転生体質令嬢の打算的恋愛事情◆人間転生とか最悪です◆

ナユタ

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*8* 久々のお茶会にて。

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 空は文句のつけようもない晴天。日差しが強いのは少し困りものだけれど、運良く潜り込めた伯爵家のガーデンパーティーだからそれくらいは我慢を……と、思っていたのだけれど。

「最近どこかのご令嬢が以前よりも大人しくなさっているのは、やっぱり身の程を弁えられたからかしら?」

「あら、でも少し残念ですわよ。あのご令嬢がいて下されば、夜会でおかしな殿方に声をかけられる回数だって減りましたもの。案外わたくし達が危ない目に合わないように出席して下さっていたのではなくて?」

「まぁ……そうだとしたら申し訳なかったかしら。だけどあの方、最近若い成り上がり者を囲っているのでしょう? そちらと仲良くされることにお忙しいのじゃないかしらね?」

 クスクスとさざめくように聞こえてくる悪意のある言葉に、一切言い返すようなことはしない。恐らく運良く潜り込めたのではなく、意図的に見世物要員として呼ばれたのだろう。ただ今日のガーデンパーティーは明るい時間帯だから……夜会と違って、空から何が飛んできたっておかしくないわ。

 それに私は人間の友人はいないけれど、それ以外・・・・の友人は結構多い。初夏の春と夏のどっちつかずな気候から、本格的な夏の香りが強く緑の芝生と土の匂いを押し上げてくる。

 招かれた庭園に咲き乱れる花々に顔を寄せ、その甘い香りを堪能していると、背後からちょっと“淑女にしては、皆さんはしたないのではないかしら?”と思うくらい大きな悲鳴が上がった。

「何なのこの鳥!! 痛いっ、ちょっと、嘴でつつかないでよ!! 痛いわ、止めてったら!」

「髪の毛を引っ張らないで! 誰か早く追い払って頂戴!!」

「やだ……髪留めを盗まれたわ! 彼にねだって買ってもらったものなのよ!! まだあの木の上にいるから、お前ちょっと取り返して来なさい!」

 騒がしい声は苦手なのだけれど、お茶会の楽しみ方は人それぞれだものね。皆さんとってもはしゃいでおられるようで羨ましいわ……と思っていたら、小鳥が一羽私の肩に降り立って《チュチュチュあんな感じでチュピュイよかったかい?》と可愛らしく小首を傾げる。

 私はチラリと悲鳴の上がった方で起こっている騒ぎを見やってから、周囲にさとられないように小さく《ピュピューピュイ髪留めは返してねピューイユイあとは完璧よ》と口笛で肩に載った友鳥・・に伝えた。

 はその答えに《ピューあんなピィュもんでピュルル許すとはチュチチチお人好しだな!》と鳴いて、肩から騒ぎのする方へと飛び去って行く。けれど騒ぎは何故か大きくなり、頭をつつかれて髪型を滅茶苦茶にされた令嬢が泣き出すまで続いて。

 頭上を様々な色をした小鳥達が、飛びながら《チュッチュピピ仕返ししておいたよ!》、《ジュイーわたしらのジジュジュジュ友達を苛めた罰よ》、《チチチチ何かまたチーヨヨヨョされたら呼びな》などの言葉を残して去っていった。

 私はそんな小鳥達が飛び去っていった方角に軽く手を振って、今の騒ぎで会場に残った肝の据わった男性はいるかしらと振り返ったのだけれど……。いつからこちらを眺めていたのか、ノイマン様が私を見て苦笑していた。今日の彼はきちんと男爵家らしい装いをしていたので、何だか前回の課外授業の時とは別人に見える。

 すると彼はそんなこちらの気配を読んだのか、一瞬周囲を気にするような素振りを見せ、周囲が被害に巻き込まれない距離を保ちながら、鳥に襲われた気の毒な令嬢達への興味を隠そうともしていない様子に微かに嗤った。

 会場の視線がこちらに向いていないことを確認した彼は、視線で私を庭園の奥へと誘う。彼が先に賑わっている会場から離れてしばらく経った頃、私も何食わぬ顔で庭園の奥へと向かった。

 青々と茂る葉の方が目立つようになってきた薔薇のアーチを抜け、水の音と匂いを頼りに噴水のある方向へと進む。一口に貴族家の庭園といっても、うちの屋敷の庭園よりも格段に広い。普通に歩いていては時間の浪費になってしまう。

 近くの茂みに何か生き物がいないか視線を彷徨わせていると、まだ近くの木で羽を休めていたらしい小鳥が、頭上で《ピューロロロ探し人はあっちだよ》と教えてくれる。口笛で礼を述べて迷路のようになっているトピアリーの間を歩いていたその時、突然後ろから二の腕を誰かに掴まれた。

 驚いて悲鳴を上げそうになったところで、後ろから覆い被さるように抱きすくめられ、咄嗟に悲鳴を上げようとしたのだけれど、素早く伸びてきたもう一方の手が私の口を塞ぐ。

 まさか真昼の伯爵家内で襲われるとは思っていなかった。だけど悲鳴を上げるだけが能じゃない。せめて噛みついて一矢報いてやろうと口をもごつかせると「早まるな、俺だ」と耳許で聞き覚えのある声がした。

「待て、まずは弁明させろ。驚かせるつもりは勿論あったんだが、これは教育だ。小鳥と仲の良いお嬢さんが一人でフラフラこんなところまで来たりしたら、悪い黒蛇に襲われちまうぞ……ってな?」
 
 未だ囚われたままの身を捩って「貴男ねぇ……」と文句を言おうとしたものの、振り返った先にはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる口許と、全く笑っていない瞳の奥を晒すノイマン様がいる。

 真意の読めない商人の顔に困惑しつつ「離して下さると嬉しいわ」と言えば、あっさりと手を離して「これに懲りたら気をつけろよ。そうでなくとも貴女は目立つ」と今度は含みもなく普通に笑う。

「呼び出されてフラフラついてきてしまった私に落ち度があるのは分かったけれど、何のご用かしら。貴男も私と同様に、婚約者になってくれそうなご令嬢を探しに来たのでしょう? 席を外していて良いの?」

 やや刺々しい口調になった気はあったけれど、こんな状況で優しい対応ができる人はいないわ。親しき仲にも礼儀がいるのに、まだそう親しくもないただの知人程度の関係だもの。婚約者探しの不利になる噂はもうあまり増やしたくない。

「そう睨んでくれるな。俺の婚約者探しは貴女のくれた情報の中から選別中だから問題ない。今日は商人兼、男爵としてここの人間に招かれたんだ。ただ貴女がこのパーティーに出席しているということは、前回置いて帰った伯爵家の四男が相手ではご不満だったかと思って呼び出した」

「……そういえば、そのことでも怒らないといけないのだったわね」

 うっかりこのおかしな状況で忘れかけていたことをいきなり指摘され、自分でも信じられないほど低い声が出た。決して期待していたわけではなかった釣書だったものの、あれは父に話を持って行く以前の問題だったのだから。

「やっぱりか。あいつは取り敢えず貴女の好みが分からなかったから、無難に持ってる資産と年齢、見た目だけで選別したんだ。会場で見かけた時から、これはご不況を買ったかと思ってたが正解だったか。次回の参考までに、今回の相手の敗因を聞いても?」

 おどけて見せてはいるけれど、その瞳の奥にはこちらを推し量ろうとするものが見え隠れしていて、彼が適当にあの釣書を持ってきたわけではないと思わせる。

 それに少なくとも、確かにお相手の資産を重視している私の注文にも合致はしていた。真偽を見定めようと、ジッと睨み付けるようにしてその赤茶色の瞳を見上げてみる。

 そこには感情のない私の顔が映り、彼は視線を逸らさない。別に視線を逸らさないで嘘をつく人間なんて、それこそ山ほどもいるけれど……彼に関して言えば、悪気があってのことでも、不真面目に選んだわけでもなさそうだ。

「……あの方はまだ妻こそおられないけれど、愛人を十人も囲っておられるでしょう? そうなると私と閨を共にした後ならいざ知らず、もしもどなたかの閨で腹上死でもされた場合、醜聞のもみ消しのために遺産が減ってしまう恐れがあるわ」

 視線を元の高さに戻してそう告げると、彼はこちらを見下ろしながら「あー……まぁ、確かに。ブレないな。いっそ清々しい」と笑う。そこに私がよく他の貴族から向けられるような嘲りは一切なくて。そのことにどこか安心しながら「最初からそういう取引内容ですもの」と答えた。

「しかしその点に思い至らなかったのはこちらの不備だな。ちょうど良い、これは詫びだ。受け取ってくれ」

 そう言って手渡されたのは私が彼に課外授業で購入させた、錫の小鳥と硝子玉のスグリを模したピンブローチだ。けれど一目であの日買ってもらったものよりも上等だということに気付く。

 錫で出来た小鳥は銀に、硝子玉だったスグリは紅玉石ガーネットになっている。意匠こそ同じものの、金額にしたら雲泥の差があるに違いない。

 思わず「いいわよ、流石にこんな高価な物は受け取れないわ」と押し返したのに、ノイマン様は「頼まれた情報を売れなかった商人の矜持だ。それにあの職人をうちに引き抜いた礼でもある」とニヤリと言う。

 その口振りにどうやら我が領内にいた、腕の良い将来有望な宝飾師が盗み出されたのだと分かった。

「あら、我が領地から盗みを働くだなんて、悪い黒蛇さんね? でもそういうことなら良いわ、ありがたく頂戴します。それから……、」

 人間も植物も、誰に愛でられずとも開花はする。だけど栄養を与えられることがなければ、いつかは枯れてしまうから。

「貴重な才を持つ若い人材を見つけ出してくれて、ありがとう。領主の娘として感謝しますわ」

 新しくあの若い職人が作る小鳥のピンブローチは、もう領内では手に入らないけれど。きっと他の土地で、もっと多くの人達の間を力強く羽ばたくに違いない。

 その様を想像して少しだけ愉快な気持ちになっていると、不意にノイマン様が僅かに驚いた表情になった。こちらが“どうしたの?”と訊ねる前にそんな貴重な表情はかき消えてしまったけれど。

 直後に「まぁ、何だ……これからもよろしくな、相棒?」と笑ったその言葉に、嘘はないと信じてみるわ。
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