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第二十一章 カルシュでの出来事

07 観客

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 十日後に引退公演です。
 支配人さんが欲も絡んで、大々的に宣伝を打ってしまったので、チケットが売り切れです。
 ダフ屋さんが横行したそうですね。

 ヴィーナス・セリムさんは、えらく有名人だったのですね。
 音楽は無しなのが痛いですが、がんばりましょう。

「イシュタル様、すごい熱気ですね!」
 アナスタシアさんが驚いています。

 いかつい人たちが結構います、騎士団や突撃隊の面々です。
 そのほか多士済々、色々な人が観客にいます。
 あれ、アンリエッタさんや、オルガさん、そのほか中央神殿の女官さんが数名います。
 支配人さんが手紙を持ってきました。

「ヴィーナス様、中央神殿の女官の方々も観に来られています。いま代表の方からこのお手紙を預かりました、ファンだそうです。」

 お手紙には


 ヴィーナス様、お元気なご様子、心より安心いたしました。
 私たちは、あのヴィーナス様が拉致された日より、一日として心やすまる時がなく、皆集まればヴィーナス様の心配ばかり、ご無事と聞いたときの安堵した気持ちは表しようがありません。

 嬉しくて嬉しくて、皆で泣きました、すぐにご帰還と思いましたが、あのようなことが起こった上は、しばらくご帰還がかなわないとのこと。

 この度、拠所なき理由で引退公演をすると聞き、是非とも駆けつけて、お姿を見たいと皆思いましたが、女官の身ゆえそれもかないません。

 しかしアンリエッタ様やダフネ様のご配慮で、代表として十名ほど、観劇のお許しがでましたので、籤引きをして代表を決め、ここまで参りました。

 お側でお声をかけていただきたいとは思いますが、警備上難しいのは理解できますので、不躾ながら文面でご挨拶させていただくことにしました。
 いつかご帰還され、皆にお姿をお見せいただく日を心よりお待ちしております。

      女官代表として オルガ


 皆さん……ありがとう……

 アナスタシアさんに、
「皆さん、いい人たちですね。感激してしまいます、涙が出そうです。」
「イシュタル様、私もアテネさんも、女官さんと同じ思いです。皆さんのためにもいい踊りをお願いします。」

 私は舞台に上がりました。
 さぁ、踊りましょう、心をこめて、皆様のために……

 暫く客席は息を止めているようです。
 私の汗が滴り落ちています。
 ベリーダンスを三つ、エジプシャン、ターキッシュ、アメリカンを踊り終えました。

 万雷の拍手と歓声です。
 黄色い声も聞こえます、でも、だみ声も聞こえました。
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