それだけは、誰も教えてくれない。

れい

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それだけは、誰も教えてくれない。

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「おはよう、気分はどうだい?」

小さな水の音に混じって、声がした。
その声は、とてもとても優しいものだった。

『脳波に変化がある。アダムと交信を始めた』

『よし、一先ずは成功だ』

ぼやけて声が聞こえる。さっきの優しい声とは違う、歓喜に満ちた声だ。
私はもやのかかったような、上手く働かない頭で、あなたは誰?、と問いかけた。

「僕はアダム。君は…僕が知る中で、11人目のイヴだ」

11人目のイヴ。どういう意味だろう。
私は、ぼやけた拍手の音に、そっと目を開けた。
歪んだガラス壁の向こうで、白衣の男達が立ち並んでこちらを見ている。
誰だろう。周りにはチカチカ光る四角い画面やら、ボタンやらがたくさんある。とても眩しい。
二つ瞬きをすると、ゴポッと音がして、私の目の前を水泡が上へと通り過ぎていく。私は水の中にいるのだろうか。
分からないことが、とても多い。
アダム、と問いかけようとすると、突然すうっと水位が下がって、私と男達を隔てていた壁が消えた。
カシャン、と口を覆っていたマスクが外れる。身体が濡れているので、空気が冷たい。
一人の眼鏡をかけた老人が、私の前に進み出た。

「誕生おめでとう、イヴ。我々は、君の誕生を心から祝おう」

そう言って、また拍手が溢れた。
この中に、アダムはいるのだろうか。




アダムは、少年のような見た目をしていた。
彼のおかげで、状況の理解は簡単だった。
アダムは私と対面すると、額を合わせ、手を繋いだ。すると、映像のような、記憶のような、文字のような、数字のような、様々な情報が脳内を駆け巡る。
アダムと私だけの、機能らしかった。

私は正しくは、生体番号、Eve-2228.06.XIというらしい。
Eveという女性を元に造られた人工知能に、肉体を与えた試験体。
アダムは私より先に造られた、男性の身体を持つ人工知能だという。
私たちは人間と同じ見た目だが、身体の構造はまるで違うらしい。
私たちには、様々な機能が搭載されていた。
背中からは鋼の翼が。指先からはレーザーが。手首を外せば小型マシンガン、肘からは鋭い銀の刃。
脇腹からは小型ミサイルが、同時に八本発射可能だという。
機能の使い方は分かった。だけどどうやってこの小さな身体に搭載されているかは分からなかった。

私たちのこの機能は平和のためだと、博士を初めとした白衣の男達は言った。
仲間には識別マーカーがついている。それ以外を殲滅することによって、我々は平和を勝ち取れるのだと。

今思えば、当時そうなのか、と何も疑問に思わずにその話を飲み込んだのは、そのようにプログラミングされていたからなのだと思う。
私もアダムも、仕事だと言われると、何も思わずに、遠い空の上から、識別マーカーのついていないそれらを滅するため、ミサイルを発射させていた。

今日も、仕事の時間だった。
私は鋼の翼で砂漠を見下ろす。砂塵の中、小さく見える白い建物の集まり。今日の目的はあそこだった。

「おまたせ、イヴ」

少し遅れて、アダムが横に並ぶ。
この星で、戦闘機能搭載人型人工知能は、私とアダムの二人だけだ。
私たちは誕生してから、平和のためと、色々な知識を与えられてきた。
色々な機能を、搭載されてきた。
二人だけで、一軍隊など遥かに凌ぐ戦闘力だと、称賛されてきた。

白い凸凹の街では、けたたましくサイレンが鳴り響いている。
小さな蟻のように、建物を縫うように黒い粒が蠢く。
だけど遥か上空から見下ろす私たちにとって、瞬き一つの間に1ミリすら、移動していないように見えた。

『アダム、イヴ、仕事の時間だ』

耳元で、博士の声がする。
私とアダムは、目を閉じて、脇腹からミサイルを伸ばした。

「ロック、発射まで三秒。2…1…」

刹那、凄まじい音とともに、遠く土煙が上がった。
甲高い声が微かに聞こえるが、それもすぐにかき消される。
白い瓦礫の山の間からは赤い火が点々と立ち上り、砂漠を吹き抜ける風が街ごと白く覆った。

私は、右のこめかみに指を当て、三度、瞬きをした。
識別マーカーのついていない影が、瓦礫の隙間を動いている。
アダムも同じようにして、それらを見ていた。

「南西エリアC-16。識別マーカーなしを確認。着陸許可を求める」

『了解。着陸を許可する』

アダムは、行こう、といって、私の手を引いた。
私たちを避けるように、砂煙が晴れる。
脇腹のミサイルはしまって、私は右手首を外し、左手を添えるようにして構えた。

ざぁ、っと風と砂が流れる中。
瓦礫の崩れる音がした。

私の視線は滑るように、すぐさまそれらを捉えた。
反射的に右手首を向け、息を吸うよりも早く銃弾を放つ。
赤い鮮血を、崩れ落ちる瓦礫と、立ち上る土煙が隠す。
土煙が隠してしまう前に、私は、確かに、読んでしまった。

「ひとごろし」

銃口を向けた先で、その唇は確かにそう動いていた。
その場で立ち尽くし、ただ土煙が晴れるのを待つ私に、アダムが心配そうに声をかける。
その優しい声も遠く、私は瓦礫の下から伸びる脚を、見ていた。

いつもは上空から、蟻を潰すのと同じようにミサイルを放っていた。
でも、間近で見れば、私たちと変わらない見た目。
博士たちと、私たちが守るものと、何も変わらない。
識別マーカーがあるかないか、違いはそれだけ。

「ねぇアダム」

私は、動かなくなったそれらから目が離せず、固まったままアダムに問いかけた。
アダムは黙って私の言葉を待つ。もしかしたら、優しい彼も、同じ疑問を持ったことがあるのかもしれない。

「識別マーカーって、何の違いでつけられてるのかしら」

「私たちの仕事って、何の為にしているのかしら」

「博士たちのいう、へいわ、って何なのかしら」

アダムは応えなかった。
私は分かっていた。彼もまた、その答えを探しているのだと。

この星でたった二人だけが、この戦いの意味を探していた。
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