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第十六章 中央神殿

06 ささやかなダンスパーティー

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 オディッシーの公開練習の日、私は指定された中央神殿内の、女官さんたちが集まっている広場へ行きました。
 思うところがあって、ラジカセをカバンの中に入れて持ってきました。
 百人ほど、集まってくれたのでしょうか。

 いつものように、無地の布地で作られたスカート、白い花飾りで髪を後ろでまとめ、銀色の装飾で身を固め、優雅に神をたたえ踊ります。
 ざわついていたギャラリーも静まり返ります。

 静寂のステージに一人、私はたっています。
「皆さま、このように皆さまが集まる機会は、大変少ないと聞き及んでいます、せっかくここに集まったのです、少し楽しくお時間を過ごすのも、悪くはないと思いませんでしょうか?」
「私は魔法が少し使えます、それで音楽を流します、それに合わせて、皆で踊りませんか?」

 私はアンリエッタさんの手をとりました。
 そして、「皆さま、こう踊るのですよ」と、踊りだしました。

 フォークダンスですから、そんなに難しくありません。
 私は笑顔を浮かべ踊ります。

 最初、戸惑っていたアンリエッタさんも、だんだん踊りに慣れてきたのか、お友達を呼び出しました。
 今度は三人で踊ります、私はこのお友達を観察して見ました。

 最初は渋々踊っていましたが、だんだんリズムに酔うというのか、楽しげな顔になってきました。
 やはり娯楽が少ないのでしょう。

「さあ、踊りの輪に入りませんか?」
 と言って、一人、また一人と引っ張りこみます。
 こうして踊りの輪を広げて、ついには皆で踊ります。

 楽しそうです。
 私も見ず知らずの人と、手をつなぎ踊ります。
 こうしてささやかなダンスパーティーが終わりました。
 皆さん、楽しそうに帰っていきます。

「ヴィーナスさんも、今夜はお疲れでしょう、お風呂にでも入って、ゆっくりしてください。」
 今夜も浴室会談ですか。

 またも入浴中です……

「今日はありがとうございました、あれから参加したもの皆、楽しかったそうです。」
「あんなに楽しそうな顔をする女官を、久しぶりに見ました。」

「あれから皆、あの音楽を口ずさみ、中にはスキップしている者も居たりして、今もダンスパーティーの話で持ち切りです。またヴィーナス様を女神様と呼ぶ者や、黒の巫女様とまで云う者もいたりしました。」

「私としては、今日の皆のあの笑顔が大変嬉しかったです。やはりヴィーナス様は優しい方です、ヴィーナス様のお心が皆に染み渡ったようです。」

「あと、こんなことをいっている者も多数いましたよ。」
「ヴィーナス様に抱かれたら死んでもいい、とか、ヴィーナス様の愛人になりたい、とか。」

「私がセリム一座の担当であることを知っているので、セリム一座に入るには、どうしたらいいのか、とか……」
「ヴィーナス様、このあと、大変ですよ、今日のことで確実にファンができました。」

 そうなのです、次の日から文がきます、それも束になって。
 その中身の熱烈な告白に、顔が赤くなります、サリーさんやアテネさんがご機嫌斜めですね。

「お嬢様、そのデレデレした顔」とか、「イシュタル様に言い寄る不届き者は許さん」とか。
 いつもは、こんなことでは動じないはずのビクトリアさんまで、「やきをいれにいきますか」とか。

 物騒なのは小雪さんとダフネさんで、黙ってナイフなどを磨いています。
 まったくこの女たちは、アナスタシアを見習いなさい……
 ……アナスタシアが壊れています。

「イシュタル様が逃げていく……」、
「イシュタル様に棄てられる……」

 アナスタシアさん、どこにもいきません、私は皆とともに居ると誓ったじゃないですか。
 私はアナスタシアさんを強く抱きしめて、そうつぶやくと、やっと正気に戻って、涙目で「棄てないでください」と訴えます。

 やれやれ、当分この騒動が続くのかと思うと、目眩がしますね。
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