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第六十六章 アスラの末裔

星の世界から来た少女

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 相手は美子さんを、じっと値踏みするように見ています。

 ……不味いわね、不審におもっているようよ、たしかにこんな寒さの中、ちっとばかり薄着よね……
 おや、名前を聞いてきましたね……言葉がアッカド語に近いのですから……この名前にしましょう。

「ティアマト」と、答えた美子さんでした。
 
 そのティアマトと答えた少女を見て、ペルペトゥアはさらに詰問しました。

「どこから来た?」
「星の世界から」

 ペルペトゥアは、この少女はまだ幼いと判断した。
 大人なら、『星の世界』からなどとは断じていわない。
 『星』とは、御伽噺に登場する、夜の空に輝くといわれるもの。

 実際は夜に輝くものはない、だから夜なのである。

 まともな大人なら、空に輝くものは『輝ける神』しかおられないと知っている。
 そしてそれに仕えるためにクインクは存在し、クインクに仕えるために、我らは存在する。
 この真実を茶化すことは、子供以外ありえない。

 子供だから、この寒さにも耐えられるのだろう。
 新陳代謝は大人よりも高い。
 しかし、いつまでもこんなところにいて、良いわけはない、もうすぐ寒くなる、夜はすぐそこだ。

 ペルペトゥアは優しくこういった。
「ティアマト、家へ送ってやろう、もうすぐ夜が始まる、どこに住んでいる?」

 美子さん、このペルペトゥアの言葉に、少し驚いたのです。
 ……夜って、まだ先ではないの、陽は真上にあるのよ……
 そういえば、陽が動いていない……

「いけない!ティアマト、私につかまっていろ、すぐに夜だ!」

 そういうか、ペルペトゥアは美子さんを抱えると、城砦に向かって全力で走り始めました。

 とにかく城砦にたどりついた、ペルペトゥアと美子さん。
 振り返ってみると、いままでいた景色は真っ暗、ところどころに家があるのか、明かりが見えるだけです。

 外気は急速に下がってきて、さすがの美子さんも、寒さで鳥肌が立ちました。

 門の番人が、二人を見て声をかけます、
「ペルペトゥア、どうした、子供ではないか」
「外で迷子になっていたのを拾ったのだ」
「ほっとけばいいものを、農園支配人になったのだから、いくらでも奴隷には困らぬだろうに」

「栄転の祝いだ、こいつも運がいいのさ、ところで通ってもいいか、お前も私の栄転を祝ってくれ」
 そういって、小青銅貨を一枚渡すと、
「今日はお前の祝いの日だ、そいつは運が良かったのだろう、楽しむことだな」
 といって、通してくれました。

 城砦の中は、ところどころに松明があり、何とか街路が歩ける程度に照らしています。
「とにかく中にはいろう、私の宿舎はそこだ」
 ペルペトゥアは、城砦の入り口の近くに、宿舎をあてがわれていたのです。

 宿舎にはいると中は真っ暗、風がないだけ寒さはまだましのようです。
「とにかくこれを着ていろ、サイズが大きいだろうが、小さいよりはましだろう」
 そういって、自らの服を美子さんに投げてくれました。

 暖炉に明かりがともります、宿舎の中がほんのりと明るくなります。
 ペルペトゥアが、暖炉の前で火にまきをくべながら、
「ティアマト、とにかく今日はここに泊まれ、夜は城砦のそとには出られない」
「明日、私が赴任がてら、望みの場所へ送ってやる」

「飯を食って今日は寝ろ、悪いが飯はこんなものしかないがな」
 そういって、パンとチーズとソーセージみたいなものを差し出した、ペルペトゥアでした。

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