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第二十章 黒の巫女略奪される

05 潜伏

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 その頃、中央神殿では戒厳令が発令されています。

「大賢者様、教団領にはヴィーナス様は見当たりません。賊は領外に出たと考えられます。」
「ヴィーナス様にもしものことが……」

「ジジ、貴女がそんなに動揺してどうします。サリーやビクトリアならいざ知らず、もっと冷静になりなさい。」
「私自身、狂いそうなのですから、お願い。」
「ダフネさま……」

「とにかく、賊がヴィーナス様に手をかけたとは考えにくい、ただヴィーナス様はあれだけの美貌、それが心配です。」
「もし、その様なことがあったらヴィーナス様がこの世界の終りを選択しかねない。」

「私はヴィーナス様がご自分でそれを選択なされるのなら、いたしかたないと思いますが、このようなことで怒りのあまりの選択では……」
「主席……」

「ジジ、思い当たることがあります。申し訳ないが、ヴィーナス様の愛人の方々を呼んできてくれませんか?」
 そして皆が集まりました。

「皆さん、今回の件ですが、私は主席が噛んでいるように思えます。巫女様の決断を自分の思う方向に向けるために。」
「とすれば巫女様は、どこかに生きておられるはずです。巫女様が死んでは目的を果たせません。」

「問題は巫女様がどこに拉致されているか、というよりどこにいるかです。」

「いま、巫女様は魔法が使えない状態と考えられます。もし使用できれば、巫女様はここにおられるはず。誰かが巫女様の魔法に干渉しているのです。」
「こんなことをできるのは、やはり主席だけと考えられます。」

「でここからですが、しばらく前に、私は巫女様とアムリア帝国の代替わりには、主席が係わっていると話し合ったことがあります。」
「主席はこれまで表立って活動しては来なかったのが、ここにきてアムリア帝国に、その影が見受けられます。」

「巫女様を拉致するなどの暴挙に出られるのは、アムリア帝国なら皇帝しかいません。」
「ジジ、皇帝はいまどうしていますか?」
「お待ちください、調べてきます。」

 しばらくして、ジジが、
「皇帝はガルダ街道の山賊を一層するため、騎士団を引き連れ、アルジャとガルダ村の中間あたりに、一昨日まで滞在していました。」

「極秘情報によると、大怪我を負ったとか、責任を取って騎士団総長は辞任したとのことです。」
「おかしいですね、そもそも皇帝親征で、精鋭騎士団が守るなか、皇帝が大怪我するなど考えられぬこと。」

 ビクトリアが、
「ダフネ、そのアルジャで私はあるじ殿と出会った、たしかガルダ村から誰も知らない峠を、サリーと越えてきたといつか聞いたことがある。」

「サリー、取り乱してないでしっかりしなさい!巫女様の生死がかかっているのですよ!」

「私とお嬢様は、ガルダ村で盗賊の一団を殲滅してしまったので、ごたごたを避けるために湖畔の忘れられた教会にしばらく滞在していました。」
「その後、ピエールさんの案内で、ほとんど知られていない峠道を越えて、アルジャに向かいました。」

「それです、サリーさん、その峠道です、その道はほとんど知られていないのですね。」
「もし巫女様がアムリア皇帝に拉致され、なんらかの方法でその場を脱出していると仮定すれば、巫女様はそのあたりの土地勘があるということです。」

「巫女様は大変賢い方、ご自分が追われている以上、その誰も知らぬ、険しい峠道を行かれるはず。その先は密かに隠れた場所、その場所はサリーさんが知っている。」
「巫女様は、サリーさんなら気がつくと考えられるはず、峠を超えてその湖畔の教会に向かうはずです。」

「ジジ、ピエール団長を呼んで来てください、それとそのあたりの地図も用意してください。」

 ダフネはピエール団長に、アルジャからガルダ村へ向かう街道から分岐する峠道を説明させます。

「しかし大賢者殿、この峠道を超える時、ヴィーナス様はお一人では越えられず、私がおんぶして超えたような道です。」
「ヴィーナス様は今お一人、大変困難な状況に陥っているはず、早くお救いしなくては。」

「一昨日、皇帝は大けがを負ったといいます。もし巫女様がこの時に脱出したとして、かよわい女の足を考慮すると、今どのあたりにおられると考えますか。」
「多分、今頃、峠の中腹あたりと考えます。」

 私が何とか脱出してからもう五日目ですか……
 ついに峠です、世界を見下ろしている気分です、途切れがちな記憶を頼りにここまで来ました。
 前回、肩越しに見たエラムの大地を、今度は堪能しています。

 相変わらず風花が舞っています。

 すこし寒いですね、私はくたくたです、眠たくなってきました。
 もうどうでもよくなって……寝ましょうか……

 雪が降ってきました、綺麗ですね、私も白い雪をまといましょう。
 そう、もうどうでもいいか?
 私は疲れました。
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