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第二章
廊下にて
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その日アレッシアは、友人の伯爵令嬢が催した小規模なお茶会に単独で招かれ、気のおけない友人の集まりだからと自身の侍女、護衛、御者を一人づつ連れて外出していた。
幼少期より交流のあった数人の令嬢たちと会話に花を咲かせ、予定していた時刻を少々過ぎてしまい、日が完全に暮れる前にと家路を急いでいた。
カパローニ侯爵家の紋章が入った4頭立ての黒塗りの馬車が森の中の一本道に入り、5分程進んだ時にそれは起こった。
馬車を引いていた馬のうち2頭が突然興奮状態に陥り、制御を失う。慌てた御者が手綱を引きなんとか落ち着かせ、馬車を停車させる。
すると次の瞬間、周囲の木の陰から次々と赤いローブを纏った者たちが現れ、馬車を取り囲み、何か呪文を唱える。
馬車の下の地面から巨大な魔法陣が浮かび上がり、光が馬車を包み込むと、アレッシア達を乗せた馬車ごと姿を消した。
数刻後、森の出口付近で気を失った御者、侍女、護衛の3人を乗せた馬車が発見され事件が発覚したのだった。
「お兄様!お姉様は!?お姉様の行方はおわかりになったのですか!?」
ベアトリーチェの邸で知らせを受けたミリアムも、侍従に連れられ急ぎエミリオの執務室にいる兄の元へと駆け付けた。
「落ち着くんだミリィ。今は同行した者たちに話を聞いているところだ」
「ですが、お姉様が一体なぜ!?」
動揺するミリアムを落ち着かせようと、レオナルドはミリアムをカウチに座らせる。
すると侍従から報告を受けたエミリオが執務室に戻ってきた。
「犯人の目的はまだわからないが、犯行の手口は空間転移の魔法だ。一度は馬車ごと転移させ、アレッシア嬢以外の者たちの意識を奪った後、再び元の森の出口に馬車を転移させたようだ」
「馬車ごと転移か…するとかなり大掛かりの犯行だな」
「ああ、単独ではまず不可能だ。予め地面に魔法陣を敷き、何らかの方法で馬車を停めさせた後に発動させる。計画的な犯行だ」
今頃どんなに不安だろうか、どんなに恐ろしい思いをしているのか、拐われた姉を思うとミリアムは身体が震える。
「ミリィ、大丈夫か?震えているぞ」
「お兄様、お姉様はご無事なのでしょうか?もし、酷い目に合わされてなどいたら、わたくし…」
レオナルドはカタカタと震えるミリアムの背を優しくさする。
「大丈夫だ。シアは必ず俺が助けだす」
「…はい」
しかし、不安は拭いきれない。ミリアムは堪らず両手で顔を覆う。
「ミリアム嬢、顔色が悪いぞ。部屋を用意させるから少し休んだほうがいい。レオナルドもしばらく王城に詰める予定だ。君も今日は泊まって行くといい。犯人の目的がカパローニ家にあるのか、アレッシア嬢にあるのかわからない今は夜に出歩くのは控えた方がいいだろう」
そう言うとエミリオは侍女を呼び部屋を用意するように指示する。
「カパローニ侯と連絡は取れたのか?」
「一月前から父上は領地を視察中だ。我が家の領地は飛び地も多いからな。運悪く今は王都から一番離れた街にいる。ラットフォレスタを経由して急いで引き返しても三日はかかる」
「犯人から何か接触はないのか?」
「まだ何も。クソッ!情報が少なすぎる」
それから半刻程すると、再び侍女が執務室を訪れ、部屋の準備ができた事を告げる。
「部屋の準備が整ったようだ。案内する」
エスコートの為エミリオが腕を差し出すと、ミリアムもスッと手を添える。
(婚約者でもないのにその距離はおかしいだろう…)
レオナルドは兄がこの場にいるにも関わらず自然にエミリオの腕を取る妹に脱力しつつ、侍従からの報告を受ける。
侍女の先導で王城の廊下を進むエミリオとミリアム。執務室のある翡翠宮を出て、客室のある紅玉宮に繋がる渡り廊下に差し掛かろうとした時、後方から声をかけられる。
「兄上」
振り返ると腰まである栗色の髪を後ろで束ねた、琥珀色の瞳の青年が侍従らしき男を連れて向かって来ていた。
第二王子イヴァン・ヴィットリオ・ボニファシオ・アーヴィリエバレイ。
エミリオの異母兄弟だ。
「イヴァンか。なんだ?」
「大変な事になっていると聞いて、参りました」
「大変な事?」
エミリオは訝しげな視線をイヴァンに向けると、イヴァンは周囲を見回し、エミリオに小声で告げる。
「…婚約者に内定していた令嬢が拐われたとか。大丈夫なのですか?兄上」
イヴァンの言葉にエミリオは思わず眉を顰める。
「誰に聞いた?」
「先程から翡翠宮の雰囲気がおかしいものですから、侍従に確認させました。本当なのですか?」
「今は何も話せん」
イヴァンは肩をすくめると、エミリオにエスコートされていたミリアムと目が合う。
ミリアムはゆっくりとカーテシーを行う。
「そちらのご令嬢は?」
尋ねられ、エミリオは咄嗟にミリアムを自身の背に隠す。
「お前には関係の無いことだ。先を急ぐのでこれで。行こうミリアム嬢」
「え、あ、はいエミリオ様」
再び差し出されたエミリオの腕に手を添え、二人は急ぎ客室へと向かう。
そんな二人の後ろ姿をイヴァンは仄暗い視線で見送った。
「あの、よろしかったのですか?」
「うん?」
ミリアムの問いにエミリオは首を傾げる。
「イヴァン第二王子殿下ですよね?わたくしご挨拶をきちんと致しませんでした」
「ああ、構わないさ。それよりも気になったことがある」
「気になったこと?」
「それは…いや、まあ、ミリアム嬢は気にせずゆっくりしていてくれ」
(婚約者に内定していた令嬢が拐われた?拐われた令嬢はアレッシア嬢だ。私は然程親しい間柄ではないのだが…。と言うより起きたばかりの事件をなぜ知っていたんだ?)
幼少期より交流のあった数人の令嬢たちと会話に花を咲かせ、予定していた時刻を少々過ぎてしまい、日が完全に暮れる前にと家路を急いでいた。
カパローニ侯爵家の紋章が入った4頭立ての黒塗りの馬車が森の中の一本道に入り、5分程進んだ時にそれは起こった。
馬車を引いていた馬のうち2頭が突然興奮状態に陥り、制御を失う。慌てた御者が手綱を引きなんとか落ち着かせ、馬車を停車させる。
すると次の瞬間、周囲の木の陰から次々と赤いローブを纏った者たちが現れ、馬車を取り囲み、何か呪文を唱える。
馬車の下の地面から巨大な魔法陣が浮かび上がり、光が馬車を包み込むと、アレッシア達を乗せた馬車ごと姿を消した。
数刻後、森の出口付近で気を失った御者、侍女、護衛の3人を乗せた馬車が発見され事件が発覚したのだった。
「お兄様!お姉様は!?お姉様の行方はおわかりになったのですか!?」
ベアトリーチェの邸で知らせを受けたミリアムも、侍従に連れられ急ぎエミリオの執務室にいる兄の元へと駆け付けた。
「落ち着くんだミリィ。今は同行した者たちに話を聞いているところだ」
「ですが、お姉様が一体なぜ!?」
動揺するミリアムを落ち着かせようと、レオナルドはミリアムをカウチに座らせる。
すると侍従から報告を受けたエミリオが執務室に戻ってきた。
「犯人の目的はまだわからないが、犯行の手口は空間転移の魔法だ。一度は馬車ごと転移させ、アレッシア嬢以外の者たちの意識を奪った後、再び元の森の出口に馬車を転移させたようだ」
「馬車ごと転移か…するとかなり大掛かりの犯行だな」
「ああ、単独ではまず不可能だ。予め地面に魔法陣を敷き、何らかの方法で馬車を停めさせた後に発動させる。計画的な犯行だ」
今頃どんなに不安だろうか、どんなに恐ろしい思いをしているのか、拐われた姉を思うとミリアムは身体が震える。
「ミリィ、大丈夫か?震えているぞ」
「お兄様、お姉様はご無事なのでしょうか?もし、酷い目に合わされてなどいたら、わたくし…」
レオナルドはカタカタと震えるミリアムの背を優しくさする。
「大丈夫だ。シアは必ず俺が助けだす」
「…はい」
しかし、不安は拭いきれない。ミリアムは堪らず両手で顔を覆う。
「ミリアム嬢、顔色が悪いぞ。部屋を用意させるから少し休んだほうがいい。レオナルドもしばらく王城に詰める予定だ。君も今日は泊まって行くといい。犯人の目的がカパローニ家にあるのか、アレッシア嬢にあるのかわからない今は夜に出歩くのは控えた方がいいだろう」
そう言うとエミリオは侍女を呼び部屋を用意するように指示する。
「カパローニ侯と連絡は取れたのか?」
「一月前から父上は領地を視察中だ。我が家の領地は飛び地も多いからな。運悪く今は王都から一番離れた街にいる。ラットフォレスタを経由して急いで引き返しても三日はかかる」
「犯人から何か接触はないのか?」
「まだ何も。クソッ!情報が少なすぎる」
それから半刻程すると、再び侍女が執務室を訪れ、部屋の準備ができた事を告げる。
「部屋の準備が整ったようだ。案内する」
エスコートの為エミリオが腕を差し出すと、ミリアムもスッと手を添える。
(婚約者でもないのにその距離はおかしいだろう…)
レオナルドは兄がこの場にいるにも関わらず自然にエミリオの腕を取る妹に脱力しつつ、侍従からの報告を受ける。
侍女の先導で王城の廊下を進むエミリオとミリアム。執務室のある翡翠宮を出て、客室のある紅玉宮に繋がる渡り廊下に差し掛かろうとした時、後方から声をかけられる。
「兄上」
振り返ると腰まである栗色の髪を後ろで束ねた、琥珀色の瞳の青年が侍従らしき男を連れて向かって来ていた。
第二王子イヴァン・ヴィットリオ・ボニファシオ・アーヴィリエバレイ。
エミリオの異母兄弟だ。
「イヴァンか。なんだ?」
「大変な事になっていると聞いて、参りました」
「大変な事?」
エミリオは訝しげな視線をイヴァンに向けると、イヴァンは周囲を見回し、エミリオに小声で告げる。
「…婚約者に内定していた令嬢が拐われたとか。大丈夫なのですか?兄上」
イヴァンの言葉にエミリオは思わず眉を顰める。
「誰に聞いた?」
「先程から翡翠宮の雰囲気がおかしいものですから、侍従に確認させました。本当なのですか?」
「今は何も話せん」
イヴァンは肩をすくめると、エミリオにエスコートされていたミリアムと目が合う。
ミリアムはゆっくりとカーテシーを行う。
「そちらのご令嬢は?」
尋ねられ、エミリオは咄嗟にミリアムを自身の背に隠す。
「お前には関係の無いことだ。先を急ぐのでこれで。行こうミリアム嬢」
「え、あ、はいエミリオ様」
再び差し出されたエミリオの腕に手を添え、二人は急ぎ客室へと向かう。
そんな二人の後ろ姿をイヴァンは仄暗い視線で見送った。
「あの、よろしかったのですか?」
「うん?」
ミリアムの問いにエミリオは首を傾げる。
「イヴァン第二王子殿下ですよね?わたくしご挨拶をきちんと致しませんでした」
「ああ、構わないさ。それよりも気になったことがある」
「気になったこと?」
「それは…いや、まあ、ミリアム嬢は気にせずゆっくりしていてくれ」
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