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37 トロフィセ王国への帰還(4)
アルフレッドは膝から崩れおちる。
「そ……んな……」とからからに渇いた声でつぶやいた。
「っふふ……あははははははっ!」
フロウリラは心の底から楽しそうに笑う。
「ようやく滅ぶわ。私を見捨てた国が! ようやく絶えるわ。あの狂った男の血が!──いきましょう、フローラ。ええ、いきましょうフロウリラ。私たちの死をもってこの国に滅びを告げるの! 復活した聖女の死はすべてに絶望をもたらすわ。いじらしく集まった国民たちの前で。私は、この命を散らしましょう」
「──やめろ!」
フロウリラは軽快に大階段を登る。
彼女がなにをしようとしているか察し、ラピスは動いた。無我夢中で階段を駆けあがる。
「ふざけるな!」
三階へつづく階段を登ろうとしている彼女の腕をつかんだ。自分のほうを振りむかせ、「フローラまで連れてくなや!」と叫ぶ。
「あら騎士さま、ごきげんよう。そんなに必死な顔をしてどうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか。その命はフローラのもんや。おまえに好き勝手する権利なんてあらへん」
「どうして? フローラは私よ。私が死にたいと願ったとき、フローラも死にたいの」
「フローラが死にたがっとるはずあるか!」
ラピスはフロウリラの両肩をつかむ。
「フローラは俺に言うてくれたんや。俺に助けてもらってよかったて。辛いことも忘れるくらいたくさんの思い出をもらったて。
俺だってそうや。フローラに出会えてよかった。これからもフローラと一緒に生きていたいて思っとる。
なのに──それなのに、あいつが死にたがるはずなんてあるか!」
「……でも、」
フロウリラはまぶたを伏せる。髪の色と同じ、白いまつげが彼女の頬に影を作った。
「あなたのその気持ちはどうせ同情でしょう?」
「……なんやて?」
「フローラはずっと思っていたわ。あなたの優しさは愛情じゃない。ただの同情だって。
だってそうでしょう? こんな白い髪と赤い目をした女を、記憶を失った女を、顔じゅう傷だらけの女をだれが好きになるっていうの?
それとも気が変わったのかしら。顔の傷はあなたのおかげできれいになくなったものね。記憶だってすべてもどった。その上、真の聖女というおまけまでついてきた。
ああ、そうね。これならどんな男もフローラを欲しがるはずだわ。そうでしょう? 騎士さま」
ラピスは口を閉ざす。
悔しそうに唇を噛みしめたあと、「ああ……やっぱり」とつぶやいた。
「そんなふうに思っとったんか、フローラは。……せやろな。フローラの立場からしたらそう考えるのがふつうやわ。昔馴染みならともかく、俺はフローラが傷つく前の顔すら知らんかったもんな。当然や。
だから俺には『天恵の花』が必要やったんや。フローラが俺に引け目なんてなんも持たんでええように。フローラが俺の気持ち知るために邪魔なもん全部取っぱらって、ちゃんと俺だけを見てもらえるように。
顔の傷も記憶も関係あらへんわ。この白い髪も、赤い目も、俺には神さまみたいにきれいに見える。もしこの瞬間からフローラに大聖女の力が消えたって俺の気持ちはなんも変わらへんよ。俺はフローラそのものを愛しとる」
「…………」
「信じてもらえへんのかな。あとはなにが必要なんかな。……ああ、そうか。もとはと言やフローラはこの城から飛び降りて死のうとしたんやもんな。俺はそれを拾っただけ。簡単に考えが変わらへんのも……当然か」
「…………」
「そんでも」
ラピスは彼女の細い体を抱きしめる。骨が折れてしまいそうなくらい、きつく。
「そんでも……信じてくれ。俺はフローラに生きていてほしい。同情なんかやない。フローラが大聖女やからなんて理由でもない。ただ、フローラを愛しとるて」
「……あの、」
「頼む。おまえの望みならほかになんでも叶えたる。せやから、フローラを連れていくことだけは」
「く……苦しい……です。ラピスさま」
名前を呼ばれてラピスは妙な顔をした。
「は?」とつぶやいて腕の中の少女を見る。
フローラは顔を真っ赤にしてラピスを見上げた。
「そ、そんなに強く抱きしめられると。息が。できなくて、ですね」
「……フローラ?」
「はい。フローラです」
ラピスは固まる。「い……っ」と一瞬で頬を赤くした。
「いつからや。いつからフロウリラやなくなってた!」
「ええと。『ああ……やっぱり』の辺りからです」
「結構がっつり聞いとるな……!?」
「す、すみません。口をはさむ隙がなくて」
「……あの大聖女……やってくれたな」
すべて計算だったにちがいない。
ラピスが追いかけてくることも、煽られた彼がフローラへの気持ちをぜんぶ吐きだすことも。すべて。
……おそらく。
こうでもしないと、フローラは自分が抱えている不安を伝えられないだろうから──。
「まあええわ」とラピスは自分のひたいをフローラのひたいにごつんとぶつけた。「いたっ」とフローラが小さく声をあげる。
「これでわかったやろ。もう俺の手札は全部見せた。どっちの手も空っぽやで」
「え、えっと」
「俺はフローラを愛しとる。同情なんかやないって、……信じてくれるか?」
フローラはラピスの手を取った。彼の手を胸の前でぎゅっとにぎりしめ、「はい」と微笑む。
「私もあなたを愛してます。これからもずっとそばにいてください。
大聖女の騎士としてだけじゃなく……私の、大切なひととして」
階段の途中でアルフレッドはフローラのその言葉を聞いた。
(──フローラ……私の、)
高熱で浮かされていたときに彼女が手をにぎってくれたことを思いだした。たったそれだけで体は楽になって。
枕元で微笑む彼女を見た瞬間。
アルフレッドは、恋に落ちたのだった。
(なぜ忘れていたのか──)
悔やんでももう遅かった。彼女の心はもう自分にはない。アルフレッドとの思い出を思いだす暇もないくらいに、あの騎士の男が満たされた時間を与えているから。
『さようなら』──彼女の声が聞こえた気がした。
アルフレッドはひとりで立ちつくして。
──せめて、と拳をにぎった。
その日、トロフィセ王国の王太子アルフレッド・ザッケリは声明を出した。
フローラはれっきとした聖女であると。彼女に疑いをかけたのはひとえに自分の浅慮の故であったと告げ、フローラに公の場で謝罪した。
また、彼は国民たちの前でカリアの罪を明らかにした。
フローラの顔に傷をつけたこと。コアをすり替え、《識別の鏡》が反応しないようにしたこと。
あまりにも非情なおこないに人々は戦慄し、カリアの国外追放を強く望んだ。アルフレッドは彼女を辺境の地へ追放すると告げた。
そしてもうひとつ。
「トロフィセ王国は私の代で終わらせる」
このまま即位はしない。そして準備が整い次第、王政を廃止し共和国に移行することを宣言した。
「トロフィセの名だけは残す。これはある聖女が愛した国の名だからだ。名前だけは残し、ザッケリ家が王族の座を退くこと……それが"彼女"に対する私の償いだ」
「新たな国の指揮はどなたが執るのですか?」
国民からの問いかけに王太子は答えた。
「それを全員で決めることが、新たな国の始まりへの第一歩となるだろう」
私はカリアに替わってトロフィセ王国の人々を癒した。ささやかな傷でも癒すことはルシラード王国で決めたルールを破ることになるが仕方ない。
この国の人々はなにかあったら聖女に診てもらえる。それを当然だと思い、なんの疑問も持っていないのだから。
「──だから……ある意味、私たちのせいでもあるのですよね」
私は王城の一室でつぶやく。
治癒行為は夜になっても終わらなかった。明日また、大聖堂で再開しなければならない。
けれどそんなことをしていたらいつになってもルシラード王国に帰れないから、やっぱりどこかで線引きをしなければいけないけれど。
「なにがや?」と不審なものがないかベッドを検めながらラピスさまが問いかけてきた。
「前にシドさんが言っていました。動物を下手に癒したら自分で治す力がなくなってしまう。ラピスさまも言っていましたよね? なんでもかんでも治していたら人間は退化してしまう、と。
まさにその通りのことがこの国では起きていたのだと思って。……私たち聖女が、なんでもかんでも治していたせいで」
「……あー。まあ、何百年もそれでやってきたならしゃあないわ。フローラが気に病むことあらへん」
「そう、かもしれませんけど……」
アルフレッド殿下の演説のあとで私は『生命の樹』を癒した。
フロウリラの話はでらためだったわけではない。でも、私はもう“フローラ“だから。過去と決別して、いまを生きると決めた私が大樹を癒やすことに障壁はなかった。
一瞬で力を取りもどし、青々とした葉を再びしげらせた大樹を見て人々は泣きくずれて。……でも、それが当然という顔をどこかでしていたのだった。
この国の人々は──聖女がいなくなるかもしれないなんて夢にも思っていないのだろう。私が一度は消えたいまでさえ。
きっともうこの国に聖女は生まれない。なんとなくだけど、確信があった。
「それも新しい国になったら直していけばええ。大聖女さまに頼ろう思うてもルシラード王国は遠いからな。ちっとは我慢も覚えるやろ」
「……ならいいですね」
「子供たちはまだそこまでこの国の聖女文化に染まってへんやろしな」
トロフィセ王国は新しい国に生まれかわる。
その話を聞いた人々は、当然のように私に新たな国の指導者になってほしいと頼みこんできた。そうしてこの国をずっと守っていってほしいと。
その先頭にいたのはかつての私の養父、スノウベル侯爵だった。
人々に後押しされたのだろう、『頼む、フローラ。あのときのことはほんとうに反省している。これからも私たちの聖女でいてくれ』と深々と頭を下げて言ってきた。
私はすぐに返事をした。この答えが彼の顔を潰すことだとわかっていたけれど。
『それはできません』
そして隣にいるラピスさまの顔をちらりと見上げて、
『私はもう──道具ではありませんから』
そうきっぱりと言って。"聖女"に依存している人々に別れを告げた。
新たな国を担うのは聖女ではない。
大人たちの都合に振りまわされながら、それでも自分自身で信じるものを見極めようとした子供たちだ。
私はまぶたを閉じる。
国が生まれ変わるには時間がかかるだろう。それでもいつかは新芽が顔をだす。
そして困難を乗り越えながら育っていき、やがて成長を遂げるはずだ。
一本の大樹のように。
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