29 / 86
第二章
調査報告
しおりを挟む
王都の外れにある古めいた邸。
かつて栄華を誇った一族が、病気がちな娘の療養の為に建てたと言われているその邸は、邸内のどの部屋からでも四季折々の花々が娘の心を慰める様にと、邸を取り囲むように花園が作られ、一年中花に囲まれた場所だ。
そんな花に埋もれた邸の一室で、アレッシアは目が覚めた。
(……ここは?)
目を開けた時の見慣れない天井、見慣れない風景に声を上げたいところを堪え、様子を窺う。
(拘束は……特にされていないようですわね)
自分の手足を確認し、そっと上体を起こす。
アレッシアが寝かされていたのはよく手入れのされた上等なベッドだった。シーツ類も上質のもので、貴賓を迎えるに相応しい仕様となっていた。
灯りはなく、室内は薄暗い。
(わたくしは、誘拐されたのかしら?あとの三人は…、ここにはいませんのね。無事だと良いのだけれど)
(とにかく、ここがどこなのかわかるものはないかしら…)
辺りを見回すと、薄暗い室内に月明かりを落とす大きな窓が目に入る。
アレッシアは静かにベッドから降りると、外の様子を見ようと窓に向かって歩き出した。
「お目覚めかな?カパローニの精霊姫」
後ろから突如声をかけられ恐怖で身が竦む。恐る恐る後ろを振り向くと、肩までの白銀の髪と金色の瞳をした男が部屋の隅に置かれた椅子に腰掛け、こちらを見ていた。年の頃はアレッシアとそう変わらないように見える。
「わたくし以外の者はどこです?」
アレッシアは恐怖心を抑え、毅然とした態度で男に問いかける。すると、男は「へぇ」と少々瞠目した。
「なかなか気丈な女性だね」
「質問に答えなさい」
男は立ち上がるとアレッシアに向かって一歩、一歩と近付いてくる。アレッシアは後ろ手に壁を押さえながら距離を詰められないように後退するが、遂に逃げ場がなくなり部屋の隅へと追い詰められる。
アレッシアよりも頭一つ分程大きなその男は彼女の真っ直ぐな金色の髪を一房手に取ると、それにそっと口づけた。
「何を…!」
咄嗟に出たアレッシアの右手を掴み、男は顔を近づけ、耳元で囁く。
「安心して。君の家の者は無事だ。ちゃんと馬車と一緒に元の場所に戻しておいたよ」
男はアレッシアの顎を掴むと、自分の方を向かせる。無理に上を向かせられたアレッシアは苦痛に顔を歪めながらも男を睨みつけた。
「ここはどこなの!?この手を離しなさい」
その様子に男は嬉しそうに顔を歪ませる。
「いいね、君。美しくて気が強くて、全く媚びない。まるで気高い竜の様だ!ハハハ」
男はアレッシアを突き放すと踵を返して扉へむかって歩き出す。アレッシアは力なくその場に座り込んだ。
「僕の事はジルと呼ぶといい。君にはしばらくここにいてもらう。変な気さえ起こさなければ悪いようにはしないよ」
そう言いながら部屋を出ていった。
◇
ベアトリーチェの邸では三人の魔女が集まって最近の調査について報告し合っていた。
「渓谷に現れた黒龍に関して重要な報告がある」
エレオノーラはローブから革袋を一つ出すと、テラスの円卓の上に置く。
「渓谷内を調査したところ、複数の箇所でこれを発見した」
革袋の中から赤い石の入った小瓶をいくつか出すと、ベアトリーチェとヴァレリアに一つずつ渡していく。
小瓶の蓋には封印の印が描かれたラベルが貼られている。
「これは?」
「ただの赤い石なわけないわよねぇ」
二人は日に翳してみたり、振ってみたりしながら赤い石を観察している。
「恐らく黒龍の幼体の血液を固めたものだ。そしてここに籠められたその幼体の悲鳴が絶えず発せられている。封印は絶対に解かないでくれ」
「なんて酷いことを…」
ベアトリーチェとヴァレリアは眉を顰める。
「この石を消音の魔法陣の上に置く事で、人間には聞こえず、魔境の黒龍にだけ届くようにしたんだろう。やつらは目が退化した代わりに耳が恐ろしくいいからな」
「そうやって渓谷に黒龍の若い個体をおびき出したわけね。下衆なやり方だわ。反吐が出る」
「でもぉ、一体何の為に?」
ベアトリーチェが投げかけた疑問に、肩をすくめながらエレオノーラが答える。
「恐らく、私を狙ったのではないかと思う」
「エリーを?黒龍ごときじゃ無理でしょ。馬鹿じゃないの?」
「私の事を良く思わない連中はいつの時代も一定数はいるんだ。それこそ800年たった今でもな。それに200年毎の老体駆除の時には一応王家の騎士たちに気を使って、力を抑えて連携を取っている。私一人の時に若い個体をけし掛ければ仕留められると思ったんだろう」
ダークエルフと人間のハーフであるエレオノーラは、当時どちらの種族にも受け入れられず、たった一人で生きていた。
救国の魔女となった後も、自分たちと異なる存在は畏怖の対象となり、排除しようとする動きはいつの時代も少なからずあったのだ。
そんな事もあり、エレオノーラは渓谷で一人生活することを選んだ。それは魔境との結界を張るためにも結果として都合が良かったのだ。
「もし、赤いローブの集団が黒龍の髭と漆黒の魔石を使っているとしたら、この幼体のものって事かしらねぇ」
「まあ、幼体なら複数人で挑めば何とかいけるか。ただ魔素はまだ少ないだろうから、効果は落ちるだろうけど」
「態々魔境に分け入って?ご苦労なお話ねぇ」
エレオノーラは小瓶を回収すると再び革袋に入れてローブの中にしまう。
「あたしも分かった事があるわ。アレッシア嬢が拐われた森に行って魔法陣の痕跡を探ってみたの。やっぱ複数人で魔力をかけ合わせてた。ただ想定してたより人数は少なそうね。5~6人ってところかしら」
「するとやはり黒龍の髭と漆黒の魔石が使われた可能性が高いか」
「誘拐の件にしても、エリーの件にしてもやはり組織立った犯行かしらねぇ」
「エミルの言ってた【真・救国神教】って言うのも調べてみたほうが良さそうね」
そう言うと、魔女たちは一度解散して、再び調査にむかった。
かつて栄華を誇った一族が、病気がちな娘の療養の為に建てたと言われているその邸は、邸内のどの部屋からでも四季折々の花々が娘の心を慰める様にと、邸を取り囲むように花園が作られ、一年中花に囲まれた場所だ。
そんな花に埋もれた邸の一室で、アレッシアは目が覚めた。
(……ここは?)
目を開けた時の見慣れない天井、見慣れない風景に声を上げたいところを堪え、様子を窺う。
(拘束は……特にされていないようですわね)
自分の手足を確認し、そっと上体を起こす。
アレッシアが寝かされていたのはよく手入れのされた上等なベッドだった。シーツ類も上質のもので、貴賓を迎えるに相応しい仕様となっていた。
灯りはなく、室内は薄暗い。
(わたくしは、誘拐されたのかしら?あとの三人は…、ここにはいませんのね。無事だと良いのだけれど)
(とにかく、ここがどこなのかわかるものはないかしら…)
辺りを見回すと、薄暗い室内に月明かりを落とす大きな窓が目に入る。
アレッシアは静かにベッドから降りると、外の様子を見ようと窓に向かって歩き出した。
「お目覚めかな?カパローニの精霊姫」
後ろから突如声をかけられ恐怖で身が竦む。恐る恐る後ろを振り向くと、肩までの白銀の髪と金色の瞳をした男が部屋の隅に置かれた椅子に腰掛け、こちらを見ていた。年の頃はアレッシアとそう変わらないように見える。
「わたくし以外の者はどこです?」
アレッシアは恐怖心を抑え、毅然とした態度で男に問いかける。すると、男は「へぇ」と少々瞠目した。
「なかなか気丈な女性だね」
「質問に答えなさい」
男は立ち上がるとアレッシアに向かって一歩、一歩と近付いてくる。アレッシアは後ろ手に壁を押さえながら距離を詰められないように後退するが、遂に逃げ場がなくなり部屋の隅へと追い詰められる。
アレッシアよりも頭一つ分程大きなその男は彼女の真っ直ぐな金色の髪を一房手に取ると、それにそっと口づけた。
「何を…!」
咄嗟に出たアレッシアの右手を掴み、男は顔を近づけ、耳元で囁く。
「安心して。君の家の者は無事だ。ちゃんと馬車と一緒に元の場所に戻しておいたよ」
男はアレッシアの顎を掴むと、自分の方を向かせる。無理に上を向かせられたアレッシアは苦痛に顔を歪めながらも男を睨みつけた。
「ここはどこなの!?この手を離しなさい」
その様子に男は嬉しそうに顔を歪ませる。
「いいね、君。美しくて気が強くて、全く媚びない。まるで気高い竜の様だ!ハハハ」
男はアレッシアを突き放すと踵を返して扉へむかって歩き出す。アレッシアは力なくその場に座り込んだ。
「僕の事はジルと呼ぶといい。君にはしばらくここにいてもらう。変な気さえ起こさなければ悪いようにはしないよ」
そう言いながら部屋を出ていった。
◇
ベアトリーチェの邸では三人の魔女が集まって最近の調査について報告し合っていた。
「渓谷に現れた黒龍に関して重要な報告がある」
エレオノーラはローブから革袋を一つ出すと、テラスの円卓の上に置く。
「渓谷内を調査したところ、複数の箇所でこれを発見した」
革袋の中から赤い石の入った小瓶をいくつか出すと、ベアトリーチェとヴァレリアに一つずつ渡していく。
小瓶の蓋には封印の印が描かれたラベルが貼られている。
「これは?」
「ただの赤い石なわけないわよねぇ」
二人は日に翳してみたり、振ってみたりしながら赤い石を観察している。
「恐らく黒龍の幼体の血液を固めたものだ。そしてここに籠められたその幼体の悲鳴が絶えず発せられている。封印は絶対に解かないでくれ」
「なんて酷いことを…」
ベアトリーチェとヴァレリアは眉を顰める。
「この石を消音の魔法陣の上に置く事で、人間には聞こえず、魔境の黒龍にだけ届くようにしたんだろう。やつらは目が退化した代わりに耳が恐ろしくいいからな」
「そうやって渓谷に黒龍の若い個体をおびき出したわけね。下衆なやり方だわ。反吐が出る」
「でもぉ、一体何の為に?」
ベアトリーチェが投げかけた疑問に、肩をすくめながらエレオノーラが答える。
「恐らく、私を狙ったのではないかと思う」
「エリーを?黒龍ごときじゃ無理でしょ。馬鹿じゃないの?」
「私の事を良く思わない連中はいつの時代も一定数はいるんだ。それこそ800年たった今でもな。それに200年毎の老体駆除の時には一応王家の騎士たちに気を使って、力を抑えて連携を取っている。私一人の時に若い個体をけし掛ければ仕留められると思ったんだろう」
ダークエルフと人間のハーフであるエレオノーラは、当時どちらの種族にも受け入れられず、たった一人で生きていた。
救国の魔女となった後も、自分たちと異なる存在は畏怖の対象となり、排除しようとする動きはいつの時代も少なからずあったのだ。
そんな事もあり、エレオノーラは渓谷で一人生活することを選んだ。それは魔境との結界を張るためにも結果として都合が良かったのだ。
「もし、赤いローブの集団が黒龍の髭と漆黒の魔石を使っているとしたら、この幼体のものって事かしらねぇ」
「まあ、幼体なら複数人で挑めば何とかいけるか。ただ魔素はまだ少ないだろうから、効果は落ちるだろうけど」
「態々魔境に分け入って?ご苦労なお話ねぇ」
エレオノーラは小瓶を回収すると再び革袋に入れてローブの中にしまう。
「あたしも分かった事があるわ。アレッシア嬢が拐われた森に行って魔法陣の痕跡を探ってみたの。やっぱ複数人で魔力をかけ合わせてた。ただ想定してたより人数は少なそうね。5~6人ってところかしら」
「するとやはり黒龍の髭と漆黒の魔石が使われた可能性が高いか」
「誘拐の件にしても、エリーの件にしてもやはり組織立った犯行かしらねぇ」
「エミルの言ってた【真・救国神教】って言うのも調べてみたほうが良さそうね」
そう言うと、魔女たちは一度解散して、再び調査にむかった。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる