」
盗聴器や隠しカメラの類が見当たらないのを確認してから、朔夜は道具代わりに用いていたスマホと一緒に、自分の身をベッドの上に投げ捨てていた。
「明日の予定は、いつ打ち合わせる?」
「それこそ、明日でいいだろ。『明日できることは明日やれ』、だ」
「お前はいつから、トルコ人になったよ……」
隣のベッドの上で胡坐を掻いたまま、睦月は自動拳銃から抜いた弾倉の残弾数を確認する。
「せめて自分の武器位、確認しとけよな。後、扉の方に罠を仕掛けるのは、寝る前で良いか?」
「ああ。手榴弾は持ってきてるか?」
「姫香が気を利かせてくれてな。とりあえず、部屋ごとに三個ずつ用意した」
弾倉を戻した自動拳銃をベッドの上に置き、鞄の中から手榴弾を取り出した睦月は、そのうち一つを朔夜に投げ渡した。
「扉と縁側、後は予備ってところか……おい、若干錆びてないか?」
「そりゃ、普段は使わねえしな。保管には気を付けていたから、起爆は問題ないと思うぞ?」
「……お前も大概、大雑把だろうが」
自前のソーイングセットから不釣り合いな厚さのある糸――ワイヤーを取り出すと、朔夜は窓際に手際良く、手榴弾の罠を仕掛けていく。
「仕事道具はしっかり整備するくせに、それ以外は親子四代揃って適当に放置しやがって……まあ、だから『運び屋』の遺産が、まばらに残っててくれたんだけどな」
「……だからこそ、余計に当てにならないんだけどな」
自らの家宝にも等しいはずの代物だが、睦月は未だに、懐疑心が拭えないでいる。
「ちょっと見回りがてら、旅館内散策してくる。護衛は要るか?」
「そう思うんなら、逆に銃は置いてけ。不自然な膨らみや余計な手荷物は、かえって目立つだろうが」
「分かってるって」
ベッドの上から枕の下に自動拳銃を移した睦月は立ち上がると、スマホと財布、そして愛用のタクティカルペンだけを仕舞った小物入れを持ち、朔夜に背を向けた。
「にしても、枕の下か……一番まともだけど、もうちょいマシな隠し場所ってないのかね」
「だったら寝る時も、ホルスター着けてろよ。寝返り打つ度に、鉄の塊ぶつける羽目になるけどな」
「おまけに、暴発する可能性もあるしな……あれ? 昔、訓練中に暴発やらかしたのって、朔じゃなかったっけ?」
扉を開ける前、睦月は朔夜の方を振り返ってそう問い掛けるが、当の本人は聞く耳を持たず、『一仕事終えた』とばかりに煙草を吸っていた。
「…………覚えてないな」
「この姉貴は……」
もはや呆れを隠すことなく、睦月は『超記憶力』を持つ姉から目を放し、そのまま外へと出た。
そして不審者は、すぐに見つけられた。
――ポン!
「……目立ち過ぎ」
「ふぁっ!?」
突然、後ろから肩を叩かれた為か、由希奈は声を震わせながら振り返ってくる。
「む……睦月、さん?」
「何やってんだよ。由希奈」
これが大浴場に向かう途中なのであれば、まだマシだったのだが……どうみても不審な動きで、あちこち歩きながら旅館内を徘徊している様はまさしく、不法侵入者のそれだった。
「とにかく、一旦落ち着け。どこかで話を……ああ、あそこが良いな」
とりあえず、他の利用客や旅館のスタッフに見つかる前に回収できて良かったと考えながら、睦月は由希奈を連れて、ある場所へと向かう。
「そう言えば……姫香はどうした?」
「役割分担で別れたんです。姫香が部屋を調べている間に、私が旅館内を見回ってました」
(それ、って……態良く追い出されてないか?)
内心出かかった言葉を飲み込み、後で部屋に送り届けてから姫香に説教しようと、睦月は由希奈を案内しつつ決意するのだった。
――ピーッ!
「いらっしゃいませ。お車の返却でよろしいでしょうか?」
「ああ、その通りだ……」
本州の最西端にある、レンタカーの系列店舗に一台の車が停まった。その運転手は端的だが澱みのない日本語と共に降りると、従業員に鍵を渡してから杖と荷物を持ち、ゆっくりと立ち上がった。
「清算を頼む」
「はい。こちらへどうぞ」
別の従業員が代わりに車へと乗り込んで駐車場に向かうのを背に、杖を突いた男は店内へと案内されていく。
「よろしければ、そちらの椅子にお掛け下さい。お支払いはいかがいたしますか?」
「現金払いで頼む。領収書も付けてくれ」
そして清算の為に従業員が立ち去ろうとする中、男は口を開いて足を止めさせた。
「ああ、そうだ。忘れていた……後で、道を聞いてもいいか?」
「かしこまりました。一緒に地図もお持ちしますね」
従業員のその言葉を聞いた後、男は杖に顎を預けたまま、清算が終わるのを静かに待った。
辛うじて沈みゆく太陽の下、杖と荷物を持った男はあるレストランへと来ていた。予約の時間まで少し余裕はあるが、待ち人も反対の道から歩いてくるので、そのまま店の前で合流する。
「歳を取っても、相変わらずでかいな……『醜悪』」
「そういうお前は……変わらず足が悪い振りをしているのか、『無感動』」
「ただ、杖を持って歩いてるだけなんだがな……」
そう言い、アディシェスと呼ばれた男は、カイツールの名を持つ同年代の巨漢と共に、レストランへと入った。
そこは韓国料理を扱うレストランで、表向きは普通に営業しているが、その実態は『犯罪組織』の拠点の一つである。とはいえ、アディシェス自身は来るのが初めてだったが。
「……個室で」
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
韓国語に日本語で返されたが、対応してきたウェイターは何事もなく、アディシェスとカイツールの二人を店の奥にある個室へと案内してきた。
他にも利用客が居る前だが、従業員全体が雰囲気出しと裏方事情の隠蔽も兼ねて韓国語でも話していたからか、周囲の誰もが違和感に気付くことはない。そのまま案内された個室に入り、扉が閉められると共に席へと着く。
「ようやく韓国語で話せるな……」
「この店なら、違和感はなさそうだけどな……それより、注文はどうする?」
「この蒸し暑さだぞ? 冷麺一択だろうが」
ウェイターが二人から請けた注文と共に部屋を辞した後、アディシェスはテーブルを挟んだカイツールに向け、口を開いた。
「さて……どっちから報告を始める?」
「俺は後で良いだろう。だから……先に聞かせろ」
椅子に腰掛けたまま腕を組み、カイツールはアディシェスに話を促してきた。
「結局…………裏切者は居たのか?」
背もたれに体重を預けるカイツールの向かいで、アディシェスは座った状態のまま杖を肩に担ぎつつ、重々し気に告げる。
「裏切りも何も……『犯罪組織』時代から残っている幹部級はもう、俺達だけだろ?」
「……まあ、たしかにな」
アディシェスが言うように、『犯罪組織』から『犯罪組織』へと移れた生き残りは少ない。それどころか、寄る年波に適わず、組織の遷移を機会と捉えて、後継に託した者の方が多かった。かくいうカイツールも、現在は弟子の育成に専念している。
「特に新入り組は、忠誠心よりも利害が一致して入った奴が多いからな。現に『色欲』は、目先の欲に溺れたせいで『運び屋』共の手に堕ちてしまった。生死不明の『残酷』もそうだが、これからどうする気だ?」
「どちらにせよ……まずは、目先の仕事からだろうな」
カイツールの疑問に、アディシェスは溜息を吐くかのように答えた。
「勧誘も兼ねて依頼した『殺し屋』が、結局駄目になってしまった。幹部以外の構成員で昇格できそうなのは現状、お前の弟子だけなんだ。だからこそ、しっかり指導してやってくれ」
「分かってる。だが……もっと、信頼できる奴が欲しいところだな」
アディシェスが訪日したのはカイツール達の様子を窺った上で帰国する為だが、日本に同行してきた女性、『貪欲』は違う。求人票を見て、応募してきた者について調査する仕事があったからだ。
「あの『貪欲』もだろ? 裏切りの候補に挙がっていたのは……大丈夫だったのか?」
「一先ずは、な。『犯罪組織』の結成初期から入ったメンバーだけあって、特に怪しい動きはない。仕事も的確にこなしてくれてるしな」
そのケムダーも、訪日のタイミングですでに別行動している。早ければもう、新しい人材と顔合わせしている頃合いだろうか。
いずれにせよ、人手不足の現状に変わりはない。
だからこそ、カイツールの仕事の重要度は増すばかりだった。
「後継組と新入り達が、幹部の大半を占めてきた。時の流れというのは、残酷だな……」
「こればかりは仕方ない。それだけ俺達も、歳を取ったということだ……それに、『犯罪組織』時代からだと考えれば、俺達だって後継組だろうが」
ノックの後で入ってきたウェイターが冷麺セットを運び入れ、アディシェス達の前へと配膳していく。そして、退室したのを合図に二人は食事を始め、話を再開した。
「やっぱり……単なる、世代間の問題だったのか?」
「……だと、いいがな」
現在、『犯罪組織』内では思想の分裂が起きている。
引退や逝去により、『犯罪組織』の結成された経緯を直接知る者がほとんど居なくなったこともあるが、本来の目的と前身から引き継がれた文化に馴染めず、新参者の大半にはすぐ背を向けられてしまう。現に、アディシェスやカイツールが未だに『犯罪組織』に在籍しているのも、当事者達からの直接的な指導やある者達との因縁があってこそだ。
「いずれにせよ、実績を積まないとな……で、弟子の指導の進捗は?」
「……まずまず、と言ったところか」
先に空にした器を置いたカイツールは、咀嚼するアディシェスの前で再び腕を組みながら話し出した。
「実力だけなら、仕上げは間に合いそうだが……やはり、経験がなさすぎる」
「もう少し、時間があれば良かったんだがな……」
収集した情報通りであれば、カイツールの弟子に割り振る仕事の期限は近い。師匠である眼前の巨漢に任せられれば一番良かったのだが、彼もまた人間である以上、寄る年波には敵わなくなっている。
「やはり決行の日は、俺が補助につく。後は作戦通りで問題ないはずだ」
「そうか……増員は必要か?」
「予定通りなら不要だ。ただ……情報収集だけは欠かさずに頼む。確実性が損なわれる可能性は避けたい」
後、とカイツールは、少し目を細めて呟いた。
「ケムダーでもシェリダーでもいいが……使えそうな敵がいれば寄越すよう、言ってくれ。今の練習相手だけでは、本番も上手くいくか分からん」
「分かった。バチカルにも報告ついでに話しておく」
「バチカル、か……」
声音に少し、不安を混ぜて呟くカイツールに、アディシェスは食べ終えた器を置いてから問い掛ける。
「何か、不満でもあるのか?」
「いや……」
カイツールは声を落として、答えてきた。
「『犯罪組織』を潰した元凶……『最期の世代』を宛がわれるんじゃないかと思ってな」
その返しに、アディシェスはカイツールの不安を理解したのか、溜息混じりに答えた。
「……分かった、できるだけ伏せておく。他の二人には、出国前に連絡しておけばいいか?」
「助かる。負けないまでも、大なり小なり面倒を抱え込みそうだからな」
組織内でも、未だに恨みを抱いている者は多い。ただでさえ、前身である『犯罪組織』を壊滅させた因縁もあるが……事前に仕込まれていたとはいえ、実質十二人の未成年にやられたのだ。
当時を知る者達からすれば、『最期の世代』程忌々しい存在はないと断言できる。
「俺も、獲物を横取りされるのは勘弁して欲しいからな」
「まったくだ。かと言って、こちらから動いてもタダ働きになるのが、一番厄介だな……」
バチカルが聞けば憤るかもしれないし、アディシェスやカイツールも恨みがまったくないと言えば嘘になる。だとしても、『犯罪組織』の存続を優先させるのは当然の義務だ。だとすれば、不要な揉め事は避けるべきだろう。
「じゃあ、そろそろ出るか……ところで、アディシェスは弟子を取らないのか?」
「取ろうとしてたさ……」
改めて握った杖に、力が少し入るのが分かる。
「…………あの小娘に、出会うまではな」
その言葉を最後に、二人は店を後にした。
同じ頃、睦月達はそこまで離れていない場所にある旅館へと来ていた。
ただし、温泉等の見所はなく、ほぼ宿泊施設以外の用途を成していなかったが。
「ここの温泉、地盤沈下の影響で枯れたらしいな……」
「ちともったいないな。まあ、その分安いし、近くに温泉施設もあるからそんなもんだろう。それに……今回は外出禁止だから、元々の大浴場が健在なだけでも御の字だろ?」
「……なあ、朔。目的を忘れてないよな?」
昔から、頭が良いくせに大雑把な思考を持つ姉に呆れつつ、睦月は受付で貰ったパンフレットから目を離した。
チェックインを済ませた睦月達は二手に分かれ、今は朔夜と共に、喫煙可の二人部屋で荷物を解いているところだった。
姫香と由希奈は別の(禁煙)部屋で待機しているが、今は朔夜と同じことをしている頃だろう。
「で、大丈夫そうか?」
「一先ずは、な。直前に部屋を取ったからたとえ知られてても、さすがに準備する暇はなかっただろうし」
盗聴器や隠しカメラの類が見当たらないのを確認してから、朔夜は道具代わりに用いていたスマホと一緒に、自分の身をベッドの上に投げ捨てていた。
「明日の予定は、いつ打ち合わせる?」
「それこそ、明日でいいだろ。『明日できることは明日やれ』、だ」
「お前はいつから、トルコ人になったよ……」
隣のベッドの上で胡坐を掻いたまま、睦月は自動拳銃から抜いた弾倉の残弾数を確認する。
「せめて自分の武器位、確認しとけよな。後、扉の方に罠を仕掛けるのは、寝る前で良いか?」
「ああ。手榴弾は持ってきてるか?」
「姫香が気を利かせてくれてな。とりあえず、部屋ごとに三個ずつ用意した」
弾倉を戻した自動拳銃をベッドの上に置き、鞄の中から手榴弾を取り出した睦月は、そのうち一つを朔夜に投げ渡した。
「扉と縁側、後は予備ってところか……おい、若干錆びてないか?」
「そりゃ、普段は使わねえしな。保管には気を付けていたから、起爆は問題ないと思うぞ?」
「……お前も大概、大雑把だろうが」
自前のソーイングセットから不釣り合いな厚さのある糸――ワイヤーを取り出すと、朔夜は窓際に手際良く、手榴弾の罠を仕掛けていく。
「仕事道具はしっかり整備するくせに、それ以外は親子四代揃って適当に放置しやがって……まあ、だから『運び屋』の遺産が、まばらに残っててくれたんだけどな」
「……だからこそ、余計に当てにならないんだけどな」
自らの家宝にも等しいはずの代物だが、睦月は未だに、懐疑心が拭えないでいる。
「ちょっと見回りがてら、旅館内散策してくる。護衛は要るか?」
「そう思うんなら、逆に銃は置いてけ。不自然な膨らみや余計な手荷物は、かえって目立つだろうが」
「分かってるって」
ベッドの上から枕の下に自動拳銃を移した睦月は立ち上がると、スマホと財布、そして愛用のタクティカルペンだけを仕舞った小物入れを持ち、朔夜に背を向けた。
「にしても、枕の下か……一番まともだけど、もうちょいマシな隠し場所ってないのかね」
「だったら寝る時も、ホルスター着けてろよ。寝返り打つ度に、鉄の塊ぶつける羽目になるけどな」
「おまけに、暴発する可能性もあるしな……あれ? 昔、訓練中に暴発やらかしたのって、朔じゃなかったっけ?」
扉を開ける前、睦月は朔夜の方を振り返ってそう問い掛けるが、当の本人は聞く耳を持たず、『一仕事終えた』とばかりに煙草を吸っていた。
「…………覚えてないな」
「この姉貴は……」
もはや呆れを隠すことなく、睦月は『超記憶力』を持つ姉から目を放し、そのまま外へと出た。
そして不審者は、すぐに見つけられた。
――ポン!
「……目立ち過ぎ」
「ふぁっ!?」
突然、後ろから肩を叩かれた為か、由希奈は声を震わせながら振り返ってくる。
「む……睦月、さん?」
「何やってんだよ。由希奈」
これが大浴場に向かう途中なのであれば、まだマシだったのだが……どうみても不審な動きで、あちこち歩きながら旅館内を徘徊している様はまさしく、不法侵入者のそれだった。
「とにかく、一旦落ち着け。どこかで話を……ああ、あそこが良いな」
とりあえず、他の利用客や旅館のスタッフに見つかる前に回収できて良かったと考えながら、睦月は由希奈を連れて、ある場所へと向かう。
「そう言えば……姫香はどうした?」
「役割分担で別れたんです。姫香が部屋を調べている間に、私が旅館内を見回ってました」
(それ、って……態良く追い出されてないか?)
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だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。
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