出来れば痛くない方法でお願いします。

れい

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出来れば痛くない方法でお願いします。

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「行ってきます」

俺は行ってらっしゃい、という母親の声に、家を出た。
素晴らしく天気のいい朝だ。青空には点々と白い雲が浮かび、太陽が意気揚々と容赦なく照らしてくる。
俺は人のいない住宅街の中で、口も抑えず大きな欠伸をかました。

昨日の夜ーー正確に言えば今日の3時くらいまでーーパソコンを触っていたから寝不足だ。
体は重いし頭痛はするし、目頭も痛いが、それでも高校生の俺は、学校に行かねばならない。帰宅部の俺は学校に通い、帰宅することが部活動だ。

そんな夜中まで何をしていたかだと?
勉強、なわけがないだろう。
ゲームだよ、ゲーム。
最近流行りの、MMORPGって知ってるか?
オンラインのRPGゲームで、リアルタイムに仲間とやり取りしながら冒険するゲームだ。
入学祝いに買ってもらったゲーミングPCがこれまた凄くて、画質もきめ細かいし動きだって滑らかだ。
俺が今ハマってるのは、エフェクトの多いファンタジー系の、3Dアニメーションのものだが、戦闘モーションのまぁかっこいいこと。
ダガーナイフ使いの俺は素早い動きで敵の背後に回ったり、上空から回転斬りをカマしたり、綺麗な召喚獣との合体攻撃なんか、決まった時は堪んないよな。

俺は知らない誰かの家の外壁と、電信柱の細い隙間を通った。
ポケットに突っ込んだ腕の肘が擦れる。
前方からママチャリに乗ったおばさんが、ゆっくりと走ってきた。
俺は角を右に曲がって、住宅街を抜ける道を行く。
狭い道を、引越し会社の小さなトラックが、俺に当たるか当たらないか、すれすれの場所で、過ぎ去って行った。

ゲームの話をしていたら、早くも家に帰りたくなってきた。
俺は昨日仲間とやり残したクエストに早く取り掛かりたい気持ちでいっぱいだ。
しかし学校には行かねば。入学祝いのPCを取り上げられてしまったら、俺には何も残らない。

いっそ、あの世界に行けたら、どれだけ楽しいだろうか。
魔獣を倒してレベルを上げて、武器や装備を見繕ってステータスを考えて、悪い敵をカッコよくぶっ倒して宝を手に入れて、仲間を見つけて協力したりくだらない話をしたりして、見えない壁のある世界の端っこまで行ったり、丘の上で綺麗な景色の移ろいを見たり、草花や鉱石の図鑑を埋めたりするのもいいよな、それから仲のいいやつでギルドを立ち上げて、協力ダンジョンを攻略したり……。

住宅街を抜けた俺は、最寄り駅で通学バスに乗り込む。
俺の定位置は運転手の斜め左後ろ。タイヤの上の座席の横の、ポールの位置だ。
ここからだと誰にも邪魔されず、バスの前方の景色が見える。
ガタガタと揺れるバスの振動に混じって、時々、小さい笑い声が聞こえた。同じ学校の奴らだ。生憎名前は知らないが、いつも同じバスに乗っているから、顔だけは知っている。
俺はただただ、バスの前方を見続けていた。
バスが停留所に止まり、客が二人乗り込んで来たが、俺は場所を譲らない。誰にも邪魔されず、前方を見たいからだ。二人の客は俺の背中を肩で僅かに摩って、バスの中腹で足を止めた。

学校まであと三駅。ここだ、この交差点を曲がった先。
俺の乗っているバスは左折する。そして曲がり終わって数秒後、正面から、駅へと向かうバスがやってくるのだ。
大きな車体二つはどちらも速度を落とす。さすが運転のプロ。ぶつかりそうでぶつからないギリギリを、すれ違う。窓がガタガタと音を立てるも、かすり傷一つついていないだろう。
俺は少しだけ目を伏せて、短く息を吐いた。

何事もなく平和に学校についた俺は、そのままクソつまらない授業を、時折うたた寝をしながら受けた。
説明が雑?仕方がない。授業中の俺なんて、真面目に板書するか、ノートの端にパラパラ漫画をつくるか、肘をついて放心しているかのどれかだ。特筆すべきことはない。
生憎今日は体育の授業もないので、バレーボールで頭にアタックを喰らって、脳震盪を起こすなんてことも、もちろんない。

昼飯も食って、一番眠い最後の授業。
俺の頭の中はゲームのことでいっぱいだ。
今日はどこのダンジョンに行こうかとか、アイテム倉庫の整理をしなきゃだとか、ああそう言えば今日から新しいイベントが始まるんじゃなかったかとか。

そんなことばっかり考えていると、授業はあっという間に終わる。
さぁ部活動の時間だ。俺は真っ直ぐ家へと帰路に着く。
部活に励む友達にじゃあな、と手を振り、朝来た道を逆戻り。
だけどやっぱりバスは器用にすれ違うし、車もトラックも、歩く俺の横をすれすれで通り過ぎていくし、行きしとは違う電信柱と外壁の狭い隙間を通ってみるけど何も起こらない。
俺は家につくと鍵を取り出して、ただいま、と一人呟く。
母親はパートの仕事だ。今は家に誰もいない。
一目散に俺は自室に向かい、カバンを乱暴にベッド近くに放り投げるとパソコンの電源をつけた。
カチッ、という音の後に、ファンが回り出す。数瞬遅れて、パッと明るくディスプレイが眩しい光を放った。
いつも通り。俺はデスクトップの壁紙にしているお気に入りのアニメの画像なんかには目もくれず、ゲームを立ちあげる。
スタートのボタンをクリックして、IDとパスワードを入力して、確定ボタンをクリック。小さなウィンドウが表示される。それを見て、俺は絶望した。

「まだメンテナンス中かよ……」

そう言えば今日から新しいイベントだったな、と俺は大きなため息を吐いた。
新しいイベントの前にはメンテナンスとアップデートがある。当たり前だ。それがないとゲームは出来ない。

あーあ、と声を出しながら俺は一回目より大きなため息を吐いて、ベッドに倒れ込んだ。
制服のまま寝ると皺がよると母親が怒るが、部屋着に着替える気力は湧かなかった。
電気を消すのも面倒で、左腕で目を覆う。
靴下だけは煩わしがったので、足の指先だけで両方脱いで、そのままベッドの下に放置だ。

電信柱の狭い隙間はどこの入口でもないし、トラックに引かれることもなければ、交通事故に巻き込まれることもないし、そもそも脳震盪で意識を失う機会なんて今日はなかったし、パソコンのディスプレイに突然吸い込まれることもない。
漫画のように、現実世界から異世界に行くのは簡単じゃない。
唯一楽に異世界に行けるゲームはメンテナンス中だし、つまんね、と俺は独り言を零した。

ああでも、もし交通事故にあって異世界に行ったら、すげー痛いのかな、痛くないのかな。
痛いのは嫌いだ、と思いながら、俺は沈むような感覚に身を委ねた。
真っ暗になった、と思えば、ふと目の前に、見慣れた繊細な色彩の、魔法の世界が広がっている。
そうだよ。これこそが俺の望んだ世界。魔法が使える、魔獣がうろついてる。外国みたいな街並みが見下ろせる、光の森の崖の上。
現実世界で一時間分だけ、俺は、痛みを感じない完全無欠のダガーナイフ使いだった。


たぶん俺は、明日も異世界に行く方法を人知れず探す。
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