上 下
103 / 124
第十章 エラム航路

神と戦うことになれば貴女はどうする

しおりを挟む

「なぜ私とエールが、貴女たちをここに連れて来たか?」
「それは莫大な犠牲の上での、訪れる平和とは、ささやかなものしかないが、ヴィーナス様はそのささやかなものに命をかけられた」
「ヴィーナス様とはその様な方、貴女たちはテラをどうしたい?」

「わかりません……」

「なるほど、では別の質問を聞きましょう」
「テラがなくなれば、貴女はどうする」

「……」

「生死を問わず、居場所がなくなるはずです、生きる事はある意味欲望です」
「半分が助かるなら、普通はそれをえらぶでしょう、確実にその方が論理的です」

「しかし、人の利己特性は自身の生存を優先します、他者はその後です」
「しかも自身の生存が否定されれば、他者の生存も否定する……人と云う者は非論理的に行動します」
「過去のエラムでも頻繁に起こった事です」

「ヴィーナス様は、皆が公平に助かる事を優先し、その為には、公平に皆の未来をそこへ賭けられる方です」
「つまり黒の巫女様は、人の尊厳こそが大事で、その為には、公平にすべての命を賭ける方なのです」

「巫女様は、テラの問題にたいして、内心では全面介入するお考えとおもいます」
「テラの未来、出来るだけ多くの人々の未来を、担ぐおつもりでしょう」
「それでも全人口は無理というもの、だから縁ある者をとなるのです」

「巫女様にも利己特性があります、しかし巫女様はそれを原動力に昇華されておられます」
「巫女様を人と考えれば、驚くべきことです」
「DNAをも乗り越える、博愛や慈悲とかいう感情を、欲望から創造されているのです」

「私はテラに来て、その考えを知りました、とてつもなく非論理的な考えです」
「しかし、閉塞し確定した破滅の未来を打破するには、非論理的な考えが必要と実感します」

「エラムでの、ヴィーナス様の行動はまさにそれです」
「ある意味において、ヴィーナス様はとてつもなく我儘で女好き、しかも受身の方です」
「自ら率先して、何事かを始める方ではありません、お言葉を借りれば、荒事を嫌われるのです」
「でもなさねばならぬ状況に出会えば、命をかけてもやり遂げられる方です」

「ヴァルキュリヤの娘たち、よく考えなさい」
「エールは四万年まえに、テラで目覚めたといいました、しかも貴女たちは愛玩用です」
「これがどのような意味か、理解できますか?アスラ族の、少なくとも主流の女性体ではないものが、テラにいたということです」

「貴女たちは、間違いなくその者につくられた」
「もしその者が、何らかの理由で、テラの未来を破滅と認定したらどうします?」
「貴女たちの神が滅亡を望んだらどうします」
「現にエラムでは、その様な事が起こったのですよ」

「エールは、ヴァルナ評議会議長に服従する回路があります」
「貴女たちにも不完全ながらあります、いまそれはオンになっています」
「ヴィーナス様は貴女たちの回路を、オンにしたことを、少し気にされています」
「貴女たちの心を操作したことに、申し訳ないとお考えなのです」

「それでせめて、その後は貴女たちの自主性にまかせられたのです」
「しかし私とエールとマレーネで話しあった結果、もしヴィーナス様がテラを救うために、貴女たちの神と戦うことになれば、貴女たちは不安要素になります」

「我々はミコ様に忠誠をつくします、そしてエール様に従います」
「創造主がミコ様と戦うことになれば、創造主と戦います、御心配には及びません」

「行動で示して欲しいのです、私もマレーネもエールも、どのようなささいな事も避けたいのです」
「それをこの一週間で考えて欲しいのです、強制はしません」

「嫌ならこのエラムでゆっくり過ごしなさい、あるじと戦うことはないでしょう」
「ヴィーナス様がおつくりになった、エラムの平和を楽しみなさい」 

しおりを挟む

処理中です...