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第三章
56 ジュリア
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「トマス様~!」
トマスがファインズ侯爵家の邸に戻ると、ジュリアが訪ねてきていた。
今朝届いた手紙と、たった今確認してきたエドワードの正体のこともあって、正直今は一番会いたくない相手だったが、この際直接本人に確認してみようと、応接室へ案内した。
「今日は特に約束はしていなかったよな?」
いつもと違う、少し棘をはらんだ言い方に、ジュリアは一瞬躊躇するが、すぐに気を取り直す。
「申し訳ございません。なんだかとってもトマス様にお会いしたくなってしまって!ご迷惑でしたでしょうか?」
ジュリアのシュンとしおらしくする姿を、昨日までは好ましく思っていたが、今となっては本当の彼女の姿がわからない為に、トマスの心中は猜疑心でいっぱいだった。
椅子に座るように促し、メイドにお茶の用意をさせると、トマスは先程ブラッドリーにも見せた手紙をティーテーブルの中央にポンッと投げ出した。
「これは?お手紙でございますか?」
ジュリアの問いに、トマスは頷くと「読んでみて」と告げる。
ジュリアは首を傾げながら、手紙を読み始めると、見るからに動揺し始めた。
「この手紙の内容に覚えはある?」
「な、…誰がこんな!トマス様!違うのです!わたくし…!」
「覚えはあるのかどうか聞いているんだ!」
握りしめた手でダンッ!とティーテーブルを叩いたトマスは、怒りと悲しみで震えていた。
その姿を見たジュリアは、アワアワと目を泳がせながら、ただただ動揺している。
「ちが、違いますわ!こんなの、そう、何かの間違いです!そうだわ!い、嫌がらせですわ!ロザリンド様の嫌がらせに違いありませんわ!」
「…君はまだ嘘を重ねる気かい?」
「ハァ…」と大きくため息をついたトマスは、祈るように手を組み、それを額にあてて俯いた。
「君が言う、ロザリンド嬢の恋人のエドワードだが…」
「そ、そうですわ!ロザリンド様は恋人がいるのに、トマス様に馴れ馴れしくして…「黙ってくれないか?」」
声を荒らげたトマスに、ジュリアはサーッと顔を蒼くし、俯いた。
「先程会ってきた」
「…え?」
「その手紙が最初信じられなくて、でも、今度はちゃんと自分で確かめようと思ってパスカリーノ邸に行ってきた。ロザリンド嬢の兄君のパスカリーノ卿に話を聞きに」
「…うそ…」
「今日、ちょうど領地から到着したそうだ。ロザリンド嬢の愛馬のエドワード。実に立派な軍馬だったよ」
そのトマスの様子に、ジュリアは「あ、あの、その…」と言葉が紡げないでいた。
「なんでこんな、調べればすぐにわかる様な嘘を…。人の手紙をくすね取って、盗み見をして、嘘を並べて俺達の仲を引き裂いて、全部君の思い通りかい?満足したか?」
「だって!わたくしは貴方の、トマス様の事を!」
「やめてくれ!君の話はもう聞きたくない」
「そんな、トマス様!」
トマスが立ち上がり、立ち去ろうとすると、ジュリアは慌ててその腕に縋った。
「待って!話を!話を聞いてくださいませ!」
「…安心しろ。婚約の解消はしない」
トマスの言葉にジュリアはパッと顔を華やがせるが、変わらぬ冷たい視線に身をすくませる。
「婚約は家と家との契約だ。俺の感情一つで解消は出来ない。君の望み通り、君と結婚はする。が、それだけだ。君を愛する事はこの先有り得ないし、数年したら養子を取る」
「そ、そんな!トマス様!」
「帰ってくれ」
トマスは冷たくジュリアの手を振り払うと、応接室から出て行った。
残されたジュリアは呆然と立ち竦み、トマスに言われてやってきた執事に帰宅を促された。
馬車に乗り込んだジュリアは、血が出るほど手を握り込むと、静かに泣いた。
西区の街並みをボンヤリと眺めながら家路についていると、すれ違った1台の馬車に釘付けとなった。
そこには、憧れてやまない公爵令嬢と、彼女の従兄にあたる公爵令息と3人で談笑するロザリンドの姿があった。
「なんで…、なんでいつもあの子だけ!わたくしは全て失ったのに!なんでなのよっ!!あああああああああぁぁ!」
いつもふんわりと纏めていた黒髪を振り乱し、叫んだジュリアの瞳はロザリンドへの憎悪に揺れていた。
トマスがファインズ侯爵家の邸に戻ると、ジュリアが訪ねてきていた。
今朝届いた手紙と、たった今確認してきたエドワードの正体のこともあって、正直今は一番会いたくない相手だったが、この際直接本人に確認してみようと、応接室へ案内した。
「今日は特に約束はしていなかったよな?」
いつもと違う、少し棘をはらんだ言い方に、ジュリアは一瞬躊躇するが、すぐに気を取り直す。
「申し訳ございません。なんだかとってもトマス様にお会いしたくなってしまって!ご迷惑でしたでしょうか?」
ジュリアのシュンとしおらしくする姿を、昨日までは好ましく思っていたが、今となっては本当の彼女の姿がわからない為に、トマスの心中は猜疑心でいっぱいだった。
椅子に座るように促し、メイドにお茶の用意をさせると、トマスは先程ブラッドリーにも見せた手紙をティーテーブルの中央にポンッと投げ出した。
「これは?お手紙でございますか?」
ジュリアの問いに、トマスは頷くと「読んでみて」と告げる。
ジュリアは首を傾げながら、手紙を読み始めると、見るからに動揺し始めた。
「この手紙の内容に覚えはある?」
「な、…誰がこんな!トマス様!違うのです!わたくし…!」
「覚えはあるのかどうか聞いているんだ!」
握りしめた手でダンッ!とティーテーブルを叩いたトマスは、怒りと悲しみで震えていた。
その姿を見たジュリアは、アワアワと目を泳がせながら、ただただ動揺している。
「ちが、違いますわ!こんなの、そう、何かの間違いです!そうだわ!い、嫌がらせですわ!ロザリンド様の嫌がらせに違いありませんわ!」
「…君はまだ嘘を重ねる気かい?」
「ハァ…」と大きくため息をついたトマスは、祈るように手を組み、それを額にあてて俯いた。
「君が言う、ロザリンド嬢の恋人のエドワードだが…」
「そ、そうですわ!ロザリンド様は恋人がいるのに、トマス様に馴れ馴れしくして…「黙ってくれないか?」」
声を荒らげたトマスに、ジュリアはサーッと顔を蒼くし、俯いた。
「先程会ってきた」
「…え?」
「その手紙が最初信じられなくて、でも、今度はちゃんと自分で確かめようと思ってパスカリーノ邸に行ってきた。ロザリンド嬢の兄君のパスカリーノ卿に話を聞きに」
「…うそ…」
「今日、ちょうど領地から到着したそうだ。ロザリンド嬢の愛馬のエドワード。実に立派な軍馬だったよ」
そのトマスの様子に、ジュリアは「あ、あの、その…」と言葉が紡げないでいた。
「なんでこんな、調べればすぐにわかる様な嘘を…。人の手紙をくすね取って、盗み見をして、嘘を並べて俺達の仲を引き裂いて、全部君の思い通りかい?満足したか?」
「だって!わたくしは貴方の、トマス様の事を!」
「やめてくれ!君の話はもう聞きたくない」
「そんな、トマス様!」
トマスが立ち上がり、立ち去ろうとすると、ジュリアは慌ててその腕に縋った。
「待って!話を!話を聞いてくださいませ!」
「…安心しろ。婚約の解消はしない」
トマスの言葉にジュリアはパッと顔を華やがせるが、変わらぬ冷たい視線に身をすくませる。
「婚約は家と家との契約だ。俺の感情一つで解消は出来ない。君の望み通り、君と結婚はする。が、それだけだ。君を愛する事はこの先有り得ないし、数年したら養子を取る」
「そ、そんな!トマス様!」
「帰ってくれ」
トマスは冷たくジュリアの手を振り払うと、応接室から出て行った。
残されたジュリアは呆然と立ち竦み、トマスに言われてやってきた執事に帰宅を促された。
馬車に乗り込んだジュリアは、血が出るほど手を握り込むと、静かに泣いた。
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そこには、憧れてやまない公爵令嬢と、彼女の従兄にあたる公爵令息と3人で談笑するロザリンドの姿があった。
「なんで…、なんでいつもあの子だけ!わたくしは全て失ったのに!なんでなのよっ!!あああああああああぁぁ!」
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