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第五の記録
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1987年の勤務日誌。それを著したのは、後藤。
後藤という名は珍しくは無いし、偶然の可能性もある。
然し、後藤の脳に眠っていた記憶は、遂に覚醒を始めた。
ー俺は、ここで、勤務していたんだー
村上という同僚の存在。1987年に職を辞した事。辞した理由は…身の毛もよだつ怪異の為。
忘れもしない。あの日に見た、悍ましい顔。
そして、書置きの様に戸棚に残していった、原稿用紙。
あの原稿用紙を書いたのは、他の誰でもない、後藤だったのだ。
職業への思い入れの無さは、今ともさほど変わっていない。
自らが職を辞したのが、1987年。その後、自分はどこで何をしていたのだろうか。
1997年、交番内にて少女が倒れているのを発見。責任を問われた警察官二人は辞職した。
これを鮮明に覚えているという事は、後藤は恐らくこの事件の後に、もう一度この交番に配属された、という筋書きが妥当だろう。
ーそうか、あの時、俺は警察官を辞めたんじゃなかったー
異動したのだ。当時は、深刻な警官不足が社会問題になっており、後藤は異動を餌に引き留められたのだ。
でも何故、厭がってここを辞めたのに、もう一度配属されるだなんて話になったんだ?
そんな莫迦な話、引き受ける筈が…
そうだ、嘗ての上司だった、頭の逝かれた男じゃないか。
あの男は後藤に言い放ったのだ。
『お前が辞めたこの10年で、あの交番は二人も死者が出てるんだ。お前が、この責任を負え!』
関西弁の陽気な刑事に、幼い少女。これらを、全て後藤に押し付けた。
当然最初は断った。そんなのは巫山戯ている、莫迦げている、と必死に交渉をした記憶も、残っている。
だが最後は押し切られ、恨めしくも交番に戻って来てしまったのだ。
そこには、淡い期待もあった。10年経てば、もう大丈夫だろう、と。
ー不審死が、二件もあったのにー
後藤はハッとする。
『本質的に、交番から”逃げ”られた事には、ならないんじゃないでしょうか』
大久保の言葉。交番から脱して、それで終わりなら良い。
ともすれば、後藤が辞職”出来なかった”のも、あのおかしな上司に”戻らされた”のも。
全ては、この交番の呪いに憑かれてしまっていたのではなかろうか。
『あの原稿用紙には、続きがあるのかもしれませんね』
後藤は10年振りに交番に復帰し、記録の続きを書かされた。
四項のうち、唯一”完結”していない、あの黄ばんだ原稿用紙の、続きを。
だから、机に置かれていたのは、”黄ばんだ”原稿用紙だったのだ。
ー俺は、逃げられなかったのかー
忌まわしき交番から、逃れる事は出来ないのか。こんな交番で、死ぬ訳にはいかない。
そういえば、と後藤は思い返す。
後藤はここでの勤務が改めて始まってから数日、何度もあの日の事をフラッシュバックさせ、恐怖に身を竦めていたのだった。今すぐにでも辞めてやろうか、という程までに。
然し、そんな事はすっかり忘れ、気が付いたら平然とここで仕事を熟す日々になっていた。
つまり、その数日後というのが、異界に誘い込まれてしまった時分だ。
後藤に残されていたる記憶は、ここでありもしない仕事を熟していた記憶のみ。
最初の記憶ーまるで物心がついた時のようだがーを、後藤はありありと覚えている。
『新たにここに配属された大久保と申します。まだまだ未熟者ですが、宜しくお願い致します』
1972年に、交番前にて巡査が惨殺された事件を受けて、二人が勤務する形を原則にした。
それに則って、大久保が配属された。挨拶を受けた時の、あの目は忘れられない。まさに、本物の目だった。活気に溢れた、あの表情。
記憶の分岐点には、大久保がいた。
即ち、大久保がここに来たその日から、異界に誘い込まれ、記憶を失った。
ー起点は、大久保の来訪ー
後藤は自然と、隣で未だ戸棚を探る大久保を見た。
「どうかされましたか?」
後藤は首を横に振った。
記憶が無くなった起点は、大久保の来訪。
あの原稿用紙を見つけてきたのは、大久保。
少女のノートを見つけたのも、大久保。
ノートといっても、最後に1ページや2ページしか書かれていない内容を。
勤務日誌を見つけたのは後藤だが、その時既にテープを発見していたのは、大久保。
恰も探偵の様にこの記録に、鋭い推理を述べ始めたのも、大久保。
いみじくも、彼の推理は見事に的中している。
異常な現状に気付いたのも、大久保だ。
彼はこの呪いの根本とも言える部分を、あっさりと見抜いた。
関西弁の巡査の、道路云々の一言だけで。
後藤が何十年かかっても、気付かなかった”事実”に。
まるで、大久保に全て誘導されているかの様だ。
一体、これらの事象は…
抑、後藤は大久保について、殆ど知らなかった。よく考えてみれば、身の上話など聞いた事が無かった。
まさか…
”交番の前”に、男が”いない”のは…
後藤という名は珍しくは無いし、偶然の可能性もある。
然し、後藤の脳に眠っていた記憶は、遂に覚醒を始めた。
ー俺は、ここで、勤務していたんだー
村上という同僚の存在。1987年に職を辞した事。辞した理由は…身の毛もよだつ怪異の為。
忘れもしない。あの日に見た、悍ましい顔。
そして、書置きの様に戸棚に残していった、原稿用紙。
あの原稿用紙を書いたのは、他の誰でもない、後藤だったのだ。
職業への思い入れの無さは、今ともさほど変わっていない。
自らが職を辞したのが、1987年。その後、自分はどこで何をしていたのだろうか。
1997年、交番内にて少女が倒れているのを発見。責任を問われた警察官二人は辞職した。
これを鮮明に覚えているという事は、後藤は恐らくこの事件の後に、もう一度この交番に配属された、という筋書きが妥当だろう。
ーそうか、あの時、俺は警察官を辞めたんじゃなかったー
異動したのだ。当時は、深刻な警官不足が社会問題になっており、後藤は異動を餌に引き留められたのだ。
でも何故、厭がってここを辞めたのに、もう一度配属されるだなんて話になったんだ?
そんな莫迦な話、引き受ける筈が…
そうだ、嘗ての上司だった、頭の逝かれた男じゃないか。
あの男は後藤に言い放ったのだ。
『お前が辞めたこの10年で、あの交番は二人も死者が出てるんだ。お前が、この責任を負え!』
関西弁の陽気な刑事に、幼い少女。これらを、全て後藤に押し付けた。
当然最初は断った。そんなのは巫山戯ている、莫迦げている、と必死に交渉をした記憶も、残っている。
だが最後は押し切られ、恨めしくも交番に戻って来てしまったのだ。
そこには、淡い期待もあった。10年経てば、もう大丈夫だろう、と。
ー不審死が、二件もあったのにー
後藤はハッとする。
『本質的に、交番から”逃げ”られた事には、ならないんじゃないでしょうか』
大久保の言葉。交番から脱して、それで終わりなら良い。
ともすれば、後藤が辞職”出来なかった”のも、あのおかしな上司に”戻らされた”のも。
全ては、この交番の呪いに憑かれてしまっていたのではなかろうか。
『あの原稿用紙には、続きがあるのかもしれませんね』
後藤は10年振りに交番に復帰し、記録の続きを書かされた。
四項のうち、唯一”完結”していない、あの黄ばんだ原稿用紙の、続きを。
だから、机に置かれていたのは、”黄ばんだ”原稿用紙だったのだ。
ー俺は、逃げられなかったのかー
忌まわしき交番から、逃れる事は出来ないのか。こんな交番で、死ぬ訳にはいかない。
そういえば、と後藤は思い返す。
後藤はここでの勤務が改めて始まってから数日、何度もあの日の事をフラッシュバックさせ、恐怖に身を竦めていたのだった。今すぐにでも辞めてやろうか、という程までに。
然し、そんな事はすっかり忘れ、気が付いたら平然とここで仕事を熟す日々になっていた。
つまり、その数日後というのが、異界に誘い込まれてしまった時分だ。
後藤に残されていたる記憶は、ここでありもしない仕事を熟していた記憶のみ。
最初の記憶ーまるで物心がついた時のようだがーを、後藤はありありと覚えている。
『新たにここに配属された大久保と申します。まだまだ未熟者ですが、宜しくお願い致します』
1972年に、交番前にて巡査が惨殺された事件を受けて、二人が勤務する形を原則にした。
それに則って、大久保が配属された。挨拶を受けた時の、あの目は忘れられない。まさに、本物の目だった。活気に溢れた、あの表情。
記憶の分岐点には、大久保がいた。
即ち、大久保がここに来たその日から、異界に誘い込まれ、記憶を失った。
ー起点は、大久保の来訪ー
後藤は自然と、隣で未だ戸棚を探る大久保を見た。
「どうかされましたか?」
後藤は首を横に振った。
記憶が無くなった起点は、大久保の来訪。
あの原稿用紙を見つけてきたのは、大久保。
少女のノートを見つけたのも、大久保。
ノートといっても、最後に1ページや2ページしか書かれていない内容を。
勤務日誌を見つけたのは後藤だが、その時既にテープを発見していたのは、大久保。
恰も探偵の様にこの記録に、鋭い推理を述べ始めたのも、大久保。
いみじくも、彼の推理は見事に的中している。
異常な現状に気付いたのも、大久保だ。
彼はこの呪いの根本とも言える部分を、あっさりと見抜いた。
関西弁の巡査の、道路云々の一言だけで。
後藤が何十年かかっても、気付かなかった”事実”に。
まるで、大久保に全て誘導されているかの様だ。
一体、これらの事象は…
抑、後藤は大久保について、殆ど知らなかった。よく考えてみれば、身の上話など聞いた事が無かった。
まさか…
”交番の前”に、男が”いない”のは…
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