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◆第三章◆
*5* あからさまに過ぎるだろう。
しおりを挟むあの後も何事もなく航海を続けた船は、到着予定時刻通りに五王家の一家に当たるベルティーニ領に停泊した。ベルティーニ家は元々はかなり力のある一族だったようで、海側に面した領内に広い内湾を持つ。
そこに有した港には王都ほどではないものの、他国からの商品やお客を乗せた船が停泊するそうだ。船の船室から見えた高台には灯台もあり、早朝まだ薄明るい程度の冬の空に一際眩しい光の筋を生み出していた。
遠出というのはいつでも胸が踊る。海底でも防衛戦に向かう時などは自領の海域内であってもワクワクしたものだ。ただ、あの時のワクワク感が遠出からくるものなのか、はたまたまだ見ぬ敵をボコボコにする楽しみからだったのかは未だに知れないが……どちらでも間違いではないから良いだろう。
それよりも今は船の中に三日も押し込まれていたのだから、自由に歩き回れる外の世界を楽しみたい。しかし、荷物を持ったままうんと伸びをしながら下船した私の背後で「……ちょっと待ってくれアルバ。まだ地面が揺れてる気がする」と情けない声がした。
その声に苦笑して振り返ると、そこには青褪めた顔のオズヴァルトが荷物を片手にふらついている。元から二本脚のオズヴァルトの方が私よりもフラフラと頼りない姿がおかしい。
「おい、落ち着けオズヴァルト。陸について真っ先に出る感想がそれとは相当参っているなお前。仕方ない……本当は下船したらすぐに別れるつもりだったが、どこか適当な店で少し休むか?」
うなだれる肩から荷物を取り上げて提案すれば「すまん、そうしてくれると助かる……」と気怠そうな声音が返ってきた。その声に荷物ではなく本人を背負ってやろうかと思ったほどだ。
しかしまさかそんなことをするわけにもいかない。そこで仕方なくまだふらつくオズヴァルトの肩に「ほら、とっとと行くぞ」と活を入れた。飴がやれない以上、鞭を入れるしかないからな。
――が、そんな私にオズヴァルトが文句を口にするよりも早く、背後から「ちょっとちょっと、そこの赤毛の兄さん! あんた自分の荷物を忘れてるよ!」と船から乗客達の荷物を下ろしていた男に呼び止められる。
周囲を見回すまでもなく、船内にはっきりと“赤毛”と呼ばれるような髪色は私しかいなかったので、困惑しながらも呼び止めてきた男を振り返り「いや、オレが持ってきた自分の荷物はこれだけだぞ?」と自分の荷物を目線の高さまで持ち上げて見せた。
しかし相手はそんなことで引き下がってくれず、オズヴァルトの背丈ほどもありそうな細長い木箱を指して「何を言ってんだ。ここにちゃーんと書いてあるだろ?」と、胸を張る。確かにそこには“赤毛の乗客分”とあった。
視線だけを寄越して“心当たりは?”と訊ねてくるオズヴァルトに対して軽く首を傾げて見せるも、荷下ろしをしている男が私を騙しても何の得にもならないだろう。結局その場にオズヴァルトを置いて、手招かれるまま一人不自然な荷物に近付いていく。
男は「一応念の為に中の確認だけよろしくな。もしも違ったら声をかけてくんな。それとあんたのもんでも、受け渡し完了のサインがいるから、やっぱり声かけてくれや」と歯を見せて笑った。
そして私に木箱を開けるバールを手渡すと、他の乗客に呼ばれてそちらの方へと行ってしまう。心配そうなオズヴァルトに一瞥を投げてから、バールを木箱の隙間に差し込んで隙間を作る。身に憶えのない荷物だと自信があったのだが――……。
ギギッと軋みを上げた木箱の中を覗いた私は、即座に「受け取りのサインはこの紙にすれば良いのか?」と荷下ろしをしている男を呼んだ。何でもない風を装ってサインをする手が、それでも僅かに動揺して震える。
木箱の中に納められていたもののせいで、心音がやけにうるさい。まるで全身そのものが心臓という臓器になったようだ。
受け取りのサインを男に手渡して受け取ったこの馬鹿デカイ木箱の中には、当初の予定ではこの仕事を無事に完遂した後は単身王都に戻り、約束の報酬として受け取るはずだったものが入っていた。
一つは愛槍(グングニル)。後の二つは魔女の呪いである人魚化の作用がある水薬と、再び人化する為の水薬の入った薬瓶だ。
中の水薬だけでなく瓶からも何かしらの魔力を感じることから、これがただのガラス製ではないことが知れる。だからこそこんな重量物と一緒に無造作に放り込まれていたのだろう。普通の瓶なら今頃粉々に違いない。
しかしこの三点が私の預かり知らぬところで積み荷として運び込まれていたということは、団長め……よほど早く私を厄介払いしたいらしいな? 別段こちらとてクソ親父の事情がなければ、頼りたくも近寄りたくもなかったというのに。
さっさと失せろと言わんばかりのやり口に苛立ちを感じたが、それでもここは一応感謝すべき立場だと弁えているつもりだ。報酬を前払いで受け取ったからには、きちんとオズヴァルトを生家近くまで送り届けなければ。
無事に荷物の受け取りが済んだ私達は、早朝から開いている店を見つけて軽めの朝食をとることにした。しかし早朝でまだ人通りが少ないとはいえ、流石に馬鹿デカイ木箱を担ぎ上げて来店するとやはり悪目立ちするらしい。
店に辿り着くまでも周囲のものをひっかけないように注意しながら歩いていたが、そんな私を見る人間の視線のほとんどは奇異な者を見る目だった。
例に漏れず隣で怪訝そうに眉根を寄せていたオズヴァルトには「ルカを拾った街で出来た知り合いの荷物だ。この街に来ると教えたら、ついでに運んでくれと頼まれていたのにすっかり忘れていた」と嘘を吐いた。
咄嗟に思いつかなかったにしても雑すぎる幼稚な嘘だ。にも関わらず不自然極まる私の嘘に「そうなのか。大変だな」と頷き返されて、船酔いというものが如何にも恐ろしい病のように思えたほどだ。
人気の少ない店内の席についてしばらくすると、質素だが値段の割にはほどほどに量も味も良さそうな食事が運ばれてきた。船酔いのせいで食傷気味なオズヴァルトはパンとスープを少し口に運んだ程度で、食事のほとんどは私の胃袋に消える。
後でオズヴァルトの腹が減ったりしても大丈夫なように、籠に残しておいたドライフルーツとナッツを使ったパンを二つ持ち帰り用に包んでもらう。
紅茶を飲み干してさて行くかと席を立ちかけた時、不意にそれまで最低限の相槌くらいしか打たなかったオズヴァルトが口を開いた。
「家に……母に会う前に行きたい場所がある。景色の良い場所だからこの街の港を一望出来るぞ。ついて来ないか?」
「へぇ、それは良いな。高い場所というのは何故か胸が踊る。お前の体調が平気なようなら人を訪ねるにしてもまだ早いことだし、行ってみたいぞ」
「お前ならそう言うだろうと思った。煙と何かは高いところが好きだと言うからな。しかしそれならその荷物はここで預かってもらうと良い。さっきから見ていたが、この店はたぶん宿屋もやっている」
「妙に引っかかる言い方だが、まぁ良い。オレは気の良い奴だから、親に顔を合わせるのが気まずくて時間稼ぎをしたいガキに付き合ってやるよ」
「……お前は俺の母を知らないからそんなことが言えるのだ」
休憩を挟んだことで少し調子が戻ったのか、目端の利く発言をしたオズヴァルトに軽口を叩いて店の人間に声をかける。
荷物が荷物なので先に宿代の半分を渡して木箱を部屋に運び込み、身軽になった状態で宿屋を出た私達の頭上。冬の淡い日差しに明るくなり始めた空の中空を、一羽のカモメがぐるりと飛んだ。
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