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第十六章 中央神殿

05 神殿の女官

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 アンリエッタさんが、どうやらセリム一座の担当になったようで、度々やってきます。
 私たちは慎重に接しています、誰が見ているか分からないからです。

 ある日、アンリエッタさんに、
「奉納舞いの練習をしたいのですが?」と申し出ると、
「では公開練習という形で、お願いできますか?」

「便利使いで心苦しいのですが、セリム一座の踊り子は女性だけなので、中央神殿の女官たちにも、楽しみを教えて上げたいと思いまして。」

「そうですか……」
「申し訳ありませんが、今日は疲れました、また明日にさせていただきます。」
「ヴィーナスさんも、今夜はお風呂にでも入って、ゆっくりしてください。」

 仔細は今夜の浴室会談で、ですか……

 ただいま入浴中です。
 それにしても、アンリエッタさんは見事なプロポーションです。とても一児の母とは思えません。

「ヴィーナス様、どうしました?」
「いえ、アンリエッタさんはお綺麗ですね。」

「ヴィーナス様に云われると、恥ずかしさだけが残りますね。」
「こんな私でもよければ差し上げますよ……」
「別にエラムでは、自分の妻が、女の愛人を持つ分には、とやかくいわれませんので……」

 私が俯いてしまうと、
「ヴィーナス様は本当にうぶですね、これでは中央神殿の女官たちを、取り扱うのは大変ですよ。」

 私はこの際、疑問に思っていることを、聞いて見ました。
「なぜ、女性が多いのですか、神事をするにしても、多すぎませんか?」
「まして、黒の巫女のハレムのためとしても、そもそも、このキンメリアの時代に、一度として現れなかった黒の巫女ですよ。」

「大半の女たちは、帰る家がないのです。」
「ヴィーナス様もご存知のように、エラムでは女性が多く、言葉は適切ではないかも知れませんが、余っているのです。だから奴隷も、女性が圧倒的に多いのです。」

「貧しい家庭が多いエラムでは、娘が多いと幾人かは奴隷として売られるのです。本来、奴隷として生涯を送るべき娘ですが、親としてはせめて、ましな生涯を過ごさせたいと思うのは人情というもの。」

「少しでも見目麗しい娘ならば、中央神殿女官としての可能性に、賭けて見るのは当然の結果、教団側としても、そのあたりの事情が分かっているために、できるだけ受け入れるように、努力をしているということです。」

「もしもヴィーナス様が、この女官たちを解雇したら、殆どのものは奴隷になるか娼婦になるか、下手をすると餓死の可能性もあります。」

「重い話ですね。」

「私はいざとなれば、ピエールのもとに帰れます、しかし彼女らは帰れないのです。」
「もし黒の巫女様が現れれば、いままで代わりを勤めていた仕事は必要なくなります。必要なのは黒の巫女様の愛人、多分、彼女らは生きるために、この地位を欲するはずです。」

「ヴィーナス様には、その時、彼女らの苦しい立場をご理解していただき、嫌わないように、できれば慈愛をもって、接していただきたいのです。」

「私の知るヴィーナス様は、心から優しい方、また類まれなる叡智の持ち主、まさに万人が女神と認めてしまう方、一度、この女官たちをそれと無く、見ていただきたいのです。」
「差し出がましいとは思いましたが、なにとぞご賢察ください。」
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