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第二十一章 カルシュでの出来事

08 軍歌

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「皆様、本日は私の引退公演に、よくお越しくださいました、ありがとうございます。」

「私は素顔を晒さないのを条件に、この公演の許可を父より得ました、このようなベールで申し訳なく思っています。」

「この公演には、私の知り合いが多々見えられています。私は踊りの修行中に、この大陸ではない生まれの方と知り合いになり、その方の国の歌を教えていただいたことがあります。」

「この歌を皆様にお聞かせしたいのですが、ベールが邪魔して歌えません。」
「そこでお願いですが、照明を落としても構わないでしょうか?」
 観客席から賛意を読み取ります。

「照明さん、そのような理由なので、しばしお仕事の手を休んでいただけないでしょうか?」
 こうして照明が落とされました。

「まず、イシュタル突撃隊の方々に捧げます。」
「私の良き理解者であられるイシュタル女王陛下をお守り下さる方々。」

「先ごろイシュタル女王陛下にお会いすることができましたが、そのおり皆様のことを、大変お褒めになっておられました。」
「その忠誠は見事なものだと、その方々にもってこいの歌と思います。」

 私はあまり本意ではないのですが、軍歌を歌います、エラムの言葉に翻訳してですよ。
 歌の名は『日本陸軍』、勇壮な歌です。
 突撃隊の方々は聞き入ってくれているようです。

 歌い終わった後に、
「女の私は命を軽視することは好きではありません。出陣に際しては、無意味な死は避けてください。」

「私は近頃、神聖守護騎士団の方とも面識をもちました、その方々の幾人かは、観に来てくれているようです。」
「お礼に騎士団の方々にも歌を捧げたいと思います。」
「皆様はこの世界の守護者、日々のお働きに感謝しております。歌の名は抜刀隊――この唄の著作権は消滅しています――といいます。」

 前を望めばつるぎなり   右も左りも皆剣みなつるぎ
 つるぎの山に登らんは   未来のことと聞きつるに
 此世このよおいてまのあたり つるぎの山に登るのも
 我身わがみのなせる罪業ざいごうを  ほろぼすためにあらずして
 賊を征伐するがため  つるぎの山もなんのその
 敵の亡びるそれまでは 進めや進め諸共もろとも
 玉ちるつるぎ抜き連れて  死ぬる覚悟で進むべし

 と歌います、勇壮この上ない歌です。
 軍歌として聞かなければ、この歌は薀蓄があります。
 人はつるぎの山を死力を持って登らぬばならぬ時があります。

「騎士の方々にも訴えます、死力をつくして剣つるぎの山を登るのも、みな明日を迎えるため、命を無駄に棄てる行為は、自身を辱めるに等しいと思います。」
「この歌を歌って死地を脱出して、生きて戻ってこそ騎士の誉れと思います。」

「最後になりましたが、この場には私を愛して下さるお友達が多々いらしています。いつも私を心配して下さる優しい方たちです。」
「私はなんのお返しもできません、大変恐縮ですがこの機会に歌を捧げたいと思います、お聞きください。」

 私は『婦人従軍歌』を歌いました。
 少しアレンジしましたが、ナイチンゲールの精神に触れて欲しいものです。
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