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エピローグ 百年後の世界

三千世界

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 この三千世界……といっても、仏教でいう三千世界ではありません。
 とにかく膨大な世界という意味で、その膨大な世界の中で、私がその手に抱いているのは、たった25個の宇宙です。

 それでも銀河や星雲、それに所属する惑星や衛星、そこに住まう生物たち……少ないといえども、数えきれない高等生命体が、各々の文明を育んでいます。

 その文明が、このままではいつか滅びてしまう……これは確実なことです。
 生命が生まれる以上、そこには死が待っているのです。

 しかし、生があり死があるから、限り有る人生を、大事にして、精一杯の営みをおこなうのが生命体……

 馬鹿な……誰が決めたことなのか……そもそも因果律が、なぜ正しいとするのか……
 答えられないから、此の様な答えになる……そもそもおかしいとは思わないのか……

 私は宇宙の地平線を乗り越え、その外に広がる暗黒流動(ダークフロー)に、幾度も身を置きました。
 三次元の感覚では、説明出来ないですが知覚は出来ました。
 それは多くの宇宙が、寄り添うように漂っているというのが近いかも知れません。

 物凄い数の宇宙を知覚しますが、まずは私の身近にあった宇宙を抱いてみたのです。

 そしてその宇宙を覗いてみれば、数多くの種族は生まれ出て滅んでいく……何のために生まれいでたのか……
 種の存続というなら、ロングスパンでみれば、当てはまらない……誰もが生あるものは滅ぶと知っている。

 私はこの滅びの定めを打ち破っている……血で代価を支払い、人々に明日を掴ませている……
 明日を維持するために、痛みを強要し、その結果多くの人々に恨まれ、そして、残った数少ない人々に感謝された……
 死んだものの恨みは、この数十倍になるだろう。

 おまけに殺した男の妻子に、身を捧げさせて奴隷としている……妻を奪い、娘を奪い……
 いま私と夜伽をしているのはドリスさん……

 その昔、私はドリスさんの父の首を受け取った……
 私が殺したようなものだ、例えどのような正当な理由があるとしても……父を殺した女に、身を捧げているドリスさん……
 そして、この一国のプリンセスの一生を奪い、人としての幸せを踏みにじった……

 人々は私を黒の巫女と讃えてくれる……が、見方を変えれば私は破壊の権化……

「イシュタル様?難しいお顔をされて、どうなさったのですか?」
「ドリスさん……長い付き合いですね……」
「長くはありません、毎日が忙しくて、あっという間に時が過ぎていきます、それに……」

「それに?」
「幸せですもの……」
「幸せ?」

「私だけかも知れませんが、こうしてイシュタル様にご寵愛いただけるのを、今か今かと待っているのも、楽しいものなのです」

「いつか必ずやってくるのは確かなのです、それもそんなに長くではありませんし、その日が多くなるように、工夫をするのも楽しいものです」

「やはり同じ方に、公平に愛してもらえるのですし、お仕事も忙しいですし……なにより人々に感謝されるって、幸せを感じますね」

 ドリスさん、執政官をしていましたね……
 感謝されているのですか……幸せですか……そうですね、この一人の女の、ささやかな幸福感が私の幸せです。

 欲界とは欲望の渦巻く世界……その欲界の王は第六天魔王と呼ばれています……
 別名、他化自在天(たけじざいてん)と呼ばれる存在です。

 人の楽しみを、自由に自らのものとすることができるという……それも欲望らしいのですが……
 考えれば、人の楽しみ幸せを、自らの幸せと思うのを、欲と呼べば呼べるでしょうが……
 馬鹿ですか!この思いを欲望と呼ぶ輩は!

 これより上があるならば、それは人ではない。
 人として生まれたのに、それを否定する馬鹿者でしょうが……

 生き物として生まれ、この高みにまで、自らの心を持ちあげられれば、それが自己満足であろうと何であろうと、だれが上から目線で、物を云えるのですかね。

 もし、お釈迦様が本当にその様に考え、第六天魔王の三度懇請をことわり、飲食供養を受けなかったのなら、なんとも尻の穴の小さい存在か……
 度量がないものに、世界をすくうことなど、片腹痛いのでは?

 難しい理屈を並べても、何の訳にも立たない……
 ん!神とは役に立たない……いや役にたてない……
 神の思いは、自ら行うことが出来ないのでは……だから造化三神は……
 私はミコ……そして御子……さらに神子……黒の巫女なのです……
 神の代理、執行者……三千世界の黒の巫女……

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