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第二十章 黒の巫女略奪される

06 生還

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「お嬢様……」

 サリーさんの声が聞こえます。
 人生の最後にサリーさんを思い起こすのですか、サリーさんが好きだったのですね。
「いよいよ、おさらばですか?」

「お嬢様、しっかりしてください。」
「サリーさん、どうして?」
「とにかくお嬢様、リリータウンに戻りましょう。」
「寒い……」
 サリーさんが抱きしめてくれます。

 私の中で緊張が切れたようです、訳もなく涙が出てきました。
「あったかい、サリーさん……」
 だんだん支離滅裂になってきました。

「怖かった、とても怖かった。」
「サリーさん、寂しかった。」
「サリーさん、私のサリーさん……」

 私は気を失ったようです。

 気がつくとリリータウンの私の部屋の、私のベッドに寝ていました。
 サリーさんが添い寝してくれています。
 私はサリーさんを抱きしめて、寝ていたようです。

 小雪さんとアテネさんがソファーで寝ていました。
 私はどうやら生きていたようです。

 後で聞いたのですが、拉致されてから二日目に、あの峠道ではないかとあたりをつけて、ピエールさんが聖戦騎士隊を率いて、昼夜兼行で馬を走らせ、峠道からは全力でかけたそうです。
 サリーさんは、騎士さんたちに担がれてきたとのことでした。

 サリーさんが「お嬢様、大丈夫ですか?」と聞いてくれます。
「ずうっと震えておられましたよ。」

「心配させました、皆さんに知らせてくれましたか?」
「すぐに知らせました、私たちは交代でお嬢様のお側に詰めていました。」

 小雪さんも目を覚まして、
「マスター、申し訳ありません、私たちがついていながら、こんなことになるなんて……」

 アテネさんも目をさまして「イシュタル様、良かった」、と涙声で云ってくれました。

 小雪さんが、
「お身体はもう大丈夫です、だいぶ無理して歩かれましたね。」
「もうすぐダフネもやってきます。」

 ダフネさんがやってきて、皆がそろいましたので、経緯を話しました。
 ジョージ三世が、私を何の目的で攫ったことと、アナスタシアさんも狙われていること、魔法が効かなくなって、貞操の危機に陥ったことなどです。

 ビクトリアさんが、「皇帝は病んでる」といったのが印象的でした。

 なるほど病んでいるのですか、そのように考えると、どうしようもない怒りも少し和らぎます。
 しかし病んだ男が一国の君主では……
 アムリアの国民のこの先は、大変な茨の道になりそうです。

 皆さんと今後のことを相談したところ、取りあえず中央神殿へ戻るのは危険、ということになりました。
 これはアポロさんが強くいってきたそうです。

 ではいかがするかということで、皆さんはリリータウンにこのままいることを進めましたが、私はエラムでまだ訪れていない場所を、視察検分したいと希望しました。
 正直、なにかしなければ、怒りと屈辱と恐怖で気が狂いそうです。

 協議した結果、カルシュ自治都市同盟が良い、ということになりました。
 お供はアテネさんとアナスタシアさんです。

 私はアナスタシアさんこそ危険なので、ここリリータウンにいる方が良いと薦めたのですが、アナスタシアさんのたっての希望で決まりました。

「私はイシュタル様のお供をしたことがありません。」
「今回、アテネさんもお供をすることになり、私一人イシュタル様との旅の記憶がないのは寂しい限りです。」
「なんとしてでもお供いたします、アテネさんが一緒なら、護衛の任は十分でしょう。」

 アナスタシアさんが、このように云うことは滅多にありません、皆さん、その勢いに負けてしまいました。

 でもダフネさんがぶづぶつ云っていましたが、
「私は家事裁縫、女の嗜みは身についています、イシュタル様は今回、お体が弱っておられます。」
「私が栄養管理をいたします、他の誰がこの任を全うできるのですか!」
 これでダフネさんも白旗となりました。

 アナスタシアさんが、
「アテネさんと二人でご奉仕させていただきます、いいですね、アテネさん。」

 私はため息をつきました。
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